武術大会・運営実行委員会~前夜
大会本戦の観戦券は完売した。にもかかわらず多くの人が券を求めて商業ギルドに押しかけている。
「冒険者ギルド副ギルド長の手腕には感服です」
「よくぞ彼に出場を決断させてくれた」
「エリオットの影響は大きいですな」
「大きすぎるようにも感じますが、どうしたものでしょうな」
売りたくても売る券がないのだ。それを説明して納得する客ばかりならば頭を悩ませることはないのだが、一部の熱狂的な信望者や、予選試合を見て応援したい出場者を見つけた者らが諦めてくれないのだ。
「座席の増設は無理か?」
「無茶を言うな。一度増設したばかりだぞ。これ以上はどうにもならん」
設計と施工を担当する職人ギルドと農業ギルドの代表が、増席は無理だと説明しながら図面を広げた。座席前後の幅を詰めたり配置を変えたり通路を狭めたりとギリギリの調整の痕跡が読み取れた。素人目にもさすがにこれ以上は無理だとわかる。
「しかしな、連中が納得するか」
「してもらうしかありません。暴挙に出るようでしたら憲兵を呼びましょう」
高値での転売を目論んで、券の所有者を脅したり奪おうとする輩が現れる可能性もある。そのあたりの懸念も伝え、憲兵には見回りを強化してもらうと決めた。
「さて、今日の本題は大会の組み合わせだ」
主催が実行委員会であるからして、当然組み合わせも実行委員会が決定している。もっとも叩き台は冒険者ギルドが用意していた。大会を盛り上げるために、集客力のある出場者が初戦で万が一にも敗北しないように、できれば決勝まで勝ち抜ける配置なのかを確認し、承認するのだ。
体術や魔術、槍・棒術、投擲はさらりと終わったが、エリオットの出場する刀剣部門は紛糾した。
「初戦は実力の拮抗する者同士にするべきだ。勢いがなければ盛り上がらない」
ヒロが配った対戦表と出場者一覧には、ギルド職員が判断した個々の評価が記されていた。五段階評価で、数字の近い者を初戦で当てている。そこまでは簡単だが、二回戦、三回線となると、その配置で良いのか素人には判断がつかない。案の定、他職ギルドの職員らが文句を言いはじめた。
「ここの二回戦は評価五と二の試合になるぞ、これでは客をガッカリさせないか?」
「だがこっちに置けば評価一と対戦だぞ、そちらのほうがつまらんではないか」
「エリオットの初戦は盛り上がりを重視して、四十八番に変更しないか」
もっともらしく聞こえるが、彼らの本音は贔屓の出場者の優遇だ。ヒロは薄い笑みを浮かべたまま、淡々と反論していった。
「四十八番は駄目です、彼は優勝候補ですから」
「初出場だぞ。名前も聞いたことがない冒険者だし」
エリオットが初出場で優勝候補であるのは納得だが、残り二人は無名だ。この評価は間違いではないかと厳しい視線を向ける各ギルド長らに、ヒロは「四十八番は優勝候補です」と繰り返した。
「なら七十一番で」
「いえ、四十八番と七十一番は決勝か準決勝までエリオットと当たらないようにしてください。おそらくそのどちらかが優勝します」
「待て待て、この四評価のノーマンは昨年の準優勝者だぞ。ノーマンこそが五で、その二人は四の間違いだろう」
優勝の可能性ありとされているのは評価四と五だ。四は六人、四人いる評価五の全員が初出場だ。ヒロ以外の全員が、五なのはエリオットだけで、残る三人は評価四の間違いだと主張する。
「ヒロ殿はその二人がノーマンやエリオットよりも強いと言うのかね?」
「予選を見た方はいませんか? 彼らの技量も度胸もエリオットを超えていましたよ」
やけに熱心なヒロの態度を、彼らは知り合いへの斟酌だと思ったようだ。
「この二人は知り合いかね? 贔屓はいかんな」
「とんでもない、正当な評価ですよ」
贔屓したいのはあなたたちなのでは? とヒロの目が細くなった。
実力評価を担当したのは、現役時代は二つ名持ち、引退後は目利きとして引っ張り出された元冒険者らだ。その評価は信頼に値すると冷静に返しても、彼らはよく知るエリオット以上の実力者の存在を簡単に認めようとはしない。
