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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
17章 焦燥の森

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04 フィーリクスの怨念



 空に描いた魔術陣が煌々と輝く下、シュウの集めてきた木々で火を焚く。パチパチと爆ぜる焚き火を挟んでヘルミーネと向かい合った。

 彼女は大きく伸びをして、やっと休憩だと嬉しそうに笑んだ。


「あ、魔力回復薬持っとらへん?」


 戸惑いつつ差し出した細い瓶を、彼女は「おおきに」と受け取って美味しそうに一息で飲み干した。


「くうぅ、やっぱこっちの錬金薬はええわぁ。この癖がたまらんねん。あ、もう一本もろてええ?」

「飲みっぷりがなんつうか……」

「酒カスの冒険者みてーだな」


 まっすぐな銀紺の髪はそよ風でさらりと揺れるほど細い。焚き火に照らされて長い睫毛が影を作り、表情にえもいわれぬ憂いをのせている。わずかに波打つ水面から出現したといっても疑われないような美貌だというのに、その独特な訛りと酒場の酔客のような態度ですべてが台無しだ。


「こちらの錬金薬と、エルフの領域の錬金薬はそんなに違いますか?」

「そら違うで。悠縁の森のが洗練されとるんやけど、されすぎとって気ぃ張るちゆうか、味気ないねん。こっちのは雑味あんねんけど、それが妙に癖になるっちゅうか、痺れるんよ。ウチ好みの美味さやね」


 錬金薬に対する評価のはずなのに、飲み比べた酒の感想にしか聞こえないのは何故だろう。

 アキラは笑顔でヘルミーネの寸評を聞き流した。


「先日から森に落ちてくる火弾についてお聞きしたいのですが」

「火弾は火弾やで」


 相変わらず、エルフとの会話には我慢強さが求められるようだ。

 アキラは笑顔を引きつらせつつ、しっかりと言葉を選んでたずねる。


「……誰の放った火弾で、何を攻撃したのかご存じですか?」

「そら相手に向けたんに決まっとるがな。こっちに漏れたんがどっちの撃ったんか判別するんは難しいわ。ウチも受け止めるまで判らんし」


 火弾を放った人物が複数いるように聞こえるが、気のせいだろうか?


「攻撃対象は互いや。片方は殺す気満々やから、レオは調整に苦労しとるみたいやで」

「……レオナードさんを殺そうとしているのは、長老のどなたか、という認識で間違っていませんか?」

「合うとるで。族長のフィーリクス老や」


 やっぱりか。

 素早く視線をかわした三人は、当たってほしくない予想ばかり的中するのはどうしてだろうと頭を抱えた。


「……本当にエルフ族で下剋上が起きていたのか」

「エルフ族同士の戦争なんだろー、こっちは関係ねーじゃねーか」

「その戦争、いつからやってんだよ?」


 戦争ではない、とヘルミーネは嫌そうに否定する。


「ウチらそない非効率で頭悪いことはせえへんて。一対一の勝負や。まあ、協力者はおるんやけど、どっちかが力尽きたら終わりて決まっとる平和的な話し合いやわ」


 どこが平和的なのだと突っ込みたくてたまらないシュウを押さえ込んで、アキラはその話し合いが行われることになった発端と、その経緯と経過、そして結論をたずねた。


「きっかけっちゅうか、フィーリクス爺が神々に再会したい言い出したんが発端やね」

「神々に……再会?」

「ウチら一族が、神々にこの大陸を託されたんは知っとるやろ?」


 これまで出会ったエルフや、魔術師や、多くの人々の口から語られた断片から、大まかな神話的歴史の流れは理解している。


「長老の半分は神々に会うたことあんねん。直接言葉交わしたんはもうフィーリクス爺しか残っとらんのやけどな」


 神々が大陸を去ったのが、フィーリクス長老が成人直前の多感な雛のころらしい。そのころ赤子同然の雛だった長老のベネディクトとメレディスは、言葉は交わさなかったけれども神々の姿を見た記憶はあるそうだ。神々が去った後に生まれたブレイディとオーブリーは、親やフィーリクスらから神々について教えられたが直接は知らない。


