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14 転移にかかる魔力量



 塔の最上階にある机に向かい合って座るドミニクとアキラは、マーゲイトの古書を読み合わせ、ケギーテとトレ・マテルの写しと比較しつつ検証をしていた。


「変異はトレ・マテルが最初ではなかったのか」

「どちらも外部からの攻撃により突然変異が発生しています。転移魔術陣に退避機能が備わっているのは間違いありませんね」

「ふむ、そのようだな。しかしウナ・パレムが変異しなかったのは何故なんだ?」


 魔法使いギルドへの攻撃という意味では、ウナ・パレムを襲った巨大雷撃も同じだ。


「……物理攻撃と魔術攻撃の違いでは?」

「トレ・マテルも火弾攻撃を受けたのだよ」


 王族に雇われた攻撃魔術師は容赦なく火弾を撃ち込んでいた。ギルドの塔に施された魔術防御で阻まれ、火弾による被害はほとんどなかったが。マーゲイトの古書にも人族側には攻撃魔術師がいたと書かれている。


「何故でしょうね……」


 ウナ・パレムの消失に深く関わっているアキラは、おそらく正解だろうという推測はある。だがそれを口にするのは躊躇われた。


「規模の違いじゃねーの?」

「なるほど、ウナ・パレムに落ちたのは天を割く雷撃であったと聞いている」

「それそれ。街が壊滅してねーのが不思議なくらいでっかい雷だったぜ。山ひとつ越えた先からも見えたもんなー」


 当時を思い出して語るシュウの証言を、ドミニクは興味深げにふんふんと聞いている。


「そ、それで、退避機能に関する術式は、おそらくこのあたりが該当するかと」


 やぶ蛇になる前にと、アキラはドミニクの興味を魔術陣にすり替えた。


「トレ・マテルとマーゲイト、そしてケギーテの魔術陣で異なるのはこの一点なんです」

「ケギーテの術式が正常だとしたら、ここもマーゲイトも違うのだな」

「おそらくですが、退避が発動した結果、このように差違が生じたのではないかと」

「ここか。降下あるいは潜伏、だろうか?」

「マーゲイトがおそらく上昇ですから、トレ・マテルは降下の可能性が高い気がします」


 魔術師が描く魔術陣は古代魔術文字で構成されるが、転移魔術陣などの神々が残したとされるものはエルフ古語と思われる文字で書かれている。人族には正確なエルフ古語が伝わっていないため、その解読は難解を極めている。長く転移魔術陣を研究しているドミニクでも、二割に届くかという程度だ。


「ここを見てくれないか。降下に押しのけられた小さな文字だが」

「ああ、これですね……上昇、と読めるような。マーゲイトのにもありますよ。こちらも小さいですがトレ・マテルのと同じ文字です」

「術式は固定ではないのだな」

「ギルドが気づかない程度の変異があったと仮定して解析しないといけませんね」


 魔紙や古書を見比べ、ああでもないこうでもないと意見を出し合う二人は楽しそうだが、見ているだけのシュウはそうではない。


「昼飯食い足りねーし、暇だからちょっと散歩してくるぜ」


 理論を競わせる二人は「ああ」「ふむ」と気の入らない生返事だ。それでも声はかけたのだし、アキラが返事をしたのは間違いない。これ幸いと塔を抜け出したシュウは、地下道を一気に駆け抜けた。


   +


 トレ・マテルとドミニクの村は、徒歩で鐘一つ半という距離だ。全速力のシュウならば四半鐘もかからない。キャロルの話していた魔術師ギルドを偵察しようと考えたことに他意はない。単なる暇つぶしだ。

