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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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10 隠れ羊狩り



 隠れ羊は森や草原に生息する魔獣だ。周囲の色に擬態するため、見つけ出すのは難しい。


「この辺りだと、暴牛の群れに紛れ込んでることが多いわよ」


 二の鐘での開門と同時に街を出た六人は、マサユキたちの案内で隠れ羊狩りにきていた。西門を出て街壁を眺めながら草原を北に向かった先で見つけた暴牛の群れを指さしたのはケイトだ。


「羊らしいの、見えねぇな」

「草原の色と、暴牛の色を真似てうまく隠れてるからね」


 きょろきょろと見まわすコウメイに、よく観察すれば不自然な色合いに気づくとケイトは言った。どうしても暴牛の存在感に目を取られ、その足元で擬態した隠れ羊の存在には気づきにくいのだそうだ。じっと目を凝らしてみたが、やはり分かりにくい。


「あー、なんとなく分かったかも」

「シュウがか?」

「その言い方、しつれーだぜ。まあ見分けたんじゃねーけど」


 シュウは足音でその存在を確かめていた。暴牛のような巨体と、五分の一以下の重量の隠れ羊とでは足音も当然違う。


「あなた凄くいい耳してるのね」

「まあねー。気配にも敏感だぜ、俺」


 マサユキたちが感心している間にも、アキラが暴牛の足元で草を食む羊を見分け、最後にコウメイがこっそりと眼帯の隙間から見るというズルをして隠れ羊を見つけた。


「あれは隠匿魔術は関係ないだろう?」


 ひっそりと問うアキラに、コウメイはずらした眼帯を戻して言った。


「色を変えるのに微量の魔力を使ってるみてぇだぜ」

「腐っても魔獣ということか」


 魔石を持つ動物を魔獣と呼んでいるが、魔石を持つということは魔力を使って生きているということだ。ごく微量なので普通の動物と変わらないように思えるが、やはり魔石を持つ獣は動物ではないのだ。


「そこの二人、遅いわよ」


 暴牛に隠れる羊を無視してマサユキたちは随分先に進んでいた。どうやら狩場は森の中のようだ。


「森なら木の密集してるあたりによく隠れてるわね」

「マサユキさんたちは森で羊狩りしてるんだ?」

「草原の方が広くて動きやすくねーか?」

「広すぎて逃げられないし、身を守りにくいだろ。間違って暴牛の注意を引いたら大変だ」


 自分たちでは暴牛から逃げきれないからとヒトシは情けなさそうに言った。

 森に入った六人は、ケイトを先頭に奥へと進んだ。


「いたわよ」


 足を止めたケイトが「静かにね」と唇の前に指を立て、それをゆっくりと一本の木に向けた。草原で見分ける練習をしたせいか、すぐに隠れ羊の擬態を見抜けた。木々の間に身を隠し、色をまとって隠れる羊が十頭はいるだろうか。木々の間隔が狭く、全員で囲めば一網打尽も難しくはなさそうだが。


「まずは私たちでやって見せるわね」


 そう言うとケイトは素早く木の上に登り自動弓を構えた。ヒトシが手近な木の幹にロープを結ぶと、それを隠れ羊たちの周囲を遠巻きにぐるりと張った。剣を抜き立ち位置を決め、マサユキが杖を構えて静かに呪文を呟く。


「ウォーターランス」


 杖の上に水の槍があらわれた。

 ヒトシが剣をあげて合図し、ケイトが引き金を引き、マサユキが水の槍を放った。


「当たれ!」


 自動弓の連射は三本、それが次々に地面や樹木に見えたそこに刺さる。

 ヴェ―――ッ!

 鳴き声とともに矢の刺さった隠れ羊の擬態が解け、魔猪よりも大きな毛玉が現れた。

 マサユキのウォーターランスは樹幹に刺さり、衝撃で水に戻りあたりへと飛び散る。水の降りかかった場所が不自然な色彩に変化し、襲撃者から逃れようと走り出す。四方八方へと走り出した羊は、ことごとくヒトシの張ったロープに引っ掛かった。


