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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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22 高貴なる我がまま



 王都から賓客が到着した夜、例年よりも半月ほど早くウナ・パレムの街に雪が舞った。


「寒ーっ」

「息が白いな」

「こんなに急に冬になるなんてなぁ」

「ベストがあったけー」


 街灯がまだ煌々と照る早朝、三人は空の背負子をかつぎ医薬師ギルドに向かって大通りを歩いていた。昨夜の雪の痕跡が微かに路面に残っているが、日が昇ればすぐに溶けて消えるだろう。街灯の数よりは少ないが、監視の魔道具の隙間を埋めるような絶妙の間隔で騎士が見張りに立ち、まだ暗いうちから働きに出る人々を監視していた。


「朝早くからすまないね」


 大きく開け放たれた無料診療所の前では、サイモンが診察室から荷物を運び出しているところだった。


「おはようございます。運ぶ荷物はこちらで全部ですか?」

「あとは二階の調合魔道具だ。箱詰めは済んでいるんだが、少々重くて降ろしてこれなかったんだよ」

「シュウ、頼む」

「りょーかい」

「白い帯で封をしてある箱だ。壊れないようにそっと運んでくれ」


 任せとけと手を振りながら二階に上がるシュウを見送ったコウメイは、持参してきた籠をサイモンに渡した。


「どうせ朝飯食ってねぇんだろ?」

「箱詰めが終わっているなら運び出しは俺たちでできます。サイモンさんはそこに座ってそれを食べていてください」


 角ウサギ肉とピリ菜を挟んだサンドイッチと、まだ湯気を立てている黒芋のスープを見てサイモンの表情から強張りがとれた。待合スペースの椅子に腰をおろし、早速暖かなスープに口をつけ、ほうっとため息をついた。


「まったく、何もかもが突然すぎて準備が間に合わんよ」

「まさか診療所を閉めろなんて領主命令が下るとは思いませんでしたね」


 王都からやってきた馬車が貴族街に吸い込まれてすぐに、役人が領主の命令書を持って医薬師ギルドの扉を叩いた。王都からの賓客が街を出るまでの間、この場所での無料診療所の営業を禁止する、という命令だった。サイモンは抗ったのだが、無期限の営業停止にしても良いのだぞと脅されては従うしかない。


「だから臨時診療所ですか、うまく考えましたね」

「領主に禁止されたのはこの場所での営業だ、他の場所での営業に文句は言わないだろう」


 そもそも領主が休業を求めた理由は、医薬師ギルドの立地にあった。無料診療所の扉は大通りに面しており、毎日行列を作っている。街の住人には見慣れた光景だが、汚い貧民の列を賓客の目に入れてはならない、とのことだった。


「冒険者ギルドの建物は大通りには面していないし、見張りの騎士たちの目も気になりませんからね」


 ギルド長同士で話し合い、パーティーらの打ち合わせ用に貸し出している小部屋を臨時の診療所として使うことが急遽決まった。アキラたちが早朝からやってきたのは、診療所の一時的な引っ越し作業を手伝うためだった。

 重く大量の荷物はシュウの背負子に、取り扱いに慎重を要する荷物はコウメイが、薬草やこまごまとした荷物はアキラが持った。サイモンが扉を閉めて施錠し、説明を書いた板紙を張りつけたところに、マリィがやってきた。


「文字の読めない患者がたずねてくると思うから、冒険者ギルドで診療していると教えてやってくれるかね」

「お任せください」と元気よく返事をするマリィに、コウメイは驚いてたずねた。

「薬局も閉めるんじゃねぇの?」

「閉めませんよ。医薬師ギルドの財政は薬局の利益でギリギリ運営できてるんですよ。何日もお休みしたら路頭に迷うじゃないですか!」


 そんなにギリギリの経営なのかと心配になったコウメイだ。

 大荷物を背負っての移動は騎士らに見咎められかねないからと、四人は裏道を通って冒険者ギルドへ向かった。臨時診療所として用意されていた小部屋は、入り口すぐの左手にある小部屋だ。ここなら患者の行列ができても冒険者たちの邪魔にはならないだろう。


「じゃあ俺らは狩ってくるぜー」

「ちゃんと昼飯食えよ、二人とも」


 アキラはサイモンの手伝いに残り、二人は掲示板から手ごろな依頼を見つけて狩りに向かった。

 冒険者ギルドには無料診療を求める患者が集まってきたが、医薬師ギルドにできていたほどの列にはならなかった。こちらまで足をのばすほどの症状ではないか、ガラの悪い冒険者の出入りする場所に近づきたくなくて我慢しているのかはわからない。

