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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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02 魔石の行方

 冒険者ギルドに顔を出したアキラを、査定責任者のラルフが満面の笑みで迎え入れた。上客用の応接室に招き入れ、高級な香り茶と蜂蜜を絡めた豆菓子を出し、期待に満ちた目を向ける。


「シュウさんに頼んでいた件なのですが……どうでしょう?」

「私で良ければ協力させてください」

「あ、ありがとうございますっ! 助かります!!」


 歓喜のあまりアキラの両手をがっしりと掴んだラルフは何度も何度も上下に振った。


「それで、詳細をお聞きしても?」


 グッと力を込めて激しい握手を止めたアキラは、さりげなく両手を取り返して説明を求めた。


「以前、薬草の査定で揉めていた時にアキラさんが間に入ってくれましたが、あれがきっかけなんです」


 あれは二ヶ月ほど前のことだった。駆け出しの冒険者が薬草を買い叩かれたと査定職員に激しくかみついていた。ガリガリに痩せた少年の納品した薬草はギルドの求める基準を満たしておらず、アキラからすれば値がついたのが不思議な品質だった。職員がそれを説明しているのに、少年は言い負かされてはならないと頑なになるばかりだ。見かねたアキラが薬魔術師であることを名乗ったうえでそれを指摘し、少年の採取した薬草をもとに改善点をレクチャーしたのだ。


「あの後の彼らは基準ぴったりの薬草を定期的に納品できるようになりました。収入が安定すると食生活が改善されますし、狩りでも余裕ができます。最近では角ウサギを狩れるようになりましたよ」


 少年らの身体の肉付きが良くなり、血色も良くなってきたのがわかるとラルフは嬉しそうだ。


「本当にありがとうございます。私も彼らと同じような生い立ちなので、どうにかしてやりたいとずっと思っていたのですが……アキラさんのおかげです」

「彼が努力したんですよ」

「努力する気になれたのは、アキラさんが収入につながる知恵を彼に教えたからです」


 それは間違いありません、とラルフは強く拳を握りしめて力説した。どこの国でも、どこの街でもそうだが、親のコネがなく勤め先や親方を見つけられなかった少年たちは冒険者になるしかない。駆け出しの彼らは、先輩冒険者の行動を模倣しながら失敗を繰り返し成長していくのだが、現在のウナ・パレムの新米冒険者たちには失敗をする余裕がないのだと、ラルフは悔しそうに頭を垂れた。


「そんなに困窮しているのですか?」

「ええ、魔石の買取ができなくなってからは本当に厳しいんですよ」


 アキラはあいづちを打つくらいの感覚で問うたのだが、ギルド職員から聞き出したいと思っていた話題が出たことで、すうっと目を細めた。


「こちらでのクズ魔石の買取額は、一個一ダルでしたか?」

「ええ、魔法使いギルドの十倍の値段です」


 冒険者ギルドの買取価格は、本来の魔力的な価値からすれば高い。だがそれには意味があった。


「討伐で稼ぐ力のない新人には、甲冑虫や眠り蝶を駆除するしかないんですよ」


 土木労働や農園の手伝いなどは、どうしても身体の大きな冒険者が優先されるし、数にも限りがある。仕事にあぶれた冒険者は街の外に収入源を求めるしかなく、森に討伐に向かうのだ。魔獣を狩る腕のない者たちは、虫を駆除して稼ぐしかないのだが。


「確か甲冑虫や眠り蝶には、討伐報酬はありませんでしたよね?」

「ええ、ありません。買い取れる素材もありません。ですが報酬は無くても魔石は取れますからね」


 人の頭ほどもある甲冑虫の幼虫は、樹木の内側を食い荒らし、およそ季節一つで木を枯らしてしまう。近隣の果樹園では、卵を産みに来た甲冑虫を駆除する駆け出し冒険者を歓迎しており、報酬代わりに食事などを提供していたし、冒険者たちも反撃されることのない安全な討伐で経験を積み、クズ魔石を集めてギルドに売りに来ていた。


