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05 無関心なレイモンド



 トントン、と。コウメイが己を拘束するシュウの腕を叩いた。


「暴れんなよー?」


 シュウに確認され、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。ゆるりと力を抜いたシュウから離れたコウメイは、まっすぐにアキラに詰め寄り、噛みつきそうなほど近くで無言で見据える。間近で睨みつけるコウメイが鬱陶しいとばかりに、アキラは顔を背けた。


「ジョイスさん、水鏡の会議は明日ですよね?」

「あ、ああ、そうですね。もうみなさんギルドにいないでしょうから……」

「猶予はどのくらいありそうですか?」


 領主からのやんわりとした脅迫文には、返答期日は書かれていなかった。


「い、一ヶ月……いえ、長ければ半月、短ければ十日、でしょうか?」


 こればかりは自信がなさそうだが仕方ない。じっくり十年もかけて準備してきた反逆の計画だ。もたもたしていて綻びを作るような下手は打たないだろう。 


「……脅迫されてはじめて見張りに気づき、その確認に二日。疑心暗鬼から職員を頼れず、自分一人での情報収集に三、四日、そこから副ギルド長と意見の摺り合わせと話し合いに二、三日。ギルドを裏切る決断をするまでの葛藤に数日ってとこだろうぜ」

「そのくらいまでなら領主は不自然に思わないでしょうね。もう数日引き延ばす策を考えましょう」


 ぶすっとしたコウメイが淡々と吐き捨て、アキラに前向きに策を練ろうと励まされて、ジョイスとパトリスは背筋を伸ばした。

 領主に決断を迫られる前に、全てを終わらせなくてはならない。時間がないと気合いを入れた二人は、どこに何を、どの順番で確認し、どう調整しなくてはならないかを書き出した。


「各国ギルド長の説得は明日から、改変魔術陣の構築はすぐにでもはじめなければ間に合いませんよ」

「転移魔術陣に手を加えるのですから、エルフの許可も必要ですよね?」

「そ、それが一番最初です」

「改変術式はどのくらいで完成するんだよ?」

「そっちが一番難しいかもしれないな」

「エルフに聞いてみりゃいーじゃん」

「素直に教えてくれるかねぇ」

「改変自体に反対されたら、自力でやるしかないが、どうしたものか」


 ともかく、最難関であるエルフとの対面を急ごうと、彼らは再び転移室におりた。


   +


 転移室の扉を閉めた途端、パトリスがおどおどと言った。


「お、俺が同席する必要はないですよね?」

「今さら何言ってんだよ?」

「だって、俺は副ギルド長ですよ。管理者の存在は聞いてますが、一度も関わりなかったのに……俺は部屋の外で待機してたほうがいいんじゃありません?」


 逃がすものかとシュウは腰の引けたパトリスの肩に腕を回した。

 脅える気持ちはよくわかるがと、ジョイスが気の毒そうに副ギルド長を振り返った。


「僕に何かあったときのために、あちらの方につなぐ方法を覚えておいてもらいたいですし、あちらの方に承認してもらう必要もありますから……遅かれ早かれ、次のギルド長はあなたなんだから、良い機会だと思いますよ」


 次はお前だと宣言されたパトリスは、真っ青になって震えた。もっと頭の良い魔術師を探して押しつけてやる、と小さく呟いた声はシュウだけが聞き取っていた。

 五人は転移魔術陣の外縁に沿って立った。

 ジョイスが銀の透かし蓋のついた香炉のようなものを掲げる。

 ふわりと肌を撫でるあたたかな風に目をやると、ジョイスの魔力が香炉に注がれていた。

 シャリン、シャリン。

 魔力の流れが増えるにつれ、鈴の音が狭い転移室に響いてゆく。

 せせらぎのようだった鈴の音は、やがて濁流のごとく荒々しくなり、途切れのないその大音量は痛みを伴いはじめた。アキラは歯を食いしばり、パトリスも拳に力を込めて耐えている。「うるせぇ!」とコウメイは怒鳴りたいのをこらえた。唯一なんの痛みも感じないシュウは「俺の知ってるエルフの呼び出しと違う」と首を傾げている。


