08 レリベレンの魔木
「えー、なんでここにレリベレンの魔木がおるん?」
窓の外に夜風に吹かれる木を見つけた途端、エイドリアンは作り物でない驚きの声を上げた。
「レリ、ベレン?」
「あれや、あの木」
サクリエ草もといサクリエ木には正式名称があったらしい。
「あなたは、あれをご存じなのですね?」
「エルフやったら誰でも知っとるやん、領域壊しかけた厄介な魔木なんやし」
呆れ顔で返された物騒な言葉に、アキラは顔色を変えた。サクリエ木とレリベレン木が同じものだとしたら、膨大な魔力によって維持されるエルフの領域、それを破壊できるほどの力を持つ木が、すぐそこに生えていることになるのだ。
中庭に向けるコウメイの目つきが鋭くなり、シュウの口が引き締まった。戸惑っていた老魔術師二人も、アキラの顔色とコウメイとシュウの険しい表情から、中庭の木の危険性を理解した。
「レリベレンの魔木について、わかっていることを教えていただけませんか?」
「そうやった。銀色が何も知らんから教えてこいて、アルに言われたんやったわ」
シュウが譲った椅子に座ったエイドリアンは、テーブルの空のカップを眺めて、自分にはないのかとねだるようにコウメイを見る。嫌そうにコレ豆茶を入れて差し出すと、金色のエルフは嬉しげに口をつけた。説明を求められたことは忘れている。
アキラに小突かれたコウメイは、仕方なさそうにエイドリアンに声をかけた。
「それで、あれはレリベレンって木なんだな?」
「せや、魔木やな」
「どう厄介なんだ?」
「食い意地はってんねん」
「何を食べるのです?」
「魔力に決まっとるやん。めっちゃ食うねんで、アイツ。食った分だけ大きゅうなるし、しまいにもっと寄こせて動き回るからホンマ厄介なんや」
今朝驚かされた光景は、エルフ族には特別ではなかったらしい。
「ワイらの攻撃きかへんし、あれ追い出すんむっちゃ大変やったん!」
「どの攻撃がきかねぇんだ?」
「全部やわ。魔力の多い連中が一斉に攻撃したんやけど、爺っちゃんたちの魔法、全然っきかへんのやもん、びびったわ~」
なるほど、全ての攻撃魔術が効かないのだな、とサイモンが書き記す。
「爺っちゃんたちが目ぇとか耳とか足と悪うして治らんかったん、全部レリベレンのせいやねん。爺っちゃんらも領域もボロボロになりかけて、修復にどんだけかかった思う?」
アキラが会ったことのある老エルフらは、目や耳や四肢に不自由な者ばかり揃っていた。あれはレリベレン魔木との戦いの後遺症だったらしい。
「領域から追い出したと言いましたが、今その魔木はどこに?」
「ナナクシャール島やで」
やっぱりあの木か! としかめ顔の三人が素早く視線を交わした。
そんな迷惑な魔木を撲滅するのではなく、人族の住む大陸へ追い出して放置とは質が悪すぎる。
あれ? とシュウが気づいた。
「けどさー、あの木、島じゃ全然動いてなかったよな?」
「そら図体でこうなりすぎて、動くのに必要な魔力食えへんからと違うん?」
「……エルフの領域の魔力量と、島の魔力量の差ということか?」
「どないやろなぁ。そのへんはワイやのうてアルが詳しいんやけど」
その詳しい腹黒陰険昼行灯が説明責任をエイドリアンに丸投げしたのだ。あとで締め上げてやる、と脳裏にメモを残す。最優先すべきなのは、金髪エルフから重要情報を聞き出すことだ。
コウメイは顔面に全神経を集中させ、なんとか取り繕った笑みをエイドリアンに向けた。
「それで、攻撃魔術で仕留められねぇ魔木を、どうやって追い詰めて、領域から排除したんだ?」
「爺っちゃんらが魔法で攻撃したら大っきくなってもうたから、ほな魔力なしの人族の武器なら効くかもしれんてかき集めたんや」
いつになくやさしい目つきでほほ笑まれたエイドリアンは、声を弾ませて詳細を語った。
「鉱族の武器も貸してもろて、それ持った若いんでチクチクやって囲んで他所行かんようにしてから、どやったらいてまうやろかて話しおうとる間や、あの魔木その場の魔力根こそぎ食いやがってん」
