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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
最終章 やたら長い人生のすごし方

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398/402

01 深魔の森の家

最終章です。

よろしくお願いします。



 飛行魔布から降りた彼らは、崩壊した我が家を見あげて深いため息を吐いた。

 森の家は半壊だった。

 無傷で残っているのは台所と食料貯蔵庫と地下室あたりだ。リビングダイニングから研究室に風呂とトイレは半崩壊。増築した客間は全壊だった。


「こりゃ時間かかるぜ」


 残骸の散らばる敷地を見渡したコウメイは、ハギ畑と菜園の惨状を確認して悔しげに唇を噛んだ。収穫間近だった赤ハギは全焼。菜園も同じだ。敷地を囲んでいた木々も大半が炭になっており、この分では果樹園も望み薄だろう。


「全壊でなくて良かったと思いましょう。地下は無事だと思うから、そちらを整えましょうか」


 ミシェルがシュウとカカシタロウに使えそうな家財を集めるように指示した。

 真っ先に研究室に駆け込んだリンウッドが、崩れた壁越しにアキラを呼ぶ。


「設備は使えそうだぞ」


 研究室兼診察室は天井が半分落ち、壁も水場側が崩壊していたが、奇跡的に薬や治療魔道具は無事だったようだ。

 荷物を下ろして飛行魔布で研究室に向うと、リンウッドは魔道具箱の奥から懐かしい品を引っ張りだしたところだった。


「歩けないと不便だろう。昔使っていた義足が残っていた、ひとまずこれに付け替えるぞ」

「足よりも腕を先につけらんねぇのかよ」


 追いかけてきたコウメイは、魔道具箱の横に投げ出された左腕の扱いが雑だと不満げだ。


「義肢を交換するほうが簡単だからな。腕の接合にこの環境はよくない。もっと落ち着いて、清潔を維持できてからだ」


 埃だらけの場所で手術など言語道断だ。

 魔石義足の残骸を取り外し、木製の義足を着けた。両足で立ったアキラは、一歩踏み出してバランスを崩す。


「っと……久しぶりすぎて、義足での歩き方を忘れてるな」

「すぐに思い出すだろう、無理はするな……杖が必要か」


 その会話を聞いてミノタウロスの杖がチカチカと輝いて動こうとした。素早くコウメイが押さえつけて止める。


「てめぇはアキの腕から離れんな。使い物にならねぇようにしやがったら……わかってるよな?」


 脅された杖はどんよりと暗く沈んだ色をまとったが、すぐに元の濃い紫の輝きを取り戻し、しっかりとアキラの左腕に落ち着いた。


「コーメイ、食料庫は無事だぜ。飯作ってくれー」


 調理魔道具も食材もあるのだ、食生活だけは不自由しなくてすみそうだとシュウは喜んでいる。

 半壊した部屋の寝具や毛布は洗濯しなければ使えない。今夜は無事だった部屋の寝具をかき集めてどうにかしのぐことにした。


「まったく、しばらく留守にしている間に、倉庫にされちゃって……」

「仕方ねーだろ、食糧保管にぴったりだったんだからさー」


 地下におりて山積みになっている芋の箱と赤ハギの樽を数え、ミシェルが呆れかえっている。お気に入りの絨毯が無事なのにホッとして、そこを自分の寝所に決めた。端に寄せられていた長椅子やテーブルを引っ張りだして、居心地良く整えているところにコウメイがやってきた。


「悪ぃがミシェルさんは上の部屋を使ってくれねぇか」


 地上でまともに使えるのは、二階のコウメイとアキラの寝室だ。隣のシュウの寝室は屋根が半分はがれている。


「わたくしはここで満足よ」

「上の部屋に男四人は入りきらねぇんだよ。地下を四人で使うからあんたは二階だ」


 それとも間仕切りのない地下室に男女一緒でいいのかと問われ、ミシェルは絨毯と家具を傷つけるなとしつこいくらいに念を押して、地下室を明け渡し二階に移った。


「うわー、すっげー豪華じゃねーか。何で? いや嬉しーけどさ」


 地下のテーブルに並べられた大量の料理を見て、シュウが小躍りした。携帯食や薬草スープの粗食が続いてさびしく思っていたのだ、これは嬉しいとリンウッドやミシェルも笑顔を見せる。


