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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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12 決意の別離



 八月になった。 


「ウナ・パレムって涼しーよなー」

「真夏とは思えねぇよ」

「日本よりはすごしやすいでしょ」

「大陸最北の地なだけあるな」

「俺らのいた大陸南の夏は、日本と同じくらい暑かったぜ」


 ニーベルメアの真夏は、ダッタザートでの初夏のような心地よさがあった。雨の日には少し肌寒く感じるくらいだし、晴れた日には多くの人々が屋外に出て日光浴をしていた。

 コウメイたちは日光浴を楽しむ人々を横目に、その日もマサユキらと森に向かっていた。この頃では六人で狩りをすることが多く、毎日のように大量の獲物を持ち帰るため、収入が増えたと既婚者のヒトシはご機嫌だ。


「九月になるとすぐに夜の気温が下がるよ。寒暖差が凄いから慣れてないと体調を崩すかもしれない、注意しておくといいよ」


 マサユキたちによれば今が最も暑い時期で、九月になれば長袖に上着が必須になってくる。早ければ十月の半ばには雪が降りはじめ、長い冬がはじまるのだそうだ。


「夏みじかっ」

「そういえば、はじまりの日が来ても雪が解けなかったのは不思議だったな」


 ウナ・パレムに到着した頃を思い出していたアキラの言葉に、ケイトが「どうして雪が解けるの?」とたずねた。他国では三月一日には、雪が解け花が咲き春になるのだと言うと、三人は「まさか」と信じられないようだった。


「一晩で?」

「季節ってそんなに劇的に変わらないだろ?」

「変わるんだよ、マジで。雪が残ってたはずの草原が、一晩で花畑になるんだぜ」

「あれ見たとき、ファンタジーだって思ったもんなー」


 ナモルタタルでもダッタザートでも、アレ・テタルでも、三月一日からその土地の春がはじまっていた。

 ニーベルメアの雪がすべて解け春らしくなったのは、確か四月の終わりごろだった。


「……そう言われてみれば、三月に入ったら雪は降ってない、かも?」


 ヒトシは自信なさげにだが、終わりとはじまりのお祭りの翌日からは、雪が降っていないようだと言った。


「じゃ、ちゃんと春になってるんだな」


 この地方の春は降雪が止まるところからはじまるようだ。

 雪が解け、緑が芽生え、花が咲いた春を堪能していたかと思えばすぐに夏が来て、暑さに慣れる前に秋が来る。


「十一月になるともう一面雪景色だし、俺たちの背よりも積もるから、狩りもなかなか大変なんだ」


 コウメイとアキラは積雪の冬はナモルタタルで経験していたが、あれよりも深い積雪だと聞いたコウメイは、冬眠してぇなぁと感想を呟いた。


「砂漠の冬ってどんなだったの? やっぱり暑いの?」

「雪が降ってるのは見たことねぇぜ」

「サンステンの砂漠で息が白くなることはなかったな」

「行ってみたいなぁ」


 マサユキらは他国の話題に興味津々だ。特に砂漠は想像が難しいらしく、ラクダはいるのか、オアシスはどんなところか、やっぱりターバン巻いてたりアラビアンな衣装なの? とケイトが質問を畳みかけた。


「ラクダはいねぇけどラカメルって砂漠専用の奇獣はいるぜ。砂漠に一つだけある村には井戸があるけど、緑はねぇし殺伐としてたな」

「砂除けのマントを着てるだけで、みんなふつーの狩猟服だし」

「夢がないのねぇ」


 ワカチナオアシスのような場所をイメージしていたらしいケイトは、つまらなそうに唇を尖らせた。


「そんなに見たいなら東回りの大陸周回船に乗れば一ヶ月だ、船賃もそれほど高くねぇんだ、金貯めて行ってみたらどうだ?」


 縛られるもののない冒険者は気軽に街を渡り歩いている。結婚しても冒険者を続けて旅する者もいれば、土地の誰かと所帯を持ったり、ふらりと立ち寄った土地が気に入って、そこに定住する場合もある。


