表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
337/383

03 マルホルック村での補給



 隠されていた近道は、狭かった。

 横幅は人一人がやっとだし、天井もコウメイは心持ち前屈みに、シュウは腰を落とさなければ天井に頭がぶつかってしまう。しかも罠の一本道とは異なり、何度も分岐に行き当たるのだ。シュウはイライラがおさまらないし、コウメイも首と背中が痛いと渋い顔だ。

 狭い近道を抜けると、久しぶりの岸壁に囲まれた鉱族の村にたどりついた。

 マイルズは今にも覆い被さってきそうな絶壁を見あげ、丸く切り取られた明るい星空を眺めた。耳に届くのは、岩壁を撫で吹きおりる風が緑の畑や多くの木々を嬲る音だ。故郷の浜辺で聞き慣れたさざ波のようだと懐かしい気持ちになる。

 風の気配が強すぎるせいか、自分たち以外の生き物の存在が感じ取れない。


「ここが、鉱族の村……マルホルック、なのか?」


 まるで小さな箱庭のようだ。絶壁に囲まれた場所に作られた林に畑、岩肌をつたって流れ落ちた水がせせらぎを作り、村を横切るように流れている。


「林に畑に、あちらに見えるのは家禽か?」

「羊小屋もあるぜ」

「だが人の家屋も、気配もない」


 住人は何処に住んでいるのかと問うと、コウメイが岩壁を指さした。


「暗いからわかりにくいが、よく見てみろよ」

「……窓? もしかしてこの岩の中で暮しているのか?」

「正解。すげぇだろ」


 穴掘りならお手の物だという鉱族は、貴重な平地を作物や家畜に譲り、自分たちは慣れ親しんだ岩を掘り抜いて住処としてるらしい。


「泊めてもらえると思うけど、ちょっと窮屈かもしれねぇぜ」

「俺は野宿のほーがいいなー」


 中腰で歩き続けたシュウは、思い切り体を伸ばして寝たいとぼやく。


「腰がイテーし、絶対あっちの道のほうが楽だったよなー」

「罠を解除する時間がもったいないでしょ」

「全部発動させて破っちまえば時間なんてかかんねーよ」

「わたくしといるときは絶対にやめてちょうだいね」


 ミシェルが笑顔を引きつらせている。修理費をいくら請求されるかわかったものではないと、アキラの眉間にも皺が寄った。

 ミシェルについて畑の間の小道を歩き、月の影になった暗い壁側にたどりつく。

 彼女の杖が岩を叩いた。

 キーン、という高くて澄んだ音が響くと、岩の奥から複数の気配を感じ取れるようになった。息を潜めていた誰かが、合図によって警戒を緩めたのだろう。

 音も立てずに岩が動き、魔道ランプを持った小柄な老人があらわれた。


「お待ちしておったよ」

「遅くなってごめんなさいね」

「かまわんよ……よくおいでくださった」


 マイルズの胸にも届かぬ背丈の、ずんぐりとした体つきの老人だった。腰につくほどに伸ばした豊かな白髪は、魔石ランプの灯りの色に染まっている。目を細めた彼はミシェルに微笑み、アキラには頭を下げ、シュウにやんちゃな息子を見るような視線を向けた。むっつりとしたコウメイには苦笑いだ。


「今回は何も壊してはおらんだろうね?」

「壊すどころか、遊ばせてももらえなかったぜ」

「罠よりも面白いことはあるじゃろう、そちらで我慢してもらうよ。ところで……こちらは?」


 老人は少しばかり厳しい目でマイルズを見あげた。彼らは村に踏み込む人族を強く警戒している。今回はミシェルやアキラが連れているので姿を現わしたが、マイルズ一人であれば決して岩戸を開けなかっただろう。


「わたくしのお手伝いをしてくださるマイルズ殿です。マイルズ殿、こちらはマルホルック村の長老で、わたくしの依頼主の一人ですわ」

「マイルズと申します。突然に押しかけて申し訳ない。少しばかりの補給と、武器の手入れをお願いしたく、ミシェル殿の誘いに甘えてしまいました。滞在をお許しいただけますか?」

