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01 不穏な招待状



 大豊作だった青チェルの収穫が一段落し、とりたての果実を自家製アイスとともに味わっているときだった。

 アキラの目の前に魔力の輝きが現われ、見慣れた魔紙の姿にかわる。彼が魔紙を預けた相手はそれほど多くない。しかもその半分は強引に奪い取られたに等しいものだ。厄介ごとを押しつけてくる相手でないことを祈りながら、アキラは魔紙を手に取った。

 文面に視線を走らせたアキラの表情が曇るのを見て、コウメイは気遣わしげに問う。


「誰からだ?」

「ジョイスさんだが……」


 ダッタザートの友人からの手紙に、アキラが眉をひそめるのは珍しい。


「何か不味いことでも起きてんのか?」

「かもしれない。読んでみろ」


 コウメイは差し出された魔紙に目を落とした。何事かとシュウも横からのぞき込む。


「魔術学校の入学案内?」

「えー、アキラ、今さら学生すんの?」

「そんなわけねぇだろ。教師やってくれって要請ならわかるが」


 何度読んでも入学志願者への案内文だ。何のつもりでこんなものを送ってきたのか、わかるのかとアキラに視線で問いかける。


「ダッタザートに来て欲しい、という意味だと思うんだが」

「魔紙にですら普通に書けねぇのは、何かやべぇ事態のまっただ中ってことだな」


 期日までに入学案内を持参して学長に面談できなければ、入学許可が取り消されるので絶対に遅れないように、と念押されている。


「七月五日までって、一週間もねーじゃん!」

「学長ってのはジョイスさんだろ? 六日以内にこっそり会いに来いってことか」

「ああ。面談を含めた試験期間は三日間、商業ギルド推薦の宿を用意しているそうだ」

「……澤と谷の宿には近づくな、という意味だろうな。こりゃ猶予はねぇぞ」


 コウメイの手が魔紙を握りつぶした。

 厳しい顔で立ち上がったアキラは、荷造りのため私室に駆け込む。

 シュウは残っていたアイスと青チェルを平らげてから、玄関先に出て上着を脱ぐ。リンウッドに留守を頼んだコウメイとアキラが旅支度で出てきたときには、すでに完全獣化を終えていた。

 大剣と一緒に脇に置いてあった衣服を荷袋に収めたコウメイは、シュウの背に飛び乗り、アキラを引っ張り上げる。

 二人がしっかりと乗ったのを確認したシュウは、乱暴に立ち上がった。


『三日でダッタザートに着いてみせる。休んでる暇ねーし、超特急だから揺れるぜ。しっかり掴まってろよー』


   +++


 シュウは最低限の休憩だけでダッタザートまで走り抜いた。シュウが休みなしなら背に乗る二人も当然休みなしだ。二日後の深夜にダッタザート近くまでたどりついた彼らは、疲労困憊でふらふらだ。

 街壁を遠くに眺められる場所で、コウメイはマントで作った簡易テントの影に隠して火を焚いた。手早く乾燥食材のスープを作り、クッキーバーとともに二人に差し出す。


「開門と同時に街に入って、その後はどうするんだ?」

「ジョイスさんトコ行くんじゃねーの?」

「いや、真正面から訪ねていくのは危険だ。入学希望を装って接触するしかない」


 最も怪しまれず、かつ確実だからこそ、魔紙に書いて寄こしたのだろうとアキラが言うと、コウメイとシュウは目を見開いた。


「アキラが生徒?」

「それ、疑ってくれって言ってるようなものだぜ」


 未熟な見習いは魔力を垂れ流すものだ。アキラの魔力制御は完全に封じるか、際限なく垂れ流すかのどちらかだ。制御すれば熟練魔術師だし、垂れ流せば大惨事だ。どちらにしても入学希望者と言い張るには無理がありすぎる。

