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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
15章 魔木レリベレンと狂魔術師たち
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06 異なる成長を遂げた物体



 ローレンはアキラたちの滞在を歓迎した。


「ベッドが足りんが、そこはこらえてくれ」

「野宿に比べれば上等ですよ」

「しっかし、ココっておもしれー家だよな」


 窓から眺める庭の風景は、森の中の一軒家のようである。

 田舎とはいえ町面積の一割近くもある広大な敷地に、このような無駄と贅沢の絡み合ったような箱庭を作っているのだ。何故こんな酔狂な暮らしぶりなのかとたずねたくなって当然だろう。


「もともとは実家が建っていた場所だ」


 こんなに広い実家なんて、貴族の大邸宅しか思い浮かばない。アキラが問うように眉をひそめると、ローレンはその通りだと頷いた。


「私の実家は没落して爵位を剥奪された元貴族だ。シーシック町を含む一帯の領主だったのだよ」

「……剥奪前の爵位は?」

「侯爵だ。父がね、ちょっとヘマをして」


 本当にちょっとした失敗であったら、降格で済んでいたのではないか。コウメイとアキラの問いかける視線に、サイモンは無言で首を振った。


「まあそれで、領地は返したし、王都の屋敷や領都の屋敷も売り払ったんだが、この町の屋敷は売れなくてね」


 目立った産業があるわけでもなく、山の南向こうはオルステインとの国境まで早馬で二日という距離にあるシーシックは、戦争になれば国軍の基地となるのは間違いなく、非常に投資の難しい場所なのだ。


「売れないなら老後の住まいにしようと思い、壁以外を全部売り払って借金の返済に充てた後、土地だけを残してあったのだよ」


 幸いにもローレンには魔術師の才能があり、また蓄財の才能もあったため、しっかりと老後の資金を貯め込んだ。食い詰めていたサイモン(先輩魔術師)が病に倒れたのをきっかけに、彼を誘ってこの町に移り住み、療養と隠居生活に相応しい家を建てたのだという。


「土地がもったいねぇだろ。畑くらいやったらどうなんだよ」

「頭脳労働者の経験しかないのでね」

「お坊ちゃん爺め」


 二人用にしては広い食卓テーブルに、研究室や納戸から椅子を運んでなんとか五人分の席を作り、家政婦の作り置きの料理と、コウメイが用意した夕食を囲む。

 シーシック地方の特産である穴芋の煮転がしと、ゴロゴロとした白芋と赤芋が主役のスープ、蒸した岩鳥肉をほぐし野菜と和えたサラダ、川魚の揚げ焼きというメニューは、シュウには物足りないと不評だったが、老魔術師二人には喜ばれた。


「わざわざ訪ねてきたのは、サクリエ草の研究についてだそうだな」

「ええ、先日といっても一年と少し前の魔力震は、こちらでも観測されましたか?」


 アキラの問いに、老魔術師二人は顔を見合わせてから、しっかりと頷いた。


「人生二度目の魔力震だ、しかもかなり大きな規模だった……話題にするということは、やはりサクリエ草の変異に影響していたか」

「こちらも変異したのですね」

「うむ。実はな」


 ローレンはフォークを置いて身を乗り出し、アキラも椀から手を離して聞き耳を立てる。サイモンまでが食べることを忘れて口を開こうとするのを、コウメイが割り入って止めた。


「研究の話し合いする前に、飯を食え!」


 このままではいつまでたっても食事が終わらないし、研究馬鹿の三人が夢中になっている間に、せっかくの料理がシュウに食べ尽くされてしまう。

 長生きしたければしっかり食えと、老人二人に喝を入れた。


   +++


 食後のデザートまで食べ終えてから、魔術師三人は互いのサクリエ草の情報を交換した。ローレンはシュウに手伝わせて研究室からこの二十年の記録を運び出す。


「なんでこっちでやるんだよ」


 研究室でやれと渋い顔のコウメイの肩を叩いたシュウが、あっちは危険だと首を振った。


「色々ヤベー感じに山積みで、うっかり触ってなだれがおきたら、間違いなく爺さん二人はポックリ逝っちまうぜ」

「そんなにやべぇのか?」

「アレックスの素材部屋みてーだった」


 そういえばウナ・パレムのローレンの家も、資料やら魔道具の試作品やらが散らかり、客室はあるのに廊下で寝泊まりさせられたことを思い出した。厄介な失敗魔道具(ガラクタ)片付けの苦労がよみがえり、コウメイはうんざりだと顔を歪める。