 街までの間に軽く魔猪を狩り、偽名で街に入ったシュウは、まず冒険者ギルドで魔猪を売った。


「魔法使いギルドってどこにあるのか、教えてくれねーかな?」


 持ち歩いていた中魔石を二つ出して、換金しに行きたいのだと問うと、査定受付の職員は不思議そうにシュウを見返した。


「もしかして、トレ・マテルははじめてですか? この街にあるのは魔術師ギルドですよ」

「そーなの? じーちゃんから魔法使いギルドで売ってこいって頼まれたんだけど、場所わかんなくてさー」

「冒険者ギルドの裏手の道を西に進めばすぐですよ。赤地に金糸で星の刺繍のある旗が目印ですから、すぐにわかります」

「赤地に星だな、さんきゅー」

「魔術師ギルドでもいいですけど、魔石の買取ならうちでもやってますよ」


 田舎からはるばるやってきた世間知らずを哀れんでか、職員は声をひそめて囁いた。


「あそこの買取価格、ものすごく安いんです」

「けど魔石つったら魔術師だろ?」

「少し前までは本当に渋かったんですよ。多少はマシになりましたが、まだうちのほうが高いはずです」


 職員は冒険者ギルドでの買取価格をこっそりと耳打ちし、魔術師ギルドの価格に納得できなかったらぜひどうぞ、と笑顔でシュウを送り出した。

 赤地に金星の旗はすぐに見つかった。


「んー? なんか力が感じらんねーっていうか、フツー?」


 陽の光を浴びて艶々と光るほどに研磨された石壁の二階建てだ。看板はなく、扉の横に目印の旗が掲げられている。両開きの扉は片方が開けっぱなしだ。のぞき見ると雑貨屋のように商品が陳列されている。


「ギルドっぽくねーな」


 だが客の相手をしているのは、これぞ魔術師という顔色の悪い貧弱な職員だ。シュウは軽い足取りで中に入ると、所狭しと並ぶ商品を興味深げに眺めた。

「受注生産」と注意書きが貼られた棚には、魔道コンロやオーブン、冷却保存庫といった白物家電の見本が置かれている。小型魔道具は一つの商品が箱に仕分けて並んでいた。浄化水筒や着火道具、スライム布による防水鞄や軽量鞄、さまざまな守りを刻んだアミュレットは売れ筋のようだ。


「売ってんのは、魔力と体力の回復薬だけかー」


 冒険者ギルドや医薬師ギルド、街の薬店との棲み分けがあるのだろう。錬金薬の棚から目を上げ壁を見る。貼られているのは商品見本のない魔道具一覧だ。こちらも注文が入ってから魔道具師に発注するようだ。


「……魔術玉がねーな」


 一覧に記載がないのを確かめた。権利を持っているリンウッドの意向なのか、それとも魔術師ギルドに登録の魔術師に作れるだけの腕を持つ者がいないのか、どちらだろうか。


「儲けが少ねーから、買取が渋いんだろーなー」


 販売商品のチェックを終えたシュウは、対面にあるカウンターに足を向ける。座っているのは気の弱そうな若い男が一人だ。


「魔石を買い取ってもらいてーんだけど」

「は、はいっ。査定しますのでこちらに」


 差し出された盆に先ほどの中魔石を載せると、職員は目を見張った。冒険者がギルドに持ち込むのはクズ魔石がほとんどだ。買取価格が微妙なせいで価値のある魔石は商業ギルドや冒険者ギルドに流れている。久しぶりの高品質魔石を前に、魔術師は目を輝かせた。


「お待たせしました。買取ですが……四百、いえ五百ダルでいかがでしょう」

「ふうん、結構頑張ってんなー」


 提示されたのはダッタザートの七割、先ほどの冒険者ギルドの九割という額だ。期待のこもった視線は、これ以上は無理だと訴えてくる。その金額でいいと返すと、男は破顔して魔石を大切そうに両手で包み込んだ。


「実はじーちゃんに魔法使い(ウィザード)ギルドで売れって言われてたんだ。けどトレ・マテルにあるのは魔術師(マジシャン)ギルドだろ、戸惑ってさー」


 高品質な中魔石の仕入れに成功した職員は、棒読みの不自然さに気づく余裕はなかったようだ。


「内乱が終わった直後に、魔法使いギルドに所属していた魔術師たちが、新しく魔術師ギルドを作ったんですよ。前のギルドは解散になってます」

「へー、知らなかったぜ。前のギルドってなんか問題あったのか?」

「らしいです。私は知らない世代ですけどね」


 若い職員は魔法使いギルドへの恨みも思い入れもないようだ。

 ギルドを出たシュウは、かつて塔のあった場所に足を向けた。当然ながら魔法使いギルドはそこにはない。破壊を免れた建物は小さな商店が入居する百貨店のようになっていた。塔の跡地は、露店市のたつ広場に変わっている。賑やかな露店の間を歩き、串肉を十本に蒸かし芋を一包みと、惣菜を挟んだパンを三人分買う。