 垂れ流しと言われたアキラは不服そうに目を細めた。


「じゃあコウメイがやってくれ。入学志願者としてジョイスさんに接触するんだ」


 魔力を保有しているコウメイが、冒険者をするあいだに魔術を習得したくなったという理由なら不審には思われないだろう。


「なるほどね。討伐に魔術が使えたら便利だと考えた冒険者が、六歳の判定で魔力保有を認められてたことを思い出して門を叩いた、ってことにするのか」

「コーメイが魔術学校! 似合わねーっ」

「うるせぇ。シュウよりはマシだ」

「えー、俺のほうがぜってー初々しさが出せると思うけどなー」


 コウメイの代わりに自分がやりたいと言い出したシュウに、アキラは薄笑いで首を横に振った。


「魔術師志願者が魔力なしだなんて、怪しんでくれと言ってるようなものだぞ」

「じゃあ俺は何すりゃいーんだよ」

「シュウは澤と谷の宿を頼む。誰にも悟られないように、サツキたちがどういう状況におかれているか確かめてくれ」


 苦しげなアキラの声に、シュウはクッキーバーを噛み砕いた。


「誰にもってーことは、サツキちゃんにも知られるなってコトだな?」

「ああ、誰に監視されているのか、人質になっていないか、慎重に探ってほしい」

「接触すんなって……監視されてるのは確実なのか?」

「ああ」

「何でわかるんだよ」

「この魔紙だ」


 アキラが差し出したのは、握り皺の残るジョイスからの入学案内だ。


「魔紙なのに暗号のような文面なのが理由だ。魔紙は鳥便よりははるかに安全だが、魔術師によっては完璧とはいえないからな」


 魔力のより強い者やその術を知る者ならば、魔紙を盗むことが可能だ。


「そんなことあんのかよー」

「アキより強い魔力の持ち主なんて、いねぇだろ?」


 コウメイとシュウは眉根を寄せてアキラを見た。魔紙のすり替えなんて、アキラが絡む限り現実的ではないと懐疑的だ。


「念を入れただけかもしれない。だがジョイスさんがそれくらい警戒しているのは確かなんだ。魔紙に記す文面すら用心しなければならないなら、かなり高位魔術師の関与を疑っているのは間違いないと思う」


 可能性が低くても、警戒するべきだとアキラは繰り返した。


「わかったよ、こっそり、だな。サツキちゃんたちに接触しねーで探ってみるわ」

「ジョイスさんがその状況なら、コズエちゃんもやべぇかもな」


 澤と谷の宿を探るついでに、店子である小枝工房もまとめて状況を探ると決めた。


「もしヤベーってなったら、動いていいんだよな?」

「判断はシュウに任せる」

「危険が迫っていたら頼むぜ」

「りょーかい」


 コズエとサツキを抱えて脱出するくらいは余裕だ。そう言ってシュウはスープを飲み干した。


「ヒロも連れて行ってやれよ」

「俺はおっさん抱えて走る趣味はねーよ。コウメイが担げばいーんじゃねーの?」

「手を貸さなくても、ヒロなら自力でどうにかするよな?」


 さらりと前言を撤回したコウメイは、誤魔化すようにクッキーバーをかじる。想像したアキラは口端をほころばせた。ヒロもコウメイに背負われたくはないだろう。


「ジョイスさんに接触した俺は、何をすりゃいいんだ?」

「これを渡してくれ」


 アキラは折りたたんだ小さな紙片をコウメイの手にのせる。視線でねだられ、小さく頷いた。


「侵入方法の確認か?」

「ああ、密かにギルドに入る手段を打ち合わせてくれ」


 アキラは新しくなった魔法使いギルドの建物には疎く、密かに接触するための手段がなかった。見張られているジョイスは身動きが取れないだろう。自宅に訪ねて行くわけにはゆかない。ギルドの裏口や非常用の抜け道があればそれを使いたいが、ジョイスにたずねようにも魔紙は使えない。


