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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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06 初心者向け野外講習 前編


 六月三十日。アキラたちは三の鐘に冒険者ギルドを訪れた。四の鐘からの初心者講習に向けた簡単な打ち合わせの前に、三人の年若い職員が研修として参加すると紹介された。


「アキラさんに教わった冒険者がぐんぐんと伸びたことは皆も知っています。今日は皆でアキラさんの教え方も学ぶつもりなんです」


 自分たちは冒険者に対して必要な情報を与え教えていたつもりだった。だがそれが冒険者の成長と成果に全くつながっていなかったのだ。教える側が悪いのか、冒険者に学ぶ気がないのか、それを見極めたいとラルフたちが熱弁する。

 よろしくお願いします、とそろって頭を下げられたアキラは、複雑に歪み引きつった笑みでそれらを受け止めるしかなかった。


「何か教育実習生みてーだな」

「ああ、言われてみれば」

「きゃー、アキラせんせーっ」

「やめろ」


 茶化したシュウを睨みつけたアキラは、ラルフたちを振り返り「私は冒険者にしか教えるつもりはありません」と念を押した。自分は教えるプロではないのだ、あくまでも自分の知識を未熟な冒険者に分ける共助のつもりなのだから、ギルド職員の面倒なんて見ていられない。


「大丈夫です、我々は勝手に学ばせてもらいますから」


 期待と緊張できりっと背筋を伸ばした彼らは、本気で冒険者たちのために働きたいと考えているようだ。


「講習ですが、森に出て行うつもりですがよろしいですか?」

「薬草の採取に出るということですか?」

「サンプルと説明だけで済ませるよりも、実際に採取をしながらの方が飲み込みは早いはずですから」

「魔獣に襲われる心配はねぇよ。俺らが狩るからな」

「護衛ついでに討伐と採取だ、悪くねーよな?」


 森に入ると聞いて不安そうだったギルド職員は、コウメイたちが魔獣を引き受けると聞いて安堵したようだった。


「お話し中、すみません」


 打ち合わせ室の扉がノックされ、受付職員が顔を出して、アキラに来客だと伝えた。魔術師と二人の冒険者がアキラをたずねてきていると。


「いよいよご対面だな」

「久しぶりの日本人だろ、楽しみー」


 職員用の出入り口からロビーに出て、待合スペースの一角を探す。背が高く痩せた黒髪のマサユキは、大きな帽子をかぶった女性と中肉中背の男とともにテーブルにいた。


   +


 アキラに気づいたマサユキが立ち上がり、小さく手をあげた。仲間の二人はアキラを見ると衝撃であんぐりと口が開き、そこから感嘆の呻きが次々とこぼれ落ちた。


「なにあれ、日本人じゃないでしょ?」

「エフェクトかかってんじゃないのか? 派手だぞ」

「髪の毛サラっサラだし、瞳は銀だよ、銀!」


 慣れた反応なのでアキラはまったく気にしなかったのだが、マサユキは慌てた。


「ちょっと、失礼だろっ」


 不躾な態度の仲間を咎めるマサユキだったが、その表情は「気持ちはわかる」とでもいうように複雑な笑みをたたえていた。初めて魔法使いギルドでアキラを見たとき、彼も同じようなことを思ったからだ。

 アキラは気にした様子もなく、にっこりと笑顔で名乗り、自分の後ろにいる二人を紹介した。


「こちらが私の仲間で、眼帯の方がコウメイ、その横のでかいのがシュウ」

「よろしく」

「ども!」


 コウメイの眼帯を見て三人は言葉に詰まった。あれは本物だろうか、それとも異世界を満喫するファッションなのだろうか、と。妙に眼帯が馴染んでいるし、身のこなしに隙も無く表情も鋭い。三人の戸惑いを感じたのか、コウメイが悪戯っぽくウインクして。


「これ、ブラフじゃねぇからな。あと中二病でもないぜ」


 本当に片目がないのだと言われて慌てた三人に、気にするなとコウメイは軽く手を振る。その横ではシュウが笑いをこらえて横を向いていた。熟練冒険者にも負けないほど逞しい身体つきに人懐っこく目を輝かせる男は、額にSが刺繍された鉢巻を巻いていた。