「……武器を見せてくれるか?」


 老人の要求に、マイルズは躊躇うことなく剣を差し出した。


「ロビンの作か。ふむ、腕を上げておるな……この剣に相応しい使い手ならば問題なかろう。バーラムだ、一族に支障のない範囲で協力いたそう」


 満足そうに頷いた老人は、マイルズに剣を返し、五人を鉱族の領域に招き入れた。


「あなたらには狭いかもしれんが、寝転がれば問題なかろう。ゆっくりくつろいでくだされ」


 男四人は岩戸に近い部屋に、ミシェルは上階の部屋に通された。


「懐かしいですね、前回と同じ部屋です」


 扉代わりの厚布をめくって入った室内は、老人の言うように広さは十分だが天井高が足りない。壁にある小さな窓は、二つとも閉じられていた。部屋の隅に置かれていた卓はどこかに片付けられているようだ。

 入り口で頭をぶつけたシュウは、真っ先に荷を降ろして、何枚も重ねて敷かれたラグの上に寝っ転がった。気持ちよさそうに手足を伸ばす彼の横に、天井を気にするコウメイも早々に腰を下ろす。


「以前にもこの村に来たことがあるのか?」

「ええ、寝所をお借りしました」

「美味い飯も食わせてもらったよなー」

「宿代と飯代が高くついたけどな」


 長老は丁寧であったし、突然押しかけた彼らを快く受け入れてくれた。それなのにコウメイの機嫌が悪いのは何故かと、マイルズは荷を置くアキラにこっそりとたずねたが、帰ってきたのは困り顔だけだった。

 カラン、と部屋の外で木が打ち鳴らされ、布をめくって快活な初老の女性が顔を出す。


「食事の用意ができましたよ」

「エリンナさん、お久しぶりです」

「アキラにコウメイにシュウも、元気そうだね。おや、そっちの方ははじめてだね?」


 ころりとした体型の彼女は、マイルズを見あげて興味津々だ。エリンナには人族を警戒する様子は見られない。


「私たちがお世話になっているマイルズさんです。こちらはロビンさんのお母様ですよ」

「なんと、ロビン殿の。彼には剣や防具の整備で大変お世話になりました」

「息子を知っているのかい? 嬉しいね」


 マイルズが自分の剣はロビンに作ってもらったものだと言うと、彼女は嬉しそうに顔を輝かせ、あとで見せてくれと頼んだ。


「先に食事だよ。あり合わせで悪いが量だけはあるから、たっぷり食べておくれ」


 エリンナに連れられて入った部屋には、すでにミシェルと長老が座していた。空いているクッションにそれぞれ腰を落とすと、すぐに料理が運ばれてくる。平たいパンと、豆と暴れ牛肉の煮込み、根菜と芋のスープもある。素朴で素材の味の濃い料理を、シュウは三度もお代わりしていた。

 食後に出された魔山羊の乳を入れた茶を囲む和やかな時間を見計らい、彼らは武器の手入れや薬草採取の許可を願い出た。


「手入れなら二日もあれば十分じゃろう、モルガに話をつけておく。それと薬草は数が限られておる、管理の者と話してくれるか」

「厚かましくて申し訳ありませんが、もう一つ。竜討伐用の魔武具を作りたいのですが、素材にご協力いただけませんか?」


 必要な素材の名前と量を聞いた長老は、エリンナに確かめ、その量なら問題ないと快諾した。躊躇う様子が見られないことに驚いたが、アキラは表情には出さなかった。

 鉱族との話し合いを終えて客間に戻り、身内だけになった途端、マイルズの体から力が抜けた。


「本当に、お前たちといると退屈せんな」

「珍しいじゃねぇか、おっさんが緊張するなんて」

「して当然だ。鉱族の長老を前に平然としているお前たちのほうがおかしい」


 今では歴史書でしか知ることができない鉱族は、武器を半身とまで頼りにする冒険者や騎士、金属を扱う職人にとっては崇める対象だ。そんな伝説の種族の隠れ村に滞在するだけでも胸が高鳴るし、その長老となれば人族における領主や王族にも等しい存在といえる。友人の祖父にするかのような態度のコウメイやシュウがおかしいのだ、

