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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
15章 魔木レリベレンと狂魔術師たち
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04 老魔術師をたずねて



 リンウッドに懸念を説明して検証を頼み、マイルズには留守番と畑の管理を託す。くれぐれも無茶はするなと釘を刺してから、三人は深魔の森を出発した。

 ウナ・パレムまでは、自前の馬車で休みなしに走れば三ヶ月と二週間、乗合馬車なら早くて五、六ヶ月、大陸周回船でならば二ヶ月の旅路だ。しかし移動にそれだけの時間をかけてはいられない。


「急いでんだよな?」

「転移魔術陣が使えないのが悔しい」

「なら手段は一つだろ」


 コウメイとアキラの視線がシュウに向く。うんざり顔のシュウは、人目につかない最短ルートを示せと銀板を突き出した。


「ここからウナ・パレムまで、まっすぐに行くのが早いが」

「目撃情報を残したくねぇな」

「妙な手配書が出回るのは困る」


 アマイモ三号やカカシタロウのように、賞金をかけられてはたまらない。


「となると、街道と街を避けて、森や山岳を選ぶしかねぇぜ」


 コウメイの指が、大陸中央を東西に走る山脈をつたい、リマウト湖に沿って北上し、山脈からニーベルメアに入り、ウナ・パレムの北東にそびえる山までのルートをなぞった。


「ずーっと山か。俺はいいけど、お前ら掴まってられるのかよ?」

「振り落とさない程度の速度で頼む」

「揺れるから覚悟しとけよー」


 シュウがマントで衣服と剣を包んでコウメイに渡した。アキラは慌てて草むらに目をやり、酔い止めになる薬草を探す。荷物とサークレットを受け取ったコウメイは、自分の荷物も合わせて紐で縛ると、身を伏せて待っている大型魔物(シュウ)の背に積み込んだ。


 獣化したシュウは、一ヶ月もかからず大陸を走り抜いた。


   +++


 山を下り、湖を回り込んでウナ・パレムに入ったのは、そろそろ日暮れというころだった。魔術都市ウナ・パレムは、転移魔術陣を失った今でも、魔術が広く普及する街だ。魔法使いギルドは衰退するどころか、以前と同じか、それ以上に発展している。魔術師の数も増え、活気に満ちていた。


「防護魔術の強度がずいぶん高められているようだ」


 許可を得て門をくぐってすぐだ、八の鐘が鳴り、重く頑強な扉が閉まった。それを眺めていたアキラは、街壁に施された魔術の強度が増したのを感じ取って複雑そうに眉根を寄せる。


「出没する魔物の強さはあいかわらずってことか」

「けど街の人に悲壮感ねーし、厳しすぎるって程じゃなさそーだ」


 帰宅を急ぐ待ち人の表情も、食堂に向かう人々の顔も、買い物籠を抱えて足早に通り過ぎる少女の横顔も活き活きとしている。転移魔術陣が失われた影響は色濃いが、人々はそれなりに上手く適応しているようだ。

 閉門すれば街中の商店や各ギルドも店じまいをはじめる。三人は急いで医薬師ギルドに向かった。

 診療所の扉は閉まっていたが、薬局を兼ねたギルドはまだ扉が開いている。奥の事務所をノックしたアキラは、薬魔術師の身分証を見せてたずねた。


「以前ギルド長をされていたサイモンさんについてご存じではありませんか?」

「元ギルド長のサイモン、ですか?」


 少々お待ちください、と奥に引っ込んで過去の名簿を手に戻ってきた職員は、二代前のギルド長は退任後に街を去ったと言った。現在のギルドにはサイモン時代の魔術師や職員は残っておらず、親交のある者もいない、と。

