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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
17章 焦燥の森

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09 戦禍、襲来



「嘘やろーっ」


 ヘルミーネの悲鳴を爆音と地響きが打ち消す。

 風圧に煽られるアキラは、踏ん張りきれずに足が浮いていた。

 吹き付ける風が強すぎて目を開けていられない。

 腰を落し、地面を掴むようにして、吹き飛ばされぬよう何とかやり過ごす。

 風がおさまったそこに、一人のエルフが立っていた。

 長い白髪の一部は焦げてチリチリだ。肉が削げ落とされた痩せ身の体を隠すような、ゆったりとした衣服に身を包んでいる老人。


「なんでこっちにくんのや、フィーリクス爺っ!!」


 何かを探すように頭を見回していた老エルフは、叫ぶヘルミーネに火弾を撃ち込んだ。


「盗まれた盾を取りに来ただけやがな」


 けれど、と転がっているミシェルの左腕を見て、不愉快そうに顔を歪めた。


「ワシの盾を壊したんは、オマエか?」


 ウチやないで! と叫んでヘルミーネは火弾から逃げた。


「盾は壊れとるんやし、諦めてはよ戻らんと負けが決まってまうんやないの?」


 戦線離脱は敗北と見なされるぞ、さっさと戦場に戻れ、と彼女が歪みを指差そうとして、またしても悲鳴をあげた。


「なんでやの――」


 ゴオォォ、と渦を巻いた熱風が干からびた湖底に落ち、再び地面が激しく揺れる。

 落ち葉や木片や小石、魚の死骸らを巻き上げる風がおさまったそこに、濃紺のエルフが佇んでいた。


「往生際悪いで、クソ爺。逃げるくらいやったらさっさと負け認めたらどや?」

「年長者も敬えんクソガキがなにか(わめ)いとるようやな。敬老精神持たへんモンが一族を束ねるてか? 思い上がるんもほどほどにしとけや」

「敬うに値せんモンがなにいうても説得力あれへんわ。爺のわがままにつきあいきれんちゅうモンのほうが多いねんで。耄碌して数もわからへんようになったんか?」

「はん、神々の意思を蔑ろにするアホどもが、ようも一族を名乗れたもんや。ワシは一族の矜持を捨てたぼんくらどもなぞ認めとらんのや、知ったこっちゃないわ」

「神々を蔑ろにしとるんやない、爺の言うんがホンマかどうか怪しいちゅうとるんや。そないなモンに率いられた一族が不幸なだけやで。見苦しゅう引導渡される前に、ジブンでしまいつけたらどやねん?」


 レオナードが湖底に降り立った瞬間から、二人の口論と火弾攻撃がはじまった。

 二人のエルフの嫌味と攻撃は途切れることなく続いている。

 アキラは身を屈めて飛び交う火弾を避け、気配を殺しながらじりじりと這って移動し、自分の杖とミシェルの左腕を回収して戦いの中心から離れた。 

 アマイモ三号に支えられた盾の向こうから、シュウが手招きしている。

 どこから落ちてくるかもわからない火弾をかわしながら、アキラは盾の陰に逃げ込んだ。


「お疲れー」

「気安めだが、これを食っておけ」

「口直しはこっちな」


 先に避難していたシュウに水筒を差し出され、リンウッドから薬草を、コウメイからは飴玉を渡された。乾いていた喉を潤し、少し焼け焦げたユーク草の苦みを、べっこう飴の甘さで紛らわせる。息をつきたいが、まだまだ気を緩めるわけにはゆかない。


「あれは長引くぞ」

「リンウッドさんは、彼らの戦いがまだ続くと考えているのですね?」

「楽観できる根拠はないからな」

「そうね、彼らが大人しく領域に帰るとは思えないわ」


 応急処置を済ませて横たわるミシェルも、苦々しげにぼやいている。


「さっさと帰ってくれねぇかなぁ」

「あー、俺もそー思うんだけど、残念なお知らせかも?」


 盾から顔を出して状況をうかがっていたシュウが、半分自棄っぱちの陽気さを振りまいた。


「エルフが何人か増えたみてーだぜ。ヘルミーネさんと揉めてるっぽい」

「何を揉めてるんだ?」

「さすがにここから盗み聞きはできねーよ」


 族長とレオナードの激しい口論と火弾の応酬、そして新たに現われた老エルフとヘルミーネが言い争っている。聞き耳を立ててみたものの、雑音が多すぎてうるさいだけで、聞き分けるのは無理だった。

