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08 新米冒険者の選択



 台所にいたコウメイは、ノッカーの音を聞いて料理の手を止めた。数日前から愚痴と報告のついでにデロッシが押しかけてくるのだが、それは深夜だったり夕暮れだったりと日によってまちまちだ。今日は早いなと思いながら扉を開けた。


「来てもーた♡」

「くるんじゃねぇ!!」


 怒鳴り返すのと同時に扉を全力で閉めたが、間に合わなかった。

 敵はコウメイよりも素早く動き、閉じる寸前に足先を差し込んでいる。

 爪先を蹴りつけ、力を込めて扉で挟んで痛めつけても、敵の足はびくともしない。見た目はひょろいくせに、こういうところだけは頑強で腹が立つ。


「なんやの、せっかくたずねてきたんやで、なんでいきなり閉めるんや」

「招かれざる客を閉め出すのは当然だろ。なんでてめぇがここにいるんだよ?」

「あれ、アキラから聞いてへんの?」

「何がだ?」


 扉の隙間からのぞき込む細い目がニタリと笑った。

 その直後に、ひらひらと魔紙が追い落ちる。


「くそっ」


 アレックスを閉め出すか、魔紙を手に取るかを悩んだ一瞬の隙を突かれた。

 扉との隙間に肩をねじ込んだ腹黒陰険細目は、扉を挟んだ攻防に勝利しマイルズ宅の玄関に入り込んだのである。


「ああ、美味そうな匂いしとる。ワシの分あるんやろ?」

「ねぇよ」

「まあそう言わんと、ワシの分も頼むで」


 ポンポンとコウメイの肩を叩いたアレックスは、はじめてのはずのマイルズ宅の食堂へと、まるで通い慣れているかのような迷いのない足取りで入ってゆく。

 その背中を苦々しく見送ったコウメイは、床に落ちた魔紙を拾った。


「……そういうことはもっと早く知らせろよ」


 よほど焦っていたのだろう、崩れた走り書きは「アレックスがそちらに向かった」の一言だけだ。コウメイは魔紙に向かってため息と愚痴をこぼした。


   +


 アレックスが押しかけてきたのは七の鐘半だった。

 家主の帰宅を待てと繰り返すコウメイに、両手にスプーンとフォークを握り、子どものようにテーブルを叩いて食事を要求する。細目のスープにだけ薬草を混入してやろうかと、半ば本気で計画しかけたところに、ようやくマイルズがデロッシを伴って帰宅した。九の鐘の鳴る直前だった。


「この時間ってことは、連中、今日は大人しくしてたんだな」

「昨日よりはマシだった。ところで、こちらは……魔術師殿かね?」


 居候のコウメイは、家主の知らぬ無関係の人物を家に入れはしないだろう。ならば当然マイルズも知っているはずだとデロッシが問う。


「ああ、ナナクシャール島の魔術師殿だ」

「アレックスや、よろしゅうな」

「島、の!」


 冒険者集団「赤鉄の双璧」が島で活動した実績は存在しないが、冒険者生活の長いデロッシは、ナナクシャール島がどういった場所なのかをもちろん知っている。そこからやってきた魔術師と聞いて、彼の背筋がすっと伸びた。

 すっかり寛いでいるアレックスを見て、マイルズは困り顔だ。


「まさかアレックスが来るとは思わなかった」

「ワシやなかったらレオナードがくるけど?」

「……歓迎する」

「どやコウメイ、聞いたか? マイルズは歓迎する言うとるで」

「レオナードよりマシだって意味だろ。ああもう、玄関先でたまってねぇで飯食ってくれ。コイツがうるせぇんだよ」


 急かされ食堂の席に着くと、追いかけるように料理が運ばれてきた。挽き肉たっぷりのハルパソースをからめた麺に、大きめの根菜がゴロゴロしているスープ、卵と丸芋のサラダが並ぶ。


「「「「いただきます」」」」


 デロッシも自然に声を合わせられる程度には慣れた食事の席は、いつもなら問題児五人の愚痴をこぼし、相談や打ち合わせるのだが、今日はナナクシャール島の魔術師がいる。どうしたものかと無言で麺をすすっていたデロッシに、コウメイが引きつった笑みで促した。