 マイルズの言葉にコウメイは苦笑いだ。そんなものかね、とぼやいて寝支度を調えている。


「この部屋、四人だと狭いよなー」

「シュウがデカすぎるだけだろ」

「シュウの寝相が良ければ問題ないはずだが?」

「すまんな、一人増えて」


 彼らはふかふかのラグにそのまま寝転がった。畳んだマントを枕にし、それぞれに与えられた毛布をかぶり目を閉じた。


   +++


「うっ」


 衝撃と重みに腹部を襲われて目が覚めた。

 マイルズは岩窓の隙間から差し込む光に目を細め、状況を把握しようと周囲をうかがう。


「酷い寝相だな……」


 シュウを部屋の奥の壁際に、コウメイとアキラを挟んで反対の壁寄りに寝ていたはずが、目覚めてみれば隣にいたはずのアキラが壁際に移動し、マイルズもコウメイとシュウの間に寝ている。しかもシュウは頭と足の位置が入れ替わっており、その拳がマイルズの腹に乗っているのだ。


「俺の寝相は悪くないはずだが……いたっ」


 ふごっ、と奇妙な寝息をもらしたシュウが、勢いよく寝返りを打ち、今度はマイルズの肩を蹴った。

 肩の上に乗っかかった膝を払い落としてシュウに背を向ければ、笑いを堪えるように肩を震わすコウメイの背中が見えた。抱き枕よろしくしがみつかれたアキラの苦しげな寝言が漏れ聞こえている。


「……起きているのなら、離してやったらどうだ」

「早ぇなおっさん」

「シュウに蹴り起こされた。俺を盾がわりにしたのか。いつ入れ替わったんだ?」

「寝入ってわりとすぐだったかな。シュウに背中を蹴られて起こされたあたりで、おっさんをそっちに転がした。よっぽど疲れてたのか?」


 討伐や野営中に熟睡し、触れられても目が覚めないのは珍しいと言われ、マイルズはこれも老いかとため息をついた。

 朝食後、アキラとミシェルは素材の検品に向かった。マイルズはコウメイとシュウに案内され職人の工房だ。

 滝の流れる岩壁の脇から入り、背を屈めながら奥へ歩くと階段状の広い空洞があらわれた。凹み低くなった部屋の中央ある炉の前に、岩のような筋肉の男がこちらに背を向けて座っている。


「邪魔するぜ」

「モルガさん、久しぶりー」

「おお、狼に人外か。それと確か赤鉄の双璧だったか?」


 振り返った岩は、チリチリとした前髪の間から嬉しげな眼差しでマイルズを見あげる。


「マイルズと申します。人族の冒険者に詳しいのですか?」

「わしらは武器を作るからの。剣の使い手には種族を越えた親しみを持っておる」


 段になったそこには多くの道具が並び、素材が積み置かれている。空いた場所を見つけて腰を下ろすコウメイとシュウにならい、マイルズも炉の斜め上に落ち着いた。


「俺らの剣の手入れを頼みてぇんだが」

「火竜討伐を控えてんだ、斬れッキレに頼むぜー」

「私の剣もお願いできるだろうか」

「長老から聞いてるよ。見せてみな」


 シュウの大剣を受け取ったモルガは、ひと目見た瞬間「手入れがなってない」と叱りつけた。


「お前らの剣は癖が強い、本格的な手入れが難しいのはわかるが、もうちっと大切に扱わんか」

「えー、でもロビンは自動修復があるって言ってたぜ」

「修復と日常の手入れは別だ。魔物の血肉を水で洗い流すのはいい。だがその後で水気を拭き取れ。それと柄のここだ、皮脂の付着が酷い。これのせいで魔石の力が剣に伝わりにくくなっている。鎧竜の革も変質しはじめているじゃないか。握りに影響が出てないのか? 徹底的に洗って磨き直しが必要だぞ」


