11 深魔の森の危険な魔植物
カン、カーンという小気味の良い薪割りの音が聞こえてきた。
裏庭側に出る道から帰宅した三人は、薪割り場に立つ人物を見て慌てた。
「何やってるんですか!」
「おかえり。思っていたより早かったな」
「ただいま帰りました、が……マイルズさん、寝てなくていいんですか?」
「病人が働いてんじゃねぇよ」
「おっさん、死にてーのか?」
取り囲まれたマイルズは、苦笑いで手斧を握る腕を見せた。病後とあって痩せてはいてもその拳は力強く、手斧の重さなど余裕の様子だ。
「これくらいの運動はさせてくれんか」
そう言って軽々と薪を割って見せた。
三ヶ月前のマイルズは、食欲は戻っていたが、室内を伝い歩きするのがやっとだった。出先に届いたリンウッドからの定期報告でも一進一退と聞いていたのに、まさか薪割りをするほど回復しているとは。三人の胸に驚きとともに安堵が広がった。
「回復したのですね」
「どうだろう、討伐は禁止されているぞ」
マイルズの笑みはどこか寂しそうだ。
「竜討伐以前には戻れんのはわかっているが、衰えたくはないからな。リンウッド殿にも許可を得ているし、敷地内でしか運動はしていないぞ」
カカシタロウとアマイモ三号の農作業を手伝うくらいだと笑うマイルズは、確かに以前に比べて筋肉が落ち体が薄くなっているが、顔色はすこぶる良いようだ。
「おっさん、ホントーに病人かよ?」
「ははっ、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
マイルズはあたりに散らばった薪を集め、傍らの籠に詰めた。そしてポケットから取り出した金属の棒を打ち合わせる。澄んだ高い音が鳴り終わる前に、甲冑騎士が建物を回り込んであらわれた。
「お、カカシタロウじゃん」
「その金属棒は、魔道具ですね」
「俺では連中に命令できないからな。リンウッド殿が作ってくれたのだ」
甲冑騎士はアキラを見て嬉しそうに駆け寄り、少ない手荷物を恭しく受け取る。
「あなたが運ばねばならないのはあちらの籠ですよ」
肩を押してマイルズのほうを向かせれば、今気づいたとばかりに薪の籠を抱えた。音を聞いて呼ばれていないアマイモ三号も駆けつけ、長く不在だった主人に鼻先を押しつけ甘えている。
「いつ見ても奇妙な光景だが、やはりこうでなければな」
鋼の軍馬に抱きついて蹴られそうになっていたり、甲冑騎士との間に割り入ったりする彼らを見て、マイルズは楽しそうに笑った。
+
「ゆっくりしてくるのではなかったかね?」
リンウッドも帰宅した三人を意外そうな顔で迎えた。シーシック町を出る際に行きとは別の道をゆっくり帰ると聞いていたからだ。
「行きの倍かかってんだから、ゆっくりだろ」
「ニーベルメア南部からだぞ、普通なら三、四ヶ月はかかるのに」
「なんだよー、俺らが早く帰って来ちゃマズイのかよ?」
「まだ増築に取りかかれていないんだ」
寝所が足りなくなるのを心配していたらしい。リンウッドの小屋は相変わらずだし、マイルズも日常生活に不自由しない程度に回復したため、帰宅した家主のベッドを占領し続けるのは心苦しいようだ。
「箱馬車のベッドで寝起きしますから大丈夫ですよ」
それよりも、サクリエ草への対処が先だ。魔紙で逐一報告は入れていたが、限られた紙面では伝え切れていないことも多い。旅の荷をほどき、風呂と食事で一息ついた後、アキラはシーシック町で入手した研究記録の写しをリンウッドに渡した。
「こちらのサクリエ草に変化はありますか?」
「成長しているのは間違いないが、草のままだ。魔木への変化は見られない」
「どのくらい成長したのです?」
「隙間が、全くない」
