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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
17章 焦燥の森

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06 嵐の前の静かな森の日々



 サカイを無事マーゲイトに押し込めた三人は、ハリハルタへ注意喚起を送り、ヘルミーネの元に通った。

 結界越しに戦いの様子を見ることはできない。だが撃ちつけられる流れ火弾の数や頻度から、激しい戦いが続いているのは予想できた。

 アキラは結界の状態に合わせ、およそ一日おきに魔力を補充している。

 魔力の供給が必要でないときの三人は気楽なものだ。アキラは周辺で薬草採取を楽しみ、コウメイとシュウは釣り糸を垂れ、釣果を競っている。

 ヘルミーネは湖のほとりにテントを張り、そこで寝起きしていた。寝心地が悪いのではと心配し、箱馬車を提供すると申し出たのだが、ヘルミーネには余計なお世話だと断わられた。


「ウチは好きでテント暮らしなんや、ほっといて」


 そう言い張るだけあって、彼女のテント生活は板についたものだった。


「すっげー慣れてんなぁ」

「ダーリンが教えてくれたんよ。ウチら町で泊まることほとんどあれへんかって、いっつもテントでぴったりくっついとったんよ」


 野営飯を作る夫の素晴らしさ、狭いテントでくっついて横になったときの夫のたくましい体つきまで惚気られそうになり、シュウは慌てて今日の差し入れを押しつけた。


「丸芋サラダとピリ菜を挟んだサンドイッチと、角ウサギ肉の香草焼きだってさー」

「おおきに!」


 ヘルミーネは食事の包みを受け取って、焼け残った木材から作った椅子を三人にすすめた。


「鍋を借りるぜ」

「スープ作るん? ウチ、野菜と溶き卵のが好きなんやけど」

「悪ぃな、卵は用意してねぇんだ。野菜は乾燥だがいいか?」

「もちろんや。ウチ料理下手やねん。そん代わりダーリンはごっつ上手でな、いっつもウチに美味しいご飯作ってくれてんで」


 内心でうんざりしつつ作り笑いでヘルミーネの愛夫話を聞き流し、手早く乾燥野菜と干し肉のスープを作った。


「美味ぁ~。なにこれ、ダーリンのスープがいっちゃんやけど、これもええわぁ……どないしょ、また人族に惚れてまいそうやわ」

「俺は先約済だ、他をあたってくれ」

「ぶほっ」


 コウメイは真顔で即座にNOと返した。アキラはシュウが吹き出したスープを避けきれず、睨みながら顔を拭いている。スープの残りを飲み干しつつ「マダムキラー」と呟いたシュウは、黒いブーツに膝を一蹴りされ悶絶した。

 自分たちの弁当ついでの差し入れだったが、これが効果てきめんだった。コウメイの料理にハマった彼女は、食料を差し入れる度に彼らの望む情報を提供してくれるようになった。


「ああ、ほっぺた落ちそうやわぁ。これはエイドリアンが骨抜きになるはずやわ」


 金髪のエルフはまだ一度もコウメイの料理を食べていないのに骨抜きにされているのだが、余計な情報で話が脱線するのも面倒なので、そのあたりはスルーしたままだ。

 ほんで今日は何聞きたいん? と視線で促され、コウメイがサカイの老化についてたずねた。


「サカイの寿命が短いんは当然や。あれは魔力量も器も雛止まりなんやから」

「魔力量はともかく、器……ですか?」

「せや。あれが変異種(転移エルフ)なんは知っとるやろ?」


 ヘルミーネによれば、魔力量も器も雛同然なのに外観だけが成人のサカイを、エルフ族らは変異種と認識していた。変異種はすべてにおいて不安定なのだ。


「何が不安定なんだ?」

「全部やで。サカイが急に老けたんもそや」


 エルフ族は魔力が育つのに合わせて器を成長させる。当然外観も魔力と器の成長に合わせて成熟するのだが、変異エルフの場合は外見は成人だが魔力の器は雛のままらしい。


「サカイは魔力を育ててこんかったから、器も雛のまんまで固まっとるんやけど、まあ互いがつり合うとるからそこらへんは問題やないな」

「では何が問題なのです?」

「コウメイが気にしとる寿命や。雛のままの魔力量やと、生きられるんはせいぜい三百年てところや。サカイんのは普通の雛よりもうちょお少ないよって、二百年で外観に影響したんやろなぁ」

