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10 ふたつの銀板



 そのまま自分の森に帰ると言うエルズワースを引き止めて、一行はハリハルタに戻ってきた。

 帰路で虚勢のなくなったクロスとグランドから、様々なことを聞き取ったデロッシは、頭を抱えていた。


「洗い場の使い方を知らんのか?」

「体洗ったり洗濯しろって言われて案内されたけど、お湯も石けんもないし」

「どうすれば良いかわからなかったから、川の水で洗ってた」


 そこから教えなくてはならなかったのかと、デロッシのため息は深い。彼は成人と同時に冒険者になった新米と同じ教育内容を、できるだけわかりやすく丁寧にと心がけて教えていたらしいが、それ以前だったと知って落ち込んでいた。彼らに必要だったのは冒険者教育ではなく、幼子をしつける基本教育だったのだ。


「コウメイ、今夜、相談させてもらうぞ」

「了解、晩飯食いながらだな」


 糸袋と魔石を換金してデロッシと別れ、エルズワースを連れてマイルズの家に向かう。熊獣人のまれに見る体格と貫禄のある風貌は、冒険者の町でも格の違いがはっきりとわかる。だがエルズワースは住人らにじろじろと見られて落ち着かないようだ。


「宿屋はゆっくりできそうにないな」

「床に毛布でいいなら、俺が間借りしてる部屋に泊まるか?」

「家主は信頼できるのか?」

「さっきの冒険者の中にいただろ、錆色と白髪の交じった貫禄のある爺さん、彼だ」

「おお、あの御仁か。なかなか油断のできん気配をしていた」

「俺を最初に鍛えてくれた冒険者だ」


 それなら安心だと頷いたエルズワースは、市場へ寄り道するコウメイに機嫌良く付き合った。


「おかえりエル坊。やっぱりワシと飲みたかってんな?」

「そういえば、いたな」

「まだ居座って……もう飲んでるのかよ!」


 狼二人を説教しているうちにすっかり忘れていたが、細目はマイルズを相手に酒宴をはじめようとしていた。


「なぁ、はよ美味い肴作ってくれへん?」

「俺らが汚れ落としてデロッシさんが来るまで待て」

「ええ、ワシずっと待っとったんやで」


 知るか、とごねるアレックスを無視したコウメイは、食材を台所に収納し、洗い場で手早く身ぎれいにする。エルズワースと交代して食堂を通ると、マイルズが豆菓子と干し肉でアレックスをなだめていた。

 肴、肴とうるさい声を無視して、五人分の食事を作りはじめたのだが、分量の調整が難しかった。男五人のうち四人が高齢者だが、最高齢者は意外なほどに食べるエルフだし、その下は働き盛りの熊獣人で体格もいい。人族の高齢者二人も全盛期ほどではないがそれなりの健啖家だし、自分の食事量もそれなりに多い。


「やべぇ、買ってきた食材じゃ足りねぇかも」


 一鐘後、限られた食材を駆使して作られた料理がテーブルに並んだ。


「デカいんが並ぶと狭うてかなわんなぁ」


 マイルズとエルズワースは申し訳なさげに身を縮めるが、発言主であるアレックスこそが招かれていない邪魔者だ。


「家主を尊重しねぇんなら今すぐ出て行け」

「うぐ、すまへんて、ワシが悪かったから絞めんといてっ」


 つまみ出すぞと口で言うだけでなく、実際に襟首を掴んで引っ張られたアレックスはテーブルにしがみついている。


「「「「「乾杯」」」」」


 デロッシの手土産の酒で乾杯し、料理に舌鼓を打つ。

 ザク切りした丸芋の素揚げに、黒芋団子のフライ、魔猪肉にも衣を着けて揚げた。赤芋とボウネの千切りを甘辛く炒め、魔鹿肉と豆は赤ヴィレル酒で煮込み、紫ギネとレト菜の千切りを塩で揉みブブスル海草の粉末で和えてある。細緑豆と腸詰め肉をボイルして紫ギネのソースを添えて出し、残った野菜の切れ端はスープの具になった。


「仕事の目処が立った後の酒と料理は格別だ」


 ピリ辛炒めを口に運びながらデロッシがしみじみと呟いた。コウメイらと別れた後、デロッシは二人に洗い場の使い方を説明したのだが、水を井戸から汲んでくるところから教えなくてはならなかったと渋い顔だ。