 買い物をする自分の足のはるか下で、アキラとドミニクが魔術陣談義に花を咲かせていると思うと、自然と笑みがこぼれた。


   +


 ドミニクの作ったエルフ古語の単語一覧を使い、二人は転移魔術陣の分析をすすめた。魔法陣との絡まりをどう解くかの観点から、術式を読み解き、魔力の流れを探る。一人よりも二人、それも視点と発想の異なる者が協力するせいか、面白いように解きすすんでいる。結果、さまざまな確証を得て、二人は一息ついた。


「簡単には切り離せないようですね」

「うむ、これほど深く干渉し合っているとはな、予想外だったのだよ」

「重なるべくして、という事だったようですし……」


 解きすすんだがゆえのため息は深く重い。

 偉大な先人魔術師らが復刻させた転移魔術陣の下に、魔素制御の魔法陣が秘められていると判明したのはここ百年ほどのことだ。各国のギルド長が研究してきたが、二つが同じ場所に設置されている理由はわかっていなかった。しかしアキラとドミニクは、分析の過程で気づいたのだ。


「……これほどの大魔術です、莫大な魔力が必要なはずだと気づけなかったなんて、悔しいですね」

「まったくだ。起動に要する程度の魔力で転移できたと信じていた己が恥ずかしいのだよ」


 転移室に戻り、今も光を放ち続ける魔術陣で理論の検証を行った二人は、己の固定観念を嘆いていた。


「旧聖歴時代の魔術師は偉大だな。とてもかなわんよ」


 その時代に生まれたかった、そんな思いのこもったドミニクの目が、転移魔術陣を焦がれるように見ている。


「上にいねーと思ったら、またここかよ……って、何かあったのか?」


 足音も立てずに階段を降りてきたシュウが、打ちひしがれる二人に声をかけた。

 シュウの手にある屋台飯の数々を見て、アキラは非難するように眉をひそめ、出かけるなら声を掛けてからにしろと注意する。


「ちゃんと声かけたし、アキラ返事したじゃねーか。そろそろ日が暮れるけど、飯どーする? 夜のうちに出発するって話だったけど、出られるのかよ?」

「……計画変更だ。出発は明日の早朝にする。興味深い事実がわかったからな。これをもう少し固めたい」

「キョーミ深い、何だって?」

「転移魔術陣と魔素制御法陣の関係だ。ウナ・パレムの魔素濃度が高まった理由でもあるが、二つの術式が重なるように同じ場所に設置されているのは必然だと判明した。そもそも人であれ物であれ、はるか遠くの地に転移させるには莫大な魔力が必要だが」

「説明は飯食ってからにしてくれねーかな?!」


 シュウには全くもって興味深くない転移魔術陣の秘密を、息継ぎしろと突っ込みたくなるような勢いで説明するアキラを遮った。携帯食の昼食後、休憩なしで分析に没頭していたのだろう、ドミニクもアキラも顔色は悪いのに目が爛々と輝いており不気味だ。

 二人を強引に上階に引っ張っていったシュウは、屋台料理を並べて「まずは食え」と串肉を握らせた。

 まだぬくもりの残る料理を目にして空腹を思い出したドミニクは、素直に串肉にかぶりついた。アキラは串肉を押し返し、茹でたレト菜と角ウサギ肉のソテーを挟んだパンを手に取る。


「で、何を発見したのか、俺にもわかるよーに説明してくれ」


 食事と水分補給で心も体も落ち着いた二人にシュウが促すと、少しばかり考えをまとめてからアキラがゆっくりと口を開いた。


「シュウも気づいただろう、トレ・マテルの魔術陣が常に魔力を帯びていると。その原因を解明していて疑問が浮かんだんだ。人を転移させるのに、どのくらい莫大な魔力が消費されてるのだろうか、と」


 ドミニクと二人でさまざまな魔術で消費される魔力量から試算した。


「結果は想像できるか?」

「できねーよ。そんな難しー計算を俺にさせんな。けどアキラが転移するのを見てきた感じだと、そんなに多くねーよな?」


 シュウの答えは魔術師二人が望んでいたものだったのだろう、目を細めて楽しそうに笑っている。


「このくらいの火弾一発と、着火では、どちらの魔力量が多いと思う?」


 アキラの右手が小さな火種を、左手がバレーボールほどの大きさの火弾を作った。地下の密室で危ないコトするな、と顔を引きつらせるシュウの目の前で、二つの魔術の火がかき消える。


