05 医薬師ギルド1 師弟
医薬師ギルドの無料診療所は毎日大盛況だ。朝から列を作る患者たちを、サイモンと助手のクレアが手早く処置してゆく。週に一度の割合で手伝いに入るアキラは、二階の調合室で錬金薬を作りながらサイモンの求めに応じて薬草を選び出したり煮出したりしていた。
無料診療は昼までと決まっているが、並んでいる患者すべてを診るのがサイモンの方針だとかで、扉はいつも六の鐘を過ぎまで開いている。今日も最後の患者を送り出したのは七の鐘まであと少しという頃だった。
「遅くなりましたが昼食にしませんか?」
アキラは今日初めてクレアと交代し、助手として患者の案内や処置の手伝いに入って驚いた。助手には休憩を取らせるのに、彼自身は朝から休みなしに働いているのだ。痩せた身体の何処にそれだけのエネルギーがあるのかと驚くほど精力的だが、診療所を閉めた後に見た彼の顔は、彫りの深さもあって疲労が濃く見えた。
「飯を買いに行かねばならないな」
「届けてもらいました、どうぞ」
近所の飯屋から出前してもらった料理を挟んで座った二人の昼食時間は、活発な意見交換の場になることが多かった。
「治療魔術が施されるところをはじめて見ました」
その様子はまさしくゲームやアニメのような回復魔術さながらの、シュウあたりが目にしたら色々な意味で大騒ぎしそうな光景だった。骨折した患者の足に治療術を使うと、錬金薬と同じような金色の光が患部を覆い、その光が消える頃には骨折が治っていたし、脂汗をかくほどに痛む腹部に術を使えば、嘘のように痛みが消えたと患者が笑顔になる。
「病の症状も治せるとは知りませんでした」
サイモンは三カ月ほど前に街にやってきた薬魔術師の勤勉さを気に入っていたが、腕が良いわりに偏った知識しか持たない歪さを不安に感じていた。だからか、まるで弟子に教えるようにアキラの質問に答えることが多かった。
「残念ながら、私の治療魔術はそこまでの力はないよ。私では痛みや苦痛の軽減止まりだ」
「軽減、ですか?」
そんな基本的なことも知らないのかと指摘するのではなく、サイモンは丁寧に治療魔術の及ぶところを説明した。
「黄級の治療魔術では、骨をつなぐには相当の魔力をつぎ込まねばならない。多くの患者がいるのに、骨折一つにそのようなことはできないだろう? 痛みを消している間に整復して、患部周辺の肉を癒し、あとは自然治癒を待つしかないのだよ」
「そう言えば、あて木で固定してしばらく動かすなと指示していましたね。でもあの患者の様子だと指示を守りそうにありませんよ」
「仕方があるまい」
無料診療所にやってくる患者の多くは慢性的な不調をかかえた者が多く、経済的な理由で処方薬を買うこともできない困窮者ばかりだ。彼らは傷みや苦痛が軽減されると、すぐに働きに出てしまう。休養をとっていては飢え死にするか住家を追い出されるからだ。
「私では根治させることはできない。せめて痛みや苦痛を感じないでいる間だけでも、栄養と休養をとってくれれば自己回復力の助けになるんだが、彼らに説明しても従う者はほとんどいないよ」
「それではいつまでたっても患者が減りませんよ」
「対処法でしかないが、それでも何もしないよりはましだ」
痛みが軽くなれば彼らは働いて日銭を得られ、手元に金があれば食事をとることができる。食べることで体力がつき、回復力がわずかでも高まれば時間はかかるが治るのだ。もちろん自己の回復力ではどうにもならない患者も多い。治療魔術でできることはそれほど多くないのだと語るサイモンの瞳には悔しさが滲んでいた。
「本来ならば治療魔術で緩和し、医術で治療をするのが望ましいが、今の体制ではそれも難しい」
「そういえば医薬師ギルドには医者が所属していませんね」
どこの街でも医薬師ギルドを守っていたのは薬魔術師や治療術師たちだった。マリィのように一般的な処方薬を調合する薬師も所属しているが、アキラがたずねたことのある組織に医者がいたことはなかった。
「我々は魔法使いギルドから派生した組織だ。医者を受け入れないわけではないが、どちらかと言うと彼らの方が我々と交わろうとしないんだよ」