「あいつらは時の数え方も、火の起こし方も、飲み水を作る方法も、井戸の使い方すら知らなかった。石けんの使い方もだ」

「聞けばわかることなのに、なんで聞かなかったんだろうな」

「……誰も彼もが遠巻きにしていたから、声を掛けづらかったらしい」


 冒険者の町であるハリハルタは、商業都市などに比べて獣人族の実力や結束力を恐れている者が多い。二人がケモ耳を露出していることが、冒険者らへの牽制と望まない忖度になっていたらしい。


「五人にかかわった職員からも聞き取ったんだが、エルフも人族の二人も、身の回りの設備や道具にかなり戸惑っていたらしい」


 狼獣人の二人以外は、周囲とのコミュニケーションに困ったことはなく、すぐに慣れていったようだが。


「仲間内で教え合わなかったのかね」

「厳密には仲間ってわけでもねぇしなぁ」


 狼二人と三人には、鞠香と祐也を見捨てた件で互いへのわだかまりがある。それもあって、協力を求めることができなかったのだろう。


「他所でも似たような問題おきとるんちゃうか?」

「うん? 他所とは?」

「エルフ擬きや獣人未満や、こっちを知らへん人族があらわれたんは、ハリハルタだけやあれへんちゅうことや」

「他にもいるのか?」


 黒芋団子のフライにフォークを刺しながらのアレックスの発言に、デロッシが顔色を変えた。


「あれ、言うてへんかったん?」

「もうちょっと現状が把握できてからって思ってたんだよ」


 いきなり異世界から転移してきた連中がいるなんて説明しても、信じてもらえなかっただろう。だがタクマやクロスらが特異なエルフや獣人だとわかったうえでなら、理解も早いし納得できるはずだ。

 コウメイはアレックスから銀板を借りて表示させ、これらの意味を説明した。


「で、ではこの赤い印の数だけ、別大陸からエルフや獣人がやってきたと言うのか?」

「全員がエルフや獣人ってわけじゃねえだろうが、最低でこの印の数だ。もう少し多いかもしれねぇぜ」


 コウメイが銀板に表示されない者もいる可能性があると言うと、マイルズもデロッシも眉間に皺を濃くした。


「この銀板は魔道具か? どうして漏れがあるのだ?」

「SNSのグループ……冒険者パーティーはギルド証で紐付けしてるだろ、あれと同じだ。これは青三角の持ち主に紐付けされているメンバーが表示されてるんだ。当然だが紐付けされていない者は表示されねぇ」


 学校、あるいはクラス単位の連絡用グループであったり、部活や友人同士の登録が元になっているのだろう。バスの運転手や添乗員もだし、他に玉突き事故に巻き込まれた人たちも鞠香の銀板には表示されていないはずだ。


「商業ギルドの構成員の情報が冒険者ギルドにわからないようなものか」

「この地図はかなり正確だな。町の位置も表示されているのか……ちょっと書き写させてくれ」


 デロッシが町の名前と印の数を慌てて記録した。各ギルドに問い合わせ注意喚起をするつもりだ。


「コウメイはずいぶんと事情に詳しいようだが……?」

「……ああ、もういいか」


 マイルズの探るような視線に、彼は小さく笑って懐から銀板を取り出した。画面を表示させ鞠香の銀板の横に並べて置く。


「同じだな」

「おまえも、だったのか」


 絶句する三人に、彼は肩をすくめ唇の端だけで笑って見せた。二つの銀板とコウメイの顔を複数の視線が何度も往き来する。


「悪かったな、隠してて」

「いや……だが、よかったのか? これまでずっと秘匿してきたのだろう?」

「故郷で生きた年数よりも、こっちで過ごした時間のほうが長いんだぜ。今さら別大陸(異世界)人だったからって理由で迫害されることもねぇだろうし」


 転移直後はアキラが襲われたこともあり、できるだけ周囲に不審がられる物は隠してきた。だがもう三十五年以上もこちらで生きているのだし、転移者であるという以上の秘密も山ほど抱えてしまっている。


