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武術大会・予選試合での再会



 今年から有料にて公開されることとなった予選には、多くの観客が押し寄せていた。


「おー、良い感じじゃねーか。女の子がいっぱいだとやる気が出るよなー」

「目当てはシュウじゃねぇぞ」

「わかってるって。けど俺がかっこよく勝ち抜くのを見たら、一人か二人くらいは応援してくれるかもしれねーだろ」

「一人か二人でいいのか、意外だ」

「ほら、俺ってケンキョだからさー」


 早々に予選試合を勝ち抜いた二人は、場内販売員から買った軽食を食べながら試合を楽しんでいた。コウメイは試合場に注目し、本戦で対戦しそうな者を吟味しているが、シュウはそちらには背を向け、観客席に集った若い女性らを眺めている。

 ニヤニヤと観客たちを見渡すシュウの顔には、言葉とは裏腹な自信と根拠のない下心が満ちていた。会場中の歓声を独り占めする自分の姿を想像しているようだ。

 彼女らが応援する出場者をズタボロに打ちのめせば、間違いなく大歓声を一身に浴びることになるだろう。予選では現実にはならなさそうだと、コウメイは笑みをかみ殺しつつ、張り出されている対戦表に目を向けた。

 観戦客を楽しませるためか、予選試合は以前のような早抜けではなく、本戦と同じ勝ち抜き戦だった。コウメイとシュウは別々の組であったし、女性客が見つめるエリオットも二人とは違う組に名前があった。間違いなくヒロが噛んでいるだろう。


「シュウ、情報収集しなくていいのか?」


 コウメイはちょうど行われている七組目の試合を指し示した。


「雑魚の試合見たって面白くねーし」

「そうでもねぇぞ」


 コウメイは試合場に背を向けるシュウの肩を強めに引っ張った。促されて振り返ったシュウは、ちょうど試合中の男の動きに目をとめる。


「あの鉢巻きの男だ」

「へー、あいつ強いな」

「間違いなく本戦でも上位に勝ち上がるぜ。シュウならどうやって戦う?」

「体もデケーし、力もすげーし、あいつとまともに打ち合ったら、試合用の剣なんてすぐに折れそーだなー」


 観客席の女性の存在を忘れ、シュウの目は鉢巻き姿の出場者の動きを熱心に追った。

 他の出場者よりも一回りどころか二回りは確実に大きな体つき、かといって動きは重くなく、試合場の誰よりも俊敏だ。ギリギリに見せかけた回避、余裕のある踏み込み、軽々と攻撃を受け止める力強さ、まるで相手を翻弄するような意地の悪い戦い方から一転、男は豪胆な一撃で勝負を終わらせた。


「すげぇな、最後の。かなりの手練れだぜ」

「……なんか、見覚えがあるよーな?」

「知り合いか?」

「んー、あの戦い方、どっかで見たよーな気がすんだよなー?」


 はっきり思い出せないのは、ずいぶん前に、おそらく随分前に一度だけ接した程度だからだろう。それでも記憶に残っているということは、とても印象に残る人物だったか戦いだったかだ。

 鉢巻き男の次の試合を目で追うシュウは、難しい顔で唸った。


「やべーかも、俺あいつに勝てねーかもしれねー」

「俺もだ、奴は無理だ」


 勝負を決めた一撃は恐ろしいほどに鋭かった。重く力強い一刀というだけならシュウは弾き返せるし、コウメイも避ける自信はある。だが男の一撃には、二人の防御や回避を許さないキレがあった。二人が躱せないほどの、だ。


「やべー、ワクワクしてきたーっ」


 鉢巻き男を追いかけるシュウの瞳が期待と興奮に輝きはじめた。その隣のコウメイも、似たような顔つきだ。


「あいつと戦いてー」

「ああ、わかる。勝てねぇけど、戦ってみてぇ」


 観戦に訪れた戦いを楽しみたい客も、鉢巻き男の戦いに注目していた。鉢巻き男が勝利を決めるたびに、野太い声が観客席からあがっている。

 鉢巻き男は難なく予選突破を決めた。試合場から観客席に上がってくる彼は、酷くつまらなそうだ。観客らの祝いや本戦勝利を期待する声を押しのける男は、何故かシュウの前で足を止めた。


「久しぶりだな。良い感じに強くなっているが、まだまだのようだ」

「へ?」


 間の抜けた顔を眺めてニヤリと笑った男は、拳をシュウの腹に埋め込んだ。


「ぐふっ……何すんだ、てめー」

「この程度を避けられないようじゃ、優勝は無理だな」

「うるせー、あんた誰だよ?」

「物覚えの悪さは変わらないな」

「おいっ」


 掴みかかろうとする手を軽く弾きシュウにたたらを踏ませた男は、素早く額の鉢巻きをめくって見せる。

 銀の輪と魔石の輝き。


「幻影の、魔武具か?」


 すぐに隠されたそれを見て、コウメイが男の正体に気づいた。シュウの額にある物とはデザインが違うが、人族ならざる強さと鉢巻きで隠す魔武具、そしてシュウに親しげな様子から、この男が獣人族、それもシュウに縁のある種族の誰かに違いない。