出自にかかわらず、魔力さえあればギルドが支援する魔術師とは異なり、一般的に学問を修めるには金がかかる。庶民が医者になろうと思えば借金に借金を重ねることになり、医者になったら今度は返済のために金払いの良い患者を選ぶしかなくなる。そういった医者たちの集まりはあるが、彼らは互いの顧客の取り合いに忙しいのだ。そして貴族や富裕層には同じ階級出身の医者や治療魔術師がいる。結局、貧しい人々を癒す医薬師ギルドに集まってくる者は限られてしまうのだ。
「治療術師と医者の両方の資格を持つのは難しいのですか?」
「稀ではあるが、居ないわけではないよ」
そう言うと、彼は懐かしい誰かを見るように目を細めた。
「私の師匠が、その希少な両方の資格を有する治療術師だった」
サイモンが十五の年に新たに師事した治療魔術師は、医術も同時に修めた天才的な頭脳の持ち主だった。師匠から学んだ医術のおかげで骨折や関節の整復が身に付き、治療魔術と組み合わせることで、魔術のみの治療よりも短い期間で完治できるようになったのだとサイモンは誇らしげに語った。
「師匠の手腕に追いつくことはできなかった、私が身につけることができたのは外傷の処置だけだ」
内臓への病については学ぶだけの時間と才能がなかったと悔しそうだ。話しているうちに冷めてしまったスープを飲み干すと、サイモンはアキラを真正面から見据えていった。
「前々から思っていたのだが、アキラは治療魔術を学ぶ気はないのかね?」
「え?」
「君はその若さですでに白級だ。私の目から見れば知識は歪で危ういが、その魔力の質と操作はもっと上位の色であってもおかしくない。私が師匠というのはおこがましいかもしれないが、治療魔術師のさわりだけでも学んでみないか?」
マライアの紹介状を持ってやってきた時から、弟子に迎えたいと思っていたのだというサイモンの言葉は嬉しいものだった。彼の診療スタンスには感銘を受けたし、薬魔術師としての知識が歪だという自覚もある。だがアキラは理由があってウナ・パレムに滞在しているのだ。先の約束はできない。
「気がすすまないようだね?」
「興味はあります。ですが私は冒険者でもあるので、今後については仲間と話さなくては何も決められません」
だが冒険者生活を思えば、治療魔術を習得しておくのも悪い選択ではないだろう。錬金薬を使い切った後の応急処置として有用かもしれない。
「あの、外傷に対しては錬金薬と治療魔術と、どちらが効果が高いでしょうか?」
アキラの問いにサイモンは苦笑いで首を傾けた。
「冒険者を続ける前提なのだな」
「……そうですね、やめることを考えた事はありません」
街や国を転々とするのなら冒険者の身分が一番適している。必要な知識を学びたいという欲はあるが、ひとところで何年にもわたって研究することは難しいだろうから。
アキラの返事を残念そうに受け止めたサイモンは、それでも前向きだった。
「無理は言わんが、せめて薬魔術の知識だけでも補完しておきなさい」
資料庫の教本やレシピ以外にも、サイモンが個人的に所有している研究本が何冊かあるので、それも貸し出してもらえることになった。
「よろしいのですか?」
「才能ある若者の芽を育てるのも我々の役目だよ」
弟子入りを断ったアキラに対して気を悪くするでもなく、サイモンは街にいる間に学べるだけ学べと発破をかけた。薬魔術師を見下し嘲笑う魔術師たちとは大違いだ。マライアに紹介されたサイモンと、魔法使いギルドにいるロッティは親しくしてくれているが、もう一人ハーマンという魔術師だけは面会を申し込んでも断られていた。
「どの街でもですけれど、医薬師ギルドは流れ者にも温かいですね。魔法使いギルドはなんというか……」
「ああ、あそこはな……以前はもっと地に足がついていたんだが」
「魔石の取り扱いについては驚きました。冒険者も街の人々も困っていますし、ギルドは何のために魔石を抱え込んでいるのでしょうか」
「君が疑問に思うのは当然だが、いずれ街を出て行くのなら知らないままにしておきなさい」