「つまり、変異種エルフは、生粋のエルフよりも短命ってことか?」


 コウメイの目が、チラリとアキラの横顔を見た。変異種、つまりは転移エルフの寿命は二、三百年だ。もっと長いだろうと漠然と考えていたのに拍子抜けだ。


「あと二百年と考えると、そんなに長くはないな」

「えーと、今八十……いくつだっけ?」

「最近はちゃんと数えてねぇしなぁ」


 八十二と、あらためて年齢を数えて何ともいえぬ薄笑いになった。この世界で過ごした六十五年はあっという間だった。残りの人生が二百年と聞いてもそれほど長いようには思わない。きっとあっという間なのだろう。そうなると人生設計が変わってくるぞと、アキラが考えに沈む。


「変異種が短命とは限らへんで。ウチらとおんなじ時間を生きる例もあるんやし」

「そんなヤツがいるのかよー?!」

「何言うてんの、目の前におるやん」


 驚いて声を上げたシュウに、ヘルミーネは呆れ顔でアキラを指差した。


「私、ですか」

「ジブンまだ雛やのに、ウチらと遜色あれへん魔力量やし。額に一族のお墨付きももろてるやろ。一千年は無理やってもそこそこ生きるんちゃう?」


 思わず、前髪で隠していた奇妙な痣に触れた。

 振り返ったコウメイとシュウも、アキラの額を凝視している。


「そこそこって、具体的に何年くらいだよ?」

「そうやね、ウチの見立てやと八百は余裕やないん?」


 ちなみにエルフ族で最高齢を記録したのは一千二百八十歳だそうだ。フィーリクスの伯母で、先代族長だ。


「神々の祝福を授かっとるエルフは余裕で一千年越しとったらしいけど、祝福されへんようになってからは、一千年に届くモンはおらへんねん」


 そういう意味では、レオナードが戦う相手は最後の祝福されしエルフであり、のんびり老後を過ごすのであれば一千歳を超えるのは間違いないはずの長老だ。


「レオナードのやつ、神様チート持ち相手に頑張ってんのか」

「大変そーだし、補給とかで何か協力できねーかな?」


 コウメイとシュウは、ルール違反にならない支援方法はないかとヘルミーネに問うている。その傍らで、アキラはずいぶん昔にアレックスに言われた言葉を思い出していた。指先がそっと耳飾りに触れる。


「……もしも魔力と器がつり合っていなかったら、どうなるのですか?」


 アキラの呟きに、ヘルミーネは目を細めた。


「そら、早いうちにどっちかが壊れて終わりやね」


 器が成熟したのに魔力が雛のままでは燃費が悪い。器を維持するだけの魔力がなければ、枯渇により死ぬだけだ。逆に魔力が増えすぎたのに器が雛のままでは、過剰供給により器が壊れ、こちらも命が終わる。

 そう説明されて、三人は顔を見合わせた。

 シュウは驚きで口が開いたままだし、アキラは無意識に耳飾りを握りしめ、コウメイは安堵の息を吐いている。


「それ、ちょお貸して」


 耳飾りを寄こせと出された手に、アキラは幻影の魔武具を外して渡した。

 ヘルミーネは耳飾りとアキラをじっくりと見比べ、ニヤリと笑む。


「アルもええ仕事するようになったんやな。ジブン、命拾いしとるで」

「……そのようですね」


 シュウは苦笑い、コウメイもアキラも複雑そうに目を伏せた。

 ナナクシャール島で劇的に魔力量が増えたが、あのままだときっとアキラは早逝していたのだろう。命を救われた事実には感謝しかないが、さまざまな迷惑と厄介を押しつけられてきた身としては、素直に礼をするのはなんとも癪だ。


