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07 獣人族の視察



 アレックスを追い出した森の隠れ家では、着々と鞠香たちの訓練がすすんでいた。

 エルフ族を頼れないと知った鞠香は、討伐は避けられないと覚悟を決め、自らを叱咤し、せめて角ウサギを狩れるようになりたいと、シュウに森歩きと狩猟を教わっている。

 羽が邪魔で思うように狩りができない祐也は、薬草の勉強に専念していた。討伐冒険者よりも危険は少ないし、実入りは少なくても安定している薬草冒険者は、祐也の性に合っているようだ。コツコツとした地道な仕事も苦にならない様子で、アキラの教えを熱心に学んでいる。

 草引きついでに薬草の特性と採取方法を教えていたアキラは、祐也に躊躇いがちに問われた。


「アレックスさんって、本当に元日本人じゃないんですか?」


 あれからずっと疑問だったのだと祐也は続けた。キラキラしいエルフの外見に関西弁は似合わない、という率直な彼の意見に、アキラは苦笑して答える。


「彼はこの世界の生粋のエルフですよ……信じがたいかもしれませんが、こちらのエルフ族は全員関西弁です」

「全員? 世界観がバグってませんか?」

「どうでしょうね。とにかく私の知っているエルフ族の方々は、みな我が強くてよく喋ります、関西弁でね。会話の主導権を握られると理不尽を押しつけられてしまうので、必死に割り込むのですが、なかなか難しいのですよ」


 取り囲む老エルフらに関西弁でまくし立てられるのは、一度の経験で十分だ。アキラは遠い目をして息をつく。


「とにかく、この森の外で関西弁を聞いたら、生粋のエルフだと思ってください。エルフなのに訛りがないのは、転移者である確率が高い。逆に言えば、人族の姿をしているのに関西弁を喋る者がいたら、それは姿を変えた生粋のエルフと考えて間違いありません」

「見分け方が簡単なのはいいですね……あれ?」

「どうしました?」

「スマホがなくても、話し方で見分けられるって、アレックスさん知らないのかな?」

「……自分の言葉にナマリがあると気づいていない可能性はありますが、指摘しないでくださいね」


 言葉を人族にあわせてきたら、見分けがつかなくなってより危険が増してしまう。


「祐也さんも万が一にも遭遇してしまったら、極力近づかないようにしてください。どうしても関わらざるを得ないときは、当たり障りなく誤魔化して、敵対しないように注意してくださいね」


 彼らは高慢で特権意識が強く冷酷だ。我を押し通せるだけの力を持っており、それを人族に向け使うことを躊躇わない。それを忘れるなと念を押すと、祐也は獣人も同じように敵対意識が強いのかと不安げに問うた。


「エルフほどではありませんし、種族にもよりますが、そういった傾向にはありますね。私たちは熊族とは割合親しくしていますが、その他の獣人とはほとんど交流がなくて」

「そうなんですね。シュウさんもリンウッドさんも鳥族は知らないって言ってたし……」


 祐也は不安をぶつけるように雑草を乱暴に引き抜いた。鞠香はアレックスからエルフ族の情報を得ているのに、祐也には「らしい」や「と思われる」といった曖昧な伝聞情報しか伝わってこない。