「おらぁーっ」


 転び擬態の解けた隠れ羊に襲いかかったヒトシは、二頭の前脚を斬った。

 再びウォーターランスを作り出したマサユキは、ロープを越えようと足踏みしている個体に走り寄り直近で水の槍を放った。


「手際いいじゃねぇか」

「助っ人とかいらねーよな?」

「むしろ私たちが見習いたいくらいです」


 感心するコウメイたちの声にお世辞ではなく本音を感じ取ったケイトは、木の上から「この前の講習で思いついて、色々考えたんだよ」と笑顔を見せた。


「このロープを使うようになったのは講習がきっかけだったんだ」


 これまでは羊に襲いかかっても、高く跳んで逃げられていた。だが、ただ獲物を追いかけるのではダメだと気付いたマサユキたちは、ギルドの資料室で隠れ羊の特性を調べたのだそうだ。資料によれば、隠れ羊は走るから跳ぶへの連続する動きを苦手としており、障害物に突き当たると咄嗟に跳べず足を止める。試しに色々なもので実験をしてみて、ロープが一番荷にならず効果があったのだそうだ。


「一度に五頭も狩れたのは初めてだ」

「俺らに解体を教えてくれるか?」


 障害物につかったロープで羊の後ろ脚を縛り上げ、木にぶらさげるのはなかなかに重労働だ。ヒトシは喜んでコウメイの手を借りた。


「羊の解体も血抜きからか?」

「そうだ。その後に毛を刈る」


 血肉が苦手なケイトが、血抜きを終えた羊の毛刈りを担当している。もこもことしていた毛を刈りとられた後に羊の腹を割くのはヒトシらの仕事だ。


「ここからの解体は他の魔獣と同じだよ」


 頭を割って魔石を取り出し、内臓を取り除いて肉をとる。剥いだ皮も素材だ。ヒトシの手つきを見てこれならやれそうだと頷いたコウメイはシュウを助手に早速解体に取り掛かった。自分も手伝おうとしたマサユキをアキラが呼び止めた。


「解体は彼らに任せて少し魔術を練習しませんか?」

「え、でも」


 五頭の解体はなかなかの重労働だ。コウメイたちが手伝っているのに、狩った自分が何もしないというのは……と躊躇うマサユキに、アキラは「適材適所ですよ」と羊の死骸を軽々と抱え上げるシュウを指し示した。力仕事は力自慢に任せておけ、と。


「魔力が水属性ですから、練習次第で水を作り出せるようになります。解体でも役に立ちますよ」

「お水を出せるようになると助かるから、頑張って」


 ひらひらと笑顔で手を振るケイトに送り出されたマサユキは、解体作業を眺められる距離に移動して神妙にたずねた。


「俺、ウォーターランスしかできないんだけど、本当に水を出せるようになるのか?」


 水を作る魔術なんて教本に載ってなかったはずだとアキラの説明に半信半疑だ。


「水属性の魔力があれば、水は作り出せますよ」


 マサユキはアキラの指示通りに水筒の水を空にした。


「水筒を蛇口だと思って、魔力を注いで水を出すイメージでやってみてください」


 恋人の様子が気になるのだろう、毛刈りをしながらチラチラとこちらをうかがっているケイトの視線に励まされ、マサユキは水筒をぎゅっと握りしめた。


「まず魔力を意識して」

「意識って、どうやるんだ?」

「そこからですか……」


 首を傾げるマサユキの反応に、アキラは驚いた。自分が普通にやっていることだし、ミシェルやアレックスからも、何かを教わるたびに魔力を意識しコントロールしろと言われていた。もしかしてマサユキは違うのだろうか。


「自分の魔力量は把握していますか?」

「もちろん、ギルドの測定では二だった」

「……なんですか、その数字は?」


 初耳だと目を丸くするアキラの様子に、逆にマサユキが不思議そうにしている。魔術師試験時に魔力量を測定し、その量と習得した魔術のランクで色級が決まるのだ。アキラが白級の薬魔術師なら、最低でも魔力量三の測定結果が出ているはずだ。


「俺は魔力量は灰級だけど、ウォーターランスしか使えないから黒級になったんだ」


 色級制度はそうやって決まっているはずだとマサユキに説明され、アキラは考え込んだ。自分が魔術師証を手に入れた経緯がイレギュラーだという自覚はあった。だが正規の手順を踏んで得た白級の薬魔術師試験では、魔力量を測定されていない。


