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02 望まぬ接触

救出の少し前からはじまります。



 三人は木の陰に身を隠し、転移してきたであろう七人の様子をうかがっていた。


「エルフが二、獣人が二、いやあの翼の生えてるヤツも入れたら三、人族が二」


 さまざまな感情が押し寄せてパニック寸前の転移者らをどうしたものかと、観察しているコウメイたちも途方に暮れかけていた。


「……なんでこの森なんだ」

「ここってそういう場所なのかも知れねぇな」

「ほとんどが種族変えてるぜ。あいつらノリノリで選んだんだろうなー」

「罠だとも知らずに無邪気なものだ」


 目の粗い生地の衣服、変換されたと思われる手荷物は似たり寄ったりだ。ケモ耳とエルフ、そして翼を背負った五人がこれから経験するであろう苦労を思って、アキラは目を伏せた。


「どーする? こいつらほっとくと遭難確実だよな?」

「保護……するのか?」


 彼らの会話を聞いたアキラは気が進まない様子だ。コウメイも渋い顔をしている。


「あっちのゲーム脳のバカどもは見ててムカつくな」

「あー、確かに。あのノリでいたらすぐに痛い目みるだろーなー」

「助けるのは連中が自力でどこまでできるか、それを確かめてからでいいか?」

「そうだな、俺たちのときは誰も助けてくれなかったが、なんとかなったし」


 深魔の森に放り出されたコウメイとアキラは、二人の力だけで森を脱出しサガストの町に辿り着いた。当時の混乱と恐怖、睡眠不足での強行軍を思い出ししんみりとする。


「あんまり早く助けて、この世界がヌルゲーだと勘違いされるのは、あいつらの為にならねぇよな?」

「確かに、最初が肝心ではあるが」

「七人もいるんだ、ここは森の出口にも近い。協力すれば抜け出すのも難しくねぇだろ」

「協力かー。それ、無理じゃね?」


 監視されているとも知らずに、七人は緊迫感のない内輪もめをはじめた。人数が多すぎるせいで各自が危機意識を持てないでいるのか、それとも仲の悪い七人が集まってしまったのか、どちらだろう。


「どういう集まりだろうな」

「高校生っぽいし、全員知り合いだから部活仲間とか、クラスメイトとかじゃねーの?」

「あちらの人間関係をそのまま持ち込んでいるのか……」


 良好な関係ならこの世界では力強い味方となるが、こじれているなら不幸な方向に流れる未来しか見えない。


「銀板に気づかなかったな」

「今は気づかなくても大丈夫だろ」

「やっと移動するみたいだぜー」


 移動か待機かで揉め、進む方向を決めるのにも一騒動があった。彼らをまとめられる者がいないのだ。リーダーシップをとるタイプなのは、ケモ耳の二人と髪を明るく染めている人族女性だろう。だがケモ耳二人はプライベートの我が出過ぎて他の連中に引かれているし、人族女性はキャンプやサバイバルになれていないのかパニック状態だ。


「これ、魔物か魔獣が襲ってきたら全滅するんじゃねぇか?」

「シュウ、威圧で追い払っておけ」

「あー、ごめん。遅かったみてーだ。驚いてて忘れてたわ」


 シュウは七人を追跡する三体のゴブリンを指さした。獲物を見つけた魔物は、人族にはわからない特殊な声で仲間を呼んでいる。近くに巣があったのだろう、気配が集まってきていた。


「仕方ねぇ、死なれる前に助けるぞ。アキは隠れて様子を見てろ。行くぞシュウ」

「えー、あの程度のゴブリンなら俺一人で十分だぜ」

「討伐した後でボロ出さずに連中を森から脱出させる自信があるのか?」

「ガイドはコーメイに任せた!」


 あんな不協和音だらけの七人の引率などごめんである。

 シュウはコウメイに先陣を譲った。


   +++


 いつものようにゴブリンの証明部位を切り落としはじめたコウメイとシュウは、複数の嘔吐や悲鳴のようなくぐもった音に顔を上げた。

 威勢のよかったケモ耳二人とエルフの男は嘔吐し、女の子は口を両手で覆ってそっぽを向いている。エルフの少女は目を固く閉じているし、羽族の男と人族の少年も顔色をなくして涙目だ。

