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4 動機


 夕食会がちょっとした宴会のようになり、魔術師たちが酒でつぶれたのを確かめてから平屋に戻った三人は、奥の板の間で食後のコレ豆茶を囲んでいた。


「資料室の利用許可は取りつけたから、俺は籠って資料を調べる。コウメイは一度町に戻るんだろう?」

「ああ、ギルドに配達完了の報告もしなきゃならねぇしな。ついでに町に移り住んだ元村人の事を調べてこようか?」


 ギルド長にもう一度話を聞いてみてもいいかも知れないとコウメイが言うと、アキラは少し考えて「頼む」と頷いた。


「なー、俺は何すればいい? ウォルク村の偵察か?」


 むしろ偵察に行かせろ、とその眼がギラついている。


「それはまだ先だ。コウメイと一緒にギルド長から情報を集めてくれ」

「おーし、この前はコウメイに譲ったからな。今度は俺がやるぜ」


 RPG的酒場情報収集を諦めていなかったらしい。


「あの親父、曲者だぞ。大丈夫か?」

「元住人の祖母設定を上手く使って動けよ、覚えてるか?」

「覚えてねーよ。あんな出まかせ覚えてらんねーって」

「じゃあ覚えろ」


 辻褄が合わなくてボロを出されては困るからと、アキラは嫌がるシュウに架空の祖母設定メモを渡し、暗記しろと命じた。


「今更あれは嘘でしたっていう方がマズい、開き直れ」


 それにもし村が獣人と関わりあるなら、シュウは遠い親戚のようなものだ、嘘にはならない。


「それ屁理屈だろー」

「そもそも獣人の村を探したいと言い出したのはシュウなんだ、ここで頑張らないでどうする」

「アキラ、鬼だーっ」


 コウメイはシュウのカップにお代わりを注ぎながらたずねた。


「なぁ、今さらなんだが、シュウはなんで獣人の村を探してるんだ?」


 好奇心は理解できる。コウメイ自身も獣人族の村を見てみたいと思っていたし、他にすることもなかったので軽い気持ちでやってきた。だがシュウはダッタザートにいる頃からウォルク村にこだわっていた。その理由を知りたいと問うと、シュウは照れ臭そうに髪を掻いた。


「そりゃ、ケモ耳に囲まれてーからだぜ」

「おい、そんな浮ついた動機でこんな辺境まで引っ張ってこられたのか、俺は?」


 どちらかと言えば図書館や文化施設の充実した大きな街でのんびりしたかったアキラは、返答次第では許さないぞとシュウを睨んだ。


「そんな蔑みの目で見んなよー。コウメイたちと合流するまでは、獣人の村にしか住めないだろうなーって思ってたし。コレで変身できるようになるまでは、どう考えても人族の嫁さんは無理っぽいって思ってたからさー」

「……俺はシュウの婚活に協力させられていたのか?」

「それもあるけど」

「あるのかよ」


 破顔したコウメイが愉快そうに声を上げ、アキラは抗議するように音を立ててカップを床に置いた。


「それはついでで、本命じゃねーよ」

「ならその本命をさっさと吐け」


 何故だか背筋がひんやりとしてきたなと思いながら、シュウは居ずまいを正して二人を見返した。


「実は獣人族にさ、頼みたいことがあるっていうか」

「頼み事?」

「今さらかなーっと思うけど、俺以外にもケモ耳でこっちに転移した奴、絶対にいると思うんだよなー」

「そりゃ……いるだろうなぁ」


 転移直前のあの短時間でも、動揺よりも好奇心が勝った人間は多かったはずだ。ゲームのキャラメイクのノリで、気合の入った獣人やエルフやその他種族を選択した者は一人や二人ではないだろうという確信がコウメイにはあった。


「そーいうケモ耳仲間をさ、探したり手助けしたりできねーかと思って。獣人族に協力してもらえたら助かるだろ」


 現代日本人がこの世界で、誰にも頼らず隠れ暮らすのは不可能だ。特に転移直後はこちらの人々に頼らなければ、まともな生活はできなかっただろう。人族ですら困難なのに、獣人やエルフとして転移した人たちには、もっと厳しい現実が立ちふさがっている。偏見と私欲と忌避だ。シュウはそれを嫌というほど経験していた。


