04 ハリハルタ
夜明け前、コウメイはひらりと落ちてきた魔紙を手に取った。チラリと転移者たちをうかがうと、彼らは荷袋や腕を枕に熟睡しており、魔紙に気づいた様子はない。
文面を読んだコウメイは、頭を抱えて呻いた。
「そりゃねぇだろ」
アキラからの手紙には、鞠香と祐也を保護した経緯が簡素に記されていた。問題なのはその報告ではなく、コウメイへの指示だ。
「馬鹿二人を諦めさせるまで戻ってくるな、って……」
万が一にも後をつけられ、森の隠れ家まで辿りつかれては困る。克彦と大地が鞠香を諦めるまで、ハリハルタで待機しろと書かれていた。コウメイとしては二人を煽り、忠告など無視して森に突っ込んで行かせれば、自業自得の結末に導けて問題は早々に解決すると思うのだが、アキラがそれを禁じていた。万が一にでも鞠香の耳に入れば気に病むから、と。
「こんな奴らでも、自分のせいで死なれちゃ気分が良くねぇってわけか」
馬鹿二人の件で鞠香にストレスを与えたくないのだろう。アキラの気持ちは理解できるが、だからといって自分が居残りを命じられるのは納得できない。
「あとはマイルズさんの様子を見て、健康状態を知らせろ、か」
彼も七十七歳だ、以前ほど頻繁に森の奥を訪ねてこなくなっている。人族の寿命からすればこの先はそれほど長くは生きないだろう。冒険者ギルドの相談役もデロッシに譲り、怪我をしない程度に採取や討伐をして暮す彼は確かに心配だ。
「けどなぁ。だったらシュウと交代してもいいだろうに」
シュウをこっちに寄こせと書いて魔紙を送ると、速攻で「魔紙を無駄遣いするな」と一言だけの返事が届いた。諦めるしかない。
「こうなりゃ徹底的に進路指導して、町から追い出してやる」
ゲーム感覚を捨てられない馬鹿二人は、すぐに行き詰まるだろう。深魔の森のそばでは、戦う力のない者は生き抜けないと思い知れば、都会暮らしのできる王都にでも移るよう誘導しやすくなる。
「……けっこう手間と時間がかかるなぁ」
面倒くせぇ、とぼやいたコウメイは、魔紙を畳んで懐に収めると、焚き火を消して出発の準備をはじめる。
「起きろ、行くぞ」
「……え?」
「ふわぁ……まだ暗いじゃない」
「朝にならないと門が開かないんじゃないのかよ」
コウメイに起こされた彼らは、まだ端っこだけが明らんだ空を見あげて不満げだ。
「開門と同時に町に入るんだよ。ここから町までまだ一鐘は歩くんだ、のんびりしてたら昼を過ぎちまうだろ」
ここから先は見通しがいい、多少引き離しても見失うことはないだろう。追いついてこいと言い残し、コウメイはさっさと街道向けて歩き出した。
待って。トイレしたい。お腹すいた。筋肉痛が。と騒がしい集団がバタバタと追いかけてくる。雑草をかき分けて切り傷ができたと騒ぎ、喉が渇いたと泣き言を垂れ流し、轍の残る街道をみて「これが道とか、原始的すぎる」と叫く。BGMにしては不快な言葉ばかりだが、まともに相手をしていては腹が立つだけだ。コウメイは無言でハリハルタへと向かった。
遠くで鐘が鳴っている。
カーン、カーンと二回、開門時間には間に合わなかったようだ。
鐘の音を聞いて転移者らは浮き足だった。やっと文明のある場所にたどり着ける嬉しさからか、引きずっていた足の動きも少しばかり軽やかになった。
「町門にいる兵士に逆らうなよ。それとお前らは身分証を持ってねぇから、町に入るために税金を払わなきゃならねぇ。二十ダルを用意しておけ」
「二十ダルって、どれ?」
「銅貨一枚が十ダルだ」
「これ?」
「それは銅片だ。銅片一枚が一ダル、銅片十枚が銅貨一枚になる」
「一円玉と十円玉って感じなのかな」
「ならこっちの物価って安いのかも?」
残念ながら銅片一枚はおよそ百円相当である。今教えなくともそのうち自然に学ぶだろう。
町が近づくと、街道にも人がぽつりぽつりと見られるようになった。みな町から出てきた冒険者や村人だ。コウメイが連れている連中を見た彼らは、目を見張ったり二度見したりと驚きを隠さない。
