15 寂しがり屋のエネルスティ
前話より少し前のハリハルタです。
ハリハルタの冒険者ギルドは、エルフと狼獣人がやってきたときと同じか、それ以上の緊張感と警戒に支配されていた。
「て……手配書の、戦馬!?」
「なんで今ごろ!」
町門からの知らせを聞いて、ギルド職員が町兵とともに駆けつけると、赤錆色の髪をした青年が門兵と言い争っていた。
「だから、これは俺の馬なんだって。ヘル・ヘルタントの軍馬じゃないんだ」
「鋼の体を持つ馬なんて、魔武具としか考えられんだろう。大人しく引き渡せ」
「魔武具だけど手配書のじゃないんだってば。なんでわからないんだよっ」
「すまないが、ちょっといいかね」
手綱を奪い合う赤錆髪と門兵の間に老ギルド職員が割り込んだ。
「騒がせて申し訳ない。まずはギルドがコイツと馬を預かる。手配の魔武具かどうかはこちらで検証したのち報告するが、いいかね?」
ギルドの老相談役は町の重鎮だ。憲兵や行政舎にも顔が利く。それに鋼の軍馬の手配も十数年前に冒険者ギルドからもたらされたものだ、どうせギルドに引き渡す予定なのだからと門兵から文句は出なかった。
赤錆髪は抵抗することなく、老相談役が差し出した手に手綱を渡した。入町の審査を終わらせ、先を行く老相談役を走って追いかける。
「デロッシだよな? まだ生きてたのか、元気そうで何よりだぜ」
「……副団長が元気なんですぜ、若い俺がくたばるわけにはゆかないでしょう。エルネスティ団長はあいかわらずで……まったく、なんで戦軍馬なんて連れてるんだよ」
ここ最近の頭痛の種をようやく処理し終えたばかりだというのに、新たな頭痛の種が舞い込んできたのだ、デロッシは掌を眉間に強く押し当てた。
「アマイモ四号は拾ったんだ。マイルズが生きてるなら、呼び出しは結婚披露か?」
やっと嫁を口説き落としたのかと嬉しそうなエルネスティに、デロッシは苦笑いを返す。
「残念ながら、危篤でもないし嫁でもない。ああ、もしかしたら団長の嫁候補って可能性はあるのかもな」
「うん? 誰の嫁だって?」
「いや何でもねぇ。とりあえずなんとか四号はギルドで預かる」
「アマイモ四号だ」
「……副団長の家は市場を通り抜けた先の道を左手に折れて、赤い屋根の家のところで右に折れて三件目だ」
あいかわらずの珍妙な命名趣味にこれ以上突っ込むまいと、デロッシは赤鉄の双璧解散以来の隊長の背を押した。
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十数年ぶりの再会は混沌と化していた。
「あー、なんとかステイ!」
「エルネスティだ! なんで狼がここに居るんだよ?」
「うるせぇ、近所迷惑な大声出すんじゃねぇ」
台所から顔を出したコウメイが、玄関先で騒ぐシュウとエルネスティを叱りつけた。騒ぎを聞きつけて廊下に出たアキラとマイルズは、飛び込んできた騒ぎと互いを見比べ、困惑顔で問いかける。
「知り合いだったのか?」
「マイルズさんこそ、まさか彼が……?」
呟きを聞き取った赤錆髪の半エルフは、彼らを見て嬉しそうに笑う。
「眼帯とエルフもか……よお、マイルズ、久しぶりだな」
「ああ、変わらんな」
「ふん、それで嫁はどこだ? え、まさかこの銀色が嫁なのか?」
詰め寄って顔を近づけるエルネスティを押しのけた。
「違います」
「違うっ」
「違う、よなー?」
「……勘弁してくれ」
狭い玄関先でぎゅうぎゅうになっていた彼らは、訪ねてきたエルネスティの勢いに押されてそのまま居間へと雪崩れ込んだ。
「あの紙は、嫁をもらうか死に際に使えって渡したはずだよな?」
マイルズの真正面の席に座ったエルネスティは、腕組みをして顔をしかめた。息子か孫にしか見えない若造に叱られて、マイルズは背中を縮めた。
「悪かったよ爺さん。ただ、爺さんにしか頼めないことが起きたから」
「爺さん? え?」
赤錆の髪のほとんどが白髪に変わった老人と、濃い赤錆色の髪の青年の間を、複数の視線が行き交う。
「ああ、そうか。半エルフだっけ……って、マイルズさんの?」
「えー、おっさんエルフの血族だったのかよー?」
「いやエルフではないが、血縁はあるというか」
「ジジイになったマイルズに爺さんなんて呼ばれたくないぜ」
