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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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14 告白/マジックバッグ 後編



 これ以上の話をマサユキのアパートで聞くのは危険だとアキラが止めた。盗聴も盗撮もされていないとコウメイは言うが、完璧であるとは言い切れない。これまでのマサユキの告白ですらギリギリの危ういものだった。これ以上の話は慎重に進めたいアキラは、二人を自分たちの借り家に招いた。


「俺たちの住んでいる家なら、魔力的な隠蔽も可能です」


 契約魔術で縛っていることからも、二人が魔道具以外の方法で監視されている可能性は高い。そんなところで詳細を聞き出すのは危険だ。だが自分たちの住まいならば、会話や姿を盗み見られることはない。


「ちょうど昼飯時だし、食いながら話そうぜ」


 角ウサギ肉のハーブ蒸しと野菜スープならすぐに作れると言ったコウメイの料理男子っぷりに驚きつつも、アキラたちのテリトリーに招き入れられたことで受け入れられたのだと安堵したマサユキとケイトは、料理を楽しんだのだった。


   +++


 五人で軽く食事をすませると、アキラはテーブルを囲むように四方に結界魔石を置き、コウメイは食後のコレ豆茶を淹れ、シュウが冷却保存庫から茶菓子を持ち出した。


「こっちのが酒漬けで、こっちのは酒なし。どっちにする?」

「これもコウメイくんが作ったの?」


 たっぷりとドライフルーツを使ったパウンドケーキは、マサユキが酒入りを、ケイトは酒なしを選んだ。


「お酒に弱いのよ、匂いだけで酔っぱらいそうなんだもの」

「あー、わかる。俺も鼻が結構いいから、酒場の前とか通るとクラっとする時あるんだよなー」

「シュウくんもなの? 私も鼻が利くからちょっとね、苦手なの」


 お酒の味は嫌いじゃないし、ほろ酔いの気持ちは好きだけれど、その後の苦しみを思うとどうしてもお酒に手を出そうと思えないとケイトは嘆いた。


「じゃ酒なしにはサービスな」


 二人のケーキの皿に、コウメイがざっくりと泡立たクリームを添えた。やった、と小さく歓声をあげるシュウとケイトの笑顔が妙に似ていて微笑ましい。


「あの魔石で、本当に盗聴が防げるのか?」


 どうにも不安をぬぐいきれない様子に、コウメイが廊下に出て確かめて来いよと促した。半信半疑に食堂を出て振り返ったマサユキは、顎が外れそうなほど大きく口が開いていた。


「なんで……?」


 そこにいるはずのケイトもアキラたちの姿も見えないし、物音ひとつ聞こえてこない。彼の目に映るのは、無人の台所と食卓机だけだった。このまま進めば皆のいるところに戻れるのだろうか、そんな不安におたおたしていたマサユキに向かって、結界の中から腕飾りのついた手が伸ばされた。おいでおいでと誘う手を捕まえて踏み込むと、そこには確かに皆がいて。


「大声で呼んだんだけど、聞こえた?」と問うケイトに首を振って応えたマサユキは「すごいね」と感嘆するばかりだった。


「何も聞こえなかったし、みんなも見えなかった」


 これなら安心して全部話せるよと、マサユキは肩の力を抜きゆっくりと語りはじめた。


   +


 マサユキがウナ・パレムの魔術師たちに説明したマジックバッグは、彼が読んだことのある漫画や小説に出てきたものを、それらしく組み合わせて捏造したものだ。


「袋の中が異空間になっていて、どれだけ荷物を入れてもいっぱいにならない。袋は重くもならないし、食べ物を入れても腐ったりしないって設定だ、よくあるやつだろう?」


 そんな設定を現実にできそうな魔術に心当たりはないのかと、マサユキはギルドの魔術師たちに丸投げしたのだそうだ。


「重さを軽減する魔道具はすでにあったから、マジックバッグもその発展した魔道具だろうって受け入れられた感じだった」

「あーあの風呂敷は便利だよなー」


 重量操作の魔術式を刺繍した布は、それで包んだ荷物の重量をおよそ半分程度まで軽くすることができるという魔道具だ。旅商人なら一枚は必ず所有しているものだし、コウメイたちも当然のように持っている。


