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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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08 野外講習、アフター


「「「「「「お疲れさまでした!」」」」」」」


 雪花亭の個室にそろった六人はピナ果汁入りの水で乾杯していた。にこやかな雰囲気で店を訪れた六人に、ジェフリーは特別に酒を出そうかと言ったのだが、それはコウメイが断った。


「シュウがめちゃくちゃ酒に弱いんだよ。結構ひでぇ感じになるし、みんなに迷惑かけらんねぇからな」

「そんなにひどくねーだろっ」

「いやあれは酷いぞ、二分の一の確率で大惨事だ」


 コウメイとアキラの渋面を見ていると、いったいどんなふうに酔っぱらうのか見てみたくなる。だが雪花亭にまで被害が及ぶと言われればマサユキもヒトシも好奇心をひっこめるしかなかった。

 テーブルに並べられたのは、暴牛と根野菜の酒煮にパンとサラダ、これに揚げた肉団子がおまけでついてきた。かなり大盛にしてくれている。六人は料理を堪能しながら互いの転移後の日々を語りあった。


「俺とマサユキはコンビニ店員だったんだよ」

「俺はバイトだけどね」

「それで私が丁度レジ列の一番前にいたの」


 コンビニからマサユキたちが転移させられた場所は、ウナ・パレムから南に十日ほどの田舎の村だったと、懐かしそうに目を細めた。


「のんびりとした所だったけど、ちょっと偏見が強くて閉鎖的な村だったから、居心地悪くなってね」


 一緒に転移させられたのは他の二人を合わせて五人だったが、全員で都会を目指すことにしたのだ。


「都会ってなら王都のほうが立派なんじゃねーの?」

「どっちにするか話し合って、俺に魔力があったから、魔術師を目指すならウナ・パレムだろうってことになったんだ」


 だが街に着いてみれば、魔法使いギルドは全く力になってくれるような組織ではなく、師匠にも恵まれなかった。


「冒険者ギルドの方がよっぽど親切だったと思うぜ」

「アキラの講習ほどじゃないけど、聞いたことは教えてくれたよね」

「師匠変えてもらえばよかったんじゃねーの?」

「魔法使いギルドが怖くてさ、言い出せなかったんだよ」


 結果、たった一つの攻撃魔術しか持たない魔術師が出来上がってしまったとマサユキが自嘲の笑いをこぼした。


「魔法使いギルドってそんなに怖いか?」


 コウメイが首を傾げながら、表面上は職員が魔術師なだけで冒険者ギルドとそれほど違いはないように見えると言うと、マサユキは疲れたように目を細めた。


「外に向かっては愛想笑いくらいするよ、魔石の独占で街の人たちの恨みを買ってるからね」

「そういえばマサユキさんに初めて会った時も、冒険者が職員を怒鳴りつけていましたね」

「最近は毎日誰かが爆発してるよ。だから窓口を担当するのを嫌がって、魔術師がギルドに集まらなくなってきたって聞いてる」


 上級の魔術師はもとから窓口業務なんてやりたがらないし、接客を押し付ける下っ端は魔石集めを口実にギルドに寄りつかない。ギルドの人員不足は深刻らしい。そのあたりから内部へ踏み込むこともできそうだと、アキラは穏やかな表情の下で素早く計算していた。


「上の人たちって、黒級や灰級のことなんて魔術師とは思ってないみたいでさ、弟子以外のやつに教える事なんてないって感じで。アキラさんに教われるのを期待してるんだよ」

「後で杖も見せてくださいね。威力を上げることが出来るかもしれませんから」


 講習の帰りに聞き出したところによれば、マサユキは杖の役割を理解していなかった。これを持たないとウォーターランスが作れないから使っているだけだという彼に杖の役割を説明すると、かつての師匠への罵倒が飛び出した。


「あの頃の自分の馬鹿さ加減に腹が立つよ。俺が魔法使いギルドに騙されさえしなければ……」


 後悔に項垂れるマサユキに、ケイトがそっと寄り添った。


「私はあの村にいるよりも、この街に来て良かったと思ってるよ。メリルさんやジェフリーさんたちとも知り合えたし、編み物してお金を稼げるようになったしね」


 最初に住んでいた村では余所者に対する目が厳しく、露店を出しても全く売れなかったとケイトは言った。


「このクッションも私が編んだんだよ」


 自分たちが尻に敷いている座布団がケイト作だと聞いて、シュウは立ち上がってまじまじとそれを見た。赤色の毛糸で立体的に編まれた座布団は大変座り心地が良かった。


「すげーふわふわでいいぜ、これ」

「ありがと」

「ケイトさんは商業ギルドと職人ギルドに登録してますよね?」

「もちろん」

「なら編み方の登録もしていますね?」


 心配そうにたずねるアキラに、ケイトは「メリルさんに教わって、こっちにない編み物製品は片っ端から登録したわ」と答えた。立体的に編んだ花を使って作った飾りやクッションに帽子や膝掛け、マフラー等は売れ筋だそうだ。


