表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/363

16 六カ国ギルド長会議/エピローグ



 マリとユウヤを見送った三人は、すぐに深魔の森に引っ込むつもりでいた。

 三ヶ月も寝泊まりした部屋を片付け、いそいそと帰り支度をするコウメイの肩をがっしりと掴んだマイルズは、まだ終わっていないのだぞと威圧の滲む笑みで三人を引き止めた。


「お前たちは俺に面倒を押しつけて帰るつもりか?」

「押しつけるだなんて、そんな」

「なら無責任に放り出すな」

「人聞き悪ぃじゃねぇか。俺らは必要な助言はしただろ」

「それでは足りん。もっと手伝ってもらわねば、いや、お前たちが主導してくれ」

「えー、俺らはギルド職員じゃねーぜ」

「だが当事者だろう?」


 グイグイと引っ張られ、コウメイは居間の席に座らされた。逃げられないようにとマイルズが隣に座り、アキラとシュウも向かいに座らされる。茶でも入れてこようと腰を浮かせたが、肩を掴む手に阻まれた。


「だから情報は提供したし、エルフ族と獣人族にも話つけただろ。会議の草案作りも手伝った。これ以上何させてぇんだよ」


 これ以上は手伝いの範疇を超える、一冒険者の仕事ではなく、ギルド統括者の任務だ。さすがに納得できないと顔をしかめるアキラに、マイルズはここがどこだか覚えているかと問うた。


「深魔の森に最も近い、腕利き冒険者の町ですよね?」

「そう、国内でも最も腕利きの冒険者の町だ――宿屋や飯屋の主人も店員も、雑貨屋一家も行政舎の役人ですら、元冒険者なんだぞ」


 それと自分たちに統括仕事を押しつけるのと何の関係があるのかと、三人が揃って首を傾げた。


「この町はスタンピードにはめっぽう強いが、書類と会議には赤子同然なんだ」

「……赤子とまで言いますか?」

「そこまで酷くねーよな?」

「いや、脳筋の町だしなぁ……」


 アキラは眉根を寄せ、コウメイは心当たりがあるのか苦笑いで天井を仰ぎ見、シュウは「マジかよー」と両手をあげた。


「コウメイに助言をもらって、国内ギルドへの連絡だけはなんとか済ませたが、ウチのギルド長に発表させるのは無理だ、国内ギルドを納得させ、他国のギルドや魔法使いギルドを動かす説得力が求められるのだ。そんな大仕事はハリハルタには荷が重すぎる」


 王都やダッタザートのような、大きな組織ならば慣れた仕事かもしれないが、ハリハルタのように、長が現役冒険者を兼任しているギルドでは、根回しも取引もさっぱりである。


「俺たちにやらせようって言うのかよ? そりゃ筋が違うだろ」

「私たちが……私が提案したら、エルフが押しつけたことになりますよ」

「そりゃ内容は俺らが頼んだモノだけどよー」

「マイルズさんがやればよいのでは?」


 かつては大陸一の冒険者集団を率い、また引退後にケギーテの冒険者ギルド長を務めたマイルズなら、書類も会議も交渉も説得もお手の物だろう。アキラが指摘すると、彼は複雑そうな顔でぼやいた。


「いつまでも老兵が幅を利かせているギルドは健全ではない」


 それは相談役を務めていたころから、何度もギルドに伝えているのだ。しかしスタンピードが起きれば率先して最前線に立ちたがるギルド長や幹部は、経営のできる若手を育てようとしなかった。


「いや、育てられなかったと言うべきだな。冒険者を育てたことはあっても、事務官や政治家を育てた経験がないのだから」


 マイルズが何を言いたいのか察したアキラは、嫌そうに顔を歪めた。


「私だって事務官の経験も政治家の経験もありません」

「だがミシェル殿のもとで魔法使いギルドの運営を学んでいるだろう?」

「冒険者と魔術師は違います」

「ギルドの運営という点では変わらんよ」


 コウメイの肩を掴んだまま、マイルズはぐっと身を乗り出しアキラに顔を近づけた。


「むしろ戦うことしか考えない冒険者ギルドよりも、貴族や商人を相手にさまざまな交渉をしてきた魔法使いギルドでの経験のほうが、考えることのできる人材の育成には必要だ」

