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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
17章 焦燥の森

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05 切実な取り引き



 コウメイの呼びかけに、おや、とヘルミーネの眉がわずかにはねた。

 いつものように瞬きの次の瞬間には金髪エルフが目の前に立っていたのだが、その態度はこれまでとは少々違っていた。


「ん~、コウメイが呼んでくるんは嬉しいねんけど、今回はもうちょお空気読んで欲しかったかなぁて思うんよ?」


 酷く疲れた様子のエイドリアンが、焼けてチリチリになった金髪の先をつまみながら、コウメイに不満をこぼす。


「焼け焦げも似合ってるぞ」

「えー、コーメイ目ぇ悪いん違う? ワイはサラサラでええ匂いする髪が自慢なんやで? こないチリチリのどこが似合うとるん? んも~、相変わらずイケズやわぁ。ワイもっとビシッと決めてコーメイに会いたかったわ。で、頼み事てなんなん? コーメイがせっかく頼ってくれたんはすっごい嬉しいんよ。でもちょお間がなぁ……急ぎやあれへんのやったら後回しにしてもかめへんやろか? ワイ今取り込み中なんよ。あ、でもコウメイがど~してもってお願いするんやったら、はりきってみよかな~?」

「どうしても、だ。砂漠で族長とレオナードの一騎打ちの流れ弾を無効化してくれ」

「あん?」

「こっちはヘルミーネさんがいるから、あっちをエイドリアンに頼みたい」


 ぱちりと目を見開いた金髪エルフは、とてもいい笑顔で微笑む銀紺のエルフに気づき、背筋が伸びた。


「あ、姐さぁん?!」

「暇そやなぁ、エディ」

「なんで姐さん、コーメイとおるん? ええ、なんで?」

「そらウチのマブやからに決まっとるやろ」


 マブってなんだ? マブダチ? いつの間に? とアキラとシュウの間で視線が超高速で往復している。


「それよかアンタ、ウチが声かけたときはオーブリー爺の護衛があるて断わったくせに、コレが呼んだら速攻で駆けつけるとか、なかなかええ根性しとるなぁ?」


 肩に腕を回され、しっかりと首を押さえられて、脂汗を流すエイドリアンの声が震えた。


「そそそ、そないなことあれへん、たまたま……そうたまたまちょっと手ぇ空いとったんや! それにワイ、コウメイに頼まれたんも後にしてて断わっとったですやん」

「どうしても、と頼めば融通聞かせてくれるんだろう?」


 酌婦に高い酒をせびるときのように、コウメイがとろけるような甘い笑みを浮かべてエイドリアンを見つめた。


「頼むよ、エディ」

「コ……コウメイがワイの愛称呼んでくれたっ」


 感動に打ち震える金髪エルフは、うっすらと涙を浮かべてコウメイを見つめている。


「ダッタザートには大切な人たちがいるんだ。族長やレオナードの攻撃魔術が砂漠の外に出ないよう、頑張ってもらえねぇか?」

「コーメイのお願い……う~、せやけど、なぁ」


 チラ、チラとエイドリアンの視線がヘルミーネの存在を牽制した。


「断わりたないねんで? けどワイは爺さんの護衛せなならんし」

「オーブリー爺になに言うてここに来たんか知らへんけど、サボっとったんバレたらどないなるやろなぁ?」

「ひ、酷いわ、姐さんっ。堪忍してっ」


 土下座しそうな勢いでヘルミーネの足元にすがりつくエイドリアン。


「告げ口されたないんなら、コウメイの頼み聞いたらええんよ」

「えぇ~、けどワイ一人はちょっと厳しいんよ……悔しいんやけど、ワイ魔力量が足りひんから、結界の維持は難しいんよ」


 甘えるように睫毛をパシパシと上下させてコウメイを見あげるエイドリアンは、言外に「コウメイも一緒に砂漠に行ってくれてええんやで?」と誘っていた。それに気づいているのかいないのか、アキラがそっと割り入った。