「もしかして、ギルド内部に敵がいると考えてんのか?」

「……可能性は、高いと思う」


 アキラは悔しそうに唇を噛んだ。

 魔紙のすり替えができるほど優秀な野良魔術師は存在しない。つまり内部か、それに近い場所に敵の目があるのは間違いないだろう。アキラへの魔紙を偽装したのも、ギルド所属か、職員として働く魔術師の中に敵がいる、そうジョイスが考えている証拠だ。


「こりゃ、街に入るのにも偽名のほうが良さそうだな」


 預かった紙片をしまい込み、身分証を取り出す。ストックを全部持ってきて正解だったと、コウメイが苦笑いをこぼした。

 コウメイにはミキ名義の、シュウはカタオカ名義、アキラもハギモリ名義の身分証がある。ずいぶん昔のものだが、ギルドに照会されなければ問題ないだろう。

 三人は街中で合流するまでの詳細を打ち合わせた。街に入るのはバラバラで、街中でも他人の振りを貫くこと、魔紙の使用を避け、情報交換は宿で密かに、人前での伝達は全てハンドサインで、などを細かく決める。


「宿は『金の車輪亭』だ」

「商業ギルド直営の宿だな」

「あそこ高ーんだけど」


 取るものも取りあえず飛び出してきたシュウの財布は、いつもよりさらに貧弱だ。コウメイが襟裏に隠してあった小金貨の一枚を「あとで返せ」と念押しして投げ渡した。

 クッキーバーとスープで補給を終え、肩を寄せ合って軽く仮眠を取る。

 空が白みはじめたころ、まずシュウが街に向かって歩き出した。

 二の鐘を聞き終えてから、コウメイがダッタザートへと向かう。

 街道にポツリポツリと人の姿が見えるようになってから、アキラはことさらゆっくりと歩き出した。


   +


 朝の街門は、出て行くよりも入る人のほうが多い。その多くは近隣農村の荷馬車だ。街の市場で販売する野菜や工芸品を積んだ荷は、門兵の調べも時間がかかる。長くなった行列は遅々として進まない。半鐘ほど待ってようやくアキラの順番が回ってきた。


「魔道具修理師とあるが、工具は持っていないのか?」

「私の仕事に必要な道具は、これだけです」


 銀の針筆を見せてどのように修理をするか説明する。ここでも真偽を確かめるためという名目で、壊れていた魔道ランプの修理を要求された。消えかけていた魔術陣をなぞっただけで力強い灯りがよみがえると、門兵は納得して身分証を返した。


「魔法使いギルドの場所はわかるか?」

「私は魔術師ではないので、商業ギルドの場所を教えていただけますか?」

「なんで商業ギルドだ?」


 修理業は商業ギルドか職人ギルドの管轄ではないのか、と問いで返すと、門兵は驚いた。


「魔道具を扱うのだから魔法使いギルドだと思うんだが」

「ダッタザートではそうなのですか?」


 これまでの町では商業ギルドだったと伝えると、兵士は首を傾げつつも商業ギルドの場所を教えた。

 門をくぐったアキラは、そのまま商業ギルドに向かう。フードを深く被り、道すがら街の様子をうかがうが、兵士の姿が目につく以外は、最後に訪れた十年前からそれほど変化しているようには見えない。


「……変わったのは、あの建物くらいか」


 いくつ目かの辻を折れた先の奥に、真新しい大きな館が見える。魔術学校と増築された魔法使いギルドだ。塔はなく、一見した感じは大商家の本店店舗と勘違いしそうな外観だ。

 アキラは遠目に見える魔法使いギルドから視線を外し、街の商業区へと足を向ける。そぞろに歩きながら古道具屋を見付けだし、小物売り場で色つき眼鏡を探して購入した。異国風の服飾を並べる露店で、髪を隠せる帽子を手に入れる。

