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武術大会・最終日



 最終日は数年前に新設された混合部門が行われる。

 ホウレンソウの三人は一般観客席の中程に並んで座り、何でもありの試合を見物していた。使う武器は剣でも槍でも弓矢に礫と何を選んでも許されるし、もちろん魔術もありだ。冒険者としての総合的な力を試される部門には、他部門の出場者もいれば、混合部門一本に賭けた者もいる。そんな個性豊かな出場者による普段は見られない試合に、観客らも盛り上がっていた。


「……落ち着かないな」


 ため息をついたアキラの横顔を、周囲の観戦客が目を輝かせて凝視していた。鼻息が荒くなった筋肉の視線を遮るようにコウメイが体の向きを変えると、今度は小さく弾けるような甲高い歓声があちこちであがる。


「ちくしょー、優勝者はモテモテだよなー。うれしーだろ?」

「この歓声は意味が違うだろ。それにちっとも嬉しくねぇよ」


 試合場では槍使いと魔術師の戦いがはじまろうとしているのに、取り囲む連中のおかげで観戦に集中できない。それに周りにいるのは女性だけではない。むしろ視界の妨害でしかない髭と胸毛と筋肉のほうが多いくらいだ。


「脳筋どもが邪魔だ」

「それアキラ狙いの野郎じゃねーの?」

「いや筋肉と髭はシュウ目当ての連中だ。視線の終着点はアキじゃねぇからな」


 コウメイの言葉に驚いて顔を上げると、複数のマッチョと目が合った。ぞわぞわと、怖気が体を走り抜ける。鳥肌と震えをなだめるように腕を組んだシュウが、嘘だろ、とぼやいた。


「なんで筋肉にモテなきゃならねーんだよっ」


 それはチェカットとの血湧き肉躍る力比べが原因だ。あの試合で興奮した脳筋どもが、シュウとの模擬戦を申込みたくてじりじりと距離を詰めているのだ。


「模擬戦というなら、コウメイにも申し込みがきているんじゃないのか?」


 シュウとの白熱した一戦や、前評判で優勝候補筆頭だったエリオットを華麗に打ち負かした試合を見て、実際に戦いたいと思う者は多いだろう。事実、エリオットからは執拗に再戦を求められていたし、対戦できなかった何人かの剣士からも申し込みが入っていた。


「冒険者ギルド(ヒロ)に丸投げしといた。角が立たねぇように断わってもらってる」

「あ、それいーな。俺もそーしよう」


 シュウは自分に声を掛けたそうにしているマッチョどもに、話は冒険者ギルドを通せと返してあとは無視を決め込んだ。

 再び視線を向けた試合場では槍使いと魔術師の間を、身長の倍以上に高く燃え上がる炎の壁が隔てていた。


「あれっくらい飛び越えられるよな?」

「俺は正面突破だな」


 シュウの跳躍力なら二、三十マール(2、3メートル)の炎の壁など簡単に飛び越えられるし、かつてのコウメイは水魔術で体を守って突っ込んでいる。この槍使いはどう攻めるのかと見ていれば、武器を掴んで炎の壁に投げつけた。


「なるほど、その手できたか」


 魔術師の姿を隠す炎の壁は二歩幅ほどしかない。壁のない左右から回り込もうとしても、魔術の炎が移動し行く手を阻むが、壁の向こうに魔術師がいるとわかっていれば、無理に突破する必要はない。かの魔術師の炎には金属槍を一瞬で溶かすほどの力はない。木製の柄が焼け落ちたとしても穂が残ればそれで十分だった。


「狙いが正確だな」

「うわ、痛そー。試合用じゃなかったら心臓にぶっささってたぜ」

「回避する気がないのか、できなかったのか。アキはどっちだと思う?」

「炎壁を過信したのが敗因だ……気をつけないといけないな」


 魔術は完璧ではない。その一発で全てを終わらせられるような魔術でない限り、次策、次々策は常に用意しておかなければ魔術師は生き残れない。


「次は剣士対体術か、これは掴まれたら剣士が不利だな」

「あの戦い方、ヒロに似てないか?」

「似てるな。もしかしてギルドで指南してるのかもなぁ」


 体術使いの冒険者は巧みに間合いを詰め、剣士の利き腕を掴んで捻りあげ、剣を奪うと同時に膝裏を払ってその体を投げ落として勝利した。

 剣士と射士の対決では矢数に制限のある射士が不利に思われた。しかし己が有利と驕った剣士は矢数を数える手間を怠った。射士が数本の矢を隠し持ったのに気づかないまま戦い、最後は距離を詰め迫ったところで喉元に矢先を突きつけられ敗北した。


「こっちに出たほうが面白かったかもなー」

「確かに、意外性のある戦いは楽しそうだぜ」

「魔術師はこちらに参加しているほうが多いのか……」


 魔術師部門はわずか七名、予選なしだった。しかし混合部門は魔術師だけでも十二人が出場している。魔術師同士の戦いは手の内を知り尽くしているため戦う前から決まっているところがある。だが魔術師以外との戦いなら黒級でもやり方次第で勝ち進めるのだ。