どうやらエルフ族に武闘派が生まれたのはそのときかららしい。
領域の大地に根をはり、ひたすら魔力を食い続けたレリベレン魔木は、とうとうその場を構成する魔素を残らず食らいつくし、領域の結界を無効化してしまったそうだ。
「ぽっかりあいた穴から落ちよってんで、アホやろ~」
エイドリアンの語り口から情景を想像したシュウが、堪えきれない笑いを必死に堪えている。
「で、落ちた先がナナクシャール島だったのか?」
「せやねん」
「なんで魔木にとどめ刺さなかったんだ?」
「え~、領域から追い出したんやから、後はどうでもええやん?」
良くねぇよ、と思わず声にしそうになったコウメイは、慌てて口元を手で隠した。アキラも爆笑が飛び出ないようにシュウの口を手で塞いでいる。
「はよ空いた穴塞がなならんかったし。あの後めっちゃ大変やってんで! レリベレンに食われたせいで爺っちゃんたちの魔力は頼れへんし、ワイらまだこーんなちっそうて狩りしたことあれへんのに、クズでええから魔石集めてこいて領域から放り出されてんで!」
当時未成年だったエイドリアン世代の雛エルフらも、魔石集めに駆り出された。しかも島の高濃度魔石や虹では穴を塞ぐのには足りず、大陸の魔物まで狩って魔石をかき集め、なんとか修復したらしい。
「じゃあ領域から落ちた魔木を島に封じたのはエルフじゃねぇのか?」
「だあれも封じとらへんて。あれはガタイがデっコうなりすぎて、動けへんだけや思うで、知らんけど」
最後の一言が無責任すぎて安心できない。
「……本当に、封じてねぇんだな?」
「え~、コーメイ顔が怖いで?」
「どっちなのかはっきりしろ」
「封印ちゅうんは魔力が必要なんやで。アイツ魔力食うのに封印でけるわけないやん」
では自重を支え移動できるだけの魔力が得られずあの場にとどまっているだけで、必要な魔力が満ちれば移動する可能性もあるのか。
「想像したくないな……」
「あのでっけーのが歩くとこなんか想像できねーよ。島ごと空飛んでるほうがイメージしやすいし」
「……おい、レリベレン魔木は、まさか空を飛んだりしねぇよな?」
三人は子どものころに見たアニメの場面を思い浮かべ渋面になった。
「ん~、どないやろ? 落ちるんと飛ぶんは違うしなぁ。せやけどレリベレンは魔木やし、飛行でけんとは言えんかもなぁ。必要な魔力食えたら飛ぶかもしれへんのか……わぁ、なんや楽しゅうなってきたで。アルに試してもらおっかな~」
腹黒陰険な愉快犯に余計な入れ知恵をされてはたまらない。
コウメイは金髪エルフの手を掴み、笑みの形をした目で見つめた。
「エイドリアン、アレックスに余計なことを言うなよ」
「えー、おもろそうや思わへん? レリベレンが空飛ぶんやで、見てみたない?」
「俺は見たくねぇ」
「もー、コーメイ真面目すぎておもろないわ~」
「エイドリアン?」
「ちゃうやろ、エディや、エ・デ・ィ。ほら?」
嬉しそうに目を細めた金髪エルフは小首を傾げる。愛称を呼ぶか、アレックスをそそのかすのか。究極の選択を迫られたコウメイの作り笑いが剥がれ落ちる寸前だ、アキラが耳元で囁いた。
コウメイはアキラの言葉をなぞり、エイドリアンに甘く微笑みかけた。
「……もしナナクシャール島のレリベレン魔木が空を飛んだとしたら」
「楽しそうやろ、一緒に見いひん?」
「魔力の豊富なエルフの領域に再び侵入するかもしれねぇぜ?」
「――えぇ?」
「魔力を探知して追っかける能力があるんだから、十分あり得るんじゃねぇのか?」
ワクワクしていたエイドリアンは「それでいいのか?」と問いかけられ笑顔を凍らせた。長老らが後遺症を残すほどの魔力を消費してやっと追い出した魔木を、自分の思いつきで再び領域に招き入れることになれば、その罰は追放では済まない。
「アレックスの性格はよく知ってるんだろ?」
「あかんわ~、アルには黙っとかんとエライことになるで。ワイの魔力むしり取られてヨボヨボになってまう! コウメイ、アルに言うたらアカンで、な?」