 サイモンとローレンの研究記録はテーブルに山積みだが、アキラが持参したのは魔力震以降の一年半分、わずか三冊だ。


「少ないな」

「アキラの字ではないようだが?」

「すみません、こっちのサクリエ草は師匠に任せっぱなしでして……」


 老魔術師らの知るアキラの師匠は三人、そのうち二人はすでに階段を上っている。謎のままであった残る一人はどのような魔術師だろうかと、サイモンは一冊目を手に取った。

 魔力震の直後からの観察記録にざっと目を通した老魔術師二人は、顔を見合わせる。


「これは、うちのとは違いすぎるぞ」

「うむ、魔力震をきっかけに大きく変容したのは同じだが、おそらく成長課程の、どの時点で変異したかが分岐なのだろうな。アキラはどう思う?」


 山積みされた中から、魔力震の前後の記録を選んで読んだアキラは、首を振りながら顔を上げた。サイモンらと同じように難しい顔をしている。


「どう読んでも全く別の植物の記録としか思えないのですが」

「私も同じ感想だ。これはうちの庭にあるサクリエ草とは別ものだぞ」

「サイモンさん、アレを庭に植えてんのか?」


 アキラの横で研究記録をつまみ読みしていたコウメイが、驚いて問い返す。ちなみにシュウは椅子の背に頭を乗せて居眠り中だ。


「偶然というか、致し方なかったというか、色々あってな」


 最初は暗所で植木鉢のサクリエ草を生育していたのだと、サイモンが語りはじめた。


「この町に引っ越してきて、割と早いころだったか?」

「ああ、二人そろって飢え死にしかけて」

「待ってください。なんでそんな事態になるんです?」


 庭植えのサクリエ草話が、どうしてそんな危なっかしい告白に繋がるのかと、アキラは眉間に皺を寄せる。その後ろでは、原因が想像できたコウメイが薄笑いを浮かべていた。


「私たちはどちらも料理が下手でな」

「不味いんだよ」


 もともと衣・食・住の全てに重きを置いていなかった二人は、美味しい料理を作る努力や、調達する手間を惜しんだ。そんな時間や金があれば、現役時代から続けている研究に没頭したい。不味い食事を無理に食べなくても、そのうち腹が減れば食べなくてはならなくなる。空腹は最高の調味料というではないか。それまでは今まで通り研究をしていればいいのだ、とローレンは魔武具の改良に、サイモンは錬金薬の研究に没頭した。


「……それで気がついたら、二人そろって死にかけていた」

「何やってるんですか! サイモンさんは治療魔術師でしょう、健康管理は」

「うわぁ、アキの将来じゃねぇか」


 生活力のなさ過ぎる老人二人を懇々と説教しようとしたアキラだが、コウメイの一言でぴたりと口を閉じた。


「あんたらウナ・パレムでどうやって生活してたんだ?」

「エレーナにギルドの食堂に押し込まれていた」

「医薬師ギルドからの帰り道に飯屋があった」


 アキラに代わって老人二人を説教するコウメイは、自炊できないくせに舌が肥えるとろくでもないのだなと、自戒を込めて息を吐いた。


「この町にも飯屋くらいあるだろうが。なんで飢え死にしかけてんだよ」

「敷地を出るのが面倒になって」

「腹が減ったときに店が開いていなかったんだ」


 とことん田舎暮らしが向いていない二人が、よりにもよって辺鄙な田舎町の、しかもこんな隔離された寂しい場所で老後を過ごそうと考えたこと自体が間違っている。


「魔力切れで死ぬならまだしも、飢え死には恥ずかしすぎるのでな」

「冒険者ギルドに家政婦の派遣を頼んでからは、病気ひとつしとらんぞ」


 一日おきに食材とともに家政婦がやってきて、二人の食事を冷蔵保存庫に詰めてゆく。掃除と洗濯もその家政婦にお世話になっているそうだ。費用はかかるが健康は維持できている、と胸をはるローレンの色艶は確かに良い。魔力量が多いだけあって、実年齢よりもかなり若く見える。