「来年はこっちも出よーぜ」

「いいね、武闘家と真正面から戦ってみたかったんだよな」

「確かに面白そうだ。来年は参加してみるか」

「えー、アキラが出るのかよー」

「アキが優勝するに決まってるだろ、面白くねぇからやめてくれ」

「何を言う。コウメイとシュウも出るのなら俺が勝てるわけがないじゃないか」


 コウメイの剣技と熊獣人にも力負けしないシュウが相手では、多少攻撃魔術が得意なだけの自分に勝機はないとアキラは断言した。


「それは戦ってみねーとわかんねーだろ。そーだ、今度一戦やってみねーか?」


 シュウに肘をつつかれ誘われたアキラは、迷っているのか眉根を寄せた。


「止めておけシュウ、でっかいの一発食らってすぐ終わるぞ」

「えー、コーメイだって試してみてーだろ?」

「やだよ。手加減なしのアキの一撃だぞ? シュウはミシェルさん直伝のアレくらって死なねぇ自信があるのかよ?」

「そこは俺の瞬発力で回避するにきまってんだろー」

「回避できるつもりなのか」

「だからやってみなきゃわかんねーって。なーアキラ、今度手合わせしようぜ」


 肘で体を押しながら強請るシュウに、アキラは素っ気なく否と返した。


「遠慮しておく」

「えー、なんでだよ」

「負ける戦いはしない主義だ」


 攻撃魔術の威力は魔力を積めば高められるし、発動速度にも自信はある。だがシュウの本気のスピードを、攻撃魔術で止める確信が持てなかった。最初の攻撃魔術を外してしまえば、あとは喉元に剣を突きつけられて終わりである。


「じゃあコーメイとはどーだよ?俺よりノロいから勝機はあるぜ?」


 悪かったな、鈍くて、とぼやくコウメイを無視して、シュウは対決が見たいとねだった。


「コウメイとか……やっぱり勝てる気がしないからパス」

「えー、勝てるだろー。速攻で一発でっかいのを落とせば勝利は間違いねーって」


 腕を小突かれるアキラはチラリと冷えた横目で反対側のコウメイを見た。


「コウメイは悪辣だからな。最初の一撃目でこっちを巻き添えにする行動に出るに決まっている。俺は自分の攻撃魔術をくらって死にたくない」


 追撃する攻撃魔術を引き連れたまま、アキラに接近し巻き込むくらいは平気でするだろう。シュウには劣るとはいっても、コウメイの身体能力は人族でも上位だ。まったく鍛えていないアキラがかなうはずはなく、死なば諸共が成立してしまうのだ。

 アキラがどんな想定をしたのか読み取ったコウメイは、正解だとでもいうようにニヤリと笑った。


「そこは戦ってみねーとわかんねーだろー」

「シュウ、お前は俺が雷に打たれるのを見たいだけなんだな?」

「でっけー氷に貫かれるのでもいーし、火あぶりも水責めも面白そーだぜ。アキラもやってみてーって思わねーか?」

「俺を変態にするんじゃない!」


 周囲で聞き耳を立てている連中が誤解しかねない会話を早急に止めるべく、アキラは予定よりも早く弁当箱を取り出した。サツキの作ったサンドイッチと肉団子、野菜をたっぷり使ったサラダのクレープ巻きの行楽弁当を盾に、シュウに黙るように命じる。


「ローストビーフのサンドイッチを食べたかったら、黙って観戦していろ」

「おやつはサツキちゃんのカスタードクリームまんじゅうだ。刺の実クリームのもある。食いてぇよな?」


 シュウは硬く口を閉じて力強く何度も頷いた。

 突き出される手のひらにサンドイッチやサラダ巻きを載せながらの観戦は静かなものだった。ときおり口にする感想も弁当やおやつを取り上げるほどのものではない。

 混合部門の決勝は、剣士同士だった。だが武器は長剣と短剣、全く異なる戦い方をする者同士だ。より実践的な戦いは観客らの目を釘付けにしている。

 観戦に夢中になっているシュウに影が近づいた。

 視界の半分が陰るまで気づかなかった失態に、シュウは腹立ちと殺気を込めて振り返る。

 気配もなく迫っていたのはよく知る熊獣人だった。


「おっさんか、驚かせるなよー」

「気がゆるみすぎだ。楽しむのは結構だが、少しは警戒しておけ。コウメイはちゃんと気づいていたぞ」


 苦笑いのエルズワースがシュウの後ろ頭を叱りつけるように撫で、席を空けさせて腰を下ろした。弁当のお裾分けを食べつつ、揶揄うようにシュウに声をかける。


「チェカットの誘いを断わったそうだな」

「あー、あれか。仕方ねーよ。俺の群れはもうあるんだし」

「わかっている。まあ気が向いたらこっちにも遊びに来てくれ。お前たちがくれば気晴らしになるだろう」


 シュウの胸元にある熊族のアミュレットを確認したエルズワースは、コウメイとアキラにも同じものを差し出した。受け取っても良いのだろうかとためらう二人に、彼は族長の許可は得ていると押しつける。


「コウメイは人族だが、これからの一族には外界とのつながりが必要になってくる、その最初の足がかりとして、人族から変貌しつつあるコウメイくらいがちょうど良いだろうという結論だ」

「俺がバケモノに変わっていくみてぇな言い方するなよな」

「すまんな、人族よりは好ましいと言いたかったんだ」


 決別からずいぶんと年月が経ち、当時の記憶を持たない獣人も増えてはいるが、どうしても人族への警戒が先に立つようだ。


「人族の暮らしはなかなかに刺激的で面白かったが、そろそろ戻らねばならん」


 チラリとアキラに向けられた視線が、早くしてくれと急かしていた。


「数日中には場を用意します」

「わかった。それが終わったら俺たちはここを出る」

「残念。もー少し特訓してほしかったぜ」

「帰還を月末まで延ばせねぇのか?」


 コウメイはアミュレットの礼に、十二月末に食べる故郷の伝統料理をご馳走すると誘う。


「惹かれるが、あまりのんびりしていると面倒が追いかけてきそうなんだ。早々に退散するよ」


 獣人族間のゴタゴタは簡単には解決しないようだ。


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