「もともとクズ魔石の買取なんてギルドに利益はないんです。新人たちの最低限の収入保障みたいな位置づけで買い取ってたんだから」


 それなのに七年前から魔石の取り扱いが禁止されてしまったのだ。


「買取ができなくなってからの彼らの困窮ぶりは年々酷くなるばかりです」

「そんなにですか?」


 魔法使いギルドの独占により、クズ魔石は十個で一ダル以下という足元を見た価格で買い取られていた。それではとても生活はできないだろう。


「ギルドでもなんとか支援策を試したのですが、うまくいかなくて」


 熟練パーティーにポーターとして雇い入れをお願いしたが、彼らも魔石が換金できなくなった分の収入が減っており、駆け出しの面倒を見る余裕はなかった。仕事のあっせん先を増やそうとしたが、職人を求める就職口はたくさんあっても、技術のない冒険者を雇い入れるところはほとんどない。


「甲冑虫じゃ金にならないので、いきなり角ウサギや草原モグラに挑戦するようになりました。しかしベテランにとっては簡単な獲物でも、経験のない連中にとったら大物ですからね」

「ケガ人が続出したんじゃないですか?」

「しました。五人に一人は錬金薬が必要なケガをして戻ってきたんです」


 わかりますか、とラルフが目で問うのに、アキラは表情を曇らせ重々しく頷いた。


「五百ダルの借金は、致命的ですね」


 駆け出しで抱えるには大きすぎる金額だ。新人には換金できる財産は無いし、角ウサギ素材の十羽分に相当する借金を返済するため、無謀な討伐に出て更に借金を増やす者が後を絶たなかったとラルフは呻いた。


「クズ魔石さえ買取れてたら、彼らも最低寝床を確保できるし、危険を避けて一月も粘ればそこから後は普通に稼げるようになるんですよ」


 だがここ数年は、新人の半分以上が三ヶ月の間に借金奴隷の身分に落ち、それを免れてもこの街では生活ができないからと出て行ってしまう。中には犯罪組織の誘いに乗って身を持ち崩す者もいた。


「痛ましいですね」


 話は講習内容から大きくずれていたが、アキラはそれを止めようとはしなかった。


「そうまでして魔石を買い占めて、魔法使いギルドは何をしているのでしょうか?」

「それは魔術師であるアキラさんの方がご存じじゃないんですか?」


 問い返されて、アキラは「まさか」と首を振った。


「私は薬魔術師ですから、どちらかと言うと医薬師ギルドの方が近しいんです」


 それにまだこの街に来て三カ月しかたっていませんからと言うと、ラルフは「そうでしたね」とため息を吐いた。同じ魔術師であっても、治療魔術師と薬魔術師は、他の魔術師とは見ているものが違う。医薬師ギルドは救命を目的としており、己の研究の追究を目的とする魔術師たちとは在りようが違っているのだ。


「魔石の用途については我々も疑問に思ってるんですよ。この街には領主様の所有する魔道具がたくさんあるので、そちらに回されているのは間違いありませんが」

「ああ、大通りの灯りの柱ですね。あれをはじめて見たときは感動しました。夜が明るいと安心して歩けますからね。あの灯りを維持するだけの魔力を提供してくださる領主様は素晴らしい方ですね」


 さり気なく持ち上げるとラルフの笑みが固まった。アキラはそれに気づかないふりで続けた。


「ですがその慈悲を困窮する冒険者にも向けていただきたいですね。冒険者も領民なのですから。ギルドは灯りをともしてもなお余るほど魔石を保有していると思うのです……ああ、魔法使いギルドを批判しているように聞こえますね、そういうつもりはないのですが」


 前に所属してた出張所と違うので、未だに戸惑っていますとアキラはフォローした。


「魔法使いギルドの魔石に関する横暴ぶりは目に余りますが、領主様の承認を得ていますしどうにもできません」

「貴族が後援をしているのでは、用途を知りたくても諦めるしかありませんね」

「ええ、我々には知りようのない使い道なのでしょう」


 触らぬ神に祟りなしということわざがこちらにもあるのかは知らないが、この街の人々も領主には何も言えないようだ。それでも魔法使いギルドに対する何かしらの思いはあるのか、ラルフは「魔術師のアキラさんには言いづらいんですが」と前置いて愚痴が続いた。


「ここ数年の魔法使いギルドは依頼も殆ど受け付けていないのです。おかげでこちらに魔術師向きの依頼が回されるようになったのですが、みなさんは上納する魔石集めが忙しくてなかなか引き受けてくれないし」


