19 エピローグ/深魔の森
ぴかぴかに磨かれた床に、窓から差し込む日差しが不思議な模様を描いていた。明るくあたたかだった日差しは、いつしかほんのりと影を帯びて暗くなる。
魔術を使わずに掃除をし続けていたアキラは、光の変化でようやく時間経過に気づいた。
手を止めて磨き上げた場所を眺める。埃とこびりついた土汚れ、雨漏りで変色した玄関ロビーの床は、新品のようなつややかさをよみがえらせていた。
シュウに促されて大掃除をはじめ、時間を忘れて床磨きにのめり込んだ。ゴシゴシと力を入れて磨きすぎたせいか、腕や肩だけでなく、背中や腰の筋肉が悲鳴をあげている。だが筋肉の痛みと疲労感よりも、達成感と満足感のほうが心地良かった。
くるる、と。アキラの腹の虫が小さく自己主張した。
「……そういえば、食事をしていない」
朝方にマーゲイトにやってきて、改変作業と試運転が終わったのは昼前だ。シュウが「腹減った、昼飯!」と騒いだ声を聞いた記憶がない。
軋む体をなだめながら立ち上がり、気配を探る。シュウの挙動は騒がしいのが常で、別の部屋にいても存在を察知するのは難しくないのに、どこにも存在を感じられない。
「転移室か?」
ボロボロの扉を開けて入るも、そこも無人だ。水鏡も魔力が抜かれたままになっている。台所を確かめて、湯を沸かした形跡と、食べ散らかされたクッキーバーの破片を見つけた。シュウはここで一人昼食をとり、どこかに行ってしまったようだ。
「コウメイも戻ってないのか」
転移の承認をした覚えがないので戻っていないのは当然だが、少し、と言っていたのに、ずいぶんとのんびりしている。
転移室に戻ったアキラは、水鏡に魔力を注ぎ込み、トレ・マテルを呼び出した。
「ゆっくり休めたか?」
待ち構えていたのだろう、真っ先にコウメイが顔を出した。その表情に浮かぶ気遣いと心配を気恥ずかしく感じ、返したアキラの声は素っ気なかった。
「……腹が減った」
「了解。飯作りに戻るから、承認頼むぜ」
嬉しそうな笑みのコウメイが引き、水鏡にはドミニクが顔を見せた。温厚な老魔術師は労るような目をしている。
「昼間のうちにギルド長会議を召集した。ケギーテはホルロッテが、リウ・リマウトとダッタザートは私が、アレ・テタルとハリ・ハルタは自ギルドの魔武具師が改変を行うと決った」
「ダッタザートもですか……」
「ジョイス殿がな、アキラに何もかも押しつけて申し訳なかったと言っておったよ」
押しつけられた意識のないアキラは、返事に困った。ドミニクはコウメイからアキラ宛の魔紙を譲りうけたこと、必要があれば連絡すると伝えて水鏡を閉じた。
すぐに転移魔術陣から承認を求める魔力が光る。受け入れる合図を送った直後、コウメイが戻ってきた。彼は目を凝らしてアキラの顔をのぞき込み、顔色が悪いぞと背中を叩いた。
「飯抜きって顔だ。すぐに作るぞ」
「食材はどうするんだ?」
「昼過ぎにシュウが狩りに行くって言ってたぜ」
アキラが床掃除に没頭している間に、二人で色々と打ち合わせ済みだったらしい。コウメイも転移して行くときにはなかった荷袋を持ち帰っている。少しのハギ粉と丸芋と乾燥野菜、それと塩だ。
「ああ、これはドミニクさんからだ」
魔紙の束が渡された。
「各地の改変を終えたら、トレ・マテルの地下道は埋めちまうそうだ」
「魔法使いギルドはどうするのだろう」
「解散するってよ」
ただし、シンシアのようにエルフとの契約解除は考えておらず、ダッタザートに表向き転属して、密かにトレ・マテルに通って管理をするという。
「ついでにダッタザートのメンテナンスも引き受けて、後継を鍛えるってさ」
ダッタザートは頻繁に起きる砂漠のスタンピードに対抗するため、攻撃魔術師が多く集まるという偏りがある。魔道具師や錬金魔術師は肩身の狭い思いをしていはしないかと心配になったそうだ。