「一人でなければよろしいのですよね? でしたらダッタザートを管轄しているレイモンドに声をかけてはいかがですか?」


 振り返ったエイドリアンは、コウメイには絶対に見せないであろう眉間の皺を深くしてぶすっと返した。


「えぇ……あいつこっちの話聞かへんから嫌やねんけど」

「そらええわ。レイやったらウチから声かけるさかい問題あれへん。アレは面倒くさがりやけど技術と魔力はピカイチやし、エディが引き受けた言うたら断わらんやろ」

「あ、姐さぁん?」


 機嫌良さげなヘルミーネにパンパンと背中を叩かれ、エイドリアンが慌てる。そこにアキラが追い打ちをかけた。


「それでも手が足りなければブラッドリーに声をかけてはいかがですか? 彼、マーゲイトを手放して暇なはずですから」

「そっちも伝手あるさかいウチが連絡しとくわ、よかったなぁエディ」

「え、え、えぇ?」


 ヘルミーネに否と言えない金髪エルフは、銀と銀紺のエルフに押し切られてなるものかとコウメイに助けを求めようとして――とどめを刺された。


「エディ、ダッタザートを守り切ってくれたら、終わった後になるが美味い飯食わせてやるぜ?」


 ゴクリ、と唾を飲んだ金髪エルフは、言質を取ろうとコウメイにしがみついた。


「それ、コーメイが作った飯やな? ワイのためにコウメイが手作りした豪華料理やで? アルが自慢しとったろーすとびーふやで? ちゃんとワイのために作ったんを食わせてくれるんやな?」

「デザートに牛乳寒天もつけるぜ。レギルのコンポートを添えて、甘いシロップで食うと最高だぜ?」

「ぎゅうにゅうかんてんて何やわからんのやけど、ものすっごぉ美味そうやわぁ」


 想像したエイドリアンの口からよだれが垂れた。


「美味しいですよ。私たちの世界の菓子で、こちらの人族で作れる人は少ないので滅多に食べられませんね」

「ひんやりしてて甘くって、とろ~て口の中で溶けて、サイコーなんだぜ」


 アキラに希少性を、シュウに味蕾を説明され、エイドリアンは堕ちた。


「な、ホンマやな? ダッタザート守り切ったらワイはコーメイのろーすとびーふとぎゅうにゅうかんてんを食べられるんやな?」

「男に二言はねぇよ」

「よっしゃ、ワイに任せとき! 砂漠側の結界はワイが守り切ってみせるわ!」


 エイドリアンが宣言する脇では、ヘルミーネがレイモンドとブラッドリーにさっそく命令をくだしていた。


「レイもリーもすぐ砂漠に行くよって、エディも急がな」

「えぇ~、もうちょっとコーメイ堪能したいんやけど」

「族長のレオナードの戦いは中断してねぇんだろ? もし今、火弾がダッタザートをかすめたら約束はなしだぜ?」

「んも~、コウメイのイケズぅ」


 ヘルミーネに尻を蹴られ、コウメイに剣呑な笑顔で手を振られたエイドリアンは、「ろーすとびーふとひんやりトロトロ~」と口ずさみながら転移していった。


「よし、これでダッタザートは安心やで」


 見送ったヘルミーネは、満面の笑みでアキラを振り返る。


「安心……ですか?」

「大丈夫だろ。あいつコーメイにベタ惚れだから、約束は必死に守りそーだし」


 シュウのからかいまじりの一言に、ベタ惚れじゃねぇ、と吐き捨てたコウメイの言葉は無視された。

 アキラは湖の上に浮かぶ結界を振り返る。

 向こうからこちらに出ようとする攻撃を受け止めているのか、結界の端々が軋むように色を変えていた。


「これはどのくらい保つのですか?」

「せやなぁ、魔力の補充なしやったら一日か二日いうところや」

「あの量なら、まあ、大丈夫かな」


 補充は毎日、それさえ忘れなければ大丈夫だと言われても、安心できないコウメイは、アキラを押しのけて抗議する。


「毎日はねぇだろ、毎日は」

「別に一日おきでもええねんで? そんで結界破られても、ウチは墓を守るだけやし?」

「コウメイ、俺なら大丈夫だから」


 アキラの負担が大きすぎると主張するコウメイも、自宅や森や町を守りたければ協力しろと言われれば、アキラが納得していては否と返せなかった。

 ひとまずの危機は脱したと判断し、三人は一度家に戻ることにした。


「ヘルミーネさんは……」

「ウチはここにおるわ。結界見張らなならんし。ダーリンのそば離れたないねん」


 彼女は死別直後に実家に逃げ戻り、息子を残したままなのを覚えているのだろうか。たずねてみたい気もしたが、やめておいた。話の流れでもしエルネスティの所在をたずねられても答えられないのだ、やぶ蛇は避けるに限る。

