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03 森の奥へ



 コウメイが新たな転移者らを引率するのを見送ったシュウは、アキラと合流すべく森の奥へと歩き出す。

 いつもなら木だろうが倒木だろうが軽々と越えて走り抜けるのだが、今のシュウはできるだけ平坦で歩きやすい場所を選び、歩幅を短く、ことさらゆっくりとした歩調を意識していた。


「やっぱ、間違いねーな」


 五メートルほど距離をあけた状態で、健気な気配がついてきている。遠慮がちに、けれど絶対に見失わないぞ、という必死さが伝わってくるのだ。


「どうすっかなー」


 保護するのは簡単だが、コウメイが引率していた連中の問題もある。自分たちの隠れ家に、そう簡単に招き入れるわけにはゆかない。アキラの気配が木の陰から出てこないのも、追ってくる誰かに気づいているからだろう。視線で対処を問うと、指で合流場所を知らせてきた。了解とハンドサインを送り、先回りする気配が遠ざかるのを確かめてから、シュウは倒木のある方へと足を向けた。


 獣道に横たわる巨大な古木は、半年前にシュウがうっかり蹴り倒してしまったものだ。胸の高さほどあり、魔物や冒険者を阻むのに利用できるためそのままにしてあったそれを、シュウは軽々と乗り越えた。

 着地と同時に身を屈め、倒木の陰に隠れる。

 慌てて駆け寄った足音は、障害物の前で右往左往する。意を決して倒木を登ろうとするが、腕力や脚力のない足音の主は、這い上がれずに滑り落ちた。くぐもったうめき声はすぐに止み、再び倒木を越えようとしはじめる。

 何度も滑り落ちるのを見ていられず、シュウが倒木の陰から身を乗り出した。


「きゃあ――っ!」

「うわ、ごめん」


 驚いて滑り落ちる手を素早く掴み、倒木の上に引っ張り上げた。


「悪い、大丈夫か?」

「び、びっくりした……大丈夫です」


 倒木にしがみつく彼女は、シュウを上目遣いで見る。気まずいのかエルフの耳がひょこひょこと小さく動いていた。


「後をつけてたの、気づいてたんですか?」

「こんな場所で生活してるからな、気配には敏感なんだよ」


 倒木から飛び降りて、鞠香に手を差し出す。シュウの手を取って降りた彼女は、エルフになったことが原因なのか、それとも元からなのか、胸くらいの背丈しかなかった。


「友達と行かなくていーのかよ?」


 今ならまだ追いつけるぞと言ったシュウに、彼女は深々と頭をさげた。そして汚れ傷だらけの小さな手で握りしめた財布を差し出す。


「お願いします。私を匿ってください」

「は……?」

「全財産はこれしかありません。足りない分は家事でも何でもして働きますから、あの人たちが私を忘れるまで、匿ってくれませんか」


 まさかの願いに、シュウの顎が落ちた。


「え? なんで?」

「今が最初で最後のチャンスだからです」

「待ってくれって、ちょっと意味分かんねーんだけど」

「全部説明します。迷惑なのはわかってます。でも私にはもう他に手段がないんです、お願いします!」


 財布を掲げ持つ手が、緊張にか、それとも追い詰められてか、小さく震えているのを見てシュウは言葉に詰まった。


「あー、とりあえずさ、話聞くから顔を上げてくれるか」

「ありがとうございます!」


 弾けるように顔を上げた少女の表情は、晴れやかで眩しい。


「待て待て、引き受けたって意味じゃねーからな!」

「はい、わかっています」


 仲間との場所では常に下を向き、ぼそぼそとした聞き取りにくい小声だった彼女が、シュウとのやりとりでは言葉も明瞭で表情も豊かになっている。彼女を執拗にかまっていた二人に抑圧されていただけで、こちらが本来の姿なのだろう。

 これは見捨てられない。アキラやコウメイだったら突き放せるかもしれないが、自分には無理だ。シュウは覚悟を決めた、アキラに反対されても彼女の願いを叶えようと。もしもう一人の望みが同じなら、それもまとめて引き受けると。


