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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
17章 焦燥の森

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08 目覚めと覚悟 *



 火弾に荒らされた森では、薬草の採取は困難だった。倒木によって押しつぶされていたり、火に炙られて焼け焦げていたり萎れていたりと、使えるものがほとんど見つからない。そんなアキラの愚痴に、シュウが「肉もだ」と頷いて嘆いた。


「この辺の魔物も魔獣も、みーんな逃げちまってるぜ」


 シュウが探れる範囲に魔物や魔獣の気配がないのだ。ここらあたりの魔物が朝方の火弾騒ぎで逃げたのだろう。東に移動したとしたら、今ごろハリハルタのあたりはスタンピード並みの魔物の大群と遭遇している可能性がある。そちらも少し心配だが、今の自分たちにできることはない。

 シュウは肉を諦めて野草以外の食べられる植物を探しはじめた。


「おー、これムカゴじゃね?」


 好物を見つけて浮かれたのは一瞬だ。片手に乗るほどしか集まらず、これでは一人分は一口もないとガッカリしている。肩を落とすシュウに、アキラが蔓をたどって根を掘れと指示した。


「山芋があるはずだ。あとは萎れているが野草もいくつか採取して」

「野草はアキラに任せた。あ、俺の分はなくていーぜ」

「野菜は必要だぞ」

「肉だって必要だぜ。おー、芋発見。リンウッドさんがよろこびそー」


 太ったゴボウのようなねじれた根が、何本も掘り出された。だがこの量では満腹にはなりそうにない。


「やっぱ肉がねーのはキツイなー」


 ブツブツ言いながら新たに地面を掘っていると、自分たち以外の足音が聞こえた。

 魔物すら逃げ去った廃墟のような森の奥地に、いったい誰が? テントを見つけてヘルミーネが戻ってきたのなら良いが、また新たなエルフか? と二人の警戒が高まる。

 アキラは杖に手を添え、シュウも芋掘りを中断して剣に手をかける。

 近づいてきた足音は、人族のものでも、エルフのものでもなく、重くて硬くい音だ。日だまりに近づいた足音の主らは、向けられる警戒に戸惑って唐木の向こうで足を止めた。


「なんだよ、カカシタロウとアマイモ三号じゃねーか」


 見慣れた鋼の二体とわかって、アキラとシュウから警戒が消える。


「おそかったじゃねーか……って、何担いでんだよ?」

「魔物、いや魔獣か?」


 アマイモ三号の背には、大蛇を使ってくくられたレッド・ベアと魔鹿の死骸がのせられていた。カカシタロウは盾を皿か盆のようにして、魔猪と吸血コウモリの死骸を山盛りにし、それを頭にのせている。どうやら遅くなった原因らしい。


「……ここに来る途中で、魔物や魔獣が向かってきたから、討伐した?」


 頷けないカカシタロウの代わりに、アマイモ三号が大きく首を上下に振った。


「それで食べられそうな死骸を回収してきたのか?」

「おー、エラいぞアマイモ三号! カカシタロウも気がきいてるぜ!」


 それだけじゃないぞ、とアマイモ三号がアキラの狩猟服の裾を噛んだ。そのまま引っ張ってカカシタロウの前に連れて行く。軍馬の鼻先が甲冑の腹部を突いた。


「これは……薬草に、香草じゃないですか」


 カカシタロウの腹部を開けてみると、中に薬草と香草がぎっしり詰っていた。採取したまま放り込んだらしく、選別はできていない。だがざっと見た限りでは普段アキラが好んで採取している薬草が多いようだ。