 明日の同時刻を約束して、三人は飛び出した我が家に戻ってきた。


   +


 コウメイは何もかも放り出したままの居間を片付け、アキラとシュウは地下に降りた。


「リンウッドさん、サカイさん、いますか?」

「おう、こっちだ」


 赤ハギの樽と芋の箱の壁を越えた先で、リンウッドは転移魔術陣の上に座っていた。その横にはサカイが寝かされている。火弾が直撃したら転移して避難するつもりだったようだ。


「もう上に戻っても大丈夫ですよ」

「解決したのか?」

「ひとまずは、でしょうか」


 解決とは言いがたく、いろいろと打ち合わせなければならないことができている。詳しくは上で、とリンウッドに手を差し伸べた。

 シュウが毛布でくるんで抱き上げると、起きていたらしいサカイが遠慮がちに問うた。


「俺も、話を聞いて、いいかな?」

「休んでいなくて大丈夫ですか?」

「落ち着いて寝ていられないし、どうして追い出されたのか気になるし」


 ベッドでならばとリンウッドが条件をつけたため、彼らは横になったサカイの枕元に集まった。

 アキラは神々がどうのと言ったあたりを省略し、人族殲滅を主張する族長と、それを阻もうとする次期族長候補の一騎打ちの戦いがはじまったこと、ブレディは見届け人として立ち会っている、サカイが領域を出されたのも、この地に火弾が落ちてきたのもその余波だと手短に説明する。