「マイルズさんにだってできるでしょう、ケギーテのギルド長をされていたのですから」

「俺もほとんどは秘書任せの運営だったぞ。できるのならばとっくにやっている」


 ハリハルタに骨を埋めると決めたとき、彼なりにギルドに剣以外の戦いができる者を育てようとしたのだ。だが力が及ばなかった結果が今のハリハルタだ。


「深魔の森の端にあるギルドだが、討伐しか考えない組織ではそのうち立ちゆかなくなる。魔物素材や腕っ節を高く売るにも作戦と交渉術が必要だが、それを理解するギルド職員を育てたい……アキラたちが持ち込んだ別大陸(異世界)人の問題は、ハリハルタの脳筋どもの意識を変えるきっかけになっているんだ。あとはそれを巧く育てられる人材が必要だ」

「草案作りと根回しだけじゃなく、人材育成までやれってのかよ」

「俺の寿命もそろそろだ。安らかに階段を昇るためにも、何とか頼めないか?」

「それは……卑怯ですよ、マイルズさん」


 マイルズは七十七歳だ、魔力のない人族の寿命はとうに超えている。残された寿命は片手の指も残っていないかもしれない……それを盾にされては、絶対に断れないではないか。


「すまんな」

「……まさか人材を発掘するところからはじめろとは言いませんよね?」


 渋々のアキラに、何人か使えそうな人材がいるとマイルズが四人の名をあげた。ギルド職員のギャリー、ギルドの契約薬草冒険者のジョン、冒険者のソリュート、元冒険者で屋台商のゲインだ。

 マイルズがあげた四人の名を聞いたコウメイは、納得したように頷いた。


「知っているのか?」

「何ヶ月も町で暮して、ギルドにも頻繁に顔を出してたんだぜ、だいたいわかる」


 コウメイなりの評価を聞かせろとアキラに迫られ、彼は簡素に説明した。


「ギャリーの作るギルドの書類に書き間違いや誤りを見たことがねぇ」


 間違いは注意と確認で減らせる。完璧な書類はそういった基本をしっかり押さえた仕事をしている証拠であり、脳筋の他の職員とは違うとわかる。


「ジョンは勤勉で博識だ、知識欲もある」


 あの少年が立派になったものだと、シュウが顔をほころばせた。アキラも嬉しそうにコウメイの話を聞いている。


「なにより聞き上手だ、脳筋どもの感情的な話を丁寧に最後まで根気強く聞くんだ。あいつをかわいがってる脳筋は多いぞ」


 特に年配の冒険者に受けが良いらしい。


「ソリュートは他所から流れてきた冒険者だが、ちゃんとした学校を卒業してるらしいぜ」


 基礎的な文字と簡単な計算を教える教会の平民学校や、商業ギルドの商算術教室ではなく、一般教養から政治や社会制度を学ぶ行政舎の学舎を卒業している。平民学校すら通ったことのない冒険者も多い中、学舎の卒業資格のある者は貴重だ。


「ゲインは怪我が原因で引退したらしいが、屋台商で成功してるんだ」


 引退冒険者による商いの失敗例は数え切れないほどあるが、ゲインは一度も失敗することなく屋台を繁盛させ、今では引退冒険者を雇って複数屋台を切り盛りしている。その才覚はぜひギルドに引っ張り込みたい。


「四人とも、悪くはねぇ人材だぜ」

「ギルド長会議まで時間がないが、なんとか頼みたい。彼らを次代のハリハルタを率いる者として鍛えてくれ」


 アキラは本人たちにやる気があるのなら、と返事をするしかなかった。


   +++


「じゃ、俺はリンウッドさんの様子を見に帰るからなー」


 書類仕事も悪巧みも自分向きの仕事ではないと言い切ったシュウは、コウメイにたくさんの料理を持たされハリハルタを発った。芋と焼き肉の生活に飽きれば、大皿と弁当箱を抱えてハリハルタに顔を出すことだろう。