「食糧保存庫は無傷じゃなかったんだよ」


 部屋は無事だったが、冷凍と冷蔵の魔道保存庫が被害を受けていた。火弾の衝撃か、あるいは雷撃が落ちたのか。原因はハッキリしないが、何らかの影響で魔術式が狂っていた。そのせいで冷蔵機能は止まっていたし、冷凍機能も性能が落ちていた。

 備蓄食糧を確認していて故障に気づき、慌ててミシェルに修理してもらったが、冷蔵・冷凍保存庫に保管されていた食材の三分の一が駄目になっていた。残る三分の二のうち、再冷凍・冷蔵ができない食材をすべて料理したのだ。


「食材を捨てたくねぇし、五人なら食い切れるだろ」

「俺一人でもだいじょーぶだぜ?」

「食い尽くすんじゃねぇぞ」


 魔鹿・魔猪・暴れ牛の肉料理を中心に、スープが三種類、大量の酢漬け野菜(瓶が割れていた)に、冷凍果実を使ったフルーツポンチだ。


「お酒が欲しいわね」

「……酒瓶は大半が駄目だった」


 寝室に置きっぱなしにせず、地下に避難させておくのだったとリンウッドは激しく後悔している。


「果実酒なら少しあるぜ」


 フルーツポンチに使った残りのピナ酒を注ぐ。残念ながらキルシエの酒瓶は全滅だった。果樹園はまだ確かめていないが、木が駄目になっていればしばらくは楽しめないだろう。

 豪華料理を前にアキラが憂鬱そうに呟いた。


「……病み上がりにこの食事内容はキツいんだが」

「病気じゃなくて負傷だろ。肉食って血を作らなきゃならねぇんだ、しっかり食えよ」


 菜園が全滅していたため、野菜は酢漬け野菜だけだ。半泣きで肉料理の数々を見るアキラは、「見張っているからな」というコウメイの一言で胃もたれを覚悟した。


「「「「「いただきます」」」」」


   +


 廃墟での豪華晩餐を満喫した翌日から、本格的な後片付けと復旧が急ピッチですすめられた。

 鉱族の棟梁に連絡すると、エルフ族の騒動を聞いていたのだろう、驚く早さで駆けつけてくれた。彼らは半壊した建物を検分し、壊れずに残っている部分はそのまま使えそうだと言った。


「前と同じ建物でいいのか?」

「一つか二つ客間を増やせるか?」


 招かれざる客を押し込める部屋が複数欲しいとコウメイが言えば、アキラは欲望に忠実なリクエストを口にする。


「書庫と素材倉庫が欲しいです」

「風呂がちょっと狭かったんだよなー」


 バスタブでは足を伸ばしてくつろぎたいのだとシュウが訴え、リンウッドも役割に応じて部屋を分けたいと言った。


「研究室と医務室は別がいい」

「もう少し内装を優美にできないかしら?」


 客間の一つは自分用に整えてくれ、今までのような素朴な調度品は好みではないので、地下の絨毯とテーブルセットのなじむ内装で、とミシェルも注文をつける。


「あとは前のよりも頑丈に作ってくれ。エルフ連中に壊されねぇくらい強いのを頼む」

「……あいかわらず注文が多い」


 それぞれから出された改築・増築案を元に、棟梁がザックリとした図案を描いた。二階の増築と風呂やトイレの改修、客間を増やし、医務室と研究室と資材置き場の増築、リンウッドの寝室も用意することになった。これまで研究室だった場所は、隣の寝室とつなげて書庫に改築する。