 色眼鏡をかけ、帽子に髪を押し込んで見た目の印象を変えたアキラは、ようやく商業ギルドに足を踏み入れた。

 魔道具修理の営業許可を問い合わせる態で、さりげなく魔法使いギルドの現状を探るのだ。


「露店の申し込みはここで間違いありませんか?」

「この出店申請書に記入を。販売物は可能な限り報告してください……魔道具の修理、ですか?」


 アキラが書いた申請書を読み、提示した身分証を検めながら、職員は首を捻る。


「ハギモリさんは魔術師ですか?」

「いいえ、違います。魔力はありませんし、身分証は職人ギルドが発行したものですよ」


 戸惑うギルド職員に向け、アキラは眼鏡越しの視線に不安を込めて問う。


「門兵にも魔法使いギルドの管轄ではないかと指摘されました。ですがこれまでの町では、商業ギルドで営業許可を得ておりまして……ダッタザートではどちらに申請すれば良いのでしょう?」


 街によって商業ギルドであったり職人ギルドであったりと、修理業の営業許可を出す組織は違っている。魔道具修理業の場合、魔法使いギルドのある街はさらに複雑だ。

 職員はダッタザートでは前例がないと頭を悩ませた。この街では魔道具に関する全ての取引は魔法使いギルドの管轄なのだ。魔道具の修理は魔法使いギルドに持ち込むか、認定工房に依頼するかのどちらかになる。流れの技術者が露店で修理を請け負うような事例は、これまでに一件も扱った経験がなかった。


「ウチとしては露店の申し込みは断れないが、ハギモリさんが修理業をはじめたとしても、品質保証はできない。そのあたりの揉めごとが起きてもウチでは責任が持てないよ。露店を借りる前に魔法使いギルドと相談してからにしてもらえるか?」

「そうですか。では魔法使いギルドに相談してみます。あの、魔法使いギルドって、どういう感じの組織なんでしょう?」


 はじめて魔法使いギルドと交渉するのだと不安がってみせると、職員はアキラを励ますようにほほ笑んだ。


「魔術師は怖くありませんよ。得体の知れないところもあるし、ちょっと癖が強くて面倒な人も多いですが、基本は他人に興味のない無害な人たちです。魔術がらみでは頼りになりますので、気軽に相談するといいですよ。あ、でも……」


 アキラは言葉を濁した職員に、微笑みを向けて続きを促した。


「何かありましたか?」

「最近、魔法使いギルドの周辺の取り締まりが厳しくなってるんですよ」

「そんなに治安の悪い場所にあるのですか?」

「いえ、そんなことはありません。ただ街兵の巡回路が変わったらしくて、魔法使いギルドの近くで頻繁に街兵や騎士様が治安維持にあたってるんです」

「巡回が頻繁になったなら、治安が良くなるのでは?」

「そうなんですけど、なんだか物々しくて。街兵はわかるんですけど、騎士様はね……」


 貴族のために存在する騎士が、何故魔法使いギルド周辺の治安維持にあたっているのか疑問だ。それが奇妙であり、そこはかとない不安を感じているようだった。

 アキラは礼を言って出店申請をいったん取り下げた。ギルド提携の宿を紹介してもらい、金の馬車亭に部屋を確保する。

 ベッドだけの簡素な個室に入ったアキラは、変装をといてため息をついた。


「騎士の目的は本当に治安維持なのか、あるいは魔法使いギルドの見張りか……コウメイはどう判断するかな」


 自分の目で確かめたいが、人目につく接触はしないと決めたのだ。今はコウメイとシュウの合流を待つしかなかった。


   +


「異常だぜ」


 道路脇に並んで立つ騎士の横をすり抜けながら、コウメイは呟きを飲み込んだ。

 街の人々は気にならないようだが、彼の目には異様に映った。

 街兵や騎士が頻繁に入れ替わりながらも、常に魔法使いギルドが視界に入る位置に立っているのだ。治安維持ではなく、魔法使いギルドの監視が目的なのは間違いない。

 ギルドの前を通り抜け、見張りの死角に入ったコウメイは、特徴的な上着を素早く脱いで荷袋にしまい、眼帯を外して前髪で片目を隠した。携帯しているペンで顎に大きめのホクロを描く。ちょっとした細工だが、それだけで印象はがらりと変わる。