「なんか感じ悪くない?」
「じろじろ見られてて気持ち悪いんだけど」
すれ違う人々の視線はエルフの拓真と、狼獣人の克彦と大地に集まっている。驚いているうちはいいが、これが妙な下心や計算に代わっては不都合だ。コウメイは不快だと睨み返す克彦を止めた。
「見られたくなかったら着替えを被って目立つ耳を隠しておけ。尻尾もだ、荷袋をベルトにくくりつけて、そのなかに収納して誤魔化せ」
「もしかして、ここってエルフとか獣人って珍しいのか?」
「そうだ、滅多に見かけねぇ。普通に暮してたら一生会わねぇくらいだ」
「選択肢があったクセに、それはないだろ」
ファンタジーじゃないのかよ、と吐き捨てる獣人二人に、腹の中だけで「知らねぇよ」と吐き捨てたコウメイは、町に入るまでは隠せと繰り返した。
向けられる視線から、好奇心ではなく値踏みを感じ取った彼らは、渋々に種族の特徴を隠した。
奇妙な格好の若者を連れたコウメイは、顔見知りの門兵に怪訝そうに見られ、ワケありだと笑って誤魔化す。二十ダルを支払った彼らは、町の中を物珍しそうに見回した。
「いかにもヨーロッパの田舎の町って感じだな」
「そうかな? もうちょっとおしゃれだよ、古い町並みって」
「確かに。なんかゴツゴツしてて汚いし、洗練されてないって感じだ」
「ねぇ、お買い物できるところとか行かないの?」
「腹減ってるし、美味しいご飯を食べられる店とか案内してくれよ」
俺は団体ツアーのガイドじゃねぇ、自由行動したけりゃ好きにしろ、と脳内で反論しつつ、足早に冒険者ギルドへ向かった。のんきに町並みを見物していた彼らだが、さすがに見知らぬ場所に、案内なしに踏み込んで行くほど無鉄砲ではないらしい。コウメイの無言の圧力もあって、彼らはぞろぞろと後を追った。
朝の冒険者ギルドは、前日に換金し損ねた素材を持ち込む冒険者や、その日の仕事を求める者で賑わっていた。人混みをするりとかき分けたコウメイは、一番奥のカウンターで顔見知りの職員に声をかける。
「打ち合わせ室を借りるぜ。それとデロッシさんを呼んでくれ」
「二番の部屋をどうぞ。デロッシさんは昼まで会議がはいっていますが」
「緊急事態だ、今すぐ抜けてこなけりゃ後悔するぞって伝えてくれ」
鍵を受け取り、階段下にある左側の扉を開けた。向かい合うように長机と椅子が並べられたそこは、打ち合わせに貸し出される部屋だ。機密を扱う話し合いもされるため、離席しなくてもいいように飲用の水瓶とカップが常備されている。
「この部屋の中なら窮屈なのを脱いでもいいぜ」
そう言われた途端、彼らは我先にと部屋に入って椅子に腰掛け、被っていた上着や尻尾を隠していた荷袋を外した。水瓶を見つけた英里奈がさっそく「これ飲んでいいの?」とカップを手に取っている。
「この部屋にある飲食物は飲み食い可だ」
コウメイの返事を聞いて、飲まず食わずでここまで来た五人は競うように水を飲み瓶を空にする。喉の乾きが解消されると、今度は空腹を思い出した。茶菓子か何かがないかと戸棚を物色しはじめている。残念ながらこの部屋に常備されているのは水だけだ。
扉の外がドタバタと騒がしくなった。扉を開けたデロッシは室内を見渡し、仏頂面のコウメイと目が合った途端、決して中をのぞかせまいと後ろ手に扉を閉めた。
「お前、なんでこんな厄介事を、持ち込むんだ!?」
内鍵をかけてコウメイに駆け寄ったデロッシは、襟首を掴んで激しく揺さぶった。彼らに聞こえないように声を潜めているが、その顔は厄介事とコウメイに対する怒りで歪んでいる。
「エルフに獣人が二人も! どこで見つけた」
「深魔の森の、わりと浅いあたりだな」
「先に連絡を寄こせよ、準備も何も出来てないんだぞ」
「それは悪かったって。けど事前に連絡する暇なんてなかったんだよ」