「コイツはアンタに押しつけたエルフの件でここに来たんだ。遠慮せずに喋っていいんだぜ」

「なんや、おもろいコトになっとんやて?」


 目が開いているのか閉じているか判別がつかない顔つきだが、島の魔術師が面白がっていると理解したデロッシは、遠慮なく今日一日の出来事を愚痴った。


「一通りの教育は済ませたんだが、こんどは実戦をさせろとうるさくてな。特に狼の二人は自信過剰で厄介だ」

「五人とも冒険者登録を済ませたのか?」

「いやまだだ。身元確認が終わっていないという理由で町に閉じ込めている」


 彼らはデロッシの指示を、自分たちの都合に合わせ歪曲させ、好き勝手をしているらしい。


「人族の二人は宿の手伝いに文句を言わんからいいが、エルフのタクマは宿の女性客を誘いはじめているし、狼の二人は他の冒険者らに無自覚にケンカを売るから面倒だ」


 ハリハルタには身の程知らずの新米、それも獣人族の挑発に乗るような冒険者はいないが、目障りなのは確かだ。普段ならギルドの職員や腕利きが力ずくで従わせるのだが。


「エルフと獣人相手に、どこまでして許されるのかわからん。はっきりするまで迂闊なことはできんだろう?」

「そないアホな連中は、力でわからせてやったらええんやで」


 そう言ってアレックスは口の端についたソースをペロリと舐めた。


「心配せんでええ、アレらはエルフの皮を被った人族や。ワシらは同族やて認めへん。アレらが何をしてもワシらは無関係やし、アレらが悪さして罰されても、エルフ族は報復せんから安心しとき」

「……やはり、あなたは本物のエルフ族、でいらっしゃる?」

「あれ、教えてへんの?」

「そんな暇なかったじゃねぇか」

「デロッシはあまり関わりたくなさそうだったから、俺のところで止めておいたほうが良いかと思ってな。すまん」


 黒髪で細目の魔術師が耳飾りを外して姿を変えた途端、デロッシは胃のあたりを押さえて呻いた。まごうことなき本物のエルフが、目の前でコウメイと「お代わり」「余分はねぇ」とくだらない喧嘩をしているのだ。デロッシは冒険者として積み重ねてきた常識や価値観が、儚く音を立てて崩れるような気がした。


「それは狼獣人に対しても、かまわないのだな?」

「ワシが保証するわけにはあかんけど、たぶん獣連中もおんなじ結論になる思うで」

「つまり、今度は本物の獣人がここに来ると?」

「一応連絡は入れといたし、そのうち誰か来るやろなぁ」


 キリキリと締め付けられる胃を誤魔化してたずねたデロッシは、恨めしそうにコウメイを見据えた。


「エルフ族の結論伝えとくわ。これ冒険者ギルド通じて広めといてもろたら助かるんやけど」


 今回のように他所から紛れ込んだエルフ姿の存在に、鎖をつけて監視すると決まった。その鎖は偽者でなくなったときに外れるようになっている。もし人族にエルフが罰されても、その鎖が残っている者であればエルフ族は報復しない。

 それを聞いてデロッシは胸を撫で下ろした。マイルズもほっと息をつく。これであの倫理観の緩いエルフに、報復を恐れずに厳しい指導ができる。

 明日一番にタクマに鎖をつけにゆくと言うアレックスに、マイルズが何気なく問うた。


「その鎖は我々にも見えるのか?」

「腕に輪っかつけとるんを晒すんは、犯罪奴隷だけなんやろ? 他所からきた偽者(ニセモン)てだけで犯罪者やないねんで、見えたらあかんやろ」


 偽者とはいっても姿はエルフなのだ、一族の老人らはエルフ族が侮られ粗末に扱われることを容認するつもりはない。


「判別できないのか……」

「それは、無茶だ……ですぞ」

「見た目(鎖)で態度変えるなっちゅうことや。人族同士やったら普通にできとるやろ、それとおんなじようにエルフ族にしたらええねんで」

「……また難しいことを」


 言葉を失ったデロッシに変わり、マイルズが言質をとろうと続けた。


「人族の中で生きている鎖つきエルフが罪を犯した場合には、我々の法にのっとって罰しても良い、ということだな?」

「せやで」

「我々には鎖が見えないのなら、それが本物のエルフだった場合はどうなる?」

「それも好きにしてええて。けどワシらは人族に捕まるようなマヌケやないし、そもそも人族嫌うてんやから、こっちにくる用事あってもジブンらの前になんか姿あらわさへんわ」