「で、あんたらが飢え死にしかけたとき、サクリエ草も飢え死にしかけたのか?」

「似たようなものだろうな」

「管理が甘かった結果だ」


 現在サイモンが寝室に使っている一階の部屋を暗室にして、サクリエ草を栽培観察していたらしい。


「家政婦には研究室には入るなと言ってあったのだよ」

「掃除は共有部分と寝室だけでいいと、依頼の条件にもしてあったのだが」

「だが彼女は、まっ暗くて何の部屋なのか判断できず、窓を開けて室内に明かりを入れた。そして植物は日当たりの良い場所に置くべきだとお節介をはたらいて、窓際に移動させてしまったのだよ……」


 わずかなら変色する程度で済むのだが、たっぷりと日光浴をしたサクリエ草は、その日の夕刻に枯れた。葉は一枚残らず落ち、枯れ枝のように硬くなったサクリエ草は、暗所に戻し、魔力水をいくら与えても元には戻らなかった。


「一年ほどは経過を観察していたのだが、根は生きているようなのに、新しい芽は出ない。思い切って陽の下で栽培してみようと、中庭に植え替えたのだ」

「その状態で枯れていないというのも凄いですね」

「植え替えて、復活したのか?」

「いや、何年もほとんど変化はなかった。だからもう諦めていたのだよ」 

「そこにあの魔力震がおきた」

「サクリエ草の変化に気づいたのは翌日だ」


 どうなったかの結論を言う前に、ローレンが腰を上げた。ついてくるようにとアキラを促し、油ランプを手に取る。アキラと同時にコウメイも立ち上がるが、シュウは仰向いて大口を開けたまま眠りこけており、起きる気配がない。サイモンは居間に残るというので、二人でローレンの後を追った。


 台所の勝手口から外に出ると、風が吹き、シャラリシャラリと不思議な音が耳に届いた。そこはコの字型の建物の真ん中にある庭だ。

 音のほうを向くと、ローレンが油ランプを掲げていた。

 明かりが浮かびあがらせたのは、アキラの身長よりも高く、屋根よりは低い若木だ。たくさんの葉が茂っているが、その葉色は暗くてはっきりしない。若葉や青葉というには暗く深いそれは、風になびくたびに淡い紫色の輝きを振り撒いているようにも思えた。


「これが魔力震の直後に急成長したサクリエ草だ」

「草じゃねぇだろ、これ」

「立派な木じゃないですか」

「だが間違いなく、サクリエ草が成長した姿だ」


 リンウッドの小屋に封じ込めているものとあまりにも違いすぎる形状に、二人は顔を見合わせた。互いの目を見て、同じ考えに至ったことを確かめ、そろって風に揺れる木を見あげる。


「なあ、アキ。この木に見覚えがあるような気がしねぇか?」

「……認めたくはないが、ある」


 ささやき会う二人の顔に浮かぶのは、何とも言えぬ複雑で力の抜けた薄笑いだ。


「何だね、君たちはこの状態のサクリエ草を知っているのかね?」


 何処で見た? いつ見たのだ? そこでは何と呼ばれていた? 効能は? どのように利用されていたのだ? と矢継ぎ早の問いを全て無視して、二人はローレンの背を押し居間に戻った。

 興奮するローレンと困り顔のアキラを見比べたサイモンも、詳しい話を聞きたがった。しかしアキラは口をつぐんで首を横に振る。


「この暗闇で見ただけなので、確証はありません。明日の朝、明るいところでちゃんと確認してからにさせてください」

「アキラ、勿体ぶらないでくれ!」

「一晩も待てとは、生殺しではないか」

「確証なんぞなくてもいい、今すぐ教えてくれ!」


 老人二人は椅子から転び落ちそうな勢いでアキラに詰め寄った。足の弱っているサイモンを支えたコウメイが、いい加減にしろと老魔術師らを叱った。


「いま何鐘だと思ってる? このまま話を続けたら、あんたら平気で徹夜するだろ。またぶっ倒れる気かよ」

「いや、しかし」

「このままでは気になって眠れないだろう」


 どうせ眠れないのだから時間を無駄にしたくないと駄々をこねる老魔術師二人に、アキラはにっこりとほほ笑んだ。


「研究の進展に必要な思考力と体力は、健康な体がなければ生まれません」


 自分が滞在している間は、しっかりと食事をして、たっぷり睡眠をとり、適度に体を動かして健康的な生活の合間に、互いの研究記録を検討しましょう。そう言ってアキラは老魔術師二人を寝室に押し込んだのだった。


