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08 ダッタザートの留守番たち・前



『ケギーテ』


 暗くなった転移室で不機嫌を振り撒いていたコウメイは、転移魔術陣の光が消えるのを見届けてから、大きなため息をついた。険しいと自覚している表情を緩め、ゆっくりと振り返る。


「ジョイスさん、水鏡会議までに打ち合わせしてぇが、時間はあるか?」

「はは、はいっ。半鐘程度でしたら」


 三人はギルド長室に戻り長椅子に落ち着いた。刺々しい気配を引っ込めたコウメイは、ジョイスとパトリスに問う。


「魔法使いギルドに部外者が頻繁に出入りしても不自然じゃねぇ状況を作りたいんだが、なにか案はねぇか?」

「部外者ですか?」

「ロビーではなく、もっと内部に出入りしている状況が理想だが」

「コウメイさんは、何をしようとしているのですか?」

「時間稼ぎだ。あとはスパイのあぶり出しと、領主への対抗策だな」


 不穏な方向に策を練っていそうだと察したジョイスの顔色が曇る。パトリスはコウメイの声色に攻撃的なものを感じ取り、興味津々に耳を傾けた。


「魔法使いギルドに部外者が堂々と立ち入れる状況なら、あっちの監視の目を逸らせられる。イレギュラーが重なれば密偵の動きも封じれるだろ」


 ロビーが混雑しているのはいつものことだが、関係者に限定された範囲にも当たり前のように部外者が立ち入る環境を作りたいというコウメイに、二人は無言で考え込んだ。ギルド運営も長くなるが、そう言った状況はあまり経験がない。


「ロビーには常にお客さんがいますけれど」

「けどギルド長室に客が出入りしてたら怪しまれるだろ」


 職員でも用がなければ出入りしないし、不在時は施錠されている。そんな場所に部外者が出入りする状況はこれまであっただろうか。これまでのギルドを思い返していたパトリスが言った。


「魔術学校の校舎を建設していたときと、ギルドの改装工事のときは、関係者エリアにも職員以外の人がウロウロしていましたね」

「武術大会前にも、各ギルドの伝令が頻繁に出入りしていましたよ」


 出入りの度に受付を通すのは手間だったため、期間を限定した通行証を発行し渡していたと言うと、コウメイが乗り気になった。


「それが良さそうだな、今すぐにでも修繕工事を発注できねぇか?」


 工事関係者として堂々と出入りし、ギルドを探りジョイスらと打ち合わせするつもりらしい。だがそれは難しいとジョイスが返した。


「建物や設備に不具合が出ているという話はあがってきてませんから、大工に声を掛けるのは怪しまれそうですよ」

「……ギルド長、ちょっと復旧に費用がかさみますが、良い案を思いつきました」


 パトリスがコウメイと上司を交互に見て言った。


「魔術学校の事故を利用しましょう」

「事故? なんだそれ」

「ああ、それは……お金がかかりますが、確かに怪しまれませんね」


 もったいぶらずに説明しろと急かすコウメイに、二人は魔術学校で頻繁に起きる魔術実験事故の顛末を話して聞かせた。


「つまり生徒の失敗を装って爆発事故を起こし、ギルドの建物を損壊させるのか」

「はい。これまでも大小さまざまな実験事故が起きていますし、建物が崩壊する規模のものも数年おきに発生しています。前回屋根が吹き飛んだのは四年前だったので、そろそろ壁に穴が空いても問題はないかと」

「問題ねぇのかよ? ……まあ、混乱を作り出すにはぴったりだが」


 さらりと物騒な提案をする魔術師二人に呆れつつも、悪くはない案だとコウメイは頷いた。


「建物が崩壊するくらいの事故なら、街兵が原因調査に来たりするか?」

「来ます。ただ魔術的検証は魔術師にしかできませんから、報告書を急かしに来るだけですが」

「後片付けや資材運びのために、街中で働く冒険者も多くやってきます。冒険者ギルドの事務官も人足の差配に来るでしょうし、大工をはじめとした職人も出入りして混雑するのは間違いありませんね」

