表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/398

09 医薬師ギルド2 サイモンの決意



「アキラは腹黒い策士だな」


 六日ぶりに訪れた医薬師ギルドで、濃い隈を作ったサイモンにそんな言葉とともに迎え入れられたアキラは、目を細めて心外だと即座に返した。


「確かに策を練りましたが、腹黒くなんてありませんよ」

「私の良心をこれでもかというほど刺激して、弟弟子への好意を利用し思わせぶりに爆弾を落としたかと思えば六日間も音沙汰なし、これの何処が腹黒くないと言うんだね?」


 そうやって羅列されてみると確かに酷い。だが腹黒いというのは細目のエルフのことを言うのだ、決して自分のことではないと主張したいが、本物を知らないサイモンには通用しないだろう。


「おかげで寝不足だよ」

「それは申し訳ありません」


 撫でつけている前髪がひと房落ちて作った影が、サイモンの疲労感と憂いを強調して見えた。本日の無料診療は昼前に終わり、残る予定は錬金薬の調合と冒険者ギルドへの薬草の注文だけだ。


「作業をしながらじっくりと話し合おうじゃないか」


 腫れぼったく血走った目で見据えられたアキラは、逃がすまいとするサイモンにがっしりと肩を掴まれ調合室に引きずり込まれた。診療室を片付けているクレアから「パワハラですか? セクハラですか? どっちも褒められませんよ」と耳を疑う言葉が発せられたが、サイモンの耳には届いていないようだ。

 二階の奥にある調合室に入ると、サイモンは珍しく扉に鍵をかけた。施錠の音と同時にかすかに魔力が放出されたのに気づいたアキラは、部屋に満たされていく魔力を目で追った。


「これは防音の魔術ですか?」

「そうだ。建物の中とは言えこの街ではどこで何が漏れるかもわからないからな」

「街灯につけられた魔道具で、ですか?」


 ゆっくりと頷いたサイモンは、忌々し気に大通りのある方を睨んだ。


「あれは領主が人々を監視するために作ったものだ。盗み見だけでなく、盗み聞きの魔術も仕込まれている」


 商業ギルドや職人ギルド、農業ギルドにここ医薬師ギルドは全て大通り沿いに建てられている。道沿いの一定エリアは魔道具の監視領域内にあるため、密談の場合には用心に用心を重ねる必要があるのだそうだ。


「念のためにこちらも使いましょう」


 アキラは結界魔石を取り出してサイモンに手渡した。


「これは、師匠が作ったものか?」

「分かりますか?」

「魔術式の癖が似ている」


 受け取った結界魔石を転がしたりひっくり返したり透かしたりして観察した彼は、アキラの指示通りにそれを部屋の四隅に置いた。


「師匠の魔武具を持っているということは、彼もギルド長派なのだな」


 調合用の魔道具を設置していたアキラは、サイモンの呟きの意味が分からなかった。


「何でしょう、ギルド長派というのは?」

「何だ、聞いてないのかね。ウナ・パレムのギルド所長のフランクは、本部ギルド長の席を狙っている野心家だよ」


 フランクは濃紺級の錬金魔術師だ。大陸にいる魔術師では上から三番目の位置にいる。本部ギルド長たる資格があるとして、フランクは前々回のギルド長候補者選挙から常に立候補しているのだそうだ。


「ギルド長の任期は十年でしたか?」

「そうだ。ミシェル殿は八年目だから、二年後に改選がある」


 ギルド長候補はその実力と魔術師たちの投票の総合評価で決まる。ウナ・パレムのフランクは十八年前には濃紫級のテレンスに魔術勝負で大敗し、八年前は魔術師たちの支持数でミシェルに大差をつけられた。


「テレンスは史上初の濃紫級だ、当時濃紺級になりたてのフランクが勝てるわけがなかったよ」


 久々に耳にした私欲でエルフを惨殺した魔術師の名前に、アキラの表情が曇った。サイモンの説明を信じるなら、ギルド長には才能と人格が重視されているようだが、それなら何故テレンスが選ばれたのか疑問だ。


「今のギルド長は人格をみとめられて選ばれたということですか」

「ミシェル殿の作り出す魔武具は精巧で美しいが、兄の二番煎じだというのがフランクの評価だ」


 私はそうは思わないがね、とサイモンは一冊の魔術書を取り出して見せた。テレンスの開発した魔武具の設計図集だった。眩暈がするほど精巧で繊細な魔術式は読み解くこと自体が困難であり、これをもとに魔武具を作りあげろと言われても不可能な代物だ。