 ギルドに通うことになったアキラは、必要最小限の職員としか顔を合わせなくても済む配慮を求めた。特に一般冒険者の目から完全に隠れたかった。


「裏口から出入りできる部屋をお願いします」

「銀の賢者様がいるってわかったら、冒険者どもがロビーに押しかけるぞ」


 討伐そっちのけのむさ苦しい連中が、四六時中ロビーに居座ってもいいのかとコウメイに脅されたデロッシは、頭痛を堪えながら部屋を用意した。馬車小屋の通用口から入ってすぐにある、普段はガラクタ置き場として使っている部屋が大急ぎで片付けられ、別大陸(異世界)人草案及び育成の専用室となった。


 候補にあげた四人に声をかけると、全員が二つ返事だった。

 ゲインは引退後も冒険者に関わる仕事をしたかったのだと言い、ソリュートは知識を活かせるならと乗り気だ。ジョンはコウメイとアキラの仕事の手伝いができると大喜びだった。そして唯一のギルド職員であるギャリーは、こういった機会を待っていたのだと力強く頷いた。その目の奥には燃える野心が見え隠れしている。

 まずはギャリーをリーダーにして、簡単な事務仕事を振り分け様子を見た。その間にコウメイとアキラは、各ギルドから寄せられた別大陸(異世界)人情報への返事を整理する。


「意味わからんぞって返事ばっかだと思ってたが、意外にそうでもねぇんだな」

「具体的な説明を求めたものも多いが、半数以下だ。もしかしたら他所にも過去に似たような事例があったのかもしれないな」


 返信の内容で各ギルドを分類し、脳筋ギルド、交渉の難しそうなギルド、別大陸(異世界)人にかかわりのありそうなギルド、と地図に印を入れてゆく。ウェルシュタント国内に存在する冒険者ギルドはおよそ百十。その八割から報告が届いているのだが、ギルドによってその熱量に大きな差があった。


「ダッタザートは三枚にわたる報告だ。これはヒロだな」

「こっちの町なんかたった一行だぜ」


 コウメイがひらひらと振って見せたのは、田舎町の小さなギルドからの返信だ。確認した、の一言だけの返信に呆れ顔の二人に、ギャリーが事情を説明した。


「それは仕方ないですよ。声を送る魔道具は魔石の消費が大きいですから、財政の苦しいギルドは使いたがらないんです」

「声を送る? ギルドには通信の魔道具があるのですか?」

「ありますよ。声を送る魔道具と、それを文字に書き起こす魔道具です」


 ギャリーによれば、冒険者ギルド設立の三道具というものが存在するらしい。ギルドに所属する冒険者の個体情報を登録する魔道具と、他の町のギルドと声を送り合う魔道具、そして声を文字に書き残す魔道具だ。伝達の魔道具に音を記録する機能がないため、職員が聞き取り書き残すのだが、内容によっては一言一句間違わないように書き取るのが難しい。またいつ連絡が入るかもわからないため、常に人員を配置するのも難しいことから、音を文字に書き記す魔道具を同時に使用しているのだそうだ。


「二つを同時に使用すると魔石の消費が激しいんです。日常業務で使うときは、使用時間帯を決めて、できるだけ短文で終わるように工夫してますね」


 他国で亡くなった冒険者の抹消登録や、身元への問い合わせ、他ギルドでの大金引き出しの保証確認などは、定型の一言二言で変わるように工夫しているらしい。緊急性が無く、確認先が近隣のギルドだった場合は、定期運行の乗合馬車に手紙を託すそうだ。


「なるほど。報告文書が数行のギルドは魔石をケチったのか」

「今回はハリハルタが負担するって知らせてるんですけど、節約が身についてると長くなるのを躊躇っちゃうんですよ」


 今回の経費(魔石)はコウメイとシュウが調達しギルドに納めたため、魔石の在庫に余裕がある。遠慮せず長文を送ってきたのは、使い慣れている大きな街のギルドが多いようだった。