「最低でも、逃げ場を作れたらいいなーと思ってさ。ケモ耳ってだけで困ってるヤツ、結構いると思うんだよ」

「……そうか」


 照れくさいのか、視線をあちこちに泳がせながら語るシュウが眩しくて、アキラは自己嫌悪に目を伏せた。

 おそらくエルフの転移者も結構な数がいるだろう。だがアキラは他のエルフ転移者の存在を意識したこともなければ、案じたこともなかった。ミシェルの館で不幸にも命を落とした存在を知っても、それは不運だったなと切り捨ててしまった。


「シュウが善良でお人好しなのか、俺が冷酷で非情なのか……つくづく自分が嫌になってきたな」

「いや、俺も自分に余裕がねーなら、他人の心配なんかぜってーしてねーよ?」


 皮肉るように唇の端を吊り上げて笑うアキラに、シュウは慌てて返した。ケモ耳を隠して普通に生活できるようになり、友人たちと笑って暮らせるようになった今だから、同じように獣人として転移し苦労している誰かの心配をする余裕があるのだ。


「やっぱさー、俺だけ楽しく暮らしてるのって、なんか後ろめたい気がして嫌なんだよなー」


 シュウの呟きに、コウメイも気まずそうに首の後ろをかく。


「その気持ちは分かる、なぁ」

「だろー? もしもどっかで転移獣人に会ったら、ぜってー気まずいと思うんだよ」


 その誰かが不遇をかこっていたらなおさらだ。もし自分が遭遇したなら、手助けしたいと思う。だが知らない何処かで困っていても、シュウには何もできない。だから獣人族を見つけて、彼らに助けてもらえるように話をつけられたらと、ぼんやり考えていたのだと恥ずかしそうに言った。


「それならアレックス経由でエルズワースさんに連絡とった方が早かったんだぞ」


 面識のある獣人に話を持ちかけて、そこから獣人族のつながりで交渉した方が確実じゃないかとアキラが指摘すると、シュウは気まずそうに頭をかいた。 


「それも考えたけどさー、俺らの事をどこまでしゃべっていいか分かんねーからさ」


 この世界の人々に、異なる世界から多くの人が転移しているということを説明してもいいのか、ましてや獣人族やエルフ族として世界に紛れ込んでいる事を知らせてもいいのか、シュウ一人では判断できなかったのだ。


「こっちって、獣人もエルフも人族と敵対してるだろ。下手にしゃべったらマズイかなーって」

「まあ、話す相手は選ぶ必要あると思うぜ」

「だろー? だからまずは普通に獣人族と仲良くなって、大丈夫そうだなーってなったら俺らの事を全部説明して、助けてくれって頼むつもりなんだ」


 もしも獣人族と交渉するなら、狼獣人である自分がいれば話は早いはずだ。いい考えだろ、とシュウは屈託なく笑っていた。


「……全く、俺らは報連相が足りないな」

「ホウレンソウ?」


 アキラは眉間を押さえ、コウメイは顎に手を置き苦笑いだ。


「報告、連絡、相談、だな。ミシェルさんもアレックスも、俺らが転移者だって知ってるぜ」

「はぁ? なんだよ、知らねーよ、それ」

「だから報連相不足だというんだ。俺も、コウメイも、シュウも」


 深々とため息をついたアキラは、この際だ、洗いざらい情報と希望を出し合って話し合うぞ、と二人を促した。


   +


 寝る前にコレ豆茶はそろそろキツイと、今度はハギ茶を淹れ直した。夜の山頂は初夏だというのに肌寒く感じるほどに冷え込んでいる。温かいハギ茶で暖を取るようにして、三人はこれまでの情報の穴を埋めていた。


「救助と保護と援助と、あとは避難場所か」

「シュウのやりたいことはよくわかった。けど難しいぜ、それ」

「そーか?」


 シュウとしては、ほんの少し手助けしてもらえる環境が整えられれば良いと考えていた。友好的な関係を作りさえすれば、難しい事ではないと思うのだが。


「ちょっと要求しすぎだと思うぜ。まあそれ以前に、獣人族と人族両方の意識改革が必要になってきそうだけどな」

「そんなにおーげさな事か?」


 どう思うと視線を向けられたアキラは、頷いてコウメイの意見に同意した。


「運よく獣人族と会うことができて、シュウが転移者の保護を頼んだとしても、断られる可能性がある。それを受け入れられるならやってみてもいいと思うが……」

「なんだよ、はっきり言えよ」

「この世界の人族と獣人族の確執は、多分俺たちが思っている以上に根深い気がする。人族と関わった獣人というだけで、シュウが拒絶される可能性はあるんじゃないか?」

「同じ獣人だぜ?」

「同じだと向こうが認めてるなら何も問題ないが……」


 自分はエルフ族だが、根本は転移前の萩森彰良という人間から何ら変わっていない。この世界で唯一知るエルフのアレックスを見ていても、外見的特徴は似ているが、自分とは全く違う生き物だと感じていた。シュウが獣人なのは間違いないが、中身は人間の片岡秀斗であり、生粋の獣人ではない。おそらく転移して獣人になった人たちも同じだ。アキラはそこに不安を感じていた。