深魔の森の魔素を糧に、サクリエ草は茎を伸ばし葉数を増やしているらしい。三ヶ月前はまだ小屋の内側に隙間があり、リンウッドは持ち出せなかった書物や魔道具を少しずつ回収できていた。だが今はめぼしい空間には茎が押し入り、わずかな隙間も葉で埋まり虫が這い入る程度の隙間しかない状態だという。
「扉を開けたら飛び出してきそうで、先月からは観察もできていない」
「……歩き出してはいないんですね?」
「小屋を破れんのだ、根を伸ばすのが精一杯だろう」
頑強な鉱族製の小屋が檻の役目を果たしているせいか、サクリエ草が歩くかどうかは不明なままだ。
「処分しかないでしょうか?」
「早急に決めんでも良かろう。まずはレリベレンの記録を読み込んでみよう。アキラも留守の間の観察記録に目を通して意見を聞かせてくれ」
帰宅当日は、互いに研究記録を交換して終わった。
+++
旅の疲れではなく、隠れて夜遅くまで研究記録を読んでいたせいで、アキラとリンウッドは大幅に寝過ごした。コウメイに叱られながら昼食をとり、留守中に溜まった雑務を終わらせると、自然と五人が居間にそろった。
「リンウッドさんの小屋のアレをどうするかですが」
「それは俺も聞いていいのか?」
「マイルズさんもこの家の住人ですし、もしかしたら力を借りるかもしれないので知っておいて欲しいです」
「聞くのが怖いが、聞かねば対処できんか」
どうせまた何か厄介ごとなのだろうと苦笑いをうかべたマイルズは、聞き終えるころには軽い気持ちで説明を促したことを後悔していた。深く大きなため息をつくと同時に、額を拳でトントンと叩く。
「……どうしてアキラは、こうも一筋縄ではいかん厄介なものに、自ら足を突っ込んでいこうとするんだ?」
「結果的にそうなってしまうだけです、私が戦犯みたいな言い方しないでください」
「過去を振り返ってどうこう言ってても決着は着かねぇぜ。まあ少し落ち着けよ」
魔術師二人の説明を飲み込む時間を作ろうと、コウメイがコレ豆茶と焼き菓子を配った。ジャムを挟んだ一口サイズのクッキーがシュウの口にポンポンと投げ入れられている。
「エルフ族が放逐した魔木か」
「そんな厄介なモン、捨てんなって話だよなー」
「まだ小屋のサクリエ草がレリベレン魔木と決まったわけじゃないぞ」
「アキは検証してぇのか?」
「それは……まあ」
どう思うかと遠慮がちに視線を向けると、リンウッドも深く頷いた。彼もサイモンが魔木へと育てたのと同じ環境にして、小屋のサクリエ草が魔木へと変わるのを確かめたいようだ。だがその危険性を忘れたわけではない。
「小屋のサクリエ草はシーシックの魔木よりも大きい。あのサイズのまま魔木に成ってしまったら、ちょっと追いかけられそうにないしな、対策は必要だとわかっている」
ここには囲う壁はないし、逃げた魔木は森を活動の場とする冒険者の脅威になるだろう。想像したコウメイとアキラはうんざりとし、マイルズは頭痛をなだめるように眉間を揉んだ。
「検証については後回しでも良い。それよりもサクリエ草の処分方法だ」
リンウッドがアキラにたずねた。
「魔木の討伐方法はわかっているのかね?」
「……魔力を糧に成長するので、攻撃魔術は厳禁だとは聞いています」
エイドリアンを追い返すほうに気を取られ、一番重要な討伐手段を聞き出し損ねていたと気づいた。
「植物の魔物つっても木なんだからさー、火を付けたら燃えるんじゃねーの?」
「生木は燃えにくいんだぞ」
「油をぶっかければいーじゃん」
「もったいねぇ」
台所の植物油は渡さないぞと、コウメイが断固拒否した。
「だが魔術の炎は無効だろうし」
「ちまちま火矢を撃ち込んでも追いつかんだろうな」
「火がついたまま森に逃げ込まれたら、下手したら森林火災だぜ」
魔木の根足を完全に止めてからでなければ、火攻撃は実行できそうにない。
