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04 決断



 現ウェルシュタント国は、ギルジェスタ山脈の東にあるレリエント国が、西のウェルシュタント国に併合されてできた国だ。


「ギルジェスタ山脈に隔たれた両国がどうして併合され一つの国となったのか、アキラさんたちはご存じですか?」

「両国に戦争が起き、西ウェルシュタントが勝利した結果、という程度しか知りません」


 残されている歴史書の記述はそれほど多くはない。庶民が学校で学ぶのは、生活に必要な計算と読み書きが中心だ。上級学校や貴族学校なら古代語や歴史も学ぶが、それも国に都合の良い内容に偏っている。


「地理的条件から、どうやって併合したのかずっと不思議に思っていたんですよね」

「あの山脈を越えて攻め込むのは、かなり難しいだろ。大軍で攻め入れるような地形じゃねぇし」

「いくら軍隊でも、山越えはキツそーだよな」

「行軍できそうなのは中央街道くらいでしょうか」

「地形的に、戦争は長引いたんじゃねぇか?」


 ジョイスは暗い笑みを浮かべ、首を横に振った。


「戦争はわずか一ヶ月だったそうですよ……西ウェルシュタントは、転移魔術陣を使ったんです」

「まさか軍勢を、ダッタザートに転移させたんですか?」

「軍勢ではなく、刺客をアレ・テタルからダッタザートに送り込みました。当時の魔法使いギルドを制圧し、攻撃魔術師兵を殲滅したのです。そして次々に精鋭部隊を転移させ当時のダッダート領主を密かに討ちました」

「周りは気づかなかったのかよ」

「当時の領主を脅し従わせたのか、それとも裏切りがあったのかはわかりません」


 それと同時期に、西ウェルシュタント軍は北と南から同時にレリエント国に攻め入った。魔術師兵を含む陸軍が中央街道から南へ、海側からは海軍が北へと侵攻し、南北から王都リアグレンを目指したのだ。


「南と北に戦力を分けると、王都の守りが薄くなる」

「西ウェルシュタントの狙いはそこだったのでしょうね」


 レリエント王はダッタザートの魔術兵に、国境周辺の領主軍らとともに、リアグレンの守りにつくように命じた。そして偽ダッタザート兵団は、堂々と出兵したのだ。

 ここまでくれば結末を想像するのは容易い。


「味方だと思っていた軍勢に攻め込まれて陥落、か」

「ジョイスさん、その話をどこで知ったのです?」


 アキラは大陸の主立った歴史書には全て目を通しているし、あちこちに隠された古書や私的な回顧録なども読みあさってきた。だがアキラは、ジョイスの語ったような内容の歴史書を読んだ覚えはない。


「正式にダッタザートのギルド長に就任する前に、師匠に教わりました。当時のギルド長の回顧録が、アレ・テタルの特別閉架書庫の奥深くに隠されているそうです」


 ダッタザートがアレ・テタルの管理下から離れ、ジョイスに任されると決まったとき、転移魔術陣を管理する者として知っておかねばならない知識をいくつも教わった。その中の一つだ。