 シュウの横から顔を出したコウメイが、じっと目を凝らした。


「うん? 墓?」

「は、はか?」

「墓が壊れる、帰れ、ってヘルミーネさんが食ってかかってるな」


 コウメイは彼らの唇の動きを読んでいた。


「婆さんエルフのほうは読みづれぇな。ええと、一族、限界?」

「あー、ヘルミーネさん、何か叫んで森に走っていっちまったぜー」

「……だーりんのお墓が、だとよ」


 コウメイのうんざりした声に、アキラが眉間を寄せた。


「それは、二人の戦場を一族で維持するのが限界になってきたから、ここで続きをやる、と言ってるのか?」

「そう。で、ヘルミーネさんが『ダーリンのお墓だけはウチが守る』って飛び出して戦線離脱した、と」

「コーメイ、口まねうめーぜ。そっくりだ」

「ほめられても嬉しくねぇ」

「最悪だ……!」


 盾から顔を出して戦況を直視したアキラがうめいた。

 ブレイディと思われる老エルフを中心とした見届け人らは、結界で囲まれた安全域でくつろいでいる。族長とレオナードを止めるつもりも、自らの領域に戻るよう忠告する気もないようだ。


「あれじゃ遠足か物見遊山にきた敬老会じゃねぇか」

「ヘルミーネさんが戻ってくればいいんだが……」

「期待すんなよ」

「うえー、俺らだけでアレをどーにかできんの?」


 無理ゲーだろ、とシュウが族長とレオナードの戦いを指さす。

 四方八方に飛び交う火弾は、木々を倒し、地面を焦し、水のなくなった湖底をさらに乾かしている。湖の魚は全滅だ。

 アキラは頭痛をなだめるようにこめかみを揉んだ。


「……これはもう、森の西側半分はあきらめるしかなさそうだぞ」

「自宅とハリハルタを守ることに専念して後は捨てようぜ。俺らには手に負えねぇよ」

「あいつら、いつまでやんのかなー。ここはエルフの領域じゃねーんだぜ。喧嘩はよそでやれよなー」

「甚大な被害が出ているのに、どうせ連中は復旧とか復興なんて考えないだろうし……」

「夫婦ゲンカで大陸を沈めかけた神様を崇拝してるだけあるぜ、やってることはそっくりじゃねぇか」

「メーワク! ほんっとーに迷惑!!」


 コウメイは歯ぎしりをし、シュウは威勢良く批判するが、どちらも盾の陰に隠れていては格好はつかない。

 時たまこちらに向かって流れてくる火弾を氷盾で防ぎつつ、三人は盾から顔を出して戦況を観察し続けた。


「火弾、威力が小さくねぇか?」

「たぶん探り合いの最中なんだと思うぞ」


 結界越しに観察していたときも、空間を越えてきそうな威力の攻撃魔術が続いたかと思えば、急に反応が消えることがしばしばあった。いくらエルフでも常に全力では何日間も戦えないのだろう。


「妙だな、アレックスの野郎がいねぇぞ」

「レオナードの邪魔してたんだろ? 追い払われたんじゃねーの?」

「失礼やな、ワシはちゃんとここにおるし」

「うおっ」


 背後からかけられた関西弁に、三人の体が驚きで跳ねた。


「い、いつの間に」

「てめぇレオナードについてんじゃねぇのかよ」


 ぶすっとした顔の細目は、横たわるミシェルの枕元に座り込み、恨めしそうに三人を見あげていた。顔のあちこちにできた青あざとローブの破れが哀れを誘っている。


「うわー、ズタボロじゃん。なにやらかしたんだー?」

「何て、そらミシェル追っかけてきたに決まっとるやん。ヘル姐、ワシにも黙ってかっさらっていきよってから」


 こなくていいのに、とでも言うようにミシェルの目が細くなったが、愚痴をこぼすアレックスは気づかない。


「レオナードさんを放置していいんですか?」

「かめへん。もとから一対一(タイマン)なんやから、ワシが出しゃばったら向こうに突っ込まれるがな」

「放置すんなつってんだよ。さっさと終わらせて引き上げろよ」

「そないなこと言われても、邪魔したらまた仕切り直しやで。そっちのほうが面倒や。心配せんでもそのうち終わるやろ。爺の盾がのうなったんやし、ワシをド突かんでもええぶんレオも余裕あるんや、ほっといても問題あれへん」