 サイモンが個人的に研究していた薬草について話を聞きに来たのだと説明し、記録が残っていれば見せてほしいと頼んだ。しかし職員は首を傾げるばかりだ。


「個人の研究をギルドに残すことは滅多にありませんよ。それにうちが扱っているのは病の治療法や、新しい錬金薬や薬草茶の開発研究で、薬草は魔法使いギルドの管轄です」

「サイモンさんが研究していたのは確かなんです。何か記録が残っていないか、調べていただけませんか?」

「もう遅い時間ですので」


 診療所はとっくに閉店していたし、薬局は店じまいをはじめ、ギルドの事務所も業務は終了している。これ以上は明日にしてくれと、三人は事務所を追い出された。


「どうする? 明日もう一回粘ってみるか?」

「いや、魔法使いギルドにしよう。サクリエ草の研究部会が今も存在していれば、なにかわかるかもしれない」


 それに当時のギルド長であるローレンはサイモンの旧知だ、引退後の消息が掴めれば、サイモンとサクリエ草がどうなったのか聞けるだろう。


「じゃあ宿を早く決めよーぜ。飯の美味いとこがいいなー」


 二十年前にも営業していた広場前の宿屋に駆け込んだ三人は、久しぶりの酒とベッドを満喫した。


   +++


 三の鐘の鳴るころ、三人は食堂の片隅で朝食を囲みながら、どうやって魔法使いギルドから情報を引き出すか打ち合わせていた。


「医薬師ギルドほど難しくはねぇだろ。伝手はあるんだし」

「知り合いはいるが、顔を合わせるのはちょっとな……」


 魔術師は若作りが多いが、さすがに二十年前と寸分変わらない姿は怪しまれてしまう。できれば顔を合わさず、旧知の誰かから上手く情報を引き出したいのだが、その手段が思いつかない。