「爺がな、もう先がないてわかったからや思うんやけど、もういっぺん神々に会いたいて思うたらしいねん。ほなどうやったら会えるかて考えて、神々がおらんなったんは人族のせいやから、あいつらがおらへんなったら戻ってくるばずや言い出してな」


 ヘルミーネの口調の軽さに、エルフ族長の人族殲滅宣言ともとれる言葉への理解が一呼吸遅れた。

 己の血の気が引く音を聞き、アキラは奥歯を噛む。

 コウメイの殺気が膨れた。

 抑えきれない怒気が魔武具を割り、露わになったシュウの尻尾が逆立った。


「人族のせいじゃねーだろ!」


 神々がこの地を去ったのは、自業自得の結果だったはず。


「そない怖い顔したらあかんて。ウチらはちゃんとわかっとるねんで。人族が生きられる環境を残さなあかんから、神々がこの大地から去ったんやって。せやけど爺は神々への信望が強すぎて、人族さえおらんかったらて考えてもうたんや」

「――それ、本気ですか?」


 フィーリクスだけでなくほかの長老らも同じように考えているなら――。

 冷え冷えとしたアキラの声に、ヘルミーネは目を細めてゆっくりと首を横に振る。


「心配せんでええて。爺と長老二人は信じとるみたいやけど、婆ちゃんとオーブリーは信じてへん」

「……長老以外のエルフたちは、どうなんです?」

「そっちはほとんどが半信半疑やなぁ」


 フィーリクスら求神派から教え聞かされた、神々とエルフによる世界の甘美さに憧れ、真偽を疑いつつも可能性があるならばと賛同する者が一定数存在している。これが族長派だ。

 それに対立しているのがレオナードを筆頭とした次代派だ。彼らは神々の存在を否定しない、族長派のように甘い夢を見てはいない。神々がエルフ族に後を託して去ったのは、再びこの地に戻れないからだ。戻ってこれるのならば、そもそも去る必要はなかったはず。


「神々はウチら一族に、我が子の面倒見ろて言い残して去ったんやで。最初に作ったんはウチらエルフ族で、最後に作ったんが人族や。……実はな、フィーリクス爺は人族に娘殺されとるねん。せやけど、恨みを殺して神々の言葉を守れて、ウチらに言うとったんやけどね……」


 己の命の終わりが近いと察すると、抑えてきた人族への恨みがとうとう爆発し、強い過去への郷愁と複雑に絡み合って現在に至るらしい。


「そんでこっちに向けて火弾を撃ち込んでんのかよ?」

「そーいう恨みは本人に向けろよなー」

「諸悪の根源はすでに生きていないと思いますが……」


 気持ちはわからないでもないが、だからと言って人族全体に恨みを向けられても迷惑だ。


「せやね。本人にはとっくに報復済みや」

「それなら」

「けどそれっぽっちじゃおさまりきらんのや……ウチかてダーリン殺されたんやったら、爺とおんなじことするかもしれへんもん」


 ヘルミーネが悩ましげに息をついた。彼女は族長の復讐心に複雑な思いがあるようだ。


「そんなわけでフィーリクス爺が人族殲滅を宣言して、エルフ族総出で大陸から人族を駆除するて命令出したんや」

「人族は魔物でもゴ〇ブリでもねーぞ」

「エルフたちはそれを受け入れたのですか?」

「まさか。その前にレオが待ったかけたんや」


 族長らに神々の残した言葉を守れと言い聞かされて育ったレオナードらは、矛盾するフィーリクスの命令に反発した。人族とは相容れないが、利用価値はあると学んでいるエルフも多く、族長命令に諾々と従う者ばかりではない。次期族長候補のレオナードは、そういった意見を持つ者を集め、フィーリクスに族長引退を要求したのだ。