 そのうちというのはどのうちだ。具体的な数字で示せと尻を蹴りたくなったがこらえた。それよりも無視できないのは、細目が両足で踏んでいるミシェルの左腕だ。


「……腕が、何故そこに? さっきと場所が違うような」

「あぁ、気ぃついた? 爺がこっそり動かしとったから、ワシがこうやって重しになって押さえとるんや」

「そ、それにしても踏みつけるというのは……」


 他に方法はないのかと思いつつ、切り離した腕ですら遠隔操作できると聞いて三人は青ざめた。ミシェルは吐きそうな顔だし、リンウッドも嫌悪に顔を歪めている。

 ドオン、ゴオン、と火弾攻撃の音が大きくなってきた。

 人族の領域での探り合いが終わり、そろそろ本気の戦いに移るのだろう。

 踏みつけられる腕から視線を逸らし、アキラは細目に確認する。


「アレックス、ここにいるということは、我々の防護魔術か結界を担当していただけると期待していいんですね?」

「それがなぁ、手伝いたいんは山々なんやけど、ワシこれ押さえつけるんでイッパイイッパイやねん」


 足の下の左腕を指さしたアレックスは、フィーリクスの魔力に汚染された左腕を押さえ込むのに、体重だけでなく八割近くの魔力を割いていると言った。


「ではミシェルさんとリンウッドさんがソレに脅かされないように、しっかりと押さえていてください」


 それくらいはできるでしよう? とニッコリと微笑んだアキラは、細目を戦力外と切り捨てた。


「アマイモ三号はここで待機。万が一のときは二人を乗せ避難してください」


 命令に忠実な魔武具のほうが、役に立つし確実なのは間違いない。

 コウメイはリンウッドに残り錬金薬の在庫をたずねた。


「高濃度魔力回復薬が十二本、通常のが七本、回復薬と治療薬が五本ずつだ」

「じゃあ俺には普通のを二本くれ。高濃度のヤツはアキが使えよ。シュウは治療薬と回復薬だ。三本ずつ持っといてくれ。残りはリンウッドさんに任せるぜ」


 コウメイの差配をリンウッドが遮った。


「治療薬はシュウに持たせておけ」

「リンウッドさんたちが怪我したらどーすんだよ」

「忘れているのかもしれんが、俺は治療魔術師だぞ。錬金薬よりも魔術のほうが早いし確実だ」


 そういえば、突飛な研究と芋好きな狂魔術師の本職は、青級治療魔術師だった。リンウッドは魔力回復薬を二本、自分用に取り分けた。


「わたくしにも、一本、譲ってくださる?」

「ミシェルさん?」


 横たわったままの彼女が、右手を差し出していた。


「あんた、その状態で何する気だよ?」

「族長に意趣返しくらいしたいじゃない?」


 エルフの勝負にエルフが加担すればズルとなるが、人族が手を貸してもとがめられないのだから、このチャンスを活かすべきだ。


「やめといたほうがええで? 人族の加勢で勝つとか、レオが発狂しそうやし。後で仕返しされたないやろ?」

「加勢じゃないわ、ちょっとした嫌がらせよ。族長の足元だけがぬかるんで転びそうになるだとか、頻繁に石に躓いて足の指が痛むだとか……その程度よ?」


 戦況を大きく変えるような報復ではないし、この程度の加勢なら貢献にも数えられない。レオナードの矜持も守り、ミシェルの気も晴れる。ささやかな意趣返しだと微笑む彼女の横で、アレックスは嫌そうに己の足の指を撫でた。


「シュウ、これも持っていけ」


 リンウッドがカカシタロウらが集めてきた魔物の魔石を渡す。


「あの火弾の威力に、剣の修復が追いついていない。折れる前に使え」

「おー、サンキュ」

「どうせなら族長の後ろに待機して、レオナードの火弾を打ち返したらどうだ?」


 フィーリクスは東を背にしてレオナードと向かい合っている。族長が避けた火弾から森とハリハルタを守るため、彼らはその後ろに陣取り、火弾を打ち返すのだ。それがフィーリクスに当たったとしても、それは偶然であり、意図した妨害ではないし、レオナードへの加担でもない。不幸な偶然なのだから。