「もしかしてその腕飾りもケイトさん?」

「そうよ、余った毛糸で作ったの」


 手をあげて見せた彼女の腕輪は、生成り糸に赤と黄の糸で模様が編み込まれていた。マサユキの腕輪の糸は黒と青で模様はケイトの物と同じデザインだ。


「どうしても色をたくさん使ったものが好まれるから、毛糸を買うのにお金がかかるのよね」


 染色前の安い毛糸を買い自分で染めてもみたのだが、できあがりはくすんだ色になってしまい職人の染めた毛糸の発色には敵わない。毛糸は隠れ羊を狩って持ち込めば安く手にはいるのだが、その隠れ羊を狩るのが難しいのだとケイトは愚痴った。


「コウメイたちは隠れ羊を狩ったことないか?」


 今日の講習のようにコツがあったら知りたいと問うヒトシに、コウメイは首を振った。


「その羊って狩るの難しいのか?」

「攻撃性は無いからそれほどは。けど、見つけるのがすごく難しいのよ」


 マサユキたちによれば、隠れ羊はその名の通り周囲の色に擬態する魔獣だそうだ。草や樹や岩や土、花畑では花の色と体毛をまるでカメレオンのように周囲の環境にあわせ変えてしまうのだという。それを聞いたアキラは興味津々に、シュウは好奇心に目を輝かせた。


「初めて聞く魔獣だ」

「おもしれー羊だなー」

「羊というからには、食えるよな?」


 一頭あたり羊毛は二百八十ダル、肉は八十ダルが冒険者ギルドの買取相場だそうだ。


「私たちは毛は直接職人に持ち込んで、出来上がった毛糸と交換してもらってるの」


 現金で毛糸を購入するよりも、材料で完成品と交換する方が少しだけお得なのだそうだ。


「隠れ羊の毛には染料が入りやすくて色がきれいに出るから、毛糸の中でも高級品なのよ」


 話を聞いているうちにシュウは隠れ羊を探してみたくなった。アキラも体毛の色の変化を見てみたいと前向きだし、コウメイは羊肉をどう料理してみるかとすでにしとめた後のことを考えていた。三人の考えを読んだのか、ヒトシが一緒に隠れ羊狩りに行かないかと誘った。


「獲物を見つけ出すシュウの力を借りられるとすごく助かるんだ」

「俺はいーぜ」

「初めての魔獣は経験積んどきたいしな」

「色の変わる仕組みを調べれたら面白いんだが」


 合同の狩りはあっさりと決まった。予定をすり合わせ、四日後に隠れ羊狩りに行くことにし、その時にマサユキに魔術のレクチャーもすることにした。


「アキラたちはウェルシュタントにいたんだよな? そんな遠くからどうしてウナ・パレムに?」


 こちらの世界では、何か目的がなければ国を越えて旅をすることなどない。いくら放浪冒険者と言えども、大陸の南から最北の国への移動は珍しく理由が気になるのは当然だろう。


