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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
13章 深淵の誘い

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細くない腕による改革記 1 顔合わせと情報収集



 冬の気配を感じさせるような涼しい早朝、開門まで一鐘以上もある薄暗くて人通りのない路地を、三人と一体の甲冑が足音を忍ばせて歩いていた。

 あまり使う者のいない裏道を選ぶ彼らは、あたりが明るくなる直前に冒険者ギルドの裏口に辿り着いた。


「馬はこちらです」


 ヒロに案内された馬屋では、ギルドの貸し馬に紛れ込んだアマイモ三号が待っていた。周囲の馬は鋼の軍馬を避けるように馬屋の端に身を寄せている。当の軍馬は広々とした馬屋で、イライラと彼らの訪れを待っていたようだ。アキラの顔を見るなり、遅い、と抗議するかのように尻尾が跳ねた。


「馬たちにはかわいそうなことをしてしまったな」

「お前は誇り高い軍馬なんだろ? 普通の馬を威圧するんじゃねぇ」


 だったらこんなところに置いて行くなと言わんがばかりに、パシパシと尾がコウメイをはたく。

 ギルドの馬たちのストレスが限界に達する前にと、アマイモ三号は馬屋から出され馬車につながれた。


「いいですか、あなたたちに仕事を与えます。クイーン・スコーピオンの毒針を十五、砂蜥蜴の皮を三十、砂竜の魔石は三、鱗は何枚でも多ければ多いほど良い、一月の十日までに収集してください」


 わかりましたか? と問いかけるアキラに、鋼の軍馬と甲冑人形は素直に頷きを返す。

 鐘が鳴った。

 街門の開く二の鐘だ。

 これからの動力源と報酬の前渡しを兼ねて、アキラは魔武具に自分の魔力を与えた。


「人に見つからないように、できるだけ街道を離れて活動してくださいね」


 甲冑が御者台に座り手綱を取るのを待ってから、アマイモ三号がゆっくりと歩き出す。カラコロと走る馬車は、護衛を兼ねた御者が甲冑を着て手綱を握っているようにしか見えない。これなら街の住人や門兵、街道ですれ違う旅人も疑いはしないだろう。


「はぁ、これで平穏になったな」

「平穏、で済むんでしょうかね……」


 ヒロは胃が痛むのか腹を撫でている。


「細かいことを気にしているとハゲるぜ?」

「そのときはアキラさんに責任を取っていただき、特効薬を作ってもらいます」

「……今のところ、育毛に効果のある薬草とレシピは発見されていない、と思う」


 自分のせいで義弟の頭髪が薄くなったら妹が怒髪天を()くだろう。わんぱくな息子を育てたサツキに、子どもと同じように叱られるのは嫌だとアキラは震えた。

 今日は魔法使いギルドの書庫で育毛関係の錬金薬レシピを探すとしよう。見つかれば良いのだが……。


   +++


 早朝に頭痛の種を解き放した彼らは、澤と谷の宿に戻って朝食をとった。一般の宿泊客は注文していた朝食の包みをフロントで受け取るが、アキラたちは妹夫婦と一緒のテーブルで食事だ。

 菓子の仕込みに忙しいサツキに代わってコウメイが手早く作ったのは和食寄りの朝食だ。和粥にはピリ菜の佃煮を添え、汁物は白芋と赤芋のスープ。そして角ウサギ肉のそぼろ入りの厚焼き卵に、玉菜のお浸しという和の朝食メニューを見て、サツキとヒロは嬉しそうに目を細めた。


