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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
魔木レリベレンと狂魔術師たち
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12 討伐、レリベレン魔木



 不愉快な夕食会の翌日、サクリエ草もといレリベレン魔木の討伐対策会議が開かれた。サイモンらとともに得た情報、そしてアレックスから聞き出した情報を元にすれば、討伐方法は一つしかない。


「攻撃魔術厳禁、物理攻撃一択だな」

「迷宮と同じか」

「前座に竜はいねぇし、楽しめそうだよな」

「くぅー、腕が鳴るぜー。いつやる?」


 自分が中心の討伐だと張り切るシュウは、今すぐにでも小屋に突撃しそうな勢いである。


「すぐには無理だぞ。準備が足りない」

「どんな準備が必要なんだよ?」

「まずは魔力を持たない武器の調達だ」


 コウメイの剣は魔力を攻撃力に変える性質があるため、魔木相手には使えない。シュウの大剣も自己修復の為とは言え、魔力を帯びた剣だ、魔木にどのような影響を与えるかもわからない。


「ナナクシャール島の大樹の硬さを考えると、予備の剣じゃ心許ねぇぜ」

「相手は木なのだから、斧のような武器が向いているんじゃないかね?」


 マイルズの助言にシュウが面白そうだと頷いた。


「いいねー、俺まだ大斧は使ったことねーんだ。楽しみー」

「普通の斧でいいだろ、魔木討伐後に持て余すぞ」

「えー、じゃあコーメイは薪割り斧で戦えよ。俺はせっかくだからカッコイーの発注してーぜ」

「さすがに薪割り斧では耐久性が心配だぞ。ついでもあるから色々発注しないか」


 アキラが斧で言い合う二人の間に割って入った。


「ついでって?」

「武器以外にも、魔木の焼却用の炉とか、小屋の解体の人手も借りたいし、それに増築の相談もする予定だっただろう」


 この際、全部まとめて鉱族に発注してはどうかとアキラが言い出した。


「他のはわかるが、小屋の解体?」

「焼却炉とかいらねーだろ。キャンプファイヤーでいーじゃん」

「討伐のタイミングにもよるが、サクリエ草からレリベレン魔木への変化の観察はしたい。となると内側から破られるのを待っての討伐よりも、こちらのタイミングで小屋から解放して主導権を握りたいじゃないか」

「そりゃそーだ」

「それに魔木の灰だぞ、下手に撒き散らすのも怖いし、アレックスは魔木の完全焼却に十日もかかると言っていた」


 アレックスの言葉をどこまで信じるかは悩ましいが、正しいとすれば少なくとも十日は燃やし続けねばならない。その間ずっとキャンプファイヤーを交代で見張るのか? 安全かどうかもハッキリしていない灰が飛び散るのをどうやって防ぐ?