「それでヒロは何だって?」

「ダッタザートにも転移者が出現していたそうだ」


 ハリハルタからの一報が届いた直前に、ダッタザートの門兵が無一文で街に入ろうとした集団を捕らえていたらしい。身分証を持っておらず、言動も奇妙で対処が難しいと相談を受けたヒロが駆けつけてみれば、自分たちが転移したときとよく似た服装の集団がいた。これは慎重に対処せねばと彼らを引き取り、臨時の専任職員を用意して、つい最近まで彼らをギルドが保護していたそうだ。


「どこも似たようなことしてんだな」

「全員人族だったそうだし、それほど苦労はなかったんじゃないか?」


 こちらは年増趣味のヒモエルフにゲーム脳の狼獣人、そして絶滅危惧種(老婆ハーレム)から逃げる羽族とバラエティ豊かすぎた。何故個性が爆発するような連中がそろったのか不思議でならない。

 ヒロは自身の経験から、彼らにギルドの初心者講習ではなく、この世界の一般常識を先に学ばせ、その後に進路相談をしてそれぞれの希望にあう先を紹介したらしい。


「ギルドに転移者がいると対処が早いんだな」

「なるほどな。じゃあこことここ、それとそっちのギルドにも転移者がいるのかもしれねぇぜ」


 コウメイが選んで寄こした報告書は、どれもダッタザート並みに対処が的確で早いギルドからの返信だ。自分たちと同時に転移した者は、そろそろ中年から初老にさしかかるころだ。冒険者として名を上げたり、あるいは事務仕事でギルドに務めていれば、それなりに出世している可能性は高い。


「後手後手に回ってたり、何もできてねぇところは、転移者がいなくてノウハウがねぇか、あるいはハリハルタみてぇな脳筋ギルドのどっちかだろうな」

転移者(味方)が存在するギルドがダッタザートの他にもあるのは心強い。これは案外話を通しやすいかも知れないぞ」


 ヒロだけを味方に、大陸中のギルドを相手に交渉する覚悟だったが、この感触なら三割程は最初からこちら側にカウントできそうだ。味方が懇意にしているギルドに声をかければ、抵抗なく受け入れられる可能性は高い。


「ギルド間の交友関係とか、派閥とか、調べるのは難しいだろうか」

「そういうのはギルド長会議で共有してんじゃねぇのか? 上部組織なんだろ?」

「微妙だな。以前は変更事項の申し合わせ、それに他職ギルドや国との交渉の下準備がほとんどだった。それ以外の発言は、各ギルド長の自慢大会だったぞ」


 アキラはかつてミシェルの秘書として冒険者ギルド長会議を経験したが、失敗事例を共有し備えるといった傾向の話し合いではなかったと記憶している。念のためギャリーに、ギルド職員に他町のギルドと交換研修や、情報交換はしているのかとたずねてみれば、そんなものは無いと言う。


「じゃあ他所のギルドがどんな仕事をしているのか知らねぇのか?」

「基本は同じだと思いますけど?」

「……そうだな、確かに業務は大きくは違わない」

「ギルド独自の運営とか、他所と危機管理の情報共有とかしてねぇのか?」

「知り合いに愚痴られて、そんなことがあるのか、って意識するくらいですかね」


 コウメイとアキラは顔を見合わせ、どうする? と視線でたずねあった。

 基本業務にほとんど差もないし、ギルド長会議なんてものが残っているのだ、かつては冒険者ギルドを統括するような上部組織が存在したのだろう。だがいつのころからか各ギルドが力をつけ、独立性が重んじられるようになった結果、ギルド長会議は自慢大会に変貌し、せっかくの連絡網も必要最低限にしか運用されなくなったのだろう。