   +++


 年寄りの朝は早いものだが、遠足を待ち焦がれる子どものような老人二人の起床は、朝日が昇るよりも早かった。

 まだ寝ていたコウメイを急かして朝食を用意しろと起し、手早く作られた料理を咽せそうになりながら平らげ、片付けも終わらぬうちにアキラを追い立てる。


「さあ早く」

「サクリエ草を観察するぞ」


 気力が満ちているせいか、中庭に向かうサイモンの足取りは昨日よりもしっかりしているように見える。アキラはシュウに椅子を持たせて中庭に向かった。

 中庭の真ん中に植えられた木を見たシュウが、目を丸くしてアキラを振り返る。


「草じゃねーじゃん」

「それなんだ……うちのはこれ以上に大きく成長していたが、草にしか見えなかったよな?」

「小屋の中でうねうねしてたし、茎は太かったけど、木っていうよりは草だったぜ」


 椅子を並べて置き老人二人を座らせたシュウは、根元からてっぺんまで、何度も視線を往復させた。


「で、アキラはこれに見覚えがあんのか?」

「シュウは気づかないのか?」

「えー、何だよ? 俺知らねーぞ?」


 いまだに薬草採取を苦手にしているシュウだ、果樹ならまだしも、食べられない樹木など見分けがつくはずがない。


「島にあっただろう、とてつもなく大きな木が」

「ナナクシャール島……あー、あれか?」


 二人の会話を興味津々に聞いていた老魔術師らは、ナナクシャール島の名にあんぐりと口が開いた。


「こ、これが、あの島の植物だというのかね?」

「確証はありませんが、特徴はよく似ています」


 明るい陽の下でその特徴をはっきりと見て確信した。緑の葉の間からのぞく紫色の若葉は、風に吹かれてかすかに魔力を振り撒いている。こんな樹木が他にあるわけがない。


「見間違いではないのか?」

「アキだけじゃねぇぜ、俺も見覚えがある。素人目にだが、大きさの違いはあっても同じ木に見えるぜ」


 台所を片付け終え合流したコウメイも同意した。


「ナナクシャール島独自の植物が、何故ウナ・パレムに?」


 それはわからない。発見したときの形状と現在の形状は全く違うのだから。


「魔力震が起きる前まではわかっています。その後を教えていただけますか?」


 アキラの言葉に、ローメンとサイモンはゆっくりと話しはじめた。


   +


 ローレンとサイモンは、枯れ枝のようになってしまったサクリエ草を庭に植え、観察を続けたが、何年も全く変化が見られないままだった。


「与える魔力水は、月ごとに濃度や量を変えて様子を見たのだが、枯れ木の状態から変わらないままだったのだよ」

「何年も芽吹くことはなく、このままだろうと諦めておったときだ、魔力震が起こった」


 魔力の多いローレンは立っていられずに転び、足首を痛めてしまった。サイモンも椅子からずり落ちないよう、必死にしがみついていたそうだ。揺れが収まってしばらくしても体が思うように動かせず、ようやく人心地ついた後もローレンの足首の治療や、強張った体と節々に感じる痛みに対処するのに忙しく、サクリエ草のことなど考えもしなかった。

 翌日になってようやく様子を見に中庭に出ると、目の前にこの木が存在しててたのだという。


「ではサクリエ草がこの木に変化するところを、実際に見たわけではないのですね?」

「ああ、見てはおらん。だが葉や樹皮を採取して調べた。保存してあった枯れる前の葉とは姿も形も違うがね、構成成分はほぼ同じだったのだよ」


 だからこそこれがサクリエ草の変化した姿だと、老魔術師二人は確信したのだという。


「木の葉を使って錬金薬は作りましたか?」


 サクリエ草ならば欠けた素材の代用にできる。それも判断基準になるはずだ。そう問うと、二人は残念そうに目を伏せた。


「全ての錬金薬のレシピで試したが、何を作っても完成しなかった」

「構成組織も成分も九割九分は同じだというのに、残り一分のせいで完成しなかったのだよ」

「……それではサクリエ草だと断定はできませんよね?」

「だが他に考えられないだろう? この敷地内に立ち入ることができるのは、私とローレンと家政婦だけだ。しかも魔力震が起きたのは家政婦が休みの日だった。翌日にやってきた彼女は、食材の籠しか持ってこなかった。こんな大きな木は一人では運べないし、我々に隠れてこっそに中庭に植えられるわけがない」