「個性が強烈だわ」


 そう呟いたのは、耳当てのついたカボチャのように膨らんだ帽子を被った小柄な女性だ。彼女はケイトと名乗った。


「桂香って漢字なの、変わってるでしょ」


 彼女は小柄でキュートな女性だった。二十六歳だというが十代でも通用しそうなほど若い。


「童顔でチビだから何処に行っても半人前扱いなのよ、腹立つわ」


 だから大きな帽子をかぶって身長を高く見せているのだそうだ。

 もう一人の中肉中背の彼はヒトシだ。つい先月三十歳になったそうだ。


「ヒトシは半年前に結婚したばかりなんだよ」

「おー新婚、嫁さんいいなー」


 俺らそういう色っぽいイベント起きないんだぜと肩を落とすシュウに向かって、ヒトシは照れながらも得意げに嫁自慢をはじめようとした。マサユキが慌ててその口に鞄を押し付けて止めた。彼が嫁の話をはじめると一時間は喋りっぱなしになるらしい。


「そろそろ時間のようです。私たちは野外講習ですが、みなさんはどうしますか?」


 せっかく顔を合わせたのだから腰を据えて話したいが、自分たちが戻ってくるのは七の鐘の頃になる。後で雪花亭で夕食をとりながらゆっくり話をしようと提案したアキラを止めて、コウメイが三人を野外講習に誘った。


「講師やるのはアキだけど、俺らも護衛代わりに同行するんだ。ついでに獲物も狩ってこようかと思ってる。マサユキさんたちも狩りに出るんだったら一緒にどうだ?」

「あ、それいーじゃん。せっかくだからマサユキさんの魔法が見てみたいし」


 どうする? と顔を見合わせていた三人は、ケイトの「薬草採取のコツを勉強したいわ」という一言で同行を決めたのだった。


   +++


 集合時間に集まった冒険者たちを見たアキラは、「危うい」と感じた。事前にリストを見せてもらい、どういう境遇の冒険者なのかは知っていたのだが、実際に目の前で見るとその印象はより深刻さを増した。


 成人したばかりの少年が三人に少女が一人、勤め先を解雇されて冒険者になった二十代の男性二人と女性が一人、そしてうだつのあがらない三十代の冒険者パーティーが一組、これが今日の講習に集まった冒険者たちだ。


 彼らは誰もがギリギリのところで踏ん張っている人たちだった。まともに食事をしていないのだろう、少年たちは痩せていて顔色が悪く、眼だけが飢えと渇望にギラギラしている。逆に大人たちの目には覇気がなく、さまざまなものを諦めきっているように見えた。講習に参加を決めたのも、職員に説得されて仕方なくという本音を隠していない。


「学者先生が冒険者に何を教えるっていうんだ」

「その顔だ、花街の先生じゃねぇのか?」

「いいよな顔で稼げるやつはよぉ」


 ギルド職員に紹介されたアキラに向けられた侮蔑にも、彼らの置かれている境遇の厳しさゆえの悲鳴が潜んでいるように思えた。


「……これは、荷が重いな」


 アキラはぐっと腹に力をこめ気合を入れると、コウメイとシュウを呼んでひっそりと耳打ちした。打ち合わせの予定とは異なるが、講習内容を変更すると決めて二人に準備を頼んだ。ギルド職員にも「好きにやらせて貰います」と宣言をすると、アキラは冒険者たちを引き連れて南東門からほど近い森に向かった。


 森へと歩きながらアキラは冒険者たちに声をかけた。まずは反発の少ない少年たちだったが、彼らは薬草の採取と魔虫の魔石、そして仲間と共同で狩った角ウサギを食べて食いつないでいた。住処は西門の壁沿いにある貧民街で、捨てられていた穴の開いたテントを拾い集めて雨露をしのいでいるという。