 チラリと請うように視線を向けられてアキラは苦笑した。ラルフは初心者講習だけでなく、依頼も押しつけようとしているらしい。


「冒険者ギルドでの依頼は仲間の二人に任せていますので、そちらと交渉してください」


 例え魔術師向きの依頼であっても、コウメイやシュウが引き請けると決めたなら断る理由はない。


「それではホウレンソウの皆様がおそろいの時にお願いすることにしますね」


 ラルフは随分と長く愚痴を垂れ流していたことに気づき顔を赤らめた。香り茶を飲んで気持ちを切り替えると、本来の目的である初心者講習についての説明をはじめた。


「アキラさんが教えている様子を見ていて反省したんです。査定しながら冒険者たちを指導していたつもりだったのですが、基準や規則を押し付けていただけじゃないのかと」

「私はウェルシュタントの出身ですので、こちらに来て新人向けの講習がないと知って驚きました。向こうの冒険者ギルドではどこでも定期的に開催していたので」


 自分も駆け出しのころにギルドの講習で様々なことを学んだというアキラに、ラルフは教育内容を教えてくれと頼んだ。


「そうですね、ギルドの規則はもちろんですが、基本的な武器や道具の使い方から、魔物や魔獣の解体方法、薬草採取の決まり事などですね。本当に最低限の知識ですよ」

「それだけたくさんあって最低限なんですか……」


 ウェルシュタントでは人材を大切にする方針が行き渡っていたのだと今になって実感できた。ニーベルメアの冒険者ギルドは人材育成を怠ってきたツケが魔石の件で表面化したのだ。


「それで講師料なのですが、その……」


 ラルフは申し訳なさそうに頭を下げた。


「今回は私の独断の試みなので、ギルドからは出せないんです。アキラさんには貴重な時間と情報を提供してもらうのに、本当に申し訳ないのですが」


 アキラの講習を受けた冒険者たちが稼げるようになれば、記録にまとめてギルド長に上申するつもりだ。結果、それが採用されれば功労金として金を出せるだろう。だがそれまではただ働きになってしまうとラルフは何度も頭を下げた。


「協力は構わないのですが、流石に月に二回で三ヶ月間というのはちょっと……」


 ボランティアで引き受けるならお試しの一回が相場だろう。現在任務遂行中であり、そちらの進捗状況によっては、いつ街を去ることになるかもわからないのだ。あまり長期間の約束はできない。アキラは少し考えてラルフに提案した。


「初心者講習にギルド職員の方々も教える立場で参加してみませんか?」

「我々もですか?」

「ええ。講師役を外部の冒険者に頼るのではなくて、職員が務められるようにならないと後で困るのではありませんか?」


 私たちはずっとこの街にいるわけではありませんから、とのアキラの言葉に、ラルフはがっくりと肩を落とした。ここ数年の冒険者の定着率は芳しくなく、他領のギルドへと優秀な者からどんどんと流出していた。冬の終わりにやってきた彼らが定住してくれたらと、ほのかに期待していたのだ。


「この街にいる間はできるだけのお手伝いをさせていただきますから、それで許してください」

「とんでもない、お願いしているのはこちらですから」


 にっこりとほほ笑んだアキラを、ラルフは感謝と敬愛のまなざしで見つめた。一ダルでも査定額を上げようと、職員に噛みついたり誤魔化しを平気でする冒険者と日々格闘しているラルフにとって、基準を守り、誤り以外では査定に物申さず、いつも穏やかに声をかけてくれる冒険者は貴重だ。それが長い灰茶の髪もさらさらと流れる、銀の瞳の麗人なのだから逆上せあがらない方がおかしい。しかも自分の図々しい頼みごとを嫌な顔せずに快諾してくれて、極上の笑顔を向けてくれている。

