14 再会と旅立ち
「お帰りなさい」
二ヶ月ぶりにサガストを訪れたアキラたちは、ハキハキとしたマリに迎えられた。彼女は耳当て付きの帽子をかぶり、エルフの特徴を隠しているが、その態度や表情は自然体だ。
「店番ですか? マユさんは?」
「旦那さんと一緒に薬草採取です」
マリとユウヤが店番をするようになってからというもの、マユは頻繁に夫と森に出かけている。
「ラブラブかよー」
「そうなんです。私たちが邪魔してるみたいで申し訳ない感じなんですよね」
「夫婦円満で何よりだな」
アキラとシュウに続いて店内に入ってきたコウメイを見て、かすかにマリの表情が強張った。だがすぐに接客の笑顔で「こんにちは」と元気な声で迎え入れる。
コウメイは苦笑いで小さく手を振った。
「覚えていないかもしれないが、彼は俺たちの仲間だ」
「ゴブリンに襲われてたとき助けに入ったもう一人だよ、コーメイってんだけど」
「覚えてます。あのとき薬草も教えてもらいましたよね。ありがとうございました」
あれっきりだったのだ、何ヶ月も一緒に生活したアキラやシュウと違い、コウメイに向ける表情や声色が堅くなるのは仕方がないだろう。
「町の生活には慣れたか?」
「はい。じろじろ見られるのも、だいぶ気にならなくなりました」
「ユウヤはどちらに?」
「中庭で薬草の手入れしてますよ。あそこだとマントを外せて涼しいから」
日陰で育つ薬草のために、日差しを遮る屋根と壁で囲まれた中庭は、ユウヤにとって最も居心地の良い場所らしい。
カラン、とベルの音とともに扉が開いて、中年女性が顔をのぞかせた。マリは笑顔で女性と視線を合わせ、自信に満ちた声で客に話しかける。
「こんにちは。お薬ですか?」
「ああ、ええと、ね」
顔色の悪い女性は三人を気にしてか求める薬の名を言いにくそうだ。アキラたちはマユが帰宅するころにまた来ると言い残して店を出た。
+
彼らが再び店に顔を出したのは閉店時間の少し前だった。ちょうど看板を下げようとしているユウヤを見つけ声をかける。
「元気そうですね。町の暮らしはいかがですか?」
「アキラさん、シュウさんも。それにコウメイさんでしたよね」
「おう、久しぶりだな。傷は塞がったか?」
「はい、あの薬草凄かったです」
再会がよほど嬉しかったのか、ユウヤの声は明るく弾んでいた。看板を室内にしまい込み、三人のために扉を大きく開く。
「中へどうぞ。マユ先生も戻ってますよ」
「へー、先生なんて呼んでるんだ?」
「薬草だけじゃなくて、調合も教わってるんです」
ユウヤには魔力がないため錬金薬は作れない。だが一般薬作りは可能だと知り、マユに基本を教わっているのだそうだ。
「マリもか?」
「僕だけです。マリさんは売る専門かな。先生にすすめられてたけど、気持ち悪いからって止めちゃったんです」
魔力さえ操れるようになれば便利だと聞き、マユに色々と教わりはじためマリだが、自分の中に魔力の存在を感知した途端、不気味さと嫌悪感が湧いて耐えられなかったそうだ。
「そーなの?」
「俺はねぇな。アキはどうだった?」
「少し。だがすぐに慣れた」
不快感があったなんて初耳だと驚いたコウメイだ。人族とエルフ族では魔力量だけでなく、質や感覚にも違いがあるのかもしれない。
三人が店の奥に顔を見せると、採取してきた薬草を処理していたマユが顔を上げた。護衛がいると採取に専念できるせいか、採りすぎた大量の薬草が作業台からこぼれ落ちそうになっている。店じまいをしたユウヤが処理の手伝いに入った。マリは店内や器具の清掃に専念している。
泊まっていってくれというマユに、宿を取ったからと断わったアキラは、マリとユウヤを食事に誘った。店の手伝いが終われば家の手伝いがあるとためらう二人に、マユが「ゆっくりしてきていいのよ」と背中を押して送り出した。
アキラは二人を連れて料理店に入った。酒を出さないその店は客層が良く、店内の雰囲気も良い。はじめて外食するらしい二人は、おっかなびっくりに見回して、小さく隠れるように席に座った。
紫ギネソースのかかった角ウサギ肉に豆のスープと酢漬け野菜、パン二切れが添えられた定食がテーブルに並ぶ。料理を食べながら三人は町暮らしの様子をたずねた。
「市場はいいですよね。生活必需品を買うだけでも凄く楽しい」