「フランクはこの中の魔武具を一つとして作ることができなかった。テレンスの残した設計図を再現できるのはミシェル殿だけだよ」


 才能も人格も素晴らしいとサイモンがミシェルを褒める様子に、アキラはふと下世話な疑いをかけそうになり、慌てて気持ちを切り替えた。


「フランクさんも錬金魔術師とのことですが、どんな魔道具を開発したのですか?」

「この街で普及しているものの大半はフランクの開発したものだよ。盗み見と盗み聞きの魔道具を最初に完成させたのも彼だ」

「……開発する魔道具にも性格は出ますね」


 フランクは古の魔術師たちが塔に刻み込んだ盗み見や盗み聞きの魔術式を縮小することに成功し、拳ほどの小さな触媒に術式を埋め込んだ。小型化されたことで何処にでも設置できるようになったのだ。フランクがそれを利用して領主に取り入り出世したことは、魔術師なら誰でも知っている。


「それが原因でギルド長になれなかったんだから皮肉だな」


 魔術師は自分の研究を妨げる存在を嫌う。権力者と密なギルド長が就任すれば、己の研究が続けられなくなると危ぶんだ魔術師たちはミシェルを推したのだそうだ。


「アキラがこの街を探りに来たのは、ミシェル殿の再選のためではないのかね?」


 改選までは二年だ、現ギルド長が再選を本気で考えているなら、政敵の情報を集めようとするのは当然だろうとサイモンは納得しているようだった。彼女のことだから一石二鳥どころか三鳥四鳥もあるのかもしれないが、ミシェルの目的が何処にあるのか、アキラにはわからない。


「どうでしょうか、そう言った政治的な背景は全く聞かされていません」


 魔武具の開発には本部への届け出が必須だ。だがウナ・パレムでは報告のないままに危険な魔道具が開発されている。それを察知したミシェルが背後や資金的な流れを調べるようにとアキラを派遣したのだとサイモンには説明した。魔石の独占と領主の後援、かなり密なつながりがあるのは間違いない。


「ギルド所長と領主とのつながりは、やはり監視の魔道具ですか?」

「そうだ。領主の求めに応じてあの魔道具を生み出し、量産して街中に設置してしまった」


 もともとは政敵の弱味を握るために作らせたものだったが、政敵を破滅させることに成功した後は、領民の監視目的に使うようになった。街に入り込んだ密偵の動きを監視したり、領主に不満を漏らす者を捕らえるたびに、街に監視の魔道具が増えていったのだという。


「ミシェルさんはウナ・パレムで秘かに危険な魔武具が開発されていると考えているようです」

「危険な魔道具、か」

「何年間も魔石を独占するほど大量の魔力を必要とする開発です、普通の魔道具ではありえませんよ。領主が資金を提供しているということは、完成すれば権力者が率先して使いたがるような魔武具だと思いませんか?」


 それらしい研究に心当たりはないかとたずねたが、サイモンは難しい顔で首を捻るばかりだ。


「今年に入ってから一度も、フランクは街のギルド長会議に出席していない」


 魔法使いギルドの代表者を欠いた会議は、もっぱら魔石不足と領主様への嘆願をどうするかに終始していたらしい。サイモンは同じ魔術師として魔石について話をしたいと面会を申し込んだが、一度も実現していない。魔力納品に行った時に押しかけてみようともしたが、一魔術師の立場では立ち入りの制限も多く強硬手段には出れないでいると言った。


「研究所のある階にも立ち入れなかったんだが、焦りのようなものは伝わってきたな」

「焦りですか?」

「出入りしていた魔術師たちがな、かなり追い詰められていたように見えたよ」


 魔術師は不健康なのが常態なのだが、研究に没頭する充実感でその表情は満たされている事が多い。ところが今の魔術師たちからは精神的な余裕も充実感もなく、追い立てられた悲壮感と絶望感が見えたのだそうだ。


「魔石の独占と同時期に開発がはじまったとしたら、七年だ。領主は痺れを切らしているだろう。それにギルド長選挙まで二年も無い、早く完成させて目に見える成果を知らしめなければ、今のままではまたフランクは落選だ」