 自然と頬が赤くなるラルフに、アキラは小首を傾げてたずねた。


「ところで一つ教えてもらってもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか」

「甲冑虫と眠り蝶の生息場所はどのあたりになりますか?」


 アキラはウナ・パレムを中央に据えた周辺地図を開いた。


   +++


 甲冑虫は西門を出て北にある果樹農村付近に多く、眠り蝶は南東門から街道沿いに広がる草原で群れているそうだ。


「火風」


 アキラが杖をかざすと、炎が空を飛んで眠り蝶の群れを焼いた。


「あー、ダメだぜこれ。灰も残ってねーよ」

「魔石ごと焼失させるとか、強力過ぎだ」


 翅を広げれば人の頭ほどもある巨大な青と黒の蝶は、焼かれ地面に落ちる前に風に吹き散らされて消えていた。

 しゃがみ込んだシュウは、雑草の上に残った灰を指ですくってふっと吹き飛ばすと、杖をかざしたまま固まっているアキラを見あげた。


「もうちょっと火力落とせよなー」

「魔石だけ焼き残すのは難しいか?」


 渋面で立ち尽くすアキラの横で、コウメイはどうアドバイスしたものかと悩んでいた。


「ガスコンロの弱火を意識したらどうだ?」

「これでも弱火のつもりだったんだ……」

「アキラの火力、デカすぎっ!」


 攻撃魔術を使うのは船旅以来だ。流石にクラーケンを相手にするのと同じなわけはなく、かなり控えめに魔力を調整したのだがそれでも強すぎたようだ。


「これは難しいな……焼き加減の感覚がわからない」

「ミディアムレアって感じでやってみろよ」

「料理は苦手なんだが」

「ステーキ焼くみてーに言うなよなー」


 とにかく魔力量を限界まで絞って火風を放ち、何度か試して翅と本体の形が残る程度に焼くことができるようになった。黒焦げの死骸からクズ魔石を回収するのはコウメイとシュウの仕事だ。


「だいたい四十個ってとこか」

「その倍くらい消し炭になってるけどな」


 もったいねーと笑うシュウの背を小突いて魔石収集を終えた三人は、ラルフから聞き出した情報を共有しながら街に向けて歩きはじめた。


「魔石が街に還元されてないのは間違いねぇな」


 監視カメラ的な魔道具が魔力切れで動きを止めているのがその証拠だ。


「新しい魔術や魔道具・魔武具の開発には、多くの魔力が必要なんだ。かき集めた魔石をそちらに流用している可能性は高いな」


 本部に秘密で何かが開発されているという懸念は、ミシェルの思い過ごしではなかったようだ。問題なのは、何を目的とした魔道具を作ろうとしているのか、それに領主がどの程度関与しているか、だ。


「聞くかぎり、結構ズブズブっぽいよな」


 魔法使いギルドは国家に属しない独立組織だ。過去には魔術師を利用せんとする国家や権力者らと何度も対立してきた。それなのに領主が後援し秘密裏に開発する魔武具となると、ミシェルが警戒するのも分かるような気がした。


「領主様が欲しがるってことは、大儲けできる便利な道具か、戦争に使える魔武具の可能性が高いだろうな」

「すげー魔法の武器とかか?」


 想像つかないとシュウは首を捻った。


「魔石の独占がはじまったのが約七年前。それだけの年月をかけても完成しねぇんなら、その開発って既に頓挫してんじゃねぇか?」

「多分な。だが領主の後援を受けているんだ、今さら中止にできるはずがない。だから魔力をかき集めることに必死になっているんだと思う」


 アキラは手の中にある四十個のクズ魔石を見た。他所の魔法使いギルドでは買取を断るほど微量の魔石ですら納品を求めるなりふり構わない様には、ギルドの激しい焦りが感じられる。


「さて、これを納品して様子をうかがってこようか」


 この街でのアキラは魔力量の少ない薬魔術師を装っている。錬金薬を作り、治療魔術師の助手くらいしかできない彼に、クズ魔石でもいいからかき集めて来いという命令は、頻繁に出入りする口実にはもってこいだ。


「気をつけろよ」

「分かってる」


 南東門の手前で二人と別れたアキラは、ひとり魔法使いギルドへ向かった。


   +


 魔石の買取窓口には今日も多くの冒険者たちが並んでいた。どの顔も苛立ちを浮かべており、カウンター向こうの魔術師を睨みつけたり、小刻みに足を揺すらせ威圧している。


「これは中魔石だぞ、そんなに安いはずねぇっ」

「魔石の評価は大きさではなく含有魔力量で決まるんです。この石は大きさに見合った魔力がないんですよ」


 職員に怒鳴り散らしているのは他所から来たばかりの冒険者らしい。魔法使いギルドでは査定基準が異なることを知らなかったようだ。それ以前にウナ・パレムの買取価格は捨て値のような金額なのだ、不満が爆発するのも当然だった。冒険者は声を荒げ抗議を繰り返していたが、最後には諦めた。この街で換金できるのはここだけなのだ、泣き寝入りするしかないのだろう。

 アキラは列がゆっくりと進むのを待ちながら、販売されている魔道具らを眺めていた。アレ・テタルに匹敵するほどの魔術師を抱え、経済規模も大きい出張所にしては貧相な品揃えだった。