「ジブン、もうコレ必要やのうなっとるで。いつまで着けとるん?」

「必要ではありませんか?」

「器が外観に追いついて、魔力量とちょうどええバランスになっとるし、これ以上は足枷になるだけやで?」

「足枷とは、具体的にどのような?」

「せやなぁ、器が成熟に近づいとるんや、不必要に魔力を制御したらこんどは供給不足で枯れるやろなぁ」


 ヘルミーネの見立てによれば、アキラはそろそろ雛の時期を終えるのだそうだ。このまま成熟へと魔力を高めてゆく時期に移るが、制御したままでは成長する器への魔力供給が追いつかなくなる。


「枯渇とは違うんやけど、養分(魔力)足らんと枯れてまうんや」

「今後のことを考えるなら外せってことか」

「せやね」


 アキラに返そうと差し出された耳飾りを、横からコウメイが受け取った。渡せというアキラの視線を無視し、胸ポケットに収める。


「森にいる間は必要ねぇだろ」

「だが森の外に出るときはどうしても必要だ」


 人族の出入りする狩り場や町に出かけるときには、エルフの姿を隠さねばならない。たとえ一部の事情通の間に暗黙の了解があったとしても、アキラは人族と接するときはエルフの姿ではいたくないのだ。


「そのうちアルに制御術式を外してもらうか、ジブンで作ってもええんやない? 幻影だけやったらそない難しゅうあれへんやろ?」

「……考えておきます」


 ミシェルの残した魔術書を探せば、幻影の魔武具の設計書もあるだろう。それを元にすれば、今のアキラならばおそらく作れなくはない。だがどうしてもその気になれなかった。


「まあ、気ぃすすまんのやったら、もうしばらくは着けとってもええんと違う?」

「大丈夫なのかよ?」

「そのうち異変あらわれるやろし、そんときに着けるん止めたらええんや」


 かつて漏れ続ける魔力を制御できなかったように、こんどは器が魔力を強引に引き出すようになり、やはり制御がままならなくなる。そこで着用を止めても間に合うと言われ、アキラはほっと胸を撫で下ろした。


   +


 戦いの場をあえて閉ざされた空間にしたのは何故か。大陸に被害が及ばないという条件なら、ナナクシャール島で決闘すれば良いのではないか、という問いの答えを聞き出したのは、ハルパと野菜と薄切りローストビーフを挟んだサンドイッチと、揚げ芋を差し入れた食後だった。


「あそこに今は人族はいねーし、エルフが管理してるんだろ? 誰にも迷惑かけねーんだから、ドンパチはそこでやれば良かったじゃねーか」


 一時的に島を閉鎖すれば、獣人族にも被害は及ばない。流れ弾で魔物が犠牲になるかもしれないが、どうせ討伐する予定なのだから手間が省けるのではないかとシュウが問う。


「何言うてんのや、せっかく育てた牧場がもったいないやん」

「エルフ族が総出で結界作るほうが魔力の無駄遣いだろ」

「あそこなら思う存分暴れられるのではありませんか?」

「アホいいな。フィーリクス爺やレオの加減なしの攻撃くろうて、虹魔石がまともに残るわけあれへんやろ」


 ヘルミーネは嫌そうに顔を歪める。機嫌を損ねそうだと察し、コウメイは用意していたデザートを差し出した。水瓜と甘瓜の寒天寄せを一口味わうと、ヘルミーネの機嫌がころりと変わる。


「虹魔石は魔力量が飛び抜けとるだけで、丈夫なわけやあれへんのやで。他の魔石とおんなじくらいの硬さやし、あの二人の攻撃で粉々になりかねんのや。焼け跡に散った虹のクズ石探してまわりたないわ」