「よくやりました、二人とも気が利いていますね」


 アキラにほめられ、アマイモ三号は前足で嬉しそうに地面をかき、カカシタロウは弾むようにカシャカシャと鎧の関節を鳴らした。

 山芋を数本掘り出してカカシタロウらと野営地に戻ると、いつの間にか戻っていたヘルミーネが、コウメイをこき使ってテントを整えていた。


「ちゃうって、そこはこっちに引っ張るんや!」

「だから引っ張ってんだろ。そっちこそヒモがくくれてねぇぞ。それが原因だろ」

「あー、ムカつくオトコやなぁ。ジブンもてへんやろ?!」

「あいにくモテてモテて困ってるが?」

「うぎぃーっ、ハラたつぅ」


 楽しそうである。

 思わず笑みをこぼしたアキラは、感心して頷いた。


「モテている自覚がちゃんとあったんだな」

「アキラ、突っ込むとこ間違ってるぜ?」

「どこがだ?」


 肘で小突かれて首を傾げるアキラに、シュウが指を立てて真顔で言った。


「コーメイが『モテてモテて』つったのには、『そりゃ荷物がだろ』って突っ込むのが正しい漫才の返しってもんだろ?」


 やっぱり関西弁でもエルフは関西人じゃねーんだな、と本気で残念そうなシュウだ。思わず「知らんがな」と関西弁で返しそうになって、アキラは慌てて口を閉じた。

 ガシャンガシャンと耳障りなカカシタロウの足音で、やっとコウメイとヘルミーネが彼らに気づいた。


「あ、おかえり~」

「早かったな……カカシタロウとアマイモ三号は遅かったな。理由はその荷物か?」


 大量の可食魔物の死骸を見て察したコウメイは、さっそくカカシタロウを助手に解体に取りかかった。アキラは大量の薬草や香草の選別と手入れだ。抜けたコウメイの代わりにシュウがテント張りを手伝った。


「賑やかだな」

「リンウッドさん、寝てなくていいんですか?」

「……芋の匂いがした」


 彼が恥ずかしそうに視線を向ける先には、魔鹿肉と山芋を煮込む鍋がある。さすが、とアキラから笑いがもれた。

 湖上を振り返れば、火弾をしっかりと跳ね返す結界壁が、灰色の空を背景にしっかりと存在していた。揺らぎは見えない。しばらくはゆっくりできそうだと安堵の息がもれる。

 ヘルミーネのテントが張り終わり、魔獣や魔物の解体も終えた。五人で鍋を囲み、少し遅い昼飯をとる。チラチラと結界を気にしながら食べ終えた後に、これからどうするかを薬草茶を片手に話し合った。


「結界の警戒は続けるとして、今は朝方の後始末が急務だろうな」

「後始末?」

「火災を止めないと、下手をしたら森がなくなるぞ」


 ハリハルタやサガストの冒険者達が路頭に迷うことになってしまう。それだけではない、火災を逃れる魔物や魔獣は確実に町を襲うだろう。


「リンウッドさん、消火用の強力な魔術玉つくれねぇか? それをカカシタロウに持たせて、アマイモ三号と一緒に消火を任せてぇんだが」

「レッド・ベアの骨と皮、それと大蛇の魔石と骨を使いたいが、いいか?」

「食わねぇ部位は好きなように使ってくれ」


 追加が必要なら集めさせるぞ、との言葉に、リンウッドはさっそくカカシタロウが投げやすい大きさの設計書を書きはじめた。

 彼らの話し合いにヘルミーネは興味がない様子だ。コウメイの野営飯を一口食べては目を見張り、二口食べて頬を緩ませている。


「ヘルミーネさんにお聞きしたいのですが」


 魔鹿肉と山芋の煮込みに、野草と薬草のサラダ、粒チェゴ(木イチゴ)のデザートを堪能してご機嫌なタイミングを狙い、アキラは慎重に話しかけた。


「なんやの、あらたまって」

「エルフ族の傀儡魔術の解術方法はご存じですか?」

「え、ジブン聞きたいん、そっちなん?」


 てっきり結界の魔術陣について問われるのだと思っていた彼女は、間の抜けた顔でアキラを見返した。

 そちらについても興味がないわけではないが、アキラにとっての急務はミシェルだ。


「長老がミシェルさんに傀儡魔術をかけていると推測しているのですが、どう思いますか?」

「……正解や」

「解術の方法はご存じありませんか?」

「知っとるけど……」


 言い淀む様子は、常にハキハキと言葉を返すヘルミーネらしくなかった。同族の彼女が難色を示すほど手強いのだろうか。教えてくれ、とアキラが頼む前に、彼女が眉根を寄せて告げた。