 状況証拠と分析結果の一致率から、二人の老魔術師はサクリエ草が変異したものだと判断したのだ。

 サイモンらの観察記録によれば、軒に届く高さで成長は止まっているそうだ。常緑樹だが、季節にかかわらず新しい葉が常に芽吹いているらしい。


「アキラのサクリエ草はどのような影響を受けたのだね?」


 ローレンの問いに、アキラはため息をついて答えた。


「観察記録にもあるように、私のほうはサクリエ草のまま急成長したそうです」


 管理を師に託していたことから、自分が変化の過程を見たわけではないと前置きし、現在のサクリエ草の状態を語った。


「……同じ植物とは思えんな」

「そもそも同じ植物だったのかどうかもわからなくなったぞ」


 魔術師たちは頭を抱えてしまった。


「この木がサクリエ草じゃねーとしたら、やっぱ島の木になるのか?」

「見た目が似ているというだけでは、同じ物とは断言できないだろうな」


 比較する標本がないのだ、あくまでも推察にすぎない。だが比較のためにナナクシャール島から、大樹の葉と枝を取り寄せるのは時間がかかりすぎる。


「アキラ、その島の木にはどのような特徴があるのだね?」

「研究対象として見たわけではないので、何とも言いがたいのですが……」


 アキラは助けを求めるようにコウメイとシュウを見る。


「葉の色と形はそっくりじゃねーかな」

「ああ、よく似ている。紫葉が魔力を放出しているところも同じだ」

「風に吹かれたときの葉音も同じに聞こえます」


 三人の説明にローレンとサイモンはがっくりと肩を落とした。それらの証言は主観的なものでしかないからだ。


「島の木は声のようなものを発していましたが、この木はどうでしょう?」

「木は喋らなんだろうが」

「普通はそうですよね……何せ島でしたので、喋るものだと思ってしまって」


 たしかあのときは「腹減った」と言っていたように聞こえたのだ。


「そーいえば魔石食わせてたよな?」

「魔石を、食うのかね?」

「ええ、木洞のような場所から『腹減った』と聞こえたので、魔石を投げ入れると聞こえなくなりました」


 アキラたちの話から、何か思いついたのだろう。老魔術師は顔を見合わせ、二言三言打ち合わせてからたずねた。


「そのときに与えた魔石の評価は?」

「はっきり覚えていません。ただ島で得た魔石だったのは間違いないので、小魔石だったとしても、含有魔力量は大陸の大魔石並だった可能性はあります」


 やはりか、とサイモンが大きく頷いた。


「魔力震は莫大な魔力の波だ。魔術師や魔力を持つ者は、その波を受け止めきれずに揺さぶられる」

「サクリエ草が魔力震の魔力を得て成長したのだとしたら、そこから変化がないのは、与える魔力水の濃度が薄すぎるのが原因かもしれんな」

「試してみるか」


 顔を上げたローレンは、シュウには納戸から桶を持ってくるようにと、コウメイには研究室の棚に保管している魔石箱を運んでこいと命じた。

 サイモンがサクリエ草に与えていた魔力水は、最も濃いときでも桶いっぱいの水に、大陸基準の小魔石一個分の魔力だった。だがナナクシャール島の木がもっと高濃度の魔力を食っていたというのなら、サクリエ草が成長しなかったのも、魔力震で急成長した後にぴたりと止まってしまった理由も説明がつく。


「桶を糸瓜の水で満たして、魔石を砕き入れる」


 コウメイが持ち出した魔石箱から、サイモンが選び出した魔石をシュウに砕かせる。評価四や三といった市場価格数千ダルの魔石が次々に粉になり、糸瓜の水に溶かされてゆく。


「よくかき混ぜるんだ。魔石がなくなるまでしっかり溶かせよ」

「なんで俺がやるんだよ。こーいうのはアキラの仕事だろ」

「魔石以外の魔力を糸瓜の水に混入させたくない。魔力のないシュウが適任だ。ほら、しっかりかき混ぜて」

「あーもー、めんどくせー」


 もっと粉々に砕いておくんだったと文句を言いながら、シュウは杓子で糸瓜の水をかき回す。サイモンの合図でかき混ぜを終えると、今度は価格にして二万六千ダル分の魔石が溶けた魔力水を、サクリエ草(仮)の根もとに注げと命じられた。