「なー、知り合いって誰だ?」

「今の魔法使いギルド長だ、ローレンさんの時代に副ギルド長をしていたから、シュウも会っているはずだぞ」

「あー、あのコレクター姉弟のねーちゃんか」


 銀縁眼鏡の似合うインテリ顔を思い出したシュウは、確かに出世しそうな女性だったと納得げだ。


「おい、シュウ。コレクターってのは何だ? それに姉弟って?」

「あー、アキラの姿絵コレクターだよ」

「「……は?」」


 重なって聞こえた声の一方は低く、もう一方は裏返っていた。


「聞き捨てならねぇ単語がいくつも聞こえたんだが?」

「詳しく説明してもらおうか……?」


 詰め寄るコウメイの眼光は鋭く光り、見据えるアキラの眉間には深い皺が刻まれている。


「あれ、言ってなかったっけ? エレーナさんはアキラの姿絵を流通させてるグループの元締めっぽくて、弟もコレクションしてるって、説明したよな?」

「も、元締め……」


 信頼していた副ギルド長がまさかそんな、と裏切られたショックでアキラの声が震えてしぼんだ。


「姿絵コレクション? 初耳だぜ」

「えー、コウメイには注意喚起したはずだぜー」


 前回ウナ・パレムに居たころの記憶を必死にたぐり寄せたコウメイは、それらしい場面を思い出した。


「そういえば、マー坊とかいう変態魔術師が、アキの監禁計画たててるって聞いたな」

「そー、それそれ」

「エレーナさんがそいつの姉貴なのか?」

「エレ姉って言ってたし、たぶん。あー、姉弟じゃなくて従姉弟かも?」


 今思い出すからと真顔になるシュウに、鳥肌をなだめさするアキラは、重要なのはそこじゃない、と声を荒げた。


「姿絵というのは、何なんだ? 知っていたのに、なんで止めなかった?!」

「えー、だって服脱いでるよーなのは出回らせてねーって言ってたし、健全な姿絵を本人に隠れてこっそり楽しむくらいは見逃さねーとやべーって」

「何がヤバイんだ?」

「あーいう連中は、禁止ばっかしてたら逆に燃えあがるぜ」


 アキラの鳥肌が濃くなった。


「捏造したやべー絵は駄目だって釘刺しといたけ……あ、忘れてた、これコーメイに内緒だったんだ」

「……シュウ」

「時効だよ時効って、イテーっ!」


 テーブルの下で爪先が、硬いブーツの踵にグリグリと踏まれた。


「そういう重大なことは隠すんじゃねぇ!」

「隠すなら一生隠し通せ、馬鹿犬!」


 テーブルの上にある、あたたかかったはずのスープに、氷が張りはじめている。

 聞きたくなかったとうなだれたアキラは、マントのフードを深く被る。別の意味でも旧知の前に顔を現わせなくなった。


「……どうやって引退魔術師の個人情報を聞き出せばいいんだ?」


 魔法使いギルドの守秘義務は、おそらく医薬師ギルドよりも厳しい。元ギルド長の消息をたずねても、すんなりと教えてもらえないだろう。


「エレーナさんなら喜んで教えてくれるんじゃね?」

「……絶対に嫌だ」


 若さを怪しまれるどころか、喜ばれて新しい姿絵のネタにされかねない。


「アキ、名義の違う魔術師証、作り直してなかったっけ?」

「えー、あれって燃えてなくなったよな?」

「ダッタザートで作り直した」


 アキラは偽名の魔術師証を取り出し、名前と色級を確認する。赤級攻撃魔術師のアレン。これがあれば書類上はエレーナの目を誤魔化せるだろう。フードで顔を隠せば運悪くギルドで鉢合わせになっても気づかれないはずだ。


「よし、これでいこう」


 冷えきった朝食を食べ終えた三人は、魔法使いギルドの開店に合わせて宿を出た。


   +


 魔法使いギルドの広いロビーは閑散としていた。魔石の持ち込みで賑やかになるのも、アミュレットや錬金薬を求めて冒険者がやってくるのも夕方だ。開店直後のギルドは、仕事を求める魔術師や、取引先が数人いるだけだ。


「おーい、窓口じゃねーのかよ?」


 ギルドに入ったアキラは、ロビーをぐるりと見まわし、受付とは異なる扉に向かう。問い合わせじゃないのかと声をかけるシュウに、人差し指を唇の前で立て無言で首を振る。

 アキラが最初に足を向けたのは、魔法使いギルドの販売ブースだった。魔道具や錬金薬の商品を丁寧に見て回るアキラについて、コウメイとシュウもウインドウショッピングだ。


「珍しい魔道具とかはねぇな」

「会計の後ろにあるアレ、なんだろー?」

「番号札を売ってんのか?」


 一から十五までの番号札がかけられているが、数字によって在庫量に随分と差がある。店員に「あれは何だ」とたずねたが、警戒されたらしく答えは得られなかった。

 錬金薬を念入りに吟味していたアキラは、全種類の錬金薬を一本ずつ購入し、ロビーに戻った。

 やっと窓口かと思えば、こんども異なる扉に向かう。


「書庫?」

「まさかここで読書三昧とかじゃねぇよな?」

「まさか。ウナ・パレムの研究記録を調べるんだ」


 アキラは魔術師証を提示しつつ、司書に二十年以内の薬草研究に関する資料の閲覧を申し込んだ。秘匿されていなければ、サクリエ草の研究部会のまとめた記録が読めるはずだ。


「閲覧できるなら、問題は生じてねぇって判断か」

「ああ。隠されているのが一番面倒なんだ」


 ローレンかサイモンの消息がつかめなければ、最悪の場合はひそかに侵入しての家探しも覚悟していた。

 アキラの求めに応じ、書簡の一覧が提示された。表題や概要にひととおり目を通したが、閲覧したいものは見つからなかった。


「……これは家探しかもな」

「おー、スパイ活動ならまかせとけ」


 ワクテカするシュウにまだ決定じゃないぞと釘を刺しつつ、再びロビーに戻る。

 やっと受付に向かった三人は、一番下っ端そうな職員に、サイモンとローレンの消息をたずねた。


「身元の開示とご用件をお聞かせください。本人に確認し、後日お知らせいたします」

「俺らはそんなに長くこの街にいられねぇんだ」

「ギルドの規則ですので」

「そこをなんとか教えてもらえませんか」


 コウメイとシュウの風体を身元の怪しげな危険人物とでも判断したのだろう、問い合わせには応えられないと追い払われかけた。アキラが割って入り、偽名の魔術師証を提示する。


「私たちは以前お二人にとてもお世話になったのです。依頼で近くに立ち寄ったので、ウナ・パレムに足を伸ばしました」


 受付を担うのは黒級の魔術師だ。ギルド上層部にも数名しかいない赤級の身分証を見た途端に背筋が伸びている。


「先に医薬師ギルドにサイモンさんを訪ねていったのですが、消息がわからなくて。ローレンさんは元ギルド長ですし、サイモンさんとも親しかったので、こちらでなら教えてもらえるのではないかと」

