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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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13 告白/マジックバッグ 前編



 雪花亭の裏にある小ぢんまりとした集合住宅の一室がマサユキとケイトの部屋だ。三階にある部屋に招き入れられたアキラは、ダッタザートでサツキたちが住んでいたアパートに雰囲気が似ているなと懐かしく目を細めた。


「1DKって感じか」


 コウメイは前髪をかきあげる手で眼帯を隠し、ひそかにずらした隙間から義眼で室内を確かめる。扉に天井、窓枠に壁に床、台所設備にも部屋を飾る小物にも、義眼が反応することはなかった。


「コンパクトだけど、いい雰囲気の部屋じゃねぇか」


 水回りは小さく、台所と食堂が一部屋にまとめられ、寝室は少し広めの一室だけ。ダッタザートと異なるのは、壁の真ん中に暖炉があることだろうか。長く寒い冬にはパチパチと火が燃え、部屋全体を温めているのだろう。

 ケイトに食卓の椅子をすすめられ、アキラが腰をおろした。コウメイがその後ろに立って背もたれに手を置き、シュウは壁にもたれるようにして寛いだ。


「お茶は高いから買ってないの、水でいいかな?」


 正面に座ったマサユキが小さなカップに水筒から水を注いで出した。ずいぶんと水を出すのに慣れてきたようだと見ている三人に、ケイトが嬉しそうに礼を言った。


「この前アキラくんに水を作る魔術を教わったでしょ。おかげで井戸までお水汲みに行かなくてもよくなったから凄く助かってるよ」

「飲料用の水はこれで確保できるようになったんだ。洗濯用とかの水は流石に無理だけど、往復の回数が減ったぶん楽になったな」


 ウナ・パレムにある集合住宅のほとんどには、各階まで送水管が設置されていて、飲料用の水が階段横の共同蛇口から汲めるようになっている。ところが魔石不足が原因で水を各階に送り出す魔道具が動かなくなり、集合住宅の住人たちは部屋と共同井戸との間を何往復もして水を確保しなくてはならなくなった。


「ここ五階建てだろ、上の方の住人は大変なんじゃないか?」

「最近は空き家も増えたから、みんな下の方の部屋に引っ越してるみたいよ」


 ケイトたちもできれば一階に引っ越したかったが、低層階の家賃が高騰したため諦めていた。

 マサユキの魔力で作った水は、生温かいごく普通の水だった。冷やしたり温かくしたりという工夫をするところまでは意識が向いてないのだろう。カツンと、あえて音を響かせるようにしてカップを置いたアキラは、真正面に座ったマサユキを見据えた。


「それで、雪花亭ではできない話とは何でしょうか」


 冷たく感情のこもらないアキラの声に、マサユキの背筋が伸びた。顎を引き、膝の上に置いた手を強く握りしめて、彼はゆっくりと覚悟を決めた。


「……俺は、俺とケイトはこの街から出て行きたい。そのために力を貸してほしいんだ」


 隣に寄り添うケイトの手が、力のこもった拳の上に重なった。その体温に励まされて、マサユキは自分たちが巻き込まれた、いや自らの選択の誤りの結果を話しはじめた。


   +++


「この世界に放り出された時、アキラさんたちは何を期待した? こんなものがあれば便利なのにとか、欲しいとか、考えたことはなかった?」


 話の終着点は何処になるのだろうと考えながら、コウメイはマサユキの話題に乗った。


「そうだなぁ、俺は武器が欲しかったぜ」


 深魔の森に放り出され、木刀で銀狼と戦わざるを得なかったコウメイは、あの時は武器が欲しいと切実に思っていた。


「俺は……どこでもドアだな」

「それ、アキらしくねぇ発想だよな」


 目を見張ったコウメイに、アキラは「自分でもそう思う」と唇の端を上げる。


(サツキ)と遠く離れた場所に放り出されただろ、異世界転移なんて二次元的な非常識が現実化するなら、どこでもドアが実在したっていいじゃないかって、かなり本気で考えていた」