「言うとくけど、知ったかてムダや思うで」

「私では無理だというのですか? それは魔力量が? それとも技術?」

「どっちもハズレや。傀儡魔術はウチらも人族も基本はおんなじやねん。せやから解術方法も同じや」

 アキラの視界の隅で、リンウッドが顔を上げた。魔術玉よりも気になるのだろう、こちらの会話に耳を傾け、設計の手が止まっている。

「リンウッドさん、正しい解術方法を終えてください」

「……針の埋め込まれた部分の切除が最も簡単だが」


 首や頭部に埋め込まれていた場合、切除は不可能だ。


「抜ける場所であったとしても、長期にわたっている場合、針が体に食い込んで簡単には抜けん……傀儡であった期間と同じくらいの時間がかかる」


 どちらにしてもまずは針を見つけねばならないのだが、ミシェルの体には見あたらないのだ。

 傀儡魔術をかける現場に立ち会ったことのあるコウメイは首を捻った。


「エルフの傀儡魔術も、魔力の針を体に刺してんのか?」

「正しゅうは針やないんやけど……まあ、似たようなモンやな」

「けどミシェルさんの体にそれらしいのは見あたらねぇんだぜ」

「どこに刺したんか、術をかけた本人しかわからんよう隠すんは当たり前やがな」


 それ以前に、人族ごときに見抜かれるような下手は打たないと彼女は胸を張る。


「どこに針を刺せば術がかかりやすい、というような場所はあるのですか?」


 傾向を絞り込めれば、ミシェルの体から探し出せるかもしれないとアキラは考えた。だがヘルミーネの言葉は残酷だ。


「場所は術者によって好みや癖があるちゅうんはよお聞くなぁ。けど族長の好みなんか知らへんで。過去の例も知らん。爺が傀儡術使うんを見たん、ウチははじめてやもん」


 アキラとリンウッドは顔を見合わせ、同時に肩を落とした。解術の手段があったとしても、針の場所が特定できない。ため息をつく二人に、人体実験よろしく新しい診察器具を試された経験のあるシュウが、あれは使えないのかと問うた。


「前に体の中の病気を探す魔道具作ってただろー。アレでその針っての探せねーのか?」

「……ここでは無理だが、家に帰れば、できるかもしれん」


 調整は必要だが、不可能ではない。そう結論づけたリンウッドの言葉に、アキラたちの表情がほっと緩んだ。

 結界は安定しているのだ、リンウッドは家に戻ってミシェルの治療に専念し、二体の魔武具は森林火災の消火に、アキラはこのまま湖畔に待機し、コウメイとシュウが交代で物資の運搬を請け負うと決める。


「そういやレオナードは勝つんだろうな?」


 空になった鍋を洗いながらコウメイがたずねた。そもそも彼女はあまりにも長引く戦いを偵察しに行っていたのだ。どちらが有利か、レオナードにこっそり加勢する手段がないのか、ちゃんと探れたのかと突っ込んだ。


「ミシェルっちゅう盾がなくなったんや、フィーリクス爺は防御までせなならなんのやから、今までみたいな猛攻撃は難しいやろなぁ」


 レオナードはアレックスの妨害がありながらも互角に戦っていた。アレックスをド突いていた余力を攻撃に回せば、戦いはそれほど長くはないだろうとのコトだ。


「ささっと終わってくれねぇと、安心して眠れねぇよ」

「ゆっくり飯も食いてーし」

「ふかふかの布団でずっと寝ていたい……」


 振ってくる火弾への対処は、耳飾りを外しっぱなしでも追いつかないほど魔力を消耗した。しかも何日も気を張った野営が続いており、アキラの疲労は濃い。すべてが終わったら、しばらくは惰眠に溺れる幸せな日々を送りたかった。