「俺、野球はあんまり得意じゃねーんだけどなー」


 リンウッドにそそのかされたシュウは、苦手だとぼやきつつもニマニマと楽しそうに剣を振り回している。

 右手に剣を、左手に魔術玉を持ったコウメイが、カカシタロウを振り返る。


「その盾でリンウッドさんを守ってくれ。俺らの動きは気にするな、リンウッドさんの命令に従うんだ、いいな?」


 大盾を構え直した甲冑は、任された、と力強く頷きを返す。

 火弾の威力が増している。

 族長とレオナードの戦いは、そろそろ様子見が終わりのようだ。


「アキは上空から、シュウは地上のを。俺は支援だ」

「わかった」

「りょーかい」


 真っ先にシュウが火弾戦へと飛び込んでゆく。

 アキラが魔布で空高く飛んだのを確かめてから、コウメイはシュウを追った。


   +


 レオナードはギルジェスタ山脈を背に戦っている。フィーリクスの攻撃で、その立ち位置はじりじりと山に近づきつつあった。


「長老が有利、というわけではなさそうだな」


 フィーリクスは右手に持つ魔術師の杖を派手に振り回している。対してレオナードは素手だ。

 上空から二人の動きを観察したアキラは、それぞれの意図と戦いの流れを考えた。

 族長はレオナードを追い詰め、このまま決着をつけようとしているようだ。レオナードが防戦に徹していることから、慢心しているように思える。気の緩みを反映してか、老エルフの動きや魔力の流れは雑だ。

 対してレオナードの魔力には余裕があり、動きにも焦りを感じない。逃げ場を失っているのではなく、勝機をたぐり寄せるため、あえてその場を選んでいるように見えた。ときおり彼の視線が、アレックスの位置を確かめるのは、何らかの思惑があってだろうか。


「攻撃が、偏ってないか?」


 エルフは杖などなくても攻撃魔術を自在に撃てるが、今回のような長丁場では、杖による制御や省魔力の補助は大きい。杖を破壊すれば有利になるはずだ。自分なら敵の攻撃を潰すために杖を集中して狙う。なのにレオナードは、杖を持たない族長の左手を狙った攻撃を重ねている。

 フィーリクスの動きにも引っかかりを覚えた。彼の左腕がぶらりと垂れたまま動いていないのだ。なのにその年齢からは想像できない機敏さで、レオナードの連続火弾を避けている。

 族長がかわして後方に逸れた火弾に、シュウが素早く回り込んだ。

 両足でしかりと踏ん張り、両手で握った剣をバットのように構える。


「ど真ん中、いってやるぜーっ」


 ブォン!!