「こうやってみんなでゆっくりご飯を食べられるのは嬉しいわ」


 いつもは宿を発つ冒険者らに朝食を渡した後、菓子店の厨房で手早く残り物を食べているサツキは、テーブルを囲んでしっかりと朝食をとるのは久しぶりだと嬉しそうだ。


「台所を使っていいなら、飯のほうは俺に任せてくれねぇか?」

「コウメイさんのご飯が食べられるのなら私は大歓迎だけど、せっかく泊ってもらってるのに、悪いわ」

「自宅のように、だろ? 深魔の森ではいつもアキとシュウを食わせてるんだぜ。何もしねぇのは落ち着かねぇんだよ」

「サツキが嫌でなければ、コウメイをこき使うといい」

「朝は忙しそーだし、二人はバリバリ仕事を頑張ってればいいって。台所はコーメイに押しつけとけ」


 さすがにただ働きはさせられないとヒロが主張し、入浴料の代わりに食事の支度を頼む形で決着した。


「サツキちゃんは一日中菓子店、ヒロはギルドに出勤か」

「昼までは武術大会の運営のほうで仕事をしていますので、何かあればそっちに連絡ください」

「了解。コズエちゃんの店は?」

「四の鐘で開店よ。常勤の針子さんは二人で、店員も兼ねているから後で紹介してもらってね」

「かわいい女の子だといーなー、イテッ」


 テーブルの下で誰かの脚が跳ねた。


「コウメイさんとシュウさんの今日の予定は?」

「武術大会の申し込みをした後は、街をぶらついてくるつもりだ」


 久しぶりのダッタザートの変化を自分の目で確かめたいとコウメイが言い、シュウは軽く運動してくると言った。


「食える肉を狩ってこいよ。魔猪とか魔鹿とか」

「えー、すっげー大物狙うんじゃねーのかよ」

「それはもう少し先だ。エントリー期間中頃がいいか?」


 アキラに問われ、ヒロはそれくらいがベストだと答えた。


「十月の二十日くらいがいいです。今は受付期間が長いので、そのあたりから中だるみというか、ぐっと応募者が減るんですよ。宣伝もかねてそのころに派手に目立ってもらえると助かります」


 討伐対象の魔物はこちらで指定するとまで言われては、好き勝手な討伐はやりにくい。


「じゃーゴブリンで体ほぐして、魔猪狩ってくる。生姜焼き食いてーなー」

「辛芋ならありますよ。レト菜は買ってこないと」

「夕食は生姜焼きだな。散策のついでに市場に寄ってくる。後で買い物メモくれるか?」

「わかりました。コウメイさんならいっぱい頼んでも大丈夫そうですね。お兄ちゃんは魔法使いギルド?」

「ああ、最近のギルドはどんな様子なんだ?」

「アキラさんが仕切っていたころに比べて、業務量が増えているのは間違いないですよ」


 対魔法使いギルドの専任窓口をしているヒロは、所属の魔術師が増え、ギルドを通じた依頼の数も増えていると言った。販売する魔道具の品数も多く管理も大変らしい。


「学校の開設準備もありますし、ギルド長を中心にしたタコ足な組織なので、ジョイスさんの負担が大きいようです」


 副ギルド長に一部の権限を移したり、秘書を雇って細々とした仕事を任せてしまえばいいのに、ジョイスは自分から仕事を抱え込んでいるらしい。


「アキラさん、魔法使いギルドの組織再編をお願いできますか?」

「待て、俺は期間限定の手伝いなんだぞ」


 それに部外者であるヒロが魔法使いギルドに口出しするのかとアキラの顔がしかめられた。


「冒険者ギルドとの取引や仕事に、わずかな遅れや小さなミスが出ているんですよ。このままだと取引でいずれ大きな失敗をしかねません。俺がフォローするのにも限界があります」

「また無茶を……俺は森に引きこもった、ただの魔術師なんだぞ?」

「ミシェルさんの秘書としてアレ・テタルの組織運営にも関わっていたんでしょう? ジョイスさんはそちら方面では師弟関係になかったようなので、今とても苦労されています。兄弟子を助けると思って、経験を活かすべきではありませんか?」

「……」


 ヒロの正論にアキラは悔しげに唸った。

 古巣が他組織との取引で大損をするところは見たくないし、コズエのためにもジョイスの力になりたいとは思う。だが無関係の魔術師が組織改編や改革の必要を主張しても、所属の魔術師が許さないはずだ。