「いつも四人で狩りをするのか?」

「うん、リックが追いかけて捕まえてから、僕とガイでしとめるんだ。アンは解体が上手いんだよ」


 毎日一羽分の角ウサギ肉があれば飢えることはないのだが、少年たちの痩せ具合と話を聞くと、持ち帰った肉は自分で食べるのではなく家族に譲っているようだった。

 魔石不況で職を失った三人は、それぞれソロで冒険者をしていた。


「この齢で未経験ではどこのパーティーも入れてくれませんし」

「旅費さえ貯まれば故郷に帰れるのですが」

「慣れた商売をしたくとも、とても資金が貯められそうにないのです」


 経験のない異業種への転職は苦労すると聞いたことがあったが、彼らも食べるのがやっとでとても次の一歩を踏み出せる状況ではない。

 そして三十代まで冒険者を続けているにもかかわらず、未だ貧困から抜け出せない三人組は、アキラの問いかけを完全に無視していた。冒険者は自分より格下を相手にしない傾向にあるが、彼らは顔だけでアキラを格下だと決めつけたらしい。そういった観察眼の無さや思慮不足が現状を招いているのだという自覚がないあたり、今回の受講者の中で一番厄介な連中かもしれない。


「さて、ここに見本の薬草があります。セタン草とヤーク草の葉、ユルック草の茎です」


 森の出口に敷物を拡げて座ったアキラは持参した薬草を並べた。


「この場で見て覚えてください。そして覚えたら同じものを採取してきてください」

「それだけ?」


 怪訝そうにする彼らに、アキラはにっこりと笑顔を向けた。


「採取したものはギルドの査定基準で評価します。あ、納品数を集める必要はありません、各一枚で結構です」


 これの何処が講習だよと不満を口にしながらも、冒険者たちは森に入って行った。魔獣に襲われないようにとシュウが少年たちの後を追う。大人たちは、まあ心配はないだろう。この辺りに出没するのは角ウサギか草原モグラ、大物でも銀狼か魔猪くらいだ。


「なんだか思ってたのと違う感じね」

「どんなものを想像してたんですか?」


 首を傾げるケイトは、学校のフィールドワークみたいにアキラが引率して薬草採取に行き、その場で色々と説明をするのだと思っていたらしい。


「最初はそのつもりでしたが、みなさんの知識と経験を知るためにテストにしました」

「ふうん、私も採取してきていいかな?」

「いいですよ、見せてもらえたら査定しますよ」

「あはは、じゃあ頑張ってくるね」


 大きな帽子をひょこひょこと揺らしながら彼女はマサユキを引っ張って行った。行かなくていいのかとヒトシに視線で問うと、肩をすくめて「おじゃま虫になりたくないからな」と。


「あの二人、そうだったのかよ」


 そういえば二人ともおそろいの腕輪をしていた。カラフルな糸で編んだミサンガのような腕輪だ。幅が広いのでミサンガとは違うのかもしれないが、ケイトにはよく似合っていた。魔術師のローブを身につけたマサユキには少しちぐはぐな印象だ。


「見た目がアレだから犯罪っぽく見えるだろ」

「ケイトさん若いもんなぁ」

「マサユキのヤツ気にしてるから、からかわないでやってくれよ?」


 そんな雑談をしている間に森から冒険者たちが戻ってきた。戻った順に採取した薬草を確認し、評価を下してゆく。


「これはセタン草じゃありません。よく見てみてください、葉裏に黒いシミのようなものがあるでしょう。セタン草は葉裏の確認さえすれば間違えることはありませんよ」


 少年たちは見本のセタン草をめくって確かめると、悔しそうに森へと走っていった。


「白地に緑の葉が薬草です。緑地に白の混じる雑草との見分けは少し難しいと思います。どちらか判断がつかない時は、葉を少し食べてみてください。苦味の次に甘みを感じる方がヤーク草です」


 嫌そうに頬を引きつらせていた女性は、アキラが葉をちぎって食べて見せると、恐る恐るに真似をして雑草と薬草を順番に口に含んだ。説明通りに苦味と甘みを感じ取った彼女は、次は間違えませんと自信ありげに森へと向かっていった。


「ユルックの茎はできるだけ根元に近い部分から切り取ってください。決して引き抜いてはいけません。薬草は他の植物よりも成長が早いので、小さなものは数日待てば納品基準まで成長します。その日に採りつくすのではなく、二日後、三日後に採取できると目星をつけておくと効率があがります」


