02 ミシェルの都合
「……え?」
目の前に落ちてきた魔紙を掴み取ったアキラは、短い文面を読んで戸惑った。
「どうしたアキ、ミシェルさんはなんて?」
「今からこっちに来るそうだ」
マイルズと体術のおさらいをしていたシュウも、何事かと動きを止めてアキラを振り返る。
「今から?」
「来るって、ここにか?」
「らしいが……」
いったいどうやって、と首を傾げた直後に、客室の扉がコンコンと鳴った。
「ひゃいっ」
奇妙な声をあげて飛び退くシュウの驚きが演技とは思えず、マイルズが壁に立てかけていた剣を手に構えた。
マイルズに続いて剣をたぐり寄せたコウメイが、シュウに「誰だ」と問う。
「わかんねーよ。足音、聞こえなかったし……まさかメリーさんじゃねーよな?」
「何だ、コウメイが呼んだ花娘か?」
「違うっ!!」
マイルズの勘違いを即座に否定したコウメイは、幽霊だろうが人形だろが妖怪だろうが知ったことではない、紛らわしいぞと怒鳴りつけようと勢いよく扉を開けた。
「メリーってどなたかしら?」
訪問者は、目を細め蔑むような笑みを浮かべたミシェルだった。
+++
「花娘ならまだしも、まさか別大陸の魔物と間違えられるなんて、ちょっと傷ついたわ」
メリーさんの正体を教えられたミシェルは、拗ねてシュウを睨む。まあまあ、となだめたマイルズが彼女を応接室に招き入れた。
サンステン国王都冒険者ギルドが提携する最も高級な宿の最上級客室には、客人をもてなす個室があった。そこには茶を沸かすための魔道具一式が用意されており、コウメイらも滞在中にそれらを存分に使い倒している。
「香り茶はアリュミ産とシェーラン産が、コレ豆茶に粉茶に薬草茶もあるが、どれにする?」
「シェーランの香り茶をお願い」
ミシェルには力強い味わいが特徴の香り茶、アキラたちには深煎りのコレ豆茶、マイルズには爽やかな口当たりの薬草茶のカップが置かれた。
その横にミシェルが小さな小箱を置く。包みを開くと馴染みのある花の図案があらわれた。土産を用意していたから遅くなったのだと言い訳し、彼女は蓋を開ける。
甘く素朴な香りが広がった。
アキラは嬉しそうに目を細めた。懐かしい妹のクッキーだ。テーブルに置かれた菓子箱には、はじめて見る宝石のような砂糖菓子も入っていた。
「魔石みてーだな。それ食えるのかよ」
「ああ、琥珀糖だな。結構な値段しただろ?」
「アキラへの手土産だって言ったら、試作品をおまけしてくれたのよ」
ちゃっかりしているミシェルである。
まあ、かわいい、と彼女は淡く透き通った緑色の砂糖菓子を口に運ぶ。食べられると聞いて興味津々のシュウが手を伸ばし、アキラも妹の試作品を手に取った。
口の中で宝石がシャリと崩れ、やさしい甘さが剥がれ落ち、やわらかな食感の飴が舌を転がり溶ける。琥珀糖を味わうアキラに、ミシェルがイタズラを楽しむ表情でたずねた。
「それで、アレックスに秘密のたくらみって何かしら?」
「私ではなく、マイルズさんですよ」
眉をピクリと動かした彼女は、マイルズを振り返る。
発端は自分なのだ、説明も説得も自分がやらねばならない。居住まいを正したマイルズは、熱のこもった眼差しと声でミシェルに請うた。
「ミシェル殿、迷宮都市での竜討伐をご一緒できませんか?」
思いがけない誘いに、彼女は目を見張った。アキラたちへと同じ説明をされたミシェルは、面白がるように大きく眉を動かす。
「マイルズ殿も若いわね、子どもみたいなことをおっしゃるなんて」
「老いたからこその悪あがきだよ。体が動く間に夢を叶えたいが、俺の力だけでは難しい。ミシェル殿の力を貸していただきたいのだが、どうだろう?」
「仕事として依頼いただけるのならいいわよ」
「色気がねーなー」
熱心なデートの誘いをワクテカして見物していたシュウは、返事が無粋すぎると残念そうに顔をしかめている。シュウのぼやきを無視してマイルズは問う。