 彼らには刺激が強すぎたようだが、いま経験するのか先になって経験するかの違いでしかないと思い、配慮はしなかった。見せつけるように腹を割いて魔石を取り出してゆく。

 十四体分の証明部位と魔石を袋に収め、シュウが死骸を一所に集めている間に、コウメイは七人にたずねた。


「歩けない者はいるか?」


 心身ともに疲労の限界のようだ、返事はない。

 コウメイはざっと見回し、足を負傷している者がいないのを確かめると、すぐに移動するようにと言った。


「ここはすぐに魔物が集まってくるぞ」

「ゴブリンの死骸を食いにくるんだよ。大蛇とかー、大蜘蛛とかー、銀狼とかなー」

「一緒に食われたくなかったら立って歩け」


 二人が歩き出すと、待って、置いていかないで、と半泣きの声と足音が追いかけてきた。

 死骸の山を残し、ハリハルタの方角へと少し移動する。

 三十メートルほど離れた木々の隙間にアキラの銀髪が見えた。念のためにゴブリンの死骸を埋めに行くのだろう。そちらは任せたと軽く手を振って死骸の山から離れた。

 小さな川の流れに辿り着いたところでコウメイが足を止めた。


「水だ!」


 エルフの男が駆け寄り、水辺に座り込んだ。先ほどの嘔吐で口や喉がヒリついているのか、真っ先に手を伸ばして水をすくい、口をゆすぎはじめた。


「安全かどうか確かめてからにしなさいよ」

「見たらわかるだろ、綺麗な水じゃないか」

「見た目と飲めるかどうかは別ですよ」

「手を洗うくらいなら大丈夫だよな?」


 エルフ男を止めつつも、澄んだ流れを見ていると我慢できなくなったようだ。それぞれ汚れや傷口を洗い流しはじめた。

 ゴブリンの爪で負った傷は軽くはないようで、ケモ耳男の背中は血だらけだ。血に染まった片翼の男も、肩に大きな裂傷があった。友人に手伝ってもらいながら、二人とも傷口を洗い終える。

