01 深魔の森の迷い人
冬の間に集めた魔物素材をリアグレンに運び、売却して得たほとんどをダッタザートに送金した三人は、徒歩で街道を北上していた。
馬車で通り過ぎていたときには気づかない、小さな町の市場や村々の暮らしを見るのは楽しいものだ。肌を撫でるまだ少し冷たい風が、そこかしこで芽生えた若草の香りを運んでくる。風で冷えた体をあたためる日差しはまろやかだ。たまには歩き旅も悪くはないと、のんびりとした帰路を楽しんでいたときだった。
グラリと大地が揺れるのを感じた。
「……地震?!」
コウメイは立ちくらみを感じて踏ん張り、アキラは地面に膝と両手を突いた。そんな二人を、シュウがぽかんと眺めている。
「おい、どーしたんだよ?」
「地震だよ、地震」
「はぁ? 地震なんて起きてねーだろ」
四つん這いでもいられなくなったのか、とうとう地面に倒れたアキラは、踏ん張ってバランスを取るコウメイと、だらりと立っているシュウに驚きと怒りを向ける。
「なん、で、立っ、られ、だっ」
「何でつってもよー、地震なんか感じねーし」
「これを感じてねぇってのかよ!?」
コウメイはなんとかアキラを助けようと手を伸ばすが、自身も立っているのが精一杯でままならないようだ。
「嘘だろう!」
「嘘じゃねーし。つーか、もし地震だとしてもさ、コウメイとアキラにすげー差があるんだけど?」
片方は踏ん張ればなんとか立っていられる程度、もう片方は地面にすがりついて堪えている。さすがに地面に転がるのはどうかと思い、シュウがアキラを引っ張りあげようと触れた。
「うえっ、なんだこれー!」
「お、落とすな、痛い」
「すげー揺れた。これは立てねーって」
アキラを抱き上げた途端、とてつもなく大きな地震がシュウを揺さぶった。踏ん張れずに転んだ拍子に、抱えたアキラが地面に落ちる。
手を離した途端に、シュウは地震から解放されていた。
「だいぶ、揺れがおさまってきたぞ」
投げ出され轍に背中を打ち付けたアキラは、痛みに悶絶した後、ゆるりと体を起こした。コウメイが差し出した手を支えに、おそるおそるに立ち上がる。
「大丈夫か?」
「シュウに落とされて打ち付けた背中以外は問題ない」
「悪かったって。けどよー、さっきの変だぜ。アキラに触るまで俺なーんも感じてなかったのに」
アキラに触れた途端、本当に立っていられないほどの激しい揺れを感じた。そして落とした瞬間に地震が終わったのだ。あまりにも不自然で気持ち悪い現象だ。
衣類の土埃をはたき落とすコウメイも、厳しい表情で周囲を警戒するように見ている。
「揺れの感じる度合いに差がありすぎねぇか?」
「ああ、これは普通の地震じゃない、急いで戻ったほうが良さそうだ」
のんびりとした歩き旅を楽しんでいる場合ではなさそうだ。一刻でも早く深魔の森に戻り、リンウッドにこの不可解な現象を相談したい。
「シュウ、久しぶりだが頼めるか」
「非常事態だ、問題ねーよ」
服を脱いだシュウが大型の獣に変わる。コウメイは投げ捨てられた服を拾うアキラを引っ張り上げ、毛皮をしっかりと掴んだ。
雑草が背高く生い茂った草原を突風のように駆け抜けたシュウは、半鐘ほどで深魔の森の南端に辿り着く。そのまま森を突っ走り、我が家に向かうはずのシュウの脚が、森に入ってすぐに止まった。
『なんか、やべー感じの声が聞こえたんだけど』
「やべぇって、悲鳴か?」
『あー、そっちのやべーんじゃなくて、内容がだなー』
背を揺らしコウメイとアキラを降ろしたシュウは、尊厳を守る最低限の衣服を着用した途端駆け出した。木々の間を縫って走る背中を追う二人は、シュウの緊迫した様子に警戒を高める。