「そりゃ火弾だろ」


 キングスコーピオンを一発で屠る威力の火弾と、コウメイに頼まれて薪に火をつける着火とでは考えるまでもない。


「転移魔術陣の起動に必要な魔力量は、着火二回分ほどだ」

「少なっ」


 思わず声を漏らしたが、魔術陣に杖を突くアキラは大量の魔力を消費した様子はなかった。なるほど、たったそれっぽっちで転移できるなんて凄い省エネ技術だと納得しかけたシュウに、アキラは含みのある視線を向ける。


「俺もドミニクさんも、それ以上の魔力を注いだことがない……つまり、転移には術者の魔力は使われていないんだ」

「んん? それ、変じゃねーか?」


 この世界の魔術は、すべて魔力ありきで存在しているし、威力や効果を高めるには魔力量が求められる。火弾の威力を高めたければ、魔術師が己の魔力を注ぎ入れなければならないのだ。もちろん省力化の術式もあるが、着火の魔力量で火弾は撃てない。

 ましてや一度に複数人を転移させる大魔術に、術者の魔力を全く使わないことは素人のシュウでも妙だとわかる。


「俺やドミニクさんだけじゃない。転移経験のある大陸中の魔術師全員が、おかしいのに、おかしいと気づいていないんだ」


 スイッチを入れれば魔道ランプが灯り、魔道コンロに火がつくのと同じ感覚で、起動させ行き先を指示すれば転移できるのが当たり前。


「それらに気づかないよう意識を逸らせる術式が、転移魔術陣から見つかったのだよ」

「ケギーテで写した術式からも、その部分がすっぽりと抜けていた。他所と違うと認識しなければ、意識を逸らされたままだっただろうな」

「うわー、秘密に迫ってきた」


 早く教えろとワクテカするシュウに、待てと合図する。


「それで一人を転移させるのに必要な魔力量だが、最大威力の火弾の百倍は軽く越えるだろうという結果が出た」

「ひゃくばい」


 標準的な攻撃魔術師の火弾を百発分だ。そんな大魔術を、魔力回復薬なしに実行できる魔術師など存在しない。それくらい莫大な魔力が必要だと判明したが、転移する魔術師は魔力を消費していない。では転移魔術陣はどこからそれだけの魔力を得ているのか。二人はそれを徹底的に調べた。


「もったいぶらねーで教えろよ。転移に使う魔力って、どっからきてんだ?」

「大地だ」


 アキラが爪先で石床をコツンと蹴った。


「本来の大陸はナナクシャール島のように魔素が満ちているんだ。それを集め、人族が生きやすい程度まで押さえ込んでいるのが、魔素制御魔法陣」

「まそせいぎょ?」

「正確に言えば、魔素制御魔法陣が押さえ込んでいる魔素が、転移の魔力に使われていたのだよ」


 転移魔術陣のある場所には、あふれ出そうとする魔素を押さえ込む仕掛けが存在する、というのはシュウも知っていた。


「トレ・マテルの降下が急激すぎたのか、それとも制御魔法陣の退避が間に合わなかったのか、あるいは予定外に深く潜ったからか。原因の特定はできないが、二つが衝突したことで術式が絡み繋がってしまった。そうして魔法陣から魔術陣に常に魔力が流れ込むようになり、光り続けていたというわけなのだよ」


 突発的な事故にしては上手くかみ合いすぎていた。ここを集中的に解析すれば、と絡む術式を丁寧に仕分けた結果、二つの間に条件付きで連動する術式が見つかったのだ。


「転移魔術陣の起動で必要な魔力は、魔法陣への道を作るためのものだ。術者からの魔力(合図)で弁が開き、封じ込めている魔素を魔力に変換して転移陣に送り、術者の発声令に応えた術式が転移を実行に移す。これが転移魔術陣の仕組みだったんだ!」