 さすが名職人だ、普段の扱いを一目で見抜いている。

 普段から手入れを欠かさないコウメイの剣には、モルガも文句はないようだ。少しばかり念入りな手入れで済みそうだと言った。


「マイルズ殿の剣だが、こちらは癖がなくて素直だな」

「そういう評価ははじめてだ」


 鋼鉄ですら一刀両断にすると定評のあるマイルズの剣は、コウメイの魔剣と同じく剣竜の素材をもとにして作られている。


「こっちの二人のように妙な仕掛けを施していない分、純粋に剣の本質を追究したようだ。マイルズ殿の戦い方をよく知らねば、こうもぴったりな逸物にはならん。ロビンは良い仕事をするようになったな」


 マイルズの剣を熱心に検分し、外に出て剣舞を踊らせて納得したモルガは、火竜との戦いに向けて最高の調整をすると約束した。


   +


 モルガの工房を出たところで、薬草の束を両手で抱えたアキラと合流した。まるで花束をもらった乙女のように機嫌がいい彼を見て、シュウは噴き出すのを堪え、コウメイはいつものことだと生ぬるい目だ。マイルズは素直に驚きを口にした。


「すごい量の薬草だな。こんなに必要なのか?」

「これでも必要量の半分なんですよ。これから錬金薬を作るのですが、討伐計画によって数の調整が必要です。打ち合わせいいですか?」


 それならミシェルにも参加してもらわねばならない。呼んでくるようシュウに頼み、エリンナに声を掛け客間に小卓を用意してもらう。

 卓袱台のような小卓を囲んだ五人は、迷宮底の図面を見ながら討伐計画をたてはじめた。


「火竜は一頭、火蜥蜴は数知れず。周囲はこれまで挑んできた者たちの死体の山」

「各国の討伐隊もいるぜ」

「それ、邪魔だよなー」


 共闘は無理なのだから排除するしかないが、それをする余力があれば討伐に全力を傾けたいというのは五人共通の認識である。マイルズが魔術師二人に排除の手段を提案した。


「火竜との戦いを長引かせては不利になるだけだ。魔術か錬金薬かで連中を眠らせられないか?」

「広範囲の睡魔術は危ないわよ。間違いなくシュウも寝てしまうわ」

「俺もかよ」

「多分マイルズさんも魔術にかかってしまうと思います」


 狙った標的だけを眠らせるのは簡単だが、討伐隊の全員を個々に眠らせるのは非効率だ。だが範囲を指定して術を掛ければ、魔術抵抗力の低い味方も引っかかってしまうだろうと魔術師二人はその提案を否定した。


「錬金薬も無理ですね。人数がわかりませんし」


 これから作る錬金薬の種類と数量を計算したアキラは、邪魔者が何人居るかもわからないのに、錬金薬を用意する労力が惜しいと言った。一人一人に睡眠薬や麻痺薬を投与してゆくのは、戦って排除するのと手間暇は同じである。


「壁みてぇなのをつくって、閉め出せねぇのか?」


 見えない壁によって魔術陣の中に閉じ込められた経験を話したコウメイが、似たような魔術はないかと問う。


「要所に術を埋め込む必要があるわ。けれどそれが可能な状況ではないでしょうね。準備に時間もかかりすぎるし」

「魔石か触媒に術を刻んで、それを配置してはどうですか?」


 アキラは普段使っている結界魔石の応用を試してはどうかと提案したが、彼女は確実性が担保できないと首を振った。確かに置くだけなら簡単で時間もかからないが、戦闘の余波で位置がずれたり壊れたりすれば術が消えてしまう。コウメイの求める魔術は、安定した場所に刻んでこそ安定して長持ちするのだそうだ。