「祐也さんは鞠香さんを追いかけてきたのでしょう? それなのに獣人族の領域で暮したいのですか?」


 そう問いかけるアキラの目が、少しばかりイタズラっぽくほほ笑んでいる。

 自分の行動原理を知られている恥ずかしさからか、彼は頬を染めて雑草に八つ当たりを続けた。


   +


 祐也に最低限の薬草知識を詰め込めたと判断したアキラは、シュウと鞠香の訓練に彼も同行させた。護身用の短剣を差し出された祐也は尻込みしている。


「単独で活動する薬草冒険者もいますが、たいていは二人一組です。何故だかわかりますか?」

「薬草採取してるときって無防備だろー、後ろから襲われたら終わりだぜ」

「一人が採取している間、もう一人は周囲を警戒します。武器を持ってチラつかせるだけで逃げてゆく魔獣もいますし、道を切り開いて逃げるのにも武器は必要ですよ」

「それなら魔物のいない場所で薬草を探せば良くないですか?」

「草原にも魔獣や魔物はいますよ。それに品質の良い薬草は森に多いですし、種類も豊富なんです」


 効率よく稼ごうと思えば、町に近い草原で一日採取するよりも、森で半日働くほうが数倍の儲けになる。


「二人が一緒に行動するのなら、祐也さんは採取に専念して、鞠香さんは見張りでしょうか」

「……女子に守られるのって、なんかカッコ悪い」


 ボソリと呟いた祐也は、アキラの差し出す短剣を受け取って腰のベルトに差した。


「まあ今日は戦うことはないと思います。まずは二人で行動することに慣れてください。祐也さんは薬草を探しながら、鞠香さんは周囲を警戒しながら歩けるようになりましょう」

「私たち二人だけですか?」

「心配するなって、俺らもちゃんと後ろからついてくから」


 森に踏み込んだ二人は、風にかすれた木の枝の音や鳥の鳴き声を聞く度に、ビクビクと後ろを振り返る。アキラとシュウが居るはずなのに、木々の間に姿は見えないし、足音もしない。本当に守ってくれているのだろうか、膨れあがる不安を必死になだめながら、二人は森をゆっくりと進んでいる。


「腰が引けてんなー」


 二人から見えないように木々に身を隠しながら、シュウは威圧を強めて周囲の魔物を追い払っていた。


「鞠香はだいぶ森歩きに慣れてきたなー。祐也は全然だけど」

「ここに連れてきたとき以来だから仕方ない。ああ、薬草を見逃したぞ、これで二箇所目だ」


 緊張でガチガチなせいか、普段なら見える物も見落としている。これからは頻繁に森に連れ出し慣れさせねばならないだろう。


「もうちょっと手加減してやれよなー。あの二人、冒険者向いてねーと思うぜ」

「向いてなくても、ここを出たら最初は冒険者として身分証を作り、当面の生活費を稼がなくてはならないんだ。生業を決める前に野垂れ死になんてさせられないだろう」


 ノウハウを教えても活かせなかったらと心配するシュウに、自分たちもそうだったではないかとアキラは苦笑いで返す。

 コズエもサツキも冒険者として生活費と開業資金を稼いだ。この世界に存在する職業訓練校は魔術学校くらいだ。基本は親方や工房に弟子入りし、技術や資格を身につける。だが弟子入りは、縁故や確たる紹介者がいないと難しいのがこの世界の現状だ、鞠香や祐也が目標を見つけたとしても、その道は険しいものになる。せめて生活に困らないだけの稼ぎを確保できるように、というのがアキラの配慮だった。