「それ、俺のと同じヤツじゃね?」

「獣人族なのか?」

「熊族のチェカットだ。本当に忘れてやがるのか。狼とは思えない薄情さだな」

「あー、俺の尻を棍棒でぶっ叩いたチェカットか!」

「……変態か」


 コウメイが二人から一歩距離を空けた。近くの観客もいったいどんなプレイだと興味津々に振り返る。


「おい、誤解するな。訓練で不甲斐ねぇコイツの尻を叩いていただけだ」

「なんだ比喩か」

「あれすっげー痛かったんだぜー」

「黙れ、バカ狼!」

「痛ってー!!」


 誤解を解消するどころか、無意識に掘り下げようとするシュウの尻を、チェカットの足が容赦なく蹴りつける。

 声援でにぎやかな観戦席だというのに、目立つ彼らの容姿と大きな声、そして好奇心をくすぐる会話に、周囲の視線がどんどんと集まっていた。もはや他人のふりをしても間に合わないと諦めたコウメイは、シュウの口に上着を押しつけ、チェカットには視線で移動を促した。

 

   +


 予選会場を出た三人は、建物影であらためて顔を合わせた。


「コウメイだ。はじめましてじゃねぇよな?」

「ああ、ナナクシャール島でな」

「やっぱり、あのときの助っ人か。悪ぃ、すっかり忘れてた」

「そんなものだろ。俺もあのときの人族の顔は覚えてない」


 海のスタンピードの助っ人として駆けつけた熊族の一人に、黒髪の男がいた。それがチェカットだ。


「あんた武術大会に出るためにわざわざ隠れ里から出てきたのかよ?」

「いや、討伐に来たついでだ。人族の腕比べが面白そうだったんでな。だが話にならないぜ」

「そりゃそーだろ。熊獣人は反則だって」

「シュウもだろ、はぐれ狼」

「俺はちゃんと人族のレベルに力を押さえてるしー」

「全力出さない力比べのどこが面白いんだ?」

「そりゃ決勝までいったら、コウメイとやれるだろ。コイツ相手なら全力出せるしなー」


 もちろん半獣化、完全獣化はできないが、それ以外の制約はない。普段は共闘している仲間とは、こんな名目でもなければ全力で力を競うことなどないのだ。


「ふうん、確かに人族にしちゃなかなかだと思うが、お前が勝てないのか?」

「前回は負けたけど、三十年の間に俺は強くなったからな。今回は負けねーよ」

「その三十年で俺もレベルアップしてるのを忘れんな」


 くぐり抜けてきた修羅場の数は同じだと、コウメイがシュウの脇を小突く。


「なるほど、お前らの対決は面白そうだな。よし、決めた。俺は出るのをやめよう」

「え、なんで? もったいねー」

「予選の組み分け見てりゃ予想できるだろ。俺が出たらお前らの対決は実現しないぞ。それになぁ、面白そうだと思って出てみたが、人族にじろじろ見られ囲まれて力比べするのは気持ちが悪いんだ」


 幻影の魔武具を手に入れてからというもの、結構な頻度で人族の町や村に紛れ込んできたが、いつも人目を避けるように行動していた。それなのに武術大会では、詰めかけた大勢の観客の前に立ち、耳目を自分に集めているのだ。魔武具が正常に作動しているとわかっていても、チェカットは不安を感じずにはいられないようだ。


「本気を出せない力比べなんて面白くないだろ」

「そーかぁ、そうかもなー。けど俺はあんたとも戦いてーんだよ」

「俺もだ、チェカットさんと剣を交えてみたいが」

「はは、はぐれ狼も隻眼も酔狂だな」


 本戦を勝ち進めばどちらかと当たるだろう。それまでは人族の力比べに付き合うのもいいか、とチェカットは二人の希望に付き合うことにした。


「あ、そうだ、エルズワースも来てるぜ」

「大会に出るのか?」

「まさか。あいつはこういうのに興味ないからな。力比べなら砂漠に出没したと噂の怪魔物のほうが面白そう、だってさ」


 やはり人族の街に長く滞在するのは落ち着かないからと、チェカットの予選が終わるまで砂漠で遊んでいるらしい。


「砂漠の」

「怪魔物かー」


 その噂はもしかしなくとも、自分たちのペットと案山子ではなかろうか。視線を合わせた二人は、知らないことにしようと頷き合った。


   +


 チェカットは二人を食事に誘った。


「飯食おうぜ。居心地の悪い人族の街で見つけた、多少はマシな飯屋があるんだ」


 周囲の視線を気にせずに済むだけでなく、それなりの料理を食べられる店だという。期待してチェカットについていった二人は、辿り着いた店を見て絶句した。


「廃屋じゃねぇのか?」

「飯の匂いするけど、これはねーだろ」

「結構美味いし、落ち着いて飯が食えるいい店なんだぜ」


 チェカットが足を止めたのは、裏通りを奥に進んだ先にある、今にも崩れ落ちそうな店だ。力加減を間違えれば割ってしまいそうな木戸を開けて入った店内も、外観に負けないうらぶれ具合である。