「依頼料はいかほどだろう?」
「八十万ダル、と言いたいところですが、知らぬ仲でもありませんから五十万ダルでいかが?」
自分のサークレットと同額と聞いてシュウが「高い!」と声をあげた。
「色気のねー誘いもヒデーけど、金からめるミシェルさんもデリカシーねーよ。だいたいちょっと手伝うのに五十万ダルは高ーって!」
「いや惨滅の魔女への依頼料としては妥当な金額だぞ」
むしろ安いくらいだと言うマイルズに、シュウは「信じらんねー」と呻いた。
「そもそも依頼にする必要性がわかんねーんだけど」
「あら、依頼契約を結ぶのはアレックス対策なのよ?」
意味がわからないとシュウは顔をしかめたが、コウメイとアキラは納得顔だ。
「わたくしが私的に動いていては、アレックスを追い返せないけれど、依頼であればそれを理由に排除できるわ」
「あの昼行灯は、なんだかんだ言って契約を妨害しませんからね」
嫌そうなアキラが依頼契約は必要だと頷いた。
「それでは契約は成立でよいだろうか」
「せっかくのお誘いにお金を要求するのは確かに無粋ですものね。なので対価は別のものでお願いしたいの。ちょうど良かったわ」
握手を求めて差し出されたマイルズの手を静かに押し戻したミシェルは、迷宮都市には自分も用事があったのだと意味深にほほ笑んだ。
コウメイとアキラは「またか」と呆れ顔、シュウとマイルズは興味を引かれた様子で続きを待つ。
「実はね、わたくしも迷宮都市での依頼を請けているのよ」
「ついでだからそれを手伝えって?」
「ええ、わたくしでは難しい仕事なのだけれど、シュウとマイルズ殿なら簡単だから」
「アキラじゃなくて、俺?」
ミシェルが頼りにするのはいつもアキラやコウメイで、これまでシュウが頼られたことはなかった。自身を指さして驚くシュウは、疑問に思いつつも嬉しそうだ。
マイルズは彼女の思惑に感謝するように微笑み、引っ込めていた手を再び差し出した。
「俺への依頼、ということだろうか?」
「ええ、依頼料は相殺でお願いできるかしら?」
「よろこんで」
今度こそ握手を交わしたマイルズとミシェルを、アキラは複雑そうに眺め、コウメイは「詳細を聞いてからにしろよ」とぼやく。残念ながら浮かれたシュウの耳には聞こえていないが。
「それで、討伐計画はどこまでできているのかしら?」
「今は移動路の選定が終わったところだ。討伐計画は迷宮の警備体制や各国の戦力を確かめてからにしようと考えている」
コウメイが広げた地図を指さしながら、マイルズが移動ルートを説明する。
現在地であるサンステン国の王都から北に移動し、オルステインとの国境近くの街にいる武器職人に剣の手入れを頼む。それを終えてから南に戻り、中央街道を西に進み、ナモルタタルの手前で迷宮都市に向け北上、迷宮都市に入る計画だ。
「ずいぶんのんびりした計画ね」
「竜が相手だ、物資も補充せねばならんし、武器の手入れは必要だ」
マイルズが依頼する予定の武器職人は、赤鉄の双璧時代から付き合いのある名職人だ。引退済みだが何とか拝み倒して手入れをしてもらうつもりでいる。討伐対象は竜なのだ、腕の立つ職人による手入れは絶対に必要だった。
「あなたの剣、ロビンの手ではなかった?」
「ああそうだ。だからこそ下手な職人には託せん」
鉱族の末裔に託せれば一番いいが、今回はそれをするだけの猶予がマイルズにはない。遠回りにはなるが、命を預ける武器に妥協はできない。コウメイたちも職人による手入れはずいぶんご無沙汰だ、ついでにメンテナンスしてもらうつもりでいた。
計画を聞いたミシェルは目を細めてマイルズを見る。
「人族の職人には荷が重いのではないかしら。どうせなら鉱族の職人に見てもらえば良いわ」
「確かに鉱族の職人に頼むのが理想ですが、ナナクシャール島に移動する時間はありませんよ」