「僕は買い物苦手かな。荷物背負えないし、じろじろ見られるし」
「それはあるかな。私もこの帽子を買うまではフードだったから、町の人の視線が刺々しかったし」
「今は慣れたんだ?」
「はじめての場所とかは緊張するけど、森を出たばかりのころよりは平気になったと思う」
「言葉が通じるし、文字も読めるのは助かってるかな」
「ギルドで身分証を作ったんだろう? 何か仕事を引き受けたりはしていないのか?」
「私は町中の配達をやってます。他にはユウヤと一緒に採取出て。そうだ、新しい武器を買ったんですよ」
森では弓矢を選んで練習していたマリだが、町暮らしと依頼仕事をこなすうちに、自分のスタイルは弓矢ではないと気づいたらしい。
「弓を選んだのは、ゲームで使ってた武器だったからなんですけど、実際に使ってみると違うって思って」
「凄いんですよマリさん。槍でバッサバッサって魔獣を追い払うんです」
「棒を振り回すほうが性に合ってるってわかったので、私が見張りでユウヤ君が採取担当です」
二人の採取場は草原を抜けた先だ。丈の高い雑草を掻き分けたり刈り込んだりと便利に使っているらしい。たまに逃げ遅れた草原モグラが引っかかって臨時収入になると楽しげに語る。
狩猟に対する気後れや罪悪感は克服したようだ。
「ギルドで登録したときに、マリは魔術を期待されなかったか?」
「されました。最初は討伐する人たちを紹介されたんですけど、魔術は使えないっていったらそれからは何もないです」
自分の中にある魔力の存在は認めているが、それを使ったときの不快感が嫌で、マリは魔力を増やしたり魔術を学ぶ方向に気持ちは向かなかったようだ。
「あ、でも、この前ギルドで講習ってのを受けるように言われて」
「アキラさんたちに教わってなかったこととかもいろいろ勉強しました」
「なんかゲームのチュートリアルみたいで面白かったです」
デロッシらの経験から大急ぎで作成された別大陸人用の講習内容は、サガストにもすぐに届けられた。二人がエルフ族、獣人族、として身分証を申請すると、ハリハルタからの知らせの直後だったせいか、ギルド職員らは懇切丁寧に講習を実施したようだ。
マリもユウヤも、多少の臆病さは残っているが、以前にはなかった力強さが表情や声に現われている。異世界を知って閉じこもるのではなく、少しずつ行動範囲を広げていこうという気持ちが見えた。
「マユのところでの修行期間は三ヶ月間だ。残り一ヶ月だが……その後どうするか、考えているか?」
アキラに問われた二人は顔を見合わせ、小さく頷き合うとすぐに答えた。
「木の葉を隠すなら森の中って言いますよね。いろんな国の人がたくさん出入りしているような大きな街なら、私たちみたいに変な格好をしているのが紛れ込んでも目立たないと思うんです」
ギルドの講習を受け、マユやその夫に他所の街の話を聞き、二人は何度も話し合ったのだろう。
「レオンさんが教えてくれたんですけど、アレ・テタルっていう街や王都は、外国から来てる人が多いんだそうです。外国の人たちは民族衣装を普段から着てて、最初はびっくりしたり珍しくてじろじろ見たけど、そんな人がいっぱい居ると逆に普通に見えて気にならなくなったって」
「僕たちが耳とか羽を隠す変な服を着ていても、大きな街なら誰も気にしないんじゃないかって。だからそういう場所に引っ越して、薬草冒険者を極めようって話し合ったんだ」
引っ越しは予想していたが、薬草冒険者を極めるとまでいうとは思わなかった。ぱちりと大きく瞬きしたアキラに、二人は恥ずかしそうに笑う。
「せっかくアキラさんが教えてくれて、マユ先生にもいっぱいコツを教わったのに、無駄にできないですよ」
アキラに叩き込まれた薬草や野草の知識、マユに教わった薬草冒険者としての心構えや、ギルドに高く買ってもらう方法など、新米冒険者が何年もかけて身につける知識を自分たちはもう得ている。これはとても幸運なのだと二人はしみじみ実感していた。
「レオンさんも討伐は引退してて、今は狩猟と薬草で稼いでいるらしいです」
「奥さんのおかげだって、何回も惚気られたよね」
仲が良いのはけっこうだが、自分たちの両親と同年代の二人に、目の前でイチャイチャされるのは気まずかったと、思い出した二人は苦笑いで愚痴る。