「そりゃ好都合だな」


 混乱に乗じてこちらも動けるし、予定を変更させられた密偵の尻尾も掴めるかもしれない。


「ですが我々三人だけで調査や見張りができるでしょうか」


 見張る対象が増えれば負担も大きくなるし、一人が複数の対象を調査するのはとても無理だ。機密を守りながらでは手が足りないとパトリスは不安そうだ。


「そこはヒロの力を借りる」

「前副ギルド長でしたら個人的な伝手も多いですから、そのあたりは安心ですが……」


 パトリスは不思議そうにジョイスの顔色をうかがった。やけに親しげだが、コウメイと前副ギルド長とはどういった関係なのだろう。


「俺もヒロとは古い知り合いなんだよ。それと秘密の連絡手段は確保済みだ」


 不敵でほの暗いコウメイの笑みに、そういえばこの男もアキラと同じく追究してはならない存在だった。それを思い出したパトリスは、逃げるように視線を逸らせた。


「そ、それで、爆発はどうやって起こすのですか?」

「攻撃魔術と、魔術玉と、魔武具の誤発動、ほかに爆発しそうなものはなかったかな」


 水鏡会議までの短い時間に、三人は魔術学校の爆発事故の計画を練った。


   +


 つい前日に聴講生の資格を得たばかりのミキが、さっそく魔術学校に校内の見学を申込んだ。学習意欲があると評価する教師の一人が許可を出し、事務員が学校内の案内を命じられた。

 ミキは生徒らが熱心に学ぶ教室を見学し、さまざまな設備を案内してもらい、聴講生でも利用できる学校施設を教わった。


「この渡り廊下は、魔法使いギルドの二階に通じています。ギルドの書庫は魔術学校の図書室も兼ねていますので、教本や資料を探すときに利用してください」

「貸し出しできるのか?」

「残念ながら外部への持ち出しは禁止されています。読書机で必要な箇所を書き写すことは可能ですよ」


 学校事務職員に案内されながら、コウメイは爆発の規模や魔術玉を仕掛ける場所を探っていた。生徒の失敗を装うなら学校側に仕掛けるべきだが、道を挟んだギルドの壁も破ろうとすると、人命に影響しかねない規模の爆発になる。学校側は最小限、ギルド側に損害を大きくするにはどうすれば良いか。渡り廊下の作りを見極めながら、コウメイはギルド二階の書庫に移動した。


「これは何なんだ?」


 廊下を渡り終えた先の壁に棚が設置されていた。木製、金属製、魔石製、とさまざまな素材から作られた奇妙な物体が陳列されている。


「生徒の作成した魔道具です」


 魔道具と言われても、見た目から何の道具かを見極めるのは難しい。

 何でこんな場所にと不思議がるコウメイに、職員は魔道具師見習いの売り込みなのだと説明した。


「ここは学生にとっては図書室ですが、魔術師にとっては資料庫です。ギルドの魔術師だけでなく、街で店を持つ魔道具師や薬魔術師も利用します。そういった方々の目に留まれば、卒業後の修業先を得られますから」


 なるほど、売り込みを兼ねた就活なのか。ちなみにこれは何の魔道具なのかと魔石製の奇妙なものを指さして問えば、職員は「わかりません」と薄い笑いを返す。


「魔術師っていろいろいるんだな」

「ミキさんはどの職を目指すのですか?」

「俺は冒険者だからな。やっぱり討伐に使える攻撃魔術を習いてぇと思ってる」

「それなら学校長の特別講習は受けたほうが良いですね。なんと言ってもダッタザートで一番強い攻撃魔術師ですから」


 そんな会話をしながら構内の見学を終え、コウメイは魔術学校を出る。退出前に時間割をもらい、いくつかの講義に申し込みを入れた。

 見張りの視線を意識しながら、まっすぐに冒険者ギルドを目指す。

 冒険者ギルドの周辺に巡回を装った見張りはいない。昔とそれほど変わらない建物に入り、魔物討伐依頼の掲示板の前に立った。護衛や期間限定の兵士募集の掲示物を探す冒険者を観察する。


「……意外に多いな」


 斜めに見てもわかるほど、戦力を必要とする求人の板紙は多い。この中で兵士募集はどれくらいあるだろうか。ちょうど一人が板紙を手に離れた隙間にするりと割り込んだ。詳しく見ようと手を伸ばしたところで、隣にいた男に声をかけられた。