「杓子にひと掬いずつ、合図に言わせるんだぞ」


 ローレンとサイモンは板紙とペンを構え、しっかりと記録を取る体勢だ。シュウは杓子ですくった魔力水をその根もとに乱暴に投げまいた。

 一杯目。変化なし。

 二杯目。


「お、動いたぞ」

「風じゃねぇのか?」

「いや、地面から魔力が吸い上げられて、枝葉の先まで伝わったように見えた」


 老魔術師二人の瞳が子どものように輝いている。

 三杯目。


「おおっ! 成長した」

「てっぺんの枝が軒先を越えたぞ」


 魔力が糧であるのは証明された。しかも目の前で数マール(数十センチ)も成長したのである。感極まった老魔術師らは手を取り合い、喜びを噛みしめている。


「次は魔力水ではなく、魔石で成長するかを検証したいぞ」

「いきなり魔石は難しいのではないか? 魔石粉から徐々に試していくのはどうだろう?」

「しまった、魔石を使いきってしまったぞ」

「では採取にゆくか。ここらで評価五以上の魔石を持つ魔物は何だったか」

「待て待て待て!」


 このまま討伐に出かけてしまいそうである。コウメイが慌てて腕を掴んで止めた。立ち上がろうとする二人の肩を押さえて座らせる。


「年寄りが無茶するんじゃねぇ」

「魔石ならシュウが採ってきますから、お二人は大人しくしていてください」

「俺かよー」

「不満か? 討伐し放題だぞ」

「じーさんたち、魔石は俺に任せとけ!」


 魔石集めを請け負うと約束したシュウが、四杯目の魔力水を掬う。握った杓子が、何かに引っかかった。


「あ? 何で枝が……はぁー??」


 叫び声で振り返った四人は、サクリエ木がシュウに覆い被さるように迫る姿を見た。

 キシキシと枝を摺り合わせ、ふるふると葉を揺らして立てる音は「それを寄こせ」と言っているように聞こえる。

 間違いなく意思を持って動く枝が、魔力水の桶を求めて伸びた。


「コウメイ、サイモンさんを!」

「退避だ、来いっ」


 サイモンを抱え、ローレンの腕を引いたコウメイが室内に逃げ込んだ。


「シュウ、桶を向こうへ!」

「こっちくんなーっ」


 枝に奪われる前に持ち上げた桶を、勝手口とは対極の庭隅へと投げ捨てる。

 魔力をたっぷりと含んだ水を追いかけて、木が仰け反った。

 その間に椅子を回収し室内に逃げ込んだアキラは、いつでも扉を閉められる状態でサクリエ木を観察する。

 枝を伸ばしても届かない場所に桶が転がり落ち、魔力水が地面を濡らす。

 自ら枝葉を振り回すシャラリシャラリとした音が、まるで切ない悲鳴のようだ。それだけなら驚くだけですんだのだが。


「うわ、マジかー」

「……」


 絶句するしかない光景だった。

 サクリエ草……いや、サクリエ木の幹が、根本付近でお辞儀をするように頭を垂れたのだ。


「すっげー前のめりに手伸ばしてるみてー」


 若木は柔らかくしなやかではあるが、普通なら折れても不思議ではないしなり具合だ。


「届かねーけど、どーすんだろ」

「諦める……つもりはなさそうだな」


 暴風で根もとから倒されたような姿で、魔力水のしみこんだ地面に枝を伸ばそうとしていたサクリエ木は、このままでは届かないと気づくと、今度は最も太い枝を地面についた。


「手ついてるみてー」

「……踏ん張って、根を抜いている、のか?」

「あ、根っこが全部出てきた」

「歩いている……よな?」

「ふらふらしてっけどなー。あ、転びそー」


 細くて短い二本の根が懸命に地面を蹴り、倒れぬようバランスを取る。ふらふらとしながらも、なんとか魔力水のしみこんだ場所に辿りついたサクリエ木は、抱きしめるように土を掘り根を埋めた。そうして染みこんだ魔力水を吸い上げ、幸せそうに全身を震わせている。


「勝手に植え替わっちまったぜー?」

「……」


 こめかみに手を当てたアキラは、キラキラと放出される魔力の輝きから目を逸らした。

 視線が逃れた先にある居間の窓には、呆然とする老魔術師二人と、苦虫をかみつぶすコウメイの姿がある。


「これ、ほっといたら勝手に移動するんじゃねーの?」

「……」

「どーすんの、これ」


 どうしようもない。

 アキラは無言で勝手口の扉を閉めた。



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