「レオナード、いいヤツだったんだなー」

「今度美味いもので慰労しねぇとな」

「できる支援があればいいのですが」


 三人の心中で、あの冷徹でいけ好かない濃紺エルフへの好感度が、歴代最高値を記録していた。


「それで、内戦がはじまったのですね?」

「せやから戦争ちゃうて言うてるやろ。一族同士の戦争なんてエルフ族の滅亡にしか行き着かんのやで。ウチらはそないアホやない。族長の地位をフィーリクス爺とレオの一騎打ちで決めることになってん」


 レオナードが勝てばフィーリクスの族長命令は無効にも取り消しにもできる。


「現族長が勝ったらどーすんだよ」

「人族殲滅を実行するのですか?」

「爺はそのつもりやろうけど、無理や思うで。老い先短い族長が魔力絞り出しても、レオは耐えるやろ。長引いたらそのぶん爺は不利になるだけや。もしレオが負けたかて、爺はただでさえ短い命を削っとるんや、命令が実行される前にいてまうやろな」


 その判断ができなくなったフィーリクスは、勝ったとしても長くはないだろう。勝敗がどちらに傾いても、レオナードの思惑通りの結末なのは間違いないとヘルミーネが断言した。


「フィーリクス爺がいってまうまで準備中やて引き延ばしたらええんや」

「やるやる詐欺じゃねーか」

「めんどくせぇな」

「もう少しスマートな解決方法はないんですか?」

「仕方あれへんやろ。人族なんかどうでもええてエルフ、多いんやで」


 それ以上に面倒を嫌う者が多いため、積極的に人族殲滅に動くのはわずかなエルフだろうとヘルミーネは言う。


「ほんで一騎打ちはじめたんやけど、フィーリクス爺は老いぼれとっても族長やねん、魔力量は一族の上位や。長う生きとるだけあって技量はレオかてかなわんわ。ウチの愚弟が誇れるんは一族最大量の魔力や。それ押し一辺倒の戦いやから、周りへの被害が大きいんよ。領域になにかあったらアカンて、一族総出で戦場を悠縁の森から切り離したんやけど」


 一族の頂点にあるエルフ二人の戦いは苛烈だ。一族総出で隔離した空間(戦場)を維持しているが、戦いが激しくなるにつれ、結界が脆くなっていった。

 破られた結界のすきまから漏れ出た攻撃魔法を、悠緑の森に向かわせてはならない。結果、エルフたちは悠縁の森側の結界を重点的に固め、人族側や獣人族側をおろそかにしはじめたのだという。