「もうちょっとの辛抱やで。頑張りなはれ」


 エルフの「もう少し」や「もうちょっと」ほど信用できないものなのだが、このときばかりは彼らもヘルミーネの言葉にすがり、緊張の日々が終わるのを期待した。

 そんなゆるやかな空気に、カササ、と草を踏む音が聞こえた。

 アマイモ三号は枯れた湖で魚を拾っているし、カカシタロウはリンウッドの横で待機中だ。では誰だと三人が一斉に振り返った。

 あちこちに焼け焦げの残る薄紫のローブが、箱馬車からゆっくりと歩いてきていた。


「ミシェルさん!?」

「目が覚めたのかよ?」

「大丈夫なのか? ぼーっとしてるぜ?」


 ふらり、ふらりと、うつむいたままの彼女の足取りは覚束ない。まるで寝たまま歩いているような危うさだ。

 顔を伏せた彼女の足は、まっすぐにアキラを目指している。

 危なっかしい足取りを心配したアキラは、彼女を迎えにゆこうと立ち上がった。


「あれは、目覚めてはおらんぞ……いかん」


 リンウッドの声が尖る。

 まるでその声が聞こえていたのかと思うタイミングで、ミシェルの足が忙しく動いた。


「嘘やろ!? 爺の魔力、こっちの領域まで届いとるん?!」


 動揺したヘルミーネの叫びが響いた。


傀儡(あやつ)られとる!」

「逃げろ、アキ!」


 コウメイの声で、アキラの足が止まるも、たたらを踏みつつ駆け寄ったミシェルが、彼の腰に手を伸ばした。


「何を」


 阻もうと構えた手に彼女の爪が食い込む。痛みに怯んだ隙に、ミノタウロスの杖を奪われた。


「ミシェ――あぐっ」


 驚いて取り返そうと伸ばしたアキラの手を、ミシェルが杖で殴り払った。


「気絶させろ!」


 リンウッドが叫び、コウメイが立ち上がる。

 アキラが彼女の前に回り込んだ。

 その眼前に、彼女は杖を突きつけた。


『極炎』


 古代エルフ語がつむがれ、急激に魔力が高まる。

 己に向けられた杖から、彼女の魔力量ではありえない規模の火弾が撃ち放たれた。


「アキ――!!」


 回避は間に合わない。

 アキラは咄嗟に両腕を顔の前に出し、渾身の魔力を込めて氷の壁を作った。

 火弾に焼かれる寸前に、氷が彼を守る。

 だが最大級の火弾を受け止めきれるわけもなく、ひび割れた氷の壁ごとアキラの体が飛ばされた。


「ぅおぉぉぉぉ――っ」


 宙に跳ね上げられたアキラを追いかけてシュウが走り、干からびた湖底に叩きつけられる前に滑り込んで受け止めた。


「生きてるなー?」

「なん、とか」


 砕かれた氷の隙間から炙られたのだろう。アキラの両袖は焼け焦げてボロボロだ。


「ミシェルさんは……火弾は?」

「どっかに落ちた。それより、どーなってんだよ」


 振り返った湖畔では、剣を抜いたコウメイがミシェルに斬りかかっている。

 コウメイの剣は早く鋭い。

 だがやはりためらいがあるのか、牽制止まりだ。

 コウメイは無害だと判断したのか、ミシェルが背を向けた。

 湖を振り返った彼女は、宙の結界壁に向けて杖を掲げた。


『極炎』


 最大級の火弾が撃たれる。


「あかんっ!」


 それまで人族のゴタゴタだと高みの見物に徹していたヘルミーネが、火弾の目的を知って顔色を変えた。


『強結界壁』


 破らせまいと結界を重ねがけしたが、魔力の強さはミシェルの火弾が上だった。

 重ねられた結界が溶ける。

 極炎弾はそのまま歪みを越え、エルフの戦う領域へと消えた。


「あぁ、エラいこっちゃ。つながってもうたっ!!」

「マジかーっ」

「もう二ラウンド目かよ!」


 しかも敵は、向こう側から漏れてくる火弾だけではない。

 ヘルミーネが作ろうとする結界を、ミシェルが邪魔をするのだ。

 彼女に向けて放たれる攻撃魔術は、結界を破るほど巨大ではない。よく知る威力の火弾ならばと、剣を抜いたシュウがミシェルの前に飛び出した。


「今の、うちに、結界を、張り直せって」


 ヘルミーネを襲う火弾を打ち落としながら、シュウが急かす。


「ちょお、無茶やわっ。魔力足りひんし」

「これ飲んで仕事しろ」


 コウメイが魔力回復薬を投げ渡した。リンウッド特製の、エルフ(アキラ)の魔力をフル回復させられる錬金薬だ。さっさと結界を張り直せとヘルミーネをせっつきながらも、ミシェルをどう攻略するか探っている。

 アキラの杖を握るミシェルの左腕は、高く掲げられたままだ。

 傀儡魔術によって己がないからだろう、その表情は能面のように動かない。 


「……ミシェルさん」


 アキラは目を凝らして彼女にまとわりつく魔力を探り出した。その色はミシェルのものとも、アレックスのものとも違う。灰と濃い緑が混ざりきらずにせめぎ合い、杖を中心に彼女を操っている。


「もしかして、左腕か?」


 解術方法は、単純なのだ。

 術者が送り込む魔力の集まる針を切り離し、傀儡魔術を断てばいい。

 アキラは剣を右手に、左手の萌芽の杖を構えた。

 狙いを定める彼に、コウメイの声が飛ぶ。 


「アキ、上だ!」


 空間の歪みから火弾が振ってきた。


「ヘルミーネさん、向こうからの攻撃はお任せします。消滅させてください」

「爺の火弾をウチだけで?!」

「できないなら西か北の山にぶつけてください。東は駄目です。それとできるだけ早く見結界壁を張ってください!」

「ウチの仕事多すぎひん?」

「もとはエルフ族の一騎打ちが原因ですよ」


 責任を取ってきっちり働けと叱咤して、アキラはミシェルの背後に近づいた。

 コウメイの攻撃が、強力な攻撃魔術を作り出すのに必要な溜めを邪魔している。極炎弾が撃てないならばと、まるで息を吐くように放たれる火弾を、シュウが討ち落とす。ヘルミーネはエルフの領域からの攻撃魔術の対処にかかりきり。リンウッドはカカシタロウの持つ盾の影で、錬金薬の調整中。