「今もあんまり大っぴらにしたくねぇが、あんたらなら大丈夫だろ」

「ははっ、信頼が重いな」

「口外はせんよ、ギルド関係者は口が堅くなければならんのだ」


 マイルズもデロッシも、この場にいる者だけでとどめておくと約束した。


「もしかして、はじめてハリハルタで会った時期にこちらに来たのか?」

「ああ、あれのちょっと前だな。俺とアキは深魔の森に放り出されて、サガストに辿りついたんだ」

「それにしてはクロスらよりも馴染んでいたようだが……いや、思い出してみれば奇妙な違和感はあったな」


 活動の端々に不自然さがのぞいていた。それもあってマイルズはコウメイらに目をつけ、実力を見極めてスタンピードの討伐戦線に引っ張り込んだのだ。


「ではアキラは、エルフではないのか?」


 唸るように問うたマイルズに答えたのは、アレックスだった。


「アキラはエルフやで。はじめはどっちつかずやったけど今は立派な一族や。それは長老も認めとる」

「確かに、シュウは獣人未満だったが、今は一人前の、俺の一族にくわえたいと思うほどの立派な獣人だ」


 話の流れから、はす向かいに座る巨漢の冒険者が獣人族だと知ったデロッシは、胃のあたりを押さえて呻いた。なんでそんな重大な秘密をこんなにぽろぽろと漏らすのかと、と。

 ふと疑問が湧いてコウメイをまじまじと見たデロッシがたずねた。


「一つ、いいか? コウメイはエルフか?」

「違うぜ」

「なら別大陸の人族は、エルフと同じくらい長命なのか?」

「いや、人族はこっちも向こうもそれほど変わらねぇよ」

「ではコウメイはどうして歳を取らない?」


 エルフだというアキラの姿が変わらないのはわかるが、人族のはずのコウメイがエルフ並みに老けないのは何故かと問われ、彼はニヤリと口の端をあげた。


「秘密だ」


 コウメイの揶揄うような笑みの下に、ひやりとする剣呑な気配が、挑発するように見え隠れしている。アレックスがニマニマと頬をゆるませているのを見て、デロッシは要らぬ好奇心を持ってしまったと気づいた。

 コウメイが全員のカップに酒を注ぎ足して話題を元に戻した。


「デロッシさんにお願いなんだけどな」

「断わる。俺は引退した平民の冒険者だ、何の力もない」

「聞く前から拒否するなよ。今回の五人みてぇなのが過去にいなかったか調べられねぇか?」

「調べてどうする」

「自分が何者であるかを知らないエルフや獣人が、これから先にも現れる可能性があるんだ。今のハリハルタみてぇな混乱を招かねぇように、対策する必要があると思わねぇか?」

「また連中のような存在が現れると? 根拠はあるのかよ」

「たぶん俺らが知っている限りで、三度目なんだよ」


 自分たちよりも二十年も前に異世界転移したサカイ、そして自分たちの三十七年後に転移してきたクロスたち。間隔は一定ではないが、人族の寿命の間に一回か二回は転移者が現れるのは間違いないのだ。


「俺らの故郷に『二度あることは三度ある』ってことわざがあるんだ」

「三回起きたから終わりだな」

「違う、物事は繰り返される、って格言なんだよ。俺たちだけじゃなかった、クロスたちだけじゃない、これから先も別大陸(異世界)人が紛れ込む可能性は高いんだ。対策は必要だと思わねぇか?」

「必要だというのなら、直接偉い奴に言ってくれ」

「貴族や王族にか? 奴らに知られたら転移エルフや獣人がいいように利用されるだけだぞ」


 コウメイの主張に唸ったのはデロッシではなくエルズワースだった。


「我々は……少なくとも熊族は、獣未満の存在がどうなろうと口を出すつもりはない。人族の冒険者が自助自立というのと同じだ。己の身を守るだけの力を持たない獣人は獣人とは認めない。だがな、奴らが原因で我々に非難や敵意を向けられても困る。それに獣の特徴を持つ者が、虐げられたり理不尽に扱われるのを見れば、自業自得とわかっていても良い感情は湧かないだろう」


 今は棲み分けて互いに接触しないようにしているが、それが積み重なれば悪感情は膨れ、人族との関係改善が望めないほど悪化するのは間違いない。


「種族によっては好戦的な一族や狡猾な一族がいる。他種族の戦であっても、協力を求められれば同じ獣人族としては断れんだろうな」

「……くぅ」


 ますますもって頭が痛いと、デロッシは開いていたほうの手で頭を押さえた。


「デロッシ、諦めろ」

「副団長、それはねぇだろ。こういう企みはアンタのほうが得意じゃないか」


 大陸中の冒険者ギルドに話を通すにしても、田舎の元冒険者よりは「赤鉄の双璧」の元副団長であり、母国では叙爵までされたマイルズが根回しするほうが実現性は高いとデロッシがすがった。


「俺も手伝うが、もちろんコウメイも手伝ってくれるだろう?」

「裏方なら、な。できる範囲で」

「当事者なんだから全力で関われよ!」


 唾を飛ばして迫るデロッシだ。


「俺が表に出るのはマズいって。デロッシさんだって疑問に思ったんだろ、何でコイツは四十年もこっちにいるくせに歳取ってねぇんだって」


 出自を知られても困ることはないが、魔石義眼とその副作用については(おおやけ)にできない。長寿あるいは不老の手段があると知られれば、それを目当てに自分や仲間が狙われかねない。やっと平穏に暮らせる環境を手に入れたのだ、それだけは手放せない。