「そー言われるとなー。あいつらエルフと獣人ってだけでハードモードなんだし、保護者つけてやれねーかな?」

「心配ならシュウが面倒見たらどうだ」

「えー、俺は無理無理。コーメイとアキラの世話だけで手いっぱいだって」

「おい、コウメイはともかく、俺がいつシュウに世話になった」

「いっつもじゃん。最後の詰めが甘くて細目に振り回されてるアキラの面倒見たり、意外にポンコツなコーメイの後始末したり?」

「面倒を見ているのはこっちだぞ。シュウの暴走を止めるのがどれだけ大変かわかっているのか?」

「俺は暴走なんてしてねーよ。いっつも逆ギレしてんのはア――やべぇ!!」


 口論を打ち切ってシュウが駆け出した。

 悲鳴と咆吼が聞こえたアキラも杖を手に追う。


「待て! ストップ!! そいつらは駄目だっ」


 振り下ろされる剣の前に割り込み、両手で支えた鞘で受け止めた。腕に伝わる衝撃に耐え、シュウは攻撃の主を仰ぎ見る。

 額に鉢巻きをした筋骨隆々の大男が、シュウが背に庇う二人を冷酷な目で見おろしていた。


「すまねーな、エルズワースさん。こいつら何かした?」

「矢を射かけてきたから反撃しただけだ。シュウの弟子か?」

「弟子っつーか、一時的に保護してるつーか」

「教育がなってないな。相手が何者か見極める前に射かけるなど、命がいくつあっても足りんぞ」


 わかったか、と鋭い眼光に晒された鞠香は、ガクガクと震えながらなんとか頷いた。彼女の前で腰を抜かした祐也も、半泣きで人形のように頷き続けている。

 二人の視線を遮るようにアキラが割り込んだ。


「ご無沙汰しています。アレックスから話を聞いて来てくださったのですか?」

「ああ、己の目で確かめたかったしな」


 剣を鞘に戻したエルズワースは、なんとも言えぬ顔で首を振る。


「予想以上に厄介なようだ」

「家のほうで詳細をご相談させてください」


 アキラがエルズワースを連れて離れると、鞠香と祐也は堪えていた嗚咽を吐き出した。


「こ、怖かったぁ」

「死んだかと思った……」

「鞠香ちゃんさ、人を射ちゃ駄目だろー」


 しゃがんで目線を合わせたシュウは、幼い子どもに言い聞かせるような、やさしい声と表情だ。


「ガサガサって、音がして、すっごく大きかったから、反射的に」

「体がデケーだけで魔物だって判断するのは危ねーって、よーくわかっただろ?」

「は、はい。人だってわかって、すごく怖くて」

「ぼぼぼ、僕は真っ二つにされるのかなって……稼ぎ少なくてもいいから、やっぱり安全なトコロで薬草採りたいです」

「そーか、まあ無理しちゃいけねーよな、うん」


 シュウは二人の肩を撫でるように叩いて励ましながら、やっぱり保護者が欲しいと切実に思った。


   +++


 シュウが二人を連れて家に戻ると、エルズワースはミシェルのもてなしでくつろいでいた。熊獣人と魔女の手元にあるグラスの液体色を見て、慌ててアキラを問い詰める。


「おい、あれ酒じゃねーの?」

「エルズワースさんのご機嫌取りだ」

「昼間っから飲んだくれる気かよー」

「仕方ないだろう、彼がピリピリしていたら、鞠香さんと祐也さんが落ち着かないんだ」

「けどよー、酔っ払ってする話じゃねーんだぞ」

「問題ない。ミシェルさんは強いし、エルズワースさんも果実酒には耐性がある」


 穀物酒は体質的に合わないらしいが、果実酒なら大歓迎らしい。多少は酔うかもしれないが、機嫌をとるほうが重要だ。

 汚れを落とした鞠香と祐也が、エルズワースから最も遠い位置に揃って腰をおろした。テーブルに並べられているのは、酒のつまみが中心だ。パンは薄めに切り分け、ジャムが添えられている。甘辛い豆菓子に、生ハム、野菜の酢漬けと、茹で芋にチーズをのせてオーブンで焦げ目をつけたものだ。チーズ焼きは焦げすぎているが、リンウッドの料理にしては上出来の部類だろう。

 酒で機嫌の良いエルズワースに、アキラが鞠香と祐也を紹介する。


「エルフ擬きと、はぐれ獣人……いや、獣人未満(モドキ)か。本当に存在していたのだな」


 鞠香と祐也はおどおどと会釈し、シュウの体に隠れるように身を小さくしている。


「ちょっとわかんねーんだけど、獣人と獣人未満(モドキ)の違いって、生粋か転移かで決まるのか?」

「まあ狼族の言う『はぐれ』と同じ意味で使っていたが、これからは別の意味を指すようになるだろう。未満でもはぐれでも、獣化できないまま成人した者を、一族で獣人と認めるわけにはゆかない」


