17 改変術式の完成と暗躍
転移魔術陣の改変は魔道具師のドミニクと錬金魔術師のホルロッテ、そしてアキラの三人によってすすめられた。
転移室に運び込まれた水鏡越しに、古代エルフ語の解釈から言葉の選択に文字の配置、魔力を流す量数に順序と、さまざまな問題点が話し合われている。それぞれ自論にこだわりが強いため、自然と意見交換には熱が入る。三人そろって没頭しすぎて時間を忘れるため、適宜休憩を押しつけるお守り役が控えていた。ドミニクの後ろには弟子が、ホルロッテの横には秘書官が、そしてアキラはコウメイとシュウが交代で見張っている。
七の鐘が鳴ってすぐに転移室に降りてきたシュウは、アキラの助手をするコウメイに交代の時間だと声をかけた。
「コーメイ、そろそろ飯の支度をはじめる時間だぜ」
「まだ早いだろ」
「ジョイスさんが相談あるから早めにつってんだよ。ほら、行けって」
ベサリーに命じてある定期連絡で、領主側に新しい動きがあったらしい。そう言って交代を急かし、コウメイを転移室から追い出した。
アキラは顔を水鏡に突っ込みそうなほど近づけ、ホルロッテの術式を凝視している。昼食をとった五の鐘あたりから、休憩なしにそれぞれの主張で殴り合いをしているらしく、隙間から見えたお守り役らの顔が酷く疲れていた。
「アキラー、休憩だぞー」
声を張りあげているというのに、アキラの耳には届いていないし、水鏡の向こうのドミニクやホルロッテにも聞こえていない。お守り役らの「休憩しましょう」との声かけも無視だ。
シュウは用意していた休憩用の菓子の皿と茶のカップを掲げアキラを挑発した。
「おやつだぞー。サツキちゃんの菓子だ。食わねーんなら俺がもらうぜ?」
頭脳労働に勤しむ兄のために特別に作った菓子を、シスコンの兄が無視できるわけがない。アキラはピタリと口をつぐみ、即座に水鏡に背を向けた。
「わー、こうかばつぐんだー」
本日のおやつはピナのクリームタルトだ。ピナジャムの飾りが目に楽しい。シュウは寄こせと伸ばされたアキラの手から守ったおやつの皿を、水鏡にもニカッとした笑顔で披露する。
「そっちの分もちゃーんとあるぜ」
『やった、ありがとうね!』
『物の転移が制限されていなくてよかったのだよ』
改変術式の作成に取りかかって三日目だが、この間ホルロッテもドミニクも美味しい差し入れを待ち焦がれるようになっていた。
転移魔術陣の内側に置かれた菓子の包みが、アキラによってトレ・マテルとケギーテへ送り届けられ、魔術師らはそれぞれにくつろぐ。
シュウもアキラのそばに腰をおろし、タルトのクリームをペロリと舐めながら魔術師らに問うた。
「そんで改変っての、できそーなのかよ?」
シュウの目には水鏡越しの三人の様子は、改変術式の検討会議というよりも、俺の考えた最高の改変術式発表会だ。しかもすでに三日が経っている。いつまで続けるのか、と不審に思うのも当然だ。
「七割はなんとか」
「へー、じゃあゴールは見えてんのか」
「見えているというか、ゴール直前に現われた分岐で立ち止まっているというか」
何だそれは? と首を傾げるシュウに、水鏡からホルロッテのため息交じりの声がかけられた。
『転移陣との接合に最適な位置は目星がついたんだけど、改変式の制限に関する部分の定理がね』
『意見が分れているのだよ』
「俺は登録制を推しているんだが、ドミニクさんは承認制がいいと譲らないし」
『私は鍵の増設がいいと思うのよ』
「鍵が失われたら終わりですよ」
最初にエルフと契約した魔術師の記録が失われているのだ、改変術式とその鍵が失われる可能性もゼロではないとアキラは首を横に振る。
『でも改変は一番簡単なのよ。承認制だと誰かが常勤しなきゃならなくて負担が大きすぎるわ』
「ですから防衛面でも運用面で最も省力化できる、登録制がいいと提案しているんです。使用者登録のない者は転移できないのだから見張りも不要。組織防衛に関しては、残った転移記録を定期的に調べればいいのだから、怪しい行動は追跡できます。証拠を残すとわかっていて馬鹿な行動に走る魔術師はいないでしょう?」
