13 ハリハルタの頼み事
シュウは頻繁にハリハルタの町にきていたが、アキラが訪れるのは十数年ぶりだ。面倒を嫌う彼が門兵に提示したのは冒険者の身分証だった。
「顔を見せなさい」
俺の知り合いだからそこは勘弁してくれ、そうシュウが頼んだが、規則だからと断わられた。アキラは仕方なしに深く被っていたフードをおろす。
「……ぎ、銀の賢者様!!」
アキラの顔を見た瞬間、その門兵は膝を突き深々と頭を垂れた。
「また会えるなんて、今日は最高の日だ! 十六年前に私の娘を助けてくれてありがとうございます。お礼が遅くなって申し訳ありません!!」
「やめてください、何かの勘違いです。私は普通の冒険者ですので」
「ああ、そうでした、賢者様は謙虚な方でしたね。さあどうぞお通りください、ようこそハリハルタへ」
慌ててフードを被り直したアキラを、門兵は貴族か王族にするかのように案内する。順番待ちの列の者らは何事かと見ているし、門の内側からも町人や冒険者らが「あれが」「実在したのか」「噂以上じゃないか」とざわめきが広がっていた。
それらを無視して歩くアキラは、隣で引きつったような笑い声を漏らす男の脇腹に渾身の力で肘を突き込んだ。
「痛ーっ。何すんだよ」
「笑いすぎだ……だから来たくなかったんだ」
森で遭遇してしまった誰かの危機に、アキラはさりげなく手を差し伸べてきた。決して名乗らず、また対価も要求せずに早々に現場を離れるのだが、そんなことが繰り返されているうちに、いつの間にか町では「深魔の森に銀髪の美しい賢者がいる」と噂になってしまった。不用意に町を訪れれば、先ほどのような騒ぎになるため、アキラがハリハルタを訪れることは滅多にない。
「仕方ねーだろ、コウメイが来いって言うんだからさー」
冒険者ギルドとの折衝をしているコウメイが、魔紙のやりとりでは追いつかないから街に出てこいというのだ。だらだらと長引かせるよりは一気に片をつけるべきだと判断したのだが、町に入る前に騒ぎになってしまったのは痛い。
「しばらく賢者様を拝みに来る連中がうるさそーだなー」
「……帰る」
「させねーよ」
くるりと踵を返したアキラを素早く拘束したシュウは、片手で軽々と抱えて目的地へと駆け出した。
+
シュウに俵担ぎされたアキラの死んだ魚のような目を見て、だいたい何があったのかを察したコウメイだ。
「お疲れさん」
「……俺は一歩も外に出ないからな」
後始末を終わらせるまで町には滞在するが、絶対にこの家から一歩も出ないぞと宣言するアキラに、コウメイは苦笑いを返す。
「マイルズさん家の玄関先に行列作るのは迷惑だから、せめてギルドには足を向けてやってくれ」
話し合いをマイルズの家で行えば、ギルド長をはじめ役職付きばかりが銀の賢者に面会していると不満が高まる。ここはマイルズの自宅だ、生活がままならなくなるような迷惑はかけられない。そう諭されてはアキラも折れるしかない。
「家主が不在だというのに、ずいぶんくつろいでいるんだな」
「二ヶ月も住んでるんだぜ。森に帰れなかったし、仕方ねぇだろ」
「腹減ったー。コーメイ、なんか食わせてくれよー」
コウメイもシュウも町に寄った際はマイルズ宅で厄介になっているため、他人の家というよりも、祖父宅に遊びに来たような感覚だ。
「それでマイルズさんは?」
「転移騒ぎからずっと、ギルドの臨時相談役に復帰させられて、色々調整に走り回ってるぜ」
自分たちが持ち込んだ案件で多忙になったと聞いて申し訳なくなるが、マイルズの人脈と名声は、裏で暗躍ばかりしていた自分たちよりも、はるかに説得力があるのだから仕方ない。
「面倒なところを押しつけちまってるから、俺も美味い飯を心がけてるんだが」
「マイルズさん用の錬金薬と、日常的な一般薬をたっぷり用意してきた。これで許してもらおう」
「山ほど素材持ってきたけど、これで納得してくれねーかなー」
「そっちはデロッシさんが喜ぶと思うぜ。特に最奥に近い森に住む魔物の素材は、町の冒険者は滅多に持ち込まねぇからな」