 それは狼や狐といった他の獣たちでも同じだそうだ。シュウは転移により獣の耳と尾を持ったが、獣化できるので獣人と認められるのだそうだ。


「えー、けど俺、いっつもはぐれ狼って言われてるけど?」

「実際シュウは狼の群れから離れているだろう。狼や狐は獣化できない者を群れから追い出している。だからはぐれ狼って呼んでいるが、ちゃんと獣人だと認めているぞ」


 話の流れでエルズワースも獣人だと理解した鞠香と祐也だが、何の獣であるかを聞く勇気はない。祐也の羽を見ても特に何かを言うわけではないので、鳥類の獣人ではなさそうだと察した。


「エルズワースさん、今回の件、獣人族はどのような見解なのですか?」

「……これは俺の一族の意見であり、獣人族の総意ではないが、いいか?」


 アキラが頷くと、彼は酒で喉を潤してから語りはじめた。


「同族の獣人未満(モドキ)が存在した場合、本人が獣人たらんとするならば受け入れると決めた。ただし条件がある」

「なんだか不穏ですが、それは?」

「完全獣化できることだ」

「いや、それ無理だろー」


 真っ先にシュウが反論する。エルズワースは小首を傾げて不思議そうに弟子の狼を見た。


「そうかね? シュウは見事に獣の本能を目覚めさせたではないか」

「あれは不可抗力っつーか、あんたらが奈落に蹴落としたからだろー。あれで俺は死にかけたんだからなー」


 二人のやりとりを聞いて、頭を割られる寸前の恐怖がよみがえったのか、祐也が羽を縮めてカタカタと震えた。


「それくらいの覚悟と闘志を持たぬ輩を、獣人と認めるわけにはゆかん。一族の里に立ち入らせられんのだ。聞けば大陸に出現した獣人未満(モドキ)らの心の有り様は、人族のままなのだろう?」


 シュウの陰に隠れる祐也と鞠香を視線で指した彼は、いつ裏切るのかもわからない者を一族の領域に入れられない、これはおそらくどの獣であっても同じだろうと言った。


「ただ、羽族は少々事情が異なるのだ」


 憐憫の滲む声でそう言ったエルズワースは、シュウに席を替わらせて祐也の隣に座した。


「羽族の、ユウヤといったか?」

「は、はいぃっ」

「……何故脅えている?」

「エルズワースさんの脅しが強烈すぎたんですよ」


 苦笑いのアキラが、シュウに稽古をつける感覚での脅しに効果がありすぎたのだと助言する。テーブルを挟んでいれば少しは気が楽だろうと、アキラが席を替わった。

 料理とテーブルの分だけ遠のいてほっとした反面、今度は真正面から向かい合うことになって、祐也は視線の置き場がなくなり困った。


「ふむ、少し羽を広げてもらえるか?」

「は、はいっ」


 裏返った返事と同時に、祐也の背中で翼が広がった。ちょうど両手を広げたくらいの大きさの翼の羽端は黒く色付いていた。


「年齢は?」

「じゅ、十六歳です」

「雄に間違いないのだな?」

「はあ、オスというか、男ですけど」

「そうか……」


 性別を確かめた巨漢は、背中を丸め悩ましげに息を吐く。祐也の顔がますます不安に支配される。理由を問えない祐也の代わりに、アキラが何か事情があるのかと問うと、エルズワースは言いにくそうに口を開いた。


「羽族はな、滅びに瀕している」

「滅び……子どもが生まれなくなった、とかですか?」


 脅えていたはずの鞠香が、思わずといったようにエルズワースに問う。

 疲労感で限界が近そうな祐也に、アキラはそっとあたたかなハギ茶を差し出し、エルズワースに続きを促した。


「種族存亡の危機なのだから私情を差し挟むべきではないと分かっているが、俺個人はその鳥に強いるのはあまりにも酷だと思うのでな」


 いったい何をさせられるのかと震える祐也は、広げていた羽で体を包み込んで息をのんだ。


「現在の羽族は雌ばかり、しかもわずか七羽しかおらんのだ」

「ひょー、ハーレぐぅ」

「完全に絶滅危惧種じゃないですか」


 テーブル下の鋭い蹴りを悟らせない深刻な面持ちでアキラがため息を吐いた。

 今の世代が死ねば完全に一つの獣族がこの大陸から消滅する。

 たしかにそんな環境では個人の感情など一切考慮されないだろう。どの獣人族も大なり小なりそういった不安を抱えている。だからエルズワースも一族の存続に関してはシビアになるし、他の種族への憐憫も義務も無視できない。それでも彼がためらう理由は何かがとても気になった。