 ミシェルを傀儡魔術から解放するのは自分の役目だ。

 アキラの立ち位置を見て何をするつもりか察したコウメイが、ミシェルの意識を集めるように剣の動きを変えた。

 じりじりと彼女の背後に迫ったアキラが、掲げられた左腕を狙って斬りつける。

 だがその一撃はするりと避けられた。

 彼女を包む灰濃緑色の傀儡魔力が、ミシェルの代わりにアキラの動きに反応したように見えた。もう一度斬りつけたが、やはり杖を握る腕は、絶妙な動きでアキラの攻撃を避けている。


「シュウ、火弾は俺が消す。ミシェルさんを捕まえろ」

「って、防ぐのでせーいっぱいだって!」


 火弾をコウメイに任せようにも、息つく間もなく次々と撃たれては抜けられない。剣に水の魔力を溜めたコウメイがいくつかの火弾を斬り消したが、文字通り焼け石に水だ。

 コウメイとシュウにはひっきりなしに火弾が襲いかかるのに、アキラには一つも向けられないのは、耳飾りを外したエルフ姿だからだろうか。

 絶好の機会だというのに、アキラの剣は何度も空を切る。


「こんなことなら、もっと訓練しておくんだった」


 最後に剣を抜いたのはいつだったか、もう覚えていない。

 手入れだけは行き届いた剣が、だんだんと重く感じられてきた。

 背後には爆炎級の火弾が次々と落ちている。ヘルミーネが消滅させたり、西の山へと討ち流しているが、彼女の魔力量では相当に厳しいようで、まだ結界を復元できていない。

 もたもたしている時間はなさそうだ。

 アキラは萌芽の杖を放り出し、剣を両手で握り直した。

 両手で持ったことで空気を切る音が鋭く変わる。

 切っ先がローブをかすめて、はじめてミシェルがアキラを振り返った。


「……え?」


 一瞬だけ、ミシェルの瞳に意思の力がかすめたように見えた。

 だがすぐに薄膜のかかったような濁った瞳に戻る。

 そして彼女の右手が、杖を握る左腕を固定するように肩を掴んだ。

 まるで「斬れ」とアキラに訴えているようだ。


「っ――!!」


 振り下ろした剣が彼女の上腕の肉を斬った。

 骨で剣が止められる。

 アキラに圧し切る力はない。


「叩け!」

「体重かけろーっ」


 鎧竜の籠手の硬さを信じて、アキラは渾身の力で刃を叩いた。

 パキ、と音がして、剣が動いた。

 骨を折り、肉を斬って、血が噴き出す。

 鮮血とともに灰濃緑の魔力を帯びる腕が、干からびた湖底に転がった。

 糸が切れたかのようにミシェルの体が崩れ落ちる。

 アキラは剣を投げ出して膝を突いた。

 湖底に染み込む血を止めようと錬金薬に手を伸ばし、いや腕の接合が先だと振り返る。


「だ、……め、よ」


 細く小さい、けれどしっかりとした声がアキラを止めた。


「ミシェルさん! 気がついたんですね」

「……ひさし、ぶり」


 痛みに顔を歪める彼女の瞳は、力強い翡翠色だった。


「あの腕は、だめ。族長、魔力、が残ってる……また、捕らわれる、わ」

「ですが」

「あとで、どうとでも、で、きる。それより、今は、あちら……」 


 震える指がアキラの背後の宙をさす。

 ミシェルの火弾が途切れたのを確かめたコウメイとシュウは、ヘルミーネの援護に走っていた。二人の加勢があっても、歪みを越えて出現する攻撃魔術のすべては滅しきれていない。最優先すべきは、ヘルミーネに結界を張る余裕を作ること。


「ミシェルのことは任せておけ。アキラは彼女にこれを」


 駆けつけたリンウッドが、アキラに追加の錬金薬を渡した。カカシタロウがミシェルを抱き上げる。


「時間が、ないわ、急いで」

「はい!」


 アキラは立ち上がり、転がるミシェルの左腕に近づく。

 己の杖を取り戻そうと手を伸ばしたときだった。


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― 新着の感想 ―
ハラハラ ドキドキ カカシとアマイモ君たちすごい優秀に調教されてる…あれこれ忘れがちなシュウより賢いんじゃw 爺はとんでも無いやつだなぁ こら腹黒も敵に回るわ
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