「討伐冒険者を引退したからって、簡単に薬草冒険者になれるわけじゃないんだって、レオンさんが教えてくれました。専門性が高くて、知識と経験が活きるから、若いうちよりも長く続けたほうが評価が高くなるんだそうです」
二人はマユからは薬草の仕事を、レオンからは冒険者の人生を教わった。討伐冒険者として稼げる期間はそれほど長くはない。戦いと怪我は無縁ではなく、いつ何時戦えなくなるかもわからない。魔物討伐を諦めた冒険者は狩猟専門に切替え、それもできなくなれば、資金の乏しい者は町で屋台のような小売業を、馬と馬車を用意できる者は町と村を往復する運搬業などをはじめる。
「私たちは薬草のこといっぱい教わってるし、ここまでお膳立てされてたら、あとは実践あるのみかなって」
「少し前から二人で薬草採取してお金を貯めてるんですよ」
「都会こそ薬草の需要は多いって聞きましたし、それなら思い切ってみようって決めたんです」
澄んだ瞳で未来を語るマリとユウヤの姿に、アキラは思わず目を細めた。コウメイに叱られて当然だ、二人は子どもではない。
「どの街に行くか、決めているのですか?」
「レオンさんは王都をすすめてくれるんですけど、マユ先生はリアグレンかいいんじゃないかって」
「みなさんはどこの街がオススメですか?」
ユウヤが銀板に地図を表示させテーブルに置いた。コウメイが指で示したのはサガストから北に街道を進んだ先にある分岐近くの街だ。
「スタートはナモルタタルとかもいいんじゃねぇか? ほどほどに賑わってて、でも素朴でのんびりした街でいいとこだぜ」
「悪くはないが、あそこは冬場の活動が制限される。駆け出しには厳しいぞ」
冬は膝の高さ程まで雪が積もるため、薬草採取が難しくなる。討伐ができなければ冬場の収入がゼロになる可能性が高い。そう説明したアキラが指を置いたのはダッタザートだ。
「冬も比較的温暖で、一年中薬草採取が可能だ。国境が近く交易の街だから、人の出入りも多いし、あそこの冒険者ギルドは頼りになる」
同じ転移者の妹たちが安心して暮らせる街なのだから、マリやユウヤも馴染めるだろう。
「俺もダッタザートがいいかなー。でもリアグレンも面白ーぜ。布きれの街だからファッションにこだわりがあるならぴったりだと思う」
「紡績の街だろう」
「布きれじゃ古着か端布の街に聞こえるぞ」
ありとあらゆる布が集まるリアグレンには、古着の卸問屋もあるし、織布の端布を専門に扱う業者もあるが、やはり服飾生地が最も有名だ。スライム布をのぞいて、リアグレンで手に入らない布は存在しないと言われている。
「じゃあリアグレンって街なら、軽くて涼しくて、でも透けたりしない布が買えるかな?」
ユウヤはぶ厚い生地のマントに触れた。転移直後の春先は厚手のマントも不自然ではなかったが、真夏の今は悪目立ちしている。それに背中に熱が籠もってとても熱苦しいのだ。日中はのぼせてしまうので外出も控えている。
「それならアレ・テタルからスライム布を取り寄せたらいいんじゃねーか?」
「スライム布って、あのスライムを使った布なんですか?」
この世界のスライムはアレ・テタルの魔法使いギルドが作り出した人造魔物だ。液体魔石とも言える存在で、魔道具や日常品にも使われている。中でもスライム布は日常生活に広く使われていた。
「冷却効果のある布ってのがあってさー、あれで作ったインナー着てると、夏は涼しくて快適なんだぜー」
「発熱効果のある布は寒冷地域で防寒具に使われているし、防水効果の高い布は幌馬車の外張りや討伐部位を収納する袋などによく使われている」
コレだぜー、とシュウが腰鞄から小さく畳んだ袋を取り出して見せた。触れてみると表面がビニール素材のようにコーティングされており、つるつると指が滑る。
「ギルドで売ってた値段が凄く高いあの巾着袋、もしかしてこれだったのかな?」
「かも。飾りも何にもない普通の巾着袋なのに、剣と同じくらいの値段がついてたよね」
防水布の製品がそれほど高いのなら、冷却布はもっと高額に違いないとユウヤが肩を落とす。
「魔法使いギルドでしか製造できない魔布だから高いんです。安く手に入れたければアレ・テタルに行くといいですよ」
「それでも普通の布より高ぇけど、手が届かねぇほどじゃねぇぜ」
アキラたちの話を聞いているとどこも魅力的だ。マリもユウヤもどの街がいいだろうかと真剣に悩みはじめた。