 コウメイは素知らぬふりで再び魔法使いギルドに向かった。手に持った入学案内用紙を見ながら、ギルドの向かいにある魔術学校の門を叩いた。


「学校長に面会できるかな?」


 二十代も半ばの、魔術とは無縁そうな冒険者の来訪に、魔術学校の守衛兼事務員は警戒したように扉に手を掛けた。コウメイが持参した入学案内を読んで、安堵と戸惑いの混じる作り笑いで、閉めかけていた扉をゆっくりと開く。


「そちらの控え室でお待ちください。学校長に知らせてきます」


 玄関脇にある小部屋にコウメイを案内した職員は、入学案内書とミキの身分証を預かって出て行った。ここは寮生活をする学生が、親兄弟や友人らと面会するために用意されている場らしい。小さなテーブルと椅子があるだけの、清潔ではあるが素っ気ない作りだ。


「仕掛けもねぇし、見張りもいねぇようだな」


 入室と同時に義眼で部屋を探ったが、盗聴や盗視といった魔術は見あたらなかった。向かいにある守衛室の職員も、面会室のコウメイを怪しんでいる様子はない。


「敵はまだギルド内部に入り込めてねぇのか、あるいは掌握しきれてねぇんだろうな」


 急いだ甲斐はあったようで、なんとか間に合ったらしいと安堵の息を吐く。

 部屋の外の気配を探りながら待っていると、二人の足音が近づいてきた。一つはゆったりとした重心移動の静かなもの、もう一つは踵を踏みならすような力強さのある、けれど体重の軽いものだ。

 足音が部屋の前で止まる。

 ノックの音に声を返すと扉が開き、少しふくよかな初老の魔術師と、黒眼鏡の女性が現われた。


「よ、よく来てくれた、ミキさん。やっと魔術師を目指す気になってくれて嬉しいよ」

「ご無沙汰してますジョイスさん。覚えてくれてたんですね」


 親しげな二人の様子に、女性は戸惑っているようだ。


「ベサリー、彼は昔私が魔力診断をしたんだよ。そのときに設立予定だった魔術学校に誘ったんだが、冒険者のほうが良いといって断わられてね」


 ジョイスの作り話に合わせて、コウメイが恥ずかしそうに目を細める。


「冒険者も楽じゃなくてね。このごろは特に、攻撃魔術が使えたらもっと大きな獲物が討伐できるのにって思うことが増えて。今さらだが魔術を勉強したくなったんだ。かまわねぇか?」

「もちろんです。学びに年齢は関係ありません。歓迎しますよ」

「ありがたい。けど俺は学校なんて通ったことねぇし、勉強について行けるかどうか不安だな」


 ジョイスは魔術学校には一般聴講枠があり、まずはそちらを受講し、本格的に入学の意思を固めればよいと説明した。


「どうしても無理だったら言ってください」

「助かります、一安心だ」


 力強い握手を交わす二人は笑顔だ。だが彼女は納得しがたいようで、その表情は警戒するように硬い。


「ギルド長、いえ学校長。確かに学びに年齢は関係ありませんが、ここは魔術学校です。その資格があるかどうか、魔力診断と試験は必要だと思いますが」


 一般聴講枠の生徒も、きちんと魔力診断と試験を受けたうえで受講が許されているのだ。他の者と同等に扱わなければ不公平であるとの主張はもっもだ。


「そ、それもそうですね。ではさっそく試験をしましょう。ベサリーさん、試験担当を呼んでください」

「今からですか?」

「私が試験と診断をしてもかまいませんが、それだと公平ではないでしょう? 学校長室の隣が空いていますので、そこで試験をしてください。ああ、試験結果は教えてくださいね」