 商家勤めだった彼は利益に敏いようでアキラの説明にすぐに頷いて「勉強になります」と頭を下げた。


「今回採取してもらった三種類の薬草について、誰か気づいていますか?」


 全員が揃ったところで質問を投げかけると、少年の一人と元商家勤めの青年が手をあげた。


「それじゃあ、ハリー」

「この三種類の薬草は、錬金治療薬の材料です……よね?」


 自信なさそうに尻すぼみになった少年を励ますようにアキラは笑顔で「その通りです」と頷いた。


「冒険者ギルドでは薬草の納品数は指定していますが、種類の指定はされていません。ですが薬草を使って錬金薬を調合する側からすれば、どれか一種類だけ大量にあっても意味がないんですよ」


 これは冒険者よりもギルド職員の方に改善してもらいたいアキラの希望だった。冒険者が採取する薬草に偏りがあった場合、量の少ないものに合わせて買い入れるしかなく、出来上がる錬金薬の量も少なくなる。そのあたりよろしくお願いしますねと視線を向けると、若いギルド職員たちは「上申しよう」と頷きあっていた。


「この三種類が治療薬の材料だと憶えておけば、いざというときに役に立ちます」


 そう言ってアキラは薬草を手で細かくちぎって小さな布に包み、汁が出るまで揉みこんだ。あれをする気だなと気づいたコウメイが皆の前に進み出ると、ナイフで自分の手のひらを斬りつけた。驚く面々に傷を見せてから、アキラから受け取った薬草汁の包みをぎゅっと握りこむ。


「いったい何を?」

「まあ見てろって」


 皆がコウメイに注目している間に、アキラは次の準備にとシュウに角ウサギを狩ってくるように頼んだ。


「何匹?」

「二羽か三羽」


 二人のやり取りを聞いていたヒトシは、シュウがあまりにも簡単に引き受けたのに驚いて「手伝わせてくれ」と追いかけていった。


「もうそろそろだな」とコウメイが拳を開いた。薬草の包みをどけた手のひらを見て、冒険者たちが一斉に驚きの声をあげる。


「え、ええ?」

「傷は?」

「治ったのか?」

「ただの薬草だぞ」


 コウメイの手を掴んでまじまじと見る者、薬草袋を手に取って状態を確かめる者、仲間と何やら話し合う者と反応は様々だったが、彼らの薬草に対する認識が変わったのは間違いなかった。


「このように、いざというときは錬金薬の代用として使うことも可能です」


 ただし、とアキラは語気を少し強めた。


「あくまでも応急的な代用品であることを忘れないでください。浅い傷なら湯が沸くほどの時間を待てば塞がりますが、大量に出血していたり、広範囲にまたがる大きな傷や、骨が折れているような場合にはほとんど効果はありません」


 錬金薬の代用品として売り出そうとでも考えていたのだろうか、元商家勤めが残念そうに肩を落とした。だがその他の面々は、狩猟中のケガに使えると目を輝かせている。そんな中、三十代の三人組だけが凶悪なまでの不機嫌さで周りを睨みつけていた。


「……ロニーさん、でしたよね?」

「なんだぁ?」


 彼らは何度やり直しても三種類の薬草を揃えることができなかった。成人したばかりの少年たちにも負け、見下していたアキラに豊富な知識があり冒険者から一目置かれているのが気に入らないらしい。これ以上ダメだしするのなら噛みついてやるというように歯を剥き出しにしている。


「あなたはユルックの茎だけは間違えませんでした」

「……あ?」

「ジャックさんはセタン草、パットさんはヤーク草を間違えることはありませんでしたが、気づいていましたか?」


 察しの悪い彼らは顔を見合わせ、それがどうしたとアキラを睨んだ。


「あなたたちはパーティーでしょう、一人でできない事でも助け合えばいいんですよ」

「何をわけわからねぇこと言ってんだ?」

「自分が間違えない一つを確実に採取して、三人で集めればすべての種類が揃うんですから、薬草治療も可能でしょう?」


 何十年も底辺でくすぶっているだけあって、彼らの察しの悪さは予想以上だ。薬草は一種類だけでもギルドが買取してくれるのだから、それぞれが得意なものを担当すればいいのだと、これ以上ないくらいにわかりやすく説明してやると、それまで尖っていた表情が柔らかく変化した。良い兆候だ。