 なるほど、タイミングとしては今年がギリギリなのか。


「サイモンさんは、どんな魔武具だと思いますか?」


 商業ギルドでは商人たちにとっても有益で革命的な魔道具だと噂が流れているらしい。


「政敵を壊滅させる為に手段を選ばなかった領主が何年も支援しているんだ、攻撃魔術かそれに類するものだろうな」

「こちらの領主は戦争がお好きなんですか?」

「便宜を図ろうとしない交易港を持つ他領に小競り合いを仕掛けたり、中央の権力者と片っ端から縁付いて政治に口を挟んだりするくらいには、覇権欲は強い」

「……厄介ですね」


 民間組織の部内情報収集レベルの調査のつもりでやって来たのに、組織内権力闘争と、下手をすれば内乱にまで発展しかねない事態にかかわってしまったとアキラは頭を抱えた。


「それだけ好戦的なのなら、もしかしたら魔術玉のような攻撃魔武具かもしれないな」

「魔術玉とは何だね?」


 アキラのこぼした耳慣れない名称にサイモンが説明を求めた。


「攻撃の補助魔術を封じ込めた玉です。ここ数年の間に魔術師のいない冒険者パーティーが常備するようになったのですが、ご存じありませんか?」


 手持ちの爆音の魔術玉をサイモンに見せた。そういえばウナ・パレムの魔法使いギルドでは、他所で開発された魔道具や魔武具の類は一切販売されていなかったと思い出す。


「これには人を傷つけない程度の攻撃の補助魔術が封じられています。討伐などで危機的な場面で使用し活路を作り出すために使われています」


 爆音や突風で魔物を怯ませ隙をつく、そういった限定的な使い方しかできないように、封じ込めの術式で制限をかけている。


「……もしかして、フランクさんの研究は魔術玉の制限解除版でしょうか?」


 魔術玉が公に発表されたのは八年前だ。魔石独占の時期とも整合性が取れる。これを改造し、嵐のような暴風を起こせるようにしたり、人間から聴力を奪うほどの爆音を出せるようにしたものを戦争に投入すれば、戦況を有利にできるだろう。


「……これも師匠の作り出したものだな?」


 アキラから手渡された魔術玉を熱心に検分していたサイモンは、喜びと落胆の混じる複雑な表情をしていた。


「これを改造するのは至難の業だろうが、フランクなら二年もあれば威力を高めることは可能だ」


 だからギルドが開発している魔武具は別の物だろう。そう言うとサイモンはため息とともに魔術玉を返した。


「魔法使いギルドは権力の下僕となるわけにはゆかない……やはり次のギルド長もミシェル殿にお任せしたい」


 良かったですね、支持者が増えましたよミシェルさん。


「私が引き受けたのは、開発中の魔武具の設計図を手に入れる事です。その後の判断はミシェルさんに委ねます」

「うむ、まずは魔武具を探らねばならぬのだな」

「協力して頂けるのですか?」


 おそらく魔法使いギルドや街を混乱させることになるだろうし、アキラたちは仕事が終われば街を去る。住人であるサイモンならどれくらいの影響があるのか正確に推測できるだろう。


「街は疲弊しているよ、これ以上はもうもたない」


 もともと街の住人は二万三千人ほどいた。だが年を追う毎に街から逃げ出す人が増え、今では一万八千人を切っている。街に残っているのは裕福な層と、街を出るための旅費を用意できない貧困層だ。


「そろそろ大きな変化がなければ街は廃れてしまうよ」


 期待を向けられているように感じたアキラは、居心地悪そうに身体を捻じって視線を避けた。自分たちは決して正義の味方ではないのだ。


「近々魔力納品に行かねばならん、その時に探ってみよう」

「それは助かりますが……立場を悪くするような無理はしないでくださいね」


 情報収集のためサイモンを巻き込んだのはアキラだが、いくら別組織の長だとはいえ、サイモンは黄級の魔術師だ、濃紺級の魔術師の隠蔽や術式に対抗できるとは思えず、心配になってきた。


「私を見縊ってくれては困るよ。これでもリンウッド師匠から様々な派生魔術を教わっているんだ、世間知らずの塔の住人どもに負けるほどやわではないよ」


 治療に不満をぶつける冒険者と対等に渡り合い、他職ギルドと折衝し、多くの街の人々の信頼を得てきた彼は、確かにその見た目とは裏腹な雑草のような強さがあった。


「サイモンさんが欠けたらこの医薬師ギルドは立ち行かないんですから、慎重にお願いしますね」


 正義の味方のつもりはないが、困窮している人々をさらに困らせたいわけではない。街の住人たちにとって彼は欠けてはならない重要人物だ。アキラがそう言って「慎重に」と重ねて言うと、サイモンはニヤリと笑った。


「では身を守るために、私の知らない師匠の魔術式について教えてもらおうかね」


 結界の魔石に魔術玉、ほかにリンウッドが作り出した物はないのかとアキラに迫った。


「ではリンウッドさんの書いた本の写本と交換でいかがですか?」

「よかろう、好きなだけ書き写したまえ」


 その日のノルマを済ませた二人は、師匠の魔術式にああだこうだと意見を交わし合いながら魔道具を作ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