「ここ数日の火弾は、流れ弾ですか……喧嘩は一族の領域だけで完結してほしいのですが」

「夫婦げんかで大陸を滅ぼしかけた神様に心酔しているだけあるぜ、よく似てやがる」

「迷ー惑っ! 神様もエルフのジジーも、すっげー迷惑!!」

「ウチは悪いなぁて思うとるんよ?」


 かつて彼女が頻繁に森と往き来していたせいで、このあたりの結界が不安定になっている。必然的に結界の綻びは深魔の森に繋がってしまうのだ。


「あんた、この森に詳しいのか?」

「ウチがここにおるんは、ダーリンのお墓壊されたないからやで」


 彼女は背後の森を振り返って薄く微笑んだ。かつて暮らしたこの森に、亡くなった夫の墓がある。それを守るために、彼女は結界を補強しに来たのだと言った。

 アキラは湖に上に浮かんだままの魔法陣を振り返った。少し観察している間にも、結界術式のあちこちが不穏な色彩に移り変わっている。


「これを維持できれば、火弾が漏れてくることはないのですね?」

「けどウチ一人で維持するんキツうて。いくつか防ぎ切れへんかったけど、ジブン手伝うてくれるんやったら完璧やで」


 にっこりと笑った表情に、アマイモ四号に懐いていた半エルフの面影がチラついた。色彩は全く似ていないのに、彼女の見せる表情は息子によく似ている。


「協力はやぶさかではありませんが、一騎打ちがいつまで続くか目処はあるのですか?」


 エルフの時間間隔で付き合わされてはたまらないとたずねると、ヘルミーネは難しそうに顔をしかめた。


「もう十日くらい続いとんのやけど、フィーリクス爺が意外に粘っとるからなぁ、予想つかへんわ」


 エルフ族は交代で結界の維持にあたっているが、消耗が激しく長引くと耐えきれなくなるだろう。そうなれば人族側の結界維持がヘルミーネ一人にかかってくる可能性があった。


「こっちを受け持ってもええて言うんがおらんのや。ウチ一人やとこの森で精一杯やし」

「……もしかして、他にも結界が不安定な場所があるのですか?」

「あるで。砂の海や。あそこもエルフ族が頻繁に出入りしとったから、結構薄くなっとったはずや」

「おい、ダッタザートが」


 サツキがいる。ヒロもジョイスもだ。老いた彼らは、巨大な火弾から身を守れない。


「ヘルミーネさん、そちらに誰が向かわせられませんか?」


 火弾が砂漠に落ちてくれればいい。だが万が一にもダッタザートに落ちれば、東ウェルシュタント国の存亡にも関わってくる。


「難しいやろなぁ。ウチはダーリンの墓を守らなあかんから志願したけど、こんな酔狂なんは他におらんやろ」


 その言葉を聞いた途端、アキラは立ち上がった。飛行魔布を広げて魔力を注ぎ込む。コウメイとシュウも剣を手に魔布に乗り込んだ。

 魔布が動き出す前に、ヘルミーネが端を掴んで引き止めた。


「どこいくん?」

「ダッタザートです」

「なに言うてんのや、ジブン、ウチを手伝うて約束したばっかやないの」

「あちらは誰も守っていないんですよ。貴女はこちらで頑張ってください」

「無茶言わんといて。ウチだけやったら守り切れへんからジブンの手借りとんのやで」


 一人の魔力では結界が維持できず、漏れ出た火弾が夫の墓の近くに落ちようとしていた。仕方なく彼女は火弾を弾き飛ばして墓を守ったのだ。


「そこは弾き飛ばすんじゃなくて、消滅させろよ」

「無茶言わんといて。練度の高い爺と魔力バカの火弾をウチがどうこうできるわけあれへん」


 結界を補強するので精一杯だとヘルミーネは訴える。


「アキを引っ張り込まなくても、エルフの知り合いを呼んで協力させりゃいいだろ」

「あんたのばーちゃん、長老の一人なんだよな? そっち頼れよ」

「できるわけないわ、一騎打ちの見届け役なんよ」


 絶対に離すまいとするヘルミーネを振りほどこうとしたが、飛行魔術陣に干渉され、魔布を思うように操れない。


「逃さへんで!」


 ヘルミーネの威圧がピリピリと肌に刺さっていた。

 振り切ろうとすれば、魔力圧しでこの場に縫い付けられ、そのまま魔力源として使われかねない。

 ヘルミーネが夫の墓を守ろうとする気持ちはわかるが、深魔の森の守りが硬くなればなるほど、砂漠側に加重がかかるのだ。

 今も砂漠に火弾が落ちているかもしれないと思うと、焦りで三人の表情が険しくなった。


「駆けつけたかてジブンらだけで結界どうにかできるわけあれへんのやで。向こう任せられるエルフ、ジブンの知り合いにおらんの?」


 彼女の言葉もとっともだ。

 アキラには隕石級の火弾の雨を防ぐ策はない。

 エルフに頼るしかないが、アレックスは期待できない。レオナードは一騎打ちの当事者だ。となると残るのは。

 アキラとシュウの視線に、コウメイがしぶしぶと頷きを返した。


「……エイドリアン、頼みがある」



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コーメイ名前呼んでくれたやん!ゴッツ嬉しいけど今忙しいねん! って声が聞こえてきたw いっぱい美味しいもの貢ごうね
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