 ああそうだったなと、コウメイは遠い目で天井を仰いだ。


「シュウはやっぱりステータスか?」


 からかうようにアキラが問うと、シュウは人差し指を立てて左右に小さく振った。


「ステータスも見たかったけど、俺はマジックバッグが欲しかったなー」

「ああ、定番だよな」

「異世界転移っていったら、絶対に標準装備だと思ってたのになー」


 分かるよ、と頷いたコウメイは今までに処分した調理器具を指折り数え、アキラも手放した本の数々を懐かしんだ。


「荷物は増えるばかりだし、街を移動するたびに荷造りが面倒だし」

「確かに、手に入るんなら今でも欲しいなぁ」


 もしも今から何かを特典としてもらえるというなら、マジックバッグ一択だ。三人がそう言うと、マサユキとケイトは安堵したように頷いた。


「私たちも転移した直後はがっかりしたわ。マジックバッグがあればすぐに村を出て行けるし、運搬業でも行商人でもできるのにって悔しかったわ」

「マサユキさんたちが放り出されたのって、この街じゃなかったのか」

「ここから南にある小さな村だよ」


 田舎の村は閉鎖的だ。突然現れた余所者に対し村人たちの目は厳しかった。


「異世界じゃなくて大昔の田舎にタイムスリップしたのかって、みんな凄くがっかりしてた」


 映画や漫画でしか見たことのないような原始的な農作業風景に絶望したが、生きるためには食料を手に入れなければならない。マサユキ達五人は、労働力を提供することでなんとか村の片隅に住まいを借り、食料を分けてもらっていた。この世界に慣れようと必死だったが、状況は良くならないどころか悪化するばかりで、あの頃のマサユキらは肉体的にも精神的にも追い詰められていた。そんな時、科学ではなく魔力で動く道具の存在が目に入った。


「村長の家に日が暮れると自動で灯りのつく魔道具があったんだ。村の倉庫には低温保存用の大きな魔道具(冷蔵庫)もあった。だったらマジックバッグもあるはずだって思わないか?」


 厳しい労働、粗末な食事、常に見張る人々の視線、それらから逃げ出したくてたまらなかった彼らは、魔道具の発見に希望を見出した。魔法があって魔道具があるなら、マジックバッグだってどこかにあるはずだ、と。


「それからは村の人たちに片っ端から聞いて回ったよね。マジックバッグのような魔道具はないのかって」

「村の人たちは誰も知らないし、旅商人に聞いてもそんな便利な魔道具は知らないって答えばかりだったな」


 そんな素晴らしい魔道具が存在するなら、とっくに魔法使いギルドが作って売り出しているはずだし、自分たちが率先して使ってる、と。


「だからこの世界にはマジックバッグは存在しないんだって諦めて、すっかり忘れてしまったんだ」


 マサユキとケイトの語りがどこに向かうのか、三人は黙って続きを促した。


「村人に話しかけまくったおかげで、自分たち以外の人と会話することも増えて、少しだけ村の居心地も良くなってきた頃だった。俺に魔力があることがわかったんだ」

「それ、どんなきっかけで分かったんだ? 突然魔術が使えるようになったのか?」

「村に小さなお堂があって、そこに納められている聖像を偶然触ったら光ったんだ」


 以前マサユキから聞いていたアキラは「六歳の子供が魔力判定を受ける聖像ですね」と相槌をうった。


「それでウナ・パレムにやってきたのか?」

「そうだよ」とマサユキは頷いた。村の生活は少しずつ楽になっていたけれど、閉鎖的で将来に希望が持てない生活を続けるのは嫌だった。


「村で飼われている間は身分証明も持たせてもらえなかった。でも魔術師になれば身分証を得られると思ったし」


 魔術師になれば自分でマジックバッグを作ることができるかもしれない。それを量産して売れば生活も楽になる。そんな甘い計画を胸に村を出たマサユキ達は、魔法使いギルドを訪れ正式な魔力検査を受けた。


「俺に魔術師になれるだけの魔力があるという結果が出て、師匠を紹介してもらったんだ。魔道具を作れるようになりたいと希望したから、白級の魔道具師が俺の師匠になったんだけど……」