 おおまかな必要素材と人員を計算した棟梁が示した見積額は、新築よりも高かった。


「討伐、がんばらねーとな」

「島通いか」

「仕方ねぇ、気合い入れるぞ」

「では、手配に一度戻る」


 契約書と手付金を受け取った棟梁は、すぐに鉱族の里に戻っていった。


   +


 使える部屋の片付けと掃除が終わり、体力の回復を待ってアキラの左腕の再接合手術が行われた。一度錬金薬で塞いだ切断部分を薄皮一枚分ほど削いで、保存していた腕と接合する。


「切断直後の状態を保っている腕だ、手術自体は簡単だな」


 想像していたよりも短時間で終わったが、経過観察とリハビリという名の人体実験に一ヶ月ほど付き合わされた。

 幸いなことに麻痺なども残らず、指先まで問題なく動かせる。

 唯一残ったのは接合痕だが、近づいて目を凝らさねば気づかないほど薄く、ないも同然だった。


   +


 アマイモ三号の足の修復が終わってすぐ、コウメイはハリハルタに向かった。

 彼らの拠点から東側の森は、ところどころに火弾や落雷の痕跡はあるが、燃えずに残っていた。通りすがりに見てもわかるほど、魔物の生息域が変わっている。それ以外は大きな変化はないように見えた。

 ハリハルタは最初の火弾以降、準スタンピード並の厳戒態勢が続いていた。町門は昼でも閉じられ、出入りが大きく制限されている。コウメイは門で身分証を出し、冒険者ギルドのジョンを呼び出した。


「よかった、無事だったんですね」

「ジョンも元気そうでよかった。町も大丈夫のようだな」


 承認を得て町に入ったコウメイは、賑わう町を眺めて安堵した。ざっと見る範囲に流れ攻撃魔術の被害はなさそうだ。


「町壁が壊れるかと思いましたよ」


 ジョンは疲れの残る笑みを返す。

 コウメイが門破りをした数日後、深魔の森に火が見えたころから町は大混乱に陥ったそうだ。

 まず深魔の森から戻ってきた冒険者が異変を訴えた。森のかなり奥のほうに謎の攻撃魔術が落ち、森が燃えているというのだ。それらに追い立てられた魔物が、森の外に向かって移動している。

 その知らせを受けて北の国境が閉鎖され、近隣の町も門を閉め守りを固めた。


「まるでスタンピードのようでした。いや、それ以上だったかもしれません」


 押し寄せた魔物は壁に衝突し、乗り上げ、町に侵入しようとしたらしい。冒険者や国境兵らによる防衛戦は数日にもわたったそうだ。


「幸いにも町の被害は壁くらいで済んだのですが、近隣の村が……」 


 村には壁がない。危険を知らされてすぐに村人らを避難させたのだが、数人の死者と数十人の負傷者を出してしまった。人的被害だけでなく、家屋や畑も荒らされており、今年の収穫は全滅に近いそうだ。


「……そうか、スタンピードに慣れてても、やっぱり厳しかったか」


 湖上の結界を守り切れていれば、と力不足が申し訳なくなった。最善を尽くしたつもりだが、最良とはならなかったのが悔やまれる。


「スタンピードは単一魔物のものしか経験していませんからね。でも今回のことで、単一スタンピードを放置した先がハッキリしましたから、冒険者にもギルドにも良い経験になりました」


 ジョンや町の人々の前向きな姿勢に頭が下がった。

 他町のギルドから救援の人々も到着している。国も資金や人員の派遣を決めたそうだ。


「そうか。俺たちも復興に力を貸すよ。遠慮なくこき使ってくれ」

「……何言ってるんですか」


 ジョンは呆れ顔で声をひそめた。


「コウメイさんこそ、ご自宅は大丈夫なんですか?」


 現在のハリハルタに、ホウレンソウの三人が深魔の森に住むと知るのは、ジョンただ一人だ。森のあちこちに広がる火事は町からも把握しており、ジョンはずいぶんと心配していたのだ。