「元ギルド長と、どのようなご関係でしょう?」

「お二人がかかわった新種の薬草に関する研究部会で、少しお手伝いさせていただいたのです」


 職員は研究部会を知らないらしく、不審さの増した客の顔を確かめるべく、フードをのぞき込もうと顔を近づけた。アキラは顎を引いて影を引き寄せ、小さくため息をついた。部会は限られた研究者の集まりだった。そのせいで末端の魔術師に知られていないのか、あるいはすでに解散しているのかもしれない。


「その件もあってお二人に会いたいのです。教えていただけませんか?」

「し、しかしですね、規則が」

「その規則は、逆恨みを持つ者から魔術師を守るための規則ですよね? 私の身元を確認してください」


 目の前のフードはとても胡散臭く怪しげだが、言っていることは筋が通っている。アキラにせっつかれた受付は、赤級の身分証を預り奥に引っ込んだ。

 少ししてアキラの身分証を手に戻ってきたのは、白級の魔術師だ。彼は情報の提供にあたり支払いを求めた。ケチケチするなとこぼすシュウを小突いて、アキラは請求された小銀貨を三枚支払う。


「治療魔術師サイモンについてはわかりませんが、前ギルド長はシーシック町に転居されています」

「助かりました、ありがとうございます」


 たったそれだけの情報に三百ダルは高い。そう文句を言い出しそうなシュウの背を押して、アキラは急いでギルドを出た。


「やっぱり同業者の身分証明は強ぇぜ」

「顔隠してても疑われねーんだもんなー。けどやっぱあれっぽっちの情報に小銀貨三枚は高けーよ」

「ダッタザートに身元照会する費用だ、魔道具使用料としては格安なんだぞ」


 アキラの足は乗合馬車の駅に向かった。長椅子一つ分ほどの駅舎の壁に貼られた地図には、各路線の停車町が描き込まれている。


「あったぜ。南の平原にある山裾の町の名前がシーシックだ」

「乗合馬車で五日か。次の便は……三日後」

「どうする? 馬車を借りるか?」

「シュウにする」

「俺はフツーに旅がしてーよ」


 ウナ・パレムまでの移動は人目を避けての超特急だった。またシュウの荒っぽい背中で耐えるのはキツイ。シーシックへは乗合馬車にして、出発まではウナ・パレムで疲れを癒やしてはどうか。コウメイがそう提案したが、アキラは即座に首を横に振った。


「急ぎたいんだ」

「あと数日ならそこまで急がなくても大丈夫だろ」


 サイモンの消息が気になるのも、サクリエ草がどうなっているのか心配なのもわかる。しかしここまで来て焦る必要はないと二人に説得され、アキラは人目を避けた馬車の旅を受け入れた。

 アキラが冒険者ギルドで馬と幌馬車を借りている間に、コウメイは市場で必要な食料品を買いそろえ、シュウは調達した飼葉を荷台に敷き詰めて毛布を敷いた。


「馬の飯をクッションにするなんて、俺って冴えてるよなー」


 これが一石二鳥ってヤツだろ、と得意げなシュウを、二人は生あたたかい目で見ている。飼葉は馬が食べれば減り、その分クッションが薄くなり座り心地が悪くなるのだが。

 ともあれ昼食をとり、旅支度を終えた三人は、六の鐘とほぼ同時にウナ・パレムの街門を出た。


「できるだけ急いでくれよ」


 シーシック町でローレンと会えなければ、またウナ・パレムに戻らねばならない。そして今度はエレーナと交渉だ。気が重い。


「借り物の馬なんだ、無茶はできねぇよ」


 アマイモ三号とは違うと釘を刺されたアキラは、焦りを抑えて頷いた。



おまけ


まさかエレーナが今も自分の姿絵を販売しているとは思わないが、ナツコがいまだに勝手にモデルにした読み本を発行していることもあるので油断はできない。(実はエレ姉さん、姿絵版元として商会を立ち上げています)もしエレーナと交渉になれば、最悪の場合、姿絵の公認か黙認を条件にされてしまうかもしれない。そんな交渉はしたくないアキラです。

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