「頻繁に出没するてめぇはどうなんだよ」

「ワシかて普段は島でのんびりしとるやろ」


 今回も呼び出されなければ動くことはなかった。昼寝付きのぐうたら生活を邪魔されたと文句を言うエルフから、デロッシは無言で視線を逸らした。

 言質がとれたのはよかったが、余計な仕事が増えたとマイルズがため息をつく。


「そういうことなら、ギルドを通じて、大陸に周知をはかったほうが良さそうだな」

「……副団長、頼む」

「俺は引退した身だ、デロッシが頑張らなくてどうする」

「無理だ、俺には荷が重すぎる。俺は副団長と違ってただの引退冒険者だぞ、知名度も影響力もねぇんだ。こんな荒唐無稽な話を持ち込んだって、誰も聞いちゃくれねぇよ」


 赤鉄の双璧の実質的な統率者であり、マナルカト国で叙爵された冒険者の発言に耳を傾けない冒険者はいない。自分は下っ端として雑用に専念するので、上層部との折衝は頼むとデロッシが胃を抑えながら頭を下げた。

 昔も今も慕ってくれる仲間に頼られて否とは言えないマイルズだ、最後の務めかと腹をくくり、持っている人脈を駆使するべく準備にかかった。


   +


 アレックスを一人ふらふらさせておくなとデロッシに苦言を呈され、コウメイは仕方なく細目の監視を引き受けた。

 懸念通り、市場やら商店街へ寄り道したがるアレックスの襟首を引っ張ってギルドに着いたコウメイは、朝の慌ただしさの中から声をかけられて驚いた。


「わぁ、久しぶりですね」

「森では色々とありがとうございました。町で見かけなかったけど何してたんですか?」


 ギルド職員の手伝いをしていたエリナとリヒトは、コウメイに笑顔を向ける。久しぶりに見た二人の顔からは、甘ったれた部分が削がれ、生きる厳しさを受け入れた覚悟のようなものがうかがえた。

 二人は宿やギルドの雑用をこなして小銭を稼いでいるらしい。


「身分証がもらえないと本格的に働けないらしいし、閉じこもってるのも退屈なんですよね」

「ここにいると色々なことが見聞きできて勉強になるから。お金も貯められるし」

「コウメイさん、職員さんが言ってたんですけど、もっと都会のギルドなら町の中の仕事だけ紹介してもらえるって本当ですか?」


 ハリハルタは討伐冒険者の町だ。そのギルドで求められているのは、傭兵や狩人のような戦える者であり、ギルドが紹介するのも討伐が主体の仕事ばかりだ。雑用もなくはないが数が少なく、それだけで生活できるほど稼げはしない。


「本当だぜ。人口の数だけ雑用は増えるし、商業ギルドでも仕事は斡旋してもらえる」


 商店の使い走りや雇われ店員の仕事は、冒険者ギルドではなく商業ギルドのほうが多いだろう。農村での仕事は農業ギルド、職人になりたければ職人ギルドで親方を紹介してもらうのが一番である。


「ギルドってそんなにいっぱいあるんだ」

「じゃあ音楽家になりたかったらどのギルドに行けばいいの?」

「音楽家?」


 エリナの口から出た予想外の疑問に、コウメイは目を丸くした。


「そう、音楽家。歌手でもいいけど。ここってそういう職業あるんでしょ?」

「あるにはあるがなぁ」


 コウメイの歯切れが悪いのは仕方のないことだった。

 大きな舞台に立つ音楽家や歌手は、貴族や富豪の後援を得た者ばかりだ。もちろん平民にも歌謡の娯楽を提供す者はいるが、そう言った人々は町や国を放浪する情報屋であり、花を売る者でもあった。エリナはそういった事情を知っているのだろうか。


「あ、やっぱりそういう仕事なんだ?」

「誰かに聞いたのか?」

「うん。宿の食堂で夕ご飯を食べてたら、ギターみたいなの持った女の人が来て歌いはじめたんだ」


 客の求めに応じて次々に歌う女性を見て、こういう仕事ならできそうだとエリナは思ったらしい。


「あたし、お兄ちゃんのバンドでボーカルやってたの。路上ライブもいっぱいやってたし、結構人気あるんだよ」


 自分の特技が活かせるのなら歌って生きていきたいと考えたエリナは、教育係の職員に歌手になる方法をたずねた。そして音楽家が成功するきっかけには、男女問わず性的な取引が必ずと言っていいほど付随すると教えられた。