 アキラにそう問われた二人は、そんな罰ゲームは嫌だと首を振った。


「隔離して確実に灰にするなら、焼却炉が一番だろう?」

「じゃあ焼却炉は作るとして、問題は足止め方法だな」

「歩かねーって保証はねーもんな」


 アレックスの言葉はあやふやで信用できなかった。ならばサクリエ草も魔素や魔力を求めて歩く前提で対策を練るべきだろう。


「魔素のない土壌では移動できないのだから、ローレンさんの吸引魔道具を使おうと思う」


 設計書の使用許可を得て製作すれば、取り寄せるよりも費用も時間もかからない。リンウッドははじめての魔道具を製作できるのが嬉しいのか、岩顔をほころばせている。


「それだけじゃちょっと不安だな。ロープでぐるぐる巻きにして杭打ちもしとこうぜ」


 足止め方法が決まれば、あとは討伐だが、それについてはコウメイもシュウも楽観視していた。


「物理攻撃が通じるなら十分だろ」

「俺の力があれば、あーっという間だって」

「……コウメイまで脳筋に染まってどうするんだ」


 アキラは渋面でため息をつき、マイルズは呆れ顔で笑いを堪えている。


「魔木に攻撃手段があると考えないのか?」

「「あ……」」


 攻撃魔術が無効化されると聞いたが、反撃されないとは聞いていないのだ。


「質問を忘れていたこちらの落ち度だが、魔木は生存のために自ら移動するくらいだ、攻撃されたら身を守ろうと反撃しても不思議じゃないんだぞ」

「えー、けど島の大樹は何にもしなかったじゃねーか」

「それはこちらが攻撃をしなかったからだろう」


 空を被うほど育った魔木にとって、足下をウロウロする人族など蟻か虫と同じなのだろう。命を脅かさない虫をいちいち抹殺しはしない。

 コウメイは悔しそうに後ろ髪を掻いて息をついた。


「アキは、魔木がどんな攻撃をすると考えてんだ?」

「さぁ? 植物を相手に戦うのははじめてだからな」


 ゲームや創作物で親しんでいたコウメイやシュウのほうが詳しいだろうと問い返され、二人は顔を見合わせた。


「サボテンとかは刺を飛ばしてきたよなー」

「根っこで吸血して花を咲かせる魔物とか」

「人間を食う植物とかもいたよなー」

「枝で串刺しとか」

「葉っぱカッターとかもありそーか?」

「R18なら他にもイロイロあるよなぁ」

「それはコウメイとシュウで検証してくれ」


 凍るような瞳と汚物を見るような顔を向けられた二人は、慌てて表情を引き締め首を横に振った。

 串刺しはシュウやコウメイの運動能力なら回避も難しくないだろう。刃物のように飛んでくる紫葉の殺傷力は未知数だが、それが大量に飛んでくれば避けきれないかもしれない。


「回避が難しいとなると、盾の用意が必要か」

「盾は動きにくい。いくつかの退避エリアを作っておいて、一番近いそこに逃げ込むのがいいと思うぜ」


 シュウの瞬発力なら余裕で回避できるだろうし、コウメイ自身は退避エリア近くで戦うと言った。アキラはそれも発注品目に書き足す。


「作戦としては、まずはしっかりと観察し、魔木になったら切り倒して、根を掘り起こして焼却炉に封じる」


 リンウッドの小屋と同等か、それ以上の頑丈さを持つ炉窯を鉱族に作ってもらい、そこで完全に灰になるまでじっくりと焼き上げるのだ。


「それなんだけどよ、ただ灰にするのはもったいなくねぇか?」


 コウメイは、専用焼却炉の話が出たあたりから考えていた希望を口にした。


「どうせなら炭焼き窯を作ってもらおうぜ。岩鳥の炭火焼きは美味ぇぞ」

「炭火で! 焼き鳥! 岩鳥何羽獲ってくればいい?」


 当然のように木炭の活用を決めているコウメイとシュウに、アキラは慌てて釘を刺した。


「安全が確認できなきゃ、料理になんて使えないんだぞ」

「わかってるって。アキが調べるまで使わねぇよ。けど活用できる前提で焼却処分しときてぇだろ。ようは芯までこんがり焼けば魔木の討伐が完了なんだからさ」

「……灰になってなくても、生木の部分が残っていなければいいんだから、炭でも問題はないのか?」

「ねぇって」


 コウメイに丸め込まれたアキラは、製炭にかかる時間はどのくらいだろうかと真剣に計算をはじめた。その向かいでは、炭火焼きの鳥を想像したシュウが口端からよだれをこぼしている。