 魔道具師と聞いてコウメイとアキラは首を傾げた。


「マサユキさんって、攻撃魔術師だよな?」

「その師匠は、マサユキさんを破門にした魔術師ですか?」


 苦笑いで頷いた彼は、後悔のため息を吐いた。


「師匠は俺みたいに齢をくった弟子なんて欲しくなかったらしいね。だから弟子入りしたはずなのに何も教えてもらえなかった」


 弟子の評価が師匠の評価になるのだ。魔術師の弟子になるのはほとんどが六歳、成人年齢の十二歳では遅すぎると言われるくらいなのに、当時のマサユキは二十歳だ。優秀な弟子は優遇するけれど、期待できない存在は容認できなかったのだろう。マサユキは師匠に無視され、何ひとつ教わることはなかった。


「それは酷いな」

「紹介したギルドの顔を潰したも同然です。クレームを入れてもよかったんじゃないですか?」

「今ならそうするだろうけど、あの時は苦情なんてとても入れられる心理状態じゃなくてね」


 マサユキは何も教えようとしない師匠を何とか懐柔しようと働きかけていた。


「どうしても魔道具師になりたい、作りたい魔道具があるんだって必死にアピールしてたよ」


 まるで就活の自己アピールをやってるみたいだったと、ケイトが遠い目をして言った。


「あの頃のマサユキ、目が血走ってたよ」

「それくらい追い詰められてたんだ。どうやったら師匠の気を引けるだろうって焦ってて、マジックバッグのことを話したんだ。そんな鞄が存在したという記録はないと言われたけどな」


 存在しない、ならば仕方ないで話が終わればよかったのだが、野心家の魔術師に未知の魔道具の話題は、猫にマタタビを与えるようなものだった。


「師匠が俺に話しかけたのはそれが初めてだったよ」


 弟子入りして三ヶ月もたっていたのに、師匠から話しかけられた最初の言葉が「その鞄の設計書をよこせ」だった。容量以上の荷物を収容出来て、重さも感じさせず、生ものも劣化もしないような魔法の鞄、それを開発できれば黄級どころか濃紺級、もしかしたら紫級まで一気に駆け上れるかもしれないと、白級魔術師の野心に火が付いたのだ。


「だから俺に魔術を教えるようにって交換条件を出したんだ」

「ちょっと待ってください」


 思わずといった風にアキラの手が二人の間に割って入った。


「マサユキさんはマジックバッグの作り方を知らないんですよね?」

「ああ、知らない。師匠にはマジックバッグの性能だけを説明したよ。俺の知ってる漫画で読んだ設定をそのままパクッて」 


 そんないい加減な情報で魔術師と取り引きをしたのかとアキラは驚き呆れた。危険すぎる取り引きだとの指摘に、それくらい切羽詰まっていたのだとマサユキが返した。どんな魔術でもいいから使えるようになって、魔術師の資格を得たい、それがあの頃のマサユキが最も優先すべきものだった。


「それに空想の情報だけど、師匠の中ではいくつかの魔術を組み合わせれば実現可能だと判断したみたいだったよ」


 有益な情報を喜んだ師匠は魔術式の構築に没頭していった。


「魔術師って一つのことに夢中になると、周りが見えなくなるやつが多いだろ。師匠も俺の指導は完全に忘れてたな」

「交換条件はどーなったんだよ?」

「俺の情報通りにマジックバックが完成したなら、約束を守ってやる、だってさ」 


 結局マサユキは師匠から魔術を学ぶことができず、ギルドが廃棄処分にする教本をこっそり盗んで魔術の基礎を学んだ。ケイトやヒトシに協力してもらって実戦経験を積み、ウォーターランスを習得したのだ。


「それ師匠に抗議するべきだろ」

「したよ、話が違うって。でも魔術師にとっては守るべき約束は契約魔術で決めた事に限るんだそうだ」


 魔術師との約束は、口約束では成立しないのだと嘲笑われた。彼は最初からマサユキを弟子として扱うつもりはなかったのだ。その頃には名ばかりの師匠に頼ろうとは思わなくなっていた。