 水場から少し離れた岩に腰をおろしたコウメイとシュウは、彼らの息が整ったタイミングで声をかけた。


「あんたら、武器も持たずにこんなところで何をしていたんだ?」


 現地人を装って声をかけた二人に、七人はそれぞれの反応を返した。


「ここ、どこなんだ?」

「さっきの魔物とか、どうなってんの?」


 混乱のまま思いついたことを口にしたのは拓真と理人だ。襲われた恐怖がよみがえったのだろう、うう、と再び嘔吐いている。


「近くに町があるなら連れていってくれないか」

「薬があったら分けてくれ」


 要求を出したのはケモ耳の克彦と大地だ。克彦の背中を見れば、爪で引き裂かれた傷から血が流れ続けている。


「その程度なら薬草で十分だ。採ってくればいい」

「薬草なんて知らねぇよ」

「……教えてもらえませんか?」


 不親切だとなじる大地を遮って、エルフの少女がコウメイの前に進み出た。


「危ないところを助けてくれて、ありがとうございます。友達の傷に効く薬草がどれか、教えてください」


 にっこりと笑ったコウメイは、立ち上がって少女を促した。


「少し離れた場所だが、大丈夫か?」

「はい。私は怪我をしてないから」

「あ、待って。僕も行きます」


 肩の裂傷を手で押さえている羽族の男がふらつきながらも立ち上がった。


「谷島君の分も採ってくるから待ってて」と拒む鞠香に、谷島は「すぐに薬草を使いたいから」と譲らない。二人を連れて歩き出したコウメイに、英里奈と大地が声をあげた。

「やだ、残していかないでっ」

「また魔物に襲われたらどうするんだ!?」

「心配するなって。俺はあいつより強いんだぜ。見てただろ、俺がゴブリンをぶっ潰すところ」


 どっしりと腰を下ろしたままのシュウを見て安心したのか、英里奈の目から涙があふれ出した。


「こ……怖かったよぉ」

「うんうん、ゴブリンは怖ぇーよな」

「なんでこんなことになっちゃったの……」


 コウメイにこっちは任せろと手を振って追い払ったシュウは、幼い子どものように泣く英里奈に手拭きを差し出した。


「この森で何してたのか、聞かせてもらっていーか?」


 人なっこく警戒を抱かせないシュウに問われて、彼らはポツリポツリとここまでの出来事を話し出した。


   +


 小川を渡って少し歩くと、木漏れ日を浴びて雑草が生い茂る場所に出た。


「この雑草の中にいくつかの薬草が生えている。傷に効くものと、疲労を回復させるもの、それと毒に効果のあるものだ。覚えるか?」


 コウメイに問われて顔を見合わせた二人は、しっかりと頷いて「お願いします」と返事した。


「まずこの赤茶の葉、セタン草っていうんだ。一見して枯れ葉のようだが、この葉は傷の治療薬に使われている」


 見本に採取した一枚を鞠香の手にのせてやる。じっくりと観察した二人に実際に採取させると、観察の足りない谷島がよく似た雑草を摘んでいた。


「葉裏をよく見ろ。黒い斑点があるだろう、これはただの雑草だ。傷に使ってもしみて痛ぇだけだぞ」

「これ、どうやってつかえばいいんですか?」

「ちぎって、揉んで、汁ごと患部にあててしばらく置く」


 谷島は採取した中から雑草を取り除いてコウメイに確かめてもらうと、震える指でちぎって揉みはじめた。荷袋から手拭きを取り出した鞠香は、コウメイに刃物を貸してくれと頼んだ。包帯を作りたいという鞠香に代わって、コウメイが手早く手拭きを裂いてやる。

 肩の裂傷の処置を終わらせ、再び薬草の採取に取りかかる。克彦の傷のために多めに赤茶のセタン草を集め、疲労回復の効果があるという葉株(ユーク草)を根を残して切り取り、解毒に使うという植物(サヒン草)の種を採取した。


「ユーク草は根さえ残っていれば十日ほどですぐ元の大きさに成長するから、遠慮なく切っていいぜ」

「疲労回復ということは、食べるんですか?」

「そうなるな」

「……うぅ」

「不味いだろ? けど効くのは間違いねぇぜ」


 ゴブリンに襲われたときでも涙を見せなかった鞠香が、薬草を食べて半泣きになっている。どれほどの不味さなのかと興味の湧いた谷島が真似をしたが、こちらは派手に吐き出した。


「飲み込まなきゃ効果は薄いが、まあギリギリの場面で役に立つこともあるだろうから覚えておくといいぜ」


 この眼帯の男はいったいどんな危機的場面を想定しているだろうか。そんな怖々とした視線をコウメイはやさしげな笑みで受け止めた。

 出会ってからずっと厳しく咎めるような表情で自分たちを見ていたのに、含むところのない笑顔を向けられたのははじめてだ。意外なほどに整った笑顔に見蕩れていた二人は、ハッとして居住まいを正す。


