15 夏の終わり
ニーベルメアの夏は短い。
雪解け直後に種を蒔いた作物は、夏の盛りに収穫をむかえる。刈りとられたハギの畑には、雪が積もった後でも収穫可能な根菜の苗が植えられ、大切に育てられる。この時期は厳しい冬に備えて魔獣たちの行動範囲が広くなる。大きくなりはじめた芋を狙って畑に出没するようになり、近隣の農村からは魔獣退治の依頼がひっきりなしに出されていた。
「そっちに行ったぞ!」
「いち、にい、さんっ」
ケイトの合図に合わせて草に隠していたロープを引いた。
シュウが追い込んだ魔鹿三頭が次々にロープに引っ掛かりたたらを踏む。
待ち構えていたマサユキのウォーターランスが先頭の魔鹿の首に刺さった。
「大きいのは頼みますっ」
「おう!」
ロープに絡まって起き上がれない一頭が、頭を振り回し角で威嚇する。
コウメイは角攻撃を剣で弾いて近づき、剣先を喉元に押し込んだ。
「シュウ、そっちに逃げた!」
もう一頭の牡魔鹿が、アキラの刀を弾いて逃走した。
「任せろって」
真正面から突っ込んでくる魔鹿の角をがっちりと掴んだシュウは、捻るようにして角を折ると、そのまま首を抱え込んで木に叩きつけた。背骨を折られ動けなくなった魔鹿の首にとどめを刺して終わりだ。
「しゅうりょー」
「素手でやるか、相変わらずの馬鹿力だな」
「剛腕って言えよーっ!」
「おぉ、シュウが剛腕を漢字で喋ってるぜ」
「お前らの首も捻って落とすぞ」
「仲いいよなぁ」
「ほんと、魔鹿の首から血が垂れ流しじゃなければ、ほのぼのしてるんだけどねぇ」
シュウが肩に担いだ魔鹿からは血がだらだらと流れてスプラッタだし、コウメイは木から吊るした魔鹿の腹を手際よく切り裂いている、その横ではアキラが血の飛び散った雑草の間から薬草を探しニコニコしているのだ。
シュールだわと呟いたケイトに、アキラが心配そうにたずねた。
「ケイトさん、気持ち悪くなってませんか?」
「うん、大丈夫よ。魔獣の解体は慣れちゃったから」
水ゴブリンの右腕切断が荒療治となって、魔獣の解体なら多少こみ上げるものはあれども我慢できないほどではなくなっていた。
「マサユキさん、火を焚いて鍋沸かしてくれねぇか」
「ああ、そろそろ昼食だね」
コウメイの荷から組み立て式の五徳と鍋を取り出しセットすると、水魔術で鍋に水を張った。枯れ枝に火をつけて湯が沸くのを待っていると、解体作業を終えたコウメイたちが集まってくる。今日の昼食は狩ったばかりの魔鹿肉を串焼きにし、干し肉で出汁を取り乾燥野菜とハギ粉団子を具にしたスープだ。
「「「「「いただきますっ」」」」」
魔獣討伐の依頼を請けたコウメイたちは、二泊三日の予定でウナ・パレムの北東にあるソンタト村に来ていた。村の周辺を見回って畑を狙う魔獣を狩り、解体して肉と皮を村長に提出するまでが契約だ。
「この後は魔猪だな」
「芋畑を狙ってくる群れだろ。自分たちの物にできないなんて、ちょっともったいないなぁ」
ソンタト村の依頼報酬はすべて現金で提示されていた。日給が寝床付きで一人百ダルに、退治した魔獣の数と種類で成功報酬が追加払いされる契約だ。村の近隣で屠った魔獣はいったん村長が預かり、肉や皮は村で買い取るなり他所に売るなりして現金化し、それが冒険者に支払われる。収穫と苗の植え付けに忙しい村では、冬の貴重なたんぱく源の調達にまで人手が回せない。害獣の退治とあわせて依頼を出していた。
「俺たちは現金でもらえた方が助かるぜ」
雪が降る前にすべての仕事を終えてしまいたいコウメイたちは、冬ごもりの準備は考えていない。マサユキたちもコウメイたちと行動を共にすると決め、現金を蓄えることを優先していた。
「魔法使いギルドの様子はどうですか?」
食後のコレ豆茶を飲みながらアキラがたずねた。マサユキが内部の偵察を買って出てくれたおかげで、ギルドの組織情報が手に入りやすくなっていた。
「マジックバッグの方は進捗なしかな。まだ試作品にも取り掛かれていないよ。軽減魔術の効果を高めることに成功したから、荷重については解決しそうな感じだけどね」
「やはり容量がネックですか?」
「そうみたいだよ。どうしても袋よりも大量の物は入れられないようだから」