「自力で魔術は使えるようになってたしね。試験さえ受けることができれば魔術師証が手に入るのにって悔しくて、推薦状を書いてもらうために色々工作したよ」


 下っ端とはいえギルド内に職責を与えられていた師匠は、マジックバッグの開発のためにそれらを放り出すありさまだった。マサユキは事務書類や経理の仕事を師匠の代わりにこなし、チャンスを見つけて試験の申請を行った。推薦状も師匠のサインを真似て偽造したのだ。


「それ、普通なら問題になるよな?」


 さすがにヤバかったんじゃないのかと身を乗り出したコウメイに、マサユキは肩をすくめて。


「なったよ。本来なら俺も師匠も魔術師資格を剥奪されるくらいの大問題だって言われた」

「身分証明なんて冒険者で良かったんじゃねーの?」


 この世界で身元を証明するなら冒険者登録の方がハードルは低い。仮の冒険者証が即日発行されるし、犯罪歴の調査の後に正式な身分証が発行される。そうなれば登録した町のギルドにこだわる必要はなく、大陸中どこでも身元を証明できるのだ。シュウには不正をやってまで魔術師証にこだわるマサユキが理解できなかった。


「身分証なんてどっちでも変わんねーだろ」

「いや、ずいぶんと違うぞ」

「そーなの?」


 アキラの言う通りだと、マサユキはゆっくりと頷いた。自分ひとりのためだけなら冒険者の身分で十分だった。だがケイトの安全を守るためには、冒険者では足りなかったのだ。


「重要な場面では、たとえ最下位の黒級であっても、魔術師であるというだけで有利な立場に立てるんだ」


 例えば王都の城壁門を通過しようとした時、冒険者証だと即座に止められるが、魔術師証であれば問題なく通過が許される。国境を越える時も、冒険者であれば留め置かれて調べられるが、魔術師ならそれがない。最初の村に馴染めなかった時のように、ウナ・パレムや他の街や、この国から出て行くときのことを考えて、マサユキは少しでも優遇される身分証明が欲しかった。


「俺は偽造した書類で試験を受けて、黒級の攻撃魔術師になったんだ」


 魔術師の身分を手にいれると、マサユキは仲間たちと一緒に冒険者活動に専念するようになり、ギルドに出入りしなくなった。それまで仕事を肩代わりしていたマサユキがいなくなったことで師匠の仕事が滞り、上役が監査に入ってマサユキの推薦状の改ざんと師匠の職務放棄が発覚したのだ。


「魔術師の資格、取り消されなかったのか?」

「不正だし、覚悟はしてたよ。でもこの時もマジックバッグが有利に働いたんだ」


 取り調べを受けた師匠の設計書を調べたギルド上層部は、マサユキを呼び出して不正に関して問いただすのではなく、マジックバッグの詳細をたずねたのだ。


「ギルド所長のフランクさんが直々に事情聴取にきたんだ、驚いたし、チャンスだと思った」

「まさか、交渉したんですか?」

「ああ、取引を持ちかけたんだ」


 魔法使いギルドにマジックバッグの情報を提供する代わりに、推薦状の偽造は見逃してもらえることになった。書類は偽造だったが試験に合格したのは事実で、黒級攻撃魔術師の力はあると判断されたようだ。


「マジックバッグの設計書を譲ってくれと頭を下げられたよ」


 設計図なんてあるわけないし、提供できる情報もゲームや漫画の設定のものしかない。だが今まで自分を馬鹿にしてきた魔術師の一番上の上司がへりくだって請うのだ、気持ちが大きくなったし、周りが見えていなかった。


「それで、どうしたんですか?」

「また交渉か?」

「ああ、待遇改善を条件に出したんだ」


 マサユキは自分の持っているマジックバックに関する情報と引き換えに、金と身分を要求した。汚く不便で厳しい環境で生きることに疲れ切っていたマサユキは、ウナ・パレムで生活の安定を望んでいた。