ヒロは説得材料を探して思案し、まずは商業ギルド長に狙いを定めた。
「商業ギルド長、先日購入いただいたヘルハウンドの毛皮を覚えていますか?」
「ああ、あれは素晴らしかった。あんなに状態の良いヘルハウンドの皮は何十年ぶりだろうね。私がギルド長になってからは、傷一つない毛皮を扱うのははじめてで興奮したよ」
「あれを持ち込んだのが、四十八番と七十一番の二人です」
「なんと?」
ヘルハウンド素材は入手が難しいだけでなく、高品質なものは滅多に出回らない。ところが、先日八年ぶりに入手したヘルハウンドの毛皮の品質は、これまで流通したことのないほどの最高品質だった。三十年、いや五十年に一度拝めれば運が良いとまで評価された品を持ち込んだのがその二人と聞いて、商業ギルド長は名前を覚えようと一覧表を手に取った。
商業ギルド長の掌返しを満足そうに見たヒロは、次の標的を振り返る。
「医薬師ギルドに納品した幻惑毒もですよ」
「あれもかね?」
追加注文したい医薬師ギルド長のビアンカは、ヒロに後日あらためて商談を、と迫った。
クイーン・スコーピオンの幻惑毒も、針大鼠や砂蜥蜴の皮を持ち込んだのも四十八番と七十一番だと教えると、ジョイスをのぞいた各ギルド長らは唸った。その二人が実際にそれらの魔物を討伐したのなら、確かに決勝まで勝ち上れる実力はあるだろう。
「それほどの腕利きが大会の早いうちに消えるのはもったいないな」
「早々に当たって万が一の番狂わせがあっては困る」
「じゃな。エリオットとはできるだけ遅く当たるところに配置しよう」
四十八番と七十一番の強さは認めるが、それでもエリオットが優勝だと彼らは信じている。ヒロは決勝にコウメイとシュウが当たるようさりげなく配置の修正を促した。
そんなふうにアレコレと思惑が働き、本戦の組み合わせが決まったのである。
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「八百長じゃねぇか」
疲れ切った様子で昼間の組み合わせ会議を愚痴まじりに語るヒロに、コウメイは呆れ顔でデザートの椀を差しだした。酒を多めに使ったフルーツパンチの糖分と酒は疲労に効果的だ。スッキリ冷たいそれで喉を潤して、ヒロは大きなため息をついた。
「違います、コウメイさんに勝てと強要していませんよ」
「いや、組み合わせに思惑が入りすぎてるじゃねぇか。普通は抽選だろ」
「武術大会は興行であって、競技じゃないんです。そのくらいの作為は当たり前です」
ヒロの主張にも一理あった。
コウメイは食卓テーブルにさりげなく置かれたトーナメント表を、苦笑いとともに摘まみ上げる。
「俺らに情報リークするのはまずいんじゃねぇか? これ公式発表はまだなんだろ?」
「公表は明後日です。それまでは口外しないでくださいね」
「口止めするくらいなら教えるなよ」
出場者一覧に知った名前は二つしかない。身内と標的だ。
「でもさー、これが賭けの元締めとかに渡ったら、やべーんじゃねーの?」
「掛け率にさほど影響はありませんよ。本戦では番狂わせも多いですからね」
「そーじゃなくて、八百長狙いで襲撃されねーかなーとか?」
武術大会のような大がかりな催しに賭けはつきものだ。商業ギルドが関わらない無許可の賭け元には後ろ暗い集団も多い。そういった連中は、利益のために卑劣な小細工を躊躇わないのだ。
「襲われるとしたらエリオットですが、彼なら返り討ちにしますよ」
「へー、そんなに強ーのか。俺は負けねーけど、そいつに賭けるのもアリかもなー」
「出場者は賭けられませんよ」
「もちろん関係者もだよな?」
「そうなの、残念よね。ところで、お兄ちゃんはコウメイさんとシュウさんのどっちに賭けるの?」
大会運営に関わる当人とその家族は禁止されているが、表向き他人のアキラは可能だ。サツキはどちらにいくら賭けるのか、と楽しそうに問う。
「優勝は俺に決まってるだろー、な?」
「あぁ? ふざけてんじゃねぇぞ。俺がシュウに負けるとでも?」