「家は半壊だ。畑は全滅。果樹園も半分が駄目だった」

「ぎ……銀の賢者様はご無事ですか? シュウさんは?」

「心配ねぇよ。全員生きてる」


 だが無傷ではないとコウメイの口ぶりから察したジョンは息を詰まらせた。


「町や村の復興は我々の仕事です。コウメイさんたちは療養と、ご自宅の再建に専念してください……数ヶ月は冒険者が森の奥にまで入ることはないと思います」


 村の復興土木工事に冒険者が駆り出される予定だ。国と領主の援助もあり、討伐や狩りよりもそちらの実入りが良いため、しばらくは森に入ろうとする冒険者はいなくなるだろう。


「助かる。まわりの森が焼けてて、ちょっと隠れられねぇ感じだからな。ああ、悪ぃが、薬草園も半分が駄目になっちまってるんだ。しばらく納品は無理だ」

「わかりました。そちらは母を頼ります。リアグレンにも追加支援をお願いすればなんとかなりますので大丈夫」

「食糧は足りるか?」

「山ほど魔物を狩りましたからね。食べられる肉は住人総出で保存食に加工しました。食べ飽きることはあっても飢えはしませんから心配ありません」


 さすが冒険者の町だ、たくましい。

 情報を交換したコウメイは、しばらく町に顔を出さないと告げてハリハルタを発った。


   +


 家の工事がはじまった。

 棟梁が引き連れてきた鉱族職人の中にロビンもいた。彼は三人の武器の状態を知りたくて、棟梁の呼びかけに手をあげたらしい。


「酷いもんだな」


 シュウの剛剣を見たロビンは、これはもう無理だと言った。虹魔石で無理矢理に刃の形に修復しているが、すでに剣に残っている元素材は一割以下だ。


「強度の保証はできんぞ。虹以外の魔石では存在すら維持できん。新しく打ち直すしかないな」

「そっか……こいつ気に入ってたんだよ」


 お疲れさん、とシュウの手が刀身を労るように撫でた。


「俺のはどうだ? どうも魔力の伝達が鈍い感じなんだよ」

「こっちもずいぶん酷使しているな……少し時間がかかるが、まあギリギリどうにかなるだろう」

「頼む。必要な素材があれば言ってくれ。狩りに行くから」


 酷使しすぎて魔力伝導力が落ちたコウメイの剣は、ロビンが預かることになった。鉱族の炉で鍛え直すそうだ。大工として森に来ているため、手をつけるのは建築工事が終わってからになる。手元に戻ってくるのはずいぶん先になりそうだ。


   +


 三ヶ月も経つと生活もずいぶんと落ち着いてきた。

 五人で食事を囲みながら、義肢用の魔石をどうやって手に入れるか打ち合わせる。


「アキラの義足とコウメイの義眼は虹魔石だが、ミシェルは難しいぞ」

「ミシェルさんに合う魔石って、何の魔物が持ってんだ?」

「雷竜ね」


 ミシェルの口からさらりと大物の名前が出てきた。


「竜って、無理だろー」

「ナナクシャール島にはいなかったよな?」


 鎧竜、剣竜、角竜は生息しているが、あれらは竜という名ではあるが、厳密には蜥蜴だ。


「……竜種が出現する魔核は壊していましたよね?」

「そうなのよね。だから下位の雷蜥蜴で何とかするしかないのだけれど、少し悔しいわ」


 竜と蜥蜴とでは格が違いすぎるのだ。


「島の雷蜥蜴なら大陸のものより上質だと思いますよ」

「できれば沼主の魔石が欲しいわね」


 にっこりと微笑んだミシェルが、よろしくねと三人を見る。丸投げかよとシュウが呆れ、やっぱりなとコウメイが苦笑いをうかべる。アキラは大きく息を吸ってミシェルに向き直った。