「ダッタザート辺境伯は、かつてレリエント国が滅びた戦争と同じ手段で、王都シェラストラルに攻め入るつもりなのではないでしょうか」


 表に出せない建国の詳細も、王家では代々伝えられているはずだ。何人もの王子、王女が養子や降嫁したダッタザート辺境伯にも、それらが伝わっていてもおかしくはない。

 引っ張り出した地図に全員の目が集まった。ジョイスがアレ・テタルを指さし、アキラが王都に入る谷の関門に魔石を置いた。


「アレ・テタルから早馬でわずか一日の距離ですし、守りが堅い関所ですが、攻撃魔術師……いえ、魔術玉が使い放題なら突破は難しくないでしょうね」


 遠征と称し軍勢を山脈北に送っておけば、タイミングを合わせて流れ込める。


「同じように攻めるなら、当然ここも攻撃対象だぜ」


 コウメイの指が港町トルンからエンダンの海軍拠点へと航路をなぞる。エンダンから王都まで、軍馬を走らせれば半日もかからない。王都陥落はあっという間だろう。


「東はギルジェスタ山脈だ、北と南を封じられれば逃げ場は西しかねぇが」

「オストラント平原にはヘル・ヘルタント軍がいる。あちらに逃げるわけにもゆかないだろうな」

「あー、これ、完全に詰むじゃん」


 シュウの鼻先に皺が寄った。逃げ場もなければ、援軍も期待できないのであれば、敗北は確定だ。


「ダッタザート辺境伯は王家に成り代わるつもりだろうか?」

「いや、それはねぇな。どう考えても西はお荷物でしかねぇ。後始末も面倒だし、そんなものいらねぇだろ」


 王都に攻め入る手前で交渉を持ちかけ、東側の独立を認めさせるのが最終目的だろう。交渉の決裂は考えられない。少なくとも、これまで税とは別に軍事支援として供出させられてきた穀物を、今後は適正価格で買い取らせる契約くらいは結ぶはずだ。


「俺ならそうするぜ」

「独立が目的ではないと?」

「もちろん独立できりゃ最高だが、戦法から見ても短期決戦を考えてるみてぇだし。欲張るよりは、最低の線に落ち着けたいんじゃねぇかと思うぜ」

「王家が開き直ったらどーすんだよ」

「西なんか欲しくねぇんだぜ、最初から逆ギレさせねぇように交渉を畳みかけるに決まってんだろ」


 王家が一歩も引かずシェラストラルで開戦となれば、東側も攻めるしかない。勝ってしまえばお荷物を引き受けねばならなくなるが、負けるわけにもゆかないという非常に面倒くさい戦争になる。そうならないよう短期決戦を仕向け、王家に考える猶予を与えないよう、交渉の落とし所は決めてあるはずだ。


「ダッタザート辺境伯は最終目標を東側の独立、最低でも穀物取引の正常化あたりを考えてるんじゃねぇかと思うぜ」

「魔法使いギルドへの圧力は、その準備というわけですか」


 ダッタザート辺境伯らの主張は納得できる。正義とまでは言い切れないが、心情的には味方したい。だからといってジョイスらが利用され、使い捨てにされるのを見過ごすわけにはゆかないが。


「コズエちゃんたちを人質にして、ジョイスさんに兵士を転移させるのが領主の狙いとわかったところで、どうする?」


 コウメイは二人の魔術師を交互に見た。


「魔法使いギルドとして、どうしたいんだ?」

「そんなの、最初から決まっています。転移魔術陣を政争に利用させるわけにはゆきません」


 ジョイスは強い口調で言い切った。


「領主だけじゃねぇ、ダッタザートの街の為になる話でもか?」

「この地に住むジョイスさん個人にも利のある話ですよ?」

「それでも、してはならないんです」


 背筋を伸ばしたジョイスは、力のこもった目でアキラたちを見た。


「転移魔術陣の使用が上級色に制限されるようになったのは、かつての過ちの反省からでした」


 レリエント国が併合される前の魔法使いギルドでは、魔術師なら誰でも転移魔術陣を使うことができていた。転移陣を起動できる魔力操作の力があれば、たとえ魔術師になりたての黒級でも他国ギルドへ転移できていたのだ。

 ところが、思慮のない黒級魔術師が王家に取り込まれた。結果、多くの魔術師が殺され、ダッタザートの魔法使いギルドは壊滅してしまったのだ。


「魔力さえあれば誰でも使える状態では、同じ事が何度でも起きてしまいます。魔法使いギルド長らが話し合い、転移魔術陣に制限をかけました。あちら(エルフ)の管理者の方々の力を借りて、全ての転移魔術陣を改変したのです」


 話を持ち込まれたエルフたちは、好きにしろ、と素っ気なかったそうだ。面白がった二人のエルフが手を貸し、転移には魔力だけでなく古代魔術言語の詠唱が必須と改変された。古代魔術文字だけならたいていの魔術師は習得するが、発声語はそれを会得できる才能と許しがなければ教えられない。