「それなら双頭の青銅大蛇と雷蜥蜴の皮と、レッドベアの皮と爪と、ヘルハウンドの魔石なら文句はねーよな?」
「ヘルハウンドの皮はねぇのか?」
「討伐で失敗したから、居間の敷物に加工中だ」
背に傷をつけずに討伐するつもりが、売り物にするには難しい大きな傷を作ってしまった。値がつかないわけではないが、討伐の下手さを見られたくないとシュウがごねたため、我が家の暖炉前の敷物になる予定だ。
土産が足りないというのであれば、ギルドで停滞中の討伐案件を手伝えば文句は言われないだろう。
荷を降ろし、居間兼食堂のテーブルに落ち着いた二人の前に、コレ豆茶のカップと、手早く焼いたミニサイズのパンケーキが置かれる。添えられたたっぷりのジャムにシュウは満面の笑顔だ。
「あー、甘いの久しぶりーっ」
「食べられなくなるとやっぱり寂しいものだな」
たっぷりのジャムを塗ったミニパンケーキを四枚重ねてフォークに刺し、ペロリと食べてしまうシュウとは反対に、アキラは一口サイズに切り分けてジャムをほんの少し塗り、モソモソと味わっている。
「冷凍保存庫に菓子もあっただろ、食ってなかったかのよ」
「甘味は禁止にしていた。あの子たちの口をあまり贅沢にするのはまずいと思ったから」
こちらの世界の庶民の甘味は、果物や木の実が一般的だ。砂糖や蜂蜜を使った菓子もそれほど贅沢ではないが、新米冒険者の経済力では気軽に食べられるものではない。町暮らしをはじめたときのギャップを少しでも小さくしようと、アキラはずいぶんと気を使っていた。湯船の使用も週に一度に制限し、それ以外は自分で汲んできた水を使って洗い場で身を清めさせたし、食材はその日に森で採取したものを必ず食べるようにした。
「それに付き合う二ヶ月は長かったなー。見てくれよー、そのせいで俺、痩せちまったんだぜ」
「これ幸いと肉ばかり持ち帰ったくせに」
「痩せてねぇぞ。むしろ太ってんじゃねぇか?」
とくにこの辺り、とコウメイはシュウの腹を指でつまんだ。
「なかなかのスパルタだったんだな」
「自分で稼いだ金で、はじめて甘味を口にしたほうが感動するだろう?」
美味しい料理も、珍しい料理も、新しい景色や不思議な生き物や植物、それらを自分で見つけ出す楽しみがある間は、彼女たちはこの世界に絶望することはないだろう。
「それで、連中はどうしている?」
「全員、もうこの町にはいねぇよ」
シュウに自分のパンケーキを二枚譲渡してから、コウメイは狼獣人二人をパラデイ村に向かわせることになった経緯から説明した。
アレックスが拾った銀板に打ちのめされた獣人二人は、一晩中話し合っていたのだろう、翌日は睡眠不足の顔でギルドにあらわれ、これまでサボリ続けてきたデロッシの講義を受けた。コウメイの助言で修正したばかりの教育内容を学び、彼らの言動から攻撃性が薄れたころに、エルズワースが教えたのだ。
「ウェルシュタントとヘル・ヘルタントの山間の国境あたりに、獣人族の隠れ里があるという噂を聞いたことがある、ってな。それ聞いたらあいつら飛びついたんだよな」
旅の冒険者で旧知のマイルズを訪ねてきた、という触れ込みで町に滞在していたエルズワースは、数日間クロスとグランドを観察し、同郷の同類が集まっている場所なら安定しそうだと判断したらしい。
「今の人族の街はどうやっても生きづらいだろうから、必要なときに街で用事を片付けられるくらいの場所を拠点にしたほうが、あいつらにも人族にも、それとエルズワースさんたちみてぇな生粋の獣人族にも都合がいいって結論になったんだ」
これから一族の領域に戻り、熊族にも別大陸産の獣人未満の存在を話し合うそうだ。
「結論としては、人族の町に獣人未満が現れたら、パラデイ村に送り込んでくれって要請する方向になるだろうってさ」
「それなら総意を得られるという判断か」
「あの村に閉じ込めるとか、ちょっと乱暴すぎねーか?」
シュウは全面的に賛成できないようだ。コウメイからの二枚では足りないのか、アキラの皿からくすねたホットケーキをかじりながら、パラデイ村にもいろいろ問題はあったのだとぼやく。