「まったく、こいつらの討伐は退屈せんな」

「……いつもこうなのか?」


 楽しそうに眺めているマイルズに、リンウッドは岩顔を引きつらせている。


「リンウッド殿のほうが付き合いは長いのではないのか?」

「俺はいつも留守番だ。討伐には同行しておらん」

「そうか。では今回の討伐は楽しみにしておくといい」


 マイルズの笑顔に、いっそう不安が増したリンウッドだった。


   +


 ロビンを経由して魔木討伐用斧の発注と、解体や増築を依頼した一週間後、鉱族の隠れ里から棟梁のオッサムが、ナナクシャールからはロビンが深魔の森をたずねてきた。


「奇妙な発注だったから、間違いないか確かめるために来た」


 注文していたシュウ用の大斧と、柄の強度を上げたコウメイ用の斧を持参したロビンは、討伐対象とその方法を聞いて顎を外した。


「よりにもよって、魔木とは」

「ロビンさん、魔木には詳しいのですか?」

「島には長いからな」


 アレックスには及ばないが、大樹についての知識も多少はあるそうだ。


「魔木を切り倒すのなら、この斧では足りん。少し時間をくれ、鍛え直す」

「時間がもったいないぞ。炉はワシが作るから、ここで鍛え直せばいい」


 ナナクシャール島にとって返そうとするロビンを、棟梁のオッサムが引き止めた。彼は現場の状況を確認しに来たのだが、小屋の状態を見て猶予がないと感じたようだ。


「小屋はあと一ヶ月も保たんぞ。それまでに炭焼き窯と盾を作らねばならんのだ、今から人手を呼び寄せていては間に合わん。ロビンも手伝え」


 もちろん肉体労働はシュウとコウメイにも手伝ってもらうぞと、棟梁はアキラたちの討伐計画に沿って準備を整えていった。


「うおー、この斧すげーよ。こんなぶっとい丸太が一発で真っ二つになるぜ!」


 鍛え直された大斧の試し切りに森に入ったシュウは、両腕でも届かぬほどの太さの大木を伐採して帰ってきたのだが、その切り口は白芋を包丁ですぱっと切った断面のようにつるりとしていた。


「こりゃいい、薪割りもすげぇ楽だぜ」

「だろ? これいーよな」


 持ち帰った大木をコウメイと二人で割りながら、斧の切れ味を楽しんでいる。

 リンウッドが完成させた魔素吸引道具は、持ち運びが前提となるため小型化の改良がなされていた。敷地の隅で何度か試し、調整の癖を把握してから小屋の周囲に使った。


「根本付近の土壌から魔素を奪った。これでしばらくは成長を止められるだろう」


 サクリエ草が糧としているせいか、小屋周囲の土壌の魔素濃度はかなり低い数値だった。今は地の底から少しずつ地表に上ってくる魔素を求め、横にではなく縦に根を伸ばしているだろうということだ。


「縦に、ということは抜きやすいということでしょうか」

「いっそのこと引っこ抜いちまうか?」

「俺は死の泣き声とか聞きたくねーぞ」


 ロビンはオッサムの手伝いの合間に、魔木の根に打ち込む楔も作った。討伐作戦の最初は、アキラの魔力で根を地表近くまでおびき寄せ、シュウが楔で固定する予定だ。

 魔木焼却用の炭焼き窯は、母屋に近い側の敷地の端に作られた。魔木討伐後も有効に活用したいコウメイの希望だ。


「どこまで自給自足を極めるつもりなんだ?」


 アキラは物好きなことだと呆れていたが、コウメイはせっかくの機会なのだから楽しもうと前向きだ。

 そうやって準備は順調に整っていった。


   +


 不愉快な夕食から一ヶ月後の早朝だ。

 空の端が明るみはじめたころ、アレックスがミシェルを伴ってやってきた。転移室で迎えたアキラに細目が食ってかかる。


「ちょっと待たせすぎやで」

「エルフにとって一ヶ月なんて短いものでしょう?」

「せやかてコッチはあの日に幼木もろて帰るつもりやったんやで」


 今すぐ、が、一ヶ月後、になったのだ、エルフであっても待ちくたびれて当然だと細目が非難する。


「では待たせたお詫びとして、好きなだけ採取していただいてかまいませんよ」

「……何たくらんどるん?」


 ピクリと、疑うようにアレックスの眉が撥ねた。

 アキラは細目の警戒を涼しげな顔で笑い飛ばす。


「あなたじゃあるまいし。慣れない私が採取するよりも、扱いに秀でているあなたが、自分の手で求める品質の葉を、必要なだけ採ってもらったほうが良いと配慮したつもりでしたが。私の拙い採取により品質の落ちた葉でよろしいのですか?」

