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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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03 マサユキ

 魔法使いギルドを出て北東門への大通りを半分ほど進んだ道沿いにある、古めかしい石造りの二階建ての建物が医薬師ギルドだ。通りに面した二つの扉のうち、片方の無料診療所は閉められていたが、もう一つは大きく開け放たれていた。


「全身の怠さがあるならこちらのカルリ花茶がおすすめですよ」


 薬局では店番のマリィが接客中だった。アキラは入り口に立ち、視界の隅に大通りを入れたまま待った。魔法使いギルドから追ってきた視線の主は、二軒ほど離れたあたりで足を止め、こちらの様子をうかがっている。声をかけに行くべきか、向こうが動くのを待つべきか、悩んでいると接客を終えたマリィに呼ばれた。


「お待たせ、アキラさん。どうしたの? あなたの当番は明日じゃなかった?」


 重厚なカウンターテーブルに近づくと、マリィは弾むように笑ってアキラの前に身を乗り出した。彼女の背後には、壁一面を占める大きな薬棚がある。医薬師ギルドの事務所はまるで薬局のようなたたずまいだ。


「先ほどロッティさんからサイモンさんあての伝言を頼まれまして」

「ああ、魔力のことね。師匠は往診に出ていて留守なの、彼女怒ってた?」

「いいえ。ですがかなり疲れているように見えました」


 ロッティだけではない、冒険者たちの対応に当たる魔術師たちは、皆顔色が悪く疲労が蓄積しているようだった。後で薬草茶を差し入れしようかしらと呟くマリィに、アキラはサイモンの魔力納品方法をたずねた。


「サイモンさんは狩りになんて出かけませんし、どうやって魔力を納めるんですか?」


 マリィは入り口に視線をやり、声を細めた。


「魔法使いギルドにね……魔力を吸い出す魔道具があるのよ」


 それに手を突っ込み、魔術師の体内から直接魔力を取り出していると語る彼女の表情は嫌悪感に歪んでいる。聞かされたアキラも顔をしかめた。


「それは……なんというか」


 消費するのではなく、他人に奪われる感覚は嫌というほど知っているアキラだ。急激に身体の自由が奪われ、指一本動かすことすら辛い疲労に押しつぶされる。自然回復には相当な時間がかかるし、魔力が回復しても苦痛はしばらく消えないのだ。


「後遺症への配慮も全くないんだから腹が立つわ」


 事前に測定した個々の魔力量のギリギリまでを吸引し、その後は回復薬すら与えられずに帰されるのだとマリィが声を荒げながら語った。


「魔力を納めた翌日の師匠は凄く苦しそうだし、回復薬を使っても魔力は戻らないから仕事にもならないのよ」


 魔術師個人の健康面だけでなく、無料診療所を閉めることで治療を受けられない人々がどれだけいるか、そう言った事情を訴えても魔法使いギルドは考慮してくれない。それどころか領主の命令を守らないならば罪人として捕らえるとまで言い切ったのだ。


「そんなにまでして魔力を必要とするなんて、ギルドは何をしているのでしょうかね」

「さあ、知らないわ。師匠なら知ってるかもしれないけど、最近は魔法使いギルドの話題を出すだけでものすっごく不機嫌になるのよね。あ、いらっしゃいませ!」


 アキラは接客に戻ったマリィに軽く手を振って外に出た。開け放たれた扉の側に、黒髪の青年が話しかけたそうに待ち構えている。


「何か?」


 営業用の笑みで問いかけると、彼はアキラの瞳の色を見て焦ったように視線をさ迷わせると、意を決したように問うた。


「あの……君はもしかして、日本人?」

「……っ」


 予想外すぎて、とっさに言葉が出なかった。アキラは自分の行動を怪しんだギルドの誰かが尾行(つけ)てきたのだと思っていたのだ。うまく篭絡して情報を聞き出せないだろうかと、笑顔を作って構えていたのに、それがまさか同郷の転移者とは。