「人族殲滅……それができるという事実が恐ろしいな」

「族長は本気のようですよ。エルフ族総出での結界を破るほどの攻撃ですから」

「それを止めよーとしてんのがレオナードで、ねーちゃんのヘルミーネさんは旦那の墓を守りたくてここに出張ってきたらしーわ」

「それでアキが結界維持の魔力を提供することになった」


 サカイははじめて知ったと絶句、リンウッドは呆れ、アキラとシュウはため息、コウメイは不機嫌を丸出しで眉間の皺を深くしている。


「ブレディさんには族長とレオナードの対決を見届ける役割があって、サカイさんを安全な場所に避難させるようにと、孫のヘルミーネさんに頼んだらしいです」

「そんなことがおきてたんですね……」


 事情を知って不安が和らいだのか、サカイはゆったりと息を吐いた。


「ただ、ここも安全とは言い切れないんですよ」

「え?」

「さっきのすげぇ爆音っつーか、地響き? 感じてただろ」

「え、ええ。でも結界があるんだから、もう」

「結界は完璧じゃねぇよ」


 苛立ちを押さえてコウメイが吐き捨てた。


「アキが魔力を提供しなきゃ、ここにもにわか雨なくらいの頻度で火弾が降るんだ」

「一発でこの家と畑が吹っ飛びかねねーくらいデっけー火弾だったぜ」

「それに私の魔力が保つかどうかの問題もあります」


 ヘルミーネだけでは結界を維持できないため、アキラも毎日魔力を提供しなければならないのだと聞いて、サカイの顔色が変わった。


「へ、ヘルミーネさんでも保てないなんて……」


 やっと引きこもっていられる場所にたどりつけたのに、と落胆するサカイに、コウメイとシュウは舌打ちしたいのをこらえた。


「なぁ、サカイさん。あんた、これからどうする気だ?」

「どうする、って」

「エルフ族の内紛はいつまで続くかわからねぇんだ。連中の『少し』は人間の感覚には少しじゃねぇってあんたもわかってるだろ?」


 千年を生きるエルフ族は、人族には神話である時代を「幼いころ」と言えてしまうのだ。そんな連中の内紛が、数日で終わるはずがない。


「俺たちは守りたい物があるからヘルミーネさんに協力するって決めた。何年続こうと、可能な限り力を貸す覚悟はしてる。けど、あんたはどうなんだ?」


 コウメイは抑えきれない苛立ちを小さな威圧に変えサカイに向ける。


「そもそもはあんたが長く住んでいた領域のもめ事だ。あんたは何もしねぇのか?」

「お、俺には何もできませんよっ。魔力だってほとんどないし、こんなに老いてて、何ができると言うんです?」

「ブレイディってエルフは、あんたよりはるかに年上で、目が見えねぇのに匿ってくれたんだろ。少しは何かしようって気持ちはねぇのかよ!」

「コウメイ。言い過ぎだ」

「……謝らねぇぜ」


 アキラに止められてそっぽを向いたコウメイに変わり、シュウが笑顔でサカイにたずねた。


「何もできねーっていうけど、話すのはできるよな?」


 目線を合わせてニッコリと微笑む顔は、得意な人なつっこさを前面に押し出している。けれど目の色はいつもより暗く鋭かった。


「エルフ族のことは知らねーっていうならさ、自分のことを話してくれよ。そーだな、なんでそんなに老けてるのか、とか」


 宥めるためか、それとも彼自身も知りたかったからなのか、シュウはコウメイが確かめたい事柄を問うた。


「サカイさんって二百歳代なんだろ? けどあんたより年上なはずのヘルミーネさんは三十代くらいに見えたぜ。転移エルフと生粋のエルフとで何が違うのか、教えてくんねーかな?」

「……俺にも、よくわからないんです」


 殺気だった気配から逃れるように、彼はシュウのわざとらしい笑顔にすがるように話しはじめた。


「こんなふうに急に老けはじめたのは、二百歳になる少し前くらいでした……ブレイディさんに指摘されて、はじめて気づいたんです」


 それまで自分自身にも周囲にも全く興味を持てず引きこもっていた彼は、ブレイディに手触りが昨日と違うと言われ、はじめて鏡で己の顔をまじまじと見た。

 久しぶりに見る己は、髪の半分が白髪に変わっていた。若々しかった肌はたるみ、濃いシワが顔中に散っている。全身の肉が落ち、手足の関節だけでなく、肌の至る所が老斑とシワで覆われた己を自覚したのだ。

 毎日のように顔を合わせているブレイディは、一晩で急激に老化したようだと言った。


「俺の魔力が、もの凄く減っているらしいです……よくわからないんですけど」


 サカイの言葉に、アキラは彼の魔力を量ろうと目を細める。

 エルフ族の医師に診察してもらったところ、サカイの体内に残る魔力は、老衰が近い高齢エルフよりもさらに少なくなっていたそうだ。


「エルフ族は寿命が近づくにつれて、体内から魔力が減って、体が老いるんだそうで。俺はまさにその状態らしいです」


 リンウッドは一言も聞き漏らすまいと真剣な顔で耳を傾けている。そしてそれはコウメイとアキラも同様だった。


「へー、魔力が減ったら老けるのかー」

「……その割に、ブレイディさんも長老も、全く魔力が衰えた様子はありませんでしたが」


 ずっと以前に会ったきりだが、アキラの記憶にある口やかましい長老たちは、今のサカイと同じ程度の老人だった。なのにアキラに迂闊な行動を控えさせるくらいに、豊富な魔力で満ちていた。

 あれで衰えた状態だというのなら、全盛期はいったいどれくらい魔力を垂れ流していたのだろうか。想像するのも恐ろしい。

 アキラがそうこぼすと、サカイは彼らはエルフの中でもチートだから、と言った。


「チートって?」

「ブレイディさんとオーブリーさん以外の長老たちは、小さいときに神様に祝福されたらしいです」


 ピクリと、三人の表情が引き締まった。長老の神々への執着について、つい先ほどヘルミーネから聞いたばかりだ。


「祝福とは、どのような?」

「詳しくは知りません。ただ、以前ブレイディさんが愚痴ってたんです。神々の祝福の影響で、長老たちの魔力の減りが遅いため若手が越えられない。そのせいで次代への継承ができないんだって」


 エルフ族の全盛期は、五百から七百歳だ。本来ならばフィーリクスが七百歳くらいのころに子の世代のエルフに族長を引き継がせ、長老として助言する立場になるはずだった。ところが領域に引きこもった子の世代のエルフの魔力量は伸び悩み、フィーリクスらを越えられず族長を引き渡せなかった。そして孫の世代は親世代と同じ轍を踏んではならないと、ナナクシャール島の虹狩りに積極的に加わったり、はては人族の領域で己に枷をつけて魔力量を増やしてきた。その甲斐あって孫世代であるレオナードを筆頭にした候補者は、フィーリクスに迫る魔力量を誇っているのだとか。