「……すみません、一度整理しませんか?」
混沌に拍車がかかり収集がつかなくなってきた。このままでは話がすすまない。アキラが割って入り、コウメイがコレ豆茶のカップを配る。全員無言でコレ豆茶に口をつけて一息ついてから、アキラが聞き出す形でようやく情報整理を終えた。
エルネスティの父親の兄弟の子孫がマイルズであると知り、その髪色を見て納得した。今では大半が白髪に変わっているが、はじめて会ったころのマイルズの頭髪は、確かにエルネスティと同じ赤錆色だった。
「だから赤鉄の双璧か」
「納得だわー」
「どうりでエルフを珍しがらねぇはずだ」
エルフよりも数の少ない半エルフとともに冒険者グループを率いていたのだ、対処方法も隠し方も熟知していて当然だ。
「三人がマイルズの知り合いだとは思わなかったなあ。大陸は狭いぜ」
「俺もまさか爺さんがアキラと面識があったとは思わなかったぞ。しかもオルステインでとは……もしかしなくても、魔武具二体の手配のころか?」
「ええ、まあ」
じろりと目を向けられ、アキラはさりげなく顔を逸らした。
エルネスティはあの川縁で見失ったアマイモ三号を思い出していた。アキラたちなら何か知っているかもしれない。行方不明の愛馬の行方をたずねたいが、それよりも差し迫っているのは先ほど奪われたばかりの愛馬だ。
「取り戻すの手伝ってくれよマイルズ。俺のアマイモ四号が、手配されてる戦軍馬かもしれねえって理由で、デロッシに持ってかれちまったんだ」
「アマイモ」
「四号?!」
「……あれは、爺さんの名付けだったのか」
コウメイが薄笑いを浮かべ、シュウがぽかんと口を開き、マイルズは何故今まで気づかなかったのかと苦笑を漏らす。そしてアキラが頭を抱えた。
「増えた……」
見失ったのなら諦めてしまえばよかったのに、この半エルフはわざわざヘル・ヘルタントの戦場跡地まで足を運び、回収される前の戦軍馬を保護したのだそうだ。
「保護じゃねぇよな?」
「戦後処理のどさくさで掠め取ったんですね」
自由奔放に旅するエルネスティは滅多に街道を使わないし、町にも立ち寄らなかったため、これまで誰にも戦軍馬を見とがめられなかったらしい。
マイルズに呼び出されたせいで奪われたのだから、責任を取ってアマイモ四号を取り返せとエルネスティは詰め寄った。
「デロッシならお前の命令を素直に聞くだろ、頼むぞ」
「あまりギルドに無理を押しつけたくはないんだが」
「じゃあ強奪しにいく」
「するな! わかった、なんとか話をつけるから大人しくしててくれ」
流れるように無理難題が通るのを目の当たりにして、三人は妙な納得と呆れをコレ豆茶とともに飲み込んだ。
「押し通すほうもなだめるほうも慣れてんなぁ」
「こーいうのを、あうんの呼吸っていうんだろ?」
「いや、ちょっと違うんじゃないかな……」
ともかく二人が赤鉄の双璧を率いていたツートップなのは間違いないようだ。
コレ豆茶のお代わりと、シュウが要求する茶菓子をとりにコウメイが席を立つ。
エルネスティは室内を見回し、アキラたちやマイルズの顔をじっと見て問うた。
「それで、死に際でもないし、嫁をもらったのでもないなら、何の用で呼び出したんだよ?」
「私たちがお願いしたのです」
アキラはマイルズに頼んだのは自分だと言い、寄る辺ないエルフと獣人族の事情を説明した。二人が人族に紛れて生きられるように、しばらく力を貸して欲しいと頼んだ。
「一族と認めてもらえないエルフは、人族の領域で生きるしかありませんし、羽族は絶滅に瀕しているせいで、彼が尊厳を守るためにやはり人族の中で隠れて暮すしかないのです」
「ふうん。俺はエルフの一族になんて認められないほうがいいと思うけどな」
「爺さんならそう言うと思ったから、彼女を紹介したいと思ったんだ」
「おう、マイルズ。俺に嫁を紹介する余裕があるなら、自分の嫁を早く見つけろ」
「嫁じゃありませんからね! エルネスティさん、マリはあなたの嫁ではありませんよ!!」
「また会話がカオスになってきた……」
冗談に受け取れなかったアキラがエルネスティの襟首を掴んで揺さぶろうとするのを、コウメイが糖衣の豆菓子で遮った。