 無料診療の対象になる患者の代わりに増えたのは、負傷した冒険者たちだ。


「なんだよ、無料じゃねぇのかよ!」

「無料診療の対象になる方の身分証明書には、医薬師ギルドの刻印が入っています。あなたは凄腕で稼ぎもいいと聞いています、治療魔術の代金くらい余裕で払えるでしょう?」


 アキラは涼し気に微笑みながら、上着の袖が縦に裂けるほどの傷で駆けこんできた冒険者から、治療費三百ダルをふんだくった。錬金治療薬が五百ダルなのだ、治療魔術の方が安く上がるのだから文句は言わせない。

 それをきっかけに仮診療室の前で受付をするアキラのもとに多くの患者が押し寄せた。


「この程度の傷でしたら、治療魔術も錬金薬も必要ありませんよ」

「患部に布を巻いておけば三日もすれば治ります」

「青あざは目立ちますが、痛みはないんですよね? このまま様子見でいいと思いますが」


 無料診療の患者が少ない代わりに、有料診療の患者が大量に押し寄せた。舐めときゃ治る、汚れを洗い落として包帯巻いておけばすぐに癒える、痛みがなければ治療は必要ない、そんな患者が何故か次々と押しかけてくるのだ。


「アキラ、どうしても治療を受けたいというのなら通してくれ」

「いいんですか?」


 魔力の無駄遣いになるのではないかと心配するアキラに、サイモンは不敵に笑った。


「荒稼ぎするにはちょうど良いだろう。ギルドの経済的存続をマリィに頼っているようではギルド長の私の名が廃るからね」


 朝方のマリィの言葉を気にしていたらしい。そういうことなら、とアキラは負傷の軽重度にかかわらず冒険者の患者を受け入れはじめた。

 チャリン、チャリンと硬貨が会計に入るたびに麗しい微笑みが向けられる。角ウサギに突かれて出血した、草原モグラに噛まれた、双尾狐の爪に引っ掛かれた、魔猪に追突されて尻に痣ができた、といった冒険者たちが治療魔術を望むのは分かるが、剣草で手を切ったとか、指先にトゲが刺さったとか、箪笥の角に脚の小指をぶつけたとか、どう考えても三百ダル払う必要はないだろうという患者が後を絶たなかった。


「これだけ稼いだのは久しぶりだ」


 大きく膨らんだジャラジャラと音のする巾着袋を手にサイモンはご機嫌だ。早めにオーク狩りを終えて戻ってきたコウメイとシュウは、診療所の一日を聞いて大笑いしたのだった。


   +++


 二日目の臨時診療所には、暴牛の角に突かれた冒険者が運び込まれた。治療薬で傷を塞いだが意識が戻らないと仲間によって担ぎ込まれたのだ。血で染まった腹は一見癒えて見えたが、傷のあった場所を触ったサイモンが内臓が破損したままだと即座に見抜いた。


「腹の負傷は厄介なんだぞ、どうして治療薬を一人一本携帯してないんだ!」


 冒険者ギルドでは錬金治療薬を一人一本は携帯するように指導している。経済的な理由からパーティーに一本という場合も多いが、担ぎ込まれた面々は経済的には余裕のある集団だ。パーティーの福利や安全を軽視していたのだろう。


「二人が同時に負傷したら片方を見捨てるのか? この傷も表面は治ったように見えるが、こういう深い傷は、まず最初に内臓を完璧に治してから表面の傷を治療をするんだ。この状態では二晩も持たないんだぞ」


 叱りつけられた冒険者たちは「一人一本携帯します」と約束してサイモンの治療魔術を望んだ。もちろん代金は三百ダル、命を拾う代金としては格安だろう。

 昼食前に運ばれてきた冒険者の他には細心の注意を払うほどの患者もおらず、二人は「休憩中」の札をかけて昼食をとることにした。魔猪カツのサンドイッチと野菜たっぷりのキッシュに茹で卵と丸芋のサラダという、豪華な弁当を二人で堪能している時だった。