「また捏造のマジックバッグ情報で?」


 咎めるような渋い顔のアキラから、マサユキは気まずげに目を逸らせた。


「約束を反故にされたら困るから、強制力のある契約を結んでからじゃないと情報は提供できないって粘って……」

「前回の失敗を踏まえて、契約魔術を求めたんですね?」


 マサユキが濁した言葉を、アキラがため息交じりに補完した。彼は頷いて腕飾りをそっと撫でた。ケイトに励ますように腕を掴まれ、彼はゆっくりとその紐をほどく。


「刺青?」


 良く見えるようにとテーブルの上に置かれたマサユキの左手首には、日焼けの痕にしては細かく複雑な模様がぐるりと貼りついていた。膝の上で自分の手首を撫でたアキラは「どのような契約内容だったのか」と静かにたずねた。


「俺は魔法使いギルドに知っているマジックバッグの情報を全て教える、ギルドは俺に情報料を支払い、魔術師証が有効だと承認する。その条件で契約魔術を結んだつもりだったんだ……」


 実際には違っていたのだろう。自分の手首を見るマサユキの目には、激しい怒りと深い後悔が浮かんでいた。


「見せていただいても構いませんか?」


 アキラに乞われ、マサユキは左手を差し出した。

 皮膚が焼かれ焦げたような色の線や記号が規則的な並びで腕をぐるりと一周している。丁寧にそのすべての記号と線を確認したアキラは、痛ましいとでもいうように目を伏せると、手を放してマサユキに問うた。


「あなたは、この魔術式が読めますか?」


 マサユキは力なく頭を振った。


「サインする前に契約内容は確認したんですよね?」

「もちろんだよ。書き換えられたり不利な条件が追記されていないか、ちゃんと確かめてからサインをしたはずなんだ……」


 なのに、と続く言葉をマサユキは飲み込んだ。

 羊皮紙に魔力のこもったインクで書かれた合意条件を、マサユキは隅々まで読み確認した。転移の唯一の特典である自動翻訳の力はちゃんと働いていたし、立ち会ったヒトシやケイトにも目を通してもらって、大丈夫だと確信したからこそ、魔術契約書にサインした。

 それなのに。


「……契約書の周りにある装飾が、まさか文字だとは思わなかったんだ」

「マサユキは騙されたの」


 口を挟まないように黙っていたケイトが、噛み痕のついた唇を歪めて恋人を庇った。


「それはおそらく魔術言語ですね。二百年くらい前までは魔法使いギルドでも普通に使われていましたが、今は熱心な研究者や上級の魔術師が使うくらいです」


 古い論文や魔術書を読みたければ習得する必要があるが、翻訳された写本があるので現代の魔術師たちには必須の言語ではなくなっている。


「えーと、その魔術言語ってのが何かまずかった原因か?」


 よくわからないという顔のシュウに、アキラは簡単に説明をした。


「契約魔術自体はどの言語でも成立するが、一つの契約書に複数の言語で条件が記されていた場合、言葉そのものに力のある方が優先されてしまうんですよ」

「つまり、魔術言語で書かれた内容で契約が成立したってことか」


 がっくりと肩を落としたマサユキは、コウメイの言葉に小さく頷いた。彼が魔法使いギルドを騙そうとしたように、あちらもマサユキたちを押さえて事を有利に運ぼうとしていた。経験と情報と戦略に長けた魔法使いギルドに、素人がかなうはずもなく、騙し合いの軍配はギルド側にあがった。その結果がこの腕の刻印だ。


「俺が所長から教えられた契約内容は、マジックバッグ開発への情報提供と協力、逃亡の禁止だ」

「カザルタス領に縛る、と書かれています」


 アキラが魔術言語を読み取ると、やっぱりそうかとため息をついた。


「魔法使いギルドから逃げようとしても、週に一度は行かないと頭が割れるように痛くなるし、街から逃げようとしても、隣の領に入ろうとすると身体が動かなくなるんだ。領地を出ようとしたら契約魔術が働いて、俺もケイトも動けなくなった」

「ケイトさんも、ですか?」


 頷いて彼女も左腕の飾りを外して見せた。そこにはマサユキのものと同じ契約の魔術式が刻まれていた。ケイトの腕の術式の悪辣さを読み取ったアキラは、表情を凍らせた。二人の様子からも、魔術言語による契約条件の全ては知らされていないと確信できる。