「ダッタザートの若手錬金魔術師の筆頭がカミーユだからな。あいつはちょっと頼りねぇし。ドミニクさんがいれば安心だ」
ベサリーに利用されたと知って女性不信がさらに強まったカミーユは、失恋の傷心だけでなく、魔術師としての自信も喪失し、副学長職の辞任を申し出ていた。しばらくはドミニクに師事して学び直しに没頭すれば、失った自信も取り戻せるだろう。
コウメイはアキラを促して台所に移動した。ぴかぴかに磨かれているのは、床だけではない。作業テーブルやカマドに洗い場もだ。半日でこれだけ磨いたのかと呆れられたが、アキラ自身もいつの間にこれほど働いたのかと驚いていた。
「鍋と調理器具は残ってねぇのか?」
掃除中に見つけて整理してあった棚から、小ぶりの鍋とフライパン、少し錆びついたナイフを引っ張り出す。
「たっだいまー」
ドタバタと賑やかな足音が駆け込んで来た。シュウは右手に岩鳥を三羽ぶらりとさげ、左手には小さな巾着袋を握りしめている。
「肉を調達してきたぜー。それとこっちはムカゴな」
「血抜きしながら戻ってくるなよ。せっかくアキが磨いた床が台無しじゃねぇか」
「また掃除すりゃいーだろ。それより早くなんか作ってくれよ、腹減ってたまんねーんだ」
携帯保存食だけでは小腹すら満たされなかったと愚痴るシュウに急かされ、コウメイはかまどに火を入れる。
「丸芋パンと、乾燥野菜と鳥肉のスープでどうだ」
メニューを聞いてアキラはうなずくが、シュウは物足りないと不満げだ。
「岩鳥はスープじゃなくて唐揚げだろ!」
「揚げ物できるほど油がねぇんだよ。それなら岩鳥肉を焼いて、鳥皮の脂でムカゴの揚げ焼きはどうだ?」
「鳥皮! いいねー」
早く食べたければ手伝えと命じられ、シュウは岩鳥を解体しに洗い場へ向う。
コウメイはアキラの手に丸芋を握らせ、マッシュポテトを作れと指示した。
「飯食って落ち着いてから、ダッタザートに戻ろうぜ。それでサツキちゃんやヒロに顔を見せてから、深魔の森に帰ろう」
それまでゆっくりと気持ちを固めればいいのだ、と。コウメイに先延ばしを推奨されて、アキラは眉尻を下げた。
「コウメイは俺に甘すぎないか?」
「そうか? 厳しすぎるよりいいだろ」
「俺がつけあがったらどうする気だ」
「つけあがらねぇだろ、アキは」
少しくらいわがままになってもいいのに、おだて甘やかしてもアキラはきっと驕らない。
「それともアキは、ドMだったっけ?」
「なっ」
「俺にはSっ気ねぇから付き合えねぇからな?」
「コウメイ!」
茶化す眼帯の足を蹴ったアキラは、勢いのまま丸芋の皮を剥く。
ほくほくになった丸芋を潰して錬って渡すと、コウメイがハギ粉とまぜてハンバーグのように形成し、魔道オーブンに入れた。丸芋の切れ端と岩鳥の骨をたっぷりの水で煮込む。
シュウが狩ってきた岩鳥は筋肉がぷりっと引き締まっていて食べ応えがありそうだ。
「アキは胸肉一枚と手羽を一本、必ず食えよ」
「……胸肉半分で」
「俺は一匹丸ごとでもダイジョーブだぜ」
「シュウは食い過ぎ。アキはしっかり食っとけ、ダッタザートで最後の仕事が残ってるんだからな」
料理の完成を待ちきれないシュウに邪魔されながら、コウメイはしっかりとした夕食を作った。
「「「いただきます」」」
焼き上がった丸芋パンはもちっとしていて、パンというよりも餅のような食感だった。岩鳥肉ソテーの味付けは塩だけだが、カリカリに焼いた皮とぷりっとした歯ごたえの肉質は十分に楽しめた。岩鳥の皮からとった油で揚げ焼きにしたムカゴは、ぱらりと振った塩が利いていて酒が欲しくなる一品だ。思わず隠された酒はないかと空の食料貯蔵庫を探したほどだ。鶏ガラスープの具材が乾燥野菜だけなのを少し寂しく思いつつ、ゆっくりと味わって体をあたためた。
ゆったりと夕食を楽しみ、岩鳥の血痕を拭き取ってから、三人はダッタザートに帰還した。
+++