「わかっているわ。ですからここに」
ミシェルの指先が迷宮都市の少し北西を弾いた。
「鉱族の隠れ村があるの。近くだからここで手入れを頼めば良いわ。ついでに物資の補充もできるでしょう」
「……ミシェル殿、それは俺に開示してはならんだろう」
驚きに顔を引きつらせたマイルズは、慌てて地図から目を逸らした。
鉱族はエルフや獣人族と同じく、神々に守られた種族だ。気まぐれな一部のエルフ族や、人族に親しみをおぼえる獣人族はいるが、鉱族は技術を守るため人族から距離を取ったと聞いている。
マイルズはアキラたちとの関わりのついでに鉱族と知り合いはしたが、あくまでも間接的なつながりでしかない。それなのに彼らの隠れ住む場所を、そんなに簡単に教わっても良いものだろうか。
「マイルズ殿はこの秘密を守ってくださるでしょう? もし口にするとしても、それは階段の先でしょう?」
「……ああ、もちろんだ」
「ならば問題ありませんわ」
ミシェルが国境の街に×を入れる。
「それと移動にも時間がかかりすぎます。のんびりしている余裕はありませんから、移動手段はわたくしに任せてもらうわ」
「それは助かるが……どうやって?」
「詳細は後ほど。ほら、あなたたち、荷造りを急いでちょうだい」
にっこりとほほ笑んだ彼女は、菓子を片手に固唾をのんでいた三人を振り返り、半鐘以内に支度を終わらせろと命じた。
+
彼らの荷物はそれほど多くはない。サンステンに来た目的が討伐ではなかったため、最低限の身の回り品と愛用の剣くらいだ。移動の足も旅の宿や食事もすべて冒険者ギルドが手配したため、彼らは野営用の鍋や食器も、テントや寝所となる毛布も持ってきていない。
「補充する品は多くなりそうね」
準備のできた四人を見てそう呟いたミシェルに、アキラは質の良い薬草を採取できる森に寄って欲しいと言った。竜を相手に無傷では済まないし、一人で全員の負傷を癒やすことも難しい。薬草さえあれば錬金薬は自分で用意できる。
「それなら調味料と食料の調達もしてぇ」
塩だけは持っているが、それでは食事が単調になる。コウメイとしては数種類の香辛料を手に入れたかった。
鉱族の里での物資調達だ、普通ならば強力な武器や新しい防具の入手を企むだろう。だがコウメイとアキラは、その辺の森での討伐と何ら変わらない準備だ。ミシェルは呆れて見ていた。
「あなたたちって、顔に似合わない地味好きね」
「ほっとけ」
「顔は関係ありませんよね?」
「この二人と一緒にしねーでくれって。俺は派手なほうが好きなんだ」
「ほほほ、ではシュウの希望にあわせて、少し派手にまいりましょう」
応接室の家具を壁際に寄せたミシェルは、部屋の中央に薄紫の布を広げた。青い絨毯の上に敷かれたのは、花のような形をした繊細なレース布だ。ミシェルはその上に躊躇いもなく踏み乗った。
「あなたたちも、さあ、早く」
「こ、これを踏むのかね」
どう見ても、職人が長い時間をかけて編み上げたとおぼしき芸術品だ。それを土足で踏めと急かされても、芸術のわからない彼らとてそう簡単に頷けるものではない。
「……あ」
そのレース模様の意味に最初に気づいたのはアキラだ。目を丸くした後、まるで腹黒陰険細目を前にしたときのような表情でミシェルを振り返る。にこにことほほ笑む彼女は説明する気がなさそうなので、アキラが代わって三人を促した。
「これは転移魔術陣です。乗らないと置いてきぼりですよ」
最初にレース模様に踏み入ったアキラに続き、コウメイは気がすすまなそうに、シュウはおっかなびっくりに乗る。
「これが?」
「転移魔術陣って持ち歩けるのかよー」
「……これも階段の向こうまで持っていかねばならんのか」
そう呟きながらマイルズは恐る恐るレースの上に乗った。