「火矢攻撃は一応候補にいれておくとしても、もっと効果的な攻撃方法が知りたいな」
「アレックスを締め上げて聞こうぜ」
「あれが素直に吐くと思うか?」
「面倒くせー条件とか出してきそー」
他にエルフとの伝手となると。
四人の視線がリンウッドに集まった。
「……できれば呼びたくないのだが」
苛烈な藍色エルフは扱いが難しいのだ。何が逆鱗になるかわからないため、念入りな下準備と覚悟が必要になる。
「ローストビーフは必須だろ、あと手土産用に菓子を数種類と」
「一発食らうのは間違いねーから、その対策も必要だぜ」
「面倒くささはアレックスと変わらないんじゃないか?」
それなら慣れている細目のほうがまだ対処しやすいのではないか、とこぼしたマイルズの一言で、彼らはアレックスを呼び出す準備をはじめた。
コウメイが機嫌取りの料理の仕込みをしている間に、アキラはリンウッドとともに小屋の確認に向かう。
「……石壁が、膨らんでいるように見えますが?」
「ああ、そろそろ限界だろう」
今にも内側から石が押し出されて崩れてきそうな様子だ。帰宅が遅れていたら、歩くかもしれないサクリエ草に、リンウッドとマイルズの二人で対処しなければならなかった。
サイモンに頼まれているサクリエ草の標本を採取しようにも、これだけミチミチでは中に入れるかどうかはわからない。
「中を確かめるのは夜まで待つしかないですね」
「陽の光で魔木化する可能性は高い、おそらく討伐は夜間のほうが簡単だろう。だがこれが本当にレリベレン魔木に成るかを確かめるなら、昼間の討伐になるが」
「昼と夜、同じ手段で討伐できればいいのですが」
突然変異や進化する魔物の中には、変化後にこれまでと異なる性質を持つものも多い。そういった魔物は急所や魔力属性が変わり討伐方法も一変する。
アキラは爆発寸前のような小屋を見あげた。
「討伐のためには、小屋は壊すことになりますね」
「火を付ける前に、残されている書物や魔道具を回収したいが」
「努力しますが、討伐のどさくさにそんな余裕があるかどうか……」
すべてはアレックスから引き出せる情報次第だ。
それが面倒で難しいと、二人は同時にため息をついた。
+
完全に日が暮れてから、アキラはリンウッドの小屋の扉を開けた。
「……入れない」
「上から下まで、みっちりだな」
「うわー、キモっ」
サクリエ草は障害物を形どるように窮屈そうに成長していた。隙間があればそこから這い入って、一つか二つでも残存物を回収しようと思っていたが無理そうだ。仕方がないので標本採取に切替えた。解体用ナイフを使って扉に張り付くように成長した太い茎を刈る。指よりも太い茎には、立派な葉が窮屈そうに茂っていた。アキラはそれを次々に刈り取ってゆく。
「どれだけ採取する気なんだ」
「サイモンさんに送る分と、リンウッドさんの分、自分用、あとは予備と実験用」
「それどこにどーやって保管するんだよ?」
「花瓶に挿して研究室に置いておく」
あの部屋は窓を閉めれば陽の光は入らないのだから、サクリエ草の変質や成長に悩むこともない。
アキラの返事を聞いたシュウが、不安そうにコウメイに囁いた。
「あの部屋、陽は当たらねーけどさ、謎の魔道具とか素材とか、魔石もたっぷり保管してんのに、危なくねーのか?」
「安全とは言い切れねぇな」
杖が勝手に動いたり、魔武具が意思を持ってウロウロしている環境なのだ、研究室に保管されているさまざまな標本が、互いに影響しあう可能性はゼロではない。
「暗くて密封できる場所か……仕方ねぇ、冷蔵保管庫を一つ空けるか」
コウメイは不在の間に隙間だらけになった冷蔵保存庫を片付け、小さな方をサクリエ草の標本用に提供すると決めた。
「よし、これくらいあれば十分だろう」
