07 判別不能の(植物、あるいは魔物と思われる)木
中庭に面した窓の側にテーブルと椅子を移動させた。
配られたコレ豆茶と薬草茶には、即席で作った一口サイズのパンケーキが添えられている。
「アレの正体が何であるか、突き止めるのは後回しです。まずはアレを逃さないように拘束する必要がある」
窓の外ではサクリエ木の枝が風に吹かれて揺れていた。魔力水を求めて自ら移動したサクリエ木は、壁と屋根に邪魔され枝を伸ばせないでいる。それが不満なのだろう、パシリ、パシリ、と枝で壁を打っていた。
「……逃げるだろうか?」
移動する根の動きは危なっかしかった。もし再び動き出したとしても、すぐに捕まえられるのなら、緊急性は低いとサイモンは消極的だ。
「動くってのが大問題なんだろ。法則はありそうだが、意思があって移動する能力があるんだ、そのうちどこかに行っちまうぜ」
危機感の薄い老魔術師二人を三人でいさめた。
「あれを野放しにすんのはなー、さすがにマズイって」
「万が一、町に出てしまったら、大混乱ですよ」
サクリエ木に攻撃力があるのか、危害を加えられる可能性はあるのか、といったアレコレを調べている暇はない。植物が自ら動くというだけで、人々にとっては恐怖になるだろう。
「私たちがいる間なら何としても止める努力をしますが、サイモンさんとローレンさんしかいないときに脱走されたら、手の打ちようがありませんよ?」
「固定する手段を考えねばならんか……」
中庭を見つめるローレンは悔しそうに唇を噛んだ。こんな面白い研究対象の行動を制限するなんて、正確な観測ができないとでも言いたげだ。
「サクリエ草……いえサクリエ木の捕縛案はありませんか?」
現時点でわかっているのは、高濃度の魔力に反応するという一点だ。
「魔力を糧にしているのは間違いないのだ、魔術や魔道具は使わんほうが良いだろう」
「根っこに攻撃しなきゃ大丈夫じゃねーの?」
「植物の形態だからといって、生態も同じとは限らんぞ。魔力を吸収する能力は、根だけではなく表皮や枝葉にもあるかもしれん」
「だとすると、下手に攻撃魔術を向ければ、成長を促進し巨大化させてしまう可能性があるのか」
たった桶ひとつの魔力水で数マール(数十センチ)も成長したのだ、攻撃魔術を吸収すれば、二階の屋根よりも高く成長するかもしれない。
想像したローレンとサイモンは、葉に手が届かなければ標本が採取できなくなる、それは困ると思いとどまった。
「それだけデカくなったら、この家も半壊するぜ。そっちは困らねぇのかよ」
「いや困るぞ。位置的に研究室が危ない」
「今のうちに重要な物は場所を移そう」
住めなくなるかもという心配はしないのかと、コウメイは呆れ顔だ。
「魔力の無ぇ武器なら破壊できるのか、実験してみてぇな」
「討伐してはならんぞ、あれは貴重な標本だ」
「そうだ、決して枯らしてはならん」
「そんな無茶な」
驚きから醒めてきたローレンとサイモンは、植物なのか魔物なのかわからない存在に夢中だ。
「ひとまず、捕縛方針は決まったな。大黒蜘蛛の糸を使っていないロープを調達するか」
実行役はシュウだ。ローレンとサイモンに万が一のことがあっては困るし、漏れ出る魔力がどのような影響を与えるかはわからないためアキラも接近禁止だ。同じくコウメイも義眼から微量の魔力が放出されているため除外された。
町で調達したロープで幹をぐるぐる巻きにし、四方に杭を打ってサクリエ木とつなぐ。まるで台風対策のようだが、先ほど見たヨチヨチ歩きならこの程度で十分だろう。
「こいつ、今は満腹っぽいけど、腹減ったらやっぱ動き出すのかなー?」
「フラグっぽいこと言うんじゃねぇ」
「この木の空腹の基準がわかれば、時期も計算しやすいかもしれないが」
ローレンはアキラに数冊の記録帳を押し出した。
「サイモンが与えていた魔力量なら、成長もしないし動くこともない。今朝の魔力水は濃すぎた。中間地点から実験してみたいが、どうだね?」
「境界値を探るなら、もっと低めの数値からはじめませんか?」
「実験する前提で話をすすめるのはやめろ」
記録帳を取り上げたコウメイは、昼食の皿を置いた。庭を見張りながらでも食べやすい、角ウサギ肉のハムとポテトサラダに千切りの紫ギネを挟んだサンドイッチだ。それをもそもそと食べる魔術師三人の視線は、中庭からチラリとも逸れない。
「ナナクシャール島のサクリエ木は、どのくらいの大きさなのだね?」
「とても大きいですよ……幹の周囲を四、五十人くらいで手をつないで囲むくらいでしょうか」
実際に試したことはないので、もしかしたらもっと大きいかもしれないと言うと、さすがにローレンが頭を抱えた。敷地でそんな大きな木が突如現れたら、町の人々には隠しきれない。説明を求められても答えられないし、もしそんな大きな木が動いて町を蹂躙でもしたら大騒ぎだ。
「そんな巨大な木が動いたら、壁も家も踏み壊されるぞ」
「なんとかとどめ置く方法を探り出さねばな」