『レイモンド、来ていただけますでしょうか?』


 ジョイスが呼びかけた直後、鈴の音がピタリと止まった。


「……何の用や?」


 声と同時に、一人のエルフが転移魔術陣の中央に現われた。

 栗毛の長い髪はまっすぐで腰の辺りまである、緑柱石のような瞳をした男性エルフだった。彼は面倒くさそうに一同を見回し、呼び出した主で視線を止めた。

 見据えられたジョイスの足が震える。無意識のうちに一歩、二歩と後退していた。


「用もあれへんのに呼び出したんか?」

「ああ、ああありますっ」

「ほなさっさと言わんか!」

「はひいぃっ」


 ダッタザートのエルフはずいぶん短気なようだ。ジョイスが詳細の説明をはじめると「面倒や、結論だけ言えや」とすっぱり切って捨てた。


「て、転移魔術陣の、かかか、改変の許可、を、いただきたいと」

「好きにしたらええわ」

「へ?」


 決死の思いで呼び出し伺いを立てたのだというのに、即答だった。さすがのアキラも目を丸くし、コウメイとシュウの口もぽかんと力なく開いている。


「よ……よろしいので?」

「この転移の魔術陣はジブンら人族が復元したモンやん。ワシらが作ったもんと違うんやし、いちいち伺い立てんと好きにしたらええやろ」


 関心のなさそうなレイモンドの返答に、アキラは不安と疑念を抱いた。そんなに簡単でいいのか、何かの罠ではないかと疑いたくなるのは、彼らのよく知るエルフのせいかもしれない。コウメイは頬を引きつらせ、シュウも眉間に深い皺を作って栗毛のエルフを見据えている。

 あまりにも簡単に許可が得られたせいか、ジョイスも素直に頷けないようだ。


「て、転移魔術陣を、守るのが、ぼ……私に課せられた盟約だったはずですが」

「上にのっかっとるだけのオモチャが多少壊れたかて違反にはならん。そんな基本も忘れとんのか……」


 呆れよりも蔑みの度合いの濃い視線がジョイスとパトリスに向けられた。魔力のこもるその視線は、全身の皮膚という皮膚に針が刺さったような痛みをもたらしている。パトリスは身動きすらできず、息も絶え絶えだ。ジョイスは何とか立て直してレイモンドに請うた。


「か……改変の術式を、助言いただけませんか?」

「はぁ?」

「ひっ。あ、あの、期限が迫っ、てっ。改変術式を構築する時間が」


 ドスの利いた一言とともに睨まれて、半泣きのジョイスが跳び上がった。

 小動物のようにふるふるするジョイスを指さして、レイモンドがアキラを振り返る。


「銀の、コレなに言うてんのや?」

「転移魔術に双方の承認が必要になるよう、改変したいのだそうです。こちらの事情で数日以内に改変を終えなくてはならないんですよ」

「なんでワシがやらなならんのや。ジブンが手伝ったったらええやろ」

「……私ですか」

「他におるんか?」


 苦笑いのアキラに、レイモンドが顎をしゃくる。そしてコウメイのヒリつくような刺々しい気配を一瞥で封じた。


「手伝うと言いましても、私はこれまで転移魔術陣に触れてこなかったので、よくわからないのです」


 もっと時間があればじっくり魔術陣と向き合って研究を深めるのだが、一週間ではとても間に合わない。


「いっちゃん古いんと、改変例を比較したらわかるやろ。ちゃちゃっとやってまえ」

「一番、古い」

「ああ、ワシが言うとんのは人族が真似たヤツやで。ナナクシャールと深魔のは別もんやさかい、あれ参考にしたらアカン」


 ナナクシャール島はともかく、深魔の森の転移魔術陣と聞いて、アキラの目が何度も瞬きする。レイモンドの魔力で固められたコウメイも目を見張り、シュウからは思わずといった声が出ていた。


「え、地下のあれ、そーなの?」

「それやない。もっとずっと奥に隠れとるヤツや」


 心当たりのあるアキラは、なるほどと頷く。迷宮都市から転移した場所がレイモンドの言う転移魔術陣のある場所なのだろう。そのうち探し出すことになりそうだが、今はダッタザートだ。