「他組織から言われるよりは、同じ魔術師からの言葉のほうが響くと思うんですけどね。ひとまず今日一日ギルドの様子を見てもらえませんか」

「……様子を見るだけだぞ?」

「それで十分です」


 ヒロは満足げに微笑んでいる。魔法使いギルドの現状を把握したアキラが間違いなく動くと確信しているようだ。見透かされているようで面白くないアキラは、食後のコレ豆茶を一気に飲み干した。

 不貞腐れたような顔の兄をほほ笑ましげに見ているサツキをコウメイがからかう。


「ブラコンはかわらねぇな。そんなに嬉しそうな顔してるとヒロが妬くぜ?」

「私の一番はヒロさんですから、大丈夫。それに、こうやってみんなで朝ご飯食べながらミーティングをしていると、昔に戻ったみたいで嬉しくなりませんか?」


 サツキの言葉に、シュウが顔いっぱいの笑みで大きく頷き、ヒロは口元をほころばせて目を細めた。コウメイは懐かしそうに仲間の顔を見渡し、アキラは妹に微笑みかける。


「街にいる間に、一度くらいはみんなで討伐に出てみるか?」

「いいの? 私、もう何年も冒険者の活動はしていないのよ?」

「いいじゃねぇか。久しぶりに角ウサギ狩りと薬草採取を楽しもうぜ。それなら大丈夫だろ、ヒロ?」

「そのくらいなら問題ありません。ただシュウさんがいると角ウサギが近寄ってこないんじゃないですか?」

「完全に存在消すから心配ねーよ。それより弁当持っていこーぜ、弁当。おやつもたっぷり!」

「ピクニックじゃないんだぞ」

「はい、お弁当もお菓子も沢山用意しますね。コズエちゃんにも声かけなきゃ」


 そんなふうにして朝のミーティングが終わり、彼らはそれぞれ目的の場所に出かけていった。


   +++


 営業開始前のギルドを訪れたアキラは、フードを持ち上げて路面側の窓から室内をのぞき込んだ。カウンター内で開店準備中の一人からは魔力を感じない。ロビーで床や待合席、掲示板を整えている二人は魔術師のようだ。


「ずいぶん多いな」


 視界に見えているのは三人だが、気配はあと二つ。金庫室と書庫に一人づつだろうか。アキラが所長をしていたころの三倍だ。業務内容があのころと同じであればこの人員では多すぎるだろう。開店準備をする魔術師らの動きは緩慢で、丁寧とも、怠けているようにも見える。

 さて、どうしたものかと入り口で躊躇っていると、気配に気づいたのか扉が開き、金髪の中年魔術師があらわれた。


「おはやいですね。魔術師のようですが、どういったご用件でしょう?」

「ジョイスさんと約束しているのですが、いらっしゃいますか?」

「ギルド長ですか……今日は朝から武術大会の運営委員会の仕事でいないんです。戻ってくるのは七の鐘ぐらいになると思います。約束を忘れるなんて、すみません」

「いえ、具体的な時間を約束したわけではありませんでしたから大丈夫ですよ」


 戻ってくるのを待つか、七の鐘に出直してくるか考えて、アキラは書庫で本を読みながら待つことに決めた。


「書庫を利用してもかまいませんか?」

「閲覧は書庫内で、本はギルドから持ち出しできません。書写が必要なら紙とインクを購入ください」


 アキラが利用者名簿にサインし魔術師証を提示すると、手続きをした金髪の魔術師が驚きの声を上げた。


「あ、青……級?!」

「えっ」


 金髪の声に魔術師らがつぎつぎに振り返ってアキラを凝視する。

 アキラはフードの下で顔をしかめていた。失敗した。馴染みの街であるし、ギルド仕事を手伝うには偽装身分証ではまずかろうと、馬鹿正直に本来の魔術師証を提示したのだが、組織に属する魔術師らの色級順列への従順さを忘れていた。

 魔術師らは脅えるように後じさっている。


「す、すぐに、ギルド長を、呼んできますっ」

「必要ありませんよ。仕事の邪魔をするつもりはありませんので、書庫で待たせていただきますね」


 ガチガチに緊張している魔術師らから逃げるようにアキラは書庫に籠もった。


   +


 魔法使いギルドには街の住人が気軽に立ち寄り、世間話ついでに困りごとを持ち込んでいる。アレ・テタルの塔のような威圧感と胡散臭さがないからだろう、住人との距離は近い。