満足げな声に顔をあげれば、産毛におおわれた禍々しい葉を茂らせるサクリエ草の束を、まるでバラの花束であるかのように抱える満足げなアキラがいた。
「さわやかな笑顔がすっげー違和感なんだけど」
「絵面が酷ぇ……」
「意味のわからないことを言ってないで、そろそろアレックスを呼び出す時間だぞ。準備はできてるのか?」
「そりゃもう、腕によりをかけたからな」
コウメイはアキラからサクリエ草の束を引き取ると、さっそく冷蔵保存庫の片付けに向かった。
+
その夜の夕食はいつもより遅い時間にはじまった。
テーブルの主役はローストビーフと魔猪肉のスペアリブだ、どちらにも揚げ焼きの丸芋と甘く煮た赤芋が添えられている。他にも、花房草とハルパとゆで卵のサラダには、チーズがたっぷり振りかけられているし、数種類の豆と暴れ牛のすじ肉の煮込みに、千切りにして塩で水抜きしたレト菜とピリ菜の木の実和えと、コウメイの力作がずらりと並んでいる。
「うわー、すげー。細目に食わせるの、なんか悔しくねーか?」
「俺たちの分もあるから心配するな」
五人はそろってテーブルに着いていたが、まだ食事ははじめていない。
確認を取るように視線を向けるアキラに四人が頷きを返すと、すぐに用意してあった魔紙が飛ばされた。
「どれくらいでくると思う?」
「すぐだろ」
「すぐだな」
「すぐだぞ。しかも間違いなく手紙の内容は把握してない。夕食の誘いと思い込んで現れる」
「お招きありがとうなぁ!」
アキラの言葉が終わるかどうかというタイミングで、噂の主の声が割り込んだ。
「うわぁ、ワシのためにこない豪華なディナー用意してくれたん? 嬉しいわぁ」
転移室から階段を駆け上がり台所からひょっこりと現われた彼は、まるで最初からそこに居たかのようだ。
「アレックス、手紙をちゃんと読んだのかよ?」
「え、飯の誘いやろ?」
アキラはしてやったりというようにほほ笑んだ。
「サクリエ草とレリベレン魔木への質問に答えてくれるなら、豪華な夕食をご馳走します、と書いてあったんです。コウメイが腕によりをかけたこの料理を味わいたければ、質問に全て答えるということでよろしいですね?」
「そないなこと書いとったっけ?」
アレックスはローブのポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃになった魔紙を取り出した。
「あぁ、書いとるわ。食いたかったら質問に全部答えろて。どないしょうかなぁ」
魔紙と料理とアキラたちを順番に眺めた彼は、よし、と魔紙をポケットに戻した。
「わかったわ、なんとか草とレリベレン魔木のことやってたら何でも答えたるから、はよその飯食わせて」
契約は成立した。
「「「「「「いただきます」」」」」」
さっそくシュウと競うようにローストビーフを堪能しているアレックスに、アキラが質問を投げる。
「せっかちやなぁ。ゆっくり飯を味わわせてくれてもええやん」
「食べ終わってしまったら、なんだかんだと屁理屈を主張して逃げ帰りそうですからね、食事をしながら答えてもらいますよ」
アキラはしっかりとメモ帳と筆記用具を手元に置いてあるし、リンウッドも利き手にはペンを握ったままだ。
「サクリエ草……レリベレンの幼木ですが、成木となる条件は陽の光ですか?」
「せやで。だいたい二、三鐘くらいかけて変化するんや」
一鐘もかからずに変わると予想していた二人は、思ったいたよりも長いと眉をひそめる。
「幼木のままでも移動するのですか?」
「どないやろ? 幼木なんはものごっつ短い間やからなぁ、誰も見たことないねん」
「ナナクシャール島の魔木は何故移動しないのです?」
「太くて長い杭打っとるし。けどデカくなりすぎて移動に必要な魔力が溜められんで動けんのやろな」
エイドリアンの説明に嘘はなかったが、不足はあったようだ。