それまで気さくに質問に答えていたサイモンが、表情を引き締めて静かにアキラに忠告した。
「薬魔術の修行に魔法使いギルドは役に立たない、近寄る理由は何もないよ」
会話の流れで何か情報が得られれば思っていたのだが、サイモンの口は固そうだ。だが同時に彼が何かを知っているのだという確信が持ててしまった。
「サイモンさん、早速ですが食後に錬金薬のレシピ本を拝見しても構いませんか?」
アキラが話題を変えるとサイモンは機嫌よく頷いて、薬魔術に関する蔵書から読ませたいタイトルをいくつかをリストアップした。
「そうだな、冒険者が持ち運ぶのに適した錬金薬の処方があるから、それを教材に訓練をしてみようか」
会話に忙しくほとんど手を付けられていなかった食事を慌てて片付けた二人は、調合室に場所を移すと再び薬魔術談議に没頭していくのだった。
+
冒険者ギルドから発注されている錬金薬を作るのは医薬師ギルドの仕事だ。現在はサイモンの他に錬金薬を作れる魔術師がいないらしく、明らかにオーバーワークの彼を見かねて、アキラが魔道具のレンタル費用の代わりに納品用の錬金薬の作成を引き受けていた。
週に一度の慣れた調合のはずだが、今日のアキラは珍しく緊張していた。サイモンの観察と指導の目に晒されながらの調合は、はじめての試験の時を思い出して気合が入る。
「まずは回復薬です」
ギルドに納品分の予定数量を作り終えたアキラは品質の確認を頼み、次の錬金薬を作りはじめる。
「薬草の在庫が危ういな。冒険者ギルドへ発注しておこう」
「今日明日にもなくなるようなら、私が採取してきますよ」
「いや、そこまで切羽詰まっているわけではないよ。一週間ほどは持つだろう」
最近は品質の揃った薬草が集まるようになってきたので、以前ほど在庫に不安を憶えることは少なくなったとサイモンが言った。
「回復薬に問題はないな。治療薬の品質も注文通りだ」
「解毒薬は少し自信がないのですが」
「わずかに基準から外れているが、効き目が高いほうにズレているのだから、まあ大丈夫だろう」
効かない解毒薬には問題があるが、効き過ぎるのなら量を調整すればいいのだから販売に支障はない。
「次はこれを作ってみてくれるか?」
注文の錬金薬を作り終わったアキラに彼が渡した配合は、初めて見るレシピだった。
「薬草の種類から治療薬だと思いますが、脂を使うものは初めてです」
「持ち運びと使用の点で冒険者に向いた錬金薬だ、試しに作ってみなさい」
薬草や材料は好きに使っていいと言われ、アキラはギルドの薬草庫から必要なものを選び出し、工程をなぞって作りはじめた。薬草の他に必要な材料は、ムーン・ベアの脂にキテカ花の種の粉末だ。
「キテカ花?」
知らない植物の存在にアキラが反応した。サイモンの説明によれば、ニーベルメアの高山で雪の降る時期にだけ咲く魔花で、血のような色の花が雪解けまで咲き続けるのだそうだ。
「キテカ花の種の粉が錬金薬と脂をつなぎ、薬効を高める働きをする。まずはやってみたまえ」
途中までは錬金薬を作る手順と変わりはないが、その先は初めての作業になる。アキラの動きも慎重になった。殻を取り外して丁寧に粉末にした種を、錬金薬にいれて完全に溶けるまで混ぜる。そして脂の入れ物に少しずつ注ぎながら魔力を注いで練り合わせてゆくのだが、これがなかなかに根気と力のいる作業だった。木べらで練る脂の重みが、錬金薬が加わるにしたがって少しずつなめらかに軽くなってゆく。
「脂の色の変化を見逃すなよ」
薄桃がかった脂に治療薬の薄青が混ざると、何故か淡いクリーム色に変化していった。絵具とは違うのだなと思いつつ、アキラは桃と青の色が消えるまでひたすら練り続けた。
「よし、完成だ」
サイモンの声に手を止めたアキラは、バターのような美味しそうな色の軟膏をまじまじと見つめた。これが本当に治療薬と同等の働きをするのだろうか。アキラの疑問を見抜いたのか、サイモンが「使うか?」とナイフを差し出した。どうやら彼もアキラと同類らしい。ありがたく受け取って手のひらに傷を作ると、薄く描かれた赤い線の上に、軟膏を伸ばして塗り付けてみた。
「……癒えますね」