ジョイスは己の爪先を凝視していた。転移魔術陣が帯びた光りが消え、複数の息づかいや衣擦れの音が聞こえて、アキラたちが帰還したと知っても、彼は顔を上げられないでいた。
「……ただいま返りました」
静かで探るような声を聞いて、ジョイスの体がビクリと跳ねる。彼はうつむいたまま声の主らを迎えた。
「お、おお、お疲れ様でしたっ」
「ジョイスさんこそ、緊急の、水鏡会議で忙しかったのではありませんか?」
「い……いえ、僕は、ただ話し合いをしていただけ、ですから」
手の届く距離で向かい合っているのに、どちらの声色も遠くぎこちない。
水鏡会議の結果を説明すべく、ジョイスは気持ちを落ち着けようと深呼吸した。
「改変術式の構築が完成し、使用に問題がないと確認されました。僕がアキラさんに依頼した仕事は、これにて完了です」
床を凝視したままの任務終了を告げるジョイスに、小さな声が「わかりました」と応えた。
「だ、ダッタザートへの設置作業は、ドミニクさんが引き受けてくださいました」
「聞きました。ダッタザートに移籍してくるそうですね」
「ぼ、僕の不足を見かねてくださったようです……」
少しだけ視線を動かすと、細身の革ブーツが視界の隅に入った。その場から動けないでいるジョイスと同様に、アキラも転移魔術陣から出るのを躊躇っている。向き合って立っているのに、互いに視線を合わせないよう顔を背けたままの二人を見かねたのか、コウメイが口を開いた。
「対領主のほう、新しい動きはねぇか?」
「今のところはなにも。僕ではなかなか追いつかなくて……ヒロさんを頼ることになりました」
ヒロと連携をとり、予想される領主の動きに合わせた対応策をいくつか練っているところだと説明する。
「そうか。なら俺も手を引いて大丈夫そうだな」
「い、いろいろと、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんかじゃねぇよ。今まで何度も情報提供してもらってきたじゃねぇか」
「今回は私たちが手を貸す番だっただけですから、気にしないでください」
「そーそー、困ったときはお互い様だって」
いつもどおりの頼れるコウメイの声と、カラリと明るいシュウの声、そして自身も疲れているはずなのにジョイスを労るようなアキラの声を聞いて、ジョイスはあふれるものをこらえ目を細める。ゆっくりと顔を上げると、苦悩を隠して笑みを作るアキラと目が合った。顔色の悪さから、精神的な疲労が濃いとひと目でわかる。笑みを作るのも大変だろうに。
「……ぼ、僕は、情けないです」
再びうつむいて拳を握りしめ、声を絞り出す彼に、アキラが一歩近寄った。
「ジョイスさん?」
「僕は、師匠は三十年前に亡くなったと信じていました」
「それは……」
「葬儀で気持ちの区切りをつけていたんです。けれど師匠が生きていたと知って、驚くよりも悔しさが勝って。裏切られたような気持ちがして、それをアキラさんにぶつけてしまって……恥ずかしい」
師匠とアキラの絆に嫉妬を抑えられなかった。アキラを縛っていた契約魔術を一方的に破棄した結果、師匠が深手を負った可能性があると、アキラに跳ね返る分も受け止め命を落としているかもしれないと、卑怯にも一方的に責めてしまった。
「謝罪します。申し訳ありません」
「謝らないでください。私が解除の反発など考えもしなかったのは事実ですから……」
「いいえ、アキラさんのせいではありません。契約魔術にはそれだけの代償があると師匠は知っていたはずです……いつかはこうなると覚悟していたのなら、師匠は本望だったと思います」
一流の魔術師であるミシェルなら、師の契約魔術を破るほどに成長した弟子を誇りに思うだろう。
深く頭を下げていたジョイスは、アキラの手を取って顔を上げた。
「ダッタザートの危機に駆けつけてくれて、たくさん力を貸してくれてありがとう。感謝します。もう大丈夫」
心配そうに見守っているコウメイとシュウを向いて、同じく感謝の言葉を伝える。