茶化すことでやんわりと断わろうとするエルネスティに受け入れさせるべく、アキラが再び口を開く。だが寸前でマイルズの強い視線が止めた。説得は自分がやる、そう目が語っている。
まるで戦いに挑むかのようなマイルズの様子に、三人は気配を消した。
気がすすまないとでもいうように、顎を手で支え豆菓子を口に放り込むエルネスティを、マイルズは静かに熱の籠もった目で見つめる。
「引き受けてくれないか爺さん。俺はな、あんたの寿命に付き合える友人を作ってやりたいんだよ」
「……俺はエルフ族に近づきたくないって、ずっと言い続けてるだろ」
「ああ、嫌というほど聞いたな。だがな、彼女は爺さんの嫌ってるエルフ族とは違うぞ。心的な傾向は人族や爺さんに近いだろう。魔法も使えないというし、一族からはじき出された者同士、縁をつないでおくのも悪くないと思うんだ」
テーブルの中央に置かれた皿にマイルズの手も伸びた。つまんだ豆菓子を指先でもてあそびながら、彼はやりきれない思いを吐き出す。
人懐っこくて陽気で後先考えずに突っ走るエルネスティは、旅暮らしと仲間を率いての集団討伐を楽しんでいた。そしてマイルズが年齢を理由に双璧を抜けると言ったとき、エルネスティは団の解散を決めてしまった。
「俺はな、爺さんが新たなパーティーを作るだろうと思っていたんだ」
しかし彼は単独での大陸放浪を選んだ。たった一枚の魔紙を餞別に別れたとき、マイルズは思い違いをしていたと気づいた。四十年近くを共に戦ってきた相棒は、別れと孤独を恐れる臆病者なのだ。
別れた後で気づいた彼は、ずっと後悔を抱えてきた。アキラが連れてきた別大陸《異世界》のエルフの存在が、エネスティの孤独を少しでも和らげられるのではと思い、約束を破って魔紙を使ったのだ。
「俺の遺言だと思って、力を貸してくれないか」
「明日にでも死にそうな言い方するな」
「死ぬつもりはないぞ、優秀な主治医のおかけで病気知らずだ。だがな、俺ももう七十七だ、魔力なしにしては長く生き過ぎている。今のままじゃ俺の寿命が尽きても、寂しがり屋の爺さんが心配で階段をのぼれないんだ」
「その言い方は卑怯だ」
「卑怯で結構、かわいい孫の頼みを聞いてくれないか?」
「……孫じゃないし、ゴツくてデカくてかわいくもないだろ」
むすっとして顔を背けたエルネスティのボヤキに、コウメイとシュウから堪えきれない笑いが漏れていた。それを肘で小突きながら咎めるアキラも心なしか表情が楽しげだ。
「同じ時間を生きられる友人は必要だろう?」
「ハギモリ……じゃなかった、アキラがいるし」
「すみません、友人になった覚えがないのですが」
「一緒にギナエルマの城をぶっ壊した仲だろ、冷たくないか?」
「ぶっ壊したのは俺とアキだぜ。アンタは戦軍馬にすがりついてただけじゃねぇか」
「追いかけてきて、俺の焼き魚奪って食ってたしー」
「……爺さん、この三人に割り込むのは無理だぞ」
苦笑いのマイルズに、エルネスティは悔しそうに唇を尖らせた。
人族の領域で生きる銀髪のエルフには、人族と狼族の二人がいる。三人と知り合いにはなれたが、仲間になれないのはわかりきっていた。エルネスティは拗ねたような口調で悪あがきの一言を呟いた。
「ったく、俺のとっておきの一枚だったのに、こんなことに使いやがって」
「危篤の知らせよりずっといい使い方だと思うがな」
「嫁もらったとか、子が生まれたとか、孫ができたとか、そういうのを期待してたんだよ俺は!」
マイルズが残す子孫を陰ながら見守ろうと、そんなことを思っていたのだ。しかし期待外れの呼び出しであっても、たった一人の相棒であり唯一残された身内の頼みをエルネスティには断れるはずがない。
「引き受けるかどうかはそいつに会ってから決める、それでいいな?」
吐き捨てるように言ったエルネスティは、むすっとしたまま豆菓子を鷲掴みにして口に放り込んだ。
無心で豆菓子を噛んでいた彼だが、すぐに眉間の皺がゆるんで目尻が弾んだ。どうやら糖衣の豆菓子が気に入ったらしい。エルネスティを懐柔する策として、コウメイは大量の炒り豆に糖衣を着せ、マリとユウヤに持たせると決めた。
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サガストでマリとユウヤと面談した彼は、すぐに二人が気に入ったようだ。旅の準備をすると言ってハリハルタに戻り、中古の幌付き荷馬車を買った。そしてアマイモ四号の返却を待つ。