「私の師匠に、修行の一環として各国の魔法使いギルドを見分してこいと言われたんです」


 魔法使いギルドだけでなく冒険者ギルドもだが、国や地域によって運営方法や趣が異なっている。


「今まで何処のギルドに行った? ウナ・パレムと比べてどんな感じだった?」

「本部のアレ・テタルはここと規模が同じくらいで、塔の形も似ていますね。ギルドの図書館は圧巻でした、あそこには大陸中の魔術書が収められているということですよ」


 他所の魔法使いギルドに興味津々のマサユキは、他はどんなところだとアキラを急かした。


「ダッタザートは人手不足が顕著でした。屋上の温室はとても居心地が良かったですね。マーゲイトは孤立無援な環境が凄まじかったです」

「山のてっぺんの、すげー辺鄙なとこだったよな」

「俺らが運んだ食料に縋りついてきたのには驚いたな」


 ダッタザートのような埃をかぶったギルドも、マーゲイトのような修行と研究しかすることのないような環境も、マサユキにとっては想像がつかないようだった。


「なんというか、魔法使いギルドって何処も個性的すぎるんだな……」


 ウナ・パレムがマシなのか、いやあれを許容したくない。そんな風にマサユキの表情が、目まぐるしく変化していた。

 パーティーなのに別行動が多いと聞いたヒトシは、狩りに出るときは声をかけてくれとシュウとコウメイに頼んだ。


「俺は西門に近いところに住んでるんだ。三の鐘の前にはいつもギルドにいるから、同行させてもらえると助かる」


 足手まといにならないようにするからと言うヒトシに、マサユキとケイトも便乗した。


「ケイトさんは狩りが苦手っぽいけど、大丈夫かよ?」

「血を見なければ平気なの。あと、ゴブリンとかオークとかの二本足はダメだけど」


 自動弓での遠距離攻撃でいつも狩りをしているのだと彼女は言った。


「解体とかには役に立たないけど、援護射撃には自信があるから」

「俺のウォーターランスよりよっぽど命中率は高いから、ケイトは頼りになるよ」

「ヒトシも結構やるのよ、結婚してから張り切ってるもんね」

「嫁のためにももっと稼げるようになりたくて」


 出稼ぎでこの街に来たヒトシの嫁は、故郷に仕送りをしているらしい。それを手助けしてやりたいのだそうだ。


「惚気か」

「妻帯者にカップル、あんまり見せつけないでくれよ」


 目の前でいちゃつかれるといたたまれないぜと苦笑いするコウメイの言葉を聞いたシュウは、マサユキとケイトをまじまじと見つめ、ようやく腕飾りがおそろいであることに気づいた。


「え、そーなの? マサユキさんとケイトさんって、そーだったの?」


 ショックだ、とシュウは両手で顔を覆って突っ伏した。


「こっちは男ばっかで、チャンスも潤いも無くて枯れてんのにー」

「一緒にするな。それにシュウが独り身なのは男三人なのとは関係ねぇだろ」

「まったくだ。ヒトシさんはちゃんとこちらの世界の女性と結婚しているわけだし」

「二人とも、酷ぇー」


 ぷっ、とマサユキたちが堪えきれずに噴き出した。シュウを笑ったわけではないとケイトが慌ててフォローする。


「三人とも個性的で目立つからモテないなんて不思議だわ」


 女の子が近寄ってこないわけではないが。


「アキラくんくらい美人だったらいくらでも女の子が近寄ってこない?」

「こいつに近寄ってくるのってストーカーばっかだし」

「シュウくんもかっこいいよ。身体大きくて力持ちで頼りになりそうだもの」

「でもコウメイの眼帯の方がモテるんだよなー」

「あ、それは分かる。眼帯がしっくり馴染んでて、ちょっと影がある雰囲気に女の子は魅かれるのよね」

「……ケイトさん、とどめ刺さないでくんねー?」

「あら?」


 不貞腐れたシュウはコウメイの皿から肉団子を強奪して口に放り込んだ。コウメイは仕方なさそうに肩をすくめ、アキラは我関せずとそっぽを向いている。


「ええと、シュウくんの好みの女の子ってどんなタイプ? 良かったら街の友達を紹介しようか?」


 冒険者は予想以上に女の子との出会いがないと嘆くシュウにとって、ケイトの言葉は神託にも等しかった。あっさりと機嫌を直したシュウは、指折りながら好みのタイプをあげてゆく。