「ウナ・パレムが気に入ってるのならすすめねぇけど、そうじゃねぇならあちこち見て回って気に入った土地を見つけたらいいと思うぜ」

「住んでみて合わねーってあるしな」

「あちこち、かぁ……」


 コウメイに漫遊の旅を勧められたケイトは、切なそうに目を伏せると、先を歩くマサユキに追いつこうと足を速めた。


「もうそろそろ水ゴブリンの目撃地点だ」


 アキラの警告で全員が口を閉じ、周囲への警戒を高めた。コウメイたちの目的は、街の北にある水ゴブリンの巣だ。

 冒険者ギルドの討伐情報でその名称を見たコウメイたちは、初めて聞くぞと目を疑った。街の北にある湖、そこを囲むように広がる森に住んでいるゴブリンは、普通のゴブリンとは違う特徴を持っているらしかった。


「水かきをもっていて、自在に泳ぐゴブリンですか?」

「ゴブリンって水の中で息できるのかよ?」

「知らねーって」


 水ゴブリンは水かきを使って泳ぐという以外には、普通のゴブリンとあまり違わないらしい。普通のゴブリンが何らかのきっかけで湖で泳ぐことを覚え、環境に適応進化したのではないかと考えられているそうだ。


「魚を食うゴブリンなのに討伐依頼が出てるのか?」

「自分らで魚を捕まえるんなら、ギルドもほっとくんだろうけどね」

「魔獣を狩るよりも漁師から上前を撥ねる方が楽だって覚えてからは、湖が凍るまでの間は壮絶な釣果の奪い合いやってるらしいよ」


 湖を狩場にしているが、魚を捕まえるのは下手らしく、彼らは船を沈め、漁師を溺れさせ、漁獲を奪うのだ。今回の討伐は漁業ギルドからの依頼だった。


「巣の場所は、水辺に近い森の中だったな?」

「昨年の雷で折れて倒れた大木が目印だ」


 ギルドから提供された情報通りに森をすすむと、湖畔の見える場所に出た。遠く対岸に街壁が見える。


「あれじゃないか?」


 アキラの指さす先に半分が黒く焼け、裂けるように割れ折れた大木があった。そこから湖面が見える位置をキープしつつ北上してゆく。

 先頭を進むシュウが足を止め、右手をあげた。巣を発見したという合図だ。

 コウメイとヒトシは素早く剣を抜き、アキラとマサユキは杖を構えた。ケイトが自動弓に矢をつがえヒトシの横に立つ。

 足音を立てないように、じりじりと進んだ。

 木々の影に身を隠し、シュウの指し示す場所を見ると、何本かの古木が不自然に重なり倒れているその影に、盛りあがった土があった。


「ここだな」


 古木の周囲に、あたりを警戒するように三体のゴブリンが立っていた。遠目でわかりづらいが、確かにその手には水かきらしきものがついている。

 グッと緊張の走ったマサユキたちを手振りで退らせると、コウメイは一人で水ゴブリンの巣を観察した。

 巣穴から出てきた一体は、団子のように丸めた土の塊を持っていて、それを見張りに渡すと再び巣穴に潜っていく。土塊を受け取ったゴブリンは、まるで左官が土壁を塗るように、巣の入り口の壁に伸ばし水かきでペタペタと叩いていた。どうやら巣の拡張工事の最中らしい。

 コウメイは離れて待機しているマサユキらのもとへ戻った。


「外にいる三体の他に、土を運び出してるのが最低でも五体はいる」

「見分けつくものか?」

「ざっくりとだが、難しくねぇぜ」


 ゴブリンにも個体差があるのだというコウメイに、ヒトシは呆れと恐れの視線を向けた。人型の魔物は心理的に戦いにくいものだ。個体差などない「魔物」として認識しているからこそ刃を向け矢を打ち込めるのだ。その魔物を見分けるというのは、ヒトシにはとてもできないし、したくなかった。