「ホンマに、好きなだけ、採取してええん?」

「ええ、あなたの手で採った葉は全てあなたに差し上げます」


 ミシェルが顔をしかめて茶番を見ているのに気づいていたが、アキラは気づかないふりを貫き、アレックスをそそのかす。


「撤回したらアカンで、ワシが採ったんはワシのもんや、ええな?」

「結構です、契約成立ですね」


 黒髪の細目と銀髪は笑顔で握手を交わした。


「で、幼木はどこにあんねん?」

「リンウッドさんの小屋ですよ」


 階段を上り、食料保存庫を抜け、勝手口から外に出る。

 斧を構えたコウメイとシュウ、縄を手にしたマイルズ、そして小屋に沿うように立つ二人の鉱族を見て、アレックスが首を傾げた。


「ジブンら、何しとるん?」

「これから魔木討伐だろー」

「その前に採取の膳立てしてやろうってんだよ」


 扉ぐらい自分で開けられるのにと不思議そうな細目を遮って、アキラはオッサムに合図を送る。

 頷いた棟梁は、石組みの一箇所を金槌で叩いた。

 ポコリと窪んだ壁石が抜け落ちる。

 たったそれだけで、頑強な小屋が一瞬で崩壊した。


「……は?」


 瓦礫の中に存在するのは、朝日で産毛を輝かせるサクリエ草の葉の数々だ。

 窮屈な檻から解放された幼木は、まるで背伸びをするかのように茎と葉を大きく広げた。


「な……何なん?」

「レリベレンの幼木ですが」

「あらあら、とても大きくて立派ね」


 ミシェルは楽しそうに見あげているが、アレックスは腰を抜かしそうな様子だ。


「嘘やろ、なんでこないデカいん!?」

「何か問題がありましたか?」

「お、大ありやんっ」


 声が裏返ったアレックスを牽制している間に、コウメイとシュウが根に近い位置にロープを巻き付けた。五つの杭にロープを結び張りつけにしてから、マイルズがコップ一杯の魔力水を地面に撒く。


「なにやっとるんや?」

「根の固定ですよ。移動されたら採取しにくいでしょう?」

「え、あれから採取するん?」


 自由を満喫するかのようにうねうねと茎を伸ばし、少しでも陽光を集めようと葉を大きく広げている幼木。それを指さす細目の顔は引きつっていた。


「どうぞ、お好きなだけ採取してください」


 アキラの微笑みは美しく凶悪だ。

 マイルズの足下の土が不気味に盛り上がる。撒き餌に食いついた根が地表近くにあがってきたのだ。地表に出てくる前に、コウメイが特製の鉄杭を差し込んだ。


「どっこいせーっ!」


 そしてシュウが大槌を叩きつけ、杭でサクリエ草の根を固定する。


「念のためもう一本打っておこうぜ」

「はいよーっと」


 手早く二本目の杭打ちが終わり二人がサクリエ草から離れた。


「ふむ、陽に当たる外側の葉がかすかに変色しはじめたな」


 リンウッドは板紙の束とペンを手に、熱心にサクリエ草の変化を書き記している。解放されたサクリエ草の全長はおよそ三十マール(3メートル)、主茎は昼間シュウが伐採してきた丸太の二倍ほどの太さがある。枝茎の数は……数えられない。