成人五人が乗るには狭い魔術陣だった。ミシェルを押しつぶさないようにマイルズが壁になり、アキラは押し出されてしまわないようにコウメイとシュウにしがみついている。
ミシェルの杖が薄紫のレースに触れた。
『ツァーリズ』
彼女が呟いたのは、アキラがはじめて聞く名だった。
懐かしい浮遊感と魔力の揺らぎを感じた次の瞬間、五人の姿が応接室から消える。
彼らがいなくなった部屋に残された転移のレースが、静かに炎に包まれ燃え失われたが、それに気付く者はいなかった。
+++
小さな瞬きの直後に目に映ったのは、薄闇だった。
かすかな光は足下からだ。
転移魔術陣の放つあわい光を頼りに、暗い周囲を見回す。
「ここ、洞窟か?」
「みてーだぜ」
シュウは今にも崩れそうな天井を見あげている。義眼で周囲を確かめたコウメイは、雑に掘り抜かれた横穴と転移魔術陣の組み合わせに心当たりがあるようで複雑な表情だ。
「この魔術陣は、一方通行じゃなかったんですね」
光が消える前に魔術陣から離れたアキラは、術式を読み取ろうと身を乗り出している。そんな弟子に釘を刺すのを忘れないミシェルだ。
「一方通行よ、今回はわたくしが無理に割り込んだだけ。こちらからだと何処に飛ばされるかわからないわよ」
「あー、こっちもルーレットってことは、やっぱここ、迷宮の横穴か!」
「やっと気づいたのか」
「横穴なんてどこも似たよーな感じだし、すぐにわかるわけねーって」
「あら、マイルズ殿は?」
見回すと、遠くに見える光に向かって歩く影を見つけた。コウメイがその後を追う。迷宮の様子もついでに偵察してくるつもりのようだ。
俺も、と魔術陣を離れようとしたシュウは、上着をひっぱられて仰け反った。
「アーキーラー」
「そっちは罠のあるほうだぞ。お前、本当にマイルズさんを追いかけるつもりなのか?」
じろりと睨まれて、シュウはそっぽを向き舌を出した。
一本道なのだから二人はすぐに戻ってくるだろう、ウロウロせずに待っていろと言われ、シュウは不貞腐れて地面に腰を下ろした。漂ってくる不快な血の香りを紛らわせたくて、手土産の箱を開けクッキーをポリポリとかじる。
石壁を探るミシェルに、アキラは思いきってたずねた。
「宿屋に転移魔術陣を置きっぱなしにしてきましたが、よかったのですか?」
「問題ないわ。あれは一度きりしか使えないの」
「……」
魔術陣を構成する糸の耐久性をあげられなかったせいで、一度使っただけで燃え失われるのだという。そう説明されたアキラは、繊細なレースを作り上げた技術と時間を惜しむと同時に、何の目的があって作ったのかと探るような目をミシェルに向ける。転移魔術陣の便利さもだが、証拠隠滅できるという点には不安しかない。
「えー、あれ使い捨てなのかよ? もったいねー」
「必要なら安く譲るわよ。たくさん作ったから在庫はあるの」
「あれミシェルさんが作ったのか? サイホー女子だったんだ?」
「島の生活は時間だけはたっぷりあるから暇つぶしにね。素材も豊富だから色々試せて楽しかったわ」
眉間を揉みながらアキラはため息をついた。
「……暇つぶしにレース編みで転移魔術陣を量産しないでください」
「アキラにも一つ差し上げるわよ?」
「罠ですね?」
「引っかからないなんて、つまらないわね」
ミシェルとの契約魔術はまだ有効なのだ。使えば大量の魔力を吸い取られ、転移する前にレースは消滅するに違いない。
イタズラなのか、からかっているだけなのか、近頃のミシェルの言動は腹黒陰険細目に似てきたようで頭が痛い。
「持ち運べるなんて便利だよなー、一枚欲しーなー」
「一枚百二十万ダルのところを、特別に百万ダルでいかがかしら?」
「アキラ、金貸して」
「無駄遣いに貸す金はない」
魔力なしのシュウも違反罰のあるアキラも転移魔術陣は使えない。
「えー、リビングに敷けばいーじゃん」