「けれどコウメイの案はいいわね。わたくしとアキラでどうにかするわ」

「どうにかとは、具体的になにをするのです?」


 自分の知らない魔術があるのかとアキラが興味深げだ。ミシェルは図面に置いていた指を、侵入予定の横穴から火竜のいる中央へと滑らせた。


「ここでアキラに爆風で連中を壁際に吹き飛ばしてもらって、その後はわたくしの雷で檻を作るわ。魔法陣の外枠に近づく者に雷を落として追い払うのよ」


 見えない壁の代わりに、雷攻撃で邪魔者を阻むのだ。ミシェルが戦場の保全に努め、マイルズたちは雷撃檻で囲まれた内側で心ゆくまで竜と戦う作戦だ。


「一つだけ注意しておくと、魔法陣の外に出ようとしても雷は落ちるから気をつけてね」


 個を判別して雷撃を操作する余裕はない、とミシェルは釘を刺した。


「電流デスマッチかよ」

「デンリュウ、デスマッチ? 何だね?」

「囲われた逃げ場のねー死闘って奴だよ。アレ、親父が好きだったなー」


 言葉の意味はよくわからないが、戦いが終わるまで雷撃の外に出られないことは理解したマイルズだ。

 ミシェルが場の維持に専念するのなら、討伐は四人でとなる。火竜は召喚魔法陣の中央から動かないが、眷属はそうはゆかない。


「火蜥蜴は俺がやる」


 シュウとマイルズは火竜に専念しろと、凄みのある笑みでコウメイが言い切った。火山の恨みを向けられた眷属らを哀れみたくなるほど、コウメイは気迫と怒気に満ち満ちている。今から闘志を燃やしすぎては、いざ本番の頃に燃え尽きていては意味がないぞと、アキラがコウメイをなだめた。


「アキラの氷って、攻撃にも使えるのだろう?」

「もちろんです。溶岩の冷却のほうがイレギュラーだったんですよ」


 氷柱、氷の矢、氷礫と炎に対抗できる攻撃魔術はそれなりに持っている。だが、とアキラは、期待の視線を向けるシュウとマイルズにあまり期待しないでくれと言った。


「私のもっとも得意とする魔術は、炎なんです。水も氷もそれなりには使いますが、決定打にはならないと思っておいてください」

「あれで得意ではないと言うのかね?」


 溶岩があっという間に冷し固められていく様は圧巻だった。では得意だという炎の魔術にはどれほどの威力があるのかと、マイルズは笑みを引きつらせている。


「火竜の炎とアキラの火魔術と、どっちが強ぇーんだろー?」


 試してみないかと言うシュウの言葉に、相乗効果で周囲は跡形もなく燃え尽きるわよ、とミシェルが止めた。味方まで黒焦げになってはたまらない。アキラは氷と風の攻撃魔術を主に戦うことになった。


「氷付けにするのは無理でも、傷を負わせるくらいはできるんだよな?」

「鋭さを意識した氷柱なら、鱗や表層の皮肉を傷つけられるとは思う」

「じゃ、アキラに火竜の皮に傷入れてもらって、そこから俺とマイルズさんでダメージ与えてくのがよさそーだな」


 自分の一撃では竜の表皮に傷は作れないが、存在する傷を大きくするのならできるだろうとマイルズが頷く。もちろん簡単ではないとわかっている。


「おそらく火竜にも傷を修復する能力がありますよ」

「そこは傷が癒える前に広げれば良いだけだ」

「そーいうこと。足下はマイルズさんに任せっから。俺は頭と背中を狙うぜ」

「足と尻と尾か、わかった」


 召喚された場所から出られないとはいえ、火竜の足を止めれなければ次の段階には進めないのだ。


「アキラ、攻撃の補助としての氷の魔術玉が欲しいのだが」

「用意します。コウメイとシュウも必要だよな?」

「俺は氷の矢とか礫が出るヤツが欲しーかな」

「冷却の魔術玉があれば助かる」


 それぞれいくつ必要かと聞き取るアキラに、ミシェルが呆れ顔で割りこんだ。


「あなたたちって本当に攻撃しか考えないのね。少しは身を守る方法を考えなさいな」


 防御や回避、回復といった身を守る手段を考えない討伐計画は彼ららしくあるが、砕けて終わっては困る。彼女の苦言にアキラは首をすくめたが、脳筋寄りの二人はするりと受け流した。