「……どうやら出張所(ギルド)によって昇級条件がずいぶん違うようです」

「そうか、ギルドによって色々あるんだな」


 アキラは少しばかり強引に誤魔化したが、マサユキはそんなものかと不自然には思わなかったようだ。


「魔力量の値は五段階評価ですか?」

「十一段階かな。魔力ゼロからはじまって十が最高値」


 ウナ・パレムにいる魔術師ではギルド所長の八が最高だそうだ。


「魔力の納品を義務付けられてるだろ、あの基準も魔力量に応じて決められてるんだ」


 ウナ・パレムの基準では白級なら魔力三にふさわしい量が決められている。マサユキは黒級だが魔力は二なので灰級の基準で納品しなくてはならないらしく、魔石集めが大変なのだと愚痴る声に、アキラは相づちを打っていた。


「私はコウメイたちに譲ってもらって納品していますが、医薬師ギルドには魔石を集められないからと自分の魔力を納めている方もいました。翌日は一日寝ていなくてはならないくらい大変らしいですよ」

「それは……大変そうだね」


 彼は魔力枯渇の経験がないはずなのに、まるでそれを知っているかのように顔を歪めた。引っかかりを覚えたアキラだが、立ったまま魔術を使う様子のない二人を、羊の毛を刈りながらケイトがちらちらと見ている。これ以上話を脱線させるのは不自然だろうと、視線に気づかないふりをしてレクチャーに戻った。


「どういうきっかけで自分に魔力があるとわかったんですか?」

「最初に住んでた村に、聖像を祭った祠があったんだけど、聖像の抱える石を偶然触ったら、青く光ったんだ。その聖像って子供が六歳になった日に魔力の有無を調べるためのものらしくて」


 驚いて村人に聖像の正体を聞き、転移した五人も試してみたのだが、光ったのはマサユキだけだったらしい。魔術師になるには魔法使いギルドで勉強する必要があると村人に教えられ今に至っている。今だからわかるのだが、あれは自分たちを村から追い出す口実だったのだろうとマサユキは思っていた。


「アキラさんは違うのか?」

「私は老人が魔力で火を起こしているのを見て、この世界に魔法があることを知りました。コウメイと二人で色々と試して、魔力があることが分かったんです」


 魔力があると分かった時点で魔術師でなくても魔法が使えるのだと理解し、自力でどうにかしようと足掻いたアキラの魔力操作が伸びたのは当然だった。


「ウォーターランスを撃つときに、身体の中に何か感じませんか?」


 マサユキに魔力の存在を認識させなくてはならない。


「……ちょっと試してみていいか?」


 マサユキは自信がなさそうに黒檀の杖を構え、いつもより慎重に、神経を研ぎ澄ませて呪文を唱える。

 水の槍が杖の上にゆっくりと出現した。

 軽く杖を振ると飛んでゆき、木に刺さって霧散した。


「どうですか?」


 杖を持つ手をじっと見つめたマサユキは、何かを感じ取ったようだ。


「ウォーターランスが顕在するときに、熱みたいなのが杖を通じて吸い取られていったような感じがした」

「それが魔力です」


 目を閉じて再び集中した彼は、何度か眉間にシワを寄せ唸っていたが、しばらくすると「わかった」と目を開けた。


「ではその魔力を水に変えるつもりで、水筒に溜めてみてください」

「水に、変える……」


 マサユキは体温とは異なる微かな熱を自分の内側に探し、見つけたそれを水筒へと流し込むイメージで意識した。魔力は流れるが、水は現れない。


「蛇口をひねって、水を出す感じで」

「水、みず、水……」


 蛇口から流れ出る水は確かにイメージしやすかった。水筒を水道管に見立て、そこを水が通るのだと魔力に言い聞かせると、ポトリ、と水滴が地面に落ちた。


「出来たっ」


 滴は細い糸のようになり、やがて薬指の太さの水が流れはじめた。


「これは便利だ、凄いな!」


 足元に出来る水溜まりを見て歓声を上げたマサユキが、くらりと傾いだ。


「それ以上は危険です、魔力を止めてください」

「……え?」


 アキラが慌てた声を出し、マサユキが困惑して瞬いた。


「あれ、止まら、ない」

「マサユキさんっ」

「マサユキ!」


 膝から崩れ落ちるマサユキを支えようと手を伸ばすアキラよりも速く、ケイトが人間離れした猛スピードで駆けつけ抱き支えていた。


「マサユキ!!」


 視界の隅に、焦るヒトシの顔が見えた。マサユキを抱きとめたケイトは、地面に座り込んで恋人の名を呼び続けている。


「これを」


 アキラの差し出した魔力回復薬を奪い取るようにして、ケイトは恋人の口に錬金薬を流し込んだ。呼吸はあるし瞳は「大丈夫」と訴えるようにケイトを見ている。だがマサユキの手足は氷のように冷たかったし、身体も思うように動かせないようだった。