 気合いの入った見事なフルスイングの、空振りだった。

 シュウの後方にいたコウメイの剣が、火弾を弾いてコースを変える。

 剣にまとわせた水が瞬時に蒸発し、その熱気で火傷しかけたコウメイが怒鳴りつけた。


「どこがど真ん中だ! 下手クソ! 遊んでんじゃねぇぞ」

「わりー。次はホームランだから!」

「違うだろ。ぶっ飛ばすんじゃなくて狙いはあっちだ」


 コウメイの剣が老エルフの背中を指し示した。命中しなくてもいい、かめするのでも、すぐ横でも構わない、族長の動きを邪魔する場所を狙え。


「俺の剣には自動修復なんてついてねぇんだ。魔術玉の数も限られてるんだぞ、遊ぶんじゃねぇ!!」

「遊んでねーよ。ヒット狙いとか、けっこー難しーんだぞ」


 レオナードの動きに合わせてシュウが立ち位置を変え、またしてもフィーリクスの避けた火弾を打ち返す。


「うわっ」


 真下から火弾が飛んできた。

 魔布を急発進させたアキラは、布にしがみつきギリギリで逃げる。


「あー、今度はファウルかー」

「シュウ……」

「味方を狙うな!」

「うるせー、俺は野球は苦手だって言っただろ。感覚を修正してるとこなんだから、もうちょっと待てって」


 エルフの「もう少し」もあてにならないが、シュウの「もうちょっと」も信用ならない。アキラはエルフ同士の戦いだけでなく、味方からの誤射への警戒も高めた。

 コウメイは魔術玉を駆使し、シュウが打ちもらした火弾のコースを北へと逸らし、アキラは氷盾で西南へと跳ね返す。

 不壊の剛剣を振り回すこと五回目だった。

 剣先を立てて打ち返した火弾が、狙い通りのコースに返った。


「よっしゃー!」


 シュウもコウメイもフィーリクスの背中への直撃を確信していた。

 だが、寸前で族長の防護魔術が発動した。

 予備的に用意されていた魔術は、炎の熱を遮断する。

 防護魔術の発動と同時に、族長が後方へ火弾を放った。


「……おどれら、ワシの背中を狙うたなぁ?」


 咄嗟に放ったアキラの氷壁がシュウの眼前に出現し、火弾を受け止めた。

 砕ける氷越しに向けられた怒りの眼光に、コウメイとシュウの腰が引ける。


「レオナードの指示か? やったらワシの勝ちやな」

「ちげーよ!」


 フィーリクスの火弾よりも、余計なことをしやがってと怒気を向けるレオナードのほうが恐ろしい。妨害するならバレないようにやれ、とギラギラした目が怒鳴っているように見えた。


「どないや、ブレイディ?!」


 シュウの否定に、族長が判定を急かす。


「狙ってねーよ、偶然だ、ぐーぜん!」

「俺らは我が家に被害が及ばねぇように、爺さんが打ちもらしたのに対処してただけだぜ」


 二人は結界にいる老婦人に大声で主張する。耳を傾けていた赤毛の老エルフは、魔力を薄く広げて二呼吸ほど探った後、大きく頷いた。


「確認したところ、レオナードと人族との間に接点は見あたりまへんな。不正やないよって、安心して続けてくださいなフィーリクス」

「……覚えとれよ」


 彼はレオナードへ向ける攻撃はそのままに、コウメイとシュウへも火弾を撃ちはじめた。

 流れ弾と狙いのついた攻撃と、両方に他処せねばならなくなったコウメイとシュウは大わらわだ。


「ちくしょー、追いつかねーよ」

「あそこで防護魔術が発動しなけりゃなぁ」

「コウメイ、声が大きい!」


 聞こえたらどうする気だと二人を上空から叱りつけ、彼らが止めもらした火弾に氷弾をぶつけてゆく。

 飛行魔布の操作に、火弾を妨害できる威力の氷弾の連発。いくら耳飾りを外していても魔力の消費が激しすぎる。エルフの魔力をフル回復できる錬金薬を飲んだアキラは、ふと気になってレオナードとフィーリクスに目を向けた。しばらく観察し、レオナードが錬金薬を手に取ったのを見て確信する。


「やっぱりだ。族長は回復薬を飲んでいない」


 エルフ族の長と次期長というだけあって、二人の魔力量は他のエルフよりもかなり多い。だが無尽蔵ではないし、両者の差もそれほど大きくはないはずだ。なのにフィーリクスが魔力回復薬を使わないのは不自然に思えた。


「……二つ目」


 族長の戦い方に感じた二つの違和感。

 それを探ろうと、アキラはじりじりとフィーリクスとの距離を詰めはじめた。

 遠目ではわからなかった異質さが、近づけば近づくほどハッキリしてくる。

 族長が放出する濃厚な魔力で、蜃気楼のように視界が歪むのだが、それがもっとも強いのは、彼の左腕付近だ。


「あそこに、何が?」


 彼が右手で振り回す杖よりも強い魔力を感じる。

 気配を殺し、身を乗り出して歪みを凝視した。

 レオナードの火弾を、身を屈めたり、左右に立ち位置を変えたり、自分の火弾で討ち落としたりと、その動きは老人とは思えないほど素早い。

 なのに左の腕だけが垂れ下がったままなのは何故か。


「怪我か?」


 エルフの領域での戦いで負傷しているのだろうか。だがそれにしては特別に庇う様子はない。

 レオナードが狙い続けるのには、理由があるはずだ。

 爆風に煽られて揺れる長い袖。その下にある腕がどうなっているのか。それを確かめるべく、アキラは飛び交う火弾を避けながら、飛行魔布の高度を下げていった。

 その動きに気づいたコウメイは、口の中で悪態を吐いた。


「アキのやつ、何やってんだ」


 じりじりとフィーリクスに近づくアキラを止めたい。だが下手に声を出せば気づかれる。いつでも氷盾で身を守れるよう構えていても、至近距離からの攻撃を食らえば無傷ではいられない。