「あたりめーだろ。今の俺はコイツに止められたりしねーからな」
額のサークレットを指で弾いたシュウは自信満々だ。変態は完全に制御できるようになったし、力だけを引き出すこともできる。多少締めつけられたとしてもそれに耐える自信があった。
「脳筋には勝てねぇ戦い方ってのがあるんだよ、そう思うだろアキ」
「勝ち方考えつく前に倒しゃいーんだろ、瞬殺してやるから賭けるなら俺にしとけって」
期待の籠もった二人の視線に見守られながら、アキラは対戦表に目を落とす。
「そうだな、賭けるならチェカットさんかな」
「えー、そりゃあの人すげー強いけどさー」
「ここは身内を贔屓しとくものじゃねぇかよ」
「いい根性だな、俺に金を捨てさせる気か?」
目を細めたアキラの一言に、コウメイは酒シロップのしみこんだレシャを口に入れ、シュウはそっぽを向いて酒抜きのシロップを一気飲みする。
熊獣人族の出場者は、シュウとコウメイには本気で戦うと宣言したと聞いている。チェカットと最初に当たるのは準決勝のシュウだ。そして決勝はコウメイと。隠れ住んでいる領域からわざわざ出てきたくらいだ、優勝を狙わないはずはない。
「……ちょっと投資してみるか」
「あら、お兄ちゃん賭けるの?」
口では何を言っていても、アキラはこういった賭け事をしないと思っていたサツキは、意外そうに兄を振り返った。
「ヒロ、近いうちに相談があると思うが、資金運営に強い人材をジョイスさんに紹介してくれないか?」
「魔法使いギルドは何をはじめるんですか?」
アキラは詳細を説明する権限がないと断わりつつ、魔法使いギルドが大きく変化するには資金が必要だと言った。
「ギルドの規模も大きくなっているし、魔術学校も開校する。確かに資金は必要ですね」
「もう十年早く魔術学校ができていたら、アカリもこの街に残ってくれたのかしらね」
顔を見合わせた夫婦は、アレ・テタルの魔術学校に入学した娘を思った。彼女は卒業後もあちらのギルドに属し、思う存分魔術の研究と実践に明け暮れている。たまにジョイスを通じて届く手紙で、仲間と楽しく暮す様子を知らせてくる。
「わかりました、商業ギルドの知り合いに声をかけてみます。一時的な派遣ではなく、職員としての正式採用でいいんですよね?」
「そこはジョイスさんの判断次第だ。今いる職員で会計業務に明るい人はいないらしいから、信頼できる者なら喜んで採用するんじゃないかな」
夕食後の団らん中だというのに仕事の話で頭を突き合わせる二人に、サツキもコウメイも諦めたように首を振った。シュウはミーティングに夢中のアキラからフルーツパンチを盗み取って口に入れる。
「おい、アキのは酒が強いヤツだぞ」
慌てて止めたコウメイは間に合わなかった。ザルとワクにあわせた酒精の濃いシロップで、シュウの顔がすぐに赤くなる。語尾が巻き舌になり、体が大きく揺れはじめた。ここで寝入っては誰もベッドまで運べない。まだ自力で歩けるうちにと、コウメイがシュウを引っ張りあげる。
「足動かせ。横じゃねぇ、前に出すんだよ」
「おい、もたれるな、重い」
反対側に支えに入ったアキラは体重をかけられふらついている。
「お兄ちゃん、明日はギルドはお休みでしょ?」
妹にかけられた言葉でピクリと跳ねた兄の背中に、サツキは「約束を忘れないでね」と念を押す。
アキラはため息をついて肩を落とした。
+++
翌朝、菓子の甘い香りを素通りしたアキラは、開店前の小枝工房の扉をか弱く叩いた。
「いらっしゃい、待ってましたよ!」
できれば気づかないでほしいとの思いが控えめなノックになったが、コズエは聞き逃さなかったようだ。はつらつとした声とともに扉が開けられ、準備万端のコズエに迎え入れられた。始業の半鐘以上も前だというのに、専属の針子二人も揃っている。
「……おはよう、早いんだな」
「当然ですよ、この日を楽しみにしていたんですからね。見てくださいよ、この衣装!」
店内に引っ張り込まれたアキラは、濃紺の衣装をまとったトルソーの隣に立たされた。
「うん、色も布選びも間違ってなかったみたい」