「彼らもあれの軽減魔術の精度を上げれば、重量を感じない袋は不可能ではないって思ったみたいだ」


 その理解が最初にあったからか、それ以外の非常識な説明も疑われることなく受け入れられたのだろうと思う。


「劣化しない魔術の説明は難しかったよ。この世界って時間操作の魔術とかあるのかな?」


 アキラを振り返って視線でたずねるマサユキに、皆も習って目を向けた。


「聞いたことはないな」

「そっか、アキラさんでも知らないことがあるのか」


 魔術知識も錬金知識も使いこなしているようなのにとマサユキに驚かれて、アキラはかすかに眉尻を下げた。


「マサユキさんと同じで、俺も必要に応じて魔術を覚えたから、基礎的な知識はさっぱりなんです」


 ミシェルは基礎から学び直せと口うるさく言っていたが、それをするだけの時間も余裕もなかった。そしてアレックスとリンウッドはその時々に必要な魔術を教え込む。結果、とてつもなく高度な魔術が使えるくせに、初歩的な基礎魔術は使えないというバランスの悪い魔術師(アキラ)が出来上がってしまった。


「時間魔法って、ゲームとかだと地味だよなー」

「攻撃補助とかがメインだな。攻撃のターンが早く回ってくるとか、敵の動きが遅くなるとかそういう感じだ。地味だけどターンが重なると効いてくるんだよ」

「そういう魔術を使う魔術師は見たことないな」


 アキラは何人かの攻撃魔術師とともに魔物討伐を経験しているが、彼らが支援的な魔術を使うのを見た覚えがない。もしも時間魔術が存在するとしたら、転移魔術のように秘匿されているのではないかと思った。


「そりゃあの人たちレベルになると、味方の支援するよりも、自分で殺っちゃった方が簡単だからじゃねぇか?」


 最大威力で一発撃破。アレックスもジョイスもそういう魔術ばかり乱発していた。ミシェルが魔術で戦う姿は見たことないが、部下と弟子の戦い方を基準に考えれば想像は難しくない。コウメイとシュウから先輩魔術師の話を聞いたマサユキは、「脳筋魔術師」と頬を引きつらせて笑った。


「時間操作系の魔術の有無は調べてみます。それで無限の収納力についてはどういう魔術だと説明したんですか?」

「別の空間に荷物を入れるって説明したら、まず空間の概念を説明しろって言われて困ったよ。そういうものだって言っても分かってもらえないし」


 だから袋の中に実際の袋よりも広い穴を作って、そこに荷物を入れるのだと誤魔化した。


「物体が小さくなるのか、内部だけ広がるのか、どっちだって論争になって大変だった……」


 魔術師たちは目をギラギラと光らせて詳細の追及をしてくるが、ラノベ程度の知識では詳細の説明は墓穴を掘りかねない。自分の魔術レベルでは絶対に作れないし理解できていないのだと主張して誤魔化したのだそうだ。


「俺が追及されてから十日ぐらい過ぎた頃に、ギルド所長が自分の弟子たちを集めて研究室を独占しはじめたんだ」


 マサユキの空想アイテムの実用化を検討した結果、可能だと判断したのだろう。その時から本格的なマジックバッグの開発がはじまった。


「最初はギルド所長派の魔武具師や魔道具師が集まって研究してたんだけど、そのうちにギルドに所属する魔術師全員が研究に協力するように命令されて」


 ギルドをあげて必要な素材を収集し、魔力をかき集めるようになったのだ。


「それで定期的に通っているんですね」

「それもあるけど、俺はマジックバッグの発案者ってことになってるらしくて」

「発案者? 情報提供者ではなくて?」

「マジックバッグの発案者が俺で、開発責任者がフランクさんなんだ」


 契約魔術にある「利益の保証」条件をこういう形で残してあるのだと恩着せがましく説明されたのだとマサユキは言った。


「完成してマジックバッグの販売がはじまった時に、売り上げの一割を貰うためには設計書に俺の名前が載ってないといけないって言われたんだけど……」


 説明を聞くアキラの表情がだんだんと厳しくなっていくのを見て、マサユキは不安に震えた。


「もしかして俺、ハメられてる?」

「……判断はマサユキさんの話を全部聞いてからにします」


 にっこりと向けられた笑顔がなんだか痛いぞと、マサユキは二の腕をさすりながら続けた。


「発案者に名前だけ載せてても、研究に携わったって事実がないと報酬は約束できないって言われて、ただ座って待機するためだけに定期的に研究階に行ってるんだ」


 彼らがどんな研究をしているのか理解できるわけもなく、魔術師たちもマサユキが開発実務に役立たずだと認識している。研究室で暇を持て余す時間は、嘲け蔑みの目の筵に座っているようなもので居心地は最悪だ。


「んなとこ無理して通わなくてもいーだろ、サボっちまえよ」

「そうしたいけど、縛られてるからね……」

「ああ、強制の魔術か」


 カザルタス領内から出ることを禁止するほかにも、一定期間の割合で魔法使いギルドへの訪問を強要するように縛られていた。おそらくは監視目的と、マサユキがまだマジックバッグに関する情報を隠していると疑っているのだろう。