 ヒトシの声にならない抵抗を感じたコウメイは、素早く立ち位置を決めて指示を出した。


「俺とシュウで巣を襲撃する、ヒトシさんとアキは湖から戻ってくるゴブリンを警戒しててくれ」

「私は?」

「ケイトさんは向こうの木の上からアキたちをバックアップ、マサユキさんは対面の木の上から……登れるか?」

「大丈夫」

「じゃ、そこから俺らのバックアップな」


 アキラが杖から脇差に武器を変え、マサユキが二度ほど足を滑らせながらも木の上に登って体勢を整えたのを確かめてから、コウメイがシュウに合図を送った。


「引きずりだすぜ」

「おう」


 最初にシュウが見張りの二体を同時に打ち斬った。

 入り口へと倒れかけた死体を蹴り払って土壁に足をつくと、巣穴から出てきた一体を力任せに引き抜いてコウメイへと投げ渡す。

 見張り一体を背後から斬ったコウメイは、投げ飛ばされてきたゴブリンを地面へと蹴り倒してから心臓を突いた。

 屠ったばかりのゴブリンを素早く巣穴から遠くへと投げると、入り口の両脇に身を潜めて待ち構え、土塊を手に出てくるゴブリンを一声も赦さず屠っていく。


「……すごっ」


 自分の援護など必要なさそうだと、マサユキは二人の討伐を眺めていた。


「ケイトさん、狙ってください」

「え、あっ」


 コウメイたちの戦闘に見入っていたケイトは、慌てて警戒すべき方向に注意を向けた。全身が水濡れのゴブリンが三体、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。

 ケイトは先頭の水ゴブリンに向けて引き金を引いた。

 矢が風を切り走る。

 その音を追いかけるようにしてアキラが動き、ヒトシが慌てその後を追った。

 ケイトの矢を受けた先頭の水ゴブリンがアキラに向けて倒れ込む。それを掴むと、漁師から奪った銛で襲いかかってくる水ゴブリンへの盾に使った。

 追いついたヒトシがゴブリンを斬る間に、アキラは残る一体の喉へ切っ先を突き入れていた。


「あんた、魔術師じゃないのかよ」

「魔術師の前に冒険者です」


 無駄口を叩いている暇はないとアキラは死体を森の中に引きずり運んだ。


「またあがってきたぞ」


 二人は木の陰に身を隠し、ケイトへ合図を送った。


   +


 仲間が巣穴に戻ってこない、地上に敵がいる、魔物にもそれくらいのことはわかるのだろう。水ゴブリンが巣穴の奥に引っ込んで出てこなくなった。


「水ゴブリンって、あんまり凶暴じゃねーのかな?」

「シュウの気配に怯えてるんだろ」

「コウメイの殺気のせいだろ」


 両方だと思うな、とマサユキは木の上でひっそりと呟いていた。あまりの手際の良さに、見惚れるというよりも震えが止まらない。

 シュウが地面に伏せた。耳を押し当てて地中の動きを聞き取ろうとしているようだ。聞こえるのかと半信半疑で見ていたマサユキは「この辺に頼むぜ」というシュウの声で我に返った。


「寝てんのかよ?」

「ね、寝てるわけないだろっ」

「じゃ、この辺りにウォーターランスを頼むぜ」


 そう言うと、シュウは穴の口から遠い木と木の間の地面を指さした。


「できるだけ深くまで届くようなやつで」


 威力まで指定されたマサユキは、シュウの合図に合わせてウォーターランスを地面に向けて撃ち放った。三連続で地面に深く刺さった水の槍が消える前に、シュウは「次はこの辺な」と指示を出す。マサユキは休む間もなく地面にウォーターランスを撃ち続けた。