「もったいねぇな」

「横のつながりも薄いし、縦のつながりが皆無となると、運営危機に瀕してもどこからも支援を得られないぞ」

「処罰する組織がねぇんじゃ、悪意のあるギルド長や幹部は汚職や不正のし放題じゃねぇか」

「……何か問題が起きたとき、ギルドが潰れかねないぞ」


 それで困るのは底辺にいる貧しい冒険者だ。貧民救済の役割もある冒険者ギルドが破綻や解散する事態だけは避けなければならない。


「まずいとは思うが、俺たちが口を挟む問題じゃねぇしなぁ」

「だが気づいてしまったからには、何もしないわけには……」


 ううむ、と唸っていた二人は密かに話し合い、ギャリーに伝達の魔道具の使用申請を頼んだ。


   +


 三日後に半鐘だけ使用許可を得た二人は、指定時刻に通信魔道具室にこもった。


『ハリハルタギルドの掌握、おめでとうございます』


 ランタンのような形をした伝達魔道具の、小さな蓋を開けた途端に、ヒロの祝辞が聞こえた。


「掌握なんかしてねぇぞ」

『そうですか? ここ最近の様子から、てっきりハリハルタを乗っ取ったのだと思っていたのですが』


 そう思われても不思議でないほど、コウメイたちはハリハルタの職員らを振り回していた。


『そして今度はギルドの上部組織を作れ、ですからね。これが掌握したと言わずして何と言うんです?』


 顔は見えていないのに、ヒロの表情がありありと目に浮かぶ。二人は思わず魔道具から視線を逸らしていた。


「いや、でもな、やべぇギルドが近くに存在したら、ダッタザートだって困るだろ?」

『……そうですね、実際に取り潰したギルドはありましたよ』


 ヒロの声に込められていたのは苦い感情だ。

 コウメイたちが懸念したようなことが、ダッタザートにほど近い田舎町のギルドで起きていたらしい。


『ギルド長は傀儡、副ギルド長と金庫長が共謀して冒険者への支払いを着服、ギルド資産の横領、決算も偽造して脱税とやりたい放題でした。その町では生活ができないとダッタザートに移ってきた冒険者があまりにも多いため、ウチが内偵をすすめて証拠を押さえたんです』

「取り潰したのか?」

『ダッタザートにその権限はありませんよ。周辺のギルド長を集めて協議し、領主様に訴えて許可をもらい、解散か職員総入れ替えかを選ばせました……その町の領主はダッタザート辺境伯の寄子ですからどうにかなりましたが、そうでなければ難しかったでしょうね』


 ダッタザートのギルドはその件で危機感を感じたそうだ。町は違えども同じ冒険者ギルドだ、一つが不正や悪行を行えば、他町のギルドも同じように思われかねない。


『冒険者ギルド同士で監視し合う仕組みか、何かしらの罰則を取り決める必要があると、ギルド長会議に向けて提案しようと準備していたところでした』


 そこに転移者の情報が飛び込んできて、実際に六人の高校生を保護したヒロは、この数ヶ月間本当に忙しかったらしい。魔道具から聞こえてくる声に疲労が滲んでいた。


「なんだ、俺らは余計なお節介しちまったのか?」

『いいえ、ウチだけが懸念を抱えているのではないとわかって助かりました。ギルド内の慎重派を動かせますし、少し案を練り直して堂々と提案できそうです。ハリハルタにはギルド長会議の場で賛同いただければ助かります』


 この件はダッタザートがやるので、ハリハルタは転移者問題に専念してくれ、とヒロが言う。力も影響力もあるギルドが担ってくれるならそれに越したことはない、コウメイは喜んで手を引くと返した。