「……ユウヤは、番はいるのか?」

「つがい、ってなんですか?」

「人族でいうところの配偶者だ」

「い、いませんっ」


 激しく首を振る祐也を見てエルズワースは少しだけ安堵したようだ。


「では少々……いや、かなり年の離れた配偶者は大丈夫だろうか?」

「で、できれば同い年くらいのほうがいいんですけど」


 チラチラと横目で同級生の表情をうかがう祐也だが、その視線に気づかない鞠香は「雄世界じゃないのか」と何故か残念そうだ。祐也もアキラもシュウも、耳に届いた彼女の呟きは聞かなかったことにした。


「そうだろうな。さすがに俺も罪悪感を拭いきれんのだ」

「なーおっさん、アンタ十六歳の祐也にどんだけ年上の嫁を紹介しよーとしてんだよ?」

「……な……ゅう、はち」

「あぁ? 聞こえねーぞ」

「……七十八だ」


 カタン、と誰かの手が食器にあたった。

 ミシェルとアキラは顎関節が外れたのかと心配になるほどの大口を開け、シュウは眼球が飛び出しそうなほどに目を見開いてエルズースを見ている。

 黙って話を聞いていたリンウッドが、板紙に記録を残しつつ空気を読まない感想をボソリと呟いた。


「ふむ、獣人族の生殖可能期間は予想以上に長いのだな」


 その言葉で我に返った祐也が、額をテーブルに押しつけて叫んだ。


「すすす、すみませんっ、僕、好きな人がいるのでっ。それに獣人族の方にお世話になるつもりはないので、お断りしますっ!!」

「おい、おっさん、そんなバーサンを祐也の嫁にしよーなんてひでーだろ。よく考えろよな、あぁ?」


 熊獣人の背後に回り込んだシュウが、腕を回してその首を絞める。


「だから俺も気がすすまんと言っただろうが」

「なら最初から黙ってりゃいーだろ」

「種族の滅亡がかかっているんだぞ、羽族のためにも説明だけはしないわけにはゆかんだろう」

「……エルズワースさん、もしかして彼の存在を羽族に?」

「いや、まだ伝えていない」

「よ……かっ、た……」


 ガチガチに強張っていた祐也の体が、椅子から崩れ落ちるように弛緩する。

 知らせれば祐也は絶対に逃げられなくなるだろう。その前に意思を確認しに来たのだとエルズワースは言った。七羽しかいない一族のうち、繁殖可能なのが三羽、しかも最年少が七十八歳なのだから、残る二羽も推して知れるというものだ。


「いくら種族存亡の危機とはいってもな、まだ雛の年齢の彼に強いるのはあまりにも残酷なのはわかっている」

「エルズワースさんに良識が残っていて嬉しいですよ」

「その冷たいやつをぶつけるのはやめてくれ、寿命が縮む」


 アキラは耳飾りでも抑えきれない魔力の輝きを、特定の人物に向けて存分に振り撒いていた。冷気で皮膚がビリビリと痛む熊男は、シュウを引っ張って盾にする。


「羽族に関して、俺は沈黙を守る。だが他の獣人未満(モドキ)については迷っているんだ」


 ハリハルタの街にいる狼族の二人以外にも、狐や兎や熊が新たに紛れ込んでいるかもしれないとなれば、放置するのはあまりにも危険だと熊族も考えたようだ。


未満(モドキ)の罪を我々になすりつけられるのは困るのだ」


 獣人族は感情に支配される者が多く、一度こじれてしまうと誤解を解くのはとても難しくなる。


「定期的に各種族の代表が集まり、情報交換をしているのですよね? そこで協議して総意を得ることはできないのですか?」

「あれはあくまでも情報交換の場だ。総意をまとめるのは簡単ではないぞ。ましてやシュウが望むような、友好的に人族と関わる方向に多くの獣族の考えを誘導するのは、おそらく不可能だ」