 シュウの指示する場所は、次第に巣穴出口へと近づいていった。


「そっち行ったぜ」


 狭い巣の入り口はそれほど大きくはない。追い立てられ飛び出してきた水ゴブリンを、コウメイは順番に叩き斬っていった。


「んー、もういねーみたいだぜ」

「終わりか」


 二人の気配が柔らかくなったのを感じ取って、マサユキは詰めていた息を吐いた。連続して魔術を使ったせいで頭がクラクラしている。木から降りようとしたマサユキをコウメイが止めた。


「マサユキさんは回復薬を飲んで、そのまま待機で警戒しててください」

「え、全部倒したんじゃないのか?」

「ゴブリンが山側から戻ってこないとはいえねぇし、森には他の魔物もいるんで」


 討伐部位を切り取る間はどうしても隙ができてしまうため、見張りが必要だとコウメイは言った。


「シュウはアキと交代な」

「了解」


 湖の方へと歩いてゆくシュウを見送ると、コウメイは手ごろな倒木を拾って置くと、その上に水ゴブリンの右手を乗せ、剣を振り下ろした。


「うわぁ……」


 マサユキは見張りをしなければと言い訳をしてコウメイから顔をそむけた。

 水ゴブリンの討伐部位は、水かきのついた右手だ。必要な作業とはいえ、見ていて気持ちの良いものではない。ガツッ、ザクッ、と嫌な音を聞きながら飲む魔力回復薬は、液体だというのに喉に引っ掛かって何度かむせた。

 湖側から二人が水ゴブリンの死体を引きずりながら戻ってきたが、アキラは平然と「これも頼む」とコウメイの前に水ゴブリンの死体を投げ置いた。ヒトシは血の気は引いていたが何とか表情を取り繕っていた。


「……あんたら、怖いな」

「慣れだよ、慣れ」

「せっかく討伐したのに、報酬を捨てるのか?」

「いや、そう言うわけじゃないけどな……俺たちは慣れてないから、ちょっとな」


 金になる魔物は二足歩行の人型が多い。それらから討伐部位や魔石を奪いとるのは生々しすぎる。人間の耳を斬り落とし、胸を裂いて魔石を取り出すような錯覚を起こしそうで怖かった。だから可能な限り討伐を避けていたのだ。


「金がいるんじゃなかったのかよ」

「いるけど……」

「じゃあ見てねぇで手伝えよ。手首と魔石、好きな方を選べ」


 魔獣狩りでは貯められないというから討伐に協力しているのだ。金を必要としている者が見物では筋が通らない。水ゴブリンの死体の山から離れたコウメイは、ヒトシに選択を迫った。

 助けを求めるようにマサユキを見あげたが、顔色の悪い彼は幹にしがみつき首を振っている。


「……て、手首、で」


 どちらもしたくない。だが討伐報酬を得る権利は見ているだけの者にはない。胸を切り裂き心臓に指を突っ込むよりは、剣で斬り落とす方がまだマシだろう。ヒトシは覚悟を決めて剣を抜いた。


「そんなに悲壮な顔するほどキツイか?」

「平然と手首を落とせるあんたたちの方が信じられないよ」


 コウメイたちは何故躊躇せずにいられるのだろう。冒険者を何年もしていれば慣れるというが、生まれ育った時からの倫理観はそう簡単に覆せるものじゃない。ヒトシは水ゴブリンの手首に狙いを定め剣を振り下ろしたが、切断の瞬間には目を閉じてしまった。


「まあ、感覚が鈍る程度には色々あったからなぁ」


 ゴブリンの体内から魔石を取り出すのも、コウメイらには単なる作業でしかないようだ。それくらいに図太くならなければ、彼らのような的確で容赦のない討伐はできないのだろう。ヒトシはできるだけ手首を視界に入れないようにしながら、嫌悪感を飲み込んで剣を振り下ろし続けた。