『その記録を残す改変が一番難しいのよ!』
『術式の規模が大きすぎるし、改変範囲も広すぎる。失敗したら転移魔術陣そのものが破損する可能性が高いのだよ』
『それに一度登録したらそのままなんて、不用心すぎるじゃない』
『組織の長とて欲深い人でしかない。いや、魔術に長けているからこそ誘惑に弱いものだ』
「魔術師が魔術師を疑ってどうするんですか」
『魔術師だからこそ信用できないのだよ』
『誘惑に負けないでいられる魔術師なんていないんですからね』
いいのかそれで、と思わず突っ込みたくなったシュウだが、ギリギリで声に出さずに済ませた。
そもそもシュウの迂闊な一言により、はじまったばかりの休憩が消滅している。水鏡に顔を突っ込みそうな勢いでドミニクとホルロッテが反論する後ろでは、菓子と茶器を持つお守り役が「どうにかしろ」と訴えるように目配せしていた。
シュウは誤魔化すようにへらりと笑う。
「それが完成したら、もちろんテストとかするんだよな?」
是非とも見物したいと期待の視線を投げかけると、悩ましげな表情と消極的な声が返った。
『……できれば良いのだが』
『難しいわね』
「テストしねーのかよ?」
どんな物作りにおいても試作や試運転は当たり前だ。ましてや転移魔術陣だ、素人のシュウでもその危険性は予想できる。アキラはどういうつもりかと問うと、自信ありげな笑みを向けられた。
「もちろん試運転をするに決まっているだろう」
「だよなー。で、何処でするんだ?」
『……ケギーテ(ウチ)は賛成が得られなくてね』
『……トレ・マテルも非常に残念だが遠慮することになった』
試運転で不具合が出て、そのまま転移魔術陣が元に戻らなくなっては困ると、各ギルドで承認が得られなかったらしい。ギルド長と言えども強行はできなかったらしく、至極残念そうだ。
わかりました、と頷いたアキラは、涼しげな笑顔でさらりと爆弾を落とした。
「ケギーテとトレ・マテルが参加しなくても大丈夫です。実証実験ができる転移魔術陣に心当たりがありますので、お任せいただけますか?」
『『んなっ…………!!』』
二人は水鏡の向こうで揃って絶句した。
このチャンスに上司と師匠に休憩と補給を取らせるべく、秘書官と弟子がそれぞれを水鏡から引き離し、菓子と茶を渡した。
我に返ってすぐに「それは何処だ?!」「ギルドの把握していない転移魔術陣があるのか?」と問い詰めようとした二人だが、アキラが強制的に水鏡から魔力を抜いたため、通信がぷつりと途絶えた。
何も映さなくなった水鏡に、アキラの満足げな笑みと、シュウのうんざりした半眼の顔が写っていた。
再開は四半鐘後とだけ記した板紙を転移魔術陣に置き、一方的に送りつける。
「鼻先で餌をチラつかせてお預けとか、意地悪いよなー」
「失礼な。実証実験さえできれば登録制への改変も可能だと提案しただけだぞ」
「どーだか」
呆れ顔のシュウは、何処でテストするのかと問うた。
「マーゲイトと深魔の森とナナクシャール島を使う」
「やっぱりかー。あのエルフも、アキラのオモチャになるとは思ってねーだろーなー」
「このタイミングでマーゲイトが手に入ったのは運が良かった」
アキラの爆弾発言のせいで、ケギーテとトレ・マテルでは二人魔術師が実証実験に立ち会う方法はないかと騒いだらしい。お目付役はやはり休憩返上で走り回ることとなり、再び水鏡でつながった途端、アキラとシュウは苦情をもらったのだった。
+
「領主が動いたのか?」
転移室からギルド長室へ上がったコウメイは、執務机で顔をつきあわせる二人の硬い表情に、難題がもたらされたかと気持ちを引き締めた。
傀儡魔術を施したベサリーは、一日一回の連絡を命じられている。その日の領主の命令や、前日との差違を淡々と報告してくるのだ。
コウメイを見とめてほっと表情をゆるませたジョイスが、もたらされた植物紙を差し出した。
「これはどう考えたら良いのでしょう……」