 後は任せますよ、とジョイスは穏やかな笑顔で面談室を出て行った。

 ベサリーの眉間に寄った皺には警戒感が溢れている。だが彼女の一存で追い返すわけにはゆかないのだろう。連れて行かれた一階奥にある空き室には、ジョイスの指示で二人の魔術師が待ち構えていた。判定官と試験官のどちらも戸惑いを隠せない様子だ。


「まずは魔力測定を行います。こちらに手を置いて、少しピリッとしますが動かないでください」


 魔石の査定道具に似た布張りの箱に手を置くと、縁に埋め込まれている魔石が順番に色付いていった。半分ほどの石の色が変わったのを見て、魔術師が目を丸くしている。


「試験問題は三問だけです。時間制限はありません。答えが書けましたら手を上げて呼んでください」


 問題に目を通したコウメイは、これを真面目に回答しても良いものかと躊躇した。商家に求められる少し複雑な計算問題と、古代語による長文を読み解いての要約、そして他大陸語を指定しての作文だった。


「……難しいな」


 コウメイは問題を見据えて呟いた。

 これが正規の試験問題なのかどうかはわからない。この短時間でわざわざ整えたとは思えないが、罠と深読みできる問題ばかりだ。立ち会いの三人が敵なのか味方なのかハッキリしないのに、全問を解いてみせるのは迂闊だ。かといって箸にも棒にもかからないと判断され、ジョイスと接触する建前を失うのは困る。

 悩んだ末、コウメイは一問目を完璧に解き、二問目は論点をずらして回答し、三問目は無回答で試験を終わらせた。


「魔力量は魔術師基準の中程度、十分に資格を有しています。試験結果は微妙ですね。年齢を考えても、これから魔術言語の習得が可能かはわかりませんが、学ぶ意思があるのなら、仮合格とします。一般聴講からはじめると良いと思いますよ」


 採点をした魔術師二人は結果を告げて部屋を出て行った。ベサリーが受講票と時間割の植物紙を差し出す。試験官と入れ替わりに入室したジョイスが、満面の笑顔でコウメイに手を差し出した。


「合格おめでとう」

「仮合格だけどな」

「それは一般聴講生だからです。言語理解が深まれば『仮』はすぐにとれます、問題ありません」


 ジョイスは両手でコウメイの手を取り、しっかりと握りしめる。


「ミキさんには期待してるんです」

「冒険者仕事の傍らになるから、欠席することもあるかもしれねぇ。それが申し訳ないんだが」

「無理のない範囲でかまいません。が、がんばってください」


 固い握手を交わすその手には、見た目以上の力が込められていた。コウメイは安心させるように手を重ねる。


「俺のわがままを受け入れてくれて、ありがとうございます。お礼に今度、何か討伐してきますよ。魔物素材で必要な物があったら知らせてください」

「はは、そちらも期待しますね」


 コウメイは笑顔のジョイスとベサリーに見送られ、魔術学校を後にした。

 巡回中の街兵からの探るような視線に気づかないふりをして、魔法使いギルドから離れる。ジョイスと接触した者は問答無用で探っているらしい尾行兵に怪しまれない程度に街をぶらつき、賑わう市場に近づいた。

 ちょうど鐘が鳴り、それに合わせてコウメイが顔を上げる。


「ちょっと早いけど飯食うか」


 尾行兵士に聞こえるように呟いたコウメイは、買い物客でごった返す市場に踏み込んだ。人混みに隠れながら眼帯をつけ、顎への落書きを消し、髪型を戻して上着に袖を通す。屋台で揚げ芋を買って踵を返した。

 標的を見失って困り果てる兵士の横を通り、コウメイは商業ギルド側に市場を抜ける。

 シャツの袖に隠していた紙片をチラリと見れば、隙間がないほど細かな文字だらけだ。慌てて書いたのだろう、文字も乱れている。


「予想以上にヤバそうだ」


 コウメイは渋面で紙片を懐にしまい込んだ。


   +


 冒険者ギルドを退職したヒロは、家業に専念していた。

 早朝から出かける宿泊客を送り出し、客室の掃除に忙しく働いている。空気の入れ換えのため、通りに面した客室の窓を開けた。

 勤め先へ出勤する者、仕事を求めてギルドに向かう者、新鮮な食材を求めて露店市に向かう者、引き車とともに配達に走る者。そんな見慣れた人々の生業を見下ろしつつ、彼は窓ガラスを拭く。