華やかな装飾はなく、体の線に沿うような衣装だ。上着に当たるのは深みのある上品な濃紺、その下に着るワンピースのようなものは光沢のある白。ぱっと見て華美には感じないのがアキラにとって唯一の救いだ。
「さあアキラさん、着てみてください。あ、これ仮縫いなのでゆっくり静かにお願いしますね」
トルソーから脱がされた衣装の縫い目は粗い。今日の試着で修正をいれるのだろう。渡された白のワンピースを着ようとして気づいた。
「これはズボンだったのか」
「裾が大きく広がってますし、布で足を隠すようになってますから、一見するとドレスに見えるけれど、歩けばちゃんとズボンだってわかりますよ」
果たしてこれを着用して歩く機会があるのかと思いつつ、脇のボタンを止めてゆく。上半身は体にぴったりとしているが、腰から下は締め付けがなく、ゆったりと光沢のある布が広がっている。
「アキラさん、ちょっと両手をあげてください。おろして。うーん、軽く腰を捻ってみてください……そのまま、動かないで」
アキラにさまざまな動きを指示しながら、コズエは衣装のあちこちにまち針や糸を入れて行く。
「はい、次は上着をお願いします」
「これはコートか? ずいぶん裾が長い」
「ドレスとしては短めなんですよ」
「待て……これは、ドレスなのか?」
しまった、とコズエの顔が気まずさを誤魔化すように笑った。衣装を着て行く先が武術大会なので、昼ドレスの長さで仕立てている。だがこのデザインは、石や刺繍で飾り立てれば立派な夜ドレスになる。
「コズエちゃん?」
「ドレス・コートです」
「ドレスなんだな?」
「コートです」
「……」
新作デザインの衣装を着る約束はしたが、女装を承諾した覚えのないアキラだ。どっちなのだと針子を振り返ると、空気を読んだ彼女らは口をそろえて「ドレスの上に着ると素敵なコートですよね」とさえずり、強引にアキラに濃紺の上着を着せてゆく。
「この衣装は流行りますよ。注文殺到間違いなしです」
「領主夫人の好みにもぴったりですし、間近いなく注目されますわ」
「当日の髪型はどうしますか? 黒髪は美しいのですが、濃紺の衣装に沈んでしまうのではないかしら?」
「衣装の背が隠れてしまうのはもったいないから、高い位置でまとめるのは?」
仮縫いはほぼ終わったようなのに、衣装は脱がせてもらえなかった。強引に脱ごうとするも、簡易の縫い目が破れそうで怖い。アキラが身動きできないのをいいことに、コズエと二人の針子は当日の化粧や髪型、飾りまで検討しはじめた。
「髪飾りはやっぱり大輪の花がいいかな。あと魔石を散らしたエクステを絡めて……コレなんかどうかな?」
「いいですね。でも私はこちらの鈴飾りがいいと思うわ。動くたびにシャンシャンと音が鳴るのです、いかがですか?」
「……頭の周りがうるさいのは勘弁してくれ」
耳に邪魔だとアキラが抗議すると、針子は着用主が嫌がるのなら仕方ないと残念そうに鈴飾りを引っ込める。色の異なる花飾りを順番にあてがっていたコズエは、針子たちに花飾りの制作を指示した。
「衣装がシンプルなだけに、髪飾りが栄えていいわ。これは久しぶりに花飾りが売れそうですよ」
武術大会当日までに本縫いを仕上げ、花飾りの増産もしなければならない。忙しくなると張り切るコズエと針子たちに、早く脱がせてくれと言い出せないまま、アキラは彼女たちが納得するまで飾り立てられたのだった。
+++
対戦表を確認したコウメイとシュウは、エルズワースに特訓を頼んだ。
「チェカットさんに一撃くらいは入れてーからな」
「無様に負けるのだけは避けたい」
「そうは言われてもな。数日ではたいして強くなれるとは思わんが」
武術大会が終わるまで近隣に滞在すると決めたが、暇はヘル・ヘルタントでは入手できない砂漠魔物の素材集めで潰すつもりだった。もちろん二人を鍛えるのも面白いが、なにせ時間が短い。
「そんなのやってみなきゃわかんねーだろ」
「何かが掴めるかもしれねぇ、頼むよ」
「しかしなぁ」