「あんた兵士をやりたいのか?」


 三十代の冒険者だった。短く刈られた髪は黒い。日焼けした肌とは正反対に、男の目つきは涼しげだが、黒い瞳からは真摯な熱を感じる。よく知る人物の面影がチラついて、コウメイは愛想良く笑みを返した。


「条件によっては考えてもいいかと思ってね」

「見かけない顔だが、ダッタザートははじめてか?」

「ああ、数日前に来たばかりだ」

「なら兵士や護衛は無理だぞ。討伐実績とギルドの審査がないと門前払いだ」


 男が指さした一枚には、ギルドの推薦もしくは半年以上の居住実績がある者に限る、と書かれていた。


「こりゃ厳しいぜ」

「あんた腕が良さそうだ、実績作りのついでに俺の討伐を手伝わないか?」


 男の表情は朗らかだ。だがその目には周囲への警戒がある。さりげなく動いた指先が、馴染みのある合図を送ってきた。

 コウメイは迷わず頷いていた。


「この街の知り合いを訪ねてきたのか?」

「いや、魔術学校に通うためだ」


 男はコウメイの身の上への質問を投げながら、大通りをゆったりと歩く。チラホラと見かける兵士や騎士を意識しながら男についていった。

 男が足を止めたのは、袋小路の先にある食堂の看板前だった。昼営業が近いせいか、美味そうな香りが漂っている。男は扉を叩き、堂々と店内に入ってゆく。


「連れてきたぜ、親父」


 扉を閉めた男は、奥の客席に座って待つ老人に向けてコウメイの背を押すと、そのまま入り口近くの椅子に腰を下ろした。


「お久しぶりです」


 白髪は多くなったが、まだまだ毛量は豊かな髪を、息子と同じように短く刈り込んだ老人は、驚くコウメイを見て楽しげに微笑んだ。

 連れてきた男とまだまだ精悍な老人を見比べて、コウメイは「やっぱりか」と苦笑いで問う。


「ここ、誰の店だよ?」

「俺の店です。といっても、名義は他人ですよ」


 食堂のない宿屋はいろいろと不便なので、少し前につぶれかけていた料理店を買い取って経営者になったのだという。


「冒険者ギルドの副ギルド長って仕事は、ずいぶん儲るんだな」

「とんでもない。長年の間、季節ごとに豊かな食材とともに宿を支援いただいた結果です」


 どこかの誰かが潤沢な資金をつぎ込んでくれたおかげで、隠れ家のような食事処や、小さな薬店を購入できたのだ。最近では金の使いどころに困っているので援助を止めてほしい。そう伝えてくれと笑みを返した老人は、コウメイに椅子をすすめた。


「それで、今回はどの名前を使っているんですか?」

「ミキだ。魔力があることを思い出した冒険者が、攻撃魔術を覚えたくて魔術学校に仮入学したことになってる」

「了解しました、三木(ミキ)さん、ですね」


 正面に腰を下ろしたコウメイを、ヒロはしっかりと見据える。


「今夜にでも訪問するつもりだったんだが、せっかちだな」

「屋根裏からの訪問者の置き土産が少々物騒で、じっとしていられなかったんですよ。息子に探させてミキさんを案内させました。何が起きているのか、説明してもらえますか?」