「心配ばっかしてもしょーがねーよ。会ってみればわかるだろ」

「まあ、そうだろうな。だったら獣人族がいるかどうかもはっきりしないウォルク村へ行く前に、アレックス経由でエルズワースさんに連絡した方がいいな」


 少なくともあの熊獣人はシュウに対して好意的だった。元が人間であることを知っても友好的な関係を保てるかどうかはわからないが、頼んでみる価値はあるだろうとコウメイはシュウを励ました。


「熊のおっさんに頼むのは、転移獣人の保護だけか?」

「できたら他の種族にも話を通してもらいてーけど、無理だと思うか?」

「どうだろうな。そのあたりはエルズワースさんに任せるしかないだろ」


 シュウの希望を押し付けることはできないし、あちらにも事情と感情がある。


「連絡とれるのか?」

「ここは魔法使いギルドの出張所だ、アレックスに連絡を取る手段はある。ただ、彼に断られる可能性はゼロじゃない、それは忘れるなよ」


 アキラの「期待しすぎるな」という釘に「わかった」とシュウは真面目な顔で頷いた。


「断られたらどうするんだ?」

「そーだなぁ、獣人族が駄目だったら、俺一人でどうにかするしかねーけど」


 チラリチラリと上目遣いに視線を向けられて、コウメイは苦笑した。


「手伝ってほしいならはっきり言え」

「手伝ってください、お願いしますっ」

「俺にできることがあれば、手伝うのはやぶさかではない」

「偉そーだな、おい」


 乱暴に言葉を返しながらも、シュウは「ありがとう、頼りにしてるぜ」とコウメイに深々と頭を下げた。そしてその体勢のまま、上目遣いにアキラを見あげた。珍しくニヤニヤとからかうような笑みがシュウを見おろしていた。


「デカイ図体の上目遣いはキモイだけだぞ」

「アキラ、ひでー」

「プレゼンするならもっとわかりやすく、はっきりと説明しろ」


 言葉と表情が裏腹なアキラを「ツンデレめ」と貶して、シュウはコウメイに同意を求めた。


「俺、時々アキラが人間に見えない時があるんだよなー」

「エルフだからな」

「ジトーって目つきがさー、すげー冷たいんだよ」

「わかる、無意識に冷気が放出されてんだよ、マジで」


 ダン、とアキラが床に叩きつけるようにカップを置いた。半眼の微笑が二人を見ている。


「協力が欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ?」

「欲しーですっ」


 満面の笑みでのシュウの即答と、コウメイのからかうようなニヤニヤ笑いを、アキラは横目で睨んだ。


「手伝うのはいいが、線引きはするぞ」

「線引き?」

「わざわざ探してまでというのは流石に無理だ」

「ああ、それは俺もだな」

「そりゃそーだろ。俺も探し回るつもりはねーし」


 そもそも転移者を探す手段はない。リアルの知り合いならば、銀板のガイドを頼りに探せるかもしれないが、そうでなければ無理だ。特にこの世界の人々は、無難な色彩で日本人と見分けのつかない人も多く、名前を聞いて初めて「もしかしたら」と気づけるのだ。


「たまたま遭遇した時に、困ってたら助けたいだけだから」


 もちろん獣人族の協力が得られれば、自分が出会えないケモ耳仲間を助けることができるようになる。


「救助と保護と、あとは援助だったか?」

「それはその時になってみねーとわからねーけど」

「シュウが同じケモ耳だって知ったら、間違いなくケモ耳の消し方を教えろって言われるぜ」

「あー、これか」


 シュウは鉢巻の下に隠してあるサークレットを触った。これを手に入れるまでの様々な困難を思い出して、微妙に表情が曇った。


「そんなに簡単に手に入れられるようなものじゃねーよな、これ」

「金と運とコネが必要だ」


 対価として請求された金額は莫大だし、必要だと求められた材料も希少なもので、製作できる魔武具師は(ミシェル)信用できる者の紹介がなければ製作しない。幻影のサークレットはシュウ一人の力で手に入れたのではなかった。