「どういうことよ!」

「魔力切れです」

「なにそれ」


 噛みつくように睨みつけてくるケイトに、アキラは錬金薬の空瓶を見せた。


「魔力を使いきるとこういう状態になるんです。回復薬を飲みましたから大丈夫ですよ」

「今までこんなこと一度もなかったのよ」

「それはマサユキさんが魔術しか使って来なかったからだと思います」

「……意味分からないんだけど」


 ケイトは土に直に座るとマサユキを膝枕した。冷たい体温を心配し額に手を当てている。アキラも二人に向かい合うように腰を下ろした。マサユキが視線で疑問を訴えている。急激に魔力を失ったショック状態で回復薬の効きが鈍いようだが、アキラたちの会話は聞こえているようだった。


「魔術と魔法の違いはわかりますか?」

「……同じものじゃないの?」

「違う、と私は認識しています」


 どういうことよ、とケイトが目を細めた。マサユキも驚いたようにアキラを凝視している。あくまでも個人的な区別だがと前置きしアキラは語った。


「魔法は魔力そのものを使って様々な現象を起こすものだと私は考えています」


 呪文もなく農夫の老人が焚火に火をつけたり、刈りとった穀物を乾燥させるための風を起こしたりしていた、あれこそが魔法だと考えていた。魔力は使う者しだいで様々な現象を起こすことができるのだ。


「そして魔術は、魔力で起こせる現象を固定し、発動のための魔力を省力化し体系化したものだと考えられます」


 万人が同じ威力、同じ魔力消費で魔法を放てるように標準化するものが術式で、発動のきっかけに呪文をつかっている。


「どちらも魔力を使いますが、魔法は本人の資質や魔力量に左右され、魔術は相応の魔力を持っていれば誰にでも使えます」

「考えたことなかったな……」


 絞り出すような声でマサユキはたずねた。


「アキラさんが使っているのは、魔法なのか?」

「魔法と魔術と半々ですね」


 錬金薬の精製などは魔術の方が効率が良いが、大物の討伐などの時は魔法で攻撃した方が威力の調整がしやすい。余裕があれば魔術でも戦うが、その場合は魔法を重ねることで威力を増やしながら魔力の節約をしている。ミシェルやアレックスがそのようにして使っていたのを真似ていただけなのだが、一般的でないということは数年前に理解した。


「以前、師匠が言っていたのですが、かつてこの世界で主流だったのは魔術ではなく魔法だったそうです」


 豊富な魔力を自在に操るものが魔法使いと呼ばれていた。だが人々の持つ魔力が激減し、省魔力化や効率を重視して魔法を使う術があみだされ、それが魔術と呼ばれるようになり、今のこの世界ではスタンダードになってしまった。


「魔術師の集まりなのに『魔法使いギルド』なんですよ、不思議ではありませんか?」

「そう言われてみると、違和感あるわね」

「……皆がそう呼んでいたから、そういうものだと思ってたよ」


 いつの間にやら解体を終えたヒトシがすぐそばで話を聞いていた。コウメイは火を起こして羊肉を焼きながら、シュウは周囲を警戒しながら耳だけはこちらに向けている。


「話が逸れましたね。マサユキさんが今まで魔力切れを起こさなかったのは、黒檀の杖に埋め込まれた魔石の補助を受けていたからでもあります」


 余裕ができれば魔法にチャレンジしてみませんかとの言葉を聞き、ヒトシとケイトはアキラの真似はしない方がいいとマサユキを止めた。


「魔力消費が激しすぎる。魔法を使うたびに倒れていたら狩りはできない」

「そうね、危ないわ」


 過保護とも思える庇いあいに少しイラついた。


「それはコントロールができていないのと、魔力量が少ないからですよ」

「……どうせ俺は二だし」

「魔力量は増やそうと思えば増やせますよ」


 まさか、と疑いの視線にアキラはにっこりと微笑んだ。


「魔力切れで倒れるのを何度か経験すれば、確実に増えます」


 事実アキラはそうやって魔力量を増やしてきたのだと言うと、マサユキたちはもの凄く嫌そうに顔を顰めた。


「どMなの?」

「け、ケイトっ」

「ひ、ひいっ」


 恋人を痛めつけた相手への嫌味か、ケイトの攻撃的な一言にアキラの笑顔が凍りついた。ついでにどこからともなく漂ってきた冷たい風が、マサユキたちの肌を撫で抜ける。膝枕を堪能している場合ではないと、本能的に危険を感じ跳ね起きたマサユキは、失言の主を庇うように間に割り込んだ。