「いや、違う。連絡があってもごめんだ、元の場所に連れて帰れ」
「遅ぇよ、もう連れてきたんだ、後は頼んだぜ」
「待て待て、説明しろ。なんだってこんなことになった?」
「俺だって知りてぇんだよ。家に戻る途中で悲鳴が聞こえて、助けに入ったらこいつらだったんだ」
その後は彼らに雇われ町まで案内してきた。それだけだ。
コウメイはデロッシを引き剥がしてぽかんとする五人を振り返った。
「おい、あんたら。このおっさんはここの冒険者ギルドの偉い人だ。町での暮らし方をしっかり教えてくれるから、ちゃんと言うこと聞けよ。じゃあな」
コウメイの別れの言葉を聞いて、デロッシは「そこから面倒を見なけりゃならんのか」とげっそりした。自分に面倒を押しつけて去るコウメイを「後で覚えていろよ」とひと睨みしてから、長年の経験でなんとか表情を取り繕って彼らに向かい合った。
+
転移者らをデロッシに託したコウメイは、ゴブリンの討伐報酬を持って市場に行き、果物と焼いた魔猪肉、焼きたてのパンを買ってマイルズの家の扉を叩いた。
「珍しいな、朝からやってくるのは」
迎え入れたマイルズは狩猟服姿だった。これから討伐に出かけるつもりだったのだろう。髪は豊かでもそのほとんどが白く変わっているが、体つきは現役時代と遜色ない筋肉を維持している。
「悪ぃ、しばらく世話になるぜ」
「それはかまわんが、ずいぶんくたびれていないか?」
「疲れてんだよ、ほんっとに、最悪だったぜ」
精神的な疲労でぐったりしているコウメイは、よろよろと台所で湯を沸かし、勝手知ったる食料庫から、酢漬け野菜を拝借して肉と一緒にパンに挟む。買ってきたチェゴを洗って器に盛り付け、ハギ茶を入れてテーブルに着く。
付き合うつもりなのかマイルズが向かいに座った。
「おっさん、朝飯は食ったか?」
「とっくにな。これからちょっとした討伐に行こうと思ってたんだが」
「あんたの『ちょっとした』は結構な大仕事だからなぁ。もう歳なんだからのんびりしたらどうだよ」
「のんびりしているぞ。四日ぶりの討伐だったんだが、今日は家にいたほうが良さそうだから中止だ」
コウメイが厄介事を持ち込んだと察したマイルズは、苦笑いで差し出されたチェゴを口に入れる。コウメイはサンドイッチを食べ終え、チェゴを二粒ほど口に放り込み、ぬるくなったハギ茶を一気に飲み干すと、堪えきれないあくびとともに手早く食器を台所に戻す。
「多分昼ぐらいにデロッシさんが駆け込んでくるだろうから、それまで仮眠とらせてくれ」
「あいつを巻き込んだのか。いったい何をやったんだ?」
「俺も巻き込まれた被害者だっつーの」
後で洗うからと断わって、コウメイは勝手知ったる客間に向かう。
「あぁ、心構えが必要だろうから教えとくけど、諸悪はエルフと狼獣人二人だぜ」
「エ……!」
つまんだチェゴの実をぽとりと落としたマイルズは、これから持ち込まれる騒動の厄介さを知って、コウメイのいなくなった食卓でひとり頭を抱えるのだった。
+++
コウメイの予告通り、デロッシがマイルズ宅に駆け込んだのは、五の鐘を半分ほど過ぎたころだった。彼が途方に暮れた顔を見るのは、長い付き合いのあるマイルズですらはじめてである。いったいどんな厄介事を持ち込んだのかと、マイルズはコウメイを起こした。
「……あれは、いったいどういう素性の存在なんだ?」
たっぷりと睡眠をとって肌つやの良いコウメイを、デロッシが恨めし気に睨んで問い詰める。
「この短期間で何かやらかしたのか?」
「色々とな。それ以上に、存在自体が面倒すぎるだろう。何を考えてやがる?!」
デロッシに鬱憤をぶつけられたテーブルが、大きな音を立ててはねた。割らなかったのは元上司への遠慮だろうか。コウメイは怒りを爆発させるデロッシと、冷めた目で見るマイルズをなだめて昼食を作った。説明には時間がかかるし、腹が満たされれば怒りもなだめやすいというものだ。
「それで奴ら、どうしている?」