「幼木でいるのはどのくらいの間だ?」
「芽吹いて一日か二日くらいちゃうん?」
それは予想以上に短いと驚き、アキラとリンウッドが顔を見合わせる。
エルフの領域ではそのくらいで成木になり、領域を維持する魔力をどんどん吸収して育ったらしい。
「あのときはワシらも大変やったわ。魔石集めに行かされたり、幼木狩りで走り回ったり」
「幼木の討伐方法は?」
「え、そら見つけたら引っこ抜いて火に投げ入れるだけやで」
庭の雑草を始末するかのような方法を教えられて、アキラの眉間に皺が寄る。リンウッドがもしやと幼木の大きさをたずねると、アレックスはフォークを掲げて「このくらいや」とこたえた。
「そんなに小さいのか?」
「嘘じゃありませんよね?」
「ワシ、隠し事はするけど、嘘はつかへんで」
アレックスが示したのは、ウナ・パレムでアキラが発見したときのサクリエ草のサイズだ。それがどうして小屋を破ろうとするほど成長したのか。やはり魔力震の影響だろうか。
「なんや、ジブンらの幼木、そない大きいんか?」
後で見せてな、とあまり興味なさげに終わらせたアレックスだが、実物を見せれば大騒ぎするだろう。慌てる顔が楽しみだとシュウがこっそりとほくそ笑んでいる。
「幼木が火に弱いのはわかりました。では成木の弱点は何です?」
「おんなじや。ただなぁ、火には弱いねんけど、なかなか芯まで燃えきらんねん」
「表面だけ燃えて火が消えるから、死なないということですか?」
「せや。死んだように見せかけて、こっそり栄養蓄えて反撃してくるさかい、きっちり灰にしてしまわなあかん」
「どれくらい燃やせば良いんだ?」
「十日かけてもあかんかったわ。そんで領域に穴空けられてん」
魔木が焼死したと思い込んだエルフたちが、傷だらけの領域を修復している間に、実は死んでいなかった魔木は領域の結界から大量の魔力を吸収し復活、焼けた表皮を癒やそうとさらに魔力を吸引したところ、領域結界に穴が空き自重でナナクシャール島に落ちた、というのが顛末だったようだ。
「切ったり割ったりしてねぇのか?」
「枝葉んところはどうにかなっても、幹はなぁ、硬いし魔力使えんし、非力なエルフにはキツイんや」
エルフには難しくとも、こちらには力自慢のシュウがいる。切れ味の良い斧を用意すればどうにかなりそうである。コウメイは魔木の討伐方法を練りはじめた。
「そもそも魔木はどうやって増えるのですか?」
植物なら種や挿し木で株を増やすが、レリベレンは花をつけるのだろうか。
「島の大樹が花を裂かせているのは見た覚えがありません」
「ワシも咲いとるとこ見たことあれへんし、種やない思うわ。アレが増える方法はエルフ族も知りたいんやで。領域から駆逐したいからな」
エルフ族が今も領域の見回りを欠かさないのは、数十年に一度ではあるが、レリベレンの幼木が発見されるからだ。発見次第引っこ抜いて長老に報告し、灰になるまでしっかりと焼きつくしたうえで、それをナナクシャール島に捨てているのだとか。
「この前も新しいんが三つも見つかって大騒ぎやったんやで」
もしや、とアキラはそれが具体的にいつだったのかをたずねた。
「二年? 三年? ああそや、ジブンらに偽モンのエルフのことで呼び出されたころや」
「あのころ……そうですか」
やっぱり、という言葉はギリギリで飲み込んだ。サイモンの研究でも、リンウッドの推察でも、種が発芽したきっかけは魔力濃度の急激な変動が原因だと結論づけていたからだ。魔力震は大量の魔力が津波のように押し寄せるものであり、エルフの領域とて無影響ではないだろう。その結果が幼木の発芽だ。
「芽が出るということは、やはり種が存在するはずなのですが」
「見たことあれへんなぁ」