「おーい、ジンギスカン、出来たぜ」


 そこに空気を読まないコウメイの一言だ。ジュウジュウといい音まで聞こえる。ケイトの失言にあわあわしていた男たちは、コウメイの割り込みに全力で乗っかった。


「わー、美味そうなジンギスカンだなー」

「ナイスタイミングだ、俺腹減ってたんだよ!」

「ジンギスカンというのは羊肉の串焼きの事じゃないぞ」


 鉄板料理だと突っ込んだアキラは冷気を引っ込め立ち上がった。


「魔力量を増やしたいなら、倒れても安全な場所で水を作り出す練習を繰り返せばいいですよ」


 魔力切れの苦しみを実体験したマサユキはあまり気がすすまなそうだった。


「……こんなに苦しいなんて思わなかったよ」


 魔力が回復したはずのマサユキの顔色がどんどんと曇っていった。後悔を噛みしめる彼に、ケイトが寄り添いその手を握る。そんな二人を冷めた目で一瞥したアキラは、焚火に向けて踵を返した。


「こっちのがシンプルに塩だけで味付けしてあるやつで、こっちのはハーブで臭み消ししたやつな」


 シュウは焼けた串肉を片っ端から食べている。野性味を感じる臭みは気にならないようだ。


「早く食わねぇと全部シュウに食いつくされるぜ?」


 食べるよりも空いた串に肉を刺して焼く方に忙しいコウメイは、手伝ってくれとマサユキたちを呼んだ。食欲旺盛なシュウを見ていると羊一頭分くらいなら軽く食い尽くされそうだと、笑いながらヒトシが串刺しを手伝いはじめ、いっぱい狩りしてお腹が減ったとケイトがマサユキの腕を引いて皆の輪に入る。

 七月に入ったニーベルメアだが、北国の夏は焚火を囲んでも苦痛ではないほどに涼しい。


「うそ、なんでこんなに美味しいの?」


 アツアツに焼けた羊肉を一口かじったケイトが目を丸くしてコウメイを振り返った。


「隠れ羊の肉ってもっと硬くて臭みが強かったはずよ!」

「ただ切って焼いただけならそうだろうなぁ」


 手を抜かずに下ごしらえをすれば、塩だけでも美味しく食べられると笑うコウメイは、ケイトがいくらたずねてもその下ごしらえを教えようとはしなかった。


   +


 昼食を終えたマサユキらは、これ以上の荷は持ち帰れなくなるからと街に戻ることを決めた。背負子を背負ったマサユキはへっぴり腰で危なっかしい。ヒトシと見た目よりも力持ちなケイトの二人が荷物を引き受けて草原を歩いた。


「ステーキ食いてーなー」


 暴牛の群れを眺めてシュウが強請り、コウメイたちは本日の獲物として暴牛を二頭ほど狩った。アキラの挑発で突進してきた暴牛の角をがっしりと掴んで受け止め、えいやっとシュウが投げ倒したところをコウメイの剣が首を刎ねる。


「羊肉のストックも欲しいぜ」というコウメイの希望で、暴れ牛の足元に隠れた羊も一頭屠った。


 後学のためにと目を凝らして見学していたマサユキたちは、その常識離れした狩りに目を丸くした。とても参考にはできないと薄笑いを浮かべるしかない。


「暴牛と力勝負できるのかよ」

「すごい馬鹿力」

「馬鹿って言うなー」

「馬鹿力じゃなきゃなんて言うのよ」

「ゴーリキとか、ゴーケツとかあるだろー」

「ちゃんと漢字で言えないなら馬鹿力で上等でしょ」


 ケイトは暴牛二頭分の肉を軽々と担ぐシュウをからかった。

 それぞれの獲物を冒険者ギルドで換金し、その足でケイトの案内で羊毛加工職人の工房へ向かう。


「買取してもらうのか?」

「それもできるけど、私は交換してるの」


 ケイトの持ち込んだ五頭分の毛で、約四頭分の紡いだ毛糸と物々交換だ。ここで手に入れられる毛糸は生成り一色だ。色毛糸が欲しければ染織工房に持ち込むか自分で染めるしかない。