『助かります。ダッタザートもハリハルタの提出案に全面的に賛成します』


 ヒロの声がしんみりと低く響いた。


『ハリハルタから連絡があるまで、俺たちの後に転移事故が起きるなんて想像もしていなかったんです』

「俺らもだぜ。まさか同じことが、ってな」

「……自分たちが最後だと、なんの根拠もなく思っていたのは確かだ」

『ええ、だから新たに転移してくる誰かのことなんて考えてこなかった……俺たちの経験を何にも活かしてこなかった。それが悔しいんですよ』


 アキラの調べで、過去に何度も異世界人が放り出されてきたとわかった。ならばこれから先も、いつか誰かがまた放り込まれる可能性は高い。その誰かが理不尽や死を押しつけられないように、何かしらの手立てを打っておくのは、この世界で生き伸びた自分たちの役割だ。魔道具から聞こえてきたヒロの声は、強い信念がこもっていた。

 顔を見合わせたコウメイとアキラは、すっかり立派になったヒロの力強い声に感心する。同時に我を張っていた自分たちを恥ずかしく感じた。


『サツキやコズエも同じように言っていました。異世界でする苦労の一つか二つでも軽減できればいい、と』


 そのためにコウメイたちが動いているのなら、自分にできる協力は惜しまないと言い、ジョイスにも働きかけていたそうだ。


『両方の案を通すためにも、できればアキラさんには、特別な形でぜひ口添えいただきたいのですが』

「特別とは?」

『深魔の森の銀の賢者の存在は、お二人が思っている以上に広く知れ渡っているんですよ』

「あー、つまり、銀の賢者様が賛成してるって、全員の前で表明しろってコトだな?」

『話が早くて助かります』


 コウメイが「どうする?」と面白がるような視線でアキラに問う。


「……ヒロ、こちらは記録の魔道具を起動させていないのだが、そちらはどうだ?」

『こちらも通信だけです』


 ハリハルタ側も文字に書き記す魔道具は起動させていない。それを確かめたアキラは、大きく深呼吸をした。


「俺は銀の賢者ではなく、エルフとしてギルド長会議に立ち会おうと思っている」

「アキ!?」

『……いいんですか?』


 ヒロの声は低く案じていた。

 隣のコウメイが「正気か?」と渋面で見据えている。

 アキラは小さく頷き返し、ゆっくりと話しはじめた。


「正直言って、冒険者ギルドが短期間にまとまるのは難しいと思う」


 銀の賢者が影響力を持つのは、ハリハルタに近いギルドが中心だ。おそらくウェルシュタント国外のギルドでは、何をどう発言しても説得力は与えられない。

 だが。


「どこのギルドも人族の転移者保護の策に反対はしないと思う。だがエルフや獣人がその対象となると、意見は割れると思うんだが、どうだ?」

『かもしれません……』


 ヒロの声が深いため息でかすれていた。


『存在に馴染みがないだけでなく、魔法使いギルドを潰せるエルフの力や、たった一人で魔物の群れを殲滅する獣人の力は恐れられています。そんな存在を特別扱いするべきか、と考える者が大多数だと思います』

「転移者のエルフや獣人にそんな力はない。だがそれを周知させるのは諸刃だ。転移者に危険が及ぶ。だが隠したままでは、反対するギルドの説得には時間がかかる。だがこの件に関しては時間をかけたら失敗すると思うんだ」


 アキラの懸念に、コウメイが大きく頷いた。


「前回が三十七年前の俺たち、それより前にも転移者がいたのに、こっちの人々にはほとんど知られてねぇ。何年もかけて説得してる間に、そんなことがあったって事実も忘れられかねねぇな」

『忘れられていますよ、いえ、記録にすら残っていません。何十年も前の日誌に、ぽつりぽつりとですが、病気か怪我でおかしくなったと思われる者を保護した、という記録があるくらいです』


 ヒロはそれが転移者だったのではないかと考えていた。存在の気配は残っている、けれどその者が保護されたのか、どんな生涯をおくったのか、いっさい記録されていない。


「だから今のうちに、多少強引にでも認知させ、ギルドの規約か法規に明文化し残しておくべきだと思う。それにはエルフが睨みを利かせているぞと示しておいたほうが、転移者の安全は守られるし、確実に実行されると思うんだ」