ミシェルにも問い合わせサイモンにも相談したが、この世界には空間魔術らしきものは存在しないようだという結論に落ち着いた。マサユキの発想から空間魔術を構築することは不可能ではないが、高位の魔術師が生涯をかけて新しい魔術を生み出せるかどうかといったレベルにあるらしい。
「開発にはギルド所属の魔術師が総動員されているんですか? それとも選抜された優秀な魔術師だけが参加しているとか?」
「詳細を知っていて、実際に研究にかかわってるのは魔道具師と錬金魔術師かな」
「全員がですか? 色級関係なく?」
「どうだろう……流石に研究階に黒とか灰色は見ないけど」
研究階の最奥、マジックバッグの開発をしている部屋にいるのは、マサユキが知る限り上位の錬金魔術師や魔道具師ばかりだ。
「確かギルド所長のフランクさんは錬金魔術師でしたね?」
「ウナ・パレム唯一の濃紺級だよ」
「彼の派閥を調べてもらえますか? 弟子や部下がどの程度開発にかかわっているのか、他の優秀な魔術師は研究階でどの程度の役割を果たしているのか、気になります」
「派閥か……そういうの、サイモンさんの方が詳しそうじゃない?」
「もちろん彼にも聞きますが、外から見た派閥と、内部から観察した人間関係が一致するとは限りませんから」
両方の情報が欲しいのだと言われ、マサユキは「調べてみる」と頷いた。
魔法使いギルドでは常にお荷物として放っておかれているマサユキは、組織内の派閥には縁がない。それゆえに逆に調べやすいだろうし見えるものがあるだろう。
「派閥なんて調べてどーすんだよ?」
「利用するに決まってるでしょう」
「うわ、腹黒っ……痛ー」
ガツッ、と革のブーツのつま先に踵が落ちていた。足を抱えて後ろにひっくり返るシュウを無視して、アキラはマサユキとケイトに理由を説明して念押した。
「敵対派閥を知りたいのは、いざというときの盾に必要だからです。ギルド所長が開発を断念した時に、マサユキさんに全責任を押しつけて逃げ出さないように、後ろ盾になってもらえそうかどうか、調べておいた方がいいでしょう?」
「そ、それは、把握しておきたいね」
「外部のサイモンさんでは庇いきれないこともあると思いますから」
「がんばって調べるよ」
引き受けた仕事と思うと緊張するが、自分のためにもなると思えば俄然気合が入る。マサユキはぬるくなったコレ豆茶を一気に飲み干した。
+
コウメイたちがソンタト村に滞在していた三日間の間に討伐した魔獣は、魔鹿が十三頭に魔猪が二十七頭、隠れ羊が五頭に縞小熊が二頭だ。害獣として村が討伐を依頼していたのは魔猪と魔鹿だが、それ以外の魔獣も村長は喜んで買い取ると申し出た。特に隠れ羊の毛はこれから冬に向けて村でも貴重な毛糸に加工できる。街まで持ち帰る手間を考え、ほとんどを村に売却することにした。
「魔石は俺たちが貰うぜ」
「かまいませんよ。街と違って村では魔道具などほとんど使いませんからな」
冒険者ギルドよりも安く買いたたいてしまったことに気が引けるのか、村長は村にある果樹の実を分けてくれた。
「エディンとバモンか」
「わぁ、生のフルーツがこんなに沢山!」
街でも果物は手に入るが、新鮮なものはちょっとした贅沢品あつかいだ。節約しているとなかなか手が出ない。荷袋にたっぷり詰めた果物の重みをケイトはニコニコして背負っていた。
村から街道に出て、そのまま鐘二つも歩けばウナ・パレムの北東門だ。マサユキたちは後から追いかけると言い、果物と草原モグラの肉をアパートに置きに行った。コウメイたちは医薬師ギルドに寄り道だ。
「薬草の買取をお願いします」
「はーい、ってアキラさんか。ずいぶん久しぶりだね」
「久しぶりというほどでもないでしょう、四日ですよ」
笑いながら薬草の束を差し出すアキラに、「この前までは毎日のように顔を出してたじゃないですか」とマリィは唇を尖らた。
「アキラさんがいると薬草茶が良く売れるんだもの。もっと頻繁に顔を出してくださいよ」
診療所の手伝いや錬金薬作りに通うと、いつも薬局の窓際にあるテーブルで薬草茶をご馳走になっていたのだが、あれはマリィのサービスではなく宣伝パフォーマンスだったらしい。
「アキラさんが飲んでるお茶がとっても良く売れるのよ」
「……どうりで毎日違うお茶だと思った」
コウメイは商売上手だと笑いを堪え、シュウは変装しててもモテるのかーと首を傾げる。薬草代金の四百二十ダルを差し出しながらマリィは明日の予定をたずねた。