「宿で歌っていた人も、最後は金持ちそうなオジさんと一緒に出て行ったし、そういうことかぁって」


 体を売るのは嫌だというと、色事抜きでも音楽で食べられないことはないが、非常に厳しいだろうと教えられた。客や支援者が期待するものを拒絶した音楽家は、演奏の場から追い出されることもしばしばだ、と。

 歌を諦められないエリナは、コウメイなら何か違う方法を知っているかもと思いたずねたのだ。


「コウメイさんって、あたしたちと同じ日本人だよね?」

「……公言してねぇんだ、あんまり言いふらすなよ」

「わかってるよ。ここって色々複雑みたいだし、あたしもこの町を出たら自分の出身とか誰にも言わないつもりだし。あたし、助けてくれた恩人は裏切らないよ」


 わがままと身勝手はだいぶ鳴りを潜めたが、その代わりもともと備わっている社交性が大活躍しているようだ。苦笑いのコウメイは、望みを実現させる方法がなくはないと答えた。


「歌い手が稼ぐためには、歌う場所の確保が必要だ。宿屋や飯屋や酒場、市場で歌うには管理する者に許可を得る必要があるが、そこに金と色欲が絡んでくる。だが歌う場所を自力で用意すれば、それはそれで問題が生じないとも言い切れない。町住みの歌い手や演奏家には縄張りがあるからな。それを無視すれば厳しい報復をくらうだろうぜ」

「へぇ、こっちの芸能界もなかなかシビアだね。ちなみにだけど、コウメイさんが考える安全な歌う場所って、どこ?」

「そうだな、強いて言うなら、旅の行商人かな」

「行商って、商人よね?」

「町に定住してねぇんだし、客の呼び込みに歌っても苦情を言うヤツはいねぇと思うぜ」


 もっとも歌が下手で聞くに堪えないなら話は別だが。


「行商人かぁ。誰か紹介してもらえないよね?」

「図々しいぞ。悪ぃが知り合いに心当たりはねぇよ」

「そっか、残念。でもありがと」


 明るい色に脱色した髪を揺らして、彼女は心配そうにこちらをうかがっているリヒトの元に戻った。


「かわええなぁ」

「ロリコンか」

「なんや悪口言われたような気ぃするんやけど?」


 華やかな雰囲気のある少女を見送ったアレックスは、コウメイを促した。


「それでエルフモドキと狼のなりそこないはどこやねん」

「遅刻せずに出勤してきたのはあの二人だけのようだな」


 デロッシを呼び出してたずねると、彼は疲れの残る顔で首を振った。


「タクマはジェミニの部屋にいるらしい」

「誰だよそいつ」

「……女冒険者だ」

「それは……どう判断すりゃいいんだ?」

「好きにしてくれ。もうあれは俺の手には負えん」


 ギルドも面倒を見きれないと判断した。アレックスの言質もあることだし、さっさと身分証を渡してタクマを追い出すと決めたらしい。


「ジェミニは二つ名持ちの冒険者だ。ハリハルタでも上位にいて、ギルド職員も一目置いている。彼女がエルフの美貌に狂うとはとは思わなかった……いや確かにため息が出るほど美しいが、性格の悪さがにじみ出ていたじゃないか、なぜジェミニにはそれがわからないんだ?」


 ため息の後に続いたデロッシの愚痴に同情したコウメイは、お疲れさんとその肩を叩いた。

 転移エルフはこの数日間で、何度も女性問題で騒ぎを起こしている。気を持たせるような素振りで複数女性の感情を煽り、彼女らが揉める様子を冷静に分析して、誰を選べばもっとも実利を得られるかを見極め、ジェミニを選んだらしい。