「ここから先は僕の仕事です」
「ヒロは頼りになる、ちゃんと相談しろよ」
「あんま無理すんじゃねーぞ。いい歳なんだからさ」
胸を張るジョイスを、二人は笑顔で励ます。
アキラは改変魔術陣の設計書をジョイスに手渡した。
「明日……澤と谷の宿に顔を出し、妹に挨拶してから、深魔の森に帰ります」
「小枝工房にも寄ってください。妻が会いたがっていました」
「ええ、寄らせていただきます」
ジョイスは見張りの薄くなった出入り口へと三人を案内する。
狭い路地を通り抜けて、街灯の並ぶ表通りに出た。兵の駐在所を避けた分かれ道で、ジョイスが足を止める。彼の家は右へ、アキラたちの隠れる飯屋は左だ。
「次に会うのは十二月ですね」
左の道に踏み出したアキラが、立ち止まって言った言葉に、ジョイスは目を見開いた。
星明かりでかすかに見える彼の表情は、穏やかに微笑んでいるように見える。
「じゅ、十二月……」
「今年は俺が年越し蕎麦を打つから、楽しみにしててくれよ」
「みんなで蕎麦食って騒ごーぜ!」
家族同然の古い冒険者仲間たちだけの約束に、まだ自分も招いてくれるのか。
「はい、楽しみにしています」
ジョイスは見送った彼らの背が見えなくなってから、星を見あげて祈った。
「師匠……アキラさんのためにも、無事でいてください」
+++
朝の慌ただしい時間が過ぎたころ、澤と谷の宿にフードで顔を隠した三人の客が訪れた。
他人を装わねばならないと知るヒロは、笑顔で宿帳を取り出し、相部屋で構わないかと問うた。
「今は一部屋しか空いてないんですよ」
「いや、泊まりじゃないんだ」
「悪ぃな、これから深魔の森に帰るから、挨拶だ」
「十二月は個室がいいなー」
「わかりました。では十二月の予約を入れておきます」
宿帳に書き記してから、厨房に向って声を掛けた。
「サツキ、お客さんの注文だ、箱菓子を大至急用意してくれ」
はあい、と明るい声の直後にエプロン姿の老婦人が顔を出した。
「どのお菓子を詰めましょう……お兄ちゃん!」
「シッ、今回の俺たちは別名なんだ」
「そうでした」
唇の前に指を立てて微笑む兄が旅支度なのを見て、サツキは残念そうに眉間に皺を寄せた。
「ジャムクッキーがあると嬉しいが」
「あるわ、ちょうど昨日焼いたの。お店に出す前で良かった」
サツキは他にも兄の好きな焼き菓子を選び、いそいそと箱に詰めてゆく。
アキラは詰め終わるまでに戻ってくると言い残し、ブルーン・ムーンを出た。
宿の入り口前を素通りし、営業中と札の出ている扉を開けると、懐かしい笑顔が三人を迎えた。
「いらっしゃい」
夫から話を聞いていたのだろう、笑いじわをかわいらしく歪ませる彼女の表情は、待ちくたびれたと訴えている。どうやって話しかけようかとソワソワしているコズエに笑みを返し、三人は客を装って店に入った。
小枝工房は冒険者用の雑貨や衣類も販売しており、冒険者が買い物をしても不自然ではない店だ。それぞれがリンウッドへの土産を選んだ。
「この歯ブラシ、購入制限はあるのか?」
「ありません、お好きなだけどうぞ」
「夏用のシーツはありますか?」
「こちらがオススメですよ。冷却布のひんやりとした肌触りが快適ですよ」
「おー、この手袋、カッコイイな」
「それ、冒険者に人気あって、すぐ売れちゃうんです」
奥にいる針子らの注意を引かないように、客と店主の会話を続ける。
「歯ブラシを十二本に手袋を三双、アミュレットを一つに冷却布のベッドシーツを四枚で九千三百ダルです」
アキラが差し出した小金貨(一万ダル)を受け取ったコズエは、そのまま商品の梱包に小金貨を紛れ込ませた。
目を見張る三人に、代金は受け取れないと視線で訴える。
「ジョイスを見捨てないでくれて、ありがとう」
丁寧に梱包した商品と代金をアキラに押しつけながら、彼女は小声で礼を言った。
+