「閉じ込める権限はどっちにもねぇだろ。まあこれからの調整次第だな。生きづらそうな奴にこっち側で耐えろって言うのも酷だし」
コミュニケーション能力が高ければ、人族の街でも生きられるかもしれないが、そうでなければ同じ境遇の獣人が集まるパラデイ村で生活したほうがいい。
「強制的に押し込めるのはナシにしてもらいてーぜ」
行動を決めるのは本人だという点を徹底させておきたい。そのシュウの主張は、今夜にでもマイルズに伝えることにしよう。
「エルフと人族の二人はどうなったんだ?」
「人族のほうは、町に立ち寄った旅商人に雇われて町を出たぜ」
「護衛なんてできたのか?」
「いや、客寄せと新しい販売商品の『歌い手』としてエリナが採用された」
辺境ばかりを選んで行商しているその旅商人は、エリナの披露した歌を聴いて、田舎で娯楽を売ることを思いつき雇用を決めた。
「リヒトは意外なことに手先が器用でね、エリナに頼まれて作った楽器を見た商人が、これも売れるって判断して雑用係との兼用で雇われた」
酒場で歌手をするよりはずっと健全だろう。
「残りのエルフはどーなったんだ?」
「アレックスが鎖をつけに来たんだろう?」
「鎖はつけたぜ、立ち会ったから間違いねぇ」
顔を歪めたコウメイがため息をついた。あまり口にしたくない様子だが、それがシュウの興味を引いた。
「なんだよ、もったいぶらずに教えろよー」
「……タクマはなぁ、なんというか、すげぇ活き活きしてたぜ」
「なんだその含みは」
「エルフが活き活きっつーと、アキラみてーにバリバリ魔法をぶっ放して討伐したりとかか?」
「そっちだったらデロッシさんの胃も痛まなかっただろうなぁ」
テーブルに肘をつき手に顎をのせたコウメイは、興味津々の二人にデロッシの胃痛の原因となった出来事を話して聞かせた。
「タクマは転移前の選択の時に、アイドル顔の自分がエルフになったらもっと美形になるに違いねぇって思ったらしい」
「なんだそれは」
「えー、そんなに美形だったっけ?」
キラキラしいエルフは嫌と言うほど見慣れているが、森で見た転移エルフにはそういった輝きというか、視線を強引に引っ張られる感じはしなかったとシュウが首を傾げる。
「美の種類っつうか、属性が違うんだよ。タクマは男慣れしてない女の子にモテるタイプだな」
それを本人が自覚しており、有効に使うことを躊躇わない性格だというあたりが質が悪かった。再び漏れたコウメイのため息が深くて重い。
「男慣れしていない……?」
「男世界で揉まれてきた女討伐冒険者とか、容姿や女らしさに自信のないタイプを惚れさせるのがめちゃくちゃ巧いんだよ」
コウメイの説明を聞いているアキラの表情がどんどん険しくなってゆく。シュウも呆れ顔から嫌悪へと顔色を変え、なんだそいつは、と吐き捨てた。
「エリナちゃんいわく、学校ではみんなのアイドルを徹底してたが、その裏で年上のお姉様方と複数同時に交際して貢がせてたらしいぜ」
「……すげー、コウメイじゃん」
「俺は! 複数は絶対なかった! 貢がせたこともないからな!!」
「うるさい、怒鳴らなくても聞こえている」
アキラが耳を押さえてコウメイから逃げるように体を反らした。
「えーと、それで、年上キラーのエルフはどーしたんだよ」
「ギルド提携宿の食堂で年増数人にコナかけて競わせ、勝ち抜いた二つ名持ちの女冒険者のヒモをやってたけど、ちょっと前に町に立ち寄ったお貴族様ご一行のマダムに乗り換えて、キンキラな宝石と一緒に町を出て行った」
アキラとシュウはそろって頭を抱えた。情報が多すぎる。
「……なんなんだそれは」
「マダムって、いくつくらいだよ?」
「化粧がよれててシワが深かったし、顎のラインも垂れてたからなぁ」
「熟女専門?」
「いや、金持ち専門」
眉間に深い皺を刻むアキラは、それ以上は聞きたくないとコウメイの口の前に手を突き出し、二つ名持ちの女冒険者に心当たりのあるシュウは表情筋を引きつらせている。
「せっかくエルフになったのに、そいつ痴情のもつれか逆恨みで刺されて長生きできねーんじゃね?」