「居心地がいい……のか?」

「ガラ悪ぃ連中ばっかじゃねーか」


 薄暗い店内に存在するのは、掃除はされているが古すぎて朽ちかけのテーブルと椅子だ。しかも廃棄寸前のものをかき集めてきたのだろう。不安定な椅子に座る客は、裏通りと夜道しか歩けないような気配の者ばかりだ。これを「落ち着く」と評するチェカットの感性は、生粋の獣人族だからだろうか。油断なく店内を見回したコウメイとシュウは引きつった笑みを作った。


「居心地、最高だろ」


 ここは他者に興味を持たない連中ばかりが集う飯屋だ。後ろ暗いものを抱えた連中は、自身の存在を消す努力をする。他人に意識を向ける行為は、自分の存在を宣伝するのに等しいのだから。どんな客であっても注目されない環境は、確かに獣人族の彼には居心地良く感じるのだろう。

 空いている席に座ったチェカットは、顔面の左半分が歪んだ店員に「飯を三つ」と注文した。どうやら提供される料理はいつも一品だけらしい。運ばれてきたのはまるで鍋のような大きさの椀だ。赤黒いスープに大きな具材が沈んでいる。


「うえー、ピリ辛なのになんかマイルドな感じ?」

「へぇ、赤唐を使ったスープか。丸芋と、この肉は魔鹿か?」


 丸芋は皮を剥いただけの丸ごと、魔鹿肉も同じような大きさだ。他にも小玉の紫ギネが丸ごとだったり、長いままのボウネが器から飛び出している。


「あ、美味い」

「食べ応えあるだろ」

「すげーな、肉がとろっとろじゃねーか」


 見た目は粗野な一品だが、味は一級品だ。スープを赤黒く染める赤唐が目立つが、他にもいくつかの調味料が使われている。それが何かを探ろうというのか、コウメイの顔つきが鋭さを増した。

 店の寡黙な雰囲気は余計な会話を許さない。三人は美味い煮込みを堪能し終えるとすぐに店を出た。


「それで、チェカットさんがダッタザートに来た目的は武術大会だけですか?」


 歩きながらの問いかけに、彼は「人族は鋭いな」と返した。


「俺はついでだ。エルズワースのヤツがシュウを探してたんだよ」

「俺?」

「シュウの仲間に、はぐれエルフがいるんだろ? そいつに聞きたいことがあるらしい」


 鋭くなったコウメイの気配に、チェカットは面白そうに口端をあげる。

 エルズワースがアレックスに問い合わせ、アキラたちがここにいると聞いてやってきたのだと彼は言った。たとえ幻影の魔武具を身につけたとしても、熊一族の掟では単独で人族の領域に入ることは許されていない。なのでちょうど砂漠に用事のあったチェカットが同行したのだと。


「……まさに今、単独行動じゃねぇかよ」

「人族の領域には単独じゃないだろ」


 睨み合う二人の間にシュウが割って入った。


「大通りでガンとばしあってんじゃねーよ。目立ってんぞ。じゃあエルズワースのおっさんの用事って何なんだ?」

「知らん。一応長老には報告してたみたいだが、まだ公にできないんだろう、俺は聞かされてないぜ」

「熊族のゴタゴタに俺らを巻き込むつもりか?」


 コウメイの気配が一瞬で剣呑に変わる。長老までかかわっているのなら、個人的な用事ではありえない。しかもエルズワースの馴染みのエルフはアレックスだというのに、わざわざアキラを訪ねてきたことに危機感が倍増した。


「その怒りは俺じゃなくてエルズワースに向けてくれ。俺は掟のための数合わせだって言っただろ」

「じゃあチェカットさんは何のために砂漠に?」

「砂竜だ。あれの鱗が必要でさ」


 だったら人族の力比べに寄り道してねぇでさっさと砂漠に行っちまえ、というコウメイのぼやき声は聞かなかったことにしたシュウだ。


「砂竜の鱗かー。あれ剥がすの面倒くせーよな。誰かに頼まれたのか?」

「嫁が欲しがってるんだよ。かわいい嫁が喜ぶ顔見たいだろ?」

「……嫁? ヨメ?」

「嫁だ」

「アンタ、独身じゃなかったのかよー」


 シュウが熊族の領域で世話になっていた当時は、確か独り身だったはずだ。いつの間に、とシュウの顔は動揺で悲惨な状態だ。


「なんであんたが結婚できて、俺がデキねーんだよっ」

「おい、首を掴むな、締めるんじゃない。揺するな。バカ狼、離せといってるだろ!」

「ぎゃいんっ」


 力加減を忘れたシュウの腕を軽々と引き剥がしたチェカットは、暴れるはぐれ狼をくるりと反転させ、その尻を思い切り蹴飛ばしたのだった。



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[良い点] エル坊ー!! [気になる点] 獣人出てくると思い出す僻地に飼われた奴隷転移者達元気にやってるのかな… [一言] シュウの尻叩かれた思い出だったり蹴られたりひどいw
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