「わかった、黙っといてやるよ。だからレリベレンの魔木についての質問に全部答えろ」
「何知りたいん? ワイが答えられることやったら何でも答えたるで。そん代わりアルには余計なこと言うたらアカンで、ええな?!」
コウメイの甘ったるい作り笑いにのぼせ、その隙を突かれて雑な脅しに引っかかった金髪エルフは、実はアホの子なのかもしれない。彼を見るシュウの視線は哀れみが深かった。
アキラがコウメイの耳元でいくつかの質問事項を囁いた。交渉を押しつけられた彼はわずかに顔をしかめたが、すぐに作り笑顔でエイドリアンを向き直る。
「そもそもレリベレンの魔木ってのは、どうやって増えるんだ?」
「ワイもよう知らんねんけど、一族には神々の木やて伝わっとるで。言い伝えやと、魔素が増えたら勝手に芽吹くらしいて聞いとるわ」
一言も聞き漏らすまいと耳を傾け、熱心に書きとる老魔術師二人は、なるほど、転移魔術陣とともに魔素制御の魔法陣も破壊されたウナ・パレムで、レリベレン木の苗木(サクリエ草)が芽生えたのは必然だったのかと得心していた。
「神々の木と呼ばれる理由はなんだ?」
「そら神様が作ったからに決まっとるやん」
遙かな昔、神々はレリベレンの木を創造し、大地に根付かせたのだそうだ。魔木に濃すぎる大地の魔素を食わせ、新たに創造した人族が住みやすい環境を整えるためだったらしい。
「人族のためにそこまでするんかって、爺っちゃんの爺っちゃんはごっつ妬いとったらしいで」
大地の魔素の調整と聞き、ローレンの表情が期待と畏れに引き締まる。年々魔素が濃くなるウナ・パレムは、力を増した魔物が増えたせいで、多くの冒険者の山や森での活動域が狭まっている。彼の開発した魔素を取り除く魔道具も実用化されているが、増える魔素量に追いついていないのが現状だ。
「サクリエ草……レリベレン木が育つと、魔素が安定するのですか?」
ローレンは思わず金髪のエルフにたずねていた。
脇から入られて眉をしかめたエイドリアンだが、以前から顔を知っている老魔術師のすがるような視線は突っぱねきれないようだ。
「もしかして、アレ植えるつもりなん?」
「不都合がありますでしょうか?」
「薬草生えへんようになるけど、好きにしたらええんちゃう?」
「そんなに物騒なのかよ」
「レリベレンは魔木、魔物やで。甘う見とったらアカンて。制御魔法陣みたいな調整能力はあれへんのや。ちゃんと面倒見ぃひんかったら、魔素だけやのうて何もかも全部吸い上げられてまうで。薬草や魔物どころやあれへん、雑草も生えへん土地になってまうんちゃうかなぁ」
実際、幼木が成木になるには、相当な量の魔素を取り込まねば難しいらしい。今の大陸では芽生えること自体が珍しく、奇跡的に発芽しても、生命を維持するための環境が整わないため、ほとんど枯れているだろうとのことだ。だからエイドリアンはこの地にレリベレンを見つけて驚いたのだ。
「でもさー、島は雑草も生えねー場所じゃなかったぜ」
むしろ薬草は豊富だし魔物も強かったとシュウが眉をそひめる。大陸よりもはるかに魔力量の多い虹魔石を持つ魔物も数多くいたではないか。本当に、魔木に豊かな大地を荒野にするほどの力があるのかと疑わしげだ。
「そらアルが真面目に手入れしとるからや思うで」
「細目が真面目……」
今までで一番似つかわしくない形容を聞いたと、コウメイとアキラが唸る。あの仕事嫌いでサボリ魔のアレックスが、念入りに手入れをする理由が気になった。
「あの島はエルフ族の牧場です。虹魔石を持つ魔物を産み出すためには、レリベレン魔木は邪魔だと思うのですが、何故手入れをしてまで維持しているのですか?」
「だよな。虹魔石のためには島から追い出しそうなのに」
「あ、気ぃついた? 実はアレの枝とか葉っぱ、ごっつええ素材なんやで」
ああやっぱり、とアキラは薄くほほ笑んだ。整理整頓が下手なくせに、妙なこだわりと収集癖のある細目が「真面目」に手入れをする理由はそれくらいしかないだろう。
「どのような素材かお聞きしても?」