 受付にいるのは短髪の魔術師と四十代半ばの事務職員だ。どちらも冒険者ギルドにいるほうがしっくりくるような風貌である。


「修理できないなんておかしいでしょ」

「ギルド提携の魔道具店でできないのなら、ウチでは無理だ、諦めてくれ」

「北町の魔道具店は直せるって言ったのよ」


 だったら何故その店で直さなかったのか。おおかた修理費で折り合いがつかなかったのだろう。ギルドでは引き受けられないと魔術師がきっぱりと断わった。


「隣の部屋は空き家のはずなのに、夜になると不気味な声が聞こえてくるんです」

「大家に報告したのか? 次に声が聞こえたときは、近くの街兵を呼んでくれ」


 街兵が踏み込んで誰も見つからなければ、次は神殿の管轄だろう。魔術の及ぶ範疇ではないと説明する。


「祖母の遺品を整理していたらこんな本が見つかりまして。古書店は魔術書は買い取れないって言うんです。ここで買い取ってもらえますか?」

「これは精査が必要ですね。預からせてください。五日後の昼過ぎに来てくれますか?」


 古代語で書かれた書物は所々黴びている。さらりと中を確かめたが、魔術師には判読できなかった。ギルド長に回すしかないだろう。五冊の本を受け取り、預かり証を書き渡した。


「すみませーん、次の討伐に魔術師がどうしても必要なんです。よさげな人を紹介してください」

「どういった系統の攻撃魔術師が必要なんだ?」

「土系の攻撃魔術が得意な人で、治療魔術も使えると助かるかな」

「いなくはないが、高いですよ?」

「そこを何とか」


 どちらか一方なら紹介できる人材はあるが、両方となると難しいと魔術師が説明する。特に治療魔術師は医薬師ギルドと兼属の者が多いのだ。冒険者には紹介できる魔術師一覧と、色級別の報酬表を提示し選んでもらうことになった。


「少し大きな取引をするにあたって、魔術による契約証明を頼みたいのだが」

「商契約の証明魔術でしたら商業ギルドでお願いします」

「俺は魔法使いギルドでやってもらいたいんだ」

「そう言われても、今、契約証明ができる魔術師は不在なんだ。次に出勤してくるのは半月後の予定だが、それまで待ってもらうがいいか?」


 商契約の魔術は商業ギルドの管轄だ。契約の重要性や取引の規模に応じて料金が変わる。魔法使いギルドでも契約魔術は行っているが、主に金銭の絡まない約束を証明するために使われるので料金も安く設定されている。男は契約証明魔術の経費を渋り、こちらにやってきたのだろう。

 半月後では取引自体が流れてしまう。男は諦めて商業ギルドへと引き返していった。

 書庫の扉の隙間からロビーの様子をうかがっていたアキラは、多岐にわたる業務内容に驚くのと同時に感心もしていた。


「……まるで何でも相談所だな」


 魔道具や錬金薬を購入する者、アミュレットを買い求める冒険者や旅人、魔石を売却にくる冒険者や見習い、魔術師の力を求めてくる者と客足は絶えず、受付の前には列ができている。一件一件の対応に時間がかかるせいか、待たされる客の機嫌はよくない。

 他の魔術師らは何をしているのかと隙間から様子をのぞき見れば、一人はカウンターの奥に作られた簡易調合台で忙しく錬金薬を作っており、もう一人は魔道具の修理に没頭している。彼らも受付の混雑はわかっているようだが、自分の仕事をこなすだけで精一杯で助けに入る余裕はないようだ。


「この規模なら四人も常勤がいれば十分なはずなのだが」


 自分が働いていたころより余裕があって当然なのに、こんなにも忙しいのは、新規事業である魔術学校の準備に労力が割かれているからかもしれない。


「ジョイスさんに確認しないと」


 ギルド長が望まなければ組織改革などできない、とヒロには言ったが、ギルドの実態を見たアキラは黙っていられなくなっていた。業務の整理を少し手伝うだけでは済まなくなりそうだ。