「へー、なんか凄そーだな」

「凄いに決まっておる。過去のギルド長の誰も気づけなかった転移魔術陣の原理を、我々が明らかにしたのだよ! 学会で発表できないのが悔しくてならないが……」


 次代のギルド長のために記録に残せるが、エルフ族との命約に反するため大々的に公表はできないのだ。同じ研究をしている魔術師と知識を共有し、もっと研究を深めたいのにできない。口惜しいが、それでも喜びはあふれ出ている。二人の様子はまるで幼い子どものようだ。

 なるほど、いわゆる世紀の発見のようなものか。それは確かに凄いな、とシュウは素直に頷いた。


「そのすげー発見があれば、ダッタザートの魔術陣の改変も簡単になるんだよな?」


 期待に満ちたシュウの言葉に、アキラの笑みが強張り、ドミニクの目が大きく開かれた。


「……それは」

「……魔術陣の解析精度が上がったのは確かだが」

「おい『だが』じゃねーよ。もしかして使えねーのか?」


 笑顔で固まったままのアキラの視線が後ろめたそうに逃げた。


「アキラさー、ここに何しにきたか忘れてねーだろーな?」


 何をやっているのかと呆れ顔のシュウが、視線を逸らすアキラとドミニクを叱りつける。


「俺はアキラの楽しみのために人間飛行機やったんじゃねーぞ」

「わかっている。これから改変の手がかりを探す」

「これからかよー」


 丸一日掛けて予定外の研究に没頭していたらしい。まさか出発の延期はこのためか、とシュウが疑わしげにアキラを睨んだ。


「遅れて間に合わなかったらアキラのせいだからなー。俺は悪くねーぞ」

「ま、間に合わせるから、大丈夫だ」

「アキラを叱ってくれるな。わしも協力する、ケギーテとも連携して改変に取り組むから安心するのだよ」


 大発見で興奮しているドミニクは、この勢いなら転移制限の改変術式もすぐに構築できるぞと自信ありげだ。


「頼んだぞー。俺は早くこのゴダゴタを終わらせて、美味い菓子と飯を腹一杯食いてーんだよ」


 久しぶりにダッタザートに足を運んだのに、天井裏から忍び込んだり、地下道を歩いたり、絶叫マシンよりも速くてエゲツナイ飛行魔布を丸一日操縦させられたりと、ハードワークの連続なのだ。楽しみにしていたサツキの菓子も満足に味わえていない。澤と谷の宿の広い風呂も堪能したいし、久しぶりにみんなでわいわいとご飯を食べたいのだ。


「そうだな。早く終わらせて、サツキの氷菓子を味わいたい」

「だろ? 店にかき氷の看板あったから、もうはじまってるはずなんだよなー」


 シュウの食欲がアキラを正気に戻したようだ。キリリと引き締まった顔で世紀の大発見に至るさまざまを書き残した紙をドミニクに渡し、改変に必要な情報を探し出そうと各所の転移魔術陣写しを並べる。


「あ、徹夜はすんなよー。居眠りされて空から落っこちるのは嫌だからな」


 写しに集中したアキラにシュウの声は届いていなかった。


   +


 シュウの監視と妨害が功を奏して、アキラの徹夜はなんとか阻止された。

 分析半ばで去らねばならないのを悔しがるアキラに、続きは任せておけとドミニクが胸を張る。


「これだけ分析する標本があるのだ、転移を阻む部分も大まかに掴めた。これを条件付けられるよういくつかの術式を組んでみよう。実験はダッタザートでもやるといい」


 ドミニクが作るのはあくまでも試作だ、完成させるのはアキラとジョイスに任せるという言葉でアキラを説得する。それでも未練たらたらのアキラを、往生際が悪いぞとシュウが首根っこを掴んで飛行魔布に乗せた。

 吹き出したいのを堪えて見送るドミニクに別れを告げたアキラは、まだ暗い空にむけて飛び立った。


   +


 ほのぼのと明るくなってゆく空を遠ざかる二人を見つめて、ドミニクがぼそりと呟いた。


「わずか一日でマーゲイトまで飛んで行ける魔武具か。なんとも危険な物を作ったものだ……」


 転移魔術陣よりもあの魔布のほうがよっぽど使い勝手の良い武器になり得るだろう。

 ドミニクはアキラが残していった飛行座布団カバーを、転移魔術陣ともども封じると決めた。 



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