「回避すりゃ問題ねぇだろ」

「当たらなきゃいーんだし?」

「……マイルズ殿、そこで頷かないでくださるかしら?」

「すまん」


 雷撃魔術の檻で閉じ込めるのだ、その内側に転がっているのはせいぜい小石程度、盾にできるような障害物は何もない。ミシェルが錬金薬ぐらい用意しなさいと叱りつけた。


「もちろん作りますよ。治療薬はそれぞれに持たせますし、私も予備を備え持ちます」

「長丁場よ、回復薬も必要でしょう」

「そちらは回復魔術で対応します」


 アキラは攻撃魔術で火竜の表皮に傷をつけつつ、三人の動きを追って適宜回復や魔術による防御を引き受けるつもりでいた。


「魔術の防御って、風の盾とか土壁とかか?」

「それだとアキの負担が大きすぎるだろ」

「ついさっきの発言をもう忘れたのか? 二人ともちゃんと回避してくれるんだろう?」


 己の脳筋発言に責任を持てと笑顔で返されたコウメイとシュウは、図面に視線を戻して己の動ける範囲を念入りに確かめるのだった。

 ミシェルとアキラが必要とする魔力回復薬らの量を計算し、それぞれ一・二倍を用意すると決める。


「アキラ、わたくしが譲ったローブ、持ってきているかしら?」

「ありますよ」


 薄布とレースのローブはかさばらないので小さく畳んでいつも持ち歩いている。神秘さを演出するのにぴったりだからと、ギルド長会議の場でも着用させられていた。シワになっていたのを見たコウメイに、畳み方が悪いと叱られたのは今も理不尽に思っている。


「ではそれを必ず着用なさい」


 火竜から離れた場所で戦うアキラは、雷檻の近くに待機することが多いはずだ。ミシェルは戦いが終わるまで雷撃を維持することに集中するため、アキラが足を踏み外したりうっかり火蜥蜴に突き飛ばされても、気付かないまま雷を落とすだろう。だが薄紫のローブを着用していれば、雷撃は跳ね返せる。


「火竜の炎息(ブレス)でも燃えないわよ」

「最高の防御じゃねぇか。それにくるまってりゃ安心だ」

「安心しては駄目よ。物理攻撃には無力ですもの」

「そっちか……どうするかな」

「アキラの運動神経じゃ色々無理だしなー」

「失礼な。俺は人並みの運動神経くらいは持ち合わせているぞ!」


 ストイックに鍛え上げ達人の域に達しているコウメイや、野生動物を越えた運動能力を持つシュウがおかしいのだ。ごく普通の冒険者程度には動けると自負するアキラは、自分の身くらいは守れると言い切った。


「うん、まあ、それ着て頑張ってくれ」

「できるだけ早く火竜の足を潰すよう力を尽くそう」

「頼りにしてるぜー」


 前衛三人は図面を見ながら自分たちの立ち位置を決めてゆく。実際に戦いがはじまれば臨機応変に、だが基本となる方針だけはしっかりと固めたところで、マイルズがふとミシェルにたずねた。


「そういえば、ミシェル殿が引き受けた依頼とはどのようなものなのだ?」


 問いに返された彼女の楽しげな微笑みに、四人は不穏なものを感じた。



※ボツ台詞のリサイクル

「まだ着かねーのかよー。全然近道っぽくねーんだけど」

「そんなに時間はかかっていないわよ?」

「前んときはもっと歩きやすかったし、抜けるのもあーっという間だった!」

「いやだ、わたくしの知らない近道が他にもあるのかしら」

「……近道じゃなくて、罠の道です」

「前回は全部の罠を発動させて、全部ぶち破って抜けたんだ」

「楽しかったぜー」

「あなたたち……頭は使わないと退化するのよ?」

「シュウと一緒にしないでください」

「シュウと一緒にしないでくれ」

「シュウと一緒にしないでほしい」

「ひでー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
老人会なのに電撃リングで火龍とプロレスとかファンキーすぎるw ゲートボールしてなさぁーい! 皆んな攻撃型ですよねぇ コウメイがもうちょっと中衛寄りで魔法使いこなせてたらそういう役割だったんでしょうけど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