「鎖が間に合ってよかった……」
そんなくだらない理由でエルフと人族の戦いがはじまっていたら、後悔してもしきれない。アキラもシュウも、そして苦笑いのコウメイも胸を撫で下ろしている。
「そういや細目はどーしてんだ?」
「今回転移してきた中にエルフがいないか探しに行ったぜ」
熟女専門エルフの騒動を見物して楽しんだあとは、この町には見るモノはないと言って旅立った。他の転移エルフがどんな騒動を起こすのか楽しみにしているらしいので、しばらくは帰ってこないだろう。平穏になってよかったと微笑み合った三人は、コレ豆茶とジャムたっぷりのパンケーキを堪能した。
「アキの面倒見てる二人はどうなんだ? 確かエルフと羽族だったよな」
「あー、その羽族ってのがよー、すげーんだぜ」
雌しか残っていない羽族にとって、雄のユウヤは絶滅から脱するための唯一の存在らしい。
「ハーレムかよ」
「羨ましーって思うだろ?」
「羨ましくはねぇが、普通に考えたらハーレム展開だよな?」
色事に興味津々な男子高校生なら、一度は妄想するシチュエーションである。ユウヤは喜ばなかったのかと問うコウメイに、アキラはうんざりした顔で目を伏せ、シュウはニヤリと笑った。
「嫁候補は全員年上! それも、ちょー熟女!」
「……羽族に最後に子どもが生まれたのは、七十年以上も前だそうだ」
「年上過ぎるだろ、それ」
最後に生まれた羽族の雌が嫁候補と聞いたコウメイは、想像して身を震わせた。
「マダムキラーなエルフだったら喜んだかもなー」
「金持ってたらな。金がなきゃ熟女でもハーレムはお断りだろうぜ」
ユウヤの拒否で絶滅は確定した。もとよりわずか数人、しかも老いた雌の群れに若い雄が一人増えたところで、人口が劇的に増えるわけではない。エルズワースもそれがわかっていたから、ユウヤに意思を確認したのだろう。
「しかし羽族か。背中にでっかい羽は目立つが、大丈夫なのか?」
「そのことでマイルズさんに相談したくてな。帰宅はいつごろだ?」
「最近の帰りは九の鐘くらいだぜ」
待つ間に部屋の掃除でもと見渡せば塵一つ落ちていないし、不足している品の買い出しといっても食料庫は充実している。何もすることがないと憮然とするアキラに、コウメイはシュウが持ってきた背負子を押しつけて、のんびり荷物整理でもしていろと笑った。
+++
帰宅したマイルズはアキラを見て嬉しそうに目を細めた。
「久しぶりだな。とうとう食生活に我慢できずに森を出てきたか?」
「さすがに二ヶ月も焼き肉が続くとキツイですね」
最近はあまり森の家を訪ねてこなくなったマイルズだ。アキラも滅多に森から出ないため、こうやって顔を合わせるのは半年ぶりになる。魔力のない人族の寿命を何年も過ぎているはずだが、彼は同年代よりもかなり若々しい。頻繁に立ち寄るコウメイの料理や、シュウが届けるリンウッドの錬金薬のおかげだろうか。
「おう、やっぱりここに隠れていたか、銀の賢者様」
マイルズに続いて部屋に入ってきたのは、疲れの見える初老の男だ。こちらも実年齢より若く見える。
「ご無沙汰していますデロッシさん。その呼び方は止めてください。それと今回は面倒を押しつけてすみませんでした」
「なんの。おかげで俺は美味い飯を堪能できている」
デロッシは仕事帰りに毎日立ち寄り、コウメイの料理で腹を満たしているらしい。彼はシュウの土産に大喜びだった。島産には劣るが、深魔の森の最奥に近いあたりの魔物素材は、町側の浅近で得られるモノよりずっと品質が良いのだ。
「高値をつけさせてもらうぜ、期待しててくれ」
「それは土産だって言っただろー」
「ギルドにではなくデロッシさんに差し上げる素材です。面倒な仕事を増やした対価だと思って受け取ってください」
「……もう一つか二つ、面倒な仕事を押しつけるつもりなんだな?」
「すみません」
これまで多くの冒険者の危機を救ってくれた銀の賢者様に、微笑とともに請われては否と言えないのがギルド相談役だ。デロッシは「人使いの荒い賢者様だ」と苦笑いをこぼした。