   +


「間に合ったか?」


 森から駆け戻ったシュウが、アキラの前に四羽の角ウサギを置いた。


「ありがとうシュウ、ヒトシさんもお手数をかけました」

「いや……勉強になったから、うん、凄かったよ」


 ヒトシは感嘆もしきりに、下げ持っていた三羽の角ウサギを地面におろした。七羽もの角ウサギが目の前に山積みされて、受講者たちは「いつの間に」「こんなにたくさん、本物か?」と興奮が抑えられない。


「さて、この中で魔獣の解体ができる人はいますか?」


 アキラの問いに自信ありげに手をあげたのは元勤め人のウェイドと、汚れた金髪を首の後ろでひとくくりにした少女アンの二人だった。三人組は視線を逸らせている、誰も解体ができないのだろう。


「角ウサギは肉、皮、そして角とほぼすべてが金になる魔獣です。昨日の買取価格だと肉が十ダル、皮が四十ダル、角が二十ダル、一羽で七十ダルが得られます」

「嘘だ、俺らが持ちこんだやつは三十ダルにしかならなかったぞ!」


 ロニーが職員にくってかかろうとする寸前でアキラが間に入った。


「解体はただ肉と皮と角に分ければいいというものではありません。その処理が悪ければギルドは値をつけることができませんよ」


 査定額を意識して練習してみてください、とそれぞれに角ウサギを配った。少年たちはアンが中心になり、解雇組は経験のあるウェイドが、中年三人組にはコウメイが指導役になった。


「俺たちも解体は得意じゃないんだよな」

「嫁さんに任せっきりだし」

「私はダメ、無理っ」


 解体実習から顔をそむけるケイトは、青ざめて脂汗をかいていた。アキラはマサユキたちに焚きつけにできる枯れ木を集めてくるように頼んだ。


「キャンプファイヤーでもするのか?」

「せっかくお肉がたくさんあるんですから、皆でバーベキューランチでもしようかと」

「せっかく狩ったのに、もったいなくないか?」

「ヒトシさんの狩った三羽分は私が買い取りますよ」

「……俺は荷物持ちしただけだ」 


 シュウの角ウサギの群れを発見する速さ、そして跳び逃げようとする前にすべて殴打でしとめてしまう剛腕と俊敏さを目の当たりにしたヒトシは、超人かよと呆れていた。


「シュウは故障さえなければプロ契約していたレベルのスポーツ選手でしたから」


 こちらでも冒険者に特化して身体能力を鍛えつづけた結果だと説明すると、三人は納得したようだった。


「あんたら、諦めた方がいいな。細かい作業に向いてねぇよ」


 冒険者三人組に指導していたコウメイが匙を投げていた。彼らが剥いだ皮には肉や脂が残っていたし、所々ナイフの穴が開いている。内臓を取り除く際にあちこちに無駄な刃を入れているし、肉も大きなひと塊にはならず分割されている。これでは査定しても値が付かないのは当たり前だ。


「解体手数料を払った方がまだ儲けが出る、あんたらは血抜きだけして持ち帰れ」


 少年たちは呑み込みが早く、ゆっくりとだが丁寧に解体を進めていた。解雇組は解体料の損失を理解しているだけに、実際に練習できるこのチャンスにコツを掴もうと集中している。

 角ウサギが受講者たちの下手な解体によって商品価値が失われていくのを目の当たりにするしかないギルド職員たちは、悲鳴に似た嘆きを吐き出した。


「もったいない」

「ああ、あんなところにナイフを!」

「皮の価値が……」


 アキラたちが用意した角ウサギがどんな状態になろうとも、ギルド職員には口を出せない。たとえ半数ほどの皮が査定不能な酷い状態になってしまっても、肉が細切れになっても、毒角が割れてしまっても、彼らは手を出すことはできないのだ。

 ガリガリと歯が削る音が聞こえてきそうなほどに歯を噛みしめる職員らを横目に見ながら、アキラはマサユキたちの手を借りて火をおこした。パチパチと炎が爆ぜる音を聞きつけ、解体を終えた者が集まってきた。