「……ずいぶん汚れているな」


 顔を近づけ、目を細める。

 ゴシゴシと窓を擦る彼が見ているのは、汚れではなく不審者だ。はす向かいの建物の影から、一階の出入りを見張っている者がいると気づいたのは数日前だ。気づくよりもずっと前から監視されていた可能性もある。副ギルド長時代に恨みを買ってないとは言い切れないヒロは、対処に迷っていた。


「兵士にしては隠れるのが巧すぎるし、冒険者にしては存在感が薄すぎる。傭兵とも違うようだ」


 見張りの正体がはっきりしないせいで、どの心当たりなのか見当がつかない。行動に移す気配がないため様子見していたが、そろそろ妻や友人に伝え、対策を取る必要があるかもしれない。


「どうしたものか」

「気づいてんなら話ははえーぜ」


 思わずこぼした声に、頭上から声が返されて心臓が跳ねた。辛うじて無表情を保ったヒロは、窓拭きを終わらせカーテンを引く。

 窓の外からの視線を遮って、天井から顔を出すシュウを見あげた。懐かしさや変わらぬ姿への安堵よりも、呆れが勝った。


「どうやって忍び込んだんですか?」

「俺、こーいうの得意なんだよ」

「屋根を壊してませんよね? 雨漏りしたら修理代請求しますよ」

「心配してきたのに、ヒロがひでー」


 天井から音もなく降り立ったシュウは、結界魔石を取り出して二人を囲った。その行動に、語られずとも相当に深刻な何かが起きているのだとヒロは悟る。


「……外の見張りの正体をご存じですか?」

「俺ら、それを探りに来たんだよ。ジョイスさんから暗号でSOSが届いたんだ」

「暗号」

「人目のあるところで接触しねーようにって。アキラの推測だと、魔術師が絡んでるらしーぜ」

「俺は魔術師に恨みを買った覚えはないし、ジョイスさんは恨まれるような人ではないのですが」

「逆恨みってこともあるしなー」


 魔術師の世界に詳しくはないが、どこも組織も大きくなればなるほど、全員が満足する運営は難しくなる。不平不満が溜まり逆恨みとなって責任者に向かうことはあり得ることだ。


「標的が個人なのか、ギルドなのか、他のモノなのかわかんねーけど、ヒロはサツキちゃんとコズエちゃんを頼むぜ」

「わかりました。二人にも状況を話し、気をつけるように伝えておきます」


 情報収集の結果を教えてほしいと頼むと、シュウは歯を見せて笑い再び天井に戻った。


「俺たちは金の車輪亭ってところに泊まってる。変装して、名前も変えてるから、街であっても知らねーフリしてくれよ」

「わかりました。それと、忘れ物ですよ」


 ヒロは偽名は名字だと伝えるシュウに、拾い集めた結界魔石を差し出した。


「それ、防犯用にとっていてくれってアキラから」

「襲撃の可能性があるのですね」

「どーだろ。まあ備えあれば憂いなしっつーだろ?」

「二人と共有して万が一に備えておきます。シュウさんも気をつけて。あと屋根と壁は絶対に壊さないでくださいね」

「俺はコーメイみてーに踏み抜いたりしねーんだよ」


 ひらひらと手を振ったシュウは、音もなく天井板を戻し立ち去った。

 完全に気配を消しており、ヒロでも侵入ルートはわからない。


「さすが」


 手の中に残された結界魔石を握りしめたヒロは、妻と幼なじみに説明する言葉を考えながら宿の仕事に戻った。


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