「ギルドで君の名前が聞こえて、目の色とか変わってるけど、もしかしたらって思って」


 自信なさそうだった彼は、表情を取り繕うことを忘れたアキラの驚きに確信したのだろう、安堵の息をついて言った。


「転移して魔術師やってる人って俺以外に知らないから、どうしても我慢できなくてさ」

「……あなたは?」

「マサユキ、岡本真幸だ」


 二十代半ばに見える気弱そうな青年は、数年ぶりに遭遇した転移者だった。


   +++


「ここ、お酒を出さないから静かでおすすめだよ」


 大通りで込み入った話はしたくないと横目で街灯を見て言うと、マサユキもそのつもりだったのだろう、アキラを東北門寄りの宿屋街の裏手にある、雪花亭という小さな食堂に案内した。老夫婦が切り盛りしているその飯屋は、こちらの世界では珍しいセルフ式だった。扉を開けてすぐのカウンターで本日の料理を購入し、盆を持って開いている席を探すのだ。


「マサユキさん?」


 先に客席に移動したはずの姿が見えない。あたりを見回して探すと、目立たない壁際の扉の前で手招きをしていた。


「いいんですか、そちらは私的な部屋では?」

「メリルさんに許可を取ったから大丈夫だよ」


 カウンターの老婆を振り返ると、穏やかな笑顔が小さく頷いた。

 マサユキが開けた扉の向こうは小ぢんまりとした居間だった。家具は素朴なテーブルセットと飾り棚だけだったが、座面には毛糸で編んだ座布団が敷かれていて座り心地が良さそうだし、壁には手製と思われる織物が飾られていて、とてもあたたかい雰囲気だった。


「こんな特別な部屋に入れてもらえるなんて、マサユキさんはお店の方とずいぶんと親しいんですね」

「この街に来た時からお世話になってるんだ」


 二人は古く味わいのあるテーブルに着くと、どちらともなく「いただきます」と手を合わせていた。

 雪花亭の本日の料理は、岩鳥肉と赤芋のハルパ煮とエレ菜と玉菜のサラダだ。これに薄切りのパンが三枚付いている。飲み物は水だ。たいていの飯屋ではエル酒がつくものだが、他の客も皆水だけで、本当にこの店は酒を提供していないようだった。


「これは美味い」


 スープを味見したアキラは、深い味わいに驚いて目を見張った。見た目は鶏肉のトマト煮込みだが、スープには沢山の野菜の旨味が凝縮されていた。そして野菜の甘さの裏側に、ほのかに香辛料か何かが効いていて単調にならない。


「ジェフリーさんの料理は絶品なんだよ」

「ええ、とても美味しいです。仲間に料理好きがいるんですが、食べさせたら悔しがるだろうな」


 これを食べたコウメイは表情を消して丁寧にゆっくりと味わうだろう。その一口一口すべてに意識を集中させ、舌で感じる味を分析するに違いない。


「アキラさんの仲間も日本人?」

「そうです。そういえば自己紹介をしていませんでしたね、萩森彰良です」


 日本名を名乗るのは随分と久しぶりだと言うと、マサユキも「俺もだ」と笑みをこぼした。


「ギルドで名前を聞いて日本人だって思ったんだけど、髪はともかく目の色が全然それらしくなかったから声をかけるかどうか迷ったんだよ。もしかしてハーフとか?」

「日本人ですよ。こちらに来て色々あって、色が抜け落ちるような目にあったので……みっともないでしょう?」

「いや、凄く似合ってるよ。ギルドに見たことない綺麗な人がいたから見惚れてて、そこに日本人の名前が聞こえたから驚いてね」


 顔を褒められても嬉しくないが、この顔がなければマサユキと遭遇することもなかったのだから、今回ばかりは割りきった。


「転移したのいくつだった? 今二十歳くらいだよね、もしかして中学生くらいだったんじゃないか?」


 ずいぶん苦労したんじゃないかと躊躇いがちに聞く彼に、アキラは質問に質問で返した。


「マサユキさんは大学生だったんですか?」

「そう、大学一年生だった。今は二十八歳になったのかな」


 それなら実年齢でも年上だ。


「この街には他にも転移した人はいますか?」

「今は俺を含めて三人だよ」


 田舎の小さな村に転移させられた直後は五人で行動していたマサユキたちだが、この街に移ってきてしばらくした頃、いろいろあって二人は他所へ移ってしまったらしい。何故ウナ・パレムに移ってきたのかとたずねると、彼は複雑そうに装備の杖に目を落とした。


「俺に魔力があるって分かったからだよ。せっかくだから魔術師になれよってすすめられて、ファンタジーな世界で魔法が使えたら、もっといろいろ楽になるんじゃないかって思って……」