テーブルに着いたシュウには泡の実を漬けた水で割った果汁、残る四人は赤ヴィレル発泡酒が配られた。並べられたのは根菜たっぷりのスープと、葉野菜と木の実のサラダ、卵と丸芋のチーズ焼きに魔猪肉のピカタ、そしてアキラとシュウには二ヶ月ぶりの炊き赤ハギだ。
「デロッシさんのリクエストで、焼きおにぎりにしてみた」
「くそー、羨ましい食生活しやがってー」
「お焦げが美味しそうだ」
「「「「「いただきます」」」」」
がっつくシュウはいつもの光景だが、慌てたように料理を口に運ぶアキラは珍しい。よほど森での食生活に飽き飽きしていたのだろう。邪魔をしては悪いと思ったのか、デロッシがアキラに「なんの仕事なんだ?」とたずねたのは、食事が一段落した後だった。
「信頼のおける冒険者を紹介してもらえないでしょうか」
手に持っていた酒のカップを置き、デロッシとマイルズを見つめてそう言ったアキラの言葉に、二人は軽く目を見開いた。そして同時にコウメイとシュウを振り返り、探るように、責めるように目を細める。
「お前ら、アキラの信頼を裏切ったのか?」
「違う!」
「なんでそーなる!」
本当か? と疑うような顔の二人に、アキラが「マリとユウヤの護衛とガイドのできる冒険が必要なのです」と続ける。マユに預けた二人は、いずれサガストを出て行くだろうと考えていた。
「あの町はエルフと獣人族が隠れ住むには狭すぎますから」
「人目を気にしてか」
「ええ。特に獣人のユウヤは、一生隠し続けなくてはなりません。背中の羽が見つかってしまえば、耳や尻尾のある獣人よりも早く噂は広まるでしょう。それを知れば貴族なら捕縛に乗り出すのは間違いありません」
もし王侯貴族が祐也の存在を知れば、捕らえて特別製の鳥籠に入れ、飼い殺しにするのは間違いない。
「羽の獣人族に知られるのも、ユウヤには都合が悪いのです」
「一族に知られて助けにならないというのは、何故だね?」
「むしろ一族に保護されたほうが安全だと思うが?」
「……羽族は絶滅確定種らしいのですよ」
現在生存しているのはわずか七羽、それも最年少の雌がマイルズと同年代だと聞いた二人は、見知らぬ羽族の青年に心から同情した。
「ユウヤが羽族だと知っても権力者からの誘惑に屈せず、守り切る実力を持ち、旅慣れていて、各地の情報に詳しい人物をご存じではありませんか?」
「そんなの、マイルズさんしかいねーじゃん」
シュウの言葉に、アキラはだから困っているのだと眉根を寄せた。最初は痣の少年を託したときのように、マイルズに頼もうかと思ったのだ。だが彼は七十も後半だ。人族の寿命を越えた魔力のない彼に、別大陸人を押しつけて過酷な旅に出てくれとはとても言えない。
デロッシは唸るように首を振った。
「町暮らしの方法は教え込んだんだろう? だったら旅暮らしも放浪生活もコウメイたちが教えれば良いじゃねぇか」
「俺たちはなぁ、まあいろいろ面倒な知り合いが多すぎるだろ?」
「……この前ここに来たエルフか?」
「あいつだけならどうにでもなるんだが、他にもっと厄介なのがいるんだよ」
死んだふりをしている魔女とか、次期長老候補の藍色のエルフとか、鉱族の大工だとか。日常ではほとんど関わることのない彼らだが、こちらの領域で何かを片付けねばならなったとき、彼らはアキラたちの都合を一切考慮しないのだ。それにマリやユウヤを巻き込むわけにはゆかない。
言葉を濁すコウメイらに、デロッシは皮肉を交えて返す。
「俺も何も知らされねぇうちに、いろいろと巻き込まれているんだが?」
「今さらだってー、デロッシさん」
「あんたは立派な関係者だよ」
「アレックスもエルズワースさんも、マイルズさんを私たちと同じ部類と認識しているので、同じテーブルに着いたデロッシさんもたぶんそう思われているかと」
すみません、とアキラに頭を下げられたデロッシは、消化に忙しいはずの胃にシクシクとした痛みを感じて呻いた。
「悪いが俺には紹介できそうな冒険者に心当たりはねぇ。副団長はどうだ?」
「……一人だけ、いるにはいるが、どうしたものか」