「まずは行ってみて、そこで少し暮してみてから決めてもいいと思いますよ」
「俺たちも駆け出しのころは半年くらいで街を移り住んでたぜ」
「あっちこっち行って、結局ここに落ち着いたけどなー」
「アキラさんたち、外国にも住んだことあるんですか?」
「ありますよ。ニーベルメア国のウナ・パレムですとか」
「サンステンのマーゲイトは、山のてっぺんにあるちっせー町だったけど、見晴らしはすげーよかったよなー」
「俺はオルステインのトレ・マテルも面白かったぜ。地下暮らしは滅多にできねぇ経験だった」
懐かしそうにあちこちの街の暮らしを語る三人の楽しそうな表情が、二人の気持ちを後押しした。外国まで行くのは無理だとしても、この国のいろいろな街を訪れてみたいと頷き合う。
「街の名前の入ってる地図、ギルドで売ってるかな?」
「お金も貯めないと」
二人は地図を調達し、アキラたちが口にした街の名前に印をいれ、それらの街を順番に巡って自分たちが安心して暮らせる場所を探そうと決めた。
地図を手に入れた二人は、すぐにでも旅立ってしまいそうに見える。
「乗合馬車の乗り方は教わりましたか?」
「あ、はい。でも、私たち、乗合馬車は使わないつもりです」
冒険者の移動手段は、自前の馬車か徒歩が基本だ。二人の経済力では馬車の調達はできないはずだ。まさか歩くつもりかと、アキラは心配そうに眉根を寄せる。
「歩きの旅はオススメしません」
「でも私たち、乗合馬車は……ねぇ?」
「正体がバレる危険はできるだけ避けたいんです」
隠していても、何日も同じ馬車に乗っていれば気づかれる可能性は高くなる。
「では旅の安全を優先して、一時的にどこかのパーティーに加えてもらうとか、同じ方向に向かう冒険者と一緒に旅することを考えてみませんか?」
「安全かぁ……講習でも移動は危険が多いから、できるだけ集団で移動しろって教わったけど」
「危険は避けたいけど、冒険者パーティーの中には、街を離れると盗賊になっちゃうのもいるらしいって聞きました」
人気のない街道で同行者が盗賊の本性をあらわすのも珍しくないらしい。エルフや獣人族は、違法奴隷商らに高額で取り引きされているとも聞く、さらわれてしまえば救出は望めない。警戒は怠るなと繰り返し教わっている。
「信用できるパーティーかどうか、判断できないし」
「そういうときはギルドに紹介を頼むといいですよ。料金はかかりますが安全を買うと思えば安いでしょう」
アキラの助言に、二人は顔を見合わせて、深く頷いた。
「……いくらぐらいかかるのかな?」
「相手の実績と交渉によるとしか言えません」
「やっぱりお金だよね……」
「あと一ヶ月で貯められるかな?」
頑張ろう、と二人はあらためて気合いを入れるのだった。
+
「これまでお世話になりました」
「図々しいですが、ギルドから連絡があるまで、もう少しお世話になっていいですか?」
お願いします、と揃って頭を下げる二人の決意を聞いて、マユは少し寂しそうにほほ笑んだ。
「私はずっといてもらっても良かったのよ。お店の手伝いも助かってるし、息子が独り立ちしてから静かだった家が賑やかになって楽しかったもの」
信頼のおけるパーティーの旅に便乗させてもらう、あるいは冒険者の案内人を雇うつもりだ。すでにギルドには頼りになる冒険者を探すよう頼んでいると聞き、マユも安心した。
「その人たちが本当に信頼できるのか、レオンにも確かめてもらわなくちゃ」
夫のレオンも二人に冒険者の経験を教えるのを楽しんでいた。夫婦の穏やかで静かな生活も悪くはないが、若い二人のいる賑やかで活気のある生活がなくなるのは惜しく感じる。
「旅の準備は念入りにね、用心はしすぎるくらいでちょうど良いくらいだから。レオンにも点検してもらうのよ?」
「はい。アキラさんやシュウさんにもコツを教わりました」
マリとユウヤの決意を聞いたマユは、その日から二人が旅の依頼料を稼げるようにと、店で扱う薬草の採取を任せた。レオンに教わった魔獣狩りも積極的に行い、二人は薬草と魔獣の売却で着々と資金を貯めていった。
サガスト冒険者ギルドから目的にぴったりの人物が見つかったと知らせを受けたのは、予定の期日の半月ほど前だった。