「……不老の秘密を王侯貴族に知られれば、深魔の森が戦場になる、か」

「俺らは草一つ残す気はねぇぜ」


 敵は容赦なく叩き潰すし、証拠も痕跡も一切残しはしないと不敵な表情で言い切ったコウメイだ。脅しではない、ホウレンソウの三人ならば可能であると、ここにいる全員が知っている。


「わかった。俺は天寿を全うして階段を上りたいんだ、コウメイのソレには関わらねぇでおく。だがな、二十年後三十年後に俺が生きている保証はないんだ、そのあたりの対策も含めて、そのずる賢い頭には働いてもらうぜ」


 デロッシは諦めたのか、それとも悟りを開いたのか、奇妙な表情でため息をついた。


   +


 情報交換と今後の対策の方向付け、そして責任の押し付け合いに決着がつけば、あとは料理と酒を楽しむだけだ。

 デロッシは自棄ぎみに料理を酒で流し込み、それをなだめるようにマイルズは胃に優しいスープをすすめている。エルズワースは体格にみあった旺盛な食欲で肉料理を中心に楽しんでいるが、それに負けまいとアレックスまでがあちこちの料理にフォークを伸ばしていた。見る見るうちに減りゆく料理を眺めながら、コウメイは食料庫の中身に思いを馳せている、そのときだった。


 ダンダンダン、と玄関扉が激しく叩かれた。

 十の鐘を過ぎており、他家を訪問するには相応しくない時間だ。ギルドか転移者らの件で緊急を要する何かが起きたのだろうか。マイルズの家にデロッシやコウメイがいると知っている者が呼びにきたのかもしれない。

 酒と料理でゆるみきっていた空気が一瞬で引き締まった。


 マイルズが玄関に向かい、コウメイとデロッシがテーブルを片付けはじめた。これ以上に人目につきたくないエルズワースは、先に客室に引っ込むと断わって立ち上がる。アレックスだけは酒瓶と揚げ芋の皿を抱え、ピリピリした空気など感じていない様子で飲み続けていた。


「鞠香がここにいるはずなんだ!!」


 玄関から聞こえてきた声は、焦りかすれていた。

 マイルズを押しのけて駆け込んできたクロスは、食堂にいる面々に「鞠香はどこだ?」

と迫った。室内を見回して、家具の陰や誰かの背中に隠されていないかと探す。


「何しに来た。夜の訪問も他人の家を勝手に家捜しするのも、こっちの常識でも失礼なんだぞ」


 奥にある扉を開けようとするクロスを捕まえたコウメイが、昼間の殊勝さはどこに行ったのかと渋い顔で咎めた。


「すみません、けど鞠香がここにいるはずなんだ。そっちの大きい人か、黒髪のアンタ、エルフの女の子を保護してないか?」


 クロスの確信に満ちた様子の根拠は、追いかけてきたグランドの手にある物を見てわかった。銀板を持った彼は食卓テーブルに残っていた鞠香の銀板を見つけ「これだ」と叫んだ。


「コレは鞠香のだ! 鞠香がここにいるんですよね?」

「おらんよ。ここにいるのはこの五人だけだ」


 玄関を閉めて戻ってきたマイルズが、二人に椅子をすすめた。


「でも間違いないんだ」

「それ、ワシのやで」


 騒ぎを無視してテーブルの端でずっと酒を飲んでいたアレックスが、ひょいと顔を上げて言った。


「嘘だ、そんなはずはない」

「嘘やあれへんて。森で拾うたんや」

「そんな……」

「そもそもだ、これが鞠香の私物だって主張する根拠はなんだ?」


 コウメイは二人にあたためたハギ茶を出しながら、「それ以上しゃべるな」と視線でアレックスを制止する。余計な発言で二人に鞠香の生存が知られては困るのだ。睨まれた細目は、口の前で人差し指を交差してニンマリと笑った。


「見てください。この青いのが俺で、隣にある赤いのはコレです」


 グランドがコウメイに銀板を突き出した。


「それはわかるが、どうして鞠香のだって断言できるんだ? クロスは持ってねぇのか?」

「……俺のは壊れてて、そこに映ってない」


 クロスもポケットから銀板を取り出し触れたが、表面には何も表示されなかった。彼は切なそうに銀板を見つめ、表面を撫でた。


「町にきて少ししてからコレに気がついて、そのときは青の印の近くに赤印は四つだった。町にいる俺以外の四人だ。地図を拡大したらいっぱい印が表示されて……そのどれが鞠香なのかわからなくて。頻繁に見てたら何も映さなくなっちまったんだ」