気がすすまないのか、マイルズは難しそうに皺を寄せる。
「その心当たりの方に何か問題があるのですか?」
「依頼料がすげー高いとか?」
「性格が最悪とか?」
「金には困っていないはずだ。性格は陽気でカラリとしているし、面倒見も良い。ヘルハウンドを単独討伐できる程度には強いから護衛もできるし、大陸中を放浪しているからその条件にはぴったりなんだが……そいつから、次に会うのは俺が嫁をもらうときか、死に際だと言われているんだ」
困り顔のマイルズの横で、デロッシがニヤリとした。どうやら共通の知り合いらしい。
彼はマイルズからの連絡が結婚報告か危篤の知らせ以外なら、自分の都合を優先すると宣言していた。手段はあるが、呼んでもすぐにやってくるかどうかはわからない。下手をすれば年単位で返事が来ない可能性がある、それでもいいかと問われ、アキラは頷いた。三ヶ月以内に都合がつかなければ、また別の方法を考えるつもりだ。
「こっちの人脈を都合するんだ、アキラたちもうちのギルドに融通を利かせてくれるよな?」
身を乗り出したデロッシが、紹介料としてギルドの臨時職員として働いてくれと頼んだ。
アキラが口を開くのを遮って、コウメイが二人を非難する。
「俺の協力はノーカウントにして、まだ手伝わせようって言うのかよ」
「コウメイの助言で別大陸人対応策の叩き台は作れた。だがこれを他のギルドに提供しただけで徹底されるわけがねぇ。どこの冒険者ギルドも一筋縄ではゆかない連中の集まりだ。他所のギルドから押しつけられたことを、はいそうですかと簡単に受け入れる連中じゃねぇんだよ」
周知させ、納得して受け入れさせるには、田舎の引退冒険者では弱すぎるとデロッシが言った。
「マイルズさんででもですか?」
知名度も実績もマイルズを越える冒険者はいない。彼の言葉なら説得できるはずだというアキラに、二人は苦笑いで首を振る。
「俺もできるだけの努力はするが、現役時代に敵がいなかったわけじゃないんだ」
「赤鉄の双璧は規律が厳しかったからな。副団長は調子に乗って馬鹿をやらかした奴を何人も追い出したが、連中、入団するだけあって腕っ節だけは強かったんだ」
「何人かはいくつかのギルドで幹部席に座っているはずだ」
マイルズを逆恨みしている彼らに受け入れさせるには、彼以上に説得力のある存在が必要なのである。
「次のギルド長会議で、まずは国内。その後の代表による六カ国ギルド長会議で、大陸全土に注意喚起と対策を受け入れさせねばならんが、それを手伝ってもらいたい」
それは時間だけでなく、相当な労力を費やす必要のある大改革だ。時間もかかる。自分たちが押しつけた仕事の重みをひしと感じ、申し訳ない気持ちでいっぱいになったアキラは、マイルズの頼みを引き受けると決めた。
「私にできることがあれば、協力させていただきます」
アキラの返答に、シュウは自分も手を貸すと力強く頷き、コウメイは不貞腐れた様子で口をつぐんでいる。そんなコウメイをマイルズがなだめた。
「そんな嫌そうな顔をするな。次のウェルシュタント国ギルド長会議は十一月、六カ国会議は三月だが、そこで人族側の対策案を各ギルドに受け入れさせたいと考えている。その草案作りに手を貸してくれないか」
「……わかったよ」
元はと言えば自分たちが押しつけた他大陸人が発端である。コウメイ自身も当事者の一人だ、今後に転移してくる誰かのためにも、基礎固めが必要なのはわかっている。
「おっさんもその心当たりの奴にすぐ連絡して、引き受けるように説得してくれよな」
「ああ、そうしよう」
マイルズは自室に戻って一枚の紙と魔石を持ってきた。
「魔紙、ということは魔術師ですか」
「いや剣士だが、魔力はある奴なんでな。連絡手段として一枚だけ預かっていた」
魔紙の持ち主は、本当にマイルズの結婚報告か危篤の知らせのどちらかしか受け取る気がなかったらしい。そんな大切な魔紙を使わせて申し訳ないと謝るアキラに、マイルズは気にするなとやさしげな笑みを向ける。
「再会したときに新しい紙をぶんどるから問題ない」