「穴を掘った、埋めるぞ」


 感情を切り離すように意識しながら討伐部位を斬り落としていたヒトシは、アキラの声で我に返った。いつの間に掘ったのか、巣穴のあった場所に大きな穴が開いていた。討伐部位と魔石を取り終えた死体は、次々とその穴へ投げ捨てられていく。


「思ってたより少なかったな」

「もうひとつの巣の方が規模がでかいんだろ」

「次の巣はここから湖畔沿いに東へ、目印は……」


 コウメイとアキラの会話を聞いて、もう一度この作業があるのだとうんざりしたが、討伐依頼を選んだのは自分たちなのだから文句は言えない。


「埋め戻せ」


 アキラが杖をかざし短く呟くと、土が盛りあがって蓋をするようにゴブリンたちの死体を隠した。


「……魔術って、いろいろ使えるんだな」


 頭上で聞こえた震え声を見あげると、マサユキが羨望と悔しさでいっぱいの表情で歯噛みしていた。

 魔石は水洗いして袋に集め、討伐部位は凍らせてスライム布の袋に収納する。木から滑り落ちるようにして降りたマサユキが、冒険者ギルドから預かった標識をかろうじて残っている巣穴の土壁に打ち付けた。討伐完了の報告を受けたギルドが、後日確認にきたときにこのタグがなければ巣の壊滅報酬は支払われない。


「つ、次に行きましょうかぁ」


 裏返ったマサユキの声を聞き、ヒトシが思わずといったふうに噴き出した。それをきっかけに張りつめていた空気が和らぎ、マサユキの顔に表情が戻ってきた。

 四人は湖畔側で見張りをするシュウとケイトに合流し、そこから次の巣穴を目指した。


   +++


 六人でひと狩りした日の夜は、雪花亭で打ち上げをする。


「「「「「「カンパーイ!」」」」」」


 日本でもとっくに成人済みの六人だが、いつも通りレシャ果汁で乾杯し、ジェフリーの料理に舌鼓をうった。この日のメニューは魔猪肉のカツレツと丸芋(ポテト)サラダにレト菜の酢漬け。主食はパンではなく、コウメイたちが最近よく食べている粒ハギのリゾットだ。ジェフリーに頼んで作ってもらったのだが、これにはマサユキたちは涙を浮かべながら夢中になった。


「ご飯じゃないけど、ご飯食ってるみたいだ」

「粒々が懐かしいわ」

「お代わりしたいけど、大丈夫かな?」


 厨房に伺いを立てると、メリルがニコニコしながら鍋を運んできた。他の客にはパンを提供しているから全部食べても大丈夫だと言われ、四人は先を争うようにお代わりをしている。デザートはコウメイが持ち込んだ紫桃のタルトだ。ジェフリーは甘味を作らないというので、特別に持ち込むことを許してもらった。


「これ、コウメイくんが作ったの?」


 丸いタルト生地にカスタードクリームをたっぷりと塗り、紫桃のコンポートを並べ飾ったフルーツタルトは、懐かしい日本のスウィーツそのものだ。うっとりと見惚れるケイトをよそに、マサユキとヒトシはコウメイの多芸さに呆れていた。