エイドリアンによれば、レリベレンの紫葉から作った糸や布は、大黒蜘蛛の糸以上の品質の繊維素材らしい。
「牧場だと思ってたら、農園も兼ねてたのかよ」
レリベレンの糸で織られた布や編まれたレースは、薄いのにとんでもなく高い防御力を誇るし、魔力の定着が良く魔術陣を描くのにも適している。
「ワイのこの服もそやし、銀のが持っとるひらひらのローブ、それも魔木の葉糸からできとるんやで」
ミシェルにもらった薄紫の総レースのローブには、繊細な見た目からは想像できないほどの強度と魔力防御がある。女性向けのデザインを我慢できるくらいに優秀なのだ。厚手の布地で作られた衣服には、軽装防具以上の防御力があるらしい。エルフ族の戦士が防具を身につけないのは、レリベレン素材の衣服があるせいかと納得だった。
「繊維素材の他には利用できないのですか? たとえば錬金薬ですとか」
サイモンが思い描いているのは、幼木(サクリエ草)の葉だ。実験の結果、錬金薬の素材として有用だとわかっているが、成木となってからの葉にそのような力はなかった。
「ん~、でけんことはない思うけど、ワイそのへん詳しゅうないねん。誰か作っとった気ぃするねんけど、人族には無理や思うし。もしでけたらスゴイけど、あれで作った錬金薬の魔力量がどんだけある思う? 人族の体じゃ耐えられへんやろから、飲まんとき?」
「……過剰摂取は体内の魔力に暴走をもたらし、ほぼ確実に死に至る、ということですね」
「う~んと魔力持っとったら耐えられるかもしれへんで。ワイは止めへんし、試してみたらええわ。あ、コウメイは多分大丈夫や思うけど、万が一があるかもしれへんし、変な薬飲んでワイを泣かせたらあかんで?」
コウメイはセリフの後半を丸ごと無視してたずねた。
「レリベレン魔木の安全な栽培方法、教えてくれ」
ここの庭と深魔の森と、両方に存在する魔木を育てるのか処分するのか、コウメイもアキラも、そしてローレンとサイモンもまだ迷っていた。
「そらほどほどに魔力与えて、逃がさへんように囲めばええんやで」
「その囲み方を教えろって言ってんだよ」
「ただで寄こせちゅうん?」
ここまでずいぶんサービスしているのだ、少しくらいは利を寄こせと金色のエルフがほほ笑む。
「……対価は何だ?」
「えー、何にしょっかな~。コウメイが払うてくれるんやろ? 買い物もええけど、もっと都会やないと楽しゅうないし。あ、そや! クラーケンで遊ばへん? 今ん時期は満腹やから機嫌ええんや、遊ぶんにちょうどええねん」
物騒なお誘いは遠慮する、とコウメイは即答だ。
「えぇ、せやったら一緒にご飯食べよ? 豪華な美味い飯食わせてもらえるんやったら教えたってもええで?」
「豪華な飯だな、いいだろう」
コウメイは一番簡単な食事で取引を成立させた。
「えーと、栽培方法やねんけど、簡単やで。いっぱい魔力与えたらええだけや」
「それはわかっている。知りたいのは安全な栽培方法だ。ナナクシャール島みてぇにしっかりと固定するには、なにをすりゃいいんだ?」
「大きゅうなるんはええんや?」
「いえ、大きくなりすぎるのは困ります」
ローレンの声が遠慮がちに割り入った。
「おおよその目安が知りたいのですが」
「せやなぁ、ここらへんのフタはちゃんと機能しとるよって、地面にたいした魔素残ってへんやろ、そない大きならんとちがうかなぁ?」
エルフの口から「大きくならない」と聞き安堵した老魔術師らの横で、アキラは不信感を強めていた。エルフと人族の「ちょっと」や「少し」は基準が違うのだ。エイドリアンにとって大きくないサイズが、ローレンやサイモンらにも同じとは限らない。
「大陸の魔素の量で、どの程度まで成長するんだ?」
アキラが問いただしたい点を理解しているコウメイは、エイドリアンに具体的な数値か比較できる物体で表現しろと注文をつけた。
「ん~、どないかなぁ。今のウナ・パレムやったら、塔を超すくらいには大っきゅうなるかも? けどココやったら外の壁くらいがイッパイイッパイや思うわ」
「町の壁ですか? それともこの家の塀?」