成果のあがるとも思えない特訓よりも、魔物討伐のほうが実入りはいいし面白い。そんなエルズワースの心を読んだのか、コウメイが小さな包みを差し出した。
「甘芋の蒸しパン、蜂蜜風味だ」
包んでいたシクの葉をはがすと、甘芋と蜂蜜の甘い香りがエルズワースの鼻と舌をくすぐった。
「これは、この前は見かけなかったぞ」
「他にも作れるぜ。甘芋とレギルのパイに、揚げ芋の蜂蜜がらめ、あとは蜂蜜ピナの冷たいジュースとか」
「なるほど、賄賂か」
二人の特訓を選べば、一族の領域では食べられない菓子がもれなくついてくるのだ。エルズワースは笑顔で賄賂を受け取った。
特訓は人目につかない森の奥で行われた。
「コウメイ、反応が遅いぞ」
エルズワースの攻撃は容赦なく二人を打ち払った。
速度とキレのあるコウメイの剣戟を軽々と受け流し、同時に反撃を繰り出す。連続した攻撃をかわされた直後にできる隙をエルズワースは容赦なく突いた。己よりも速く力強い反撃にピクリとも反応できなかったコウメイの体が、カルカリの木に叩きつけられる。
「シュウ、踏み込みが甘い」
速さを頼みにしたシュウの攻撃は軽い。踏み込みが浅く一撃に力を込め切れていないのだ。重量級のエルズワースに速度で対抗しようという考えは正しいが、焦りが全ての動きを中途半端にさせている。エルズワースは同じように力と速度を乗せて、受け止めた一撃を返した。狙っていた攻撃をそのまま返されたシュウは、両膝をすくわれて派手に宙を舞った。
「一対一にこだわらずとも、二人同時にかかってきてもいいんだぞ」
「くっそー、ムカつくー」
「大会のための特訓だからな、一対一でやらなきゃ意味ねぇんだよ」
そうはいっても二人の攻撃の間隔は、一呼吸あるかないかのわずかなものだ。見物人がいれば、この連続攻撃を二対一の戦いだと思うのは間違いない。だがエルズワースにとって二人の動きは、連携ともいえない稚拙なものなのだ。
「もっと頭を使えシュウ、攻撃が単調だぞ」
戦いに夢中になると体が勝手に動くシュウだ。それは長所であるのだが、相手によっては短所でしかない。特にコウメイのような戦い方をする相手には絶好の隙になる。冷静さを保てと繰り返しつつ、エルズワースは同じ角度とタイミングで振り下ろされる大剣を弾き返した。
「脇が甘い。速度を活かすならもっと鋭く締めろ、その程度ではチェカットどころかシュウも斬れんぞ」
普通の人の目では追うのが困難なほどの剣戟も、熊獣人の目にはその軌跡が鮮明にとらえられている。獣人族の目を惑わせるくらいの細工を仕込めと返り討ちにした。
四の鐘過ぎから丸鐘一つ分の特訓が終わったとき、コウメイもシュウも仰向けに転がったまま起き上がれなかった。胸は激しく上下しているし、全身は泥と汗にまみれている。悔しいことに手加減されていたのだろう、あちこち斬られたはずなのに出血はどこにも見あたらない。
「くっそー、半分も避けられねーのかよ」
「……骨が折れてねぇ。手加減が絶妙で腹立つぜ」
やっと呼吸が整った二人の口から最初に漏れたのは、己の未熟さへの悔しさだ。歩幅ほどの円を描いた内側に立って攻撃を受けるエルズワースを、二人は最後まで外に出すことができなかった。
「どうする、まだ続けるか?」
「あー、腹減ったしなー」
「飯食って少し休んでもう一戦頼む」
二人のプライドを粉砕する程度には痛めつけたつもりだが、どうやらまだまだ余裕があるらしい。これは手加減不要だなと、エルズワースはほくそ笑んだのだった。
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大会前日の夜、どこでどうやって聞いたのか、王都にいるはずのユウキが実家に戻ってきた。
「ただいま父さん。エリオットが武術大会に出るって聞いたんだけど、本当?」
「本当だぞ。当然だが予選も勝ち抜いている」
「ガセじゃなかったのか……どうやって引っ張り出したんだよ。あの人、試合なんて生ぬるいって拒否してたのに」
エリオットが出るのなら自分も出場したいと悔しがる息子の熱意に、ヒロは来年が楽しみだと密かに笑みを浮かべた。