「一番古い物と、改変の済んだものを比較すれば、改変術式がわかるのですね?」

「それ見て術式構築でけんようなら、ワシに術式もろたかて埋め込むこともでけんやろ」


 身の丈に合わない高度な知識は身を滅ぼすだけだ、と冷たく告げて、レイモンドはジョイスの手から銀香炉を取り上げた。


「こないしょうもないコトでワシを呼び出すんやない。次は代替わりんときやで。それ以外で呼びつけたら……わかっとるやろな?」


 ジョイスとパトリスを緑柱石の目で睨み据えたレイモンドは、ヤクザかチンピラのような脅し文句を残して消えた。


   +


 音もなく、一瞬でエルフが去った転移室は、五人が同時にもらしたため息で埃が舞い上がりそうだった。


「こここ、怖かった……っ」

「ギルド長はちゃんと喋ってたじゃないですか。俺なんか息をするのも怖くて、窒息するかと思いましたよ」


 エルフの放つ魔力に圧倒されたパトリスは、己の吐息がレイモンドの気を引くのを恐れて、息を止めていたらしい。


「最も古い転移魔術陣と、改変の済んだ転移魔術陣か」


 レイモンドの言葉を反芻するアキラの横顔は、かすかに喜色を帯びていた。それに気づいたコウメイが、不機嫌さをぶつけるように詰め寄った。


「何でアキは楽しそうなんだろうな?」

「……そんなつもりはないが」


 アキラは残念そうに己の左手首に目を落とす。これがある限り、転移魔術陣の改変に関われないのはわかっている。

 魔力の圧力から解放されたジョイスとパトリスは、今だ震える手足をなだめ、なんとか立て直した。


「え、エルフの許しを得られたので、あとは各国ギルドの説得と、改変術式の構築ですが……」


 チラリとジョイスの視線がコウメイの顔色をうかがった。何を言いたいのかを察したアキラが、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「ギルド長の仕事はジョイスさんにしかできません。魔術陣の調査は私が行きたいのですが、これがあるので」

「あの、可能なら、行っていただけますか?」

「ええ、それは願ってもないことですが……」


 段々と険しくなるコウメイの表情とは裏腹に、ジョイスの顔は安堵にゆるんだ。


「大丈夫です。僕がダッタザート魔法使いギルド長としてアキラさんに調査を依頼すれば、その契約魔術に反しません」

「……そうなんですか?」


 コウメイとシュウが首を傾げるのはわかるが、アキラまでが疑問に思うのはどうかと、ジョイスは呆れの表情だ。


「アキラさん、術式の全容を把握していませんね?」


 己を縛るモノは細部まで認識しているべきだろうにとボヤキながら、ジョイスは意外に抜けている弟弟子に説明する。


「アキラさんが結んだ契約魔術は、許可なく転移魔術陣に関わることを禁止する、というものです」

「ええ、間違いありません」

「この許可の部分ですが、誰の許可であるかは刻まれていないのはご存じですか?」

「どういう意味でしょう?」

「僕がアキラさんに、依頼に必要だとして許可を出せば、転移魔術陣に触れても罰はくだらないんです」

「……本当ですか?」


 半信半疑のアキラに、ジョイスは素早く術式の写しを作って見せた。

 目の前に現われた魔術の線を追いかけたアキラは、全ての文字と数字を読み込んで脱力した。ミシェルと契約を交わしたころは、魔術陣を読み解く力はなかったし、そういうものだと受け入れたままここまで来てしまった。どこかで確かめていれば、と後悔が湧いてくる。


「どうやらジョイスさんからの依頼を正式に請ければ、転移することも魔術陣を分析することも可能のようですね」


 アキラの声が弾んでいる。忌々しげにコウメイが契約魔術の残る腕を掴んだ。


「本当かよ?」

「試せばわかるぞ」

「止めろ、まだ請けてねぇだろ!」


 転移魔術陣に手を伸ばそうとするアキラを引き寄せて止めたコウメイは、疲労のにじむため息をついた。


「パトリックさん、あんたじゃ駄目なのかよ?」

「俺は攻撃魔術師ですよ。魔武具の魔術構築も多少はたしなんでいますが、転移魔術陣なんてとてもとても」

「ぼ、僕は各国のギルド長との交渉があります……」


 交渉も転移魔術陣も、ジョイスはどちらも専門ではない。正直、どちらもアキラのほうが上手にまとめあげると思うが、各地のギルド長との折衝を託すのは責任放棄だ。

 タイムリミットが存在し、制約がなくなった今、アキラがやるのが最も成功率が高い。それはわかっているのだが、と苦虫をかみつぶすコウメイの肩を、シュウが諦めろと軽く叩いた。