「あれは自分の見目の良さをトコトン利用してのし上がるタイプだ。見た目は清楚で弱々しげに見えるが、腹の中は真っ黒だな」

「あいつ十七歳とかだろ。スレすぎてねぇか?」


 タクマの所業に呆れるコウメイに向けられるデロッシの視線は冷たい。


「コレだから顔のいい奴は」

「痛ぇ。俺は関係ねぇだろ」


 デロッシに小突かれて身をよじったコウメイは、放っておくのか? とアレックスに視線で問う。


「おもしろそやし、ええんちゃう?」


 アレックスはエルフ擬き(モドキ)が女に刺されて死のうが、貢がせた女の恋人や夫に暴行されて死のうが、鎖がついていれば関与はしないと言った。


「だったら早めに鎖とやらをつけてくれ。ジェミニの家はここだ。ついでにこれも渡してこい」


 明日にでも暴行事件が起きそうだと焦りを見せるデロッシが、コウメイに住所を走り書きした板紙と、タクマの身分証を押しつけた。


「可能ならコウメイの男の魅力でジェミニの目を覚まさせてもらいたいんだが」

「冗談じゃねぇぞ」

「いや本気だが……まあ線の細い美少年が好みなんだから、コウメイでは誘惑できんか」


 デロッシは軽蔑まじりのコウメイの眼光を避けるように背を向け、ちょうど雑用が終わったらしいリヒトとエリナを呼んで身分証を渡した。


「それがあれば町の出入りに金はかからないし、仕事にも就けるようになる。だがあんたらはここの流儀に不慣れだ。急いで町を出るのはすすめられない」

「それはよーくわかってます」

「町を出るにしてもお金を貯めないといけないし」

「お仕事とか、あと住むところとか、相談させてください」


 エリナとリヒトは身分証を大切にしまい込みながら堅実な希望を口にした。この様子なら、無謀な行動で危険に飛び込むことはなさそうだ。デロッシは孫を見るような温かい目だし、ギルド職員にも穏やかに見守ろうという空気が流れている。

 その二人を隅に引っ張っていって、コウメイは克也と大地の居場所をたずねた。


「ああ克、じゃなくて、クロスとグランドだっけ?」

「なんだその名前は」

「名前を書くとき、あの二人が自分で書いたんだよ」

「ゲームで使っていた名前らしいです。普通に名前でいいと思うんだけど、こだわりがあるみたいで」


 ここで偽名を使うというあたり、まだ中二病に罹患したままらしいと笑いが漏れた。


「いつも、違う、こんなんじゃない、ってブツブツ言ってて嫌な感じだよ」

「なんか自分ルールが強すぎて、苦労しそうだよね」


 話題にしているうちに心配になったのか、エリナとリヒトは顔を見合わせる。

 克也ことクロスと大地ことグランドは、ギルドで学べることなどないと言い放ち、討伐冒険者に森に連れて行ってくれと直訴したり、監視の目をくぐって町を出ようとしているらしかった。


「冒険者には断わられてるし、門も見張られてるから出られないのにね」

「壁を越えようとはしねぇんだ?」

「無理でしょ、ここの壁って三メートル以上はあるよ」


 梯子を調達して壁を登ったとしても、無傷で着地するのは難しい。それがわかっているから二人も実行に移さないのだろう。

 ヒモ志願のエルフと頑なな狼獣人が、町の中限定とはいえ好き勝手しているのだ。影響を最小限にしようと走り回るデロッシは、コウメイが想像していた以上に苦労しているようだ。今夜の食事は彼の好物を作って慰めるとしよう。


「二人ともクロスとグランドの心配はしてるけど、タクマの心配はしねぇのか?」


 男娼と誤解されない行動を指摘すると、二人は冷めた表情で肩をすくめた。


「あたしには理解できないけど、好きでやってるんだからほっとけばいいんじゃない?」

「タクマってアイドル顔で人当たりが良いから、女の子の人気は高かったけど。でもまさかヒモ宣言をするとは思わなかったな」


 エリナもリヒトも最初は心配して声をかけたのだ。年上の女性らの喧嘩を楽しそうに見ている様子が薄気味悪くて、異世界に放り込まれて何かが切れてしまったのかもと怖かった。だが彼は悪びれもせずに言ったそうだ。


「俺、年上の女性は得意なんだ」と。


 日本でも同時進行で年上数人とお付き合いをしていたが、その全員が稼ぎのいい社会人だったらしい。こんな文明の後退した世界で生きなければならないなら、できる限り楽で簡単に生きたいとタクマは宣言した。有言実行とばかりにジェミニのヒモをしながら、同時に町の女性何人かにも貢がせているらしい。


「それ聞いたらほっとくしかないでしょ」

「心配して損したよな」


 タクマの腕に鎖がつく前に恋敵に刺されでもしたら、最悪の場合はエルフ族と戦争だ。


「ほんと、デロッシさんの苦労が忍ばれるぜ」


 興味深げに冒険者ギルドの中を見物しているアレックスをつかまえ、ジェミニの家へと向かった。



※今回のアレックスの足の指はとても我慢強かった。

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― 新着の感想 ―
エルフ式「来ちゃった♡」のお陰で初っぱなから笑わせてもらいました。 全然可愛くないですから! そのうちにエディも言いに来るのではないでしょうか。 コウメイがモテモテだととても嬉しいです。 凄く気にな…
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