 それは確かに嫌だとアキラが深く頷く。

 寒天寄せを食べながら、シュウは湖に浮かぶ結界を振り返った。


「その一騎打ちなんだけどさー、いつまで続くんだよ?」


 最初に深魔の森に攻撃魔術が着弾して十五日が経つ。いくら時間感覚の異なるエルフとはいえ、そんなに連続して戦い続けられるものだろうか。


「休戦期間とか、休憩時間とか、そーいうのはねーのかよ?」

「どないやろ。ウチが出てくる前は休みなしやったんやけど……」


 さすがに不眠不休で十五日間も戦ってはいないはずだが、それにしても長すぎると彼女も考えたようだ。


「ヘルミーネさんがこちらに来る前の戦況はどうだったのです?」

「……五分やったな」


 どちらが勝っても不思議ではなかった。ただ、長引けばレオナードが有利だと考えていたのだが、ヘルミーネの想定よりも戦いは長引いている。


「いくら省魔力戦に秀でとる言うても、そろそろ老いぼれは枯渇せなあかんころやで」

「レオナードさんはどうです?」

「そっちは若いし、自然回復力が高いよって心配しとらんのけど、さすがにこんだけ長うなったら、そろそろボロ出しそうで心配やわ」

「こっそり支援できねーのかよ?」

「下僕からの魔力回復薬は届いとるはずやで。一騎打ちで制限されとるんは直接の加勢だけやから、ジブンらのごっつ効くんを使うとるはずや」


 族長は人族から提供される錬金薬は絶対に服用しないので、それだけで十分有利になるはずなのに、戦いは対等なまま今も続いているのだ。


「あっちも何や小細工しとるんやろけど、なんやろな?」


 ヘルミーネには想像がつかないようだ。


「ウチはダーリンの近くで思い出のテント暮らしできて満足なんやけど、どうせやったら一緒の山登りとか、雪滑りとかも反芻したいねん」


 少しは息子を思い出してやれ、と横やり入れそうなシュウの口を、コウメイが食べかけの寒天寄せで慌ててふさいだ。


「せやなぁ、なんや気になるよって、ちょっと様子見てくるわ」


 思い立ったが即行動の彼女は、空になった器をコウメイに投げ返して立ち上がった。


「あー、待てって!」

「結界はどうするんですか?」

「魔力供給するだけやし、ジブンらだけで問題あれへんやろ。任せたで」


 ほな、とエルフらしくひらりと手を振った直後、ヘルミーネの姿が消えた。

 残されているのは彼女が寝泊まりしていたテントと、流れ火弾を遮る結界だけだ。


「まじかー」

「任せるんじゃねぇよ!」

「結界を……荷が重すぎる」


 シュウはスライム(タッパー)に残っていたシロップを飲み干してため息をつき、コウメイは木椀を叩きつけた。アキラは火弾の衝撃で変色する結界を見あげ、これを何日維持し続けねばならないのかと青ざめた。


   +


 結界壁を放置してヘルミーネが消えた後、湖畔から離れられなくなったアキラは、運んできた箱馬車で寝泊まりし、結界壁を見守り続けている。

 コウメイとシュウが交代で付き添い、家と湖畔を往復し物資を運んだ。


「リンウッドさん特製のハイパー魔力回復薬がきたぞー」


 魔獣肉と一緒にシュウが運んできたのは、留守番のリンウッドに頼んでいた錬金薬だ。ヘルミーネに結界を押しつけられて以降、アキラは耳飾りを身につけていない。現状維持なら魔力量は十分なのだが、ヘルミーネが懸念していたように、結界壁が破られてしまった場合を考えると、備えは絶対に必要だ。リンウッドに相談し、コストを度外視した魔力回復薬を作ってもらったのだ。