「一番近い壁や」
ローレン宅の壁程度なら二階の屋根に届くかどうかという高さだ。島のような大きさにはならないと知り老魔術師らは胸を撫で下ろした。
「その程度なら安心だ」
「敷地内で観測できるぞ」
未知の魔木への好奇心と探究心が抑えきれない老魔術師二人を、エイドリアンは面白そうに見ている。
「へ~、ジブンらレリベレン、育てるんや?」
「地中に足りない魔素は、魔力水で補えば成長を促せるはずです。どこまで大きくなるのか検証したいと考えております」
「……サイモンさん」
「おい、ローレンさんよ」
簡単に予測できる結果から目を逸らし、欲望の赴くまま実験をすすめようとするあたり、腐っても上級魔術師だ。アキラは兄弟子の腕を叩き、コウメイは元魔法使いギルド長の肩を掴んで揺すっている。
「爺っちゃんたちもアホやなぁ。ワイが一族の恥を教えたげてんで? わざわざ破滅しようやなんて、やっぱ人族は理解でけんわ~」
金髪エルフの嘲笑に、背筋がヒヤリとした。アキラは老魔術師らに言い聞かせる。
「魔力水を与えるのは危険です。大地の魔素だけなら囲っておけますが、それ以上に魔力を与えれば、与えただけ成長するんですよ」
「あいつ魔力水の染みこんだところに歩いて移動したしなー」
「敷地の塀なんか余裕で乗り越えるんじゃねぇの?」
「だ、だが、固定する方法があるのだろう?」
期待のこもった視線を向けられ、エイドリアンはニンマリと笑った。
「じーちゃんたちおもろいし、今回は特別に教えたるわ。絶対に他所にバラしたらアカンで?」
まるで首振り人形のように頷く老魔術師二人を、エイドリアンは楽しそうに眺めている。
「あんな? レリベレンの根っこはな、魔素がないトコには踏み込めんねん」
どんなに魔素の少ない土地であっても、皆無ではない。魔木はそのわずかな魔素を求めて移動するため、魔素が全くない大地で囲めば、そこからは出られない。
「島の大樹の周りも、魔素がねぇのか?」
「まっさかぁ。あそこは魔素だらけやもん、どうやってもゼロにはでけんわ。あれはでっかくなりすぎて動けへんだけや。それにアルが餌付けしとるし、動かんでも飯食えるんやったら、どっか行ことか思うわけないやん?」
ナナクシャール島ほど大きく育てるわけにはゆかないし、餌付けできるほどの魔力も用意できないローレンらは、魔素の存在しない場所を見つけるしかない。
「しかし、ここにはそんな場所は」
ない、と言おうとして気づいたのはアキラだけではなかった。ローレンは目を輝かせ、サイモンも嬉しそうにほほ笑む。
「そういえばローレンさんが作った魔道具があったな」
「あー、あれか、地面の魔素を取り出すヤツ」
「なに、なに? そないおもろい物あるん?」
エイドリアンへの説明はシュウに任せ、アキラは老魔術師二人の考えを読み取ろうと目を細めた。
「アキラ、そんなに警戒しないでくれ。サクリエ草……いやレリベレン魔木をウナ・パレムに移植しようというわけじゃない」
「お二人が必要だと考えるのなら反対はしませんよ」
「ほんとうに移植は考えておらんよ。まだ移動を止められるか検証できていないのだからな。だがウナ・パレムでまた発芽する可能性があり、それが予想不可能な魔力震によって成長したとき、後世の者らが困らぬよう、ありとあらゆる検証記録を残しておきたいのだよ」
幸いにもここはローレンが個人所有する敷地で、広さも十分なのだ。せっかくエルフから情報を得たのだから、それらを自分の目で確かめたい。
「前にアキラが言っていただろう、そういうのをイッセキニチョウと言うのではないかね?」
「……一度に趣味と実益を兼ねるのですから、そうとも言えますね」
再会したときはどこか諦めの色の濃かった老魔術師らの表情が、今は童心に返ったような晴れやかなものに変わっている。
彩りと活力を取り戻した彼らは、最後まで隠居生活を楽しむようだ。
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