十二月の約束を残して、彼らは澤と谷の宿を離れた。
「冒険者ギルドで馬車を借りてくる」
「帰りもシュウじゃないのか?」
「俺は乗り物じゃねーんだよ。緊急時だけにしてくれよなー」
「なら乗合い馬車で」
「もう借りた」
「帰りくらいのんびりしてーだろ」
乗り合わせた旅人と駄弁りながらの旅も悪くはないが、今のアキラには雑多な賑やかさは苦痛だろう。それを理解している二人は、テキパキと移動手段を確保する。
あれよあれよという間に幌馬車に乗せられ、気が付けば街を発って街道を西に移動していた。
道草も頻繁だったせいか、一頭の駄馬に引かれる幌馬車の旅が終わるころには、季節は秋に近づいていた。
長旅を終えた馬車と馬をハリハルタのギルドに返却し、深魔の森に入る。初夏に慌ただしく飛び出した隠れ家は、すっかり秋の実りに満ちていた。
コウメイはさわさわと風に揺れる穂を見て、嬉しそうに目を細める。
「今年の赤ハギも豊作だな」
「威張るなって。頑張ったのはカカシタローだろ。コーメイ、何もしてねーじゃん」
「アイツに教えたのは俺だぞ」
結界を越えたのを感知したからか、それとも声を聞きつけたからか、軍馬と甲冑が赤ハギ畑の向こうから駆け寄ってきた。
「留守番、ごくろーさん」
「リンウッドさんはどこに?」
魔力を補充しながら問うと、アマイモ三号が薬草園のほうを振り返った。カカシタロウがジェスチャーで収穫中だと教える。
「どうせまだ昼飯食ってねぇんだろう。何か作るから呼んできてくれ」
コウメイに体を叩かれたアマイモ三号がゆっくりと踵を返した。カカシタロウはアキラたちの旅荷を受け取り付き従う。
「あー、やっぱ自分家は落ち着くなー」
秘密の隠れ家も悪くはないが、やはり深魔の森の家が一番だ。慣れ親しんだ匂いは落ち着ける。
旅の汚れを落としたシュウとアキラがリビングに落ち着いてすぐ、アマイモ三号に急かされたリンウッドが戻ってきた。
「……何があったのだね?」
二人の様子を見て、リンウッドは眉をひそめた。
ダッタザートでの仕事を終え、討伐と放浪をぞんぶんに満喫してきたにしては、彼らの表情に充実感がない。
着席を促すようにハギ茶のカップを置いたコウメイが、小さく息をついた。
「ちょっと色々あってな」
「その口ぶりだと、あまり良い出来事ではないそうだな」
「それを確かめるのに、リンウッドさんにも立ち会ってもらいてぇんだ」
お願いします、と。アキラが静かに頭を下げた。
その横でシュウが視線で「頼む」と訴え、コウメイが焦げたチーズも芳ばしい焼きたて丸芋ガレットの皿を差し出して圧力をかける。リンウッドに逃げ道は用意されていなかった。
「……何を確かめるのかは知らんが、アキラは結論がわかっているのではないかね?」
しかも喜べる結論ではないようだ。
諦めの息を吐いたリンウッドは、少しばかり乱暴に腰を下ろした。
「それで、何を確かめようというのだ?」
リンウッドが促すと、アキラは無言で一枚の魔紙をテーブルに置いた。見覚えのある魔力の色だ。黙って見ていると、それに一言だけ書き記し、魔力を注ぐ。
アキラの魔力に反発して、魔紙が宙に浮かぶ。
「……まさか」
身を捩るように舞った魔紙は、テーブルを滑り、床に落ちた。
【あとがき】
これにて16章は終了です。
ラスト、キツイ展開になりました。終わり方も我ながら酷い。すみません。
この終わり方で次章連載をお待たせするのは申し訳ないので16.5章の幕間は、8/6から連載いたします。
今章のエピローグの直後の補完的な閑話と、あとは懐かしい面々のその後の話です。
5話と短い幕間ですが、文字数はたっぷりあります。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
高槻ハル
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