 クロスの銀板が反応しなくなったのと同時に、町にあった赤印が一つ消えた。グラントは銀板の使用を制限し、朝と夜に短時間、回数も一日二回だけ銀板をつけ確かめるようにしていた。つい先ほど、日課のチェックをしていて、赤印が四つに増えているのを見たのだ。


「だから鞠香が森を脱出して、町に戻ってきたんだと、思って……」

「本当に、鞠香はここに隠れてないのか?」

「他の部屋も探すか?」


 穏やかなマイルズの声は、納得できるまで調べろと二人の背を押しているようだ。


「……いないんですね」


 再会できるとの期待に、二人して地図を頼りに押しかけてきたのに、見つけられたのは糸の目のような男が森で拾ったという銀板だけ。

 そこから導き出された結論に、二人は顔色を失った。

 クロスの手から銀板が滑り落ちる。

 それを拾ったコウメイが状態を確かめた。傷や歪みは見あたらないので、魔力切れだろう。クズ魔石を交換すれば使えるが、それを教えるべきかコウメイは迷った。


「なんでなんだよ……なんで森に残ったんだ」

「……死ぬほうがいいなんて、そんなに嫌なのかよ」


 クロスは堅く目を閉じて頭を抱え、グランドは震えの止まらない手で銀板を握りしめる。

 自業自得の彼らに同情は湧かない。だが絶望と悲しみの感情には引きずられそうだ。コウメイは香り茶に酒を多めに垂らして差し出した。それを飲み干す間だけ待つ。


「二人とも、納得したならもう帰れ。明日もギルドの講習があるんだろ」

「……」

「俺が送っていこう」


 ギルドでも彼らを担当しているデロッシが、茫然自失の二人を引っ張り上げて玄関に向かう。じゃあなと手を振るデロッシを見送って扉を閉めた。施錠した途端、堪えていたため息がこぼれる。

 コウメイが食堂に戻ると、三人が頭を突き合わせて何やら相談していた。マイルズは困り顔、エルズワースは渋面、アレックスは薄笑みだ。知らぬ間に悪巧みが進行してはたまらないと、コウメイは空いている椅子に座った。


「ほな、そういうことで」

「何が『そういうこと』なんだよ」

「そら獣人未満の処遇に決まっとるやろ」


 デロッシらを見送るために玄関にいたのはわずかな時間だ。その間に決めたということは、アレックスかエルズワースに原案があったのだろう。


「獣人族の総意は得られねぇんじゃなかったのか?」

「人族側が決めたことを獣人族がどうこうは言えん」


 人族総意のように聞こえるがいいのか? とマイルズを振り返ると、彼は諦めきった様子で首を振った。


「他に思いつかんのだから仕方ない」


 マイルズが提案したのは、他大陸(異世界)からきた者を一定期間保護し、こちらで生きるための教育を施すという内容だ。それを大陸中の冒険者ギルドに周知させる。


「弱者救済はギルドの使命だからな」


 対象は獣人族やエルフ族として出現した者も含まれる。その教育内容や待遇について、大陸のエルフや獣人の意見を求めたのだ。


「エルフは弱ないけど、面白そうやし?」

「獣人も弱者ではないぞ。まあこれについての即答はできんからな、しばらく世話になることにした」


 一日や二日では終わらないため、エルズワースもマイルズ宅に居候するそうだ。


「あんた早く帰りたがってたんじゃねぇのか?」

「人族に囲まれるのは落ち着かんが、この町は他所よりはマシだし、マイルズ殿も人族にしては悪くはない」


 微妙な褒められ方をしたマイルズは苦笑いだ。


「それにコウメイも手伝うんだろう? ならば美味い飯も期待できるのだから、多少の不快感は我慢する」

「俺を頭数に入れるなよ」

「別大陸《異世界》からこっちに来たコウメイの経験は貴重なんだ、それを元にギルド側の体制骨子を作るつもりだから手伝ってもらわねば困る」


 マイルズは現役時代のような獰猛で狡猾な笑みを向け、逃げ腰のコウメイの肩をがっしりと掴んだ。


「期待しているぞ」

「……早く森に帰りてぇ」


 深夜にアキラ宛てにしたためた手紙には泣き言ばかりが書き連ねられていた。




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