「アキラがやる気満々なんだからさー、止めらんねーって」

「……わかってる」


 コウメイの据わった目が、嬉しさを隠そうとして失敗しているアキラと、申し訳なさそうにしながらも顔を背けるジョイスを睨んだ。

 改変済みの魔術陣というのは、おそらく人の転移ができなくなったトレ・マテルを指しているのだろう。だが古さは部外者にはわからない。


「それで、一番古い転移魔術陣ってのはどこにあるんだ?」

「ケギーテです」


 マナルカト島の地下、水中のあの魔術陣がそうなのかと、コウメイもアキラも驚いた。


「新しそうだったのにな」

「何をもって『新しい』とするかは変わるかもしれませんが、おそらくあそこの転移魔術陣が最もオリジナルに近いものなんですよ」


 これも魔法使いギルド長に引き継がれる知識である。そんな前置きをして話しはじめるジョイスの説明に、アキラは興味深げに耳を傾けた。


   +


「魔法使いギルドが設立された順番なら、最古がアレ・テタルですし、ダッタザートが最も新しいのですが、転移魔術陣の古さとなると、復刻したものか修復したものかで違ってきますね」

「復刻と修復って、それどー違うんだよ?」


 こんがらがったらしいシュウが「同じじゃねーのか」とぼやく。


「あちこちで発見された転移魔術陣の破片をつなぎ合わせて、術式を再構築し再現したものを復刻転移魔術陣、ほぼ完璧な状態で発見されたものを修復したものを修復魔術陣と区別しています」

「復刻と修復だと、どっちが古いんだ?」

「年数だけを数えるなら、最初に転移魔術陣を復刻させたのはヘル・ヘルタントになります。そのあとにアレ・テタル、リウ・リマウトと続くのですが」


 思わずコウメイが割って入った。


「ヘル・ヘルタントって、あそこの魔法使いギルドは王都じゃなかったか?」

「そうですよ。しかも王城の中にあるんですよ、魔法使いギルドの塔と転移魔術陣が」


 王家と距離を取る魔法使いギルドが多いのに、何故ヘル・ヘルタントだけがそこまで親密なのか。その当然の疑問にもジョイスがさらりと答えた。


「初代の魔法使いギルド長が、王族の方だったらしいんですよ」


 今とは異なり、はじめて魔法使いギルドが結成された当時は、まだ王族や貴族の中にも強い魔力を持つ者がおり、当然のように国の重鎮として働いていたのだという。


「各国の王が転移魔術陣を要所に設置させようとしましたが、遺跡のあった場所でしか復刻できなかったらしいのです」


 ヘル・ヘルタントは王家が転移魔術陣のある場所に王城を築いたが、他の王家は都を移すほど重要視しなかったらしい。


「それと復刻の順番と転移魔術陣自体の古さは別でもあります」


 転移魔術陣の痕跡が残っている場所で、文献や各地の調査の破片をつなぎ合わせて原術式を再現したのが復刻転移魔術陣だ。ダッタザートやアレ・テタルといったほとんどの転移魔術陣はこちらになる。


「復刻が早いのは、発見された魔術陣の痕跡がより鮮明だったからに過ぎません」


 下書きが鮮明に残っていれば、復刻させた魔術陣をより正確に上書きする際の間違いも少なくなる。


「対してケギーテの物は、魔術陣がほぼ完璧な状態で発見されたそうです。消えかけていた術式をなぞる程度の修復でよみがえったと聞いています」


 過去の研究者らは、ケギーテの魔術陣の全容を写し取ることができれば、不安定な復刻魔術陣を書き換えられるに違いない、と考えたのだが。

 チラリと、ジョイスが申し訳なさそうにアキラに視線を流す。


「……転移魔術陣を写し取るのに、相当な魔力が必要になるんです。破片の写しですら当時の魔術師が数人がかりであたったとか」


 いまだケギーテは転移魔術陣の全容を写し取れていないのだという。

 転移魔術陣の存在を知った魔術師で、興味を持たなかった者はいない。誰もが一度は写し取って研究し、自分だけの転移魔術陣を得たいと考える。けれどそれを実行し、実現させられたのはわずか数名だ。しかも神々やエルフが残した魔術陣そのものを再現できた魔術師はいない。