「いたぜ、アレだ」
足を止めたシュウは、追いついた二人を木の陰に引っ張り込んだ。のぞいて見ろと促された先を見て、アキラが息をのむ。
「……まさか」
「エルフが二、獣人が二、いやあの翼の生えてるヤツも入れたら三、人族が二」
数えるコウメイの顔が苦々しげに歪む。
十代後半の男女だ。自分たちがこちらに放り込まれたときに着ていたものによく似た粗末な着衣姿の彼らは、ある者は驚き、恐れ、歓喜し、半泣きだ。
「こいつらって、俺らと同じだよな?」
顔を見合わせた三人は、どうしたものかと途方に暮れた。
+++
突如として放り出された暗い森の不気味さに、彼らは身を寄せ合っていた。陽の光を求めて木漏れ日に移動し、降り注ぐあたたかな日差しにほっと息を吐く彼らが感じたのは、驚きや怒り、混乱、そして歓喜だった。
「何、これ。なんで制服着てないの?」
「ケモ耳!」
「尻尾もあるぜ。これやっぱアレだよな?!」
「……耳が、重い」
「エルフだから」
「耳ならまだマシだよ。俺なんかコレ」
「羽、デカ!」
覆い被さるように枝を伸ばし葉を茂らせた木々と、滑りそうな苔むした根と湿った枯れ葉。そして自分たちの変わり果てた姿を交互に見た七人は、声をそろえて叫んだ。
「「「「「「「ここ、異世界だよな(ね)!!!???」」」」」」」
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大きな羽を背に生やした少年と、「制服が」と半泣きの少女の膝が崩れ落ちた。エルフと人族の少年は、自分の笑い声でなんとか気力を奮い立たせているようだ。ケモ耳の男子二人は、互いの姿を茶化しながら興奮の声を上げている。そしてエルフの少女は、木々の隙間から空を見あげて唇を噛んだ。
「どうしてこうなったんだ」
「そりゃ自分で選んだんだろ。言ってたじゃないか『選択を』って」
「……あんなに短い時間しかないなんて誰も思わないだろ」
ゲームのキャラメイクだって、もっと時間の余裕はある。転移後の種族選びなんて重要な選択に、わずか十数秒しかないなんて反則だとエルフの少年が悪態をつく。
「全部試してから選びたかったのに、サンプルも無しとか信じられない!」
エルフ耳を赤くして、近くの木を蹴る彼に、背中に大きな白い羽を生やした少年が羨ましそうに言った。
「市原君はエルフだからまだいいじゃないか。僕なんて羽だよ、羽」
「嫌なら最初から選ばなきゃ良かったのに。谷島の自業自得だろ」
「キャンセルするつもりだったんだ……間に合わなくて」
肩甲骨のあたりから生えた翼の先端は、谷島の腰の辺りまであった。見た目よりも重いのか、気を抜くと仰向けにバランスを崩しそうになっている。
「ねぇ、その羽って何の鳥?」
「先っぽが黒い鳥って、どんなのがあったっけ」
「なんの鳥選んだの?」
「鳥としか表示されてなかったから……」
鳥類という大きなくくりの選択ではなく、鷲とか鷹とか白鳥とか鳩とか、そういう選択肢が表示されていれば、興味本位で選ぶことはなかったのにと谷島は悔しそうだ。
「英里奈も理人も選ばなかったのか」
「つまんねぇな。せっかくのチャンスだったのに」
「うるさいわよ、ゲーム馬鹿ども」
「あの場面でギャンブルする神経のほうが信じられないけど」
癖のある脱色された前髪をかきあげた英里奈は、神経を逆なでするケモ耳二人を睨みつけた。理人も「状況を考えろよ」と呆れている。
長い耳をピクピクさせながら、市原が興味深げに二人の尻尾の動きを目で追う。
「克彦と大地は獣人だよな? それ犬?」
「オオカミ」
「キツネと迷ったんだよな」