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見定めてやるぞと意気込むレオンとともに、約束の時間にギルドにやってきたマリとユウヤは、職員らの張り詰めた空気に息をのんだ。呼び出した側がなぜそれほど緊張しているのかと、思わず辺りを見回す。
「マ、マイルズ殿がどうしてサガストに?!」
先に気づいたのはレオンだ。アキラたちの側に立つ威厳のある老人を見た途端、頼もしいはずのレオンの挙動が、まるで新米冒険者のようなギクシャクとしたものに変わったのだ。
「二人の依頼を引き受けてくださったのは、マイルズ殿だったのですか?!」
隣町の英雄の存在をよく知っているレオンは、まさか憧れ尊敬するマイルズが名乗りを上げてくれたのかと、感激と驚きで声が裏返っている。
「いや、この老いた身では難しい。なので信頼できる者を紹介したくて連れてきた」
そう言ってマイルズは隣に立つ青年に視線を移す。アキラより少し背の高い、赤錆色の髪の青年は、旺盛な好奇心でいっぱいの表情で二人を見ていた。濃い金色の瞳がマリとユウヤの爪先から頭のてっぺんまで何往復かした後、なるほどと納得したように頷いた。
「この二人か、俺を呼び出して正解だぜ」
偉大なる英雄冒険者の背中を気安く叩いた彼は、明るくカラリとした笑顔で名乗った。
「俺はエルネスティっていうんだ、よろしく」
「私はマリ、こっちがユウヤくんです。……あの、依頼料はおいくらですか?」
レオンが畏まってしまうほどの、ギルド職員が緊張でガチガチになるくらい凄い人の紹介冒険者なら、きっと依頼料も高額だろう。できればマユやレオン、アキラたちに金銭的な迷惑をかけたくないと、マユは恐る恐るにたずねた。
「ああ、乗合馬車の料金くらいでいいぜ」
「安すぎませんか?」
うまい話には裏があるに違いないと警戒するマリとユウヤを、エルネスティは大きな口を開けて笑い飛ばした。
「俺は元から大陸中をふらふらしてるんだ。目的のある旅をしてるわけじゃないし、同行者ができたら退屈しないと思って引き受けたんだ。金に困ってもないから、新米から大金を巻き上げたりしないって」
それにな、と。エルネスティは二人を手招いて、シュウとマイルズの大きな背中の後ろに移動した。
「アキラたち三人とマイルズ以外には秘密だぞ?」
そう小声で囁いたエルネスティは耳飾りを外した。
「エ……っ!」
慌てたユウヤの手がマリの口を塞ぐ。
すぐに耳飾りを着け直した彼は、やさしい微笑みで二人に問う。
「こういうわけだから、俺もなかなか一緒に旅する仲間を作れなくてさ。しばらく一緒に旅してみないか?」
まずは最初の目的地まで寝食を共にして互いの相性を確かめ、大丈夫そうならパーティーを組もう。
エルネスティの誘いに、マリとユウヤは声をそろえた。
「よろしくお願いします」
「お願いしますっ」
マイルズとシュウの背後でこそこそとする三人が気になるのか、レオンやギルド職員がのぞき込もうとする。自然体で立ち位置を変えていたコウメイとアキラは、三人の合意を聞いて安堵したのだった。
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幌付きの荷馬車と、貴族の箱馬車が相応しいような立派な馬を調達してきたエルネスティは、マリとユウヤを乗せてサガストを発った。
「立派な馬ですね」
「だろ? こいつアマイモ四号って言うんだぜ」
「アマイモ……お芋?」
「前に飼ってた三号が家出してさー、ちょっと前に再会したんだけど、新しい飼い主がいいって戻ってきてくれなかったんだ。泣けるだろ?」
見つけ出す前に次のペットを飼っていたのが原因じゃないのか、と二人はエルネスティに聞こえないようにこっそりとささやきあった。
「えーと、リアグレン経由して、ダッタザートだっけ?」
「はい。アキラさんたちが紹介してくれた服屋さんで、私たちの服を作ってもらうことになってます」
すでに連絡済みで、必要な服地を用意して待ってくれているらしい。エルフの耳や背中の羽を自然に隠せる衣装と聞いて、マリもユウヤも期待にワクワクしていた。
「仕立代を貯めたいので、薬草を売りながらの移動になりますが、いいですか?」
「おう、大丈夫だ。なんだったら旅商人の真似事しながら行くか?」
薬草専門の旅商人も意外に需要があるぞというエルネスティの言葉に、マリとユウヤは嬉しそうに頷いた。