「領主が戦略の一時休止を命じた、か。詳細がほしいが、難しいな」
ベサリー自身が操られていると気づかない程度の逆スパイを命じているため、もたらされる報告が断片的なものになるのは仕方なかった。
「パトリスさん、周辺の騎士や兵士の様子はどうだ?」
「見張ってる連中の交代時間が遅れていたようですが、それ以外はいつも通りですね」
「冒険者ギルドからは何か言ってきてるか?」
「今のところは何もありません」
慌てる必要はなさそうだ。ならばこの機会に別の側から領主陣営の情報を集めたい。
「兵士側の情報と、領主に近いあたりの動きを探るよう、ヒロに頼むか」
変装用のローブを着たコウメイは、建物の復旧工事で出入りする職人にまぎれて魔法使いギルドを出た。
認識阻害の魔術が施されたローブを着たコウメイは、街中に設置された魔道具に反応しないよう道を選びながらギルドから離れる。そして人目のない路地裏で素早くローブを脱ぎ、狩猟服姿に戻ると、何食わぬ顔で市場に向かう。食材を見繕い、母親にお使いを頼まれた仏頂面の冒険者に父親あての伝言を託してから、袋小路の飯屋に帰宅した。
「厨房借りるぜ」
「かまいませんが、あまり美味そうな匂いを出さないでくださいよ」
「わかってるって」
厨房の片隅に滑り込んだコウメイは苦笑いだ。スキンヘッドの雇われ料理人には、顔を合わせるたびに苦情を言われていた。
料理人曰く、少し前から滞在しはじめた眼帯が料理をするたびに、食欲を刺激する匂いにつられた、本来の顧客ではない種類の街人が何人も店に迷い込んでいる。本業のために存在感を極力消して飯屋を営む彼らにとって、これは立派な営業妨害だ、と。
できるだけ匂いが外に漏れないように気をつかいながら、コウメイは手は早く夕食を作ってゆく。サツキから譲ってもらった赤ハギを炊き、大きめの根菜を魔猪肉の塊と煮込む。味付けはシンプルに塩だけだ。
「あぁ、この匂いは駄目だ。また客じゃない客が迷い込んでくる」
隣の魔道コンロでシチューを煮込む禿料理人は、コウメイの鍋をのぞき込み、匂いを嗅いで嫌そうに顔を歪めた。
「俺らは隠れていたいのに、どうしてくれる」
「そういう客が二度と寄りつかなきゃいいんだろ? 食わされた料理は期待していたほど美味くなかったってなりゃ、次はねぇんだから気にするなって」
「一度でも足を運んだ奴が増えるのが迷惑なんだよ。ここの存在を知られたくないのに、食欲をそそる匂いと舌が引っ込む微妙な料理って組み合わせは、変に記憶に残るんだ。ったく、商売がやりにくいったらありゃしねぇ」
料理人の愚痴に、顎に刀傷のある給仕が大きく頷いた。
アク取りしていない澱みが残るぼんやりとした薄味のシチューを、コウメイは残念そうに横目で見る。
「あんた普通に美味い飯も作れるんだから、怪しい客ばかり集めてねぇで、普通の飯屋やればいいんだよ」
「人目を嫌う顧客が離れたら困る」
「あのなぁ、叩けば埃の出てくる客ばかり集まってたら、よけいに目につくぜ。隠れるなら普通の飯屋の中に紛れ込ませろよ。葉を隠すなら森の中って言葉があるだろ」
擬態もできないような顧客は、いつか情報商売の足を引っ張ることになる。コウメイに指摘された禿げの料理人と顎傷の給仕は、思い当たることでもあるのか短く唸った。
「やべぇ情報ってのは、誰が飯食ってても不自然じゃない飯屋を隠れ蓑にして、テーブルの下でこっそり取り引きするもんなんだよ」
「……あんたもこっち側に生きてる奴だったのか」
「生きてねぇよ」
勘違いした禿げ料理人が、注文の合間にノウハウを聞きたそうにコウメイを見ている。
そろそろヒロがやってくる時間だ、こんな会話を聞かれたら「まだ中二病に罹患したままなのか」と白い目で見られかねない。コウメイは手早く料理を終わらせ二階に逃げた。
鐘の音を数えながら、ヒロの訪問とアキラとシュウの帰りを待つ。
先に二階に上がってきたのはアキラとシュウだった。ヒロはサツキの料理で夕食を済ませてから合流だ。根菜とかたまり肉の煮込み、表面を炙った焼きおにぎりを食べ終えたタイミングで、二階にもある隠し扉からヒロが顔を出した。