いつまでに、どこに来い、とだけ書き記された魔紙は、押しつけられた魔石から逃れるように飛んで消えた。
「ところで、紹介してくれる奴って誰なんだ?」
「ウチの団長様だよ」
「赤鉄の双璧の、ですか」
「おーい、おっさんの上司つったら、けっこーなジジイじゃねーの?」
「あんたらの推薦だから腕っ節は心配しちゃいねぇが……本当に大丈夫なのかよ?」
驚き呆れ心配する三人に、マイルズとデロッシは顔を見合わせると、楽しみにしていろと意味深に笑った。
+++
アキラたちは一ヶ月ほどハリハルタに滞在した。
コウメイは頻繁にギルドに顔を出し、ギルド長会議用の草案作りを手伝った。シュウは失恋して抜け殻になった女冒険者の穴を埋めるように、毎日森で討伐に明け暮れギルドに利益をもたらしている。アキラは「銀の賢者」としてギルドに出入りし、思考が筋肉の塊である連中を籠絡していった。コウメイの手がける草案に、エルフや獣人族の視点で助言を付け加える。またギルドからの特別注文である錬金薬を大量に調合する日々だ。
「アキ、マユから手紙が届いてたぜ」
ギルドから預かってきた手紙には、マリとユウヤの様子が書かれていた。予想通りというか、やはりサガストの町にもあまり馴染めていないようだ。
「差し障りのない範囲で困ることはないようだが、やはり二人とも周囲の視線が気になって仕方ないらしい」
マリは室内でも帽子とフードを脱ぐのを躊躇うし、ユウヤも分厚いマントを着たきりで余計に悪目立ちしているらしい。アキラも幻影の耳飾りを手に入れるまでは、いつもフードを深く被ったり、コウメイの陰に隠れるようにしていたので二人の気持ちはよくわかる。
「打ち解けるには時間がかかりそうです、か」
田舎の人々というのは排他的だ。自分もサガストに住みはじめた当時は似たような経験をした、とマユは書いている。だが彼女は町人に必要とされる薬魔術師だ、すぐに町の住人に受け入れられた。しかしエルフのマリと羽族のユウヤは自身をさらけ出せないだろうし、そんな二人を田舎町の人々は本心から受け入れはしないだろう。
「町を出て暮したいと言う二人の相談にのってやってほしい、だそうだ」
「やっぱり予想通りになったか」
「俺らも放浪するしかなかったもんなー」
あの二人だけの旅暮らしには不安しかない。かといって、いつ何時エルフ族に押し入られるかもわからない森の家に、自衛できない二人を受け入れるわけにはゆかないのだ。
「団長さんって人、まだ連絡ねーんだよな?」
「もともと時間がかかるのはわかっていたことだ」
「けどよー、捕まらなかったらどーすんだよ」
マユに頼んだのは最長で三ヶ月だ。期限ギリギリまで粘って駄目だったときは、自分たちで二人をダッタザートに送り届けるしかない。
「あそこは大都会だ、サガストほど周囲の視線は気にならないし、サツキたちもいる」
「アキ、ちょっと過保護が過ぎるぜ」
「そうか?」
「獣人二人とか、マダムキラーエルフとか、旅商人にくっついていった人族二人とかは放任なくせに、マリとユウヤには至れり尽くせりじゃねぇか」
「それはマイナススタートだから」
「クロスとグランドも、ヒモエルフもスタートがマイナスなのは同じだぜ。けどあいつらは自力で次にすすんだ。五歳の子どもじゃねぇんだからって叱ったのはアキなんだろ。だったらちゃんと一人前の扱いしてやれよ」
コウメイの指摘に、そんなつもりはない、とアキラは言い切れなかった。急激に魔力量を増やす弊害から、エルフである彼女に戦うための力を持たせなかった。それが気になって先々を心配してしまうのだが、確かに過保護が過ぎるようだ。
「俺らだってどうにかして生き延びれたんだ、きっちり教育された二人なら、あのころの俺たちよりずっと巧く生き抜くだろうぜ」
「そうか……そうだな」
旅に出るにせよ、人目を気にしながらサガストに定住するにしろ、二人が決めることだ。マイルズにした頼み事も無駄になるかもしれないが、そのときは誠心誠意謝るしかない。
ハリハルタ冒険者ギルドでの調整が終わると、三人は一度森の家に戻った。