手早く作った料理を並べてコウメイが問うた。
マイルズは傍観に徹するつもりのようで、芋のスープを味わいながら二人を眺めている。デロッシは眉間を揉みながら深いため息をついた。
「ギルドが借り上げた宿に押し込めてある。監視付きだ」
「良い待遇じゃねぇか」
「これでも不安だぞ。何せ無自覚のエルフと狼獣人だ」
デロッシは現役時代さながらの気迫でコウメイを睨んだ。
「あれはいったいなんだ? 姿はエルフだが、本人にその自覚が何もない……はじめはどんな理不尽を要求しにきたのかと肝が冷えたんだぞ」
エルフ族や獣人族が姿を隠さずに人族の前に現れるのは、種族を代表した要求があるときくらいだ。ハリハルタに集まった熟練冒険者や、ギルドの役員はそれをよく知っている。要求があるのなら田舎のギルドではなく、支配者階級か、いっそ王宮に直接伝えてくれと内心で叫びながらエルフの言葉を待ったデロッシは、なんとも奇妙な要求に拍子抜けした。
「エルフと狼に身分証を要求された」
コウメイが教えたとおり、まずは町の出入りの費用を節約すべく行動していたらしい。
「続いて住居と仕事について問われた」
「謙虚じゃねぇか」
「エルフにさせる仕事なんてウチにはねえんだよ!」
血なまぐさい仕事は嫌だ、力仕事も向いてない、接客なら経験はあるからそういう仕事を紹介してほしい。エルフにそう頼まれてデロッシは脂汗をかいた。ハリハルタの冒険者ギルドが仲介している接客業は、酒場の酌婦である。エルフに酌をされても心から酒を楽しめないだろうし、万が一にも酔った勢いでエルフに無体を働いたとしたら、後々の報復は確実だ。
「本人が望んでるんだ、やらせりゃいいだろ」
「……あれが本物のエルフならな。コウメイ、あれらには己が何者であるかの自覚がないんじゃないか?」
接客仕事ならできると言いはじめたあたりから、デロッシは何かがおかしいと気づいた。目の前のエルフの姿をした存在は、人族の生活習慣だけでなく、自分の種族についても何も知らないようなのだ。これは狼獣人の二人も同じだった。デロッシは急いで決断するよりも、コウメイを締め上げて情報を吐かせ、慎重に丁寧に処理したほうがいいと判断した。選択を誤り、ハリハルタ周辺がエルフに滅ぼされてはかなわない。
「コウメイ、隠していることを全部吐け。あれらはどういう存在なんだ?」
「姿形はエルフや獣人だが、中身は人族だな。それも、ここでの暮らしを知らない人族だ」
「……意味がわからんぞ」
説明が難しいんだよな、と呟いてコウメイは考え考え口を開いた。
「そうだな、例えばだ、デロッシさんの乗った船が沈んで、どこかに流されたとする。ここではない別の大陸に流れ着いたと考えてくれ」
「別の大陸」
「あるんだよな?」
コウメイの問いかけにマイルズが小さく頷いて返した。
「ごく稀に、色や形の違う人族が流れ着くことがある。それらの話では、こことは別の大陸が存在し、そこに我々とは異なる生活習慣や風習を持った人族が暮している、と聞いたことがある」
「それと同じだよ。あいつらは見た目はこの大陸の人族やエルフや獣人だが、中身は全く別の常識を持ってるんだ。ついでに言えば、この大陸のエルフ族や獣人族らとは無関係だ」
「ならどのように扱っても報復はないんだな?」
「いや、それは断言できねぇな。俺もエルフ族に問い合わせたわけじゃねぇし」
「問い合わせろ」
身を乗り出したデロッシはコウメイの喉元にフォークを突きつける。
「そう言うからにはエルフ族に連絡を取る手段があるんだろ? 銀の賢者様か? 誰の伝手でもかまわん、今すぐアレをどうにかしろと伝えろ」
喉元に突きつけられたフォークの先を逸らして、コウメイは失敗したと顔をしかめた。
「もう問い合わせてるはずだぜ。俺らとしても連中が原因であんたらを苦境に立たせたくねぇからな」