「よし、わかった。もう一人いる隠れてるヤツ。出てこい」

「は、はいぃっ!」


 裏返った返事と同時に、倒木の反対側から羽を背負った少年が飛び出した。


「谷島君? どうして?」

「だって二科さんがこっちに来たから……」


 照れくさいのか、それとも気まずいのかわからないが、谷島は倒木で鞠香の視線を遮るように身を屈めた。

 女の子の無謀な別行動を放っておけなかった気持ちはわかるが、それならもっと堂々と近づけば良いのに。青春だなー、と呟いたシュウは、谷島に手を差し伸べた。


「話、聞いてたんだろ?」

「あ、はい」

「あんたもアッチじゃなくて、コッチでいいんだな?」


 コウメイに引率されて向かう安全な場所ではなく、森の奥深くを選ぶのかと問うたシュウに、谷島は鞠香の表情を確かめてから力強く頷いた。


   +


 巨大な倒木を越えて少し歩いた彼らは、スポットライトが当たっているような明るい場所に出た。ちょうど三、四人が車座になれるくらいの広さのそこに、陽の光を遮る木はない。

 眩しさに目を眇めた二人は、突然あらわれた青空を見あげて嬉しそうに表情を緩める。


「待たせたか?」 

「遅いぞ」

「わりー、一人だと思ってたら二人だったからさー」

「えっ?」

「だ、だれかいるの?」


 姿がないのに、声だけはハッキリと聞こえて、二人はシュウの背中に隠れ脅えたように身を縮める。


「怖くないから大丈夫だぞー」

「失礼だな。ああ、あなたたちではなくこの大男のことですよ」


 湧き水のような優しい声に誘われて、二人はそろりと声のしたほうに顔を出した。

 シュウが結界魔石を片付けると、木の切り株に座っていたアキラの姿が現れた。銀髪が陽の光を浴びて眩しいくらいに輝いている。ぽかんと口を開けた二人は「精霊?」「女神さま……」と小さく呟いてアキラに見蕩れた。


「悪いな、女神でも精霊でもねーけど、コイツは頼りになるぜー。だから話、一緒に聞いていーかな?」

「慣れない森歩きで疲れたでしょう? どうぞこちらに座ってください」


 苦笑いのアキラが大きな切り株を二人に譲った。自分たちは汚れているから地面でいいと遠慮する二人を強引に座らせる。


「ゴブリンに襲われた傷は大丈夫ですか?」


 谷島の血の滲む包帯の巻かれた肩と、汚れを落とし切れていない翼を見て、アキラが問う。見つめられて顔を朱くした谷島は、はりきって包帯の肩を大きく動かして見せた。


「もうそんなに……あれ?」

「そんな乱暴に動かしちゃ駄目だよ。すごく大きな傷だったのに、痛いでしょ」


 何針も縫う必要のある大きな傷が痛まないはずがないと、鞠香は慌てて止める。


「それが全然なんだ。動かしても痛くないし」

「本当に?」

「傷口を診てもいいですか?」


 谷島が頷くのを待ってから、アキラは包帯を外し、丁寧な手つきで傷口に張り付いた薬草をはがした。仕上げに水で濡らした手拭きで薬草の破片を拭い取ると、八割ほど癒えた傷跡があらわになった。