「少し早いですが、昼食にしましょう」


 自分たちの解体した肉を好きなように食べていいと言うと、大人たちは肉を削ぎ切って串にさし、それぞれが火にくべて焼肉を楽しみはじめた。だが少年たちは手にした肉塊を切なそうに見つめて食べようとしない。どうしたのかと問いかけるアキラに、ハリーが意を決したように頼み込んだ。


「この肉を、持って帰っちゃ駄目ですか?」


 ハリーだけではなかった。アンも、リックも、ガイも、全員が縋るように見つめアキラの許しを待っている。


「その肉は私の仲間が狩ったものです。この場で食べるために提供しました。持ち帰りたいというなら、代金を支払ってください」

「そんなっ」

「ここで食べるのならお金はいりませんよ」


 どうしようかと少年たちが顔を見合わせた。大人たちの方から脂の焼ける匂いが漂ってきて、少年たちが唾をのんでいる。食べたいけど我慢して持ち帰りたい、でもここで食べなければ有料だ。彼らの表情は雄弁で、アキラは目を細めて焼いた串肉を差し出した。


「今はお腹いっぱい食べなさい。食後に森に入りますから、そこで自分たちで狩ったものなら持ち帰っていいんですよ」

「でも俺たちにはこんなにたくさんの角ウサギは狩れないよ」


 四人で頑張ってやっと狩った一羽の肉を持ち帰り、街にいる家族らと小さな肉塊を分け合っているのだろう。


「心配しなくても大丈夫です、角ウサギ狩りのコツを教えますから」


 午後からは狩りの実地訓練だ。栄養不足で成長しきれていない少年たちにだけ、角ウサギ狩りの秘訣を教えるつもりだ。身体が大きく力の強い大人たちは、魔猪に挑戦してもらう。狩場は分けた方が今後のためにも良いだろう。


「本当ですか?」

「僕たちもたくさん角ウサギが狩れるようになるの?」

「もちろんです。大人たちには秘密ですよ?」


 期待に満ち声をあげる少年たちに、アキラは唇の前に人差し指を立ててほほ笑んだ。


「おーい、そっちの肉は焼かねぇのか?」

「は、はいっ。焼きますっ」


 ぼうっと見惚れていた少年たちは、コウメイの声に我に返ると、自分たちで解体した肉を持って焚火に近寄った。


「なんだ、串持ってねぇのか?」


 木の実や果実を取って森での食事を済ませてきた少年たちの荷には、野営用の串や調味料は入っていない。コウメイは薪の中から良さそうな枝を選び、ナイフで削ってゆく。少年たちもコウメイを真似て自分たちで串を削り作り、削ぎ切りにした肉を刺して火にくべた。串が炭にならないように火加減を調節しながら焼いた肉に、コウメイが「これはオマケだ」と自分の塩をパラパラと振りかけた。


「ありがとうっ」


 にっこりと笑顔を向けた黒髪短髪の少年は、焼けた串肉をもってアキラの前に駆け戻った。


「これ、食えよ」

「あなたの分ですよ?」

「俺のはこれから焼くから、これはあんたのだ」


 グイっと突き出された串肉は、丁度いい焦げ目が香ばしく美味しそうだ。


「あんたの肉だから、最初にあんたが食うまで俺たちは食わない」

「ええ、と?」

「俺たちの決まりなんだ」


 獲物は狩った人が最初に食べる、それから仲間に分けるのが少年たちのルールらしかった。自分たちにこの肉を食べろというのなら、まずはアキラが食べろ、でなければ自分たちは口をつけられないとリックが言った。焚火を向くとアンにハリー、ガイも、うんうんと頷いている。


「では、いただきますね」


 リックから串肉を受け取ったアキラは、一口かじって舌に馴染んだ塩と肉の旨味を味わった。


「僕のもどうぞ」

「私のもっ」

「これ、やる」


 キラキラとした目と期待に満ちた口元、そして頬を赤らめて次々に差し出された串肉を断ることはできず、アキラは作り笑いで串肉三昧の昼食を必死に平らげたのだった。


   +++


「アキのやつ、モテモテだな」

「肉獲ってきたの、俺なんだけどー?」



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