「改築費の三割で引き受けましょう」


 ピクリとミシェルの眉が跳ねた。


「高すぎない? 師匠の依頼よ、一割で」

「師匠だと主張するならそれらしい行動をお願いしたいものですね、三割は破格ですよ?」

「これまでさんざん教え導いてきたのに、酷いわ。一・五」


 笑顔で向き合う二人の間にピリッとした緊張が走った。


「確かにいろいろと教わりましたが、導かれたかどうかは微妙では? 迷惑料込みで二・五」

「微妙とはどういう意味かしら」

「心当たりがないと?」


 笑顔で睨み合う師弟の間で氷の結晶と電が弾けている。

 放電する二人から逃れたコウメイとシュウは、ヒソヒソと呟いた。


「なんかこいう会話、前にもどっかで聞いたような?」

「あー、俺も思ってたんだよなー。デジャヴってやつか?」

「あれだ、そっくりなんだよ、細目野郎に」

「そーだよ、ミシェルさんの粘りっつーかこじつけっぷりがアレックスに似てんだよ」


 ピタリと放電が止まった。

 ゆっくりと振り返ったミシェルの目は笑っていない。


「……アレと、似ている、ですって?」

「そっくりだぜ。なぁ?」

「付き合い長くなると似てくるって言うじゃん?」


 絶句した彼女は、心底嫌そうに顔を歪めた。そして硬く目を閉じて額を揉む。


「…………二割でお願いできない?」

「……いいですよ」


 何とも言えぬ表情で頷いたアキラは、虹魔石集めとあわせて雷蜥蜴狩りの計画を立てた。


   +

 

 リンウッドが落胆の息をつく。


「これも合わんか」


 シュウの前には五本の魔石親指が転がっていた。

 狼獣人の義肢製作は、魔石選びの段階で難航していた。

 人族の場合、その者の属性に近い魔石を選ぶのは簡単だ。しかし獣人族は魔力がない、と言われている。

 種類も属性も異なる魔石で作った親指を、順番に装着させては相性を試したのだが、なかなかシュウにぴったりの魔石は見つからない。


「くぅう……っ、痺れたー」


 魔石義親指を外したシュウは脱力して床に転がった。

 魔石との相性がよければ苦痛は少ないらしいが、今のところどの指をつけても苦しいばかりだ。全身の痺れだったり、胃を揺さぶられるような吐き気だったり、腹を貫かれたような激痛だったりと、とても耐えられたものではない。


「もっと穏やかなのはねーのかよ。こんなん着けてらんねーって」

「多少相性が悪くても、時間をかければ慣れ馴染むものだが」

「慣れるわけねーだろ」

「そうか? コウメイは慣れたぞ」

「はー?」


 リンウッドの言葉に、思わず畑に立つコウメイを振り返った。


「コウメイにもっとも相性が良いのは青銅大蛇の魔石だ。だがヤツは虹魔石にこだわりがあるからな。ずいぶん慣れたようだが、毎回装着時の苦痛はすさまじいぞ。ニヤつきながら床を転げ回って悶絶している」

「マジかよ……」


 コウメイのドMっぷりにドン引きだ。

 同じ経験はしたくないし、できない。シュウはリンウッドとの実験に付き合う覚悟を決めた。


「俺は苦痛を喜んだりしねーから、相性のいーヤツ見つけてくれ」

「そのつもりだ。だが手持ちは全部駄目だった」


 これまで試した魔石リストをアキラやコウメイにも見せ、次は何がよいかと話し合っていたときだった。

 アキラにだけ聞こえる呼び鈴が鳴り響く。


「エルフがきた」


 尖ったアキラの声に、コウメイが鋭く辺りをうかがう。

 シュウが剣をたぐり寄せ、リンウッドがリストを素早くまとめた。

 ミシェルだけがゆったりと香り茶を味わっている。


「お邪魔するで」


 工事中の建物の外でヘルミーネの声がした。勝手口から顔を出すと、老婦人を伴った彼女が立っていた。老エルフの体調は良くなさそうだ。吹きさらしでは体に悪かろうと、地下に場所を移す。

 魔力の整えられた地下室は居心地が良いのだろう、ブレイディの顔色が明るくなる。長椅子に落ち着いた老エルフは、ヘルミーネに持たせていた大きな鞄を彼らの前に差し出した。