「表が騒がしいですね」

「また誰かが運び込まれたのかもしれんな。準備をしておこう」


 食べかけの弁当を慌てて片付け、アキラはそっと扉に手をかけた。


「散れ、散れ!!」


 扉を開けたそこにいたのは、大声で怒鳴り散らす騎士たちだった。深い紺の制服は領騎士のものだが、中に濃い臙脂色の騎士服を着た者が二人混じっていた。彼らは午後からの診療を待っていた患者たちを「冒険者でないなら立ち去れ」と追い出し、ロビーにいる冒険者たちへも「髭を剃れ」「髪をまとめろ」「汚れた服を隠せ」と命令してゆく。


「……いったい何ごとですか」


 床が汚い、今すぐ掃除をしろと叱りつけられた女性職員が、助けを求めるようにアキラを見た。その視線を追って彼に気づいた臙脂色の一人が、カツカツと踵を響かせながら近づいた。


「その部屋は何だ? お前はそこで何をしていた?」

「ここは臨時の診療所です。私は治療術師のお手伝いをしていました」


「どけ」とアキラを乱暴に寄せて入り込んだ騎士は、サイモンの身分証と領主からの命令書を検めて書類に不審な点はないと知ると、今度は診療道具や調合魔道具を調べはじめた。


「サイモンさん、いいんですか?」

「仕方があるまい。彼らの邪魔をすれば、我々は簡単に処罰されてしまうよ。騎士は貴族だ、理不尽がまかり通るのだから」


 彼らには聞き取れないほどの小声で話しながら待っていると、扉が開いて冒険者ギルド長があらわれた。


「騎士様、突然のご訪問はいったいどういうご用件でしょうか?」

「貴様は誰だ?」

「当冒険者ギルドのギルド長を務めております、ブルースと申します」


 低く腰を落として名乗ると、騎士はカツンと踵を鳴らして命じた。


「ブルースとやらに命ずる。七の鐘に我が主が視察に参る、万事整えておけ」

「お、王都からおいでの貴族の方がいらっしゃるのですか?」

「貴様らが一生かかっても拝謁できぬご身分のお方だが、今日はお忍びでの視察である、多少のことには目を瞑るが、無礼のないように整えよ」


 そう命じると見張りの領騎士二人を残して騎士らはギルドを出て行った。


   +


 この日の無料診療時間は終わっていた。面倒を避けて貴族が視察にやってくる前に退散しても良いとすすめるサイモンに、アキラは残ることを選んだ。


「王族の誰が視察に来たのか、探るチャンスですから」


 領主は街に来た賓客が王族であるとは公表していない。マサユキも王族としか聞いておらず、それ以上は探れていなかった。シュウの目撃情報を鵜呑みにはできないが、ここで待っていれば、その者が誰か判るだろう。

 二人は中断していた昼食を済ませ、いつでも診療できるように整えると、ギルド職員らとともにロビーの掃除を手伝った。掲示板で情報を集めていた冒険者たちは、貴族が来ると聞いて出世のチャンスとばかりに身支度を整える者もいたが、大半は面倒を恐れて立ち去った。


「七の鐘の頃といったら冒険者たちが獲物を持って戻ってきはじめる時間帯ですよね? 土と血で汚れた彼らは入れてもらえないんじゃないですか?」

「ロビーのこの辺りに衝立を置いてお貴族様の目に入らないようにする。彼らの出入りは搬入口だからなんとか隠せるだろう」

「外に誘導の職員を置きましょう。査定票との換金は明日以降にしてもらって、こちらのカウンターには来ないようにと徹底させましょう」


 大急ぎで整えたお貴族様対策はなんとか騎士の合格を取り付け、あとは来訪を待つだけとなった。ピカピカに磨かれたカウンターテーブルの向こうでは、女性職員が全身を固くしていたし、出世狙いの冒険者らはそわそわと落ち着きなく入り口の様子をうかがっている。臨時の診療所となった小部屋の扉は開け放たれ、サイモンとアキラもいつ視察が入っても良いように準備を整えた。

 七の鐘の音を聞くと、ギルドロビーにいる人たちに緊張が走った。いつ現れるのか、どんな人物が何をしに来るのか、誰もが息を潜めて待っている。


 カラカラカラと軽快な車輪の音が聞こえた。朱塗りに金の箱馬車が大通り沿いの入り口の前で止まった。臙脂色の騎士にエスコートされて降りてきたのは、金髪を複雑に結いあげ、リボンとレースで飾られた帽子をちょこんと乗せた女性だった。彼女は緑色の瞳を好奇心に輝かせながらロビーに入り、ゆっくりと見回すと「ほぅ」と感嘆の息を吐いた。


「突然にごめんなさいね。わたくしどうしても冒険者ギルドを訪問したかったのです」


 護衛の騎士とは正反対に、砕けた親しみやすい笑顔をふりまいた。

 貴族の女性が興味を持つものは、美味しい菓子屋や宝石店に服飾店、この街独自でいえば装飾魔道具屋だろう。冒険者ギルドの視察は当然男性が来るとばかり思っていたギルド長は、内心の焦りを押し隠して歓迎の言葉を述べた。


「応接室にお茶とお菓子をご用意しております」


 ギルド長が二階へ案内しようとするとそれを断り、彼女は冒険者たち用に置いてある長椅子に腰を下ろしてしまった。


「お仕事を邪魔するつもりはございませんわ、どうぞ普段通りになさってくださいませ」


 そう促されても、その言葉通りに受け取っていいものかどうかと、職員たちは笑顔を引きつらせたまま、戸惑いの視線をかわしている。そうこうしているうちに、ポツリポツリと冒険者たちが狩った魔獣を抱えやってきた。誰もがいつもと違う緊張した空気に怯み、待合に座る淑女に驚き、恐る恐るに獲物を預け査定票を受け取ると逃げるようにしてロビーを出て行った。


「こちらのギルドでは魔物の巣の討伐はしておりませんの?」

「日々冒険者たちが間引いておりますので、討伐隊を出すほど巣が大きくなることはありません」


 ブルースは淑女の貴族らしからぬ問いに内心首を傾げながらもすらすらと答えていった。


「ウナ・パレムで一番の腕利きの冒険者はどなた?」

「腕利きと申しましても、何に強いかで評価は変わってまいりますが」

「ではオークを得意とする冒険者はどなたかしら?」

「オークならば、黄金の矛盾(ほことたて)か暁の三英雄あたりです。春先に街にきたホウレンソウもオーク狩りは巧いでしょう」

「その方たちにお会いできますかしら?」

「それは……」


 チラリとブルースが視線で護衛に確認すると、臙脂色のリーダー格と思われる一人が渋面のまま仕方ないといった風に頷いた。護衛としては許容できないが、主人の希望ならば仕方がないのだろう。


「何故その冒険者をお召しなのか、理由を教えていただいても構いませんか?」


 ホウレンソウはともかく前二つのパーティーはウナ・パレムのギルドを支える冒険者たちだ、彼らが貴族に取り込まれたり反感を買って追放されては今後のギルド運営にも大きくかかわってくる。慎重にたずねたブルースに、淑女は恥ずかしそうに頬を染めた。


「わたくし、幼き頃に護衛をふりきってこっそりと森に出たことがございましたの。その時にオークに殺されかけたところをとある冒険者パーティーに救っていただきました」


 貴族の娘としてはお転婆が過ぎるが、田舎ならそういうこともありうるだろう。


「あの頃のわたくしは無知でしたから、わたくしの言葉を間違って受け止めた保護者が、恩人である冒険者の方々に大変なご迷惑をかけてしまいましたの」

「それは……不幸な誤解でしたね」

「ええ、なんとかして埋め合わせをしたいのですけれど、その方々はパーティーを解散されてしまい、行方が分からないのです」


 ウェルシュタントを離れた冒険者たちが、今どこにいるのかわからない。彼女は初めての地を訪問することがあれば、その地の冒険者ギルドで恩人である冒険者を探しているのだと語った。高位の貴族が、一般的に卑民とされる冒険者に対し、これだけの恩義を持ち続けるのは稀なことだ。普段貴族らから蔑まれている冒険者は、淑女に好意的な視線を向けた。


「あなた様をお助けした冒険者の容姿や特徴をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「今は三十歳くらいになっておられるのかしら、お一人は長剣を使う精悍な殿方ですわ。もう一人はとても分かりやすくて、狼系獣人族の殿方なのです」


 ざわりとロビーの空気が揺れた。

 獣人族の存在はある意味タブーだ。それを堂々と口にできるこの貴族婦人は一体どれだけの地位の高さにあるのだろうか。


「……獣人族、とは」


 そしてこの街には獣人族が一人いる。様々な思惑から、ギルドでもごく一部にしか知らされていない存在だ。ブルースの知る彼女は高貴なる淑女の探し人ではないが、獣人族の手掛かりとして情報を提供すべきだろうか。彼は取り繕った表情の下で悩みに悩んでいた。貴族に恩を売ることができればギルドに利をもたらすことも可能かもしれない。領主のもてなしぶりを見ていれば地位は当然この淑女が上だ。近年の理不尽な政策に対し一言申し添えるように助力してもらえればとブルースの計算が働いた。だが獣人族を売り渡したとなるとその報復が恐ろしい。彼女に対する魔法使いギルドの処遇を知っている身としては、そのとばっちりがこちらに及ばないようにと細心の注意を払っているその努力を無駄にはできない。

 ブルースは高貴な女性に事実だけを答えることにした。


「残念ながら、私の把握している冒険者の中に狼獣人の男性はいないようです」

「まあ、そうですの。残念ですわね」


 探し人が見つからないのは残念だが、腕利きの冒険者たちには挨拶をしたいとの意向を、ブルースは断ることができなかった。

 狩りや討伐を終えて戻ってきた冒険者たちは、ロビーのあちこちに立って睨みを聞かせている騎士たちの存在に慄き、その中心で機嫌よく冒険者たちの営みを眺めている淑女の存在を、落ち着かないと遠巻きにしてそろりそろりと帰ってゆくのだった。


「サイモンさんはまだいるか?」


 困惑と恐々とした空気の漂うロビーに飛び込んできたのは、少年を背負ったコウメイだった。


「こちらの入り口は使用禁止だ」


 騎士に止められ、少年ごと追い出されそうになって初めてロビーの異様な雰囲気に気づいたコウメイは、強張った表情で心配そうにする職員や、怒髪の形相の騎士らを眺めて眉をしかめた。


「何で騎士さまが冒険者ギルドを占拠してんだ?」

「きさま、無礼が過ぎるぞ」

「ここは高貴な方の使う入り口だ、下賤の者は裏に回れ」

「ケガ人がいるんだよ、診療室はこっちの方が近いんだから通してくれねぇか?」


 コウメイの背ではリック少年がぐったりとしており、だらりと垂れ下がった手からはポトリポトリと血が滴っていた。それを見た騎士が「下賤の血で高貴なる方の通り道を汚すでない!!」と剣に手をかけた。


「お待ちなさい」


 割って入った場違いな声に、コウメイは誰だと目を細めた。少し乱暴に頭を振れば落ちてしまいそうな小さな帽子に、地味な色合いながらも繊細なレースと刺繍で飾られたドレス、金髪と深い緑の瞳は一目で貴族階級の血筋だとわかった。


「ひ……奥様」

「おケガをされている方が優先ですわ」

「しかし!」

「わたくしはオークから我が身を救ってくださり、ケガの治療をしてくださった方に感謝を伝えるためにギルドを訪問しているのですよ。深手を負った子供の治療を妨げるのは本意ではありません」

「……はっ」


 騎士は渋々に道を開け、コウメイと少年をロビーの中へ入れた。礼を言うコウメイに、淑女はにこやかに頭を振った。


「お礼など必要ございません、はやくその子供の治療をしてさしあげて。とても苦しそうですわ」


 ポトリと血痕が落ちた音と苦し気に呻く声が耳に届き、コウメイは彼女の言葉に甘えて診療室に飛び込んだ。


「治療を頼む、魔鹿の角に引っかけられたんだ」


 運悪く遭遇した魔鹿から逃げるため、リック少年が囮になって仲間を逃がし、自らも逃走しようとしたのだが、魔鹿の一撃の方が早かった。左肩から肘のあたりまでを角で引き裂かれ、大量出血してしまったのだ。


「シュウが悲鳴を聞いて駆けつけ、救出した」


 アキラが診察台に横たえられたリックの上着を脱がせ止血の布を取り外すと、サイモンが血を拭いとりながら患部を診た。骨に異常はないが、ぱっくりと割れた傷は深く、筋を大きく傷つけていた。


「錬金薬は使わなかったのかね?」

「それが、こいつら施しは受けたくねぇって譲らねぇんだよ」


 その場で錬金治療薬を使えばすぐに治る傷だ。だが少年たちは錬金薬を携帯していなかった。コウメイが自分のものを使おうとすると、代金が支払えないからやめてくれと拒否された。冬のために蓄えた金から支払うには、少年たちにとって五百ダルは大金過ぎたのだ。