「……相変わらず、時代遅れ感が強いな」


 古くからの定番ともいえるアミュレットや、汚水を飲み水に変える水筒に携帯魔道コンロや魔道ランプらが並べられていたが、特定魔術を刻みこんだ魔石やスライム布、数年前に売り出された魔術玉などは一つも置かれていないようだ。

 列は少しずつ前に進み、アキラの番がやってきた。冒険者たちへの説明で疲れ切った表情の灰級魔術師は、同業者を見てほっとしたように気を緩める。だがアキラの差し出した魔石を見るとすぐに眉をしかめた。


「クズ魔石か」

「攻撃魔術は不得手なので……」

「しかもたったの四十個かよ」


 灰級魔道具師はアキラを舐めるように見て鼻で笑った。白級のくせにこの程度の魔石しか集められないのかと嘲りを隠そうともしていない。


「だいたい二十歳そこそこで白級というのもおかしいんだよ。あんたその顔で色級を買ったんじゃないか?」

「ちょっと、ジェフ! 言い過ぎよ」


 隣で冒険者の相手をしていたロッティが慌てて同僚を押し止めた。


「ロッティこそ贔屓目で見過ぎじゃないか。こいつは役立たずの薬魔術師だぞ」

「おい、あんた、それは暴言だぜ」


 アキラが反論をする前に後ろに並んでいた冒険者が声をあげた。


「威張り散らしてる魔道具師よりも、錬金薬を作る薬魔術師の方が俺たちには必要なんだぜ」

「そうだ、そうだっ」

「別嬪にやっかんでねぇで仕事しろや」


 長時間待たされている冒険者たちが騒ぎはじめた。


「ジェフ、あなたは奥で分別に専念してちょうだい」


 ロッティが慌てて灰級魔道具師をカウンターから引きはがし、かわりの職員を呼んだ。


「ごめんなさいね、アキラ」


 交代職員を自分が担当していた席につけると、彼女はアキラに頭を下げた。ロッティはドレスタンのマライアに紹介された魔術師の一人だ。もう一人の魔術師には無視されたが、彼女は紹介状を持って訪ねた時から、色々と気にかけてくれている。


「査定させてもらうわね」

「気を使わなくても結構ですよロッティさん。これは全部眠り蝶の魔石です」


 ギルドの建前としては全ての魔石を確認し含有魔力を測定する決まりだが、クズ魔石は所詮クズなのだ。


「慣れない討伐で大変だったでしょ? 負担量が増えたからキツイと思うけど、頑張ってね」

「正直言って、規定分の納品できる自信はありません。クズ魔石までかき集めなければならないほどギルドは切羽詰まっているんですか?」


 困り顔のロッティは、ちらりと同僚らの視線を気にしながら定型文で返した。


「ギルドは魔力を必要としています。大変だと思いますが、どんな小さな魔石でも結構ですのでこれからもご協力ください」


 魔法使いギルドの中では正直に発言できないのだろう。アキラは後ろの冒険者に「お騒がせしました」と微笑みかけた。踵を返し出口に向かおうとすると、慌てたようなロッティの声に呼び止められた。


「待ってアキラ、医薬師ギルドに寄るならサイモンさんに伝言頼める? 先月分の魔力が未納ですよって」

「借金取りみたいな伝言ですね。いいですよ、明日はあちらで作業する予定ですから」

「ありがとうアキラ、助かるわ、よろしく言っといて」


 サイモンもマライアから紹介された一人だ。治療魔術師も魔術師であることに変わりはなく、ギルドから課せられた義務を無視はできない。だが彼は魔法使いギルドを毛嫌いしていて、医薬師ギルドに籠りっぱなしだ。


「またクズ魔石が集まったら来ます」


 そういって窓口を離れたアキラは、自分を追ってくる視線に気づいた。無遠慮な視線を向けられることには慣れているが、この視線からは少し違う意思を感じた。ロッティに会釈するついでにさり気なく周囲を確認し、それが関係者口から出てきた黒ローブの魔術師のものだと気付いた。

 ひょろりとした身体つきの黒髪の青年だ。当然、面識はない。


「さて、くるかな?」


 大通りに出たアキラは、彼が追いかけてきやすいようにと、ゆっくりとした歩みで医薬師ギルドへと向かった。



※パーティー名は「ホウレンソウ」になりました。野菜ではありません。報連相です。中二病的なカッコイイネームが没になるエピソードはちょっと先の話に出てきます。

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[一言] ホウレンソウは美味し・・じゃなくて大事!
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