「ナナクシャール島のサクリエ木はどのように動いたのだね?」
二人に問われ、三人は顔を見合わせた。
「移動するところは見たことありません」
「動いてねーだろ、たぶん」
「それらしい痕跡は見あたらなかったぜ」
頻繁に訪れているわけではないが、島の大樹はいつも小高い丘の真ん中に立っていた。違う場所では見た覚えがない。
「島の木は移動しないのかね? それではサクリエ木と同一種とはいえんぞ」
「動かないのではなく、動けないのかもしれません。説明はできませんが」
そもそもまともに観察したことがないのだというと、老魔術師二人はそろって呻いた。
「……その、島の木について、詳しいのは誰かね?」
「その方に詳細を教えてもらうわけにはゆかぬだろうか?」
問い合わせてくれと頼まれて、アキラは顔をしかめた。ギルド長を務めた魔術師二人は、ナナクシャール島がエルフのための島だと知っているし、ローレンにはエルフとの連絡手段があるはずだ。正直、細目とは極力連絡を取りたくない。
「ローレンさんから問い合わせできますよね?」
できるはずだとアキラが強く視線を向けると、彼は意外そうに瞬いた。
「知らぬのかね? ギルド長を辞するとき、彼らとの連絡手段は封じられるのだよ」
転移魔術陣を管理する者として契約を交わす際に、役を降りた後はエルフ族との連絡手段を禁じる契約魔術をかわすのだ。連絡方法は知っている、だがそれを実行すれば自分の命だけでなく、契約を破ったときに近くにいる者も道連れになる。
「私はウナ・パレムのギルド長だったからね、あの塔を中心に街全体が入る範囲にある命が犠牲になる」
シーシックの町ならば余裕で全滅だ。
アキラは仕方なしに魔紙を取り出した。
「問い合わせてみますが……あまり期待しないでくださいね?」
気はすすまないが他に問う先はない。それに細目にまともな返事を期待すると落胆するだけだ。こちらの状況説明と、島の大樹についての質問を、箇条書きにして送った。返事が届いたのはその日の夕食を終え、食後のコレ豆茶を楽しんでいるときだった。
『そこワシの管轄違うし』
たった一行だった。
それを読んだローレンとサイモンは困惑、アキラたちはやっぱりとため息をついた。
「どういう意味だね?」
「島はエルフの持ち物なのはご存じですよね? ……私の知り合いというか腐れ縁というか押しかけ師匠というか、そのエルフはアレ・テタルの担当だそうで。つまりウナ・パレムを担当するエルフに聞け、という意味かと」
「……ちょっと待ちなさい。今とても聞き捨てならない……いや、やめておこう」
顔を強張らせたローレンに肘を引かれたサイモンは、言葉を濁して口を閉じた。
「ウナ・パレムのエルフに聞け、か……これは否という意味なのだろうな」
ローレンは落胆しているが、昼行灯っぷりを知る三人は、アレックスがただ面倒くさがっただけだと知っている。もう一度、今度は嫌みたっぷりの魔紙を飛ばすと、すぐに返事がきた。
『そっちに行くよう、言うといたわ』
「は?」
コウメイの声が裏返った。アキラから魔紙を奪い取って読み、固まっている。
「マジカー」
「また面倒な……」
顔を見合わせるシュウとアキラに、老魔術師らが声をひそめてたずねた。
「コウメイが動揺しておるようだが、誰が来るのだ?」
ウナ・パレムを担当するエルフだと答える前に、魔道ランプの灯りを増幅したような輝きの金髪があらわれた。
「じゃじゃーん! ひっさしぶり~。わぁ、コウメイあいかわらずええ男やん。んもぅ、なしてアルに声かけるん? 用事あるんやったら直接ワイ呼んでくれたらええやん。コウメイが呼ぶんやったらすっ飛んでくるし? あ、もしかしてワイの名前呼びにくいん? 言うたやん、エディでええて、ほら練習練習、エ・デ・ィ。どないしたん? ココにシワよっとるで?」
光をまとってあらわれたエイドリアンは、まっすぐにコウメイに駆け寄ると、眉間の深い皺に手を伸ばした。
「……触るな」
「ホンマ、あいかわらずイケズやわ~」
眉間に触れようとした手を掴んで押し剥がしたコウメイを、琥珀色の瞳が恨めしげに見る。右が駄目なら左をと差し向けた手も阻まれた。
「あいかわらずキンキラしてんなー」
「ああ、コウメイも楽しそうだし」
「楽しくねぇ!」
突如あらわれたエルフに、老魔術師二人は腰を抜かしかけた。コウメイとの攻防、そしてそれを微笑ましく眺めているアキラたちに、老い先短い老人の心臓が激しく揺さぶられている。
「先輩の弟弟子は、とんでもないな」
「残り少ない命が、もっと短くなった気がするぞ」
せめて椅子からずり落ちないようにと、二人は必死に手を取り合い互いを支えている。
コウメイに払いのけられたエイドリアンが窓の外に気づいた。
「えー、なんでここにレリベレンの魔木がおるん?」
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