 料理の味も分からなくなるのではないかというほどに、マサユキは苦々しく奥歯を噛みしめた。


「この街で、なにか嫌なことがありましたか?」

「来なければよかったって思うくらいには、色々あったよ」


 この世界は優しくないからねと呟いたマサユキから、押さえきれない怒りを感じ、アキラは思わずスプーンを取り落としかけた。


「アキラさんはどうして薬魔術師に? 白級といったら結構凄いと思うけど」

「転移して早々に、大ケガをしたんですよ」


 あの時錬金薬がなければ死んでいたかもしれない。命が助かっていたとしても、左腕は確実に失っていたはずだ。


「それ以来、薬草を調べたり自己流で調合しているうちに魔力があることがわかって、運よく腕のいい魔術師に師事できたんです」

「師匠か……俺はそこで失敗したんだよな」


 伝手もなく飛び込んだ魔法使いギルドで紹介された名ばかりの師匠は、彼に何ひとつ教えようとしなかったそうだ。


「見習いのままだと雑用でこき使われるだけだし、給料も支払われないから生活が苦しくてさ」


 ギルドの図書室に通い詰めて勉強し、仲間に協力してもらって攻撃魔術を実戦で鍛えた。師匠の書類仕事の代筆をしていたので試験書類を偽造し受験した結果の合格だった。


「偽造がバレて師匠に破門されたけど、ギルドは横暴を見逃していた件と相殺で資格だけはくれたよ」

「それは、波乱万丈というか」


 今後の昇級試験は誰かに師事しなければ受けられないが、問題児として目をつけられたマサユキを弟子に取る魔術師は現れないだろう。そのくせギルド員としての義務は負わされるのだから大変だ。マサユキは冒険者として討伐や狩猟に出て生計を立てているのだと言った。


「私はこの街に来てまだ三カ月ほどですが、確かに暮らしにくいというか、魔術師からの当たりが厳しい気がしますね」


 とても会員扶助のための組織とは思えない。競争意識が強いせいだろうか、他の魔術師の実力や仕事を厳しく見張り、わずかでも瑕疵があれば攻撃的に追及してくる。アキラが査定係に暴言を吐かれていたところを見ていたマサユキは、わかるよと何度も頷いた。


「俺は魔術師としては最低レベルだし、昇級の見込みもないからよけいに肩身が狭いよ」

「言っては何ですが、この街にこだわる必要はないのでは?」


 彼らの仲間のうちの二人が出て行ったように、留まるも出て行くも自由なのだ。街を出て行くという選択をしないのは何故だろう。


「魔法使いギルドがあるから、残ってるんですか?」

「それも……ある。仲間がどうしてもここを離れられないから」


 それ以上は口を噤んで、彼は黙々と岩鳥を口に運んだ。なにやら深い事情があるらしいが、転移者とはいえ初対面の相手には話せないだろう。


「もしよかったらマサユキさんの仲間にお会いできませんか? 私の仲間二人もきっと会いたがると思います。この街は他所とは勝手が違っていて、三ヶ月もたつのにまだ戸惑うことが多いんです。色々と教えてもらえると助かります」

「そうだね、仲間に声をかけておくよ。連絡は……魔法使いギルドはちょっと使いたくないんだ」

「では冒険者ギルドはどうですか? 実は初心者講習で講師役をすることになっているんです。三十日ですから、その日にギルドに来てもらえれば会えると思います」

「分かった、仲間にも話を通しておくよ」


 その後は自分たちの事を話題にすることなく雑談に終始した。古着屋は南町の大通りに近い店が品質が良いとか、市場で生鮮食料品を買うなら三の鐘の鳴る少し前あたりが品数も多いとか、酒を飲むなら花街近くの酒屋がおすすめといった情報はありがたく聞いた。


「それじゃあ、三十日に」

「ええ、講習は四の鐘からはじまりますのでその前か、夕方の終わる頃に声をかけてください」


 食事を終えて個室を出ると、夕食時のせいかテーブル席は満席だった。食器を老婆に返却して店を出る。空はすでに暗く、路地は足元が危うい。雪花亭の前でマサユキと別れ、アキラは大通りを経由して住処へと向かった。