二人の耳も尻尾の毛並みもお揃いだ。克彦と呼ばれたほうが若干色が濃く、大地の尻尾の毛先は少し赤みがかっている。互いの耳と尻尾を見せ合いながら、「俺のケモ耳のほうが形が良い」「俺の尻尾のほうがふさふさしてて立派だ」と楽しそうにじゃれている。
ひとしきりケモ耳自慢をした二人は、もう一人のエルフを振り返って笑った。
「なんだよ、鞠香、エルフを選んだのか」
「ブスが選ぶんじゃねぇって。似合わないだろ」
「そうそう、拓真みたいなアイドル顔ならエルフも違和感ないけど、鞠香じゃみっともないだけだぜ」
「この耳、切り取れねーの?」
「……」
大地に耳を引っ張られ、克彦に背中を小突かれて、鞠香は黒くてまっすぐな髪で感情を隠した。これまでの経験上、振り払っても反論してもこの二人を増長させるだけだと、彼女は諦めきっている。
「二人とも状況がわかってるのか?」
「あんたたちいい加減にしなさいよね!」
異世界という異常事態なのに、馬鹿なじゃれ合いなどしている場合ではない。英里奈と理人は二人に怒りの籠もった声と視線を、谷島と拓真は冷めた目を向ける。
ちっ、とわざわざ聞かせるような舌打ちをして、二人は鞠香から離れた。
「それで、これからどうする?」
あたりをぐるりと見回した拓真が「明るいうちに移動するか?」と暗い木々の間を指す。
「なんだよ、出口はそっちなのか」
「さあ、どうだろ。適当に歩いてればそのうち森を出られるんじゃない?」
「やだもう、遭難したらどうするのよ」
「……もう遭難してる」
「誰かサバイバルとかキャンプが趣味の奴はいないのかよ」
全てがお膳立てされたキャンプしか経験のない彼らは、身を寄せ合って途方に暮れるしかなかった。
「獣の声とか聞こえないし、ここで作戦錬ろうぜ」
「俺ら荷物も調べてないし」
木の幹に腰をおろした克彦と大地が前向きな提案をする。二人に反発して移動するほど無謀ではないし勇気もない。彼らはそれぞれ適当な場所に腰を下ろし手荷物を調べはじめた。彼らの荷袋の中身は、多少の差はあれど似たり寄ったりのようだ。
「財布と着替えっぽいものだけだ」
「下着とシャツか」
「なにこれ。着替えならもっとかわいいのを用意してよね」
「お金っぽいけど、こんな硬貨見たことないよ」
巾着の紐をほどいた谷島は、硬貨を手に取って眺める。硬貨と一緒に入っていた金属片も謎だ。理人と二人してああでもないこうでもないと意見を出し合っていると、突然もたれていた木がドスンと音を立てて揺れ、木の葉が落ちてきた。
「ちくしょう、ステータスはナシかよ!」
反対側で克彦が木を蹴ったのだ。怒りが収まらないのか、何度も繰り返して蹴るせいで、木の葉が雨のように落ちてくる。谷島は背もたれにする木を変えた。
「ステータスって、ゲームのアレ?」
「現実を見なさいよ」
「コレ現実だろ。ケモ耳になれたんだぜ! エルフだし、鳥人間だし、どう考えてもステータスがなきゃおかしいって思うだろ?」
鞠香と谷島を指さした克彦は「ステータスがないなんてバグだ、根本ミスだ」と木幹への八つ当たりを続けている。
「これ、なんだろう?」
市原拓真が手のひらにおさまる大きさの板を掲げて見せた。銀色の板に木漏れ日が反射してキラキラと眩しい。
「サイズ的にスマホっぽいけど……駄目だ、動かない」
それは全員の荷物に入っていた。共通の品があれば、そうでないものもある。
「所持品で共通してないのは、谷島と理人の水筒と、市原と大地の持ってるキラキラした石と、二科の本か」
「ねえ、それ何が書いてあるの?」
「……図鑑っぽい」
「図鑑だぁ?」