「もしかして、その数名の中に私たちの師匠も?」

「いえ、僕が知っているのは師匠のお兄さんです……最初で最後の濃紫級魔術師でした」


 アレ・テタルの街中で便利に使っていた転移陣は、ミシェルの兄の遺産だ。


「今回の改変も相当の魔力を注ぎ込むことになると思うので、魔力回復薬を多めに預けますね」


 鍵付きの戸棚に保管されている錬金薬は二十本ほど。その大半が特別製の魔力回復薬だ。一度に回復できる魔力量は、市販の錬金薬の数倍に設定されている。ジョイスから渡されたそれを見て、コウメイの機嫌がますます悪くなった。余計な口を開かせまいと、アキラは調査先を問う。


「最古のケギーテ、それと改変済みというのはトレ・マテルで間違いありませんよね?」

「はい、その二つの他に考えられませんから」

「写しは残っていないのですか?」

「五十年近く前に、エルフ族によって廃棄されたと聞いています」

「ケギーテはともかく、トレ・マテルまでの移動をどうするかな」

「最も近い魔法使いギルドはウナ・パレムですが、ここには転移できませんし。二番目はマーゲイトですけど、そこから何日かかるのか……」


 残された時間から逆算すれば、移動にかけられるのはせいぜい二日だ。しかし険しい山を下りるのに半日以上、その後昼夜問わず馬を走らせたとしても、とても一日ではたどり着ける距離ではない。あらためて地図で距離を確かめたジョイスは、改変は計画の段階で頓挫かと絶望しかけた。


「マーゲイトからなら、ギリギリかな」

「え? アキラさん、本気ですか?」


 驚きに開いたパトリスの口は、顎が外れそうになっている。いったいどうやってと興味をくすぐられたジョイスが具体的な手段をたずねたが、アキラはやさしげな微笑みを向けるだけでその手段を明言しなかった。


「移動時間を計算すれば、これからケギーテに向かうべきですね」


 その言葉を聞いたコウメイは、今すぐにでも転移部屋に向かいそうなアキラの腕を掴んで引き止めた。空いた手でマント掴み取り、長椅子で寝ているシュウを蹴り落とす。


「がっ、ってー。何すんだよコーメイ」

「アキ、仮眠を取れ」


 時間がないのはわかっているが、他国ギルドに忍び入り転移魔術陣を写し取る作業に、徹夜のコンディションで従事させるわけにはゆかない。睡眠不足は効率が落ちるだけでなく、失敗や怪我を招きかねないからだ。


「俺も仮眠とってたんだけどー?」

「シュウは起きて番してろ。仮眠ならアキの作業中にいくらでもできるだろ」


 長椅子にアキラを押し倒し、毛布代わりのマントを押しつける。アキラの身体にもたれるようにしてコウメイも床に腰を落とした。再びここに忍び入る禁を犯すくらいなら、ジョイスの執務室を借りて仮眠を取り、ギルドに職員が出勤してくる前に発つのが最も安全で確実だ。


「最低限の打ち合わせは終わったんだし、ジョイスさんも寝たらどうだ? 睡眠不足で他所のギルド長を丸め込むのは難しいぜ」

「そうですね、ギルド長も宿直室に戻ってください。使用した形跡がないと怪しまれます」


 連日の心理的疲労と今夜の頭脳労働により、ジョイスもそろそろ限界に近い。ジョイスがパトリスに地下通路から追い返されると、アキラも諦めて目を閉じた。すぐに静かな寝息が聞こえはじめる。


「旅支度、頼んだぞ」


 シュウにそう指示を出して、コウメイも静かに目を閉じた。


   +


 二の鐘が鳴ると、コウメイとアキラが目を覚ました。

 シュウは欠伸をかみ殺し、荷袋を足元に置く。


「準備はできてるぜー」


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