効果はてきめんだった。錬金薬をふりかけた時と同じ速度で傷が癒えてなくなった。
「どうだい?」
「これはいいですね。液体薬のように流れてしまわないので使用量も抑えられそうです」
この軟膏なら錬金薬を服や地面に吸わせることなく傷に塗布できるし、容器の破損による損失もない。
「指先や手のひらの小さな傷に良さそうです」
錬金薬を使うほどではないが、そのままにしておくと剣の握りや踏み込みの踏ん張りで全力が出せなくなるような傷には、この軟膏の方が適していると思った。また女性冒険者なら顔に残る傷を減らせると喜んで使うだろう。なのに。
「どうしてこの薬は知られていないんでしょうか」
冒険者なら喜んで携帯しそうなのだがと首を傾げるアキラに、サイモンは人の悪い笑みで答えた。
「コストに合わないからだよ。キテカの種はなかなか採取が難しいんだ。薬草のように冒険者に依頼できる簡単なものじゃないしね」
専門の採取人がいるくらいに種の発見は難しく、毎年集められる量はそれほど多くない。一粒の値段を教えられたアキラが思わず驚きの声を上げるくらいに高額だった。
「このレシピ、三粒も使ったんですが……」
キテカ魔花の種は一粒五百ダル、薬草やムーン・ベアの脂を合わせても材料費だけで二千ダル近くもかかるのに、出来上がったのは手のひらに乗る小さな平ケースほどの少量だ。これでは普通の錬金薬の方がはるかに安上がりだ。費用対効果が悪すぎて、市場に出回らないのも納得だった。
「もったいないですね」
「だろう? 私の師匠はどうにも浮世離れしていてね、利便性や効果を高めるのは得意なのだが、実用するには難しい『もったいない』ものが多いんだ。だが勉強にはなる」
発想のヒントになるだろうからと手渡された本は、効果は高いが実用性の薄いもったいないレシピが大量に記録されていた。
「必要なものがあれば書き写しておくといい。いつか高価な材料の代用になるものが見つかれば、そのレシピが実用化されることもあるだろう」
ありがたく書写させてもらうことにしたアキラは、その場で一通り最後まで目を通そうとした。その本には錬金薬だけではなく治療魔術や魔道具のレシピなどもあり、サイモンの師匠の多才さが凝縮されていた。材料さえ手に入れば作ってみたい錬金薬がいくつもある。書写するのに随分と時間がかかりそうだがそれもまた楽しみだ。そんなふうにページをめくっていた手が、とある義肢のページで止まった。
「これは……」
魔力を持つ人間だけに有効な義肢、魔石と人体の魔力をつなぐことで生身のように動かせる義肢の設計書だった。驚いて固まってしまったアキラの手元をのぞき込んだサイモンは「それは未完成の設計図だよ」と言った。
「ほら、途中で書き込みが止まっているだろう。装飾義肢ではなく生身のように動かせる義肢なんて、夢のような魔道具だと思わないか?」
アキラは知っていた。それはすでに完成され、ごくわずかながら実用化されていることを。
サイモンが師匠のすばらしさを語るのを聞き流しながら、アキラは最終頁を開いてその著者を確かめた。
六百二十六年四月二十五日上梓 著者リンウッド
「……やっぱり、リンウッドさん」
「ん? アキラ、君は師匠を知っているのかね?」
サイモンが師事していたのは十五歳から十年間だ。存命なら百歳を超えているはずの恩師とどういう関係だと訝しく問われ、アキラは自分の魔術師証を見せた。
「アキラの師匠だったとは、不思議な縁だな」
弟弟子ができたと喜ぶサイモンに、リンウッドの近況を説明するのは難しかった。上梓の日付が間違っていなければ、当時の彼の実年齢は百歳前後、すでに魔石義肢による延命中だったはずだが、サイモンはそれを知らないようだ。
「サイモンさんはこれを完成させようとは思わなかったのですか?」
ここに記録された義肢の設計図には、重要な部分が意図的に書かれていないことにアキラは気づいていた。魔石義肢を作ることにあれだけ警戒していたリンウッドが、一部とはいえその設計図を託したのだから、サイモンという人物を信頼し期待もしていたはずだ。