「方法があることを教えることはできる。だが確約は無理だな」

「だよなー」


 素材の魔石を集めるために一緒に戦ったり、金を貯めるために一緒に働けたのはコウメイとアキラだからだ。見ず知らずの他人のために命がけの戦いはできないし、したくない。そもそもシュウが紹介してミシェルが作ってくれるかどうかも分からない。


「なんか、俺ってすげー自分勝手だな」


 友人に手助けを求めてまでケモ耳仲間を助けたいと言いながら、命をかけることはできないと思っている。その自身の冷めた部分に気づいてシュウは肩を落とした。


「手伝えとか、えらそーなこと言ってゴメン」


 落ち込むシュウの肩を励ますように叩いたコウメイは、隠し持っていた豆菓子をそっと出した。


「頭使い過ぎて変な顔になってるぜ」

「もっとふつーに励ませよなー」


 一粒をつまんで口に放り込んだシュウは、楕円の豆を舌の上で転がし表衣をなめた。


「あめーな、これ」


 炒った太陽花の種を包む蜂蜜の素朴な味わいは、強張っていた気持ちを落ち着けてくれた。


「明日からの話に戻るが、コウメイとシュウは予定通り一度ペイトン町へ戻ってくれ」

「了解」

「俺は連絡板を使わせてもらえるように頼んでみるが、すぐには無理だろうな」


 あれはギルドの業務用の魔道具だ、監査官だと思われているアキラが使いたいと申し出れば、警戒されるに決まっている。それに、たとえ使用許可がおりても、送る文面には相当に気をつけておかないと、スパイが跋扈する本部からまた余計な疑いをかけられかねない。


「なにかいい口実があればいいんだが」

「弟子が師匠に連絡を取るって言えば問題ねぇだろ?」

「それしかないだろうな」


 やり取りは監視されている。それを前提にどういう風に伝えたものかと、難しい顔で考え込むアキラの口に、コウメイは豆菓子を放り込んだ。


   +


 翌日、コウメイとシュウはマーゲイトを出た。シュウは来た時と同じくらいの荷物を背負わされている。


「ちょうど修理の終わった魔道具がいくつかある、これを冒険者ギルドに納品してくれんか?」

「それならついでに錬金薬の納品もお願いしたい」


 魔道具師のトマスが数個の魔道具を、アーネストは錬金薬の大きな瓶二つをシュウに託していた。


「あんた、専門は何よ」


 ひとりマーゲイトに残ったアキラは、シンシアから一方的なライバル宣言をされ付きまとわれていた。


「その歳で橙なんて絶対に贔屓よ、実力のはずがないわ。そのキレイな顔で師匠をたぶらかしたんでしょうっ」

「こら、シンシア。いい加減にしなさい」

「だっておかしいもの! 弟子入りして一年も経ってないのに橙色なのよ、トマス爺と同じ色級なんて、不正じゃなきゃありえないわよ!」

「シンシア!」


 アーネストはヒステリックに叫ぶ弟子を部屋の外に追い出して扉を閉めた。


「教育が行き届いてなくて申し訳ない」

「元気なお弟子さんですね」

「ええ。こんな辺鄙な所で年寄りに囲まれているので、年の近い魔術師が気になるようです。それにあなたはギルド長の愛弟子で、我々よりもはるかに優秀です、シンシアが焦る気持ちもご理解ください」


 ミシェルの愛弟子かどうかは知らないし、階級も押し付けられたものなので自分の実力だと胸を張れるものではない。そんなものに嫉妬されても困るのだが、アキラにも正直な気持ちを口にしないだけの外面はあった。


「このような陸の孤島は、若い彼女が閉じ込められるには辛い環境かもしれませんね」


 アキラは中年治療術師の愚痴をギリギリのポーカーフェイスで聞き流していた。弟子の一方的な敵意は鬱陶しいし、師匠のくどくどしい謝罪と愚痴も正直なところ迷惑でしかない。調べものに集中させてほしいのに、ここの師弟はそろってアキラにまとわりつくのだ。


「調べものでしたら私も手伝いますよ」


 アーネストはアキラが監査官だという疑いを捨てきれていないようだった。出張所の粗探しをしているのだと信じており、アキラが本や資料を手に取るたびに、それはどういうもので、これは既に亡くなった魔術師の残したものだから、と先回りして解説しながら、調査対象を探り出そうと躍起になっている。