「ほんま、いろいろお世話になったのに遅うなってかんにんな。これ受け取っておくれやす」

「……これは?」

「サカイを保護してもろた対価ですわ。それとウチがお世話になるぶんも入っとります」


 アキラの笑みが引きつった。何やら不穏な言葉が紛れていたように思うのだが。

 また何か騒動に巻き込むつもりかと、コウメイとシュウも警戒するように老エルフを見据えている。

 こちらの気配が伝わったのだろう、彼女は顔の皺を緩めた。


「図々しいんは承知の上やねんけど、短い老い先に免じて聞き入れてくれませんやろか?」


 老齢とはいえエルフの老い先はずいぶんと長い。いったい何を要求するつもりなのかと警戒する彼らに、ブレイディはゆったりと話した。

 彼女は先日の戦いで生き残った長老として、レオナードの族長就任を承認し、後継に長老職も引き継いできたそうだ。そして悠縁の森の住まいを片づけ、全財産を持参し訪問したのだという。


「サカイの寿命が尽きるんは承知や思うけど、ウチも一緒に朽ちると決めておりますんや」


 つまり、マーゲイトを終の棲家として貸せ、と。この鞄はその対価だそうだ。

 ヘルミーネが鞄を開けた。入っていたのはさまざまな種類の魔石だ。中から大の高品質な魔石がぎっしりと詰まっている。彼らが義肢のために魔石を欲していると知っていたかのような対価だ。


「これは陸亀の魔石ね。こちらのはヒュドラで、あら雷竜まであるのね」


 素早く判別したミシェルが、ひときわ美しく輝く緑光の魔石を手に取った。その大きさでは義腕には足りないが、リンウッドなら雷蜥蜴とあわせて巧く加工するだろう。


「しばらくはあちらの管理までは手が回らないでしょう、ブレイディ様に管理をお願いしたらどうかしら?」


 雷竜の魔石を手に弾むようなミシェルの援護射撃をうけ、ブレイディが毒のない穏やかな笑みを向けた。


「どないでっしゃろ? そない長いことやあれへん、たぶん十年くらいや。悪い取り引きやあれへん思うんやけど?」


 どうする、と三人は顔を見合わせた。

 ブレイディに恨みはないが、エルフ族の元長老にかかわるのは不安でしかない。しかし盲目の老婦人を路頭に迷わせるのは後味が悪い。彼女が野垂れ死ぬとは思わないが、近隣の町や村に迷惑をかけるわけにはゆかないのだ。

 同時に長い長いため息がこぼれた。


「……わかりました。マーゲイトを使ってください。ただし」


 おおきに、と礼を言いかける老エルフを遮ってアキラは条件を出した。


「マーゲイトを貸すだけです、日々のお世話はしません」


 見ての通り、と隻腕のミシェルに木製義足の自分、両手の指の欠けたシュウを指し示し、他人の世話をする余裕はないと釘を刺した。


「よろしおす。孫がちょくちょく顔出すいうとりますし、面倒はかけませんよって安心しなはれ。ああ、せやけど食事はなぁ、サカイもウチもそのあたりが得意やあれへんの。あんさんらのついででええねん、ウチらの食事も用意してもらえへんやろか?」