 ヒロの手の中にはシュウが残した結界魔石があった。これを必要とする最悪の事態をいくつも考えついたヒロは、コウメイたちの終結宣言を待つことができなかったのだ。

 ちょうど良いと、コウメイはヒロの手から結界魔石を受け取り、四隅に配置した。


「魔法使いギルドが冒険者ギルドに職員の調査を依頼したのは知ってるか?」

「ええ。魔術師で叛心を持つ者がいないかの行動調査だったそうですね。ギルドは該当なしと返答したらしいですが」

「ところが、ジョイスさんに領主から脅迫が届いた。同時期に魔法使いギルドの深層部に侵入した者がいるとわかった。一度じゃねぇ、何度もだ」


 ギルドの調査は改竄されているか、調査そのものがなされていない可能性がある。そう指摘されたヒロは、元部下らの不甲斐なさに歯がみした。


「うちやコズエに見張りがついていたのは、そういう理由でしたか……」

「領主の狙いは転移魔術陣だ。最終目的はおそらく東ウェルシュタントの独立。開戦の火種に利用する気でいる……ジョイスさんの推測だが、大きく外れてはねぇと思うぜ」

「それはまた迷惑な話ですね」

「まったくだ。独立したけりゃ正攻法でやれって思うぜ」


 結界魔石を渡されるのも納得だとヒロは拳を強く握りしめた。


「ミキさんが求めるのは魔法使いギルド職員の再調査ですか?」

「その時間はねぇな。冒険者ギルドに登録されている魔術師名簿ならすぐに手に入るか?」

「それなら夜までには」

「それと過去十年間に街に出入りした魔術師のリストがほしい」

「門兵の記録簿は時間がかかりますよ」

「二日あれば可能か?」


 さすがに期日が短すぎる。ヒロが眉間に皺を寄せて首を横に振った。


「その三倍は必要です。名簿から何を探したいのです?」

「ジョイスさんたちが把握していない魔術師が、領主に雇われてねぇか知りたい」

「それならリストは不要です。少し伝手があるので、貴族が魔法使いギルド外で仕事を依頼した魔術師がいないか探ってみます」


 二日あればそれなりの情報が得られるとヒロが約束すると、コウメイは肩の力を抜いた。


「頼む。それと、近々魔術学校でいつもの事故が起きる」

「ああ、学生の実験失敗ですか」


 相変わらず派手ですね、と小さくこぼしたヒロは、楽しそうに目を細めた。


「今回は少々規模が大きくて、魔法使いギルドの建物にかなりの損害が出る予定だ」

「ではその混乱に乗じて、協力者を送り込みましょう。ユウキ」


 ヒロは扉の近くで警戒にあたっている息子を呼んだ。


「聞いていただろう、混乱に乗じて魔法使いギルドの内部に目を光らせてくれ」

「ジョイスさんはこれまで心労が積み重なっていたところに、爆発事故がとどめになって寝込む予定だ。責任者不在の魔法使いギルドで活発に動き出す者がいるはずだ、そいつを見張っててくれると助かる」


 父親に命じられた息子は、不満そうに顔を歪めた。そして疑いも露わな目でコウメイを睨む。父親と、自分よりも年下に見える謎の色男を見比べ、厳しい顔で威嚇するように唸った。

 三十代後半のユウキは熟練の冒険者だ。重要な討伐ではギルドが率先して声を掛け、集団をまとめるリーダー格として頼るほどの実力と信頼を得ている。そんな彼が引退した父親の頭ごなしの命令に反発を覚えるのは当然だ。それが良き領主への謀反となればなおさらだった。


「親父はこんな奴の言葉に惑わされて、領主様に反旗を翻すのか?」

「まさか。惑わされてはいないし、反逆の意思もない」

「だが領主様の策に抗うのは、そういう意味になるんだぞ」


 ユウキは殴りかからんばかりの勢いで父親に迫った。


「領主様が東側の俺たちを守ろうとしているのに、親父は何を考えているんだ!?」

「……西に従っていては東も共倒れになる、そうさせてはならないという領主の考えには俺も賛成だ」

「だったら」

「だがそのために俺たちが利用されるのを黙ってはいられない」


 断固としたヒロの気迫と射貫きそうな眼差しに、一人前の冒険者であるはずのユウキが怯んだ。


「領主はコズエおばさんの夫に侵略の罪を着せるつもりなんだぞ」

「それはコイツの想像だろっ」

「今は想像だが、高い確率で現実になるだろうぜ。その根拠はある」


 父親の胸ぐらに伸びる手を、コウメイが掴み阻んだ。


「主命によらない侵略行為は、一族郎党が死罪になるほどの罪だ。知らないわけねぇよな?」

「領主様が命じるなら」

「命じてねぇんだよ。ヘル・ヘルタントとの戦を続ける現王家の専横に、これ以上は従えねぇってお題目で独立を宣言する領主が、先に西に攻め入るわけにはゆかねぇんだよ」


 それでは現王家と同じ、いや、ただの反逆にしかならない。大陸の他国と対等であると認められる方法で独立しなければ意味がないのだ。


「命令できねぇから、ジョイスさんを脅してんだよ」


 ダッタザートからアレ・テタルへと攻撃魔術師や兵士を送り込み制圧する行為は、まごうことなき侵略だ。どう言い訳しても王家への反逆なのは事実、最終的に東が独立を果たしたとしても、最初の侵略の罪は見逃されはしない。その罪を誰かに負わせねばならない――ダッタザート辺境伯はジョイスと魔法使いギルドに罪を被せる計画なのだ。