 五の鐘が鳴ると、客らは一度外に出される。昼食休憩の時間はギルドを一度閉める習慣はアキラがはじめたもので、今も続いているようだ。

 自分も外に出ようとしたアキラは、扉に手を掛ける前に呼び止められた。


「アキラ殿、よろしければ私たちと昼食をいかがですか?」

「お邪魔ではありませんか?」

「とんでもない。ギルド長以外の青級攻撃魔術師のお話をぜひ聞きたいのです」


 ロビーの打ち合わせ用テーブルにアキラを誘導したのは、ここでは最年長と思われる魔術師だ。豊かな金髪を三つ編みにした青い瞳の男はアキラに席をすすめる。働いていた他の職員らも好奇心を隠せない様子で集まっていた。

 テーブルに用意されているのは、酢漬け野菜と焼いた薄切り肉を挟んだパンの皿だ。人数分以上はありそうなのを見て、アキラは遠慮無くご馳走になると決める。さすがに招かれた食事の席で顔を隠したままなのは失礼だろうと、アキラはそろりとフードを背に落とした。


「うわぁ」

「……お、おい」

「ええ、美味しそうな昼食ですね」


 料理を見て口ごもる魔術師らに同意し、アキラは同じテーブルに着いた三人を順番に見る。隣に座った男は彼を昼食に誘った金髪のパトリスだ。彼は整えるように喉を鳴らして背を伸ばし、黄級の攻撃魔術師だと名乗った。


「ダッタザートに属したのは最近ですが、ギルド長の次に上位色だったため、副ギルド長を務めさせていただいております。そちらの魔術師は黒級の薬魔術師でアデール」


 必死の形相で錬金薬を調合していた魔術師だ。彼は緊張で強張った表情のままアキラに会釈する。

 その隣の黒髪短髪の男は客の相手をしていた魔術師で、名はブノワ。灰級の攻撃魔術師だ。


「俺も青級攻撃魔術師様の経験を聞きたい。得意な魔術と、それで倒した魔物で一番強敵だったのは何?」


 アキラにとってもっとも手強い敵は魔物ではなくエルフだが、さすがにそれを口にするわけにはゆかない。迷宮都市の竜もまずいだろう。ナナクシャール島の魔物あたりなら大丈夫だろうか。いや奈落の魔物は大陸とは風格が違い、これもあまりおおっぴらに話すのは不味いような気がする。そんなことを考えたアキラは、結局笑顔で誤魔化すことにした。


「討伐は冒険者の仲間が主体で、私は補助ばかりでした。単独で討伐した魔物はほとんどありません」


 派手な冒険譚か魔術譚をを期待していたらしいブノワは残念そうにパンをかじった。


「隣のテーブルの彼はヤニク。魔術師ではなくギルド職員です」

「力仕事と雑用を主にやっている。あとは用心棒かな。よろしく」


 彼は元冒険者だそうだ。負傷で討伐に出られなくなり、昔の伝手(バトリス)を頼ってギルドで雇われたらしい。


「その隣がヴェラール。黒級の魔道具師だ」

「……どうも」


 食事中だというのに彼は修理途中の魔道具が気になっているらしく、アキラへの挨拶はおざなりだ。


「ギルドに務めているのはこれで全員ですか?」

「今日は休みの事務職員と、非常勤の魔術師が二人、それと医薬師ギルドに出向中の魔術師が一人います」


 ギルド長のジョイスを合わせて十人。かつては街全体でも魔術師が十数人しかいなかったのに、ずいぶんな大所帯に成長したようだ。

 魔術師らは食事を忘れてアキラに次々と質問を投げかける。


「ギルド長とはどのような関係なんですか?」

「師が同じなのです。ジョイスさんは兄弟子にあたります」

「そ、それでは、あなたもあの偉大な伝説の魔術師の教え子?」

「偉大……?」


 興奮気味に目を輝かせている攻撃魔術師二人を前に、アキラは咽せそうになるのを必死で堪えた。どうやらミシェルが姿を消してからは、呆れや畏怖をあらわす「惨滅」ではなく、尊敬や憧憬を抱かせる「偉大」で「伝説」級の魔術師として語り継がれているらしかった。