魔力震がきっかけでの発芽は大陸でも考えられるが、その後の成長にも同じだけの魔力が必要だとすれば、連続して魔力震が起きない限りは、幼木のまま、あるいは成木化しても十分な魔力を得られず枯れるだけだろう。大陸の森が魔木に侵略される心配はなさそうだ。
「コウメイ、ローストビーフのお代わりないん?」
「スペアリブ食えよ」
「えー、これ硬うて歯が辛いねん、やるわ」
皿ごと譲渡された魔猪肉を頬ばるシュウを、細目はペットに向けるような目で見ている。
「うん、やっぱ犬には骨が一番やなぁ」
「ふが? なんらいっら?」
聞こえていないのは幸いだ。
アキラが自分のローストビーフの面を差し出すと、細目はご機嫌で他に聞きたいことはないのかと促す。
「魔木の紫葉から糸を作る方法を知りたい」
リンウッドは大黒蜘蛛よりも魔力耐性があり、かつ魔力を込められる糸素材をどうしても作りたいようだ。
「糸にする方法は二つあるで」
一つは糸吐蛾の幼虫を紫葉で育てて糸を得る方法、もう一つは紫葉の繊維を取りだして縒る方法だ。
「葉の繊維は荒いんやけど、急いどるときはこっちやな。糸吐蛾を使うたほうが品質はええんや」
「糸吐蛾の幼虫か」
「手間も暇もかかるけどな」
まさか養蚕をはじめるつもりだろうかと、コウメイは横目で考えに沈むリンウッドを観察する。
「幼木の葉に使い道はありますか?」
「あるっちゃああるけど、滅多に手に入らんからなぁ。あ、そや、ジブン幼木持っとるんやったな。いらん葉っぱあったらワシにくれへん?」
アレックスがさらりと話題を逸らしたと気づいたアキラは、にっこりとほほ笑んで繰り返し問う。
「幼木の葉を、何に使うのです?」
「えー、言わんとアカンの?」
「質問には全て答えると約束したのはあなたですよ」
ちっ、と小さく舌が鳴った。
「アレ、いっちゃんええ毒消しになるねん」
「毒消しにだけですか?」
「人族の間に、万能薬っちゅうなんにでも効く薬が伝わっとるやろ。アレの材料や」
どの錬金薬の材料にもなることから、エリクサーをもじって名付けたのだが、偶然とは恐ろしいものである。
「万能薬というのは、死者を生き返らせることもできるのか?」
「しらへんなぁ」
「配合は?」
「さぁて? ワシそのへん詳しゅうないし」
「質問に答える約束はどうした」
「ワシが約束したんはレリベレン魔木のことだけやで」
ひらひらと皺くちゃの魔紙を目の前で振られて、アキラとリンウッドは悔しそうに唇を噛んだ。
「幼木の葉と交換でいかがです?」
「えー、そない安う教えたらワシがレオに叱られるし?」
「ではお土産は無しということで」
「ケチケチせんと、何枚でも持ってけて腹の太いとこ見せてくれてもええん違う?」
「あいにく腹は細いのでなんとも」
六人の中で一番胴回りが細いアキラが、詰め込んだ料理で膨らんだアレックスの腹に視線を向ける。
「せやてワシに権限あれへんし。喋ったら後が怖いねんで。ワシが島も追い出されたらジブン責任とってくれるん?」
この家に押しかけるぞ、という副音声が聞こえたアキラは、にっこりと冷たい笑みを向けた。
「情報は不要です、一言も喋らないでくださいね」
島を追放された腹黒陰険細目を養うなど御免である。
「えぇ、葉っぱ欲しいし、そや、ちょびっとだけ教えたるわ」
「島を追い出されない情報にしてくださいよ」
「わかっとるがな。万能薬やけどな、蘇生薬やあれへんのや、死者が生き返ることはあれへん」
せやけどな、と彼は意味深に微笑んだ。
「たまぁに妙な巡り合わせで、ひょっこり生き返る者もおるんや」
「……条件によっては蘇生薬にもなる?」
「せや、その条件は言えへんけど」
「レシピは」
「それは一族の門外不出や、喋ったらワシの首がとんでまうがな。ああ、せやけど自力で他の素材と配合を見つけ出すんは禁止しとらんから、挑戦してもええん違う?」