「セタン草が効いたようですね。もう包帯は不要でしょう」

「え、すごい」

「何? どど、どうなってる?」

「すごいよ谷島くん、傷が塞がってるよ」


 すっぱりと切れていた傷が、多少のでこぼこはあれど癒合していた。痕は残るかもしれないが、神経や筋肉に問題はないだろうと言うと、谷島は安心したようだ。


「薬草ってすごい。この茶色い葉っぱ、セタン草って凄い」

「セタン草、セタン草。しっかり覚えておかないと」


 谷島も鞠香も、コウメイに指導されながら採取した薬草を、こっそり自分の荷袋に忍ばせていたらしい。確かめるように手に取っている。

 そんな二人をほほ笑ましげに見ていたアキラは、彼女らが備えていた別の薬草の効能を教えた。


「こちらはユーク草、回復薬の材料の一つです」

「はい、眼帯の人に教わりました。そのまま食べるんですよね?」

「錬金薬のほうが効果は高いのですが、食べても疲労回復の効果は期待できます。ただし味が独特なので、慣れるまでは辛いかもしれませんね」

「すっごく不味かったです」

「独特……この味に慣れるんですか?」

「慣れますよ」


 さらりと言うアキラから顔を背けたシュウは、壮絶に顔をしかめている。


「サヒン草の種は殻の中にある実を潰して使用します。解毒効果がありますが、量が難しいので緊急で使うときは注意が必要ですよ」

「ユーク草に、サヒン草の種ですね。覚えました」

「そんなに気負う必要はありません。これからいくらでも採取する機会はありますから、すぐに覚えますよ」


 冒険者ギルドで身分証を作れば、最初は薬草採取などの仕事が紹介されるのだと説明すると、二人はお金を稼ぐ手段があると知って安心したようだ。


「そういえば自己紹介もまだでしたね、私はアキラと言います。こちらの脳筋が」

「脳筋じゃねーよ、シュウだ、よろしくな」


 二人の名乗りを聞いて、鞠香と谷島が緊張し、目が探るようにそわそわと動いた。それを受け止めたシュウが笑顔で頷く。たくらみも思惑もない純粋なシュウの笑顔は、二人の緊張を上手くほぐせたようだ。

 二人は名乗ろうとして眼帯男の忠告を思い出した。


「や……祐也です」

「鞠香、です」


 よくできました、とでもいうようにアキラがにっこりとほほ笑む。


「それでお二人は、どうして町に向かわなかったのですか?」

「あの眼帯、コーメイっていうんだけど、七人をヨユーで守れるくらいに強いし、ちゃんと町まで送り届けてくれるハズだぜ?」


 どんな理由で、町とは逆方向に向かう自分を追いかけてきたのか、とシュウがたずねた。

 鞠香が口を開こうとするのを遮って、祐也が先に話しはじめる。


「僕、人前に出たら不味いって思ったんです……この翼があるから」


 今は閉じてぴったりとくっついている背中の翼を振り返る。


「眼帯の、コウメイさん? にも隠せって言われました。でも町じゃ難しいかなと思って」


 それに、と続けそうになった言葉を止めた祐也は、隣の鞠香の表情を横目でうかがっている。おそらく本当の理由は、彼女を心配したからだろう。それを口にすると鞠香が気にするから、もう一つの理由を前面に押し出したのだ。

 祐也のほのかな想いを読み取ったシュウは、ニマニマとした笑みを堪えられないようだ。こっそりと背中を叩いて窘めたアキラは、鞠香にも問うた。


「……はい。私もこの耳を隠したほうがいいって聞いて」


 倒木の側で聞かされた理由と少し違うなと、シュウが首を傾げた。アキラは目を細め、まっすぐに彼女を見つめる。二人を匿うのはリスクを伴うのだ、それ相応の誠意、正直に事情を説明してもらわねば、こちらとしても受け入れるわけにはゆかない。

 自分に向けられていたやさしげな眼差しが、突き放すような鋭さに代わったのを感じた鞠香は、答えを間違えたとすぐに気づいた。ぎゅっと拳を握りしめ、アキラに頭を下げる。


「ごめんなさい、違います……私はあの二人から逃げたいんです」

「二人って、辻原と戸部だよね?」


 驚いて振り返る祐也に、鞠香はしっかりと頷いて返した。そしてアキラを見つめ、決意のこもった強い表情で訴える。


「町に案内してくれるのはコウメイさんって人だけで、シュウさんは自分の家に帰るんだって言ったとき、チャンスだと思ったんです。あの二人は森を出ることしか考えていなかったから、しばらくは私がいなくても気づかないと思って」

「で、でも、幼なじみなんだよね? いつも一緒にいたのに、どうして?」

「……私たち三人、そんなに仲良しに見えてたんだ?」


 表情を消した鞠香に皮肉交じりに問われ、祐也は「ごめん」と短く謝った。克彦と大地が、笑いながら幼なじみをかまう姿を見たことのないクラスメイトはいない。この森に放り出された直後も、エルフの彼女を笑いながら馬鹿にしていたのを、アキラとシュウも見聞きしている。


「幼なじみだからって絶対に仲よくしないとけないの? あたしはあの二人が大嫌い!」


 吐き出した鞠香の声には、深く重い呪いじみた怒りが込められていた。


「何をやっても何を言っても否定されて下げられて、やめてって言ってもあいつらはヘラヘラ笑ってるんだよ。そんな奴らを嫌いになるのは当たり前でしょ!? なのにみんな仲良くしろって、できるわけないじゃない!!」


 これまで抑えさせられてきた彼女の感情が、ここで一気に爆発したようだ。固く握りしめた拳で自分の膝を殴りつけている。おそらく彼女が殴りたいのは、我慢させてきた全ての存在だろう。


