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馬と甲冑の砂漠討伐・後



 国境河川の騎士団が踏み荒らしたあたりに案内された三人は、膝を突いて痕跡を探す素振りを見せながら、騎士らに気づかれないよう作戦を練った。


「あー、ここから川に突っ込んだみてーだぜ」


 シュウがアマイモ三号が蹴り割ったと思われる川石を見つけた。どうやら水量と流れの勢いを利用し川面を滑り渡ったのだろう。甲冑騎士と箱馬車の重量が沈む暇を与えない速度を出すため、アマイモ三号は相当な力で川石を蹴って跳んだのに違いない。騎士らがこんなわかりやすい痕跡を見逃したのは、常識が邪魔をしたからだろう。


「あいつ水面を走れたのかー」

「普通はありえねぇよな。あの重い図体で、忍者じゃねぇだろうに」

「多分浮遊の魔術のようなものを使ったんじゃないだろうか?」

「アマイモ三号だぞ? アレ、魔武具だぞ?」

「魔武具だから、だと思う」


 オストラント平原で嫌というほど見た戦軍馬と自分たちが飼っている鋼軍馬は、決定的な何かが違っていた。戦軍馬は命令に忠実な道具でしかないのに、アマイモ三号は自己とも思える何かがあるようなのだ。


「魔改造の影響だろうか? いや、アレは最初から少しおかしかったし……」


 リンウッドとともに検証した戦軍馬の魔術陣は、複雑ではあるがある意味単純だった。記録されている命令行動の数は少なく、戦場で敵を蹂躙するだけならそれで十分だ。だが深魔の森で農耕や運搬や騎乗に使うには、もっと複雑で繊細かつ多くの行動命令を記録する必要がある。そのため軍馬を支配下におく魔術陣に、リンウッドが改造をほどこした。命令の言葉から最適解を導き出して行動するための術式を新たに書き加えたのだ。そちらのほうがコウメイとシュウが求める命令の全てを書き刻むよりも、魔力消費が少なく魔術陣も簡素化できたからだ。それらは甲冑人形にも刻み込んでいる。


「へー、アマイモ三号の改造って、そんなことしてたのかー」

「それ思考回路を与えたってことか?」

「……判断力を持たせただけだ」

「いやそれどー考えてもやべーヤツだよな?」


 なんで止めなかったのかと非難の目を向けられたコウメイは、苦笑いでため息をついた。


「菜園と果樹園には必要だったし、シュウだってアマイモ三号の乗り心地を楽しんでたじゃねぇか」


 深魔の森の外に出さなければ問題はなかったのだ、たぶん。外界からの刺激が思考回路の糧となり、これまでになかった行動が生み出されている。森に戻ったら検証が必要だとアキラはこっそりとメモを取っていた。


「おい、どうだ、馬車の行方はわかったか?」

「ここから川に向かって走った跡が残ってるぜ」


 立ち上がったコウメイが、近づいてきた騎士らに割れた川石を指し示した。


「同じような割れ方をした石が、まっすぐ川へと伸びてるだろ。浅瀬をのぞき込んでみろよ、見えるぜ」

「ではそれらは川に沈んだのだな?」

「この手がかりじゃそれは決めつけられねぇかな」


 平民の狩猟服を身につけた騎士二人は、砂漠に向かうと決めた。


「十日のうちに探し出さねばならん」

「いや、それはさすがに無理だって」


 砂漠はサンステン国土の二割を占めるほどに広いのだ。オアーゼを拠点に探すにしても、この人数では半年かかっても難しい。しかも十日という短期間でとなれば、何百人規模を動員しなければならないし、それでも可能性としては低いだろう。