 水をまとわせた剣を振り、火弾のコースを変えながら、コウメイはアキラの着地点を目指して駆けた。

 飛行魔布を降り、族長まで数メートルまで近づいたアキラは、刺すような気配に足を止めた。

 魔力による威圧のもとをたぐれば、ブレイディだ。盲目の彼女は、フィーリクスに近づくアキラの魔力を察知し、邪魔をするなと警告している。


「これ以上進むな、か」


 だがもっと近づかねば、見定められない。

 爪先をその場に残したまま、身を乗り出そうとしたアキラは、肩を掴まれて声を上げそうになった。


「っ……コウメイ?」

「何やってんだよ、アキ。あいつに近づくなんてなに考えてんだ?」


 二歩、三歩と後退させられ、声を潜めて叱りつけられた。


「族長の左腕が気になるんだ。レオナードの攻撃の偏りもあるし」

「左腕だぁ?」


 コウメイが目を細め、義眼を長老に向けた。

 見据える表情がみるみるうちに厳しさを増してゆく。


「……おい、どうした?」

「すげぇ魔力量だ。それと……似てる」


 何に、と問う前に、コウメイの爪先がアキラの右足を突いた。


「俺の義足と?」

「漏れてる魔力の感じがそっくりだ」


 まさかフィーリクスの左腕は魔石義肢なのか?


「材料はあるだろ」

「迷宮の、虹鉱石か」


 ミシェルがエルフからの依頼で持ち帰った巨大な虹鉱石だ。あれなら義肢など作り放題だ。


「まさかリンウッドさんじゃねぇよな?」

「絶対に違う」


 それを強制できるのはレオナードだけだし、彼が敵である老エルフに提供するはずがない。


「ミシェルさんでもないはずだ」


 彼女も高度な魔武具を作れるが、魔石義肢は専門外だったはずだ。

 フィーリクスの左腕は魔石義肢ではありえない。

 では何なのか。


「何なのかわからないが、族長の魔力の源なのは間違いなさそうだ」


 虹鉱石を補給源としているなら、レオナードがいくら回復薬を使用しても追いつかないだろう。彼の攻撃が左腕狙いに偏っているのも、確認か破壊の意図があってだろう。


「確かめてぇな」


 これまでの推測を説明されたコウメイは、アキラより前に出た。


「危険だ」

「それはアキでも同じだろ。それにあの婆さんの判定だと、アキ(エルフ)がジジイに何かするのは一発アウトっぽいが、人族(俺)なら見逃される可能性が高い」

「それは、そうかもしれないが……」

「レオナードはのんびりやるつもりらしいが、俺らはそれに付き合ってらんねぇんだ。後でお節介だって嫌味言われても介入するしかねぇだろ」


 そう言ってコウメイはフィーリクスの動きに集中した。

 右手の剣に魔力を注ぎ込み、左手に風刃の魔術玉を持つ。

 コウメイの視界の隅で、レオナードが合わせるように火弾を放った。

 族長が回避する方向を狙って、コウメイが振り下ろした剣から水飛沫が飛ぶ。

 そして追うように魔術玉を投げつけた。

 火弾を避け、水飛沫を警戒した族長が、踏み込み先を変えたそこを魔術玉が襲う。


「く……っ」


 族長の左肩で弾けた風刃が、彼の衣服を斬り割いた。

 ズタボロになった袖の間から、銀と虹色の輝きをまとった腕が見える。


「きさまっ!」


 コウメイの眼前に炎が迫る。

 後退も回避も間に合わない。

 咄嗟に突き出した剣に魔力を注ぎ込んだ。

 剣から吹き出した水が、瞬時に蒸発して消える。


「氷壁っ」


 炎が肌を焼く前に、アキラの氷壁がコウメイを守った。

 同時に襟首を後ろから引っ張られ、体が投げ飛ばされる。

 二人が何か行動を起こしそうだと気づいて近くに移動していたシュウが、コウメイをフィーリクスから強引に遠ざけたのだ。

 そのまま引きずられ、アキラの氷盾の内側に運ばれた。


「ギリギリだったな」

「あっぶねーって。丸焼きになるところだったじゃねーか」 

「助かった、アキ、シュウ」

「おまえらさー、ああいう特攻みてーなのは止めろよ、心臓に悪すぎるだろー」

「だが、これで膠着から抜け出せそうだ」


 アキラが氷盾越しに族長を指さした。


「あれ、義腕じゃねぇな」

「手袋……いや、アミュレットか?」


 フィーリクスは銀糸で編まれた長手袋をはめていた。肩を覆い、手甲まですっぽりと包む手袋には、隙間なく虹鉱石が編み込まれている。その肩から上腕あたりを占める鉱石の虹色が消えていた。