 転移エルフや獣人を同族と認めはしないが、見捨てるわけではないと示しておきたい。そのためにアキラは、ギルド長会議でエルフとしての姿を晒すと決めた。


『それは効果的だとは思いますが……アキラさんがエルフ族に恨みを買うのではありませんか?』

「エルフとして発言すれば危ないだろうな。だがハリハルタが提案するときに、後ろで黙って立っているだけなら、言い訳は可能だ」

『ちゃんと打ち合わせできてるんですか? ほんとうに……いいんですか?』


 アキラの返事を聞き流して、ヒロが念を押すようにたずねた。


「……できてねぇけど、譲らねぇだろうな」


 コウメイの仏頂面は見えていないはずなのに、ヒロが苦笑いをこぼしたような気配がした。


『わかりました。ではこちらも、そのつもりで準備しておきます』

「準備?」

『銀の賢者さまを招喚するのですから、後々に困らないよう、変装の用意を考えていたんです』

「変装か、そりゃいいな」

「待て、なんで変装なんて」

『普段のアキラさんのままではさすがにマズイでしょう? 平穏に暮らせなくなりますよ。もともと無理をお願いするのですから、色彩以外は別人に見えるような変装を考えていたんです。賢者からエルフに変更するだけですから、大丈夫です』

「助かるぜ、任せたヒロ」

『はい、期待しててください。コズエも張り切っていますから』

「待ってくれ、なんでコズエちゃんが張り切るんだ?」


 アキラは嫌な予感がすると頬を引きつらせる。


『決まってるじゃないですか、アキラさんを着飾らせる衣装作りですよ』


 別人に見えれば良いだけであって、着飾る必要はない。そう反論する言葉が声になる前に、伝達の魔道具からヒロの声が続いた。


『ギルド長会議に、エルフとして威圧をかけるために出席するんですよね? 最も効果的に、決して逆らわないよう服従させる必要があるんでしょう? アキラさんを最高に美しく飾り立てて、圧倒させて掌握したほうが確実ですよね?』

「……っ」


 絶句したアキラは息を詰まらせ苦しそうに咽せた。

 コウメイは笑いを堪えているのを悟られないように顔を背ける。コズエの衣装に絶対の信頼を置いている彼は「楽しみだ」と呟いて銀の瞳に睨まれた。


「あー、そういや次のギルド長会議はどこで開かれるんだっけ?」

『リアグレンです』


 農業ギルドや気まぐれに市場に店を出す彼らには馴染みの街だ。


『俺はその後の六カ国ギルド長会議のほうが気になりますね』

「他国のギルドも定期的な集まりはあるんだろう?」

『あります。ただオルステインは王家が主導した形の開催ですし、ヘル・ヘルタントは魔法使いギルドが他職ギルドを管理している面もあるそうで。集まったとしても同意を得られるかは微妙です』


 三十六年前にもニーベルメアに放り出された者が何人もいたし、ユウヤの銀板でも印は大陸全土に散らばっていたのだ、国内だけでは不十分だし、強引な力技が必要とされるのも納得だ。


「こりゃ気合い入れてたらし込まねぇとな」

「違うだろ、何か違うんじゃないか?」

『違いませんよ。もちろん草案の出来が良くなければ、いくらエルフに睨まれても合意しないでしょう。お二人なら脳筋も守銭奴も高慢も唸らせる案を作ると信じていますよ』

「脳筋と守銭奴と高慢なのを黙らせる柵を作っとけってコトだな」

「情報はありがたいが、やっぱり違うと思うんだが……」

『そろそろ時間ですね。リアグレンで会いましょう』

「ああ、またな」

「サツキによろしくと……コズエちゃんには手加減を頼むと伝えてくれ」


 小さな含み笑いが聞こえた直後、プツリと魔道具が停止した。


   +++


 ハリハルタギルド長の演説特訓は、二回目にして当人が深魔の森に逃亡したため中止となった。ギャリーかジョンに代演させようかとも考えたが、ずしりと重いたたずまいや説得力はマイルズが圧倒的に上だ。