 コウメイたちも一頭分の羊毛も物々交換し毛糸を手に入れた。


「この量で何が作れる?」

「そうね、マフラーなら四本、セーターなら一着、ベストならギリギリ三着ってとこかな」


 コウメイは彼女に毛糸を渡し、自分たち三人のベストを編んでくれるように頼んだ。もちろん編み代は相場をきちんと支払った。


「シュウとコウメイが大きいから、ちょっと毛糸が足りないかも」


 その時は追加で隠れ羊を狩ってくると約束し、コウメイたちは工房の前でマサユキたちと別れた。大量の毛糸を抱えご機嫌なケイトが手を振る隣で、マサユキは決意に満ちたような、強い意思のこもった眼でアキラを見ていた。


   +++


 暴牛の肉に隠れ羊肉、それぞれの下処理を済ませたコウメイは、コレ豆茶とパウンドケーキで寛ぐアキラに渋面を向けた。


「なあアキ、ちょっと余計な情報を喋り過ぎたんじゃねぇか?」

「そうか?」

「魔法と魔術の違いとか、今のマサユキさんにはヤバイだろ」

「かもな」


 アキラの正面に座り、コウメイは平然としているその顔を睨みつけた。


「ハメたのかよ」

「人聞きの悪い言い方だな」

「じゃあ誘導した?」

「……した」


 マサユキは転移者だが、ウナ・パレムの魔法使いギルドと何らかのつながりがあるのは間違いないと思っている。ギルドに利用されているだけなのか、彼自身も納得の上で協力関係にあるのか、それを確かめたかった。魔力集めに必死になっているギルドへ報告するのに絶好の情報を得た彼が、どういう行動に出るのかをアキラは試そうとしていた。


「なんだよー、そんなめんどくせーことやってたのか?」


 パウンドケーキを一口で食べ終わったシュウは、森での会話の何処にそんな陰謀めいたものがあったのかと首を傾げた。


「シュウ、最近考える事を放棄してるだろ。そんなだから脳筋呼ばわりされるんだぞ」

「しかたねーだろ、俺が頭使うよりコウメイとアキラが考えた方が確実なんだからさー」

「アキ」


 誤魔化されないぞとコウメイが睨みつける。


「あれじゃ狙ってくれって言ってるようなものじゃねぇか」

「手っ取り早いからな」

「また捕まったらどうする気だよ!」


 バンッと、テーブルを叩きつけたコウメイは、勢いのままアキラの胸ぐらを掴んだ。


「あの時死にかけたの、覚えてねぇのかよっ」

「憶えている」

「だったら!!」

「大丈夫だ」


 ポンポンと、アキラの手がコウメイの拳を宥めるように叩いた。噛みつかんばかりに迫るコウメイの目をまっすぐに見返して、アキラは柔らかく笑んだ。


「あの時よりも魔力も使える魔術も増えている。対策も考えているし、魔道具だってある。それにマサユキさんはギルドには報告しないと思う」


 だから大丈夫だ。


「根拠はあるのかよ」

「勘、かな?」

「そんなあやふやな根拠で自分を餌にするなっ」


 強く握りしめて震える拳に手を重ね、アキラは「大丈夫だ」と繰り返した。


「少しは信用しろ」


 拗ねたように唇を尖らせて言うと、アキラはコウメイの指を開いて押し返し寝室へと上がっていってしまった。


「くそっ」


 尻が痛むのではと心配になりそうな勢いで腰を落としたコウメイは、アキラの残したカップのコレ豆茶を一気飲みした。


「あのさー」

「何だよ」

「魔法使いギルドでアキラが死にかけたって、アレ・テタルで再会した後でドタバタして約束すっぽかした時のことか?」


 いつもなら二人のケンカを面白がって見ているシュウが、真剣な顔でコウメイを見ていた。あの時はまだ仲間入りしていなかったし、事件に巻き込まれていたという以上のことは説明されていなかった。


「死にかけたって、何があったんだよ」

「……言いたくねぇ」


 役立たずだった自分を思い出すのは嫌だとコウメイはそっぽを向いて口をつぐんだ。



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