「情報なんてあるわけないんだけどね」


 契約魔術の強制力が働くせいで、マサユキは嫌々ながらも魔法使いギルドに顔を出し、不愉快な時間を過ごしている。


「アキラさんに初めて声をかけたあの時も、出頭した帰りだったんだ」

「あの時マサユキさんは関係者入り口から出てきましたから、俺は警戒していましたよ」

「だろうね。俺もアキラさんが日本人とは思えなくて、本当に転移者なのかなって半信半疑だったし」


 ぎこちなく世間話で様子を探り合っていた初対面の頃を思い出して、二人は小さく笑い合った。


「それで、ギルドの研究はどの程度まで進んでいるのですか?」

「あの人たちの説明は全然理解できないし、設計図も見せられるけど……魔術言語だから読めなくて」

「全て魔術言語なんですか?」

「俺でも読める文字が大半だけど、重要な部分は魔術言語で書かれてるみたいだ」


 少し考えたアキラは、マサユキに魔術言語を覚える気は無いかとたずねた。


「設計書が読めれば、より正確な進捗具合が確かめられます」


 マサユキが魔術言語を理解できないと思っているからこそ、彼らは無防備に設計書を見せるのだ。彼が魔術言語を覚えれば情報を盗み出すのは難しくない。協力してほしいと頼まれて、マサユキは複雑そうだ。


「アキラさんに協力するのはいいけど……俺があれを読めるようになるの、多分凄く時間かかるよ。俺が同郷だって紹介すれば、研究階に出入りできるようになると思うし、直接アキラさんが設計書を読んだ方が早いし確実だと思うけど」


 彼らはマジックバッグの情報に飢えている、そこにつけ込めばすんなりと受け入れるだろうし、アキラほどの知識があればマジックバッグの設計書を読み解くことも簡単だ。そう言ったマサユキに、アキラは厳しい表情で首を振った。


「それは最終手段です。ギルドの油断を誘うには魔術言語を理解しないフリが必要ですし、恐らくギルドは俺にも契約魔術を求めてくるでしょう。騙されるわけにはゆかないので拒否するつもりですが、それでは信用されません」

「……今さらだけど聞いてもいいかな?」


 ケイトが支えを求めるようにマサユキの腕を強く握った。


「アキラくんたちって、何者なの?」


 彼らは何故魔法使いギルドの情報を、マジックバッグを調べようとするのだろう。医薬師ギルド長のアキラたちを頼れという言葉を信じたが、彼らには自分たちを助けられるようなバックボーンがあるのだろうかと不安になったようだ。


「サイモンさんから聞いてないんですか?」


 転移者だという素性しか知らない相手に助けを求めるなんて、よくまあ思い切ったものだとアキラは驚いていた。不用心だし、自分ならありえない行動だ。だが二人はそれくらい追い詰められていたのだろうし、自分たちを信用してくれたのなら、その信頼には応えたいと思った。


「何者というほどじゃありませんが、依頼を請けてウナ・パレムの魔法使いギルドを調査しています。誰の依頼かは明かせませんが」

「調査して、どうするの?」

「それは依頼主の判断待ちになりますが、マサユキさんから聞いた内容を報告すれば、ちょっと物騒な事態になりそうだと心配はしています」


 アキラはためらうように眉尻を下げた。


「物騒って?」

「……場合によっては破壊指示が出るかもしれない、と」

「はか、いっ?」

「それは、マジックバッグを破壊するってことか?」

「ええ、可能性はあると思います……微妙な情勢を考えても、危険ですから」


 魔法使いギルドへの恨みはあるが、マジックバッグを危険だと思ったことはない。むしろ完成すれば便利になると思っていたマサユキは、思わず「もったいない!!」と叫んでいた。ケイトも狩った獲物を楽に持ち運びできることを考えれば、開発している魔術師たちに対する思いはあるけれど、マジックバッグそのものには期待をしていた。

 二人の「破壊なんてもったいない」という声に、シュウも「だよなー」と頷いた。


「マジックバッグの何処が危険なんだよ?」

「便利だし、欲しーよな」


 危険なわけないと繰り返すシュウとマサユキに、アキラは「後ろに控えている存在が厄介なんですよ」とため息を吐いた。


「マジックバッグが魔法使いギルドだけで開発されたのなら、これほど警戒しません」

「どーいうことだよ?」

「アキは領主が関わってるのが問題だと考えてんだろ?」

「ギルドに魔石の取り扱いの独占を認めたのは領主です。便宜を図って開発の支援をしているのは間違いないでしょうね。完成した暁には、権利の献上を要求してくると思いますよ」