「部品の一部でも持ち帰らねばならんのだ」

「……とりあえず、対岸のサンステン側で痕跡を探し追うしかありませんね」


 アキラはラカメルと物資調達のため一度街に戻るよう騎士を促した。先に戻ってゆく二人の後ろ姿を視界の隅に入れたまま、アキラはコウメイとシュウに囁く。


「一週間くらい連中を引っ張り回していてくれ。その間に軍馬と甲冑を呼び寄せて、森に戻るよう指示を出しておく」

「面倒だな。いっそ俺らを襲わせたらどうだ? 連中に目撃させりゃすぐに終わるだろ」

「馬に蹴られりゃ納得するかー」

「領主の騎士に怪我を負わせたら手配書が増えるんだぞ?」

「俺らが手配されるんじゃねぇだろ?」

「アマイモ三号とカカシタロウの賞金が上がるだけだしー。あいつらを捕まえられる奴なんていねーし、心配ねーって」


 それもそうかと納得したアキラは、二人の助言を組み込んで計画を立てた。

 砂漠の探索は騎士二人が主導権を握っていると思わせつつ誘導し、甲冑騎士を発見させる。カカシタロウは逃走のために騎士らを蹴散らし、アマイモ三号とともに砂漠を逃走。そのまま深魔の森に帰還させる。そして今後は鋼の軍馬と甲冑騎士を森から出さないでおくと決めた。


   +++


 冒険者と違い騎士は砂漠野営の経験は少ない。訓練をしたくとも、隣国の地での軍事訓練はさすがにはばかられるからだ。小隊あるいは分隊単位で冒険者を装い、オアーゼへの往復の移動を経験するのがせいぜいだ。


「水をくれ」

「……ご自分の水は残っていないのですか?」

「こんな小さな水袋が一日分であるはずがないだろう」


 物資も足も保証された軍の訓練野営の経験と、平民冒険者の砂漠野営には雲泥の差があった。

 騎士はぺしゃんこになった水袋を背負っている。オアーゼを出発する際にはち切れそうな程たっぷりと水を詰めていたのに、一人の騎士は昼下がりの時点でもう飲み干してしまっていた。もう一人も残る少ない自分の水を、同僚から隠すようにマントをたぐり寄せている。

 広大な砂漠をあてもなく探し続ける任務には、退屈に耐える根気が求められる。しかし砂漠を走ってまだ三日目だというのに、騎士二人の疲労は限界に近いようだ。オアーゼを中心にした探索は、水と食料がネックとなり範囲を広げられないでいた。


「見渡せる範囲に目的の甲冑らしき姿は見えませんし、オアーゼに戻りま……」


 アキラの声が終わる前に騎士二人はラカメルの方向を変えていた。語尾をしぼませたアキラの肩を、シュウは慰めるように、コウメイは励ますように叩く。

 こんな調子なので彼らが探索に足を伸ばせる範囲は、ラカメルで三鐘ほど走った距離がせいぜいだ。一攫千金狙いの冒険者とすれ違うことも多いため、アキラはなかなかカカシタロウを呼び寄せられないでいた。


「もうさー、俺ら以外の目撃者がいてもいーんじゃねーか?」

「それはそうなんだが、あの二機の制御が上手くいかなかったら、怪我人が増えてしまう」

「そんなの自業自得だって。冒険者は自助自立が原則だぜ」

「そーそー。やべーのに自分から向かってって返り討ちにあうのは自己責任だろー」

「……オアーゼのギルド職員が迷惑を被るから避けたかったんだが」


 負傷して運ばれたり自力で逃げ込んだ冒険者らを看護するのはギルド職員だ。ただでさえ騎士二人を押しつけられて仕事を増やしているのに、さらに大量の怪我人を出すのは申し訳なさすぎる。


「だったら深手を負わせねぇように、あの二機をアキがしっかり制御すればいいだろ」

「それが難しいから……っ」

「ノリノリで妙な大改造をするからだ」

「リンウッドさんと一緒に何かしてるときのアキラって、悪の秘密結社のマッド博士っぽいよなー。製造責任はとってくれよー」

「ぐぅ……」


 研究に没頭して走りすぎる師弟を二人がどんなふうに見ていたかを知り、アキラは悔しそうに唇を噛んだ。


「なー、もうさっさと終わらせらんねーか?」


 体力と貴重な飲み水を消耗するとわかっていて愚痴をこぼし続ける騎士らに付き合い続けるのはうんざりだ。シュウがアマイモ三号を呼んでくれと声を潜めてささやいた。


「三日目では早すぎる。もっと気力と体力を消耗させて、判断力を失わせてからだ」

「えー、面倒くせーなー」

「シュウ、威圧を解いて魔物をけしかけたらどうだ? 体力は消耗させられるぜ」

「あ、それいーね」

「……あんまり強すぎる魔物は選ぶなよ」


 オアーゼへの帰路で砂漠大針鼠の群れを招き寄せ、三人はこれを蹴散らした。騎士らは剣の達人と聞いていたのだが、踏ん張りの利かない砂の上では思うように戦えなかったようで、全てを屠り終えたときの二人の尻や肩には、乙女の指ほどの太さの針が何本も刺さっていた。