「食後にちょうど良いものをお持ちしましたよ」
軽くてやわらかいクッキーのような菓子で、ほんのり酒の風味のするクリームをはさんだそれを味わいながら、四人は情報交換をはじめる。
「領主が一時休止を命じたのは間違いないようです」
「東側の独立を諦めたのか?」
「違います。どうも領主軍の上層部で情報の錯綜があるようです」
指示に矛盾や乱れが生じているのだそうだ。ベサリーを経由した工作の効果が現われたにしては早すぎる。他の不確定要素に見逃しがあったのかと、コウメイは険しい表情だ。
「どうやら軍師の不在が混乱の原因のようです」
ユウキ経由でコウメイから連絡を受けたヒロは、急な接触を嫌がる情報源に妻の菓子で懐柔して情報を得てきたのだ。
「誰かに排除されたか?」
古くからの家臣には、正体不明の軍師を邪魔がっていた者もいただろう。そいつらにハメられたか、あるいは領主の信頼を損なう何かが起き遠ざけられたか。どちらだと問うコウメイに、ヒロは首を横に振る。
「わかりません。ですが数日前から姿が確認できないのは事実のようですね。伝手によれば、軍師不在が領主の判断を迷わせているのと同時に、家臣団でも互いに疑心暗鬼で探り合っていて、統率がとれなくなっているようです」
軍師不在の切っ掛けはベサリーだろうか。
「……姿が見えなくなったのは、ベサリーを送り返した前後のどっちだ?」
「ほぼ同時期ですね。どちらが先、とハッキリ示せるほど間はなかったと」
「原因かもしれねぇし、違うかもしれねぇ、か……」
だが帰還した傀儡が警戒もされずにいるのは、軍師不在の混乱のおかげだ。
自身や家臣らの疑心暗鬼からの混乱に気づいた領主は、決定的な失敗になる前に一時休止を命じた。今は情報の精査と整理をしているのだろう。
「侵攻作戦を一時中断し、指揮官クラスに招集をかけたようです。王都強襲作戦を修正すると情報屋は見ているようですね」
「それの詳細、探れるか?」
「手配済みです」
物騒な内容だというのに、活き活きと打ち合わせるコウメイとヒロの様子に、既視感がある。何だったか、と首を捻っていたシュウは、はたと気づいて手を叩いた。
「そーだよ、秘密結社のボ」
「菓子のお代わりあるぞ、食え」
言葉が吐き出される前に、アキラがシュウの口にクリームサンドを押しつけていた。
「なんだ?」
「何か言いましたか?」
「いや、何も。なあ?」
「……フガ、んふんふ」
アキラの微笑みと菓子を頬張って頷くシュウをチラリと見た二人は、すぐに視線を戻し打ち合わせを続ける。アキラはシュウが声を上げない程度に爪先を踏んだ。
クリーム菓子を咀嚼したシュウは、アキラの袖を引っ張ってコウメイに聞こえないようにたずねる。
「こーいう悪巧みって、アキラの専売だろ。なんで黙ってんだよ?」
「専売じゃない」
嫌そうに顔をしかめたアキラは声を落とした。
「コウメイのはじめたケンカに俺がしゃしゃり出てどうするんだ」
「えー、これケンカ?」
どう見ても秘密結社のボスと幹部の悪巧みだぞ、と。今度は耳元でアキラにだけ聞こえるように言った。
吹き出すのをこらえたアキラは、さりげなく口元を手で隠して顔を背ける。
ボスと幹部の会合は、階下の飯屋の営業が終わるまで続いた。
+
三つの改変術式案は、各国魔法使いギルド長らの水鏡会議にてコンペにかけられると決った。
特徴と利点の説明を受け、質疑応答の後にギルド長らだけでの審議の後、投票によって決定する。なお、術式提案者であるドミニクとホルロッテに投票権はなく、それぞれの副ギルド長が代理で審議に参加し、投票権を行使する。
また、どの改変術式が採用されたとしても、実証実験が実施されるのも決定だ。これもギルド長らが話し合い、シンシアが手放したマーゲイトと、改変を施さないトレ・マテルの間で行われることとなった。