 そうして魔法使いギルドは転移魔術陣の使用者を限定したのだ。


「領主の脅迫に屈したくありませんが、現実としてどう対処するんです?」


 ギルドの秘密をはじめて知ったパトリスは、期待するような表情で領主と戦うのかと問いかけた。


「戦うにしても、内通者をどうにかしておかないと、何をするにしてもかなり不利ですよ」


 現在の魔法使いギルドには多くの職員と、所属する魔術師、そして学校の生徒がいる。親族が人質にならないとなれば、次は職員や学生らが狙われかねない。

 パトリスの訴えに、ジョイスはわかっていると短く返し、アキラを仰ぎ見た。


「……転移魔術陣を、改変します」


   +


「改変!」

「できるのですか?」

「……アキラさんがいれば」


 ジョイスは上目遣いに銀髪の弟弟子を見る。エルフ族のアキラならできるはずだと、その瞳が訴えていた。


「ふざけんなよ」


 アキラが返事をする前にコウメイが遮った。シュウも苦々しそうな顔でジョイスを見据えている。


「コウメイ、ちょっと黙っててくれ」

「黙ってられるかよ。ジョイスさん、ここの責任者はアンタだろ、アキに押しつけるんじゃねぇ!」


 一変したコウメイの殺気をまとう気配と刺だらけの声色に、ジョイスとパトリスの背に冷たい汗が流れた。


「で、ですがっ」

「アキにやらせるんじゃなくて、自分でやれ。できねぇなんて言わせねぇぞ」


 射殺された、と錯覚するほどの強い目線に、ジョイスは唾を飲み込んだ。


「ぼ、僕は……僕には、エルフの方々との、こここ、交渉はっ」

「それがてめぇの仕事だろ」

「コーメイ、ちょっと黙ってよーぜ」

「あぁ? ふがっ」


 シュウが今にも斬りかかりそうなコウメイを腕を回して押さえ、大きな手で口を塞いで引き離す。これでいいのかと問いかける視線に、「そのまま待機」とアキラが短く命じた。

 パトリスは困惑の表情で蒼白になり震えるジョイスと、殺気を振り撒くコウメイを交互に眺め、何がどうなっているのかと視線で問う。

 アキラは苦笑いで袖をまくり左手首をあらわにした。


「私にはこのような枷がつけられていまして」

「契約魔術? 転移魔術陣への制限ですか、なるほど」


 術式を読み取ったパトリスは、コウメイが激高するのも当然だと目を細める。

 その向こうで、ジョイスが驚愕に目を見開いていた。唇が動き、声にならない言葉を紡ぐが、パトリスはそれに気づかなかった。


「ギルド長と同じ青級ですし、魔武具や錬金魔術にも詳しいのですから、改変はアキラさんにお任せできれば安心ですが、それがあるのにお願いするのは酷ですよね。ギルド長がやるしかありませんが……」


 自分もジョイスも本職は攻撃魔術師だ、魔武具師や錬金術は片手間でしか扱っていない。そもそも転移魔術陣の改変術式の案すら考えつかないのだ。どうすれば良いのかとパトリスは途方に暮れた。