冬場はふかふかの毛皮を敷いている暖炉前の床に、夏場はレースの敷物なんて涼しそうだとシュウがすすめるが、アキラは絶対に嫌だと頑なだ。昼寝中に寝ぼけて魔力を流してしまえば命に関わるではないか。
そんなくだらないやりとりをしているところに、コウメイとマイルズが戻ってきた。
「うわ、すげー殺気」
まだ足音も届かない距離だというのに、敏感に気配を感じ取ったシュウが、嫌そうに振り返った。
+
魔術陣を降りたマイルズは荒々しい気配を感じる方向に、誘われるように足を向けていた。
小さな光を追いかけるようにすすめば、すぐに罵声や悲鳴やうめき声が耳に届いた。続いて堪えきれぬほどの吐き気をもたらす強い生臭さに気づく。
光の数歩手前で足を止めたマイルズは、鉄格子を隔てた向こう側の戦いに息をのんだ。
炎の息が全てを嬲ってゆく。
「火竜……!」
凄惨、それ以外の言葉は出てこなかった。
際限なく出現する眷属を屠りきれない兵士は足を食われ、膝を落し、石床に倒れる。伏しているのは死した肉体、立っているのはこれから死にゆく者だ。
そして火竜の吐く炎が、場を赤黒く染める血と肉片を焼いてゆく。
炎息や鞭のように振り回される尾の届かぬ安全圏から、眷属を蹴散らせ、炎色の爪を封じろ、と命じる声が響いた。
「一度引いて立て直すべきだろうに」
指揮官の無能と、それによってもたらされた火竜の蹂躙を目の当たりにしたマイルズは、思わず焼けた鉄格子を掴みかける。
コウメイは彼の手を掴んで止めた。
「戦うのはまだ早ぇぜ」
「わかっている……指揮官の愚かさに腹が立っただけだ」
国策として派遣された彼らの戦いに割って入る権限も気持ちも、マイルズにはない。ただ多くの仲間を率いて戦ってきた彼には、戦況を理解し正しい判断のできない指揮官が許せなかった。
竜が炎を吐き、血濡れた床が一瞬で乾いた。
無惨な死体の側には、眷属の姿がある。
「……火竜に、火蜥蜴か」
「おい、殺気が漏れているぞ」
自分を止めたはずのコウメイが、そのまま火蜥蜴に斬りかかっていきそうな気配を漂わせている。さすがに鉄格子を蹴り破って飛び込みはしないだろうが、近くに居る兵士や冒険者、そして竜に伝わりかねない。
マイルズは逆にコウメイの肩をしっかりと掴み、元来た道を戻るように押した。
「あのときの恨みを晴らしてやる」
炎の色をした蜥蜴を格子越しに睨むコウメイは、腹の底から絞り出したような苦しげな声で吐き捨てる。マイルズは同じ苦い記憶を保つ彼の背中を、静かに叩いた。
苦い思いを共有しながら戻ると、二人に気づいたシュウが両手を振り回していた。
「おせーぞ二人とも。早く行こーぜ」
菓子箱を荷袋に戻して背負い両手をあけたシュウは、これから全ての罠に引っかかる気満々の様子だ。
アキラは不機嫌を隠そうともしないコウメイではなく、呆れ顔のマイルズにたずねた。
「下見はできましたか? 竜の種類は?」
「ああ、火竜だった。眷属は火蜥蜴だ」
「なるほどねー、だからコーメイがチクチクしてんのかー」
コウメイの機嫌の悪さに納得したアキラとシュウは、密かに視線を交わした。これは荒れる討伐になりそうだ。
火山とは環境も状況も異なるが、厳しい戦いになるだろうとマイルズが言った。
「あれを倒すには物資が必要だ。アキラは冷却……いや、凍結の魔術玉を作れるか?」
「リンウッドさんのレシピでしたら、素材さえ揃えば大丈夫です」
「素材か」
「それならマルホルック村でそろうと思うわよ」
聞き覚えのない名前に振り返ると、ミシェルが転移罠近くの壁に手を掛けていた。
「鉱族の隠れ村の名前ですわ。さあ、急ぎましょう」
彼女の言葉と同時に壁が凹み、入り口があらわれる。
「え、なにこれー?」
「近道よ」
このまますすんでも一本道だが、障害物が多すぎる。楽しみを奪われたシュウは、時間の省略だとほほ笑むミシェルを恨めしげに見るのだった。