「よく言うよ。てめぇのせいですでに崖っぷちだ。まったく、いきなり連れてくるんじゃなくて事前に説明くらいしてくれ、わしらの心臓が持たんぞ」
あの後ギルド職員は大混乱だった。緊急のギルド役員会議が開かれ押し付け合いになったのだが、最初に接触させられたデロッシが、この件を預かることになってしまったらしい。
「押しつけられたか」とマイルズは苦笑いだ。
「悪かったって。俺も苛ついてたしな。それでどういう口実で連中を押し込めてるんだ?」
「ギルドの審査に二十日かかる、それが終わるまで身分証の発行はできん、と言ってある」
ゲームやフィクションに慣れた獣人二人が、もっと早くしろ、できるはずだと文句を言ったらしい。しかし身元保証人もおらず、出身地も明言できず、ましてや姓を持つ貴族の可能性のある者の身分を、そう簡単に証明はできないと突っぱねた。調査が終わるまでは町から出るな、出歩くときには職員が同行する、これに従えなければ身分証は発行できないと脅してあるそうだ。
「エルフと人族はまだいいが、あの狼二人はなんなんだ?」
「……暴れたか?」
「捜索隊を出せと要求された。なんでも深魔の森にエルフを残してしまったから、保護しに行きたいそうだが?」
どうなんだと胡乱な目を向けられ、コウメイは保護済みだと返した。
「ああ、連中には教えるんじゃねぇぞ。エルフは狼二人から離れるために森に残ったんだ」
「また面倒くさそうな……」
「捜索隊、手配したのか?」
「まさか。事情がわからんのに迂闊に動けないだろうが。それでコウメイ、連中をどうして欲しいんだ?」
椅子に座り直したデロッシは、コウメイに指示を仰いだ。ギルド長から全権を任されているが、自分には最良の結果がわからないのだから、諸悪の根源に責任の一端を押しつけるのが一番確実だと考えたのだ。
「俺に何かをさせたくてわざわざ連れ帰ったんだろ?」
「ただの成り行きだが……いや、そうだな、普段の新人教育よりもちょっとばかり懇切丁寧に、現実を教えこめばいいんじゃねぇか?」
この大陸で平穏に暮らすための基本的な知識を教えれば、何もかもが手探りだった自分たちよりもずっと楽にこの世界に馴染めるだろう。知識を与えてからどう生きるかを選ばせればいい。そこまでお膳立てしてやれば、その先は各自の責任だ。
「……仕方ない、引き受けよう。だがな、コウメイも手伝えよ。しばらく森には帰れないと思っておけ」
五人を預けっぱなしにするなと釘を刺すデロッシの肩を、マイルズは笑いながら叩いて励ました。
「心配するなデロッシ、コウメイはアキラにしばらく帰ってくるなと言われている。当面は俺の家に居候になるから安心しろ」
「なるほど、追い出されたのか」
「追い出されてねぇ」
「閉め出されたんだな」
「おいクソジジイども、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
「強がるな若造。人生は何事も経験だ」
「何が経験だよ、ちくしょうっ」
先ほどまでのお返しだとばかりに、デロッシはニヤニヤ顔でコウメイをからかっている。
コウメイをやり込めて溜飲を下げたことで、ようやく食事をする余裕を取り戻したデロッシは、即席のサンドイッチと芋のスープを堪能した。
「引き受けはするが、エルフ族と獣人族については俺ではどうにもならんことばかりだ。ちゃんと筋を通して、こっちに被害がでないように根回し頼むぜ」
「わかってるよ、俺も騒動の種をばらまくつもりはねぇんだ」
「あと迷惑料はもらうぞ」
「俺じゃなくて連中からふんだくればいいだろ」
「無一文を叩いても揺すっても金は出てこねぇよ」
「働いて払わせろ」
「だからコウメイが働くんだ、町にいる間の飯は期待しているからな」
飯作りで手を打ってやると言われたコウメイは、森の家の冷凍庫に保管してある料理の在庫を素早く計算し、あれがなくなるまでに帰りたいものだとため息をついた。
単身赴任が決まりました。