 何年も前からの魔石独占がマジックバッグとようやくつながったマサユキだったが、それでもアキラが心配するほど危険とは思えなかった。


「誰でも使えるマジックバッグが完成したら領主はどうすると思いますか?」

「……量産して、売って大儲け?」

「量産はするでしょうね。ですがおそらく売りには出しませんよ」

「え、なんで?」

「大量の物資を小さなカバン一つで運搬できるんですよ、そんな有益なものを市井に広めるわけがありません。敵対勢力の手に渡ったら困るでしょう?」


 もしも市場に発売されるとしても、使用者制限が付けられるようになってからだろうし、開発にかかった時間や資金を考えれば、個人で所有できる値段で発売されることはないだろう。


「儲けるためじゃなきゃ、何のために開発援助をしてるんだ?」

「戦争です」

「せんそおっ?」


 ケイトの声が裏返った。便利な魔法の鞄がどうしてそうなるのだと狼狽える二人を見て、その反応が普通なのだろうなと内心で息をついたアキラは、自分に知識を詰め込み鍛えたミシェルを少しだけ恨んだ。


「戦争に必要なものは何だと思いますか?」

「ええと、武器かしら?」

「それもありますね」

「……人?」

「こちらの世界では戦争は兵士(プロ)の仕事ですが、戦う以外にも大勢の人が駆り出されますので、間違いではありません」


 他には? と問われて、マサユキは困った。転移したこの世界は、個人的な危機はいくらでも経験したが、戦争の気配を感じたことはない。コウメイたちは分かるのだろうかと視線を向けた。


「そうだなぁ、俺なら食糧だな」

「俺も武器だと思うけどなー」


 アキラは全員の答えを肯定した。


「戦争には多くの兵士と、それを支える人と、彼らを生かすための物資が必要です。物資の調達や運搬には人夫や馬が必要で、莫大な費用が掛かります。ですがマジックバッグが一つあれば、物資に関する経費はかからなくなります」


 戦場の周辺では食糧価格が高騰し調達コストがかかる。安い地方で調達しても戦場までの運搬に時間と金がかかる。だがマジックバッグがあれば、大量の食糧を腐敗の心配なく運搬できるのだ。しかもそれまでは必要だった荷車や馬の調達は不要になるし、人夫を雇う金もかからない。


「予備の武器や防具もカバン一つで運べるのですから、戦争にかかる経費は大幅に削減できます」

「俺なら浮いた資金で傭兵を雇って戦力を増やすな」

「戦いが早期終結できればさらに節約できますしね」


 物騒な会話を平然と進めるコウメイとアキラを、シュウは嫌そうに眺めた。


「ふつーはそんなこと考えねーよ、な?」


 シュウの声にマサユキが力強く頷いた。マジックバッグから戦争なんて発想はあまりにも突飛すぎるんじゃないだろうか。そんな思いをアキラは否定する。


「ギルド所長が開発をはじめた時点では想定していなかったかもしれませんが、領主から支援を受けた時点でその用途は理解しているはずですよ」


 サイモンから聞いたフランクの研究姿勢や上昇志向とプライドの高さから、最初から領主を利用する意図があったのではないかとアキラは考えていた。


「状況を客観的に見て、マジックバッグの開発は問題だらけなんです」


 領地を持つ貴族が領益を考えずに資金援助をするはずがない。もちろん平和的な利用の可能性を完全否定するつもりはないが、どこの国でも貴族間、領地間の小競り合いは頻繁に起きているし、何年間も資金援助を続けてきた執念は、平和利用よりも私欲の色が濃いと考えた方が自然だった。


「一番の懸念は、発案者にマサユキさんの名前が記されているという事です」

「それは利益の配分のために……」


 自分に言い聞かせるように繰り返した建前が、あまりにもむなしく響いた。ギルド所長が自分のために便宜を図ったと善意に解釈するのは無理がありすぎると、マサユキ自身も認めるしかなかった。


「流石にアイデアのまるパクリは気が引けたんじゃねーの?」

「騙し討ちするような奴に良心を期待すんなよ」

「ええ、開発に失敗した場合、責任を取らされる可能性があります」


 多額の資金を投入しているのだ。開発を断念するような結果になった時、失敗の責任を誰が取るのか。


「マサユキさんが発案者として登録されているのなら、負の責任を全て押しつけられる可能性は否定できません」

「……ははは、あのギルド所長なら、やりそうな気がするよ」


 アキラの指摘は説得力があり、マサユキは力ない笑いを吐き出すしかなかった。不公平な契約魔術を結ばされた事実からも、魔法使いギルドに対する信用はゼロだというのに、どうして自分は最後の最後で都合よく解釈しようとするのだろう。笑みを引きつらせ落ち込んでいるマサユキの腕を、ケイトが不安げに引いた。