 翌日はキング・スコーピオンを、その次は砂蜥蜴と、シュウが魔物を選別して威圧を弱めたせいで、日替わりで魔物討伐をするはめになった。楽しんでいたのはシュウだけで、コウメイとアキラは半笑い、騎士二人からは日に日に顔色と眼力が失われていった。

 過酷な砂漠の環境に置かれた騎士らの忍耐力と判断力がほぼ失われたと判断したのは、探索をはじめて七日目だった。ラカメルの背にしがみつくのに精一杯で、愚痴をこぼす余裕も、握った水袋の栓を閉める力も残っていない騎士らを、探索対象である甲冑騎士と鋼の軍馬が襲った。

 コウメイとシュウが上手く気を逸らしたこともあり、乾きと疲れで朦朧とした騎士らは、アキラが姿を消したことに気づいていない。


「で、ででで、出た!」

「ぐ、軍馬もいるじゃないか! 聞いてないぞ?!」


 疲労でぼんやりした頭でも、戦軍馬と甲冑騎士が揃う異常さには気づいたようだ。

 頭を抱えた甲冑がゆっくりと向かってくる。それを追い抜いた戦軍馬は、草原を疾走するかのような勢いで駆け寄り、前足を高く上げて彼らを足台に跳ぼうとする。


「うわぁぁ」

「ひいぃ――」


 頭を抱えて逃げる彼らの脇を、甲冑騎士の頭部が転がり追いかける。

 頭部を放り捨てたカカシタロウの剣が、騎士の剣を弾き飛ばした。

 襲いかかられた騎士をかばったのはシュウだ。彼が頭のない甲冑を、コウメイが軍馬を足止めしている間に、騎士らは這うようにしてラカメルの背に乗り、二人を置き去りにして走り去った。


「うわー、俺ら置き去りかよ。ハクジョー」

「情けねぇなぁ、騎士なんだろ」

「まー想像どーりかなー」

「おい、アマイモ三号、蹴るなって」

「カカシー、首拾ってこーい」


 剣を納めた甲冑は砂に埋もれた頭部を掘り出して軽く叩き、砂を落として首に乗せる。鋼の軍馬は運動が足りないというように前足で砂を掻いていた。

 騎士を乗せた二頭のラカメルが砂の山向こうに見えなくなったのを確かめて、コウメイは二機に、アキラの元に戻り指示に従えと命令する。

 今ごろは箱馬車で集められた素材を吟味しつつ、リンウッドと連絡を取り合っているはずだ。


「砂竜はまだヤってねーよな?」

「どうだろうな。あいつら張り切ってたみてぇだし」


 アキラに仕事を任された喜びのまま突っ走って今回の騒ぎになったのだ。この十日の間に要求された素材を集め終わっていても不思議ではない。


「久しぶりに砂竜を討伐できると思ったのになー」


 シュウはぶつくさ言いながらラカメルの手綱をつかまえ、オアーゼに戻るようその首をやさしく撫でた。


   +


 コウメイとシュウがオアーゼに戻ったとき、騎士二人はすでに撤収準備をはじめていた。


「真偽は確かめられた。急ぎ領主様に報告せねばならん」

「今すぐ出発するのか? もうすぐ日暮れだぜ?」

「危ねーって」


 二人が止めるが、砂漠生活にうんざりしている騎士は聞入れない。


「砂漠街道は魔除けが敷き詰められているから安全だ」

「昼ならまだしも、夜の砂漠に魔除けの効果を期待するのはなぁ」

「キング・スコーピオンも砂漠針鼠も基本夜行性ですよ?」


 荷袋をラカメルの背に乗せようとする二人の前に、遅れて戻ったアキラが立ち塞がる。


「それと先ほど戻った冒険者が、街道を横断する砂竜を目撃したそうです」


 砂竜は邪魔な街道の魔除けを砂礫で破壊して南下したらしいというアキラの言葉に、シュウは今にも駆け出しそうにそわそわしている。コウメイは慌ててシュウの腰ベルトを掴んだ。