「設計図をなぞることはできても、そこから先にはすすめなかったよ。師匠の偉大さが身に染みたね」
無力感を噛みしめ、それを払うように首を振ったサイモンは、本を持つアキラの手に触れた。
「アキラ、兄弟子として重ねて注意しておくが、君が魔法使いギルドを探っているのは分かっている」
マリィから魔力を吸い出す道具のことを聞きだしたんだろう? と咎めるように見据えられた。その眼は真摯にアキラの身を案じ守ろうとするものだ。ギルドの闇を熟知している者からの忠告だ、聞き入れてくれと訴えていた。
「何の目的かは聞かないが、今すぐやめるんだ。潰されるぞ」
アキラの手を握るサイモンの指に力がこもる。それに手を重ねて、アキラは静かにたずねた。
「ご存じなら教えていただけませんか、魔法使いギルドは魔力を集めて何をしているのですか?」
「君は命知らずだな、領主を敵に回すことになるのだぞ」
「ギルドが隠しているのは、貴族が関わる重大で規模の大きなたくらみなのですね?」
「……冒険者をしているということは、誰かからの依頼だろう? 誰に頼まれた? 隣国か? 仲間がいるといっても数人だろう、とても対抗しきれる相手ではないよ」
かみ合わない質問の応酬に先に堪えられなくなったのはサイモンだった。案じているのになぜわかってくれないのかと、苛立ちから声が荒くなる。
「アキラ!」
ゴンゴン、と。指ではなく握りしめた拳で乱暴に叩きつけるノックが割って入った。
「師匠~、アキラさんと見つめ合って何やってんですか?」
何度もノックしたんですよ、と言い訳しながらニヤニヤ笑いのクレアが扉を開けてのぞき込んでいた。くるりと顔だけで振り返ったアキラは、営業用の涼し気な笑顔でやんわりと言う。
「サイモンさんの師匠の書かれた本の説明を受けていたんですよ」
「それって手を握り合ってすること?」
パッと弾けるように手を離したサイモンは、パクパクと声にならない言葉を息とともに吐き出しては目を白黒させていた。
「実は私が師事している魔術師が、サイモンさんの師匠であることがわかりまして、少し驚いてしまっただけです、ね?」
「あ、ああ……」
「まあ、兄弟弟子だったのね。だったらなおさら言動には注意してくださいよ師匠」
「な、なにを注意するんだねっ」
鋭い視線を向けられてサイモンの声がうわずった。
「アキラさんは確かに美人で師匠の好みかもしれませんが、兄弟子の立場を利用して頭ごなしに命令したり、行動を強要するのは褒められたものじゃありませんよ」
「んなっ!!」
絶句したサイモンは大きく口を開けたまま情けなさそうに弟子を見返し硬直していた。
「……クレアさん、あなた面白がってますよね?」
「ふふ、冒険者ギルドから錬金薬の引き取りにきてますよ。薬局の方に待たせていますから早めに降りてきてくださいね」
人の悪い笑みでそう伝えたクレアは、ひらひらと手を振って出て行った。
アキラは先ほど作った錬金薬の壺を抱えて踵を返した。
「あ、アキラ」
「サイモンさん、心配していただいてありがとうございます。ですが私が依頼されているのは調査だけですので、あなたの考えているような危険はありません」
この先どうなるかはわからないが。
「それに私をここに寄こしたのは、もう一人の師匠なので断れないんですよ」
「もう一人? いやしかし」
魔術師証に書かれていたのはリンウッドの名前だけだった、と怪訝そうにするサイモンに、アキラは懐からもう一枚の身分証を取り出して見せた。
「……橙っ!」
それは自分よりも上位の色だ。そして裏書にある名前を読んだ途端に、サイモンの顔色が変わった。
「本部、ギルド長……」
「秘密でお願いしますね」
そっと唇の前に指を立てたアキラは、素早く懐に橙証をしまい込むと、サイモンを促して調合室を出た。
「本部は……ウナ・パレムをどうするつもりだ?」
「分かりません。私は判断材料を見つけるために送り込まれただけですから」
アキラの返事を、彼は受け止めかねているようだった。
「調査に協力していただけませんか?」
「……考えさせてくれ」
重く沈んだ声を吐き出したサイモンの顔は、苦悶に歪んでいた。