幌馬車をアマイモ四号に引かせて旅をすると聞き、マイルズがアマイモ三号の表皮一式を譲ってくれとホウレンソウに頭を下げた。
「皮だけではなく中身も返却しますよ」
「農耕馬がいなくなるのは惜しいが、カカシタロウがいるしな」
「えー、でもよー、箱馬車どーすんだ? あれアマイモ三号じゃねーとキツイぜ?」
普通の馬なら数頭は必要だ。馬を飼うのかと問うシュウに、コウメイとアキラは無言で意味深な笑みを向けていた。
ともかく呼んで押し返そうとしたのだが、アキラの思惑通りにはならなかった。
「アマイモサンゴォぉ――っ」
主人に呼び出されて駆けつけたアマイモ三号は、奇声をあげて飛びついてくる半エルフを後ろ足で容赦なく蹴り飛ばしていた。
「涙なしでは見てられない再会シーンだな」
「哀れだなぁ」
「あいつすげーな、ゴブリンを即死させる蹴り受けて平然としてるぜー」
「元気だったか、アマイモ三号!」
パッカーン、と。
めげずにすがりついたエルネスティは、今度は前足で張り倒された。再会を喜んでいるのは彼だけのようだ。アキラの隣に、まるで守護獣であるかのように立つアマイモ三号を、エルネスティは「立派になって……」と涙を浮かべて見ている。
「ほら、お前のご主人様のところに帰るんだぞー」
「動けよ。くそ、踏ん張りやがって、重い」
「だからエルネスティについて行けと言うのにっ」
アキラの上着をしっかり噛んで離さないアマイモ三号は、押しても引いても微動だにしない。全身で嫌だと訴えるアマイモ三号に、エルネスティは切なげにため息をついた。
「毛皮までもらって、アマイモ三号はかわいがられてるんだな」
「必要に迫られて致し方なく用意しただけで、かわいがっているわけではありません」
「お前は俺といるよりアキラのところにいるほうが幸せなんだな」
「名付け親の元に帰ったほうが幸せだと思うぞ」
「新しいご主人にかわいがってもらえよ、元気でな、アマイモ三号」
「こだわっていたにしては諦めが良すぎませんかね?」
「アマイモ三号の意思を無視はできないだろ」
エルネスティは別れを惜しんで元愛馬の首を名残惜しげに撫でた。
「なー、四号の前足が穴掘ってんだけど。もしかして嫉妬してんのか?」
シュウの声で振り返ると、踏み固められた地面に大きな穴が開いていた。そこは冒険者ギルドの前にある生活道で、出入りの冒険者や素材運搬馬車によって踏み固められており、簡単に穴を掘れるような軟弱な道ではない。
「ごめんなアマイモ三号。お前がいなくて寂しくて……お前は三人にかわいがられてて安心したよ。幸せにな」
かつての愛馬に別れを告げたエルネスティは、くるりと現愛馬を振り返って甘く囁く。
「拗ねるなよ、なあ? 俺にはアマイモ四号しかいないんだぜ、な?」
首と背中を撫でられて機嫌を直したアマイモ四号は、甘えるようにエルネスティに顔をこすりつけている。
「うわー、馬タラシだー」
「あっさり籠絡されたな」
「人族嫌いがこじれて人外愛が強いのはわかるが、せめて生馬にしとけよな」
アマイモ三号返却は失敗に終わった。仕方がないので皮服を脱がせ、アマイモ四号に着せてやる。
「ああ、凄いな。普通の馬に見える。かっこいいぞアマイモ四号!!」
どうだ、と見せつけるように前足が再び穴を掘る。埋め直さねば通行人が怪我をしそうだ。アマイモ四号を引き渡したデロッシが、それを渋い表情で眺めていた。
馬車と馬の用意が整うと、彼らはすぐにサガストに戻った。
+++
旅支度を調えて待っていたマリとユウヤは、エルネスティを見てほっとした表情を見せた。旅の準備を口実にエルネスティがサガストを離れた後、もう戻ってこないかもしれないと不安だったようだ。
「よし、行くぞ」
「はいっ」
「みなさん、お世話になりました」
幌馬車の荷台から身を乗り出す二人は、弾けるような笑顔だ。
「元気でな」
「たまには帰ってこいよ」
マユとレオンは我が子が独り立ちしたときのことを思い出したようで、笑顔が少し寂しそうだ。
「これ、道中で食ってくれ」
コウメイ達は祝いとして小樽いっぱいの豆菓子を贈呈し、旅の安全を祈って三人の旅立ちを見送った。