「あ、あの。あなたは……どうして親切にしてくれるんですか?」

「僕たち、酷いことを言ったのに」

「口が悪いのはあんたの仲間だろ。それに君はちゃんとお礼を言ってくれたからな」


 救援も水場への案内もコウメイが勝手にやったことだが、それに対してちゃんと感謝を言葉にしてくれたのは鞠香だけだった。


「あ、す、すみませんっ。今さらですが、ありがとうございました。傷の手当ても!」

「気にするな。あんたは彼女を心配してついてきたんだろ。そういうのは嫌いじゃないんだ」


 見ず知らずの場所で出会った怪しげな眼帯の男が、戦う力のない少女を連れて行くのだ。最悪の事態を想像した谷島の行動は間違っていない。


「警戒するのは悪いことじゃねぇ。時と場合と相手が悪けりゃ、二人とも殺されるか、さらわれて非合法の奴隷市場で売られていたかも知れねぇしな」

「奴隷っ」

「そういうのがあるんだ……」

「まっとうな生活してりゃ無縁の世界だが、あんたたちはなぁ」


 コウメイのため息の原因が何であるか、視線の行方で知った二人は、思わず耳や羽に手をやった。


「こんなところにエルフ族と羽族がいるなんて、ワケありなんだろう。お節介かもしれねぇが、その特徴は隠しておいた方がいいぜ」

「見つかったら、奴隷ですか?」

「運が悪けりゃ、な」


 町には理解のある善人も多いが、生きるのに厳しい世界だからこそ、弱みにつけ込んで稼ごうとする悪人もいる。特に力の弱そうなエルフや、見るからにして戦いに向かない羽の獣人は、彼らにとって絶好の獲物だ。


「いまさらですが、ここはどこなんですか?」

「知らねぇのか? ウェルシュタント国の深魔の森だ」

「ウ、ウェルシュ、タント」

「深魔の、森……」


 はじめて知った異世界の名を、二人は噛みしめるようにして呟く。

 そんな彼らにコウメイは名をたずねた。


谷島祐也(やじまゆうや)です」

「私は二科鞠香(にしなまりか)

「そうか。一つだけ覚えておいてくれるか? 誰かに名前をたずねられたら、名字は名乗るな。この世界で名字を持つのは貴族だけなんだ」


 秘密だぞ、と片目をつむってみせるコウメイに、二人は目を丸くした。


   +


 彼らは無邪気に名乗った。

 人族の少女は城崎英里奈(きさきえりな)、真面目そうな印象の少年は関理人(せきりひと)、小狡さを隠し切れていないアイドル顔のエルフは市原拓真(いちはらたくま)、ケモ耳で背中に怪我をしているほうが辻原克彦(つじはらかつひこ)で、もう一人が戸部大地(とべだいち)だ。


「あっちじゃ間違いなく死んでるんだもん、生きてるんだからラッキーだと思わなきゃね」

「どこからラッキーだよ。こんな原始的なところでどうやって生きろってんだ」

「だいたい、なんだよ神様の痴話喧嘩って」

「神様って俗っぽかったんだな」


 修学旅行のバスが事故に巻き込まれたらしい彼らは、気がつけば白い場所に立っていたそうだ。そこで奇妙な声に促されて種族を選択した直後に、深魔の森に立っていた。七人は同じバスに乗っていたクラスメイトらしい。


「……俺らんときと同じじゃねーか」


 口元を隠したシュウの呟きは五人には聞こえていない。


「お詫びつってたくせに、何も貰えないなんておかしいだろ」

「せめてステータスくらいは見たいよな」


 克彦と大地は詫びの品がないと不満を繰り返している。

 シュウは二人の嘆きに内心で同意して大きく頷いた。ステータスがわかれば自分の強さを数値化できるし、面白い。シュウ自身も、この世界に放り込まれたときに期待を裏切られて落胆したのだ、二人の気持ちはよくわかる。


「無いものはは諦めるしかねーよ。そんでこれからどーするんだ?」

「森の外にあるハリハルタって町に行けば、まともな環境が手に入るんだよな?」

「まともかどーかは人によるかもな。けど身分証明書と最低限の働き口は確保できるんじゃねーかな?」


 魔物が当たり前のように闊歩し、電気もなければガスも水道も発達していない世界だと教わった彼らは途方に暮れた。だが地名を教わり、町の存在を知らされると少しは希望が見えたのだろう、彼らの目に光が戻ってきた。


「あたしたち学生なんだけど、未成年は保護されないの?」

「お兄さんいい人だし、見ず知らずの場所に怪我人を残してくような薄情者じゃないよな」

「ははは……」


 泣いている女の子を無視できなかったし、ギスギスした空気が嫌で話しかけたのはシュウだ。だが緊張のほぐれた彼らが、どんどんと自分に都合の良い期待を向けてくるようになったあたりで、シュウはうんざりしはじめた。こんなことならコウメイが戻るまで無言を貫けばよかったと後悔したが遅い。当たり障りのない生返事をしつつ、シュウの視線はコウメイが歩いて行った方角を何度も振り返っている。