「ずいぶんとお若いときに弟子入りしたんですね。紫雷の大魔術師様の晩年は療養生活であったと聞いていましたが、直接教えを受けられたのですか?」


 見た目の年齢から、成人前に死亡直前のミシェルに弟子入りしたと思われているようだ。アキラは苦笑して、パトリスに年齢をたずねた。


「四十一になりますが?」

「魔力が豊富なのですね、十歳は若く見えますよ」

「ああ、なるほど。アキラ殿も見た目よりはずっと、ということですね」


 パトリスの導き出した答えに、アキラはまろやかな微笑みを返した。

 彼らの身近な青級魔術師は五十代後半だが、見た目はその妻より少し年下に誤解されるほど若い。魔術師はそうでない者より十から二十年は長命だが、その中でも魔力量の多い者は特に若さを保つのだ。ジョイスの弟弟子だという魔術師が自分よりも年上かもしれないと気づいた彼は、畏れからくる汗を誤魔化した。


「この街に越してきたのですか?」

「いえ、仲間が武術大会に出るので、その付き添いでしばらく滞在するだけです」

「アキラ殿は出場されないのですか?」

「青級魔術師の戦いぶりを一度この目で見たいなぁ」

「青級の戦いというならジョイスさんがいるじゃありませんか」


 期待の籠もる視線にそう返すと、彼らは残念そうに首を振った。


「ギルドの運営が忙しくて、ここ数年は砂漠討伐にも出ていませんよ」

「武術大会の仕事もあるから出場は難しいですね」

「会場の保全にギルドの魔術師は総出ですよ」


 たまには力試しをしたいのに、と脳筋寄りらしいブノワがポロリとこぼす。

 魔道具師や薬魔術師だけでなく、攻撃魔術師のパトリスもブノワも当日は裏方で走り回るのだそうだ。そういえば前に出場した大会でも、コウメイとシュウは床を破ったり枕石を壊したりとずいぶんな損害を与えていた。今回の大会でも会場を破壊して彼らの仕事を増やすことになりそうだ。アキラは目を伏せて心の中で先に謝った。

 しかしギルドの魔術師が出場しなくても大会が成立するほど、この街の魔術師は多いのだろうか。


「常時街にいる魔術師は三十名ほどですね。近隣の街にも一人か二人はいますし、大会が近づけばあちこちからやってきますから」


 昨年は魔術師部門への出場者が二十名を超え、自由部門にも五名が出場したらしい。


「自由部門というと、剣士も格闘家も射師も魔術師もごちゃ混ぜという?」

「ええ、昨年の優勝者は剣士でしたが、準優勝者は魔術師でしたよ」

「それはそれは」


 ふがいない結果にならずに済んで、冒険者ギルドは胸を撫で下ろしたことだろう。

 それからもアキラは質問に答えつつ、魔法使いギルドの現状を聞き出していった。サンドイッチを一口食べては質問に答え、それが終わってもう一口となる前に話しかけられる。

 六の鐘が鳴る寸前になっても、魔術師たちの昼食会は終わっていなかった。


「みなさん、いつまで閉めておくつもりなのですか?」

「あ、ギルド長?」

「ええ、もうそんな時間ですか?」


 業務再開時間を過ぎてしまったのかと驚いた彼らは、ちょうど鳴りはじめた六の鐘を聞き、慌てて午後の仕事のために動き出した。

 やっと最後の一切れを口に放り込んだアキラは、長かった昼食を終えてほっと息をつく。


「運営の会議が早く終わったので急いで戻ってみれば……アキラさん、お待たせして申し訳ない」

「とんでもない。こちらこそ約束もないのに朝から押しかけておりました。いろいろな話を聞かせてもらえて楽しかったですよ」


 手早く支度を済ませたパトリスが、ギルドの正面扉を開く。


「アキラさん、こちらです」


 ジョイスはギルドの奥へとアキラを導いた。

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