「おっとりした感じの心の広い年上がいいなー。あ、おっとりつっても、見た目だぜ。しっかり者のお姉さんなら言うことなしだしー」

「年上がいいんだ?」

「あんまり上過ぎるのはやめてくれよなー」

「他にはないの?」

「そーだなー」


 チラリとマサユキたちの表情を確かめたシュウは決意した。ここにいるのは転移させられた日本人ばかりだ、本音を言っても大丈夫だろう。


「ケモ耳だと尚よしって感じ」


 少しばかり照れ交じりのシュウの言葉を聞いて、ケイトの表情が引きつった。隣のマサユキの目が衝撃に見開かれ、ヒトシは口をポカンと開けている。


「……ケモ耳って、獣人ってこと?」

「願望だけどねー。こっちって滅多に見かけないけど獣人族がいるし」


 そんなに驚くことかよ、と唇を尖らせるシュウをコウメイがからかった。


「シュウはケモ耳パラダイスを求めて転移したんだもんなぁ」

「そりゃ期待するだろー。種族選択があったんだから、理想のケモ耳がいるかもしれねーってワクテカしても仕方ねーだろ」


 だが結果は誰もが知る通り、この世界では獣人族は希少だし、人族と敵対していて巡り合えるチャンスはほとんどない。


「そ、そうだな。獣人族は珍しいものな」

「ゲームとかだと獣人推しは珍しくなかったし、シュウもケモ耳派ってやつか」

「そー。ま、無理なのは分かってるって。現実見ろってアキラにもよく言われてるしなー」


 慌てて取り繕う男二人の言葉に、あまり好意的でない色を感じ取ったシュウはこの話題を打ち切った。

 その後は残った料理を平らげながら差しさわりのない話をして、同郷の集まりは雪花亭の店じまいとともにお開きとなった。


   +++


 魔法使いギルド前の分岐でマサユキたちとは別れた。ヒトシは嫁の待つわが家へ、マサユキとケイトは二人で借りているアパートへ帰っていった。

 コウメイたちは南東門へと向かう道を進み、宿屋街を抜けて借り家に帰りついた。最後に風呂を出たシュウは、二人がダイニングテーブルで難しそうな顔をして向き合っているのを見て首を傾げた。


「なに深刻そーな顔を突き合わせてんだよ?」


 顔をあげたアキラが座れと椅子を指さした。コウメイはシュウのカップにコレ豆茶を注ぎ入れ置く。シュウが腰を下ろすのを待ってから、アキラが問うた。


「気づかなかったか?」

「何が?」

「シュウがケモ耳の彼女が欲しいと言ったとき、マサユキさんたちの様子がおかしかっただろ」


 そういえば挙動不審だったなとシュウは三人の表情を思い出そうとした。ヒトシは驚きでいっぱいで、マサユキには焦りのようなものがあった。そしてケイトは引きつって青ざめていた。


「俺の趣味の話にしてはビミョーな反応だったよな?」

「多分、ケイトさんが獣人なんだと思う」


 思いがけないアキラの言葉に、シュウは目を丸くした。


「まじかー」


 だから彼らはあんな反応だったのだ。最初の町の居心地が良くなかったというのも、ケイトが獣人であると知られてしまったからではないだろうか。


「いや、けどさー、さっきの会話だけで決めつけるのはよくねーよ?」

「会話だけじゃねぇぜ。彼女の歩き方、足音しなかっただろう?」

「……そーいや、気配殺すのがすげー上手かった」


 皆で歩いて来た石畳の大通り、彼女の足音だけは聞こえなかった。


「ケモ耳はあのでっかい帽子で隠してんのか」

「多分な。夏にあんなでっかい毛糸の帽子とか、不自然だろ」


 転移して九年目にして初めて出会う転移獣人だ。


「言ってくれりゃいーのに」

「そりゃ無理だろ。シュウだって隠してるんだ、彼女だって隠したいに決まってる」


 獣人であることで苦労してきたのなら、いくら理解のある日本人が相手であっても、秘密が漏れることを怖れるのは当然だ。


「どーすっかなー」


 シュウは自分が獣人であることをマサユキたちに明かしてもかまわないと思っていた。だがこちらが正体を晒すことで、相手にもそれを強要する形になるのは嫌だ。そう言うとコウメイとアキラも同意して頷いた。


「しばらくは様子を見るしかねぇだろうな」

「彼らとはまだ初対面のようなものだし、こちらが向こうを信頼し切っていないのと同じで、彼らも俺たちを信用できるかどうか、見極めているところだと思うしな」


 しばらくは交流を深めながら互いに距離を縮めるしかないだろう。どんな態度をとればいいのかと考え込むシュウの背を、コウメイが軽く叩いた。


「そんなに深刻に考えるな。俺たちは普通にしてればいいんだ」

「そのふつーが難しいんだよ」


 俺はアキラみたいににっこり笑いながら策略をめぐらすようなことはできないんだ、と言いかけたシュウの頬がきゅっとつねられた。


「いでー」

「悪口が聞こえた気がした」

「事実だろー」

「おや、まだ何か余計な声が」


 伸びてきたアキラの手を叩き落したシュウは、がたがたと椅子を鳴らして距離を取った。くくくと笑いをこらえたコウメイが、空になったカップを集めてた立ちあがる。


「明日は朝からギルドに顔を出してみるか」


 自分たちの狩りに同行したいのなら彼らが声をかけてくるだろう。その反応を見てからこちらも態度を決めればいいだろう。


「アキはどうするんだ?」

「医薬師ギルドで書写してくる。それと、そろそろサイモンさんと話をしておく必要がありそうだ」


 この前サイモンに正体を明かしてからは、まだ一度も医薬師ギルドに行ってなかった。態度を決めかねていた彼を味方にできれば、もっと踏み込んだ調査ができるのだがと、アキラは小さくため息を吐いた。



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[一言] 魔術ギルド問題に転移者との付き合い あと薬師ギルドもあるし、話題に尽きないなあ 今章はもしかして長いのかな? 読んでて楽しいっす
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