「どうやらあれで魔力を回復させているようだ」


 魔力回復薬を必要としないのも当然だ。


「そんなコトや思うとったわ」


 襤褸布の間からあらわれた左腕を、レオナードが冷笑する。


「爺、あの虹魔鉱石は一族の財産や、領域の強化のために使うて決めたモンや。それをてめぇの強化に使いやがって、許さへんで。しかもや、人族滅ぼすために使う? 私欲に負けよって、情けないわ」

「貴様に許しをもらう必要はあれへん。ワシは族長やで。ワシが一族の為にて決めて使うた。族長の判断に刃向かうんか? ワシの決定や、誰にも文句は言わせへん!!」

「文句言うにきまっとるわ! てめぇの願望は一族の意志やない。爺の勝手のせいで一族の領域が維持できひんなっとるんや。これは立派な横領で、一族への背信や。族長には相応しゅうない! 降りてもらうで」

「何が一族のためになるかもわからん若造が生意気な」

「爺こそ、ええ加減に理解せえ。神々の声を覚えとる一族は、たった四人しかおらへんのや。その四人の求める利と、大多数のワシらの求める利は同じやあれへん。どっちが今の一族に必要なんか、ええ加減に認めたらどないや!?」

「うるさいわっ!!」


 絶叫と同時にフィーノクスが炎を撃つ。

 レオナードは同じ炎で族長の攻撃を受け止めた。


「あきまへんなぁ、フィーリクス」


 それまで中立の立場を崩さなかったブレイディが、炎の消えた二人の間にゆらりと割り入った。


「虹魔鉱石はあきません。あれは一族の財産やて決めたんはフィーリクスやないの。それを自ら破るんは、許されへん」

「黙れ、裏切りもんが! 神々の言葉を忘れてもうたボケは黙っとれ」

「ウチが言い聞かされた言葉と、あんたはんがしきりに繰り返す言葉が違うよってなぁ」


 ボケとんのはどっちや、と強烈な嫌味を吐いたブレイディに火弾が向かう。控えていた金髪の老エルフが杖を振り、フィーリクスの火弾を打ち逸らした。

 跳火弾が彼らに向かってくる。


「うおーっ」


 仰け反ったシュウの鼻先をかすめた火弾は、遠く北東の森に落ちた。


「忘れたつもりはあれへんのやけど、神々の声を都合良ぉねじ曲げて私利私欲に利用されるくらいやったら、忘れたほうがマシやわ!」


 ガツン、と、ブレイディが杖で大地を突いた。


『フィーリクスの背任の証拠を確認しました。よって決闘は中止、これより族長を弾劾します』


 小石を蹴るような小さな動きとは正反対の、莫大な魔力が吹きあがり、ブレイディの言葉を乗せて広がった。


「……は?」


 膨大な魔力がこめられたエルフ古語を聞き取ったアキラは、驚きで氷盾の維持を忘れかけた。


『ブレイディごときが、ワシに勝てると思うとんのか?』

『抵抗したければしなはれ。せやけどウチだけやない、一族はあんたはんを許さへんで――』


 ブレイディの言葉が終わった直後に、次々とエルフが現われた。

 壮年から初老のエルフがブレイディの周囲を固め、レオナードの脇には何人もの同年代のエルフが立つ。

 フィーリクスの後ろにも、彼に味方する二人の老エルフが現われた。


「エルフだらけ! どーなってんだよ?」

「アキ、エルフの婆さんは何言ってんだ?」

「最悪だ――逃げるぞ。彼らはここで決着をつけるつもりだ」

「はぁ?」

「もう一対一の決闘じゃなくなった。これからはじまるのはエルフ族の戦争だ」


 両者の間を隔てるように雷撃が落ち、エルフ族同士の戦いがはじまった。



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