「ちょっと! 余所者のくせにウチの資料を勝手にあさらないでよね」

「ギルド所長の許可を得ています」

「邪魔なのよ、私の研究の妨害しないでよ」


 そして一方的にライバル視しているシンシアは、アキラの行動のすべてが気に入らないらしい。


「いつ私があなたの妨害をしましたか?」

「橙色のあんたに命令されたら、黄色の師匠は断れないわよ」

「命令したことはありませんが」

「この資料庫は私の勉強のためにあるのよ、あんたが出入りするから私が集中できないじゃないっ」


 完全な言いがかりである。このようなヒステリックなやり取りが三日間も続いたのだ、さすがにアキラの我慢も限界だった。


「ギルド長がバックにいるんだもん、その橙色だって贔屓に決まってるわ」


 アキラは閲覧していた本を閉じ、書棚に戻してシンシアに向き直る。薄く微笑んだ笑顔は冷え冷えとしていた。


「シンシアさん、あなたが私の色級に異議を申し立てするというのなら、私の師匠に直接伝えてください。そのうえで、中立の立場の魔術師に私とあなたを評価してもらう、それでいかがですか?」

「は、何よそれ」

「勝負しましょう。同時に昇級試験を受けて、その結果であなたの言い分が正しいのか、私の色級が正しいのか、はっきりさせませんか」

「なんで私が訳の分からない試験を受けなきゃならないのよ」

「おや、私の色級を不正だと言い切るのですから、あなたにはそれを見極めるだけの実力があるのでしょう? その実力を皆に知らしめるチャンスなんですよ?」


 アキラはあえて挑発してみせ、シンシアを鼻で笑った。


「それともあなたの黒の階級は、師匠による贔屓で得たものですか?」

「違うわ、私は凄腕の薬魔術師なんだからっ」

「では勝負に異存はありませんね?」

「わ、分かったわよ、絶対に勝ってやるんだから、覚悟しておきなさい!!」


 かなり強引にケンカを吹っ掛けたアキラは、見事シンシアに言い値で買わせることに成功したのだった。


「本部には私から臨時試験の申請を出しておきます。ああ、もちろん試験内容はあなたの専門で結構です。田舎の黒級の実力、見せつけてもらえるのを楽しみにしていますね」


 キラキラしい笑顔でさらりと嫌味を投げつけたアキラは、資料庫を出たその足でアーネストを捕まえ、連絡板を使用して自らの師匠たちに臨時の昇級試験を依頼した。魔術師の昇級試験は、師匠の立会いのもとで試験官の出す課題をこなし、その場で評価が下されるのだ。


「え、あなたの師匠ってギルド長じゃ?」

「そうですよ」

「ギルド長がいらっしゃるのですか? マーゲイトに?」


 監査官らしき存在の来訪ですら慌てふためいているというのに、今度は本部のトップがやってくる。弟子のワガママがとんでもないことになったと真っ青になるアーネストに、アキラは淡々と連絡板でやり取りを済ませ、決定事項を伝えた。


「師匠たちの時間がとれるのが十日後ということなので、その日は場所をお借りしますね。私の師匠二人と、試験官役の青級の治療魔術師が一泊するそうですから、準備をお願いします」


 マーゲイトの建物には客間というものが存在しない。どうやってギルドトップを迎え入れたものかとアーネストは頭を抱えた。


「それと試験科目はシンシアに合わせて薬魔術です。薬草知識に関してはそれなりに学んだつもりですが、製薬技術に関しては専門外になるので、試験日までアーネストさんにご教授いただきたいのですが、お願いできますか?」

「え、専門外なんですか? それで試験だなんて無茶ですよ」

「付焼刃なのは覚悟の上です」

「シンシアが無茶を言ったのが悪いのです、試験はアキラさんの専門分野に変更してください」


 弟子の暴走を抑えきれなかった後ろめたさからか、アーネストはアキラに有利な条件に変更するようにすすめた。マーゲイトの責任者として本部に連絡しておきます、と連絡板に伸ばしたアーネストの手に、アキラの手がそっと重ねられた。


「あの……?」

「私の専門分野では、とても勝負になりませんよ?」


 憐憫の浮かんだ薄い笑みを向けられて、アーネストは弟子の惨敗を予感したのだった。


※エルズワース(熊獣人)については 新しい人生のはじめ方 第5部の「限定師弟」を参照ください。

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[一言] 仕事じゃなくプライベートでなんだかんだずっと身近にいると報連相怠りがちですよね。 無意識に伝えたつもりだったり、言わなくても分かるだろうという謎の信頼だったりで。 そして相変わらずなアキラ…
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