「とりあえず三本だってさー。追加は明後日になるってよ」

「これでひとまず安心だ」


 一本でエルフのアキラの魔力を、枯渇寸前から満タン近くにまで回復させられる錬金薬だ。アキラはしっかりと胸ポケットに収めた。


「サカイさんはどうしている?」

「マーゲイトでのんびりしてるらしーぜ」

「退屈してねぇか?」

「初日は暇そーだったけど、コーメイの蔵書を持ってったらソレ読んで楽しんでるってさ」

「コウメイの蔵書? レシピ本をか?」

「そっちじゃねーよ、コーメイが隠してた本」

「……エロ本でも隠してたのか?」

「違うっ! 普通の読み本だ。おまっ、言葉を選べよ、言葉を!」


 アキラのジト目を避けつつ、コウメイは勝手に持ち出すなとシュウに詰め寄る。

 コウメイの秘密の蔵書は、自分たちをモデルにしたと思われる読み本だ。アキラが嫌がるので隠していただけで、決してやましい本ではないが、言い方というモノがある。


「ナツコさんの読み本? コウメイ、アレを収集(コレクション)していたのか……趣味が悪いぞ」

「コレクションじゃねぇよ。把握しとかねぇと怖いから買い集めてただけで」

「娯楽がほしーって言うから貸したって言ってたぜ。有効活用できたんだからいーじゃねーか」


 隠し場所をリンウッドの寝室にしていたのだから、貸し出されても文句は言えないだろう。ぶーぶー言うくらいなら肉を焼けと、シュウは魔猪肉をコウメイに押しつけた。

 フライパンでパンを焼き、魔猪肉を串にして炎で炙る。赤芋とボウネのスープを囲み、三人で食事だ。


「お、弾いたか」

「たーまやー」

「不謹慎だぞ」

「悪りー、花火みてーだからつい」


 流れ火弾の脅威は、湖の上に浮かびあがった魔術陣が炎のような色に変わることで実感する。二本目の串肉にかぶりついたちょうど今、魔術陣で赤と黄色の炎の色が弾けた。昼間に見る花火のようで不謹慎ながらワクワクするが、これが自分たちに向かってきているモノだと思うと不安だ。


「この結界壁っての、向こーが見えるよーにならねーのかよ?」


 以前、ナナクシャール島でエルフ族が虹狩りをするときに、万が一にも人族が紛れ込まないようにと結界膜を張っていた。あれはぼんやりと膜向こうの状況が見えていたのだ。


「迷い込まないように人族を除外する程度の結界と、エルフの本気の火弾を防ぐ結界とは、たぶん品質に差があるんだと思うぞ」


 赤や青に色付く結界魔術陣を見あげるアキラの声は固く、その表情からも緊張はなかなか抜けない。


「向こう側が見えるってことは、それだけ結界が薄いってことなんじゃねぇか?」

「あー、なるほどね。そりゃ見えねーほーが安心か」


 だが予見できなければ、常に結界を見張っていなければならない。空を彩る美しい色彩が現われるたびに身を固くするアキラは、疲れが見えはじめていた。


「とりあえず飯食い終わったら、アキは仮眠だ」

「見張りくらいは俺らでもできるし、ヤベーってなったら叩き起こすから心配すんな」

「そうだな、この感じなら魔力の補充も必要なさそうだ……少し寝てくる」


 湖上の結界から視線を外したアキラは、眉間を揉み、凝った首を揉みながら箱馬車のベッドに向かう。


「今日で三日目か……」

「ヘルミーネさん、早く戻ってきてくれねーかなー」


 族長の戦力源を探るのに手こずっているのだろうか。


「こっちに何の情報も入ってこねぇってのは焦れってぇぜ」

「こーいうとき、ミシェルさんがいたら色々わかるのになー」


 契約魔術の強制破棄以降、ミシェルの気配は掴めないままだ。アレックスもわだかまりを感じているのか、こちらには寄りついていない。エルフ族に関する情報源の二人がいないせいで、降りかかる火の粉を払うのがこんなに難しくなるとは思いもしなかった。


「……あの金髪を手懐けるしかねぇか」

「えー、あれはやめとけよ。こじれたら平気で刃物突きつけてくるタイプだぜ」

「レオナードよりは丸め込みやすいぜ」

「そりゃそーだけどさ」


 新たな情報源として利用するならエイドリアンのほうがマシなのは確かだ。半ば本気のコウメイの計算高い表情を見て、シュウはうんざりしたように呟いた。


「俺は忠告したからなー。刺されても知らねーぞ」


 レオナードもエイドリアンも重くて面倒くさいエルフだ。それに比べてアレックスは面倒くさいが扱いは簡単だったなぁとシュウは懐かしく思った。

 アキラが仮眠を終えて戻ってきたのと交代するように、シュウはコウメイの料理を手に森の家に戻った。リンウッドと夕食をとり、アキラの報告書を補完するようにリンウッドの質問に答えてゆく。