「全く、蛇のように動いて数えにくいぞ」

「うにょうにょしててきめー」

「ざっと見た感じ、四、五十くらいはあるんじゃねぇか?」

「それは多すぎないか、二、三十だろう」


 サクリエ草は漂う魔力の香りを敏感に嗅ぎ取っているのか、その枝葉を懸命に伸ばしていた。


「アキ、あと五歩下がってろよ」

「リンウッドさんとミシェルさんも、もーちょっと後ろに移動な」

「細目、早く採取しねぇと成木になっちまうぞ」


 アキラたちを退避させたコウメイは、アレックスをサクリエ草に向けて押し出した。

 つんのめって転びかける寸前で踏みとどまった彼は、産毛の葉に顔を撫でられかけて這い逃げた。


「なななな、な、何すんねんっ」

「だから葉を採取しねーのかって話だよ」

「これホンマに幼木なん? 大きすぎひん?!」

「幼木の特徴は満たしてんだろ」

「せやかてこない大きいて聞いてへんで!」


 焦る細目に向けるアキラの笑顔は、満足感に溢れていた。


「聞かれませんでしたからね。さあ、遠慮なさらずに、必要な分だけ採取してくださっていいんですよ」

「早くしねーとヤバくね?」


 のんびりしていると幼木ではなくなるぞと、シュウが変色しはじめた葉を指さす。

 ぴったんぴったんと葉で地面を叩く様子は、こちらに来いとアレックスを招いているように見えた。


「あ、アキラ、師匠を手伝おうっちゅう気ぃあれへん?」

「必要分はご自分で、という契約ですよ? 私は採取する必要はありませんので」

「えぇ、せやったらなんで拘束しとるん?」

「これが成木になるのを観察するためです。ついでにあなたの採取のお手伝いにもなると思ったのですが、余計な配慮だったようですね。必要でないのなら無理に採取されなくても結構ですよ」

「し、仕方あれへん、いっちょやったるわ」


 うねうねとたぐり寄せるような動きの枝茎には近づきたくはない。だが契約があるのだ、コウメイやシュウには頼めない。そしてアレックスにも幼木の葉を諦めるわけにはゆかない事情があった。


「採取用に武器くらいは貸してくれるんやろな?」

「斧と剣と鎌と、どれがいい?」


 シュウ用に作った大斧とマイルズの予備の剣、そしてハギ刈りに使う鎌を見せられたアレックスは、渋々に剣を選んでサクリエ草に向かった。


「ほな、行くで!」


 気合いのこもった声とは裏腹なへっぴり腰のアレックスは、伸びてきた茎に剣を手首ごと絡め取られ、そのまま宙へと引っ張り上げられた。


「あーれー」


 うにょうにょとした枝茎に巻き付かれ、間の抜けた悲鳴があがる。


「うわー、あっけねーなー」

「触手プレイみてぇできめぇな」

「……コウメイ、変態趣味(個人の嗜好)は否定しないが、口にするな、鳥肌がたった」


 アキラは蔑視の目を向け、ざらざらとした二の腕をなでさすった。


「俺の趣味じゃねぇよ!」

「やーい変態、コーメイくん、ヘ・ン・タ・イ!」

「シュウ、昼飯抜き」

「ひでー「うひっーふはーあうー」……うわ、きも」


 コウメイの無情な一言に抗議するシュウの声は、アレックスの奇声に打ち消された。

 巻き付いた茎に手と足を拘束され、葉に全身をなで回されているアレックスから聞こえてくる、泣き笑いなんだか悲鳴なんだかわからない奇妙な声は聞くに堪えない。ミシェルが耳を塞ぎながら三人に近づいてきた。