「お願いします、マイルズどの! 俺の代理を、なにとぞ!!」

「お前はいい加減に責任者としての自覚を持て」


 情けない声ですがりつくギルド長をマイルズは叱りつける。武勇では名の知れた五十に手の届くおっさんの威厳は、老英雄の足下にも及ばない。


「やっぱマイルズさんじゃなきゃ無理じゃねぇの?」

「しかしな……」


 コウメイもアキラも自分を推すが、どう考えても老兵が出しゃばるのは良くないとマイルズは渋い顔だ。


「わかった、挨拶は俺がする。だが説明はギャリー、お前がやるんだ」

「わ、私ですかぁ!?」

「ハリハルタが提案するんだぞ、現役が立たんでどうする」


 これでいいか、と振り返ったマイルズは、コウメイとアキラの耳元で「対価をもらうぞ」と囁いた。


「対価?」

「おいくらですか?」


 マイルズには世話になっているし、今回も無理を押しつけた。費用を負担せよと言われればいくらでも払う用意はある。そう答える二人に、彼は首を振って笑うばかりで、具体的な対価を明言しなかった。


「全財産を巻き上げるつもりかよ」

「金で払えるものなら簡単だぞ。それ以外だとすると……」


 不安げに顔を寄せ合う二人に、マイルズは不敵な笑みを見せるのだった。


   +++


 十一月に予定されていたギルド長会議は、根回しの都合もあり一月にずれ込んで開催された。

 リアグレンでの冒険者ギルド長会議は大荒れだった。

 彼らを慌てさせたのは、大きな改革に関する二つの議題だけでなく、獣耳と尻尾を見せつける体格の良い男と、煌々とした輝きを放つ美貌のエルフの存在だ。しかも二人を伴って草案を提出したのが、英雄と尊敬される老冒険者なのだ。反対を口にできる者はいない。

 五日間の会議のほとんどを使って二つの改革案が議論され、他国に先駆けて別大陸(異世界)人保護制度と、不正ギルドを律する組織の設立が決定された。


 その二ヶ月後にサンステン国で開かれた六カ国ギルド長会議でも、やはりエルフと狼獣人の存在が後押しになり、正式導入、あるいは努力目標として周知すると決定した。

 全ての仕事を終えて彼らが深魔の森に戻ったのは、魔力震を感じてからすでに一年以上も過ぎていた。



◆ あとがき


これにて14章「深魔の森の迷い人」は完結です。

最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。


魔王は倒さないし世界も救わないシリーズですが、さすがに彼らも見て見ぬふりはできなかったらしく、後に異世界人保護制度と言われるものの基礎を固めるに至ったご長寿の話になりました。

他の異世界転移モノにある「当たり前のように保護or優遇される」ようになるに至った出来事っぽいものを書いてみたかったのです。

楽しんでいただけたのなら嬉しいです。


次は15章の予定でしたが、プロットを書いている間にどうしても挟みたいエピソードができたので、幕間4として短めの連載をする予定です。


詳細が決まりましたらSNSや活動報告にてお知らせしますので、よろしくお願いします。


【宣伝】ご長寿の前作を大幅改稿し「無特典で異世界転移させられた彼らの物語」として電子書籍で発売中です。

Kindleをはじめ、BookLive!、BOOK☆WALKER、honto、楽天kobo、DMMといった各電子書籍サイトにて、著者名「高槻ハル」で検索ください。

全編大改稿+書きおろしもあります。

Kindleでは順次Unlimited対象になりますので、会員の方は無料で読んでいただけます。

連載再開までこちらを読んでいただけると嬉しいです。


電子書籍リンク集 https://kisaraya.hatenablog.com/entry/2024/10/03/214434

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
他国絡みの大規模会議って余程の事がなければ王家の監視なりありそうですし よく銀の賢者様監視の目潜ってあちこち出向けましたね… 思いの外ギルドは権力にヨワヨワですし、今回の事で多少横の繋がりも生まれたか…
5人組時代からの伏線がまさかここで回収されるとは凄い エルとマリ達で新たな3人組になってほしいですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