「明日の日の出のころに魔除けの修復に向かうので、それまでは町を出ないでくれと言っていましたよ」


 魔除けの効果のなくなった街道は魔物が跋扈しているだろう。騎士二人は強行は命取りだと諦めたようだ。

 アキラは正規のギルド職員に依頼され、魔除け修復の手伝いを引き請けていた。露払いの討伐を頼まれたコウメイとシュウも、ダッタザートに戻るついでだからと了承する。

 翌早朝にオアーゼを発った彼らがダッタザートの街門をくぐったのは、二日後の閉門寸前だった。


   +++


 主人から命じられた魔物素材を発見したアマイモ三号は、解体作業中のカカシタロウを残して獲物を追いかけた。

 肢の数は同じなのに、己と甲冑とでは果たせる役割が異なる。力強く大地を蹴る四肢はなによりも速く駆け、踏み砕き、蹴り飛ばせるが、主人の求める素材を剥ぎ取り、整え、畳むことができない。だがあの憎き甲冑の二肢は、皮を剥き、素材を切り取り、小さな保存箱に収められるのだ。

 主人に任された大切な仕事を己だけで完遂できないことが悔しくてならなかった。だからアマイモ三号は、カカシタロウを残して砂漠を走り、主人の求める素材を探して屠る。素材を抱えて追いついた甲冑が、魔物の死骸を前に悔しそうにガチャガチャと体を震わせ、諦めたように解体する姿を眺めて溜飲を下げ、次の獲物を探す。

 それを繰り返していたアマイモ三号は、砂竜を追いかけている途中で主人の声を聞いた。


「カカシタロウ、どこだ?」


 何故アレを呼ぶのか。どうして自分ではないかと、主人の声を聞いた瞬間にアマイモ三号は走り出した。甲冑と二人きりにしてなるものかと駆けつけた鋼の軍馬に、主人は嬉しそうにほほ笑んだ。


「ああ、アマイモ三号も来たのか。ちょうどよかった、少し仕事をして、その後は深魔の森に帰ってくれ」


 甲冑が首を傾げ、軍馬が頭を捻る。まだ命じられた素材の全てを集め終わっていないと訴えると、主人は「シュウの楽しみも残してやってくれ」と言った。そして新たな命令が授けられた。


「コウメイとシュウの近くにいる人族二人を襲いなさい。ただし怪我はさせないように、いいですね?」


 主人は細かな指示を与えながら箱馬車を切り離し、アマイモ三号とカカシタロウに「行け」と命じた。

 甲冑騎士の速度があがる。抜かれてなるものかと四肢に力を込めた。


   +


「これらの素材を深魔の森に持ち帰りなさい。我々を迎えに来る必要はありません。カカシタロウは薬草園と果樹園の手入れに専念。アマイモ三号はリンウッドさんの指示に従いなさい、いいですね?」


 人族を脅して戻った二機に、主人は淡々と帰還を命じた。荷を降ろして再びダッタザートに戻ってくる気であったアマイモ三号は、その命令に打ち震え、カカシタロウもギシギシと体から嫌な音を鳴らして身もだえている。


「それと戻るときは人目を避けなさい。忘れられかけていた手配書が再び人の目に触れたのは厄介です。深魔の森に余計な者を近づけないように。わかりましたか?」


 たとえ受け入れがたい命令であっても、主人の言葉には逆らえない。不承不承に小さく頭を下げた二機の前に、主人は一枚の魔紙を突きつけた。


「これからリンウッドさんに手紙を送ります。ここには、あなたたちが命令通り誰にも目撃されずに帰り着いたときは褒美を与えるように、と書いてあります」


 褒美。


「ええ、褒美です……空魔石に詰め込んだ私の魔力をリンウッドさんに預けてあります。それが欲しいですか?」


 主人の甘美な魔力を想像した瞬間、カカシタロウは素材を箱馬車に詰め込み、アマイモ三号は馬具に自らを押し入れた。

 御者席に甲冑の重みが加わった瞬間、鋼の軍馬は深魔の森目指して走り出した。



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