「彼を助けたほうが良くなくて?」

「あれは自業自得の結果ですよ?」

「細目の簀巻きは貴重なんだぜ」

「死にそーに見えねーし、なんか楽しそーだからまだ大丈夫だろ」

「いいのかしら、幼木、成長しているわよ?」


 ミシェルの声で、三人はアレックスで遊ぶ巨大サクリエ草を振り返った。


「しまった、細目の魔力を吸い取っているのか」

「あー、ロープ引きちぎりそーになってんじゃん」

「後始末を考えると、あまりデカくなられても困るぜ」


 仕方ない、と斧を手にしたシュウがサクリエ草に向かって軽く跳躍し、細目に巻き付く茎をぷっつりと斬り落とした。

 コウメイが落下した細目を拾い、引きずってアキラのところに戻ってくる。


「私より運動神経が未発達だったんですね」

「ワシは魔術師やで、脳筋の戦い方なんか知らんわ。ま、苦労した甲斐あったわ。これだけあったら足りるやろ」


 身をよじって茎の拘束から脱した彼は、自分を縛っていた茎と葉を採ろうとしたのだが、コウメイの手が先にそれを回収していた。


「これはシュウが採取したんだ、てめぇに権利はねぇよ」

「ワシが先に捕まえとったんやで」

「簀巻きにされてたの間違いだろ。自分の手で採取したものだけが取り分だって契約だぜ、忘れたのかよ」

「忘れてへんけど、ワシが挑み続けたらアレもっと大きゅうなるんやで?」


 それでもいいのか、とやんわり脅しをかける細目の肩を、シュウがしっかりと掴んだ。


「安心しろよ、てめーが魔力吸われる前に俺が救出してやるから。な?」


 早く戦いたくてたまらないシュウは、安心して吊されろと背中を押した。


「あーぁれぇー」


 こうしてアレックスは挑戦するたびに吊され、シュウに救出され続けた。アキラの元には採取されたサクリエ草の標本が山積みだ。


「変色が進むと産毛が抜け落ちるのですね」

「水分量も変化している」

「表層の質感もかなり変わりますね。このあたりなど枯れ枝のようにも見えますよ」

「四半鐘後と半鐘後の違いは顕著だな」


 アキラとリンウッドは、サイモンの観察記録の絵図と並べ満足そうに頷き合う。


「魔素量の測定はしなくていいの?」

「いかん、忘れていた。計測器を取ってくる」


 幼木と成木の含有魔力(あるいは魔素)量の違いはサイモンも記録してあった。しかしせっかく目の前に変化過程の標本があるのだ、研究者としてはしっかり調べるべきだろう。ミシェルの指摘に、リンウッドが慌てて母屋に向かった。


「さすがにこれを全部を残しておくわけにもゆかないでしょう、捨てるの?」

「まさか。試作薬の素材にします」


 これだけあれば研究し放題ですからとアキラは苦笑して返した。彼女は何度目かわからなくなるほど吊されているアレックスをチラリと見て、申し訳なさそうに言った。


「幼木を少しわけてもらえないかしら?」

「……アレックスに甘くありませんか?」

「そうねぇ、彼があんなに必死になる理由を知っているから、今回だけは協力してもいいかなって」


 そういえば細目が万能薬を作りたい理由を聞いていなかった。アキラが視線で問うと、ミシェルは無言で幻影の耳飾りを外した。


「これをね、消すつもりらしいのよ」


 幻影を脱いだミシェルの顔に、地図のような赤い皮膚が現われた。


「それは、もしかして……あの毒の?」

「ええ。色はずいぶん抜けたのだけれど、これ以上は難しいようなの」


 リンウッドの特別な錬金薬によって、時間はかかったがここまで毒の色を薄めることができた。だがどうしても完全に解毒はできなかったのだ。


「わたくしは気にしていないのだけれどね」


 耳飾りをつければ体の半分を占める醜い赤痣は隠せる。多少の不調にも慣れた。だがアレックスがそれを良しとしなかったと知り、アキラは複雑な気持ちで彼女を見つめる。


「そういうことはもっと早く言ってくださいよ」

「わたくしはこのままでもいいのだけれど」

「よくありません……薬に必要な量は知っていますか?」


 ミシェルは苦笑いで首を振る。配合(レシピ)はエルフ族が秘匿しているらしい。

 理由を説明すればコウメイやシュウも反対しないだろう。今回ばかりはアレックスに譲ると決め、ミシェルに袋にぎゅうぎゅう詰めにしたサクリエ草を渡した。


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腹黒はおもちゃだけど、ミシェルさんと付き合い長いからか意外とおっ?!て感じ エルフの癖に他人(異種族)に献身するとか世界の終わりぃ?
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