親指の爪で自分の首を軽く弾いて見せたアレックスは、ニマニマと笑んでいる。
「もう質問はええん?」
できるものならやってみろ、とでも言うのだろうか。まるで焚きつけられているように思えて、アキラは反抗するように睨み返した。
「幼木の葉の安全な保管方法を教えてください」
「油に漬けとったらええで」
動物油ではなく植物油、それも可能な限り純度の高いものに漬けておけば、劣化することなく長期の保存が可能だそうだ。
「他の薬草みたいに糸瓜の水につけたらアカンで。全部水に溶け出してしまうし」
「その水は万能薬に使えないのですか?」
「試してみたらええんやない?」
「……」
クシャ、と板紙がアキラの手の中で粉々に砕けた。
夏の終わりとはいえまだ夜も暑いのに、突然の寒気に襲われてシュウが鳥肌をさすりながら身震いし、マイルズは冷気から逃げるように腰の位置をずらしている。ため息をついたコウメイは温かいハギ茶のカップを板紙の代わりに握らせた。
「んー、この豆と肉の煮込みも美味いなぁ、お代わりくれへん?」
一人楽しく食事を味わい、他に聞きたいことはないのかと問うアレックスから顔を背けたアキラは、食事が終わるまで硬く口を閉ざし続けた。
+
夕食を終えた途端、彼らはアレックスを追い返すために全力を尽くした。
シュウはローブの裾を結んで歩けないように細工し、コウメイが首根っこを掴んで食料保存庫の奥へと引きずってゆく。
「飯は食い終わったんだ、さっさと帰れ」
「えぇ、約束の幼木の葉っぱは?」
「今日お渡しするとは約束していませんよ?」
多少引きつってはいたものの、極上の笑みを浮かべたアキラは、それではまた後日、とアレックスに背を向けた。
「なに怒っとるん? 万能薬の配合教えんかったから?」
「わかってんなら聞くなよ」
「ええ、ワシ弟子を心配しとるだけやのに」
どこがだ、とため息をついたコウメイは、彼を転移室への階段部屋へと放り入れた。
「ジブンら、ワシを誤解しとるで。昔っから蘇生薬とか不老不死とか万能薬とかの、神の領域の秘薬にハマって狂うた魔術師がどんだけおった思うねん。アキラがそないなって欲しないてワシは思うとるんや。師匠として当然の心配やろ」
「そーは見えねーんだよ」
「心配してんのなら煽るんじゃねぇ」
アキラが蘇生薬や万能薬に興味を持っていないとは言えないが、それはアレックスが懸念するような狂い溺れるほどのものではない。秘薬そのものの危険性も、それに関わるさまざまな罠も、アキラは理解している。なのにアレックスの態度は「できるものなら作ってみろ」と挑発していた。まるで誘惑に打ち勝てるか試すかのように、だ。
「そらワシの教育方針やからしゃあないわ。弟子を鍛えるために手段は選ばんのや」
「だからって底意地の悪い試し方するんじゃねぇ」
「ホント、細目は性格悪いよなー」
「心外やわぁ」
自分は悪くはないと言い張るが、二対一では分が悪い。アレックスは形だけ否定してアッサリと引いた。
「あ、土産もらい忘れとるわ」
「葉っぱはねぇつってんだろ」
「ちゃうちゃう。料理の詰め合わせとか、持ち帰り用の菓子とかや。何かあれへんの?」
「てめぇふざけてんのか?」
「まだ食いたりねーのかよ」
「いやほら、ミシェルがな、魔紙もろうたときになんでワシだけなんやて青筋立てとったんや。土産もろてくるから言うてなだめてきたんやで。手ぶらで帰ったら雷怖いやん。なぁ、何かあれへん?」
アレックスの懇願を聞いたシュウは舌を出し、コウメイは薄く笑んだ。
「でっけぇ雷に打たれるんだな」
扉を容赦なく閉め、当然、鍵もかけた。
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