 たどたどしい説明からそれらを聞き取った三人は、顔を見合わせて短く唸った。


「どーするよ? レオナード不利じゃね?」

「かなり厳しそうだ……族長との戦いに、決まりはあるんだろうか?」

「ヘルミーネさんに聞くしかねぇな」


 一対一の戦いとしか聞いておらず、そのルールは不明だ。ルールの穴を突けるならば、どうにかしてレオナードに協力したいものである。

 こそこそと打ち合わせる三人を他所に、リンウッドはサカイの手をいたわるように撫でた。


「きみは、自分の寿命を知っているのだな」

「……はい、たぶんあと十数年くらいだろうって」


 ブレイディが教えてくれたのだと、サカイは複雑そうに笑う。


「酷いんですよブレイディさん、私が一緒に階段を昇ってあげるなんて言うんです」

「ほほう、それはなかなかの情熱だな」


 耳にした三人も、意外な老いらくの恋に驚き目が丸くなっている。

 厳つい岩顔に予想外の優しげな笑みを浮かべたリンウッドが、穏やかな声でサカイを励ました。


「エルフの老婦人は言葉にした誓いを破りはせんだろう。生き延びて待っていてやらねばな」

「ええと、待つんですか?」

「少々さびしい場所だが、引きこもるのが苦でなければ問題ないだろう。食料もたっぷりあるし、寝所も整っている。暇を潰したければ読む本もあるし、空を眺めるのもいいぞ。雲の流れは一日中見ていても飽きんだろう」


 リンウッドがサカイをどこに避難させるつもりなのか気づいて、コウメイは台所に向かった。冷蔵保存庫から作り置きの料理を選び、サカイに持たせるのだろう。追い出す気満々である。


「そうですね。そこなら火弾は飛んでこないから安全ですよ。魔物も魔獣もいませんし、とても静かで落ち着ける環境です」


 アキラも穏やかな笑みを作り、サカイに避難をすすめた。もし万が一にヘルミーネの結界が破れ、森が焼け落ちる事態になったとき、サカイを構っていられる余裕はない。レオナードが勝利したとしても、ブレディ老婦人の機嫌を損ねれば第二戦がはじまりかねない。不安要素はできるだけ安全で遠くに隔離しておきたかった。

 自分たちの隠れ家として整えてきた設備や防護魔術をほどこしたマーゲイトは、サカイを隔離するのにぴったりの場所だ。


「先ほどのように、慌てて地下に避難して脅えることもなくなりますね」

「一日に一度は診察に行くから置き去りにはならん、心配するな」


 突然の振動と、荒っぽい避難を思い出したサカイは、何の心配もなく穏やかに過ごせる環境ならばと、気持ちが傾いてきたようだ。

 そこにコウメイが平たく大きな箱を持って現れた。


「おにぎり山ほど用意しとくから、レンチンして好きなだけ食ってくれよ」


 箱詰めにされている冷凍保存したおにぎりを見た瞬間、サカイに気力がよみがえった。飛ぶように起きあがり、差し出された箱にすがりつく。


「お……おにぎりだ!」

「海苔はねぇけどな」

「おにぎりですよね、おにぎり。あ、レンチンって?」

「温め専用の魔道具だよ。使い方は教えてやるから安心しろ」


 まだ米粒を味わっていないサカイは、コウメイの握り飯を食べ放題と聞いて完全陥落した。

 コウメイはニヤリとした腹黒い笑みでアキラを振り返り、サカイに見えぬよう親指を立てている。

 交渉は成立だ。

 その夜のうちにすべての準備を整えたリンウッドとサカイは、翌朝、箱詰めの冷凍おにぎりとともに、マーゲイトに転移していった。


「よし、これで邪魔者はいなくなった」

「……八つ当たりじゃないか」

「大人げねーよな」

「うるせぇ」



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― 新着の感想 ―
手触り…?と思ったらそういう関係だったのかー ずっと文面通り「酔狂で保護」してるのかと思ってましたw そうだよね、そんなわけないよね。今更ですが納得です
神の祝福とかこの世界だと呪いかな? いらんことばっかしやがってー!
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