「に……鞠香さん、痛いのはやめとこうか?」


 このままでは膝と拳が壊れてしまうと、祐也が彼女の手を取って包んだ。

 シュウが無言で水筒を、アキラが小さな飴玉を差し出す。

 鞠香の目からあふれた涙が、ぽたりぽたりと袖に染みを作った。


「ご、ごめんなさい……」

「大丈夫ですよ。たずねたのは私たちです」

「時間はたっぷりあるんだ、この際全部吐き出しちまおーぜ。そのほーがスッキリするだろ?」


 力が入りすぎて震える手で水筒を受け取り、鞠香は冷えた水で喉を潤した。シュウが祐也を小突いて促し、先に飴玉を受け取らせる。彼が口に含んだのを見て、躊躇っていた鞠香が恐る恐るに飴玉をつまんだ。


「美味しいよ、これ」

「はちみつレモンみたい」


 濃い甘みと、ほのかな柑橘の酸味が、鞠香の激情を優しくなだめたようだ。

 祐也や二人の前で感情を爆発させて恥ずかしかったのか、鞠香はうつむいて口の中を転がる甘酸っぱい飴に集中している。


「……聞いてもらえますか?」


 飴玉を舐め終えた鞠香は、静かにそう切り出した。無理に話す必要はないと止めるアキラに、彼女は話したいのだと言った。すっぱりと切り捨てるためにも吐き出さなくてはならない、と。


「小さいときは……幼稚園くらいのころは仲が良かったんです」


 懐かしそうに、少し辛そうに彼女は語りはじめた。

 小学校に上がる前までは、克彦も大地もあんなふうではなかった。親たちが学生時代からの友人だったため、その子どもたちである克也とその兄、大地とその妹、鞠香と姉の六人は頻繁に顔を合わせ遊んでいた。特に同学年の克彦と大地とは幼稚園も一緒で、ほとんど兄妹のように育ったのだ。

 あのころはいつも笑っていたな、と鞠香の表情が切なげに歪む。


「小学校に上がってからでした、克也と大地が私を虐めるようになったのは」

「きっかけは、覚えている?」

「わかりません」


 気がついたら克也に貶され、大地に意地の悪い言葉を投げつけられるようになっていた。 昨日まで楽しく仲良く遊んでいたのに、なぜそんな酷い言葉を向けるのか。止めてくれ、言わないでくれ、と抵抗したが幼なじみはいじめを止めなかった。


「親は助けてくれなかったのか?」

「……余計に酷くなりました」


 克彦と大地が虐めるのだと、嫌なことばかり言われているのだと両親に訴えた。おじさんとおばさんに言いつけて、二人を叱ってくれと頼んだのに、返ってきたのは楽しそうな笑顔と鞠香を絶望に叩き落とす言葉だった。


「鞠香は誤解してるのよ、大地君はそんなつもりはないと思うよ、克彦君が本気でそんなこと言うはずがないでしょ、ほら一緒に遊んできなさい、宿題手伝ってもらったらどう?」


 感情をのせることすらもったいないとでもいうような声で、彼女はかつて何度も自分に向けて投げられた言葉を吐き出す。


「お父さんもお母さんも、私がどれだけ嫌がっても、ずっと笑ってるだけだった」

「うわぁ」

「……」


 鞠香の告白を聞いたシュウは救いがないと大きく首を振り、アキラは笑みを凍らせた。普段の克也と大地を知る祐也は、目に浮かぶようだと息をついている。

 週末のたび、長期休みのたびに三家族は集まって遊ぶのだが、その場で大地に貶されたり克也にいじられても、彼らの親も兄弟も止めてくれなかった。二人と距離を置こうとすると注意され、他の友達との約束を優先すると薄情だと叱られる。


「私が必死になって二人を避けているのに、お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんが私の情報を二人に流してて、どこにも逃げられなくて」


 なんとか二人から離れたくて、高校は近隣では有名な女子校を第一志望にした。大学進学率も高く、海外の姉妹校と交換留学も盛んな私立の女子校なら、克也と大地から離れられると考えたのだ。けれど、せめて高校の三年間だけでも幼なじみから解放されたいという彼女の願いはかなわなかった。