後ろから伸びてきた大地の手が鞠香から本を取り上げた。パラパラとめくったが、すぐに興味をなくして投げ出した。「植物図鑑なんか役に立たないだろ」という言葉を聞き流して、鞠香は本を拾い汚れを拭う。
「誰も食料は持ってないのか」
「水もないし、どうするんだよ」
「はやくここから脱出しないと俺たち遭難死だぜ」
「方角決めて、イチかバチかで移動するしか」
木漏れ日のあたたかさに慰められていた彼らは、放り出された現実の残酷さにブルリと震える。
正しい方角の確信はない。それでも進むしかないのだ。
腰を上げた彼らは、拾った石で木の幹に傷をつけながら歩いた。
迷わないように、はぐれてしまわないようにと、ひとかたまりになって移動する。
はじめて歩く原生の森に圧倒されていた。
かき分けた雑草がこすれる音、積もった枯れ葉や小枝が踏み砕かれる音、ときおり吹く風が頭上の葉をサワサワと揺らし、背後で聞こえた小さな羽ばたきにビクリと体を跳ねさせる。
「谷島、紛らわしいからその羽しまっとけ」
「さっきのは僕じゃないし。しまうったってどうやればいいんだよ」
「上着羽織ればいいだろ」
「そんなこと言ったって……」
背中にある翼のせいで、彼の着衣だけは奇妙な形をしていた。背中の部分に二本のスリットがあり、羽はそこから出すようになっている。荷物にあった着替えも全てスリット入りだ。
「……使って」
鞠香が自分の着替えを差し出した。女子二人の上着は膝丈の前開きチュニックだ。羽織れば翼を覆い隠せるだろう。
「ありが」
「やめとけ谷島、鞠香のなんか着たら鈍いのが移るぞ」
「お前も偉そうにするなよ、そんな汚い着替え渡すなんて嫌がらせだろ」
「……」
受け取ろうと伸ばした手にチュニックは渡されなかった。大地が奪い取ってくしゃくしゃに丸め、自分の荷袋に入れてしまったのだ。いい加減に八つ当たりは止めろと声をあげようとした谷島が、驚いたように背後を振り返る。
「なんだよ」
「しっ! 足音みたいな音が聞こえないか?」
全員が谷島が見ている方角を振り返った。
耳を澄ませ、音を探す。
枯れ枝を踏む音がした。
ひとつではなく、いくつもだ。
彼らが歩いてきたのと同じような速度で近づいている。
木々の隙間で影が動いた。
目を凝らした克彦が、薄暗い陰に二本脚で歩く姿をとらえる。
「人っぽいぜ」
「人? じゃ、あたしたち助かるのね!」
「おーい、こっちです」
「助けてくださーい」
拓真が両手を大きく振って存在を知らせる。
英里奈が助けを求めて駆け出した。
「待って!」
「何するのよっ」
腕を掴まれた英里奈は、自分を引き止める鞠香の手を払った。
「ぎゃあぁー」
拓真の悲鳴と同時に、近づいていた人影が彼らを囲んだ。
葉草が腐ったような色の肌、血が固まったような不気味な目、大きな口が笑みの形に歪み、凶暴な歯がむき出しになる。
二本脚の生き物は、人ではなかった。
「市原、立て、走れっ」
「ひいぃぃ」
腰が抜けているのか、それとも負傷したのか、市原拓真は這いずるように後じさることしかできない。
「ゴブリンだよな?!」
「これでゲームじゃないなんて詐欺だろっ」
克彦は手近な木から折った枝を構え、大地は荷袋を振り回して二本足の魔物を牽制した。
「鞠香、援護しろ!」
「え?」
「魔法だよ、魔法!」
じりじりと迫るゴブリンと向かい合う二人は、さも当然だとばかりに鞠香に命令する。その態度に、命じた内容の非常識さに、走り逃げようとしていた英里奈の足が止まった。
「あんたたち何言ってんの?!」
「鞠香、早くしろっ」
「くそっ、木の枝じゃダメージ与えられない」
「三匹もいるんだぞ、逃げなきゃマズイって、死んじゃうだろ!」