他に適任者はいないと、改変術式の設置と検証・実験の全てをアキラに任された。最後まで見届けられると喜ぶアキラだったが、コウメイは渋い顔だ。
「実証実験、いつだよ」
「トレ・マテルの修復が終わってからだ」
マーゲイトと深魔の森、あるいはナナクシャール島の間で実験を行うつもりだったのだが、諦めきれなかったドミニクが自ギルドの魔術師を説得し、全ギルド員の承認を得て名乗りを上げたのだ。
ホルロッテも実験参加を強く望んだが、ケギーテは説得しなければならない魔術師が百数十名おり、とても間に合わないと断念せざるを得なかったそうだ。
「いつになるんだよ。もしかしてドミニクさん一人でやってんのか?」
「仕方がない、他にいないんだ」
トレ・マテル魔法使いギルドに残っているのはわずか五人、そのうち転移魔術陣の改変が可能なのは彼だけなのだ。
「それいつまでかかるんだよー」
待ちくたびれているのはコウメイだけではない。待機続きで退屈しているシュウもアキラを急かす。
「もうちっと早くなんねーの?」
「これでも早いほうだぞ。人の転移を阻んでいた原因を解消するだけだから、改変よりも簡単だ。十日くらいだと聞いている」
「早くねーよ。もっとパパッとできねーのかよー」
「魔力量と、ドミニクさんの体力の都合だ。無理はさせられないだろう」
矍鑠としていても彼は九十歳の老人だ。魔術師としてもそろそろ老齢期に入る。そんなドミニクに地下通路を往復させ、魔力を大量に消費する作業に駆り出すのは気が引けるのだが、本人がやる気満々であったし、何よりトレ・マテルに彼以上魔術陣に長けた魔道具師はいない。
「俺が手伝いに行ってもいいんだが……」
チラリと顔色をうかがったアキラは、目の据わったコウメイに見据えられて諦めた。
求められて飛行魔布の移動を再現して見せた結果、魔術陣に速度制限を追加付与させられてしまったのだ。ジェット機並の速度を出せる乗り物にノーガードで乗るなと叱られ、残念がったシュウ共々、再び正座させられたのは記憶に新しい。
「ゆっくり修復してもらえばいいじゃねぇか。予定以上の時間稼ぎができてるんだ、急ぐ必要はねぇだろ」
「領主が方針を変えたのは助かったが、まだ安心し切れないんだぞ」
軍師が消えたことで一時は混乱していた辺境伯陣営も、数日経った今は正常に戻りつつあった。軍師の策に傾倒していた伯爵だが、後を追う手がかり一つ残さず姿を消されたことで、冷静さが戻ったようだ。現状を把握し、ジョイスらの抵抗と魔法使いギルドの事故により、作戦の修正は避けられないと判断した領主は、休止状態を継続している。
「密かにヘル・ヘルタントへ人を送り出したようだ。ベサリー経由の情報の真偽を確かめさせてるんだろうぜ」
ダッタザート辺境伯が持ちかける盟約が、ヘル・ヘルタント軍にも利をもたらすのは間違いないが、それがどの程度評価されるかは未知数だ。なによりオストラント平原で無敗を誇るジョージ・カレント将軍閣下が、他国の国家反逆罪の片棒を担ぐ危険を冒すだろうか。
将軍あるいはヘル・ヘルタント国との交渉が決裂すれば、ダッタザート辺境伯は即座に進撃を開始するだろう。ヘル・ヘルタント側から反逆が王家に漏れる前に一気に事を進める。そうなれば一度は手を引いた転移魔術陣を狙ってくる可能性は高い。
「短期間で交渉が上手くいくとは限らないのに……」
いざというときにしらを切り通す前提での密約ほど、難しいものはないのに。
アキラは懸念しているが、コウメイとシュウは不気味なほどに楽天的だ。
「心配するなって、あのスキンヘッドなら飛びつくに決ってる」
「そーそー、ぜってー引っかかるって」
顔を見合わせ、理解できない意思疎通っぷりを見せる二人の、よく似た含み笑いは不気味だ。アキラは深く追求するのをやめた。
ギルド長らによる投票が終わり、トレ・マテルの修復が成功したのは、アキラたちがダッタザートを訪れてから一ヶ月が過ぎようとするころだった。
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