「隻眼だし、魔物にとっては死神だし、背が高くてイケメンだし」

「ラスボスだよな?」

「そのうえ料理上手っておかしいだろ」

「属性多すぎ」

「どこを目指してんだよ?」


 酒は入っていないはずなのに、二人は酔っ払いのごとくコウメイに絡んでいた。


「属性多いのはアキラくんの方じゃない?」


 切り分けたタルトの一番大きな一切れを確保したケイトが、薄笑いで佇むアキラを振り返った。


「美人でサラ艶のポニテ、睫毛バサバサの銀の瞳でしかも魔術師! ゲームとかだとラスボスの手前あたりで、実は敵でしたって裏切るキャラ属性っぽくない?」

「うわっ、的確」

「いるいる、そういうタイプ」


 絶句して唇の端を引きつらせるアキラだ。


「じゃあ俺はどーいう属性?」


 シュウが自分を指さし目を輝かせていた。


「んー、犬?」

「大型犬だよな、散歩に連れ出したら飼い主が引きずられる感じの」

「引きずってること気づいてないっぽいよね」

「リードぶっちぎって大脱走するタイプ」

「なんか酷くねー?」

「いいじゃないか、犬で」 

「ラスボスと裏切りキャラよりはまともだろ」


 雪花亭の個室に笑い声が響いた。

 気欝だった昼間の討伐を忘れようと、彼らはいつにも増して陽気にふるまっていた。

 もちろん、膨らんだ財布のおかげで気持ちが大きくなっているのも間違いではない。冒険者ギルドで受け取った水ゴブリンの討伐報酬は一万二百四十ダル。これと魔石を折半した。巣を壊滅させた報酬の一万ダルは一週間後に支払われる予定だ。


   +


 紫桃のタルトを堪能し笑い声が落ち着くと、表情を引き締めたヒトシが一同をゆっくりと見まわした。


「俺、街を離れることにした」

「……え?」

「どうして」


 マサユキとケイトはカップを取り落とすほどに驚き、最年長の仲間を振り返った。悲愴な表情が縋るように見つめるが、ヒトシの決意は揺るがないようだ。


「俺たち邪魔だろ、先に出るよ」


 転移してからの仲間が別離を切り出したのだ。部外者は邪魔なだけだろうと席を立とうとするコウメイたちを、ヒトシは「いてくれ」と引き止めた。仕方なく腰を戻すと、コウメイは視線を天井に向け、アキラはカーテンのシワを数え、シュウは皿に残ったタルトくずをかき集めつつ、それぞれ気配を殺した。


「前々から嫁さんと話していたんだ、金が貯まったらナタリアの故郷に帰ろうって。コウメイたちと狩りに出るようになってから収入が安定してきて、金を貯めることができた。今日の討伐報酬で目標額を越えたんだ、ありがとう」


 そう言って戸惑っているコウメイたちに礼を言ったヒトシは、もう一度仲間を真摯に見つめ、テーブルに額がぶつかるほど深々と頭を下げた。


「マサユキとケイトには申し訳ないと思ってる。結局俺もハルトシやケンジと同じだ……許してくれ」


 ハルトシにケンジというのは、この街を離れたという他の転移者のことだろう。


「……同じじゃないわ、今日までナタリアよりも私たちを優先してくれてたんだもの、それで十分だわ」


 唇を噛みしめ、硬く目を閉じたケイトは、ゆっくりと頭を振った。瞼に光るものが滲んだがすぐにそれを隠して笑顔を作る。


「いつ街を出るの?」

「来週、残りの報酬を受け取ってからのつもりだ」


 今の住まいを引き払う手続きや旅支度もあるので、ケイトたちと狩りに出るのは今日が最後だったと、ヒトシは申し訳なさそうに言った。


「分かった、見送りに行くね」

「餞別、用意しなきゃな」

「気を使うな、マサユキたちだって金は必要なんだから」


 彼らの別れは、深刻な事情がありそうなのにもかかわらず、短くあっさりと決着していた。

 辛気臭くなってごめんとヒトシに謝られた三人は、何とも返しようがなく、ただ曖昧な笑顔をつくってやり過ごすしかなかった。  


   +++


 ギルド職員によって水ゴブリンの巣の壊滅が確認され、コウメイたちに追加報酬が支払われることになった。討伐を引き請けた六人で受取証にサインをし、それぞれ現金で受け取った。銀貨三枚をしっかりと懐にしまいこんだヒトシは、マサユキたちの見送りを断った。


「元気でな」

「ナタリアを大切にね」

「二人も、頑張れよ」


 冒険者ギルドの前で短い別れを済ませたマサユキは、ケイトの手をとった。固く握りあい、ゆっくりとコウメイたちを振り返る。


「話を、聞いてほしいんだ」


 その瞳は、強い決意に満ちていた。



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