 獣族によって利害が異なるのだ、これまでも話し合いの場を持ってきたが、まとまったのはほんの数件しかない。


「では放置ですか。エルフ族のように、目印をつけ、人族に周知できればいいのですが」

「獣人族にはそのような技術も道具もないんだ、無理だろうな」


 だが何もせずに野放しにしておけば、人族との敵対意識が今以上に高まる結果になりかねない。獣の間で割れるのは困ると言うエルズワースに、シュウがあれは今どうなっているのかと問うた。


「ほら二十年ちょっと前に、たまたま獣人族の隠れ村だっけ、それ発見して獣人たちが色々やってたじゃねーか。あの村、今どーなってんの?」

「ああ、あれは……まさか、連中はそうだったのか!」


 エルズワースは二十数年目にしてはじめて、パラデイ村に集まっていた獣人たちが、群れからはぐれた獣人ではなく、転移による獣人だったと気づいた。


「なるほど、あそこなら……獣人未満(モドキ)をあの村に押し込められんだろうか」


 自分たちの領域には迎え入れられないが、パラデイ村に転移獣人らを集めてしまえば、監視も楽だとエルズワースが案を出す。


「それっておっさんたちに都合が良すぎねーか?」

「転移獣人は犯罪者ではありませんよ、自由意志を無視して閉じ込めることはできません」

「しかし、連中が人族と揉めた時に不利益を被るのも、尻拭いをさせられるのも我らになるのだぞ」

「最初から揉めごとが起きるって決めつけんなよなー」


 膨れたシュウが再び熊獣人の首に腕を回した。


「エルズワースさんたちと転移獣人の村とは交流があるのですか?」

「監視はしていたが、交流はない」


 領域への出入口をナナクシャール島に移してからは、監視も止めてしまったため、現在あの村がどうなっているのかはっきりしないそうだ。


「エルズワースさんの案には無理がありすぎます」

「そうか?」

「少なくとも私たちは協力できませんよ」


 アキラの声に同意するように、シュウが腕に力を込める。エルズワースの太く頑強な首はシュウの力などものともしないが、彼の意思は伝わったようだ。


「残念だがしかたあるまい。最初に話したように、獣人族の総意はおそらく得られんだろう。何かがあれば個々の種族がそれぞれに対処することになる」


 それはそれで厄介だが、今はなんの妙案も浮かばないのだから仕方なかった。


   +++


 泊まっていけとすすめたのだが、エルズワースは急いでいるからと日暮れ前に発った。明日の朝一番でハリハルタに入り、狼の二人を確かめるつもりらしい。ついでにコウメイの美味い飯を食ってくるそうだ。


「今回は間に合うだろう」


 アキラはエルズワースと話した内容を書き記した魔紙を飛ばす。

 祐也と鞠香は精神的な疲れで早々にベッドに入った。リンウッドは新たに知った羽獣人の生態を整理するのだと研究室に籠もっている。


「それはわたくしが関与していい問題ではないわ」


 意見を聞かせてほしいとアキラが言う前に、ミシェルは自分が関われば面倒になるだけだと言って、ここに招かれてから占拠している箱馬車に引っ込んでしまった。

 考えをまとめるのに付き合えとテーブルに着かされたシュウは、憮然とした顔で果実水をちびりちびりと飲む。向かい合うアキラは気難しそうにストレートの蒸留酒を舐めていた。


「他にいねーからって、俺の頭が役に立つわけねーだろ」

「思考を放棄するのは老化の証拠だぞ」

「うるせー、もとから考えるのは俺の仕事じゃねーって」


 自分の役目はコウメイとアキラの考えを実行するために、二人に代わって体を動かすのが役割だと言い張った。


「……コウメイがいればな」


 言葉の応酬で何かが閃くかもしれないのにと、アキラは寂しそうに目を伏せた。



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