「早く帰ってこねーかなー」


 口の中でもごもごと呟いたシュウの切なる願いが届いたのか、コウメイが薬草を持った二人と戻ってきた。


「助かったー。後は頼むぜ、俺には向いてねーわ」

「うんざりしてるみてぇだな」

「あー、うん、なんか合わねーんだよな」


 チラリと向けた視線の先では、背中の傷を治療する鞠香と、それに文句を言っている克彦と大地がいた。「遅い」「こんなので治るのか」「谷島で試した?」「俺よりも先にコイツの治療したのかよ」と聞くに堪えない暴言を吐く友人の傷に、鞠香は表情を消して薬草を塗布している。

 彼らは主人公症候群に酔っているように見えた。異世界での絶体絶命の危機に、コウメイとシュウによって救われたことが、自分たちには特別な何かがあると思わせてしまったのかもしれない。

 そんな彼らを、コウメイとシュウは数歩離れた場所から眺めていた。


「……あいつら、すげームカつくんだけど」

「同感だ」

「世話の焼きすぎはよくねーよな」


 これ以上の手助けは彼らを悪い方向に増長させるだけだ。


「じゃあここで捨てるか?」

「うーん、それもなー」


 同郷でなければ見捨てて立ち去るのに躊躇いはないが、傲慢ではあっても無知な転移人を見殺しにするのは後味が悪い。それにここで捨てるくらいなら、最初に助けるべきではなかった。谷島と鞠香の二人には情が湧いてしまっているし、どうにも決断がつかないのだ。

 コウメイはシュウの体に隠れて魔紙を飛ばしアキラに意見を求めた。すぐに戻ってきた魔紙を元に、二人は密かに七人と縁を切る手順を打ち合わせた。


「じゃあな、俺らは行くぜ」


 頃合いを見てコウメイが荷袋を手に持ち、シュウも剣を背負って立ち上がる。

 置いて行かれると慌てた彼らは、急いで身繕いし、すがりつくように二人に駆け寄った。


「待ってくれ、ハリハルタって町に行くんだろ、俺たちも連れてってくれよ」

「……町には行かねぇよ」

「はぁ? なんで?!」

「用がねぇからな。俺らは自分の家に帰るところだったんだ」

「そのお家はどこの町にあるんですか?」

「町にはねぇよ、森の奥だ」


 ゴブリンや大蛇がウロウロしている場所に住んでいると聞いて彼らは焦った。


「信じられないっ」

「あんたら薄情すぎだろ。俺たち困ってるんだぜ、助けてくれたんだから最後まで面倒見てくれよな」

「せめて町まで連れて行ってくれてもいいんじゃない?」


 囲まれ、詰め寄られて、コウメイは渋面で彼らを見据えた。


「町までの案内料に、いくら出すんだ?」

「は? 金取るのかよ?」

「ついでならまだしも目的地が違うのに、わざわざ送れっていうんだろ。タダじゃ誰も引き受けねぇよ」


 ここはそういう世界なのだと知らしめるコウメイを、五人は憎々しげに睨みつける。


「弱みにつけ込むなんて最低だ」

「なら無料(タダ)で護衛と案内してくれるヤツが通るまで、ここで待ってりゃいいだろ。行こうぜ」


 振り返る素振りさえ見せない二人が、本気で自分たちを置き去りにする気だと知った彼らは、慌てて硬貨の入った巾着を取り出した。


「待ってくれ、いくら払えばいいんだ?」


 大地に呼び止められて振り返ったコウメイは、手のひらに財布の中身を出して見せろと命じた。全員が巾着袋をひっくり返し、自分の手に硬貨をのせてコウメイに差し出す。


「まさか全財産とか言わないよな?」

「俺はそこまで悪人じゃねぇよ」


 七人とも所持金に大差はないようだった。小銀貨が数枚に銅貨が大半、銅片もある。数百ダル程度の所持金なら、宿と食事さえ選り好みしなければ二、三日は休めるだろう。コウメイは大地の所持金から小銀貨一枚をつまみとった。