 三食の用意は十分な面倒事である。

 断わろうとするアキラの肩をコウメイが掴んで止めた。台所仕事は自分の担当だ、最終的に押しつけられるのなら自分で交渉したいと前に出た。


「一日に一回、三食分の食事を転移陣で送る。対価はその魔石と別にもらえるなら引き受けてもいいぜ」

「困りましたわ、これはウチの全財産やのに」

「あんたはエルフ族の生き字引なんだろ、あんたが生きている限り俺らの求める情報を提供するって契約でどうだ?」

「一族の不利になることは教えられまへんのやけど?」

「こっちから喧嘩売る気はねぇよ」

「……よろしおます、その条件のみますわ」


 契約成立だ。

 細かいやり取りを話し合い、魔紙にまとめて署名する。簡易の契約魔術が結ばれた。

 料理のサンプルだと言ってコウメイが焼き菓子を出した。蜂蜜と香草のパウンドケーキで、鉱族の大工たちに振る舞っているおやつのお裾分けだ。

 おそるおそるに味見をしたブレイディは、すぐに噛みしめるように味わって完食した。控えめな甘さと香草の癖が気に入ったようだ。


「さっそくだが、一つ聞いていいか?」

「なんでっしゃろ」


 お菓子に満足した老エルフは機嫌良く応じた。


「あんたが匿った転移エルフはサカイだけなのか?」

「それを聞いてどないするん?」

「気になっただけだよ。エルフの領域は魔力がなきゃ生きてけねぇんだろ? そんなところに魔力が人族並みの転移エルフを囲うなんて厄介なだけだ。なのになんで、って疑問に思ってね」


 エルフの領域を維持するなら、一族の強化を考えるなら、サカイよりもアキラのような魔力量を増やした転移エルフを取り込んだほうが有利だ。なのに引きこもりを抱え込んだだけでなく、最後まで面倒を見ようというのだ。その理由が気になるのも当然だろう。