「脅されてたって言い訳は通じねぇし、領主も認めねぇだろうからな」

「……領主様が、そんなことをするはずが」

「ユウキ、おまえも宿やコズエおばさんを見張る騎士には気づいているだろう?」


 強い怒りをおさえたヒロの声が息子に問う。昼夜を問わず複数の騎士の姿が、澤と谷の宿や小枝工房を見張っている、それが本当に街の治安維持を目的とした巡回だと信じるのか、と。


「おまえの領主を慕う気持ちはわかるが、自分や親しい者が冤罪で死罪になっても許せるのか? そうまでして領主に忠義を尽くしたいのか?」


 ジョイスとコズエだけではない、魔術師にとって弟子は血縁よりも強い絆を持つ。当然アカリも連座は確実だ。領主が己の正義を主張するなら、遺恨は残さないはず。両親であるヒロやサツキ、弟のユウキやその家族も、見逃さないだろう。

 大義には犠牲が必要かもしれないが、そんな犠牲でいいのかと問われ、ユウキから血の気が失せた。

 ダッタザートで生まれ、領主様のもとに栄える街で豊かに育ち、冒険者として各地を旅したユウキは、ウェルシュタント国のいびつさもよく知っている。王都で長く暮らした後ダッタザートに戻ったユウキは、辺境伯の善政がよけいに身に染みていた。だからこそ、領主が王家の横暴をこれ以上我慢ならぬと立つならば、ダッタザートの冒険者として戦う覚悟はあった。しかし父やミキの話が真実だとしたら、その覚悟も決意も揺らぐ。

 それでもまだ疑いたくないユウキは、強く唇を噛んだ。


「……その男が嘘を言ってないって保証はあるのか?」


 不穏な情報を持ってきたのは、自分よりも若く、高級娼婦のヒモといわれても納得できる色男だ。しかも偽名を名乗っている。そんな相手の言葉を無条件に信用する父親を、ユウキは信じ切れなかった。


「保証か……」

「これから数日の間に起きることを自分の目で確かめて、それで判断しちゃどうだ?」


 信頼の根拠を説明できないヒロに代わり、コウメイがユウキに語りかける。


「俺たちはジョイスさんやコズエちゃん、ヒロやサツキちゃんの平穏を守りたくて暗躍している」


 コウメイの口から出たコズエやサツキの名を聞いて、ユウキの頬が不快げに歪む。


「これから魔法使いギルドは混乱する。そこで何が起きて、誰がどんな行動をするのか、見極めろ。自分の目で確かめて、それでも俺たちの行動が間違ってると判断したなら、妨害すればいい。領主にこっちの情報を持ち込めば、妻子の助命くらいはできるかもしれねぇぜ」

「親父たちを売れと?」

「選択の幅はどんどん狭くなるだろうぜ。今なら両親と妻子の両方を守れるが、先に進めばどちらかを、終いには自分か妻子かの選択を迫られるのは間違いねぇ」


 父親を前に答えにくいが、ユウキの選択は決まっていた。表情からそれを読み取ったコウメイは、頼もしげに目を細めて友人の甥っ子を見た。


「コズエちゃんはジョイスさんがしっかり守るだろうし、ヒロとサツキちゃんも俺たちが逃がすから心配すんな」

「サツキちゃんって……あんた、俺の母さんの何なんだよ」


 恥ずかしさと悔しさ、そして母親に対する親しげな態度への不信感にカッときたユウキが、父親に訴える。こんな色男を信用していいのか、と。


「ミキさんの顔は昔からこんなだが、サツキのタイプじゃないから心配はいらんぞ」

「なにげに惚気やがって、アキに言いつけてやろうか」

「ははは」

「……親父ぃ?」


 ヒロとコウメイ(ミキ)の乾いた笑いが店内に広がった。

 笑い合う二人の呼吸は、何十年もの付き合いを感じさせる。

 ミキの見た目は自分よりもはるかに若い。年の離れた弟か、下手をすれば我が子の方が年齢が近いのではないか。そんな謎の人物と父親に、実の親子とは異なる強い信頼と絆を感じ、ユウキは不思議な悔しさを噛みしめた。


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