 結界の色彩変化を聞いたリンウッドは、深刻な顔で呻いた。


「その状態は……いかんな、どうにも不安だ」

「え、なんかやべーの?」

「魔力押しでは耐えられんかもしれん」


 準備しておくか、とシュウの不安を煽る呟きを残してリンウッドが研究室に引っ込んでしまった。


「こっわー、落ち着かねー」


 尻のあたりがもぞもぞとしている。これは何か仕事を見つけて体を動かしていたほうがいい。どうせなら戦力増強に役立ちそうな仕事を、と考えてシュウはカカシタロウを探しに外に出た。


   +


 空が明るくなる前にコウメイと交代したアキラは、湖上をまっすぐに見据えていた。

 交代前にコウメイに報告された結界状態が気になった。


「体感なんだが、結界に向かってくる火弾の数が増えてるぜ。一時間に数回程度から、それこそ花火大会みてぇにひっきりなしになってきてる」


 まだ暗い空に、結界が火弾を受け止めた衝撃が、花火のように輝いては消えてゆく。ひときわ大きく火花が散るのを見た途端、アキラは即座に魔力を注ぎ込んでいた。


「向こう側の戦いが激化しているのか?」


 耳飾りを外したアキラが大量に魔力を注ぎ込んでようやく、結界壁に衝突した火弾がの色が、少しばかり薄くなった。魔力の限界寸前で注入を止めたアキラは、激しい呼吸でむせないように錬金薬を流し込む。


「……このままじゃ保たないぞ」


 ヘルミーネが姿を消してから五日になる。湖上の結界はエルフ独特の作りをしており、アキラにできるのは魔力での強引な補強だけだ。度重なる攻撃を受けてほころぶ結界壁の修復はできない。

 アキラの指が胸ポケットの錬金薬を撫でた。エルフの魔力を全回復させられる錬金薬の残り二本だ。もし今、結界が破られたとしたら、どうすればいいのか。アキラが習得している結界魔術は、物や場に対して設置するものばかりだ。強度も魔物を基準にしており、エルフの攻撃魔術に耐えられるものではない。


「氷壁か盾でどこまで耐えられるだろうか……」


 次々と不穏な色彩に染まる湖上の結界を睨み据えているうちに、空が明るくなった。


   +


「シュウ、これを持って先にゆけ」


 コウメイが作り置いていた魔鹿肉と豆の煮込みで朝食を終えた直後だ、リンウッドが箱入りの錬金薬をシュウに押しつけた。治療薬に回復薬、そして魔力回復薬の小瓶があわせて五十本、ぎゅうぎゅうに詰められている。


「先にってことは、もしかしてリンウッドさんもあっちに行くのか?」

「現場を見ておかねば正確な物は作れんからな。それに、いざというときは魔術師の数は多ければ多いほうがいい」

「リンウッドさんはさ、何か起きると思ってんだな?」

「杞憂であればいいがな……」

「やめろよなー」


 フラグを立てるんじゃない。コウメイならそう返すだろうセリフを口にしようとしたときだった。

 グオォォン!

 巨大な物体が高速で頭上を通り抜け、落ちた。


「やっぱフラグだったじゃねーか!!」


 地響きに続き、炎が上がる。


「来いシュウ!」


 リンウッドが飛行魔布を広げる。森を走るより空のほうが早い。魔布に乗ったシュウは、おいてゆくなと駆け寄ってくる軍馬と甲冑に命じた。


「アマイモ三号! カカシタロウをアキラんとこに連れてけ! カカシタロウ、アレを忘れんじゃねーぞ!」


 ヒヒーン、と嘶きが聞こえてきそうに前足を高く上げる軍馬。甲冑はガッシャン、ガッシャンと派手な音をたてて昨夜準備した品を取りに走る。


「飛ぶぞ」


 軍馬と甲冑を見届ける前に、二人を乗せた飛行魔布が空高くへのぼった。



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