「ねぇ、責任って、どんな責任を取らされるのよ?」

「これまで投資した開発費用の返済くらいなら軽い方でしょうね」


 最悪の場合は命を代償に求められるかもしれない、そう聞いた二人は互いに震えを押さえ合うように手を握った。


「今すぐに危険が迫っているわけではありませんが、マサユキさんたちはいつでも逃げられるように準備をしておいた方がいいと思います」


 近頃の魔法使いギルドのなりふり構わない様子からも、領主から相当厳しく突き上げられているに違いない。怒りの矛先がマサユキたちに向けられたときは、すぐにでも脱出する必要がある。


「逃げるといっても……」

「私たちこれがあるから、カザルタス領内からは出られないわよ」


 ケイトは右腕の契約魔術の刻印を腕飾りの上からぎゅっと握った。


「今すぐに逃げるわけではありませんよ。契約魔術破棄の方法は私が責任をもって調べます。チャンスが来た時にすぐに行動に移れるようにしておいて欲しいんです」

「分かった。けど旅をすることを考えたら、雪が降る前に何とか決着がついてほしいと思うよ」

「吹雪の中を逃げるんて、自殺行為だもんね」


 雪に閉じ込められる前となると、夏の短いニーベルメアではあと二ヶ月、長くとも三ヶ月ほどしか余裕はない。


「しばらくは何も気づいていないふりをして、研究の進捗を教えてください」


 物事が想定以上に大きくなって腰の引けていたマサユキを、ケイトが励ました。


「頑張ってよマサユキ。あいつらにやり返せるチャンスだからね」

「わ、わかった」

「俺らと接点がありすぎて怪しまれるのは避けた方がいいんじゃねぇか?」

「そうだな、冒険者ギルドでたまに顔を合せるくらいの、顔見知りという設定でいきましょうか」


 何度か合同で狩りをした程度の関係だと思わせ、同郷だという素振りは見せないようにすると打ち合わせた。


「情報交換は狩りに出た森か、医薬師ギルドに買い物に来た時にお願いします」

「なんか、スパイみたいだね。俺にできるかな」


 契約魔術から自由になるために必要な仕事だと納得すると、自然と覚悟が決まった。


「そんなに緊張するなって、普通にしてりゃいいって」

「マサユキさんは今まで通りにギルドに通って、そこで見聞きしたことを教えてくれれば十分です」


 普段と何も変わりませんよ、とニッコリほほ笑まれてもマサユキは素直に頷けない。


「その普段通りってのが難しいんだけど」


 アキラから色々な話を聞かされた今は、何事もなかった素振りでいるのは難しいし、研究階の魔術師らから情報を得なくてはという気負いが大きかった。


「最初は緊張するかもしれねーけど、そのうち慣れるって」

「あんまり慣れすぎるのもよくねぇんだけどな。二、三回も経験すれば適度な緊張を保っててもリラックスできるようになるぜ」


 この人たちの心臓はいったい何でできているのだろうか。大丈夫だと励ますコウメイのアドバイスに、マサユキはうすら笑いで頷くしかできなかった。


   +++


 アキラは魔術紙を数枚に渡る詳細な報告書に、契約魔術についての問い合わせも書き添えてミシェル宛に送り出した。その翌日、ウナ・パレムに来て五ヶ月目にしてはじめて返信が届いた。それには契約魔術の破棄の二つの方法が記されていた。


「両者の合意の上で破棄の契約をするか、もしくは原本を契約時以上の魔力の炎で焼くかのどちらか、か……」


 破棄できると知らされたマサユキは喜んだが、その手段を聞かされて肩を落とした。合意は得られないだろうし、契約書の原本はギルド所長が責任を持って管理すると言っていたから、おそらく魔法使いギルドの金庫あたりに保管されているのではないだろうか。


「合意は無理だろうから、原本を盗み出すしかねぇだろうな」

「それ俺がやるぜ。屋根裏から侵入ってのやってみたかったんだよなー」

「無理だな」

「無理じゃねぇか?」

「なんでだよ」


 盗み入る気満々のシュウが拗ねた。


「シュウ、魔術言語は読めないだろ」

「あ」


 いくら身体能力が高くても、盗み出す物を判別できなければ無理だ。契約破棄は諦めるしかないのかと肩を落とすマサユキに、こっそり忍び入ってでも契約魔術書はなんとかします、とアキラは約束したのだった。



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