「それで、どうして私たちに話そうと思ったんですか?」

「サイモンさんに、助けを求めるならアキラさんにと教えられたんだ」

「……サイモンさんですか」


 定期的に魔力を納めに来るサイモンのことはマサユキも知っていた。魔術師でありながら魔法使いギルドと距離を置いていて、ギルドの魔術師たちのように狂信的でない彼をマサユキは信頼しているらしかった。


「サイモンさんに勧められたからってだけじゃないよ」

「同じ転移者だから、見捨てないだろう、ってか?」


 少しばかり嫌味の混じったコウメイの言葉をマサユキは否定しない。


「それも全く無いとは言い切れないけど、転移者を百パーセント信じられるって根拠はないよ」


 五人いた仲間は、マサユキとケイトに同情しつつも、自分たちの人生のために離れていった。


「けど、アキラさんに魔術を教わって、一緒に討伐に出て三人のことを知って、君たちが信用できなければ、もう誰も信じられないし頼れないって思ったから」

「私たちにできることは何でもやるわ。だから助けて欲しいの」


 二人は互いを励ますように手を握り合った。


「アキラさんたちが魔法使いギルドを探っていることはサイモンさんに聞いてる。俺にできることがあれば手伝うから」

「お願い、私たちを助けて」

「なんでもするから、俺たちがこの街から逃げられるように、力を貸してほしい」


 テーブルに額をぶつけるほどに深く、そろって頭を下げた二人を、アキラは静かに見極めようとしていた。


「手伝っていただけるのは助かりますが、優位に立つために情報を制限して、私から約束や譲歩を引き出せば良かったのでは?」


 話を聞く限り、ずっとそうやってきたようですし、とアキラがほのめかすと、マサユキは慌てて顔をあげ首を振った。


「そうやって失敗してきた結果が今の俺たちだよ。今の状況が自業自得なのはわかってる。計略とか策略とかは向いてないんだ、俺たちは。助けを求めるなら、最初に全部話して君たちの良心にすがる方が向いてるよ……」


 マサユキの言葉を聞いたアキラは微笑み、コウメイとシュウは何とも言えない表情で顔を見合わせた。


「マサユキさんの望みは、この契約魔術を破棄する方法ですね」

「ああ」


 この地から逃げ出せるなら、魔法使いギルドやマジックバッグとは縁のない場所で、ごく普通の冒険者としてケイトと二人でやり直せるならなんでもすると、マサユキは期待を込めてアキラを見据えた。


「残念ですが、私は契約魔術を破棄する方法を知りません。ですが、私の師匠なら間違いなく知っているでしょう」


 アキラの言葉に、二人はハッとして瞬いた。


「師匠に問い合わせてみます。その代わり、マサユキさんにはマジックバッグの研究と、魔法使いギルドの情報を提供してもらいたいのです」

「もちろんだ、俺が知っていることは全部話すよ」

「では、契約魔術を結びましょうか?」


 そう言って悪戯っぽく口角をあげてほほ笑んだアキラの、だがその目は、射るような鋭さでマサユキとケイトを見ていた。


「嫌よ、契約なんてっ」


 唇を尖らせてケイトが立ち上がった。マサユキは彼女の手を引いて座らせ、肩を叩いて宥めながらアキラを振り返った。


「俺はアキラさんたちを信用しているし、信頼している。でもアキラさんが俺たちを信用できないというなら、契約魔術で縛ってくれていい。ただし、対象は俺だけにしてほしいんだ」


 マサユキの覚悟を聞いて、アキラはその表情をほころばせた。


「あんまり虐めてやるなよ、アキ」

「アキラって悪の幹部っぽいの、似合うんだよなー」


 援護射撃ではなく背後からのフレンドリーファイヤーを受けたアキラは、笑顔のまま水球を二つ作りだすと、コウメイとシュウの顔面に向けて投げつけた。


「ボーリョク反対っ」

「溺れさせんなっ」

「水魔術にはこういう使い方もありますので、マサユキさんも色々と工夫してみてくださいね」


 マサユキはアキラの魔術コントロールに目を丸くしながらも「勉強になるよ」と頷き、ケイトは頭から水をかぶった二人にタオルを差し出しながら「仲がいいのね」と呟いたのだった。


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