腰が抜けている拓真を引きずる理人が、ゴブリンと対峙する二人を怒鳴る。
英里奈は鞠香の腕を掴むとゴブリンに背を向けた。
「ゲーム馬鹿はほっといて逃げるわよ、あたしは死にたくない」
「見捨てるの?」
「あいつらの命令聞いて助かるわけ?」
あんなバケモノを相手に戦えない。バケモノは三匹、自分たちは七人いるが、全員で一斉にかかったとしても勝てるとは思えない。それよりもたった三匹なのだからなんとか巻いて逃げるほうが生き延びられる。
「残りたいなら勝手にして。あたしは嫌よ」
英里奈の声で躊躇っていた谷島が走り出した。
鞠香は二人を振り返り、唇を噛む。
大地が荷袋を振り回して間合いを作り、克彦がゴブリンを木の枝で打つが、気休めにもなっていない。枝はゴブリンに傷をつけるどころか、攻撃のたびに折れて短くなっている。
鞠香は、大地に襲いかかろうとするゴブリンに向けて手をかざし、二人に付き合わされたゲームで嫌というほど撃った魔法の名前を叫んだ
「……ウィンドカッター!」
ゲームでは簡単に敵を切り刻む魔法の言葉だ。
だが現実はどうだ。薄暗い森に鞠香の声が響くだけで、カマイタチどころかそよ風すら生じない。
木の枝の残骸を放り捨てた克彦が、大地を真似て荷袋を振り回す。
ゴブリンは己にぶつけられた布袋に爪を立て、勢いよく引き裂いた。そのまま克彦を裂かんと迫る爪に、大地の投げた石が当たる。頬と肩を引っかかれた克彦は、ゴブリンから転がり逃げた。
「痛ぇ!」
「走れっ」
二人は先に逃げた五人を追いかけようとした。
だが背中を見せた瞬間、ゴブリンたちの動きが変わる。
向かってくる二人を嬲っていた魔物は、獲物を逃すまいと飛びかかった。
「がぁっ」
「克ひ――!」
のしかかられて倒れた克彦の背中に、ゴブリンの爪が深々と食い込んだ。
友人を振り返った大地の脇を激痛が襲う。
殴り飛ばされ転んだ体は、樹木にぶつかって止まった。
「きゃあ――」
「わあぁ、こっちにも!?」
悲鳴をあげて英里奈が駆け戻ってくる。
市原を支える谷島の片翼が血で染まっていた。
投げ返された石が腹に命中し、理人が枯れ葉に頭から倒れ落ちる。
駆け寄った鞠香は理人の頭を守るように伏せ、叩きつけられる棍棒の痛みを覚悟して目を閉じた。
もう駄目だと、全員が死を覚悟したときだ、克彦の背が軽くなった。
ギエェェェ――。
気味の悪いうめき声とともにゴブリンの体が飛んだ。
頭から樹木に激突した魔物は、首の骨が折れて事切れた。
しっかりとした足音が彼らの近くでした。
「確認する前にやっちまったが、助けは必要か?」
背中の痛みを堪えて体を起こした克彦は、声の主を仰ぎ見る。
眼帯をした男は、青光りする黒剣を手に繰り返し問うた。
「助けは必要か?」
「お、お願いっ、助けて!!」
英里奈の叫びに応え、男は彼女に迫るゴブリンを一刀で斬り殺す。
「怪我人を集めておけ」
「ゴブリンが六、七……うわー、集まってきてるぜ、十体はいそーだ」
鞠香に棍棒を振り下ろしたゴブリンを蹴り飛ばしたのは、鉢巻きをした屈強な男だ。幅広の巨大な剣を抜いた男は、ゴブリンを数えている。
「半分は任せる」
「りょーかい」
七人を狩ろうと集まったゴブリンの数は十四体いた。
突然現れた男二人の戦いが、克彦らの目にはまるで軽い運動をしているかのように見えた。眼帯の男は流れるような剣さばきで魔物を切り倒し、大剣を片手で振り回す鉢巻きの剛腕は豪快に打ち飛ばして撲殺している。
「すごい……」
「た、助かったのよね、あたしたち?」
寄り添うように怪我人を囲んで座り込んだ彼らは、恐怖や痛みを忘れ二人の戦いに見入っていた。