「俺の護衛と案内の料金は百ダルだ、これ一枚だがどうする?」


 所持金の半分以上を覚悟していた大地は、一番大きい硬貨とはいえ、たった一枚で済むと知りほっと肩の力を抜いた。数枚あるうちの一枚くらいならと、それぞれコウメイの手に小銀貨を置いてゆく。


「ちなみに町の宿は個室なら百ダル、相部屋なら五十ダルが相場だ。飯付きの宿が多いが素泊まりならもっと安いぜ」


 さらりと知らされた情報に残りの硬貨を数えた彼らは、しっかりと財布の紐を縛った。


「じゃあ行くぜ」

「おー、ごくろーさん。ガンバレよ」


 方向を変えたコウメイにシュウが手を振る。

 まさかここで二人が別れるとは考えもしなかったらしい。二人で護衛と案内をするのではなかったのかと問う彼らに、コウメイは「俺に料金は払ったが、あいつには払ってねぇだろ」と冷たく返した。


「わりーな、俺急いでんだよ」

「そんなっ」

「また魔物が襲ってきたらどうするんですか!」


 たった一人で七人を守り切れるのかと不安を主張する拓真に、シュウは「この辺りならそいつ一人で十分だ」と言い切った。


「グスグスしてんじゃねぇぞ。閉門までに町に辿り着かなきゃならねぇんだ。町に入れなかったら野宿だぞ」


 休みなしに移動したとしてもギリギリだろう。自然の中を歩き慣れていない彼らの速度では絶対に間に合わない。厄介な連中を抱えての野営は可能ならば避けたいとの思いが、コウメイの歩速に露骨に現れている。


 早歩きよりもまだ速いコウメイを、彼らは必死で追いかけた。金を払ったのにガイドは一切配慮しないし、枯れ葉や苔で滑ったり木の根や石に躓いたりと、とかく歩きづらい。先頭を歩くガイドの息は乱れもしないのに、追いかける彼らは息も絶え絶えだ。待ってくれと頼んでも、森の中で夜明かししたくないとすげなく断わられる。魔物が襲ってくる場所で野宿したいのかと問われれば、彼らは苦しさを堪えて前に進むしかない。


 遅れがちでありながらもなんなとかコウメイの背中を見失わずに森を抜けたとき、空は半分が夜に覆われていた。

 遠くで鐘の鳴る音が聞こえた。

 人工物の音を聞いた彼らは、薄情なガイドと自分たちの他にも人がいることと、少なくとも鐘が作られるくらいの文明があることに安堵した。


「間に合わなかったか。仕方ねぇ、明るいうちに町の近くまで移動するぞ」

「何に、間に、合わ、な、かった、て?」

「門限があるんだよ。今のは八の鐘、閉門時刻だ」


 朝の二の鐘までは絶対に門は開かないと聞いて、彼らは途方に暮れた。凍えるような気候ではないが、食料も水もなく、テントもないキャンプなんて経験がないのだ。


「ほら、行くぞ」

「無理、もう、歩けないって。野宿、ここで、いいだろっ」


 何もない草原よりも、背中を預けられる木のある場所のほうが休めると言い、拓真はへたりこんでしまった。それをきっかけに英里奈や理人も崩れ落ちる。


「どうせ町に入れないんだ、もう動きたくない」

「明日にしようよ。足がガクガクしてる」


 克也と大地は全身が汗だくだ、口を開く余裕もない様子から、疲労が限界なのは間違いなさそうだ。

 町の近くのほうが魔物は近づかないのだと教えたところで、彼らは決して動こうとしないだろう。危機感を煽るため、銀狼の群れは追い払わずにおくべきだったと後悔しながら、コウメイは仕方なく荷を降ろした。

 組み立て式の五徳を設置し、移動途中で集めた枯れ木に火をつけ、小さな鍋に水を入れる。彼らの手前、携帯食以外の食料を飲み食いするのは避けなければならない。わびしい夜になりそうだとコウメイはこっそりため息をついた。