「鞠香さん、聖リマ女子が第一志望だったんだ?」

「うん。進学校だから反対されないって考えたんだけど、駄目だった。許してもらえない理由が酷いんだよ。克彦と大地があたしと一緒の高校がいいって言ってるからだって」


 アキラとシュウはお互いに呆れと苦みを噛み殺した顔を合わせて、小さくため息をついた。


「陽気で無神経ばかり揃うと暴走しがちだが、それはさすがに酷いな」

「馬鹿な親だよなー」


 祐也もうすうす感じ取っているようだが、克彦と大地は好きな女の子を虐める幼い男子の典型だ。それを保護者が微笑ましく見守ってしまったのが、鞠香の地獄のはじまりだ。子どもたちの初恋を応援したい、その親心は間違っていないが、当事者の気持ちを無視してはいけない。

 親世代は息子側に似た経験をしてきたのだろう。それが良い思い出となっているから、克彦と大地の後押しに熱心になってしまった。誰か一人でも鞠香の気持ちを理解できる大人がいれば、ここまで追い詰められることもなかっただろうに。


「あの白い場所で変な声に選べって言われたとき、すぐ近くで二人の声が聞こえたの。いつものようにエルフにしろ、って」

「いつものように?」

「ゲームさせられてたの。VRゲームで、私はいつもエルフとか精霊とかの回復スキルのある種族を選ばされて、戦闘の支援をさせられてた。二人は獣人ばかりだったな」


 VRゲームも、ログインしていなければ大地たちから連絡が入って、母親が部屋まで押しかけて説教する。だから仕方なくゲームに付き合っていた。二人はあの白い場所を、ゲームの初期設定かチュートリアルとでも思っていたみたいだと、鞠香は蔑むように吐き捨てる。


「そこでエルフを選んでしまったのか?」

「……条件反射で」


 これまでの数々の抵抗が全て打ち砕かれ、さらに悪化する経験を積み重ねてきた鞠香は、二人の声に条件反射で従ってしまうようになっていた。


「ついうっかりレベルはや……祐也くんと同じかな」

「君もゲームの影響で獣人を選んだの?」


 アキラに問われ、祐也は恥ずかしそうに目を伏せた。


「ええと、面白そうだなって思って。でもすぐに元に戻すつもりだったんですよ。けど思ってたよりもタイムリミットが早くて」


 戻せなかったのだと落ち込む祐也に、アキラは同情の視線を向ける。


「気がついたら森の中で、克也と大地もいて、ああここでも逃げられないのか……って諦めてたけど。シュウさんが眼帯の、コウメイさんと別れて家に帰るって聞いて、あいつらから逃げるチャンスは今しかないって思ったの。だから」


 鞠香は荷袋から取り出した財布をアキラに差し出した。


「お願いします。私を助けてください。持ってるお金はこれで全部だけど、足りない分は働いて払います」

「ぼ、僕も働きます。これ、僕の財布です、受け取ってください」


 鞠香に続いて硬貨の入った巾着袋を差し出す祐也は、自分の血で汚れた翼を広げて見せる。


「この翼を隠して暮す方法とか、安全に暮らせる場所とか、そういうのを知ってたら教えてくださいっ」


 財布を差し出したまま、二人は揃って頭をさげている。

 アキラは二人の巾着を受け取って、労るように微笑みかけた。


「事情は理解しました。あなたたちを匿うことはできませんが、こちらで生きるためのお手伝いならできるでしょう」

「「ありがとうございますっ」」


 鞠香は涙を吹き飛ばす笑顔だし、祐也は安心して気が抜けたのか、羽をだらりと垂らしている。


「わかんねーコトがあったらアキラに聞くんだぞ。こいつめちゃくちゃ頭いいから」

「シュウは何も手伝わないつもりなのか?」

「だってさー、俺が教えられるのは討伐とか荷運びぐらいだぜ?」


 か弱いエルフと戦闘系ではない獣人族だ、いきなり荒事を叩き込むわけにはゆかないだろう。


「荷運びでも何でもしますから教えてください」

「討伐も必要なんですよね? 頑張りますから見捨てないでください」

「あー、まあ追い追いな」


 キラキラした表情の二人に迫られてシュウはたじたじだ。

 微笑ましい光景に口元をゆるませるアキラは、立ち上がって衣服の汚れを落とし、二人を促した。


「休憩は終わりです。まずは森の歩き方と野営の練習をしながら家に帰りましょうか」


 シュウなら半日、アキラの足なら二日はかかる距離だが、鞠香たちにあわせれば帰宅まで四、五日はかかるのだ。あまりのんびりしている余裕はない。

 アキラを先頭にして歩きはじめた一行は、水場の見つけ方や薬草の探し方、食べられる木の実や野草を探しながら森の家に向かった。



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