   +++


「おかえり、ずいぶん遅かったな」


 玄関扉を開けると、ふわりと包み込むようなスープの香りと、予定よりもはるかに遅いアキラを心配するコウメイの声に迎え入れられた。


「悪い、ちょっとイレギュラーがあって。夕食は済ませてきたんだ、ごめん」

「飯はいいって。それよりイレギュラーってのが気になるんだけど」

「二人が食べている間に説明するよ……」


 家に帰ると自然と肩の力が抜けた。寝室にあがって荷物を置き、結界魔石をもって階下に降りる。先にテーブルについていたシュウの腹が、遅いぞという文句の前に派手に鳴った。アキラはコウメイが料理を並べ終えるのを待ってから結界魔石を設置した。


「それを使うような話なのか?」


 料理の匂いで和んでいた空気が瞬時に引き締まった。アキラは二人が食べるのを眺めながら、魔法使いギルドで出会ったマサユキのことを話して聞かせた。


「この街に転移者がいたのか」

「新発見って久しぶりだよなー」


 大陸をあちこちと移動するようになって、コウメイたちは何人かの転移者に遭遇した。だいたいの転移者はアレ・テタル周辺に放り出されたらしく、遠くなると遭遇する転移者の数も少なくなった。ニーベルメアは最も遠い国なので転移者に会うこともないだろうと思っていたのだが。


「五人で転移して、この街にいるのは三人、残り二人は街を出てどこにいるかはわからないそうだ」

「それが結界張ってまでの話なのか?」

「転移者が……岡本真幸さんというんだが、彼は魔術師なんだ」


 それが? と首を傾げるシュウに、緊張をはらんだ低い声でアキラが言った。


「彼は魔法使いギルドの関係者入り口から出てきた」

「それは……気になるな」


 師匠に破門され不遇を囲っているはずのマサユキが、関係者入り口から堂々と出入りしているのは不自然だ、いくら黒級の下っ端だといわれても警戒せざるを得ないだろう。


「彼も俺を警戒している感じだった」


 調査任務中のアキラが彼を警戒するのは当然だが、あちらも何か後ろめたさのようなものを持っている印象だった。懐かしい日本人に会えて嬉しいという喜びはあるが、仲間についてや自身の重要情報はほとんど口にしていない。


「まあ、初対面同士なんだ、警戒するのも当然だろ」

「そーそー。とりあえず会ってみればいーんじゃね? 同じ転移者同士、苦労話でもしてるうちに腹割って話せるようになれると思うぜ」

「俺はそういうのは不得意だから、任せた」

「おう、任されるぜ」


 アキラが食べそこなった本日の夕食は、魔猪の揚げ肉団子に丸芋サラダ緑瓜のピクルス添え、そして粒ハギのリゾットだ。それらを平らげたシュウは「三十日が楽しみだぜ」と目を輝かせている。


「それともう一つ、マリィさん情報だが、魔法使いギルドには人体から直接魔力を吸い出す道具があるらしい」


 大きな注射器でも想像したのだろう、シュウが激しく身震いをした。


「なにそれ、きもっ」

「魔石で魔力を納品できない者には、そうやって納めさせているらしい。関係者フロアに入り込む方法に使えるだろう?」


 その魔道具を使う状況になれば、塔の奥に入り込める。ギルドが魔力を集める目的も探れるかもしれない。


「そのうちロッティさんあたりから誘導して、吸引魔道具を使ってみようと思う」

「無茶苦茶だ」

「それって危なくねーのかよ」

「危ねぇに決まってるだろ!」

「大丈夫だ、取られ過ぎないように調整するから」

「大丈夫なわけあるか」


 焦るコウメイに、アキラは珍しく優しげな眼を向けた。


「大丈夫だ」


 その声までがやわらかい。


「すぐに吸引魔道具を使うわけじゃない。それに俺は自分の魔力を素直にくれてやるほど無策(バカ)じゃない」


 ギルドに売却していない魔石が手元にたっぷりあるのだ、そこから引き出した魔力を、さも自分のもののようにして吸わせてやればよいのだ、と裏技を明かしたアキラは自信たっぷりだ。


「そんな便利なことができるのかよ?」


 彼が調整できると言うのなら、できるのだろう。

 だが、どうやてそんな裏技をとコウメイは不審の目を向けた。


「魔石の扱いの応用だと教わった」

「細目か……」


 ミシェルが細目から学ぶなと口を酸っぱくして言う理由がよくわかる。まったく、余計な裏技ばかりを教え込む師匠だ。一度あの細目を本気で殴っておく必要がありそうだと、コウメイは本気で襲撃計画を立てはじめたのだった。



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