「何作ってるんですか?」

「茶を沸かしてる」

「ご飯は?」

「……飯もたかる気か?」


 手持ちの炒り豆と干し肉を見せた。ほぼ二食分のそれは全員には行き渡らないし、もちろんコウメイもただで食わせてやるほど甘くはない。誰が最初に飯を寄こせというかと待っていたが、全員が激しい肉体疲労で空腹を感じなくなっているらしく反応はない。


「あの、お茶、わけてもらえませんか?」

「あ、俺も喉渇いて死にそうなんだ」

「あのなぁ、さっきの水場で誰も水を汲まなかったのかよ?」


 コウメイの指摘に彼らは顔を見合わせ、はじめて気がついたというように口を開いた。


「そんなの、言ってくれなきゃわかんないだろ」

「それに川の水だぜ、汚れてるかもしれないじゃないか」

「あの場では飲んでたじゃないか」


 これも川の水だと教えると、彼らはぐっと言葉を詰まらせた。それでも喉の渇きは我慢できないのだろう、一口でいいからと請われ、コウメイはハギ茶をカップに少しずつ分け与えた。


「おい、鞠香はどこだ?」

「まさかはぐれたのかよ?」


 一口の茶で緊張がゆるんだ拍子に、ようやく克彦と大地が気づいた。火の周りに集まった数を数え、二人足りないと慌てる。


「谷島君もいないじゃない!」

「なにしてたんだよ、アンタ!!」

「鞠香を見失うなんて、ちゃんと仕事しろよっ」

「見失ったのは俺じゃねぇだろ」


 コウメイは激高する二人を冷めた目で見据えた。自分は先頭を歩いていた、気づかなくてはならないのはおまえたちだ、と。


「ふ、ふざけんな! 探しに戻るぞ」

「もう夜だ、諦めろ」


 夜の魔物は強い、いや夜の人族が弱いのだ。コウメイはそう言って鞠香を探しに行こうとする二人を止めた。


「アンタ護衛なんだろ、金を受け取ってるんだから鞠香を守る義務がある。さっさと探しに行けよ!」

「俺が引き受けたのは、金を払ったあんたらを町に送り届けることだ」

「鞠香もその中に含まれてるんだぞ」

「彼女は払ってねぇぜ」

「え?」

「ほら、受け取った金だ。五枚しかねぇだろ」


 コウメイがポケットから取り出した小銀貨は五枚。ここにいる五人の分しかなかった。


「嘘でしよ。なんで二科が」

「谷島もだ……どうして一緒じゃないんだよ」


 魔物が襲ってくる森に残る、それは自殺も同然だと、彼らは顔色を変えた。


「英里奈、理人、拓真。二人を探しに戻ろう」

「これから?」

「無茶言うなよ、もう動けないんだぜ」

「けど俺たちが戻れば、コイツは護衛だからついてくる。安全だ」


 克彦の主張に三人はコウメイを振り返り、守ってくれるのかと視線で問う。


「町につくまで護衛を務める契約なのは間違いねぇな」


 森に戻るのか、町に向かうのか、自分たちで決めろと突き放すコウメイを、克彦は憎々しげに見おろした。


「行くぞ」

「待って、待てって。もう夜なんだぞ。暗いし、そりゃ守ってもらえるかもしれないけど、俺たちの体力は限界なんだぜ」


 克彦と大地をつかまえて、拓真が否を突きつける。理人も膝を抱えて首を振り、英里奈は悔しそうに口を開く。


「出発してから何時間経ってると思う? あんな場所に残って無事でいられるわけないよ」

「じゃあ見殺しにするっていうのかよ!」

「もう見殺しにしてるじゃない!!」


 克彦の怒声を越える絶叫だった。


「鞠香や谷島に気づかなかった時点で、あたしたちは二人を見殺しにしてるんだよ!」

「……違う」

「俺は見殺しになんて、してない」

「そう思いたければ思ってればいいでしょ。あたしは戻らない……」


 しぼんだ英里奈の声は、クラスメイトの死体なんて見たくない、と聞こえた。

 コウメイは手のひらの小銀貨を二枚取り、克彦と大地に投げ渡す。


「戻るのなら返しておくぜ」


 探しに戻りたいのなら好きにしろ、と突き放された二人は小銀貨を握りしめたまま立ち尽くした。



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