「ウチが惚れたからやで」

「嘘くせぇんだよなぁ」


 腐ってもエルフ族の元長老だ、しかも神々の存在を肌で感じたことのあるブレイディが、色恋に惑わされるとは思えなかった。


「ほほほ、その通り、嘘やねん」


 どうやらブレイディは嘘をつくエルフらしい。


「ウチの心はロドリック(亡き夫)のもんや。サカイはな、最初はヘルミーネにどうか思うとったんよ」

「はぁ? ありえへんわ、ウチにはダーリンがおるんやで!」

「せやかて亡くなってもうとるし? そもそもアレは人族や、同族の番いは欲しないん?」

「アホ言わんといて。婆ちゃんかて爺ちゃん以外は嫌なんやろ。ウチかて嫌やわ」

「そうなんよねぇ。けどあんたはまだ若いねんで、あと五百年もひとりは寂しない?」


 サカイはお節介祖母が孫の婿候補にキープしていたらしい。祖母と孫のやりとりを引きぎみに眺めていたコウメイは、うんざりだと顔をしかめた。


「勝手に婿に決めて、孫の気が変わるまで囲うつもりだったのかよ」

「気が変わる前に寿命がきたのか……」

「サカイさん、知ってんのかなー」


 知らないだろう。


「だいたい、なんでサカイなんや? ウチの好みと全然違うし」

「そらエルフ擬きやからや。カナを覚えとる? あの子は四人の子を産んだんやで」


 穏やかな声と語りに潜む闇に、ぞくりと鳥肌が立った。


「エルフ擬きはぎょうさん子ができるし、一族の将来を考えたら、もう一人か二人は産んどいたほうが安心なんやもの」


 子どもの生まれにくいらしいエルフ族に、多産(と思われる)転移エルフを取り込み、一族の繁栄を図っていたらしい。

 ヘルミーネが絶対に嫌だと首を振る。


「ウチは一生ダーリン一筋や!」

「ほんま、頑固なんやから」


 この老エルフがマーゲイトに住み着くのか。

 アキラは魔石につられて承諾したのを、すでに後悔しはじめていた。


「婆ちゃん、しつこいねん。ええかげんにして。それ以上言うんやったら、ウチもう手ぇ引くで。マーゲイトに様子見に行かへんから」

「あんたがサカイを気にいらんのはようわかったわ」


 ようやく諦めてくれたと安堵するヘルミーネは、錬金薬が必要そうな疲れた顔をしている。

 そんな孫から顔をそらしたブレイディは、上品なほほ笑みをアキラに向けた。


「アル坊から、アキラさんはまだ番がおらんて聞いとるんやけど、ウチのヘルミーネはどうやろ?」

「お断りだ!」

「やめてよっ!」


 コウメイとヘルミーネが同時にテーブルを叩いて否と叫んだ。


「わたくしのテーブルよ、乱暴に扱わないでちょうだい」

「ぶほっ! アキラ、モテモテだなー」

「……見合い婆」


 ミシェルがコウメイの足を蹴り、ニヤニヤ笑いのシュウがアキラを肘で小突く。眉間を押さえるアキラは、ズキズキとしはじめた頭痛をどうにかしたいと息をついた。

 ダラダラと付き合っていては精神が削られるだけだ。

 彼らは厄介な店子を早々にマーゲイトに送り出した。


   +


 ブレディの鞄の中に、シュウが苦痛を感じない魔石が見つかった。


「ヘルハウンドか」

「考えてみりゃそうだよな。狼獣人なんだし」

「炎系のヘルハウンドかー。もしかして俺の最終形態って、完全獣化じゃなくてもう一個上があるのか?」


 もう一段進化すれば炎を吐けるようになるかもしれない。そんな患いっぱなしの発言をしたシュウは、エルズワース経由で狼獣人族に問い合わせすべきかと真剣に悩んでいる。


「シュウの寿命は、どうなんだ?」

「延びるのか?」

「延びるのか、短くなるのか、わからん。獣人でははじめての例だからな」


 シュウが装着している義指も、まだ獣化(メタモルフォーゼ)には対応できていない。まだまだ残っている研究課題を、リンウッドは心底から楽しんでいるようだ。

 コウメイのように寿命が延びるとしたら、ますますシュウの婚期が遠ざかるのではないだろうか。そんな心配をしたアキラが、覚悟はあるのかと小声で問うた。


「問題ねーよ。長生きになったら、そのぶん運命のケモ耳に出会えるかもしれねーだろ! 婚期が遠くなるんじゃなくて、チャンスが増えるんだよ!」


 適合せずに寿命が短くなる心配は全くしていないらしい。

 なんとも前向きである。

 アキラから笑みがこぼれた。


「それにさー」


 ぼそりと、楽しそうに笑うアキラに聞こえないように、シュウは小さく呟いた。


「……コーメイとアキラだけにしとくの、すっげー不安だし」


 片手で大剣を振り回せる力強い拳を取り戻したシュウは、率先してナナクシャール島に渡った。単独で、あるいはコウメイを連れて、島で魔石を集めるのだ。

 まずは雷蜥蜴を狩りまくった。島にいる獣人族らの苦情を、のらりくらりとやり過ごしつつ魔石をかき集め、ミシェルの義腕が完成した。


「そろそろ出ていくわね」


 魔石義肢でのリハビリを終えた彼女は、早々に荷造りを終えた。


「ネイトのおっさんに顔見せてやれよー」

「余計なお世話よ」


 腕を取り戻したミシェルは、すがすがしい笑顔で深魔の森を出ていった。


   +


 飛行魔布は獣人族をおびえさせるため、島では使うなとヘルミーネに釘を刺された。木製義足での生活には慣れたが、この足では討伐は無理だ。

 アキラの探知なしの虹魔石狩りは難航した。これまでの討伐記録から、確率の高そうな区画や魔物を狙って少しずつ集めた虹魔石で、まずはコウメイの義眼が完成した。


「くぅ――っ、あいかわらずキツいぜ」

「どうだ、不具合はあるか?」


 体に残る痺れと痛み、倦怠感を追い払うように頭を振ったコウメイは、差し出された鏡を見て何とも言えぬ笑みを浮かべた。


「老けてやがる」


 鏡に映る男の顔は、記憶よりも若々しさとそれに付随する軽さが失せ、代わって熟した色男ぶりが存在感を増していた。見たところ三十歳前後というところだろうか。

 鏡を見て嘆くコウメイをリンウッドは鼻で笑った。


「老けただと? 冗談だろう?」

「おっさん顔になっちまってる」

「心配するな、まだまだ若造だ」


 階段を駆け下りてから四年が経っていた。

 


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― 新着の感想 ―
よく考えたらネイトさんの事悪く思ってなさそうなミシェルさんに激重感情向けてる腹黒陰険と複雑ぅー お見合い婆はおっそろしいけど族長系なら一族の繁栄考えるのは正しいよね… 10年どころかもっと生きながらえ…
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