「ジョイスさんが言ってたじゃねーか、前んときはエルフに手伝ってもらったって」


 コウメイを拘束したままのシュウが、今回もエルフに手伝ってもらえばいいのだと話を向ける。


「管理者とかってヤツ、ジョイスさんは呼び出し方知ってんだろ?」

「……」

「ジョイスさん?」

「ははは、はいっ?!」


 銀色の瞳にのぞき込まれて、ジョイスが我に返った。


「ダッタザートのエルフと交渉はできませんか?」

「あ……あの、そそ、その前に」


 ジョイスはアキラの左手首を指さし、おずおずと頼んだ。


「け、契約魔術の術式を、確認させてもらえますか?」

「? どうぞ」


 手首をあらわにして差し出すと、ジョイスは恐る恐るに触れ、食い入るようにその術式を読んだ。


「……、い……おられたのですね」


 か細い呟きと同時に、ジョイスは硬く目を閉じた。

 だらりと力の抜けた手が、アキラの手首を解放する。


「ジョイスさん? 大丈夫ですか?」


 様子のおかしい彼を心配するアキラの声に、ジョイスはゆるりと顔を上げた。

 覚悟を決めた彼は、まっすぐにアキラを見据えた。


「僕がダッタザートのエルフに伺いを立てます。改変も僕がやります。でも術式の構築には自信がないので、そちらを手伝ってもらえますか?」


 アキラにそう願い、怒気を膨らませるコウメイを振り返って、ジョイスは微笑んだ。


「この契約魔術なら、直接転移魔術陣に触れなければ、アキラさんには何も影響しません。大丈夫ですよ」


 目で見て、考えて、言葉で指導してくれればいい。実際に魔術陣を書くのも、働きかけるのも自分がやる。そう言い切ってジョイスは三人に作り笑いを向ける。

 無理をしているとわかる表情に、アキラは静かに言葉を返した。


「ジョイスさんはどのような改変を考えているのですか?」

「アキ、引き受けるんじゃねぇ!」

「見て口を出すだけならコレは発動しないんだぞ、何か問題があるか?」

「――ぐっ」


 肩をすくめるシュウの横で、コウメイが苛立たしげに頭を掻いていた。


「いいか? 絶対に、口だけだぞ。書いたり魔力流したり、試運転(テスト)したりするなよ!?」


 最良の条件が整い、アキラが前向きで、しかもそれが必要なのがハッキリしていては、コウメイもそれ以上の反対はできなかった。


「それで、どのような改変を?」


 アキラは完璧な無表情を作っていたが、問いかける声がわずかに弾んでいる。それを聞き分けたシュウは苦笑い、コウメイは忌々しそうに顔を歪めた。

 ジョイスは申し訳なさそうに二人から視線を逸らして、アキラに向き直る。


「領主からの要求を知ったときは、転移魔術陣を破壊しようと考えていたんです」


 敵意や攻撃に対して転移魔術陣は回避行動を取る。その例がトレ・マテルだ。人族には破壊できない。できるのはエルフだけだ。だからアキラに頼もうと思った。


「でも先ほど、アキラさんの契約魔術を確かめて思いつきました」


 己の左手首に目を落としたアキラは、これから何を発想したのかと首を傾げる。


「特定の行為を禁止するその契約魔術は、条件がそろえば発動しません。つまり転移魔術陣にも特定の条件を、双方の承認を必要とするように改変するんです」

「……転移先が許可しなければ、魔術が発動しないようにするのですか?」

「はい。現在の転移魔術陣は、使用者を制限できていますが、使用そのものに対する制限は何もありません。僕がアレ・テタルに転移しようとして、向こうが来て欲しくないと考えていても移動できてしまうんです」


 転移してくる者は拒めない。だからどこのギルドの転移室も、窓もなく、扉ひとつしかしかなく、頑強な壁に囲まれた場所に存在するのだ。


「そういえば、扉さえ閉めてしまえば密室になる場所ばかりでしたね」


 アレ・テタルは時と場合でさまざまな場所に転移魔術陣が現われていたが、どこも出入り口は一箇所しかなかった。ケギーテは水中にあるし、地中深く潜る前のトレ・マテルは塔の最上階、マーゲイトは山頂だ。ヘル・ヘルタントとリウ・リマウトは知らないが、ナナクシャールですら窓一つない部屋に転移室は存在している。自分たちにとって不都合な者が転移してきたときに、閉じ込められるように。


「魔術鍵の他にも、物理的に外に出にくい構造になっていますが、完璧ではありません」


 実際に悪用された事例は、つい先ほど知ったばかりだ。


「それ、ぜってー反対するヤツいるだろ?」

「ええ、反対されました」

「もしかして、もう他国ギルドに打診済みですか?」

「は、はい。領主に脅迫されていることを知らせ、万が一のときは転移魔術陣の破壊が必要かもしれないと相談していました」


 アキラたちが到着する前に、水鏡で他国ギルド長らに情報を提供し、転移魔術陣の破壊の許可を求めたのだが、ウナ・パレムとトレ・マテル以外には拒否された。

 ダッタザート辺境伯に魔法使いギルドが掌握されても、転移室を封じれば危害は及ばないというのだ。ギルドの長らはその国最高位の魔術師だ。防衛も隠蔽も攻撃も、全てにおいて魔術では負けないという自負があるのだろう。


「魔術師でなくても魔術鍵が破れると立証されてしまったのにですか?」

「扉なんて蹴破っちまえば一発だぜ?」


 すぐ側にある扉を蹴るふりをするシュウに、ジョイスは「僕もそう思います」と深く頷いた。シュウほどの脚力や破壊力はなくても、物理攻撃を畳みかけ、さらに魔術玉を上手く使えば、転移室の出入り口の破壊は可能だ。


「もう一度、水鏡の会合を申し入れます」


 魔法使いギルドの長ならば、ウェルシュタント併合時の悲劇は知っているはずだ。同じ悲劇がダッタザートで起きようとしていると知れば、現状のままではいられないはず。


「破壊ではなく承認を追加する改変の提案なら、同意を得られるはず……いえ、得てみせます」


 ジョイスは力強くそう言い切った。



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