「そろそろ錬金薬の納品期日が迫ってるのよ。師匠は忙しいって作ってくれないし」
「分かりました、明日はこちらでお手伝いします」
サイモンが忙しいのはアキラが頼んだ調査を優先してくれているからだろう。そのせいで本来のギルド業務が滞るのは申し訳ない。
「助かるわ。明日も美味しい薬草茶をご馳走するから楽しみにしててね」
「……はは」
客寄せに使うからとにこやかに宣言されては何とも返しようがない。アキラは曖昧な作り笑いで言葉を誤魔化し、そそくさと医薬師ギルドを出たのだった。
+
マサユキたちが合流するまでの時間を、村から街に戻る途中に狩った草原モグラと銀狼を査定に出して潰した。
「遅くなってごめん」
一度部屋に戻るとどうしても汚れが気になったのだろう、マサユキもケイトも狩猟服から街着に着替えていた。今回はそれぞれのパーティーがソンタト村の依頼を請けた形になっているので、依頼完了の証明もパーティーごとに発行されている。
「完了証明と、明細ですね。計算しますのでしばらくお待ちください」
受付に村長から預かった書面とともに証明を提出し、コウメイたちはロビーの一角にあるテーブル席に落ち着いた。
「無事に依頼が終わってほっとしたわ」
「今まで泊り依頼って引き受けたことなかったけど、悪くなかったな」
契約魔術への恐怖が先に立って、街から離れて活動することにためらいのあったマサユキたちだが、今回コウメイたちに誘われて気持ちが楽になったと言った。
「街から出られないんだって思い込みだったんだよね。カザルタス領からは出られなくても、色んな所に行けるって分かったら楽しくなってきたわ」
「村の暮らしとか、客観的に見たのは初めてだから興味深かったかな」
「前とは印象が違ったか?」
「そうね、悪くなかったと思うわ」
「人が温かいっていうか」
それは二人に周りを見る余裕が出来たからだろう。警戒し、身を守ることを一番に考え、誰と接するときでも気を張っていては、向けられる心配も好意も感じ取れなくても当然だ。ヒトシと分かれアキラの協力を得て吹っ切れたマサユキたちからは、過度な緊張と刺のような警戒が薄れている。ギルド職員や顔見知りの冒険者たちの対応が穏やかに親し気になるのも当然だった。
「お待たせしました、ウォータークラウンとホウレンソウの皆さ~ん」
ギルド職員に呼ばれコウメイたちは席を立った。ウォータークラウンは、水魔術を使うマサユキと王冠のような大きな帽子をかぶるケイトの二人が使うパーティー名だ。
「コウメイくんたちのって、変わったパーティー名よね」
「もっとかっけーの考えたんだけど、アキラにダメ出しされたんだぜ、ひでーだろ」
シュウが不満たらたらに愚痴った。自分の考えたカッコイイ名前はすべて却下され、野菜の名前で呼ばれるのだから納得できない、と。それに対する二人の反応は冷たいものだ。
「ビッグスリーとかダサすぎる」
実力過信が過ぎて恥ずかしいとコウメイに却下された。
「三叉槍もちょっと……」
誰も槍を使ってないのに、由来をどう説明する気だとアキラが拒否した。
他にも「三つ巴」は対立しているわけじゃないからと却下され、アキラの出した「三羽ガラス」は爺くさいから嫌だとシュウが突っぱねた。コウメイの「リチウム」は意味が分からないとシュウが反対した。
「原子記号の三番目だ」
「って、三はかんけーねーだろ!?」
「うん、三人が色々患ってるのは分かった」
「でも何でホウレン草?」
それなら連想でポパイとかにすれば良かったんじゃないの? と疑問を向けてくるケイトに、コウメイが苦笑いで訂正した。
「野菜の方じゃなくて、報・連・相」
「報告、連絡、相談、だな」
「俺らに一番足りてねーものだってさ」
「へ、へえ……」
素直な感想を返したら地雷を踏みそうだ、という己の直感を信じたケイトは、笑顔で誤魔化してマサユキの手を取った。受付では二つのパーティー名が何度も連呼されている。さっさと報酬を受け取らなくては恥ずかしい。
二泊三日の魔獣討伐は、日当百ダルで三日間、それに加えて討伐した魔獣の買取報酬が一人四千五百ダルほどになった。膨らんだ財布を懐にしまって、ケイトはコウメイたちを振り返る。
「明日はどうするの? なにか狙ってるの、ある?」
「俺は魔石を売却してから、医薬師ギルドで手伝いですね」