「……俺は、無料診療、の、印、持ってる」

「目が覚めたか、リック」

「診療所に行けば無料で治療してもらえるからって、気絶寸前まで言ってたんだよ。男の意地は立ててやらなきゃだろ?」

「ふむ、この程度ならやせ我慢も許容範囲だ。だが命にかかわるような大ケガの時は、借金を恐れずに錬金薬を選びなさい、いいね?」


 サイモンはリックに丸薬を飲ませてから、腕の傷に治療魔術を使った。魔術の光の当たった筋が接合され、寄せ合わせた表皮がゆっくりと閉じられていく。見た目には傷の痕跡など見えなくなった腕に、アキラが包帯を巻いた。治療魔術で傷は塞いだが無理をすれば開いてしまう、三日間の活動禁止を言い渡された少年はがっくりと肩を落とした。


「ケガが治って良かったわね」


 いつの間に診療室に入ってきたのだろうか、高貴な女性が少年を笑顔で見舞い、サイモンには治療魔術のすばらしさを褒めた。


「錬金薬での治療とは異なりますのね、大変興味深く見せていただきましたわ」

「お目汚しを申し訳ございません。医薬師ギルドのサイモンと申します」

「そちらの方は?」

「こちらは手伝いの」

「灰級魔術師のアレンと申します」


 アキラがサイモンの言葉を遮って偽名を名乗った。彼女からの視線を避けるように、頭を下げる様子を横目で見ていたサイモンは、グッと眉間に力を込めた。理由は分からないがアキラは彼女に存在を知られるわけにはゆかないようだ。


「奥方様、ここは不浄の場所でごさいます。患者も休ませる必要がございますので、ロビーの方に移動いたしませんか。アレン、患者の処置と後始末を頼むよ」

「わかりました」


 この場にアキラを残し自分が貴族の相手を務めようと動いたサイモンだったが、淑女は動かなかった。「顔を見せてくださいますか」と命じられ、アキラはゆっくりと顔をあげた。


「……アレンさん、あなた、ご兄弟はいらっしゃる?」

「何故そのようなことをお尋ねになるのでしょうか?」

「あなたによく似た方を知っているのです。わたくしがお会いした頃のあの方にとても良く似ていらっしゃるわ、髪と瞳の色以外は瓜二つと言ってもよいくらいですのよ」


 彼女は夢見るような瞳を潤ませてアキラを見つめていた。


「……私には兄がおりましたが、十年近く前に異国の地で亡くなりました」

「まあ、そうでしたの……お兄様、お亡くなりでしたのね」


 潤んだ瞳から滴が零れ落ちるかと思うほど動揺する彼女を正気付かせるように、カラン、カランと八の鐘が鳴った。


「ひ……奥様、これ以上は時間がございません。お戻りください」

「わかりました」


 グッと強く瞼を閉じて息を吸った彼女は、目を開けた時には貴族の淑女らしく穏やかで高貴な表情を作り、動揺など微塵も感じさせず護衛騎士とともに去っていった。


   +


 馬車の音が遠ざかり、いつも通りの賑やかな冒険者ギルドが戻ってくると、アキラはもの問いたげなサイモンを作り笑いで誤魔化して、臨時診療室の後片付けに取り掛かった。

 査定待ちの間にかすり傷の治療を望む冒険者から治療費を巻きあげ、シュウに守られて戻ってきた少年たちとともに帰ってゆくリック少年を見送り、冒険者ギルドよりも少し早めに診療所を閉める。


「君たち、説明して貰うよ」


 冒険者ギルドを出てすぐに、サイモンはアキラの腕を掴んだ。


「何かあったのかよ?」


 昼間の騒動を知らないシュウは、三人の間に漂う重苦しい空気に落ち着かないとコウメイをつついた。口を開くのも嫌だというアキラに代わって、コウメイがため息とともに吐き出した。


「八年前のストーカーがニーベルメアまで追いかけてきたんだ」

「はぁ? 八年前? ストーカー? アキラのか? あ……もしかして、アレか? 成りきり妄想の入ったお姫様! そーか、やっぱこの前のアレ、お姫様だったのかー」


 うっと息を呑んだアキラから、ほのかに冷気が漂ってきたような気がした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 行動力ハンパない [気になる点] ヒロ・サツキ・コズエ達を探してる冒険者の対象から外してるのは元から興味が薄かったからか、既に3人に会ってるからなのかどうか [一言] ますます依頼達成に面…
[一言] アキラは女難ですね。 お姫様は大人になって、相手を思いやれるようになっているのか、それとも8年の月日も探し続けてるから重い女になっているのか、これからの展開が楽しみです!
[一言] お姫様かあ 8年も経ってるんですね。瓜二つって言われたからアキラは全く老けてないんでしょうね。コウメイは少し老けたんでしょうか。。。 下手するとシュウのケモ耳もバレそうで怖いですね。
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