「部屋の掃除して料理してぇなぁ」
「暴れたりねーし、ゴブリンかオーク狙って南の森かなー」
三人はそれぞれフリーの予定のようだ。
「じゃあ私は頼まれてたベストの続きを編むことにするわ」
あと数日で九月だ。他所の国は知らないが、ニーベルメアでは九月に入った途端に太陽の光に力がなくなる。慣れていない三人には朝晩の冷え込みが辛く感じるようになるだろう。
「俺も魔石の納品に行って、ついでに派閥を調べてみるよ」
「慎重に、お願いしますね」
「わかってる、失敗はしないよ」
二人とは冒険者ギルドの入り口で別れた。
街の建物が西から射す夕日でオレンジ色に染まっていた。街灯がチカチカと瞬きをして、ゆっくりと光を強くしてゆく。ひとつ、ふたつと灯りがともってゆく中に、沈黙を守ったままの街灯がいくつかあった。
「とうとう灯りに回す魔石もケチりはじめたみたいだな」
「監視の魔道具はどうだ?」
「そうだな……ほとんど稼働してねぇみたいだぜ」
眩しい夕日を遮るような素振りで眼帯をずらし、義眼で街灯を確認したコウメイは「かなり末期だな」と呟いた。
「領主の住む街でこの寂れっぷりだ、そろそろ街のギルドが痺れ切らすんじゃねぇかな」
自分たちにも有益なものを開発しているのだと期待を抱かせて不満を逸らしていても、いつかは我慢の限界がくる。魔道具の街とまで言われるウナ・パレムの看板でもある街灯すらまともに灯せなくなっているのだ、商業ギルドや職人ギルドあたりが黙ってはいないだろう。
「これだけ魔力をつぎ込んでも試作品すらできてないなんてなぁ」
「そんなに難しーのか、マジックバッグ」
「その話はここではまずい」
少しだけピリピリとした声が続きは家に戻ってからだと止めた。
「悪い」
「りょーかい」
三人は街灯の状態を確認しながらゆっくりと歩いた。
「コーメイ、晩飯はなに作るんだ?」
「冷凍してあるハンバーグを焼くかな。スープは野菜たっぷりで。デザートは貰ったバモンでいいだろ」
三日ぶりの慣れた味にテンションのあがったシュウは、自分好みのトッピングを要求した。
「濃厚なソースがいい。それとチーズ乗せてくれよ、とろっとろのチーズ!」
「保存庫にねぇから無理だ」
「えー、じゃ俺が今から買ってくる」
すでに市場の通りを過ぎているのに、シュウがくるりと踵を返した。市場の店は半分ほどがすでに店じまいを終えている。大急ぎで行かなければ目的のものを買えない。
「ついでに卵も買ってきてくれ」
「おう、任せろ!」
「割るなよ」
「うるせーっ」
前科持ちへの注意を跳ね返して、シュウは半分ほどが店じまいした市場へと踏み込んだ。
「チーズ、チーズ」
コウメイが何時も購入している店はすでに終いをつけていなくなっていた。他の店はと探し回り、ようやく店じまい途中のところでチーズを買った。その三軒隣の店で卵を十二個買い、背負い袋から野営用の鍋を取り出して卵を入れた。こうやって運べば落とすことも割ることもないだろう。
シュウが卵を守りながら人並みをわけ歩いている時だった。
「えー、かんにんしてぇな。前は十ダルでもっとぎょーさん買えたんやで!」
雑踏に紛れて、かすかに関西弁が聞こえた。
「……え?」
声のした方を振り返ったが、忙しく店じまいする人々の声と、荷箱をガタゴト動かす音、テントを畳む風と、足早な人々の足音が混じり、その声の主が誰なのかわからなかった。
「アレックスの声にしちゃ若けー感じ?」
獣人の耳は遠くの音や声も無意識に拾ってしまう。声は広い市場のどこかで発せられたものだ。耳を澄ましたが色々な音が邪魔をして探せなかった。
「マサユキさんたちの他にも転移した人いたっていうし、そいつかもな」
今度会った時に聞いてみよう。
シュウは手に持った卵とチーズを見て、夕食のハンバーグを思いだした。
「どうせなら目玉焼きも乗せて欲しいよなー」
チーズと半熟目玉焼きのダブルトロトロ乗せハンバーグを想像したシュウは、偶然耳にした関西弁をすっぱりと忘れてしまったのだった。
以前パーティー名についてご提案頂いた「三叉槍」を、今回エピソードとして使用させていただきました。
ありがとうございました。
※パーティー名のやりとりその他
「三種の神器とかは?」
「剣